(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6650455
(24)【登録日】2020年1月22日
(45)【発行日】2020年2月19日
(54)【発明の名称】デファレンシャルケース
(51)【国際特許分類】
F16H 48/08 20060101AFI20200210BHJP
F16B 11/00 20060101ALI20200210BHJP
F16H 48/40 20120101ALI20200210BHJP
【FI】
F16H48/08
F16B11/00 D
F16H48/40
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-530535(P2017-530535)
(86)(22)【出願日】2015年7月29日
(86)【国際出願番号】JP2015071470
(87)【国際公開番号】WO2017017805
(87)【国際公開日】20170202
【審査請求日】2017年10月20日
【審判番号】不服2019-1511(P2019-1511/J1)
【審判請求日】2019年2月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000225050
【氏名又は名称】GKNドライブラインジャパン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(72)【発明者】
【氏名】廣田 功
(72)【発明者】
【氏名】日向野 昇
(72)【発明者】
【氏名】朝日 雅彦
【合議体】
【審判長】
大町 真義
【審判官】
田村 嘉章
【審判官】
尾崎 和寛
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−242930(JP,A)
【文献】
特開昭55−139176(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 48/08
F16H 48/40
F16B 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デファレンシャルギア組のためのケースであって、
軸周りに回転可能であって前記デファレンシャルギア組を支持するキャリアであって、前記軸周りに円筒面をなす嵌合面と、前記嵌合面から径方向に突出し、軸方向に向いた当接面と径方向に外方に向いた外周面とを有したフランジと、を備えたキャリアと、
前記キャリアと組み合わせて前記デファレンシャルギア組を収容する室を画するカバーであって、前記フランジの外周に嵌合するべく軸方向に突出してその端面を前記当接面と軸方向に揃わせるように寸法づけられ且つその内周面を前記フランジの前記外周面に密に接するように寸法づけられた縁部を備えたカバーと、
前記嵌合面に嵌合する内周面と、前記当接面に少なくとも部分的に当接する背面と、前記軸周りのトルクを受容するためのギア歯とを備えたリングギアと、
前記キャリア、前記カバーおよび前記リングギアを一体に結合する溶接金属と、
を備え、
前記キャリアの前記当接面、前記カバーの前記端面および前記リングギアの前記背面の何れか一以上は、外方に露出して前記背面と前記当接面との界面に達する環状の開先を保持するべく寸法づけられ、前記溶接金属は前記開先を埋めている、
ケース。
【請求項2】
請求項1のケースであって、前記キャリアの前記当接面、前記カバーの前記端面および前記リングギアの前記背面は、前記開先が前記キャリアの前記当接面、前記カバーの前記端面および前記リングギアの前記背面の全てにわたるべく寸法づけられている、ケース。
【請求項3】
請求項1または2のケースであって、前記開先は前記軸周りに連続して一周している、ケース。
【請求項4】
請求項1または2のケースであって、前記リングギアの前記背面と、前記キャリアの前記当接面との何れか一以上は、前記背面と前記当接面との接触面から傾いたベベル面をなし、以って前記開先が保持される、ケース。
【請求項5】
請求項1または2のケースであって、前記キャリアの端面は、前記カバーの内面に当接すると前記カバーの端面を前記当接面に軸方向に揃わせるべく寸法づけられている、ケース。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、デファレンシャルギア組のためのケースに関し、特に2ピースに分割可能でありながら組立後は溶接によって一体にすることができるケースに関する。
【背景技術】
【0002】
周知の通り、自動車は一またはそれ以上のデファレンシャルギアを備え、そのそれぞれは、出力軸の間の差動を許容するためのデファレンシャルギア組を内包し、例えばデファレンシャルケースに入力されたトルクを一対の出力軸へ差動的に伝達する。
【0003】
デファレンシャルケース内には、差動を制限するための機構等が同時に収容されることがある。かかる機構等をケース内に搬入するために、2以上に分割できる2ピース型ケースが利用されることがある。2ピース型ケースでは、部品をケース内に搬入した後、カバーを取り付け、これらを互いに締結した後に、あるいはこれらの固定を兼ねて、リングギアがケースに締結される。締結のためのボルトは、リングギアからケースへ伝達されるトルクを負担しなければならないので、大型であって強力なものを利用せざるを得ない。
【0004】
ボルトに代えて溶接を利用する技術が提案されている。特許文献1,2は、関連する技術を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特許出願公開2010−91046号
【特許文献2】米国特許出願公開2007/0287570A1
【発明の概要】
【0006】
上述の技術によれば溶接による固定が可能になるが、そのためにケースおよびカバーに複雑な構造が必要になる。複雑な構造は加工精度の追求には不利であり、またもちろん加工コストを著しく増大させる。
【0007】
以下の開示にかかる対象は、シンプルな構造でありながら溶接による強固な固定を可能にする。
【0008】
一局面によるデファレンシャルギア組のためのケースは、軸周りに回転可能であって前記デファレンシャルギア組を支持するキャリアであって、前記軸周りに円筒面をなす嵌合面と、前記嵌合面から径方向に突出し、軸方向に向いた当接面
と径方向に外方に向いた外周面とを有したフランジと、を備えたキャリアと、前記キャリアと組み合わせて前記デファレンシャルギア組を収容する室を画するカバーであって、前記フランジの外周に嵌合するべく軸方向に突出してその端面を前記当接面と軸方向に揃わせるように寸法づけられ
且つその内周面を前記フランジの前記外周面に密に接するように寸法づけられた縁部を備えたカバーと、前記嵌合面に嵌合する内周面と、前記当接面に少なくとも部分的に当接する背面と、前記軸周りのトルクを受容するためのギア歯とを備え、前記当接面および前記端面との間に環状の開先を保持するべく寸法づけられたリングギアと、前記開先を埋めて前記キャリア、前記カバーおよび前記リングギアを一体に結合する溶接金属と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、一実施形態によるデファレンシャルギアおよびケースの立面断面図である。
【
図2】
図2は、端部を拡大して見せるキャリアの立面断面図である。
【
図3】
図3は、縁部を拡大して見せるカバーの立面断面図である。
【
図4】
図4は、内周面および背面を拡大して見せるリングギアの立面断面図である。
【
図5】
図5は、第1の例に基づく、組み合わされたキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【
図6】
図6は、第2の例に基づく、組み合わされたキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【
図7】
図7は、第3の例に基づく、組み合わされたキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【
図8】
図8は、第4の例に基づく、組み合わされたキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【
図9】
図9は、第5の例に基づく、組み合わされたキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【
図10】
図10は、第6の例に基づく、組み合わされたキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【
図11】
図11は、溶接後のキャリア、カバーおよびリングギアの立面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1ないし7を参照して以下に幾つかの例示的な実施形態を説明する。
【0011】
以下の説明および請求の範囲を通じて、軸の語は、特段の説明がなければ、デファレンシャル装置の回転軸を意味する。また上下あるいは左右を区別することがあるが、これらは説明の便宜のために過ぎず、実施形態を制限するものではない。また以下においてベベルギア組を利用した差動制限型デファレンシャル装置(LSD)を例にとり説明するが、本実施形態はいずれの形式のデファレンシャル装置にも適用できる。
【0012】
図1を参照するに、デファレンシャルギア1は、概してキャリア3と、カバー5と、リングギア7と、デファレンシャルギア組11と、を備える。デファレンシャルギア組11はキャリア3に支持されて共に回転する。リングギア7から入力されたトルクは、キャリア3を回転させるが、デファレンシャルギア組11は右および左のサイドギアの間で差動を許容するので、入力されたトルクは右および左の車軸に差動的に分配される。
【0013】
キャリア3は、例えば鋳鉄よりなる鉢に類似した形状の容器である。鋳鉄の例としては、JIS FCD450やFCD600、ASTM 65−45−12や80−55−06であるが、必ずしもこれに限られない。
【0014】
キャリア3内には、さらに、差動を制限するための多板クラッチ13およびこれを駆動するカムメンバ9や、その他の部品が組み込まれうる。これらはデファレンシャル装置の形式により適宜に選択されるのであって、必須な要素ではない。
【0015】
図2を参照するに、キャリア3は、カバー5がない状態において、一方の端(図では左端)において開口し、かかる開口を通ってギア組11やその他の部品を搬入することができる。開口の周囲の端面31にはカバー5が当接する。カバー5の締結のために端面31は複数のネジ穴を有することができる。
【0016】
端面31の近傍からはフランジが径方向に外方に突出しており、その外周面35にはカバー5の縁部が嵌合する。またこのフランジに隣接して、軸周りに対称な円筒面である嵌合面39をキャリア3は備え、リングギア7はかかる嵌合面39に嵌合する。嵌合面39は好ましくはキャリア3の本体より僅かに大径である。さらにフランジにおいて嵌合面39に向いた当接面37には、リングギア7の背面が当接する。これと反対側の面33はカバー5の内面に対向するが、必ずしもカバー5に当接しない。
【0017】
図3を参照するに、カバー5は、例えば低炭素鋼よりなる略円形の蓋である。低炭素鋼の例としては、JIS S30CやS32C、ISO C30、AISI/SAE 1030等であるが、必ずしもこれに限られない。
【0018】
カバー5は、キャリア3の端面31が当接する内面51を備える。カバー5は内面51とは異なる他の内面53を有することができるが、
図1より理解される通り、かかる内面53はキャリア3において対応する面33と当接しなくてもよい。すなわち、専ら端面31と内面51との当接によりキャリア3とカバー5との軸方向の位置決めをすることができる。
【0019】
またカバー5の縁部は、内面51,53よりもキャリア3に向かって軸方向に突出しており、キャリア3のフランジに嵌合する。縁部の内周面55は、フランジの外周面35に密に接するべく寸法づけられ、以ってキャリア3とカバー5とが径方向に位置決めされる。位置決めされた態様で両者を固定するべく、ボルト等による締結を利用することができ、カバー5は上述のネジ穴に対応する貫通孔を有することができる。
【0020】
詳しくは後に述べるが、縁部においてリングギア7に向いた端面57は、キャリア3およびリングギア7との溶接に供される面である。カバー5がキャリア3に嵌合したとき、かかる端面57は、キャリア3のフランジの当接面37と略揃い、好ましくは単一の面をなす。そのために、内面51から端面57までの幅Wは、キャリア3の端面31から当接面37までの幅Wと同一にすることができる。
【0021】
図4を参照するに、リングギア7は、例えばクロムモリブデン鋼よりなる環状の部材であり、環状に並んだギア歯を有する。クロムモリブデン鋼の例としては、JIS SCM420、ISO 18CrMo4、AISI/SAE 4130等であるが、必ずしもこれに限られない。これらの何れかを加工した後に、ギア歯に浸炭による硬化を施して利用することができる。
【0022】
リングギア7は、ギア歯から見て背面の側に、またその内周に、キャリア3およびカバー5と結合するための構造を有する。かかる構造において内周面75はキャリア3の嵌合面39に嵌合し、かかる構造において背面71は、少なくとも部分的にはフランジの当接面37に当接する。またかかる背面71が径方向に外方に露出するべく、背面71はリングギア7の本体より軸方向に僅かに突出する。背面71と内周面75との間は、面取りされていてもよい。
【0023】
これまでの説明により理解される通り、互いの当接および嵌合によって、
図5ないし
図10に示す通り、キャリア3、カバー5およびリングギア7は互いに位置決めされる。キャリア3にリングギア7を嵌合せしめるに、焼嵌めや圧入を利用することができる。3者を互いに組み合わせて位置決めした後、3者は同時に溶接されるが、かかる状態において3者の間に開先15A−15Fが保持されていてもよい。既に述べた通り背面71が軸方向に僅かに突出しているために、開先15A−15Fは径方向に外方に露出しており溶接の便宜を提供している。開先15A−15Fは、断面がV字形あるいは他の任意の形にすることができる。
【0024】
開先を保持するべく、例えばリングギア7の背面71において外周側が開先加工されていてもよく、開先面(ベベル面)73の背面71に対する角度θは例えば0度を超えて15度以下である。開先面73を含む背面71を当接面37に当接せしめると、
図5に示すごとく3者の間に開先15Aが保持される。
【0025】
背面71を開先加工するのに代えて、当接面37および端面57の何れかまたは両方を開先加工してもよい。背面71を、開先加工された当接面37に当接せしめると、
図6に示すごとく3者の間に開先15Bが保持される。
【0026】
もちろん
図7に示すごとく、背面71、当接面37および端面57の全てを開先加工してもよい。3者の間に開先15Cが保持される。かかる形状は、溶接のし易さの点で上述の2例より有利である。
【0027】
また専ら背面71と端面57とのみを開先加工してもよい。この場合は
図8に示すごとく、背面71と端面57との間に開先15Dが保持されるが、かかる開先15Dの底は背面71と当接面37との界面に達し得る。加工の労力が軽減される点では、他の例より有利である。
【0028】
以上の何れの例においても開先の底は鋭く尖っており、開先は所謂V字であるが、
図9に示すごとく開先15Eの底が丸みを有していてもよく、あるいは平坦その他の適宜の形状であってもよい。これらの形状は、開先の底において溶接金属の溶け込みを促す点で、他の例より有利である。
【0029】
また以上の何れの例においても、端面57がキャリア3のフランジの当接面37と略揃い、単一の面をなしているが、
図10に示すごとく揃っていなくてもよい。背面71が開先加工される限りにおいて開先15Fの底は背面71と当接面37との界面に達し得るので、溶接に問題は生じない。かかる例は、加工精度への要求度が低い点では他の例より有利である。
【0030】
いずれにせよ、開先15A−15Fは、カバー5とリングギア7との間のみならず、キャリア3とリングギア7との間にも達し、3者が相互に溶接されることを保証する。また開先15A−15Fは、好ましくは軸周りに連続して一周せしめる。
【0031】
溶接は、例えばレーザー溶接によることができる。
図5ないし
図10のごとくキャリア3、カバー5およびリングギア7を互いに組み合わせ、その周方向外側から内側に向け、開先15A−15Fの内部にフォーカスしてレーザーを照射し、同時にキャリア3、カバー5およびリングギア7を一体に回転せしめる。すると、
図11のごとく開先15A−15Fの内部に溶接金属15Wが溶け込み、3者が互いに接合される。
【0032】
レーザー溶接に代え、電子ビーム溶接やプラズマアーク溶接等の他の溶接方法を利用することもできる。例えば電子ビーム溶接によれば、効率よく十分な厚さの溶接部を形成することができる。
【0033】
溶接は、好ましくは軸周りに連続して一周する。溶接後もボルトによる締結は残してもよく、あるいはボルトを抜去してもよい。
【0034】
本実施形態によれば、キャリア3とリングギア7とが溶接により直接に接合される。トルクはリングギア7から入力されてキャリア3に伝達されるが、リングギア7がキャリア3に直接に接合され、専ら溶接部がトルクの伝達を担うので、ボルトはトルクの伝達を負担する必要がなく、あるいはこれを省略することができる。ボルトが疲労により破壊する懸念が少なく、強固な構造が提供される。
【0035】
また相互に嵌合して当接せしめるだけでキャリア3、カバー5およびリングギア7が精密に相互に位置決めされる。精度を確保するために他の特段の手段を必要としない。
【0036】
キャリア3、カバー5およびリングギア7は溶接により一体化するが、それぞれに別個の素材を適用することができる。全体を同一の素材から製造する必要がないので、より低コストにすることができ、また各部位ごとに最適な素材を選択することができる。
【0037】
また本実施形態によれば、溶接のために複雑な構造を採用する必要がない。また一回の溶接をするだけでキャリア3、カバー5およびリングギア7の相互の接合が完結する。キャリア3とリングギア7、およびキャリア3とカバー5を個別に溶接する必要がなく、低コストな組み立てが可能である。
【0038】
複数の箇所を個別に溶接した場合には、熱による歪みが非対称性をもたらし、デファレンシャルギアのごとき回転機械には重大な問題を生じうる。しかし本実施形態によれば、溶接部が軸周りに連続し、熱による歪みは軸対称的になるので、重大な問題を生じない。
【0039】
好適な実施形態により本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記開示内容に基づき、当該技術分野の通常の技術を有する者が、実施形態の修正ないし変形により本発明を実施することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
シンプルな構造でありながら溶接による強固な固定が可能なケースが提供される。