(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
駆動側筒状部材に対し回転方向に固定され、軸方向に摺動自在に多数設けられた駆動側クラッチ板と、従動側筒状部材に対し回転方向に固定され、駆動側クラッチ板に対して軸方向に交互に位置するように軸方向に摺動自在に多数設けられた従動側クラッチ板と、駆動側クラッチ板及び従動側クラッチ板の各々の片面に、軸方向に隣接する駆動側クラッチ板と従動側クラッチ板との軸方向対向面間に位置するように固着された断熱材より成るクラッチフェーシングとを具備して成り、駆動側クラッチ板及び従動側クラッチ板の各々のクラッチフェーシング固着面と反対側面に、クラッチ油溝が隣接した駆動側クラッチ板若しくは従動側クラッチ板のクラッチフェーシングと対向するように全周に亘り形成されており、外力による駆動側クラッチ板と従動側クラッチ板との軸方向相対移動により駆動側クラッチ板と従動側クラッチ板との対向したクラッチフェーシング固着面とクラッチ油溝形成面とは滑らせつつ若しくは滑り無しで係合することでクラッチ締結状態となり、かつ前記クラッチ油溝は、クラッチ油溝の前記形成がない平坦面のままとすると、クラッチフェーシングとのクラッチ板の対向面における滑らせながらのクラッチ係合時の摩擦熱の局所的集中的発生部位となる半径方向中央部のみに位置し、円周方向に沿って全周に亘り延設される円環状溝のみにて構成される湿式多板クラッチ。
請求項1に記載の湿式多板クラッチにおいて、駆動側クラッチ板及び従動側クラッチ板の各々における前記円環状溝はプレス加工により形成され、プレス加工に伴い反対側面に形成される突出部においてクラッチフェーシングが半径方向に途切れるように形成される湿式多板クラッチ。
請求項1若しくは2に記載の湿式多板クラッチであって、前記湿式多板クラッチは、車輪の駆動のための回転駆動力として内燃機関の出力軸の回転が少なくとも部分的に関与する駆動方式の車両において、少なくとも内燃機関の出力軸の回転駆動力を車輪側に伝達するため使用され、車両の発進時には内燃機関の前記回転駆動力をクラッチ板とクラッチフェーシング間で滑らせるようにクラッチを動力制御しつつ車輪側に伝達するようにされる湿式多板クラッチ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に本発明の第1の実施形態の湿式多板クラッチを所謂1モータ・2クラッチ式ハイブリッド車に応用した場合について説明すると、
図1は所謂1モータ・2クラッチ式ハイブリッド車の駆動トレーンを模式的に示しており、10は車両の駆動源としてのエンジン(内燃機関)、12はエンジン10の動力を選択的に伝達するためのクラッチ(以下エンジンクラッチ)、14は車両の駆動源としての走行用電動モータ(充電発電機としても機能)、16は遊星歯車式の前進後退切替装置、18はベルト式の連続可変変速機(以下CVT)、20はディファレンシャル、22は駆動輪を示す。前進後退切替装置16は模式的に示す入力軸16A及び出力軸16Bを備えており、入力軸16Aにて駆動動力源(エンジン10及び/若しくは走行用電動モータ14)の駆動力を受け取り、受け取られた駆動力は出力軸16BよりCVT18に送られる。前進後退切替装置16は、後述の詳細説明のように、湿式多板クラッチである前進用クラッチ24(後述のように遊星歯車装置の3回転要素を一体回転させエンジン及び/若しくは電動モータの回転を1対1にて車輪側に伝達する)及び後退用クラッチ26(後述のように遊星歯車の1回転要素をトランスミッションケース27にて制動し、エンジン及び/若しくは電動モータの回転を所定のギヤ比にて車輪側に伝達する)を備える。1モータ・2クラッチ式ハイブリッド車ではエンジン10の出力側にトルクコンバータを設置せず、発進時のエンジンとの差回転はクラッチ24, 26のスリップ量の制御で吸収するようにしている。
【0015】
この1モータ・2クラッチ式ハイブリッド車においては、低回転・低負荷時はエンジンクラッチ12を切り、電動モータ14の動力を使用して運転し(所謂EVモード)、回転数及び負荷の閾値を超えるとエンジンクラッチ12を締結し、動力源として電動モータ14に加え、エンジン10も使用したハイブリッド車モード(所謂HEVモード)となる。そして、発進時はHEVモードとし、エンジン10との差回転の吸収のため、車両前進時は前進用クラッチ24、車両後退時は後退用クラッチ26をスリップさせつつ動力伝達を行う制御モード(所謂WSC(Wet Start Clutch)モード)を設けている。クラッチ動作は油圧を動力源とするが、周知のように、WSCモードでは、アクセルペダルの踏込み量の検出結果により把握される要求負荷に適合した伝達トルクが得られるように前進用クラッチ24及び後退用クラッチ26のスリップ量の制御を行っている(WSCモードでのクラッチ制御については特許文献5及び特許文献6参照)。
【0016】
図2はこの実施形態における前進後退切替装置16の構成を示し、前進用クラッチ24及び後退用クラッチ26を示す。これらのクラッチは湿式多板クラッチであるが、前進用クラッチ24は詳細構成を示すが、簡明のため後退用クラッチ26は概略構成のみ示す。前進後退切替装置16は前述の前進用クラッチ24及び後退用クラッチ26に加え遊星歯車機構28を備える。遊星歯車機構28は、サンギヤ30と、リングギヤ32と、各々が内側ではサンギヤ30に噛合し外側ではリングギヤ32に噛合し、円周方向に等間隔に配置された複数のプラネタリギヤ34をプラネタリギヤ軸35とニードルベアリング37とで回転自在に軸支するキャリヤ36と、の3回転要素から成る周知のものである。サンギヤ30は内周面にスプライン30-1を有し、このスプライン30-1に嵌合する図示しない回転軸(
図1の入力軸16Aに相当する)が原動機側に連結され、エンジン10及び/若しくは走行用電動モータ14からの回転駆動力を受けることができる。リングギヤ32の一端に固定されるエンドプレート38は内周にスプライン38-1を有しており、このスプライン38-1に嵌合する図示しない回転軸(
図1の出力軸16Bに相当する)がCVT18側に連結され、前進方向若しくは後退方向の回転がCVT18に伝達される。
【0017】
前進後退切替装置16における前進用クラッチ24の構成について説明すると、前進用クラッチ24はクラッチドラム40(本発明の従動側筒状部材)と、油圧ピストン42と、スプリング44と、スプリング受板46と、クラッチハブ48(本発明の駆動側筒状部材)と、クラッチパック50とから構成される。後述の通り、クラッチパック50はドライブプレート52(本発明における駆動側クラッチ板)と、ドリブンプレート54(本発明における従動側クラッチ板)と、摩擦材(ガラス繊維や樹脂を素材とする)より成りドライブプレート52の片面(のみ)に固着されたクラッチフエーシング55と、同じく摩擦材より成りドリブンプレート54の片面(のみ)に固着(接着)されたクラッチフエーシング56とから成る。ドライブプレート52とドリブンプレート54とは軸方向に沿って交互に配置され、ドライブプレート52の片面のクラッチフエーシング55とドリブンプレート54の片面のクラッチフエーシング56とは隣接するドライブプレート52とドリブンプレート54との間において軸方向に交互に位置する(クラッチパック50におけるドライブプレート52、ドリブンプレート54、クラッチフエーシング55、クラッチフエーシング56の相対位置関係については
図9を参照)。また、後述のように、遊星歯車装置28のキャリア36は、最近接側のドライブプレート52の片面に固着されたクラッチフエーシング55を介してクラッチ係合力を受けることから、前進用クラッチ24の構成部分となり、クラッチパック50におけるドリブンプレート54の機能も担っている。
図4及び
図6に示すように、クラッチフェーシング55,
56は円周方向の全周に沿った小区分55a, 55b, 55c,……,56a, 56b, 56c,……の連接構造となっており、隣接する各小区分間の隙間S55,… 及びS56,…が半径方向におけるクラッチ油の流通路を形成し、また、各小区分の表面には交差する凹部55-1,…及び56-1,…を多数有しており、これもクラッチ板(ドライブプレート52及びドリブンプレート54)の摺動部分に対するクラッチ油の均等分配に役立たせることができる。そして、ドライブプレート52におけるクラッチフエーシング55を固着しない反対側面に円環状溝58(図
4)が形成され、ドリブンプレート54におけるクラッチフエーシング56を固着しない反対側面に円環状溝59(
図7)が形成される。そして、
図2に示すように、軸方向に隣接するドライブプレート52及びドリブンプレート
54間において、ドライブプレート52の円環状溝58はドリブンプレート54に面し、ドリブンプレート54の円環状溝59はドライブプレート52に夫々面した構成となっている。円環状溝58, 59は図
4、
図7に夫々示すように、ドライブプレート52、ドリブンプレート56の全周に亘って形成され、かつ回転軸と同芯となっている。円環状溝58, 59のこのような同芯構造はクラッチを滑らせて締結するWSCモードにおいて円環状溝58, 59のエッジ部とクラッチフエーシングとの摺動摩擦を最小とすることに役立てることができる。尚、円環状溝58, 59の成形は、この実施形態にあっては、主に切削工程により行うものとする。尚、後述の本発明の第3の実施形態(
図14)では円環状溝の成形はプレス加工により行っている。
【0018】
前進後退切替装置16を構成する上記パーツの具体的構造、更には、パーツ間の連結、位置関係についてより詳細に説明すると、
図2において、クラッチドラム40は、内周、中間及び外周における筒状部40-1, 40-2, 40-3を有しており、内周筒状部40-1においてニードルベアリング60によってサンギヤ30のハブ部30-2に回転可能に取り付けられる。また、クラッチドラム40は、中間筒状部40-2において、トランスミッションケース側固定側より柱状に突出するドラムサポート部61に対し回転可能に嵌合されている。油圧ピストン42はクラッチドラム40に対し軸方向に移動可能に配置され、クラッチドラム40との間に内周及び外周にて筒状シール部材63A, 63Bによりシールされた油圧室62を形成する。油圧室62にクラッチドラム40の中間筒状部40-2に形成された作動油ポート64が開口し、一方、図示しないクラッチ駆動用油圧ポンプからのクラッチ作動油を受けるドラムサポート部61に作動油通路66及びその外周の環状溝68が形成され、環状溝68は両側においてシールリング69による回転可能シール構造となっており、これにより作動油ポート64、環状溝68及び作動油通路66を経由しての油圧室62へのクラッチ作動油の導入又は油圧室62からの作動油排出が可能となっている。スプリング44は油圧ピストン42とスプリング受板46との間に配置され、スプリング受板46がクラッチドラム40の中間筒状部40-2上のスナップリング70に当接されていることから、スプリング44は油圧ピストン42を
図2に示すようにクラッチドラム40対向面と当接するべく(油圧室62の容積を最小とするべく)付勢している。油圧室62の油圧が低い
図2の状態においては、油圧ピストン42は外周の駆動部42-1がクラッチパック50から離間位置しており、これは前進クラッチ24の非締結状態となる。
【0019】
クラッチパック50におけるドライブプレート52(
図3−
図5も参照)は内周にスプライン部52-1を有する。クラッチハブ48は内周においてサンギヤ30に溶接等により固定され、外周の筒状部に軸方向全長にスプライン部48-1を形成しており、スプライン部48-1, 52-1間の嵌合により、クラッチハブ48に対しドライブプレート52はラッチハブ48と一体回転はするが、軸方向に移動可能となっている。他方、クラッチパック50におけるドリブンプレート54(
図6−
図8も参照)は外周にスプライン部54-1を有し、クラッチドラム40は外周筒状部40-3の
内周面の軸方向全長にスプライン部40-3aを形成しており、スプライン部40-3a, 54-1間の嵌合により、クラッチドラム40に対し
ドリブンプレート54は一体回転するが軸方向には移動可能となっている。
【0020】
クラッチドラム40の中間筒状部40-2にはクラッチ油導入ポート72が形成され、クラッチ伝達油導入ポート72は油圧ピストン42に関し油圧室62より離間側において油圧室62とクラッチドラム40内部に開口し、クラッチ伝達油導入ポート72はクラッチ作動油の経路とは完全分離されるように図示しないクラッチ係合油の供給源(エンジン10により駆動される図示しないポンプ及び電動式のボンプ)に連通される。このため、油圧室62を除いたクラッチドラム40の内部空間及び遊星歯車28の設置部位はクラッチ係合油が適宜の圧力にて供給充満されている。
【0021】
油圧室62へのクラッチ制御油圧の導入により、その圧力が高くなりスプリング44の設定圧を超えると、油圧ピストン42はスプリング44に抗してクラッチパック50に向け移動され、油圧ピストン42は外周の駆動部42-1がクラッチパック50の油圧ピストン42に最近接側のドリブンプレート54において当接し、油圧ピストン42から最離間側のドライブプレート52はその片面に固着されるクラッチフエーシング55を介してキャリア36の対向面に当接される。そして、キャリア36は遊星歯車装置28に近接側においてスナップリング74によってクラッチドラム40の外周筒状部40-3の内周に係止されている。そのため、油圧室62への油圧の増大と共に、クラッチパック50は油圧ピストン42とキャリア36との間で締結され、クラッチパック50の締結が弱いためドライブプレート52に対しクラッチフエーシング55, 56を介しての
ドリブンプレート54の滑りを許容するスリップ係合状態を経由し、油圧室62への油圧がそれ以上に上昇した場合のドライブプレート52に対する
ドリブンプレート54の滑りを許容しないクラッチ完全締結状態に至ることができる。
【0022】
後退用クラッチ26については、略示のみでその詳細構造は図示しないが、前進用クラッチ24と同様にドライブプレートと、ドリブンプレートと及び隣接するドライブプレート及びドリブンプレート間に位置するクラッチフエーシングとからなるクラッチパックを備え、また、油圧ピストン42と同様の油圧ピストンを備える。クラッチパックを構成するドライブプレート及びドリブンプレートの一方はクラッチドラム40(本発明を後退用クラッチ26において実現した場合には駆動側筒状部材となる)の外周筒状部40-3にスプライン嵌合され、ドライブプレート及びドリブンプレートの他方はトランスミッションケース27(本発明を後退用クラッチ26において実施した場合には従動側筒状部材となる)の対向面にスプライン嵌合される。そのため、クラッチ係合時はクラッチドラム40に制動がかかることになる。後退用クラッチ26の具体的構造は特許文献4等に記載され、本実施形態において後退用クラッチ26はこれと同様の構造とすることができる。
【0023】
図1の所謂1モータ・2クラッチ式ハイブリッド車の前進後退の切替との関連で前進後退切替装置16の動作を説明すると、車両の前進時は後退クラッチ26は非締結維持し、前進クラッチ24は係合される。前進クラッチ24の係合によりクラッチハブ48とクラッチドラム40とが一体となり、即ち、遊星歯車装置28のキャリア36とサンギヤ30とが一体回転し、その結果、リングギヤ32も同一回転速度で回転するため、駆動源(走行用電動モータ14及び/若しくはエンジン10)に連結される入力側のサンギヤ30の回転は1対1にてリングギヤ32を介しCVT18に伝達される。また、車両後退時には前進クラッチ24は開放、後退クラッチ26が係合される。後退クラッチ26の係合によりクラッチドラム40が制動静止され、駆動源(走行用電動モータ14及び/若しくはエンジン10)の回転はリングギヤ32とサンギヤ30とのギヤ数比でリングギヤ32を介しCVT18に伝達される。
【0024】
そして、
図1に示す、CVTを採用した1モータ2クラッチのハイブリッド車では、発進時は電動モータに加えエンジンクラッチを係合によるエンジンの動力も加えたHEVモードに入る(特許文献6等参照)。エンジンの回転数に対して生ずる駆動側(ドライブプレート52)に対する従動側(ドリブンプレート54)との差回転の吸収のため、ドライブプレート52に対しドリブンプレート54をスリップさせながらアクセルペダル踏込み量に応じた動力が伝わるように油圧室62の油圧をコントロールする(WSCモード)。WSCモードでのクラッチのスリップ制御については特許文献5及び特許文献6等を参照されたい。このようなドライブプレート52とドリブンプレート54との滑りを生じさせた状態での動力伝達に際しては、坂道発進等の高負荷運転において、クラッチを滑らせながら伝達すべきトルクが大きくなり、大きな摩擦熱が発生し、クラッチ板(ドライブプレート52及びドリブンプレート54)の過熱が懸念される。本発明のクラッチパック50のこの実施形態の構造はこのような問題に効果的に対処することができる。
【0025】
図9は第1の実施形態におけるクラッチパック50を部分的に示しており、ドライブプレート52及びドリブンプレート54の片面にクラッチフェーシング55及び56が夫々固着され、ドライブプレート52及びドリブンプレート54の反対側面に環状溝58及び59が形成され、ドライブプレート52の環状溝58はドリブンプレート54のクラッチフェーシング56に面し、ドリブンプレート54の環状溝59はドライブプレート52のクラッチフェーシング55と面する構造となっている。
図9では、ドライブプレート52のクラッチフェーシング55とドリブンプレート54の対向面との間及びドリブンプレート54のクラッチフェーシング56の
ドライブプレート52の対向面との間は幾分の隙間を持たせたクラッチ非締結状態として画かれている。本発明のこの第1の実施形態では、ドライブプレート52のクラッチフェーシング56との対向面には環状溝58が中央部に形成され、ドリブンプレート54のクラッチフェーシング55との対向面は、環状溝59が中央部に形成されている。即ち、ドライブプレート52の環状溝58の形成面及びドリブンプレート54の環状溝59の形成面は、共に、軸方向に隣接するクラッチフェーシング55及び56間に配置された構造となっている。クラッチ完全締結時は、ドライブプレート52は、そのクラッチフエーシング55が対向するドリブンプレート54と密着し、ドリブンプレート54は、そのクラッチフエーシング56が対向するドライブプレート52と密着する。WSCモードでは、ドライブプレート52は、対向するドリブンプレート54のクラッチフエーシング56と油膜を介在させつつ滑りながら係合し、ドリブンプレート54は、対向するドライブプレート52のクラッチフエーシング55と油膜を介在させつつ滑りながら係合することで動力伝達を行なう。そして、WSCモードでのクラッチを滑らせた状態での動力伝達は摺動部、即ち、ドライブプレート52のクラッチフエーシング56との対向面及びドリブンプレート54のクラッチフエーシング55との摺動面に摩擦熱を発生させる。本発明のこの第1の実施形態では、ドライブプレート52のクラッチフェーシング56との摺動面には環状溝58が中央部に形成され、ドリブンプレート54のクラッチフェーシング55との摺動面は、環状溝59が中央部に形成されている。従って、WSCモードにおける、ドライブプレート52の環状溝58を形成した摺動面及びドリブンプレート54の環状溝59を形成した摺動面は、共に、軸方向に隣接するクラッチフェーシング55及び56間に挟着された構造となっている。クラッチフェーシング55及び56を形成するガラス繊維等の素材は断熱性に優れており、クラッチフェーシング55及び56による挟着構造は摺動による摩擦熱に対する軸方向の伝熱を阻止し、換言すれば、クラッチフェーシング55及び56が摩擦熱の軸方向伝熱の不連続部となる。また、各摺動面に設けられた環状溝58又は59はクラッチフェーシング55及び56とは接触せず、また、環状溝58又は59にはクラッチオイルが溜められているため、オイルによる摺動面の冷却作用を受けるため摺動面の中央部への熱の集中は阻止され(環状溝58又は59は摩擦熱の半径方向伝熱の不連続部となる)、摺動熱は環状溝58又は59の内周側及び外周側に伝熱により逃げることができる。そのため、WSCモードでのクラッチを滑らせた状態での動力伝達においてドライブプレート52及びドリブンプレート54の摺動面に生じた摩擦熱は環状溝58, 59の内側、外側に放熱され易くなり、中央部に摺動熱が篭ることはないため、ドライブプレート52及びドリブンプレート54の温度を均一化することができる。
【0026】
図10は、
図1から
図9により説明した本発明の第1の実施形態の片張り構造における湿式多板クラッチにおけるスリップ締結時(WSCモード)における温度制御特性を従来の湿式多板クラッチとの対比において模式的に示すものである。
図10では、クラッチ板同士は実際はその間に油膜を介在させて滑りながら係合しているが、理解の容易のため相互に離間位置するように図示されている。
図10(A)は従来の片貼り構造(特許文献2)を模式的に示し、クラッチフェーシング155及び156が隣接して対向するドライブプレート152及びドリブンプレート154間に位置しているため、クラッチの滑りながらの係合時において、クラッチフエーシング156, 155と対向接触するドライブプレート152及びドリブンプレート154の面(摺動部)はクラッチフエーシングを構成する素材の断熱性により軸方向には断熱(熱伝導の不連続化)されるが、半径方向には熱伝導の不連続部は存在ないための摩擦熱のクラッチフェーシング
155, 156と対向する中央部への摩擦熱の集中が強かった。
図10(A)における破線Pは熱分布における等温線の一つを模式的に示すが、本発明によれば、
図10(B)で示すように、ドライブプレート52及びドリブンプレート54の摺動面は両側よりクラッチフェーシング55, 56により挟まれるため、軸方向には熱伝導は不連続となり、これは
図10(A)と同等であるが、本発明ではクラッチフェーシング55, 56と対向する中央部に環状溝58, 59を有しかつここにクラッチ油が溜まるため、中央部への半径方向の熱伝導が押さえられ(半径方向の熱伝導の不連続部となり)、中央部への熱の集中が緩和され、半径方向の両側に摩擦熱が放散され易いため、温度勾配としては小さくなり、
図10(B)で示すようにより扁平化された等温線Qを得ることができ、換言すれば、より熱勾配を緩和することができ、ドライブプレートおよびドリブンプレートの熱変形を抑制することができる。また、
図10(C)は従来の両貼り構造(特許文献1)の湿式多板クラッチを模式的に示し、ドライブプレート252の両面にクラッチフェーシング255を固着しており、また両貼り構造では摩擦熱はドリブンプレート254で全て受けられるため、片貼り構造と比較しドリブンプレート254は軸方向の厚みが大きくなっている。ドリブンプレート254はクラッチフエーシング254との係合により両側から摺動熱を受けるため、熱が軸方向及び半径方向から中央部に集まり(中央部に熱が篭る)、ヒートスポット様の温度が著しく高い部分Rが生ずる。
図10(D)は
図10(C)に示す従来の両貼り構造の湿式多板クラッチに対する改良(特許文献3)であり、クラッチフェーシング258対向面(摺動部)に環状溝258を設けたものである。軸方向の熱伝導の不連続化がなく、軸方向中央部における熱の篭りは残るため温度勾配対策としては不十分であった。
図11は
図10に関連して説明した本発明(B)及び従来(A, C, D)の耐摩擦温度性能をグラフによって説明するものであり、左側縦軸は摺動面のピーク温度(棒グラフ)を示し、右側縦軸はドリブンプレート温度ばらつき(線グラフ)を示しており、ピーク温度の棒グラフに示した数値は規準(100%)として従来の両貼り構造(
図10(C))としたときのこの構造に対するピーク温度の低下割合を示し、本発明(
図10(B))により26%ものピーク温度の低下が得られることが分かる。また、ドリブンプレート温度差についても
図11の線グラフより本発明の第1の実施形態の構造(
図10(B))により従来技術A, C, Dとの比較において温度分布の均等化を得ることができることが分かる。
図11の温度データの取得のため、(A)(B)(C)(D)の各クラッチパック試験体(4枚のドリブンプレートのもの)について、各ドリブンプレートに3箇所に熱電対を設置し、同一条件にてドライブプレートとスリップ係合させたときの各箇所での温度行っている。そして、(A)(B)(C)(D)の各試験体(クラッチパック)において、ピーク温度としては温度計測値の最大値を採用し、温度ばらつきとしては最大値と最小値との差を採用している。
【0027】
また、第1の実施形態の片貼り構造(
図10(B))は従来の片貼り構造(
図10(A))に対してクラッチ非締結時における低フリクション性において優れている効果がある。
図12はクラッチ非締結時におけるクラッチフエーシングに対するクラッチ油の付着状態を模式的に示す。I−(a)は従来の片貼り構造(
図10(A))を示し、車両停止状態(非回転状態)においては、油膜の厚みはクラッチフエーシング155, 156上の油膜155a, 156aの厚みが、ドライブプレート152、ドリブンプレート154の摺動面上の油膜152a, 154aよりクラッチフエーシング155, 156のオイル吸着性が良好な分だけ厚くなるが、夫々厚みの大きさとしてはドライブプレート152、ドリブンプレート154間で変化はない。車両が動いているクラッチ非締結時は、I−(b)に示すように高速回転(矢印f)するドライブプレート152のクラッチフエーシング155に対するクラッチ油の付着量(油膜厚み)が155bのように相当に薄くなる。高速回転(矢印f)していても、ドライブプレート152の摺動面に対するクラッチ油の付着量も少しは減るが152b(152aとの対比で)のようにあまり変わらないし、また、回転数が低い(矢印f´)ドリブンプレート154及びそのクラッチフエーシング156についても油膜の厚み
154b, 156b(
154a, 156aとの対比で)はあまり変わらない。しかしながら、ドライブプレート152のクラッチフェーシング155の面上における非回転状態における高オイル付着量(155a)から回転状態の低オイル付着量(155b)への変化は、それに伴うクラッチ油流速の増大により、ドリブンプレート154をドライブプレート152に向けて矢印gのように軸方向に位置ずれ(偏倚)させ、これはクラッチ非締結時におけるフリクション増加に繋がる結果となる。
図12においてIIは本発明の第1の実施形態(
図9)について、クラッチ非締結状態における油膜の厚みを模式的に示すもので、(a)の車両停止状態(非回転状態)においては、油膜の厚みに関し、クラッチフエーシング55, 56上の油膜55a, 56aの厚みが、ドライブプレート52、ドリブンプレート54の摺動面上の油膜52a, 54aよりクラッチフエーシング55, 56のオイル吸着性が良好なため厚くなり、また、夫々厚みの大きさとしてはドライブプレート52、ドリブンプレート54間で変化はなく、この関係は従来の片貼り構造におけるI−(a)と同様である。車両が動いている状態での、クラッチ非締結時は、II−(b)に示すように高速回転(矢印f)するドライブプレート52のクラッチフエーシング55に対するクラッチ油の付着量(油膜厚み)が55bのように相当に薄くなり、高速回転(矢印f)していても、ドライブプレート52の摺動面に対するクラッチ油の油膜も少しは薄くなるが52bのようにあまり変わらないし、また、回転数が低い(矢印f´)ドリブンプレート54及びそのクラッチフエーシング56についても油膜の厚み
54b, 56bはあまり変わらず、この関係についても従来の片貼り構造におけるI−(b)と相違は実質的に無い。しかしながら、本発明の第1の実施形態においては、ドリブンプレート54の摺動面上に環状溝59を有しており、この環状溝59に溜まる分だけオイル量は増加し、ドライブプレート52のクラッチフェーシング55の面上のオイル膜(55b)が薄くなったことによるオイル量の減少を補償し、対向面間でのオイル量差を均衡化し、クラッチ油流速の増加が起こらないため、I−(b)の場合のような矢印g方向のドリブンプレート154の偏倚(位置ずれ)は起こらず又は実質的に起こらず、その結果クラッチ非締結時のフリクションは増加しない効果がある。本実施形態における片貼り構造の湿式多板クラッチにおける特筆に足る有利な効果と言い得るものである。
【0028】
図13はこの発明の湿式多板クラッチの第2の実施形態におけるクラッチパック50を模式的に示しており、片面にクラッチフェーシング55, 56を貼着形成し、反対側面に環状溝58, 59を形成したドライブプレート52、ドリブンプレート54を軸方向に交互に配置した片面貼り構造は第1の実施形態(
図9)と同様である。しかしながら、環状溝58, 59に油保持材80を充填装着した点が相違する。油保持材はクラッチフエーシングと同様にガラス繊維や樹脂といったクラッチオイルに対する高親和性の素材により構成され、クラッチ油が油保持材80に浸透することにより保持量の確保を確実としクラッチ油による冷却性を高めることができ、また、軸方向の断熱機能を高めまた径方向における摺動部及び伝熱部の不連続化による、より高い断熱機能を実現することができる。
【0029】
図14はこの発明の湿式多板クラッチの第3の実施形態におけるクラッチパック350を模式的に示しており、この実施形態においては、クラッチパック350を構成するドライブプレート352及びドリブンプレート354は鋼板からのプレス加工により、夫々、環状溝358及び359を形成している。そのため、環状溝358, 359の反対側において、ドライブプレート352及びドリブンプレート354は円周方向の全長に回転軸と同芯の環状の突部358-1, 359-1が形成される。そして、突部358-1, 359-1との緩衝を回避するため、ドライブプレート352及びドリブンプレート354上のクラッチフェーシング355及び356は外周側部分355A, 356A及び内周側部分355B, 356Bに分割することができる。即ち、クラッチフェーシング355及び356が半径方向に分割配置された構造となる。この実施形態においては、ドライブプレート352及びドリブンプレート354へのクラッチフェーシング355及び356の片貼り構造とドライブプレート352及びドリブンプレート354の環状溝358及び359のプレス構造との組合せで、第1の実施形態(
図9)と同様の耐熱性を確保しつつプレス構造による製造コストの低減を実現することができる。即ち、プレス構造の場合、ドライブプレート352及びドリブンプレート354のプレス成形の過程で環状溝358, 359の同時成形も行われるようなプレス型の使用等が可能となり、プレス工程の段数が減少することにより製造コスト減を実現することが可能となる。
【0030】
図15(a)はこの発明の湿式多板クラッチの第4の実施形態におけるクラッチパック450を模式的に示しており、この実施形態は特許文献1(特開2013−249871号公報)に記載のクラッチフェーシングのドライブプレートの両貼り構造において本発明の思想を実現したものである。即ち、この実施形態では、従来の
図10(C)及び(D)の構成と同様クラッチパック450におけるドライブプレート452は両面にクラッチフェーシング455を有しており、ドリブンプレート454にはクラッチフェーシングが備えられない。各ドリブンプレート454は2枚のプレート部材454A, 454Bの合体構造であり、プレート部材454A, 454Bの片面には環状溝459A, 459bが内周及び外周に一対形成される。そして、各ドリブンプレート454を構成する2枚のプレート部材454A, 454Bの合体は中間に断熱材よりなる薄板82を介在させて行っている。ドリブンプレート454の製造は、
図15(b)示すように、一対のプレート部材454A, 454B間に断熱材よりなる薄板82を挿入設置し、加熱下で両側より圧着若しくは接着し一体化することにより行われる。この第4の実施形態のクラッチパック450においては、両貼り構造であるにも関わらず、ドリブンプレート
454の各摺動面(環状溝459A, 459bを成形した面)は軸方向にはクラッチフェーシング455と断熱材層(薄板82)との間に位置され(クラッチの締結時は断熱材層間に挟着され)、摩擦熱の軸方向の伝熱が阻止され、また、クラッチフェーシング455との摺動面における環状溝459A, 459b及びそこに充満されるクラッチ油により中央部摩擦熱の集中や篭りが防止(半径方向の熱伝導の不連続化)され、これにより摺動面の熱がドリブンプレート
454の全体への伝熱が容易化されるため、ドリブンプレート
454の熱勾配を緩和することができ、本発明の思想を両貼り構造の湿式多板クラッチで実現することが可能となる。