【文献】
兵頭 志明,高分子シミュレーションにおけるマルチスケールモデリングと粗視化の方法,高分子論文集,2010年 3月25日,Vol.67 No.3,pp.164-178
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
くりこみ回数に依存するくりこみ因子λに基づいて、各々が一次元状に繋がった複数の
モノマー粒子からなる複数のポリマーで構成されたシミュレーション対象の粒子系Sに対
してくりこみ変換処理を行う工程と、
くりこまれた粒子系S’について分子動力学計算を実行することにより、くりこまれた
粒子系S’のモノマー粒子の位置ベクトル及び運動量ベクトルを求める工程と
を有し、
粒子系S及び粒子系S’のモノマー間の距離をrで表し、空間の次元数をdで表し、
粒子系Sのモノマーの質量をmで表し、1つのポリマーを構成しているモノマー粒子の
数をNmで表し、ポリマーの数をNpで表し、モノマー粒子の座標をqで表し、モノマー
粒子間の相互作用ポテンシャルφ(r)として、
任意のモノマー粒子間においては、
【数1】
が適用され、ポテンシャルU
0(r)は、エネルギの次元を持つパラメータεと、長さの
次元を持つパラメータσと、無次元関数fを用いて
【数2】
と表すことができ、
同一ポリマー内の隣接するモノマー粒子間においては、パラメータとしてポテンシャル
U
0(r)で用いられた
パラメータε、σを持つ有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch
(r:ε,σ)がポテンシャルU
0(r)に追加されて
【数3】
が適用され、
粒子系S’のモノマー粒子の質量をm’で表し、1つのポリマーを構成しているモノマ
ー粒子の数をNm’で表し、ポリマーの数をNp’で表し、モノマー粒子の座標をq’で
表したとき、下記の変換則
【数4】
を適用し、
粒子系SにおけるポテンシャルU
0(r)、U
ch(r:ε,σ)に対応する粒子系S
’におけるポテンシャルU
0’(r)、U
ch’(r:ε,σ)として、
【数5】
を用いて、粒子系S’について前記分子動力学計算を実行するシミュレーション方法。
各々が一次元状に繋がった複数のモノマー粒子からなる複数のポリマーで構成されたシ
ミュレーション対象の粒子系Sを特徴づけるパラメータである空間の次元数d、モノマー
粒子の質量m、1つのポリマーを構成しているモノマー粒子の数Nm、ポリマーの数Np
の値、及び粒子系Sの初期条件が入力される入力装置と、
前記入力装置から入力されたデータに基づいてシミュレーション処理を実行する処理ユ
ニットと
を有し、
前記処理ユニットは、
粒子系Sに対して、くりこみ回数に依存するくりこみ因子λに基づいてくりこみ変換を
行う処理と、
くりこまれた粒子系S’について分子動力学計算を実行することにより、くりこまれた
粒子系S’のモノマー粒子の位置及び運動量を求める処理と
を実行し、
前記処理ユニットは、
粒子系S及び粒子系S’のモノマー間の距離をrで表し、
粒子系Sのモノマー粒子の座標をqで表し、モノマー粒子間の相互作用ポテンシャルφ
(r)として、
任意のモノマー粒子間においては、
【数7】
が適用され、ポテンシャルU
0(r)は、エネルギの次元を持つパラメータεと、長さの
次元を持つパラメータσと、無次元関数fを用いて
【数8】
と表すことができ、
同一ポリマー内の隣接するモノマー粒子間においては、パラメータとしてポテンシャル
U
0(r)で用いられた
パラメータε、σを持つ有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch
(r:ε,σ)がポテンシャルU
0(r)に追加されて
【数9】
が適用され、
粒子系S’のモノマー粒子の質量をm’で表し、1つのポリマーを構成しているモノマ
ー粒子の数をNm’で表し、ポリマーの数をNp’で表し、モノマー粒子の座標をq’で
表したとき、下記の変換則
【数10】
を適用し、
粒子系SにおけるポテンシャルU
0(r)、U
ch(ε,σ,r)に対応する粒子系S
’におけるポテンシャルU
0’(r)、U
ch’(ε,σ,r)として、
【数11】
を用いて、粒子系S’について前記分子動力学計算を実行するシミュレーション装置。
くりこみ回数に依存するくりこみ因子λに基づいて、各々が一次元状に繋がった複数の
モノマー粒子からなる複数のポリマーで構成されたシミュレーション対象の粒子系Sに対
してくりこみ変換処理を行う工程と、
くりこまれた粒子系S’について分子動力学計算を実行することにより、くりこまれた
粒子系S’のモノマー粒子の位置ベクトル及び運動量ベクトルを求める工程と
を有し、
粒子系S及び粒子系S’のモノマー間の距離をrで表し、空間の次元数をdで表し、
粒子系Sのモノマーの質量をmで表し、1つのポリマーを構成しているモノマー粒子の
数をNmで表し、ポリマーの数をNpで表し、モノマー粒子の座標をqで表し、モノマー
粒子間の相互作用ポテンシャルφ(r)として、
任意のモノマー粒子間においては、
【数12】
が適用され、
同一ポリマー内の隣接するモノマー粒子間においては、パラメータとしてポテンシャル
U
0(r)で用いられた
パラメータε、σを持つ有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch
(r:ε,σ)がポテンシャルU
0(r)に追加されて
【数13】
が適用され、
ポテンシャルφ(r)は、エネルギの次元を持つパラメータεと、長さの次元を持つパ
ラメータσと、無次元関数fを用いて
【数14】
と表すことができ、
粒子系S’のモノマー粒子の質量をm’で表し、1つのポリマーを構成しているモノマ
ー粒子の数をNm’で表し、ポリマーの数をNp’で表し、モノマー粒子の座標をq’で
表したとき、下記の変換則
【数15】
を適用し、
粒子系Sにおけるポテンシャルφ(r)に対応する粒子系S’におけるポテンシャルφ
’(r)として、
【数16】
を用いて、粒子系S’について前記分子動力学計算を実行するシミュレーション方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本願発明の実施例で適用される分子動力学(Molecular Dynamics)について簡単に説明する。N個の粒子(例えば原子)からなり、ハミルトニアンHが下記の式で表される粒子系について考える。
【数6】
ここで、
mは粒子の質量を表し、
φは粒子間の相互作用ポテンシャルを表し、
ベクトルp
jは粒子の運動量ベクトルを表し、
ベクトルq
jは粒子の位置ベクトル(位置座標)を表す。
【0016】
ハミルトニアンHを、ハミルトニアンの正準方程式に代入することにより、粒子jに対する下記の運動方程式が得られる。
【数7】
【数8】
【0017】
分子動力学では、粒子系を構成する各粒子に対し、式(7)及び式(8)で表される運動方程式を数値的に積分して解くことにより、各時刻における各粒子の運動量ベクトルp
j及び位置ベクトルq
jが求められる。数値積分には、Verlet法が用いられることが多い。Verlet法については、例えば、J.M.Thijssen,「Computational Physics」,Cambridge University Press (1999)の175頁に説明されている。分子動力学計算で得られた各粒子の運動量ベクトル及び位置ベクトルに基づいて、粒子系の種々の物理量を算出することができる。
【0018】
次に、くりこみ群の手法を応用した分子動力学(以下、くりこみ群分子動力学という。)について概念的に説明する。
【0019】
くりこみ群分子動力学では、シミュレーション対象の粒子系Sを、粒子系Sの粒子数よりも少ない数の粒子で構成された粒子系S’(以下、くりこまれた粒子系S’という。)に対応づける。次に、くりこまれた粒子系S’に対して分子動力学計算を実行する。くりこまれた粒子系S’に対する計算結果を、シミュレーション対象の粒子系Sに対応付ける。これにより、シミュレーション対象の粒子系Sに対して分子動力学計算を直接的に実行する場合よりも計算量を少なくすることができる。シミュレーション対象の粒子系Sにおける物理量(例えば、粒子数、粒子の質量等)と、くりこまれた粒子系S’における物理量とを相互に対応付けるための変換則を、くりこみ変換測という。
【0020】
図1に、実施例によるシミュレーション方法のフローチャートを示す。ステップS1において、シミュレーション対象の粒子系Sに対して、くりこみ変換測に基づいてくりこみ変換処理を実行することにより、くりこまれた粒子系S’を定義する。粒子系Sは、複数のポリマーで構成され、複数のポリマーの各々は、一次元状に繋がった複数のモノマー粒子で構成される。
【0021】
粒子系Sのモノマー粒子間の相互作用ポテンシャルφ(r)として、任意のモノマー粒子間においては、
【数9】
が適用される。ここで、rは、粒子系Sを構成する各粒子からの距離を表す。
【0022】
ポテンシャルU
0(r)は、基本的に下記の式で表される。
【数10】
ここで、
fは無次元化された関数を表し、ε及びσは、モノマー粒子を特徴づけるパラメータである。パラメータεはエネルギの次元を持ち、相互作用係数と呼ばれる。パラメータσは距離の次元を持ち、粒子の大きさに依存する。
【0023】
同一ポリマー内の隣接するモノマー粒子間においては、ポテンシャルU
0(r)に有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch(r:ε,σ)が追加されて
【数11】
が適用される。有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch(r:ε,σ)は、ポテンシャルU
0(r)を定義するパラメータε及びσに依存するパラメータを含む。
【0024】
ポテンシャルU
0(r)として、例えばレナード・ジョーンズ型のポテンシャルを適用することができる。ポテンシャルU
0(r)に、シフトさせたレナード・ジョーンズ型のポテンシャルを適用した場合、ポテンシャルU
0(r)は、例えば下記の式で定義することができる。
【数12】
【0025】
ポテンシャルU
0(r)として、モース型ポテンシャルを適用することも可能である。さらに、ポテンシャルU
0(r)として、これらの関数をテーラー展開した近似関数を用いることも可能である。本実施例においては、ポテンシャルU
0(r)としてレナード・ジョーンズ型のポテンシャルを適用することとして説明を続ける。
【0026】
くりこみ変換処理により、シミュレーション対象の粒子系Sのモノマー粒子の位置ベクトルq、モノマー粒子の質量m、ポリマー内のモノマー粒子の個数Nm、ポリマーの数Np、ポテンシャルU
0(r)を定義するパラメータε、及びσが、それぞれ繰り込まれた粒子系S’のモノマー粒子の位置ベクトルq’、モノマー粒子の質量m’、ポリマー内のモノマー粒子の個数Nm’、ポリマーの数Np’、ポテンシャルU
0’(r)を定義するパラメータε’、及びσ’に変換される。ステップS1のくりこみ変換処理では、下記のくりこみ変換測が適用される。
【数13】
ここで、dはシミュレーション対象の粒子系Sが配置された空間の次元数を表す。λは繰り込み回数に依存するくりこみ因子である。くりこみ回数がn回のとき、くりこみ因子λは以下の式で表される。
【数14】
【0027】
粒子系SにおけるポテンシャルU
0(r)及びU
ch(r:ε,σ)に対応する粒子系S’におけるポテンシャルU
0’(r)及びU
ch’(r:ε,σ)として、下記のポテンシャルを用いる。
【数15】
【0028】
粒子系S’の任意のモノマー粒子間に適用される相互作用ポテンシャルφ’(r)は、下記の式で定義される。
【数16】
【0029】
同一ポリマー内の隣接するモノマー粒子間においては、ポテンシャルU
0’(r)に有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch’(r:ε,σ)が追加されて、相互作用ポテンシャルφ’として、
【数17】
が適用される。
【0030】
上述のくりこみ変換測を適用することにより、粒子の個数が1/λ
d倍になり、粒子の質量がλ
d倍になる。このため、粒子系Sの全体の質量と、粒子系S’の全体の質量とは同一である。さらに、粒子系S’におけるモノマー粒子の位置ベクトルq’が、粒子系Sにおけるモノマー粒子の位置ベクトルqと同一であるため、粒子系Sとくりこまれた粒子系S’との巨視的な寸法は同一である。くりこみ変換処理の前後で、粒子系の全質量及び寸法が不変であるため、粒子系の密度も不変である。
【0031】
次に、ステップS2において、シミュレーションの初期条件を設定する。初期条件には、各粒子の位置ベクトルq
j及び運動量ベクトルp
jの初期値が含まれる。運動量ベクトルp
jは、くりこまれた粒子系S’の温度T’に基づいて設定される。シミュレーション対象の粒子系Sの温度をTで表したとき、温度に関して下記のくりこみ変換測が適用される。
【数18】
【0032】
次に、ステップS3において、くりこまれた粒子系S’に関して分子動力学計算を実行する。運動方程式は、下記の式で表される。
【数19】
ここで、N’は粒子系S’のモノマー粒子の全個数を表しており、N’=Nm’×Np’である。
【0033】
この運動方程式を、数値的に積分して解く。これにより、くりこまれた粒子系S’の各粒子の位置ベクトルq’及び運動量ベクトルp’の時刻歴が求まる。
【0034】
くりこまれた粒子系S’の各粒子の位置ベクトルq’と、シミュレーション対象の粒子
系Sの
各粒子の位置ベクトルqとの対応関係は、式(13)に示したとおりである。くりこまれた粒子系S’における運動量ベクトルp’と、シミュレーション対象の粒子系Sにおける運動量ベクトルpとは、下記の関係を有する。
【数20】
【0035】
ステップS4において、シミュレーション結果を出力する。例えば、位置ベクトルq’及び運動量ベクトルp’を、そのまま数値で出力してもよいし、位置ベクトルq’に基づいて、粒子系S’の複数の粒子の空間内の分布を画像として表示してもよい。
【0036】
[φ(r)=U
0(r)の場合について考察]
次に、相互作用ポテンシャルφ(r)=U
0(r)の場合について、くりこみ変換則を導き出す。まず、くりこまれた粒子系S’のハミルトニアンH’が
【数21】
となることを示す。くりこみ前の粒子系Sの粒子数をNで表し、くりこまれた粒子系S’の粒子数をN’で表す。このハミルトニアンH’を正準方程式に代入して運動方程式を得ることができる。ハミルトニアンH’のパラメータから、式(13)のくりこみ変換則が導出される。
【0037】
くりこまれた粒子系S’のハミルトニアンH’を得るためには、粒子系Sに対する分配関数Z(β)の積分の一部を実行し、ハミルトニアンを粗視化することによりハミルトニアンH’が得られる。
【0038】
粒子数が一定の正準集団(Canonical ensemble)に対する分配関数Z(β)は、以下の式で表される。
【数22】
ここで、k
Bはボルツマン定数であり、dΓ
Nは位相空間内の体積要素である。dΓ
Nは下記の式で表される。
【数23】
ここで、hはプランク定数である。W
Nは、すべての状態の量子論的な和と、位相空間に亘る積分とが一致するように決められる。
【0039】
まず、粒子間の相互作用ポテンシャルの粗視化について説明し、次に運動エネルギの粗視化について説明する。続いて、相互作用ポテンシャルの粗視化、及び運動エネルギの粗視化を踏まえて、くりこみ変換測を定義する。
【0040】
[モノマー粒子間の相互作用ポテンシャルφ=U
0の粗視化]
まず、一次元鎖状に配置された粒子系における相互作用ポテンシャルの粗視化について説明する。その後、単純立方格子状に配置された粒子における相互作用ポテンシャルについて説明する。
【0041】
図2に示すように、粒子i、粒子j、及び粒子kがこの順番に一次元状に並んで配置されている。粒子jが関与する相互作用を書き出し、粒子iと粒子kとの中間にある粒子jの位置座標について積分を実行することにより、相互作用ポテンシャルの粗視化を行うことができる。まず、第二近接以上の粒子からの寄与を取り込むために、ポテンシャルムービング(Potential Moving)の方法を用いることができる。ポテンシャルムービングの方法については、Leo P. Kadanoff, STATISTICAL PHYSICS Static, Dynamics and Renormalization, Chap. 14, World Scientific (1999)に解説されている。
【0042】
第二近接以上の粒子からの寄与を取り込んだ相互作用ポテンシャルφティルダは、下記の式で表すことができる。
【数24】
ここで、aは平衡状態における粒子間距離を表す。平衡状態における粒子間距離aは、相互作用ポテンシャルφ(r)が最小となる距離に等しい。
【0043】
複数の粒子が一次元状に配置されているため、粒子jの位置ベクトルq
jは、一次元座標q
jで表すことができる。粒子jの位置をq
jで表すと、粒子jに対して、最近接の粒子によって作られるケージポテンシャルは、下記の式で表される。
【数25】
【0044】
積分変数q
jについて積分を実行すれば、式(25)を用いて下記の式が得られる。
【数26】
ここで、r
aは粒子の直径を表し、z(q
i−q
k)及びP(q
i−q
k)は、下記の式で表される。
【数27】
【数28】
積分領域はケージポテンシャルの内部領域に制限される。
【0045】
次に、z(q
i−q
k)を具体的に計算する。相互作用ポテンシャルφがレナード・ジョーンズ型ポテンシャルの場合、φ
(2n)は、下記の式で表される。
【数29】
【0046】
式(29)を式(28)に代入して数値積分を行う。式(28)に式(29)を代入する際には、式(24)を用いる。
【0047】
図3に、相互作用ポテンシャルφ(r)がレナード・ジョーンズ型ポテンシャルである場合の式(27)の算出結果、及び式(28)の数値積分結果を示す。粒子i、粒子j、粒子k、粒子l、及び粒子mがこの順番に一次元状に配置されている場合の粒子kの位置座標がq
kで表される。
図3の横軸は、q
k/2を表し、縦軸は、P(q
i−q
k)P(q
k−q
m)、及びz(q
i−q
k)z(q
k−q
m)を、対数目盛で表す。
図3に至る数値計算において、ε/k
BT=2.0とした。
【0048】
図3から、P(q
i−q
k)P(q
k−q
m)の変化に比べて、z(q
i−q
k)z(q
k−q
m)の変化が緩やかであることがわかる。このため、P(q
i−q
k)P(q
k−q
m)に対してz(q
i−q
k)z(q
k−q
m)は、ほぼ定数であると近似できる。
【0049】
粒子kが位置座標q
kに存在する確率p(q
k)は、以下のように近似することができる。
【数30】
【0050】
従って、下記の式が導出される。
【数31】
【0051】
ここまでは、一次元状に複数の粒子が配置された粒子系の相互作用ポテンシャルの粗視化について説明した。多次元の粒子系の相互作用ポテンシャルは、ポテンシャルムービングの方法により実現できる。
【0052】
図4A〜
図4Cを参照して、二次元格子を一次元格子に帰着させるポテンシャルムービングの方法について説明する。
【0053】
図4Aに示すように、二次元正方格子の格子点の位置に粒子が配置されている。最近接する粒子間の相互作用(ニアレストネイバーカップリング)を実線で示す。粒子が配列する1つの方向をx方向とし、それに直交する方向をy方向とする。
【0054】
図4Bに示すように、x方向に並んだ粒子のうち、1つ置きに配置された粒子(中空の円で表された粒子)の変位について積分を実行することを考える。積分の対象となる粒子(消去したい粒子)を被積分粒子と呼ぶこととする。
【0055】
図4Cに示すように、ポテンシャルムービングの方法では、被積分粒子同士のニアレストネイバーカップリングを、x方向に関して両隣に配置された粒子に振り分ける。振り分けられた相互作用が加算された粒子間相互作用(ダブルカップリング)を二重線で表す。二重線で表されたダブルカップリングは、元のニアレストネイバーカップリングの2倍の強さになる。この手法を用いて、二次元格子を一次元鎖に変換することができる。一次元鎖の粒子系においては、
図2を参照して説明した手法により相互作用ポテンシャルの粗視化を行うことができる。シミュレーション対象の粒子系が三次元格子を構成する場合には、二次元格子を一次元鎖に変換する手順をx方向、y方向、及びz方向の3方向に関して繰り返せばよい。このようにして、多次元格子を構成する粒子系の粗視化を行うことができる。
【0056】
次元数dの多次元格子を構成する粒子系の相互作用ポテンシャルの粗視化は、下記の式で表される。
【数32】
ここで、<i,j>は、最近接格子間で和を取ることを意味する。
【0057】
最近接格子間の和を、すべての相互作用の和に変更すると、下記の式が得られる。
【数33】
【0058】
[運動エネルギの粗視化]
次に、運動エネルギの粗視化について説明する。運動エネルギについては、容易に積分を実行することができ、下記の式が導出される。
【数34】
式(34)の導出に際し、下記の式が利用される。ここで、運動量ベクトルp
j2は、ベクトルの内積を意味する。
【数35】
【0059】
[くりこみ変換測の導出]
次に、上述の相互作用ポテンシャルの粗視化、及び運動エネルギの粗視化から導出されるくりこみ変換測について説明する。
【0060】
式(22)に、式(33)及び式(34)を代入することにより、結果に影響しない係数を除いて下記の式が得られる。
【数36】
【0061】
式(36)から、粗視化されたハミルトニアン(くりこまれた粒子系S’のハミルトニアン)H’は、以下の式で表される。
【数37】
【0062】
ハミルトニアンを粗視化する際の結合定数のリストをKで表す。結合定数のリストKは下記のように表される。
【数38】
【0063】
くりこみ変換Rを以下のように定義する。
【数39】
【0064】
n回のくりこみ変換実行後の結合係数のリストK
nは、下記の式で表される。
【数40】
【0065】
従って、n回のくりこみ変換が行われたハミルトニアンHnは、下記の式で表される。
【数41】
ここで、くりこまれた粒子系S’における運動量ベクトルp
j’は、下記の式で表される。
【数42】
【0066】
式(21)と式(41)とから、式(13)に示したくりこみ変換測が導き出される。
【0067】
[モノマー粒子間の相互作用ポテンシャルφ=U
0+U
chの場合について考察]
次に、ポリマー内の隣接するモノマー粒子間における相互作用ポテンシャルφ(r)に関するくりこみ変換則の導出について説明する。
【0068】
図2において、粒子i、kが作る粒子jに対するケージポテンシャルは、式(25)と同様に、
【数43】
と表すことができる。積分変数q
jについて、モノマー粒子jが一方のモノマー粒子iに接触した位置から、他方のモノマー粒子kに接触する位置まで積分する。モノマー粒子の直径をr
aで表すと、下記の式が得られる。
【数44】
【0069】
上述の式のように、くりこみ後の相互作用ポテンシャルは、2φ((qi−qk)/2)とδφとの関数の重ね合わせとなる。
【0070】
有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch(r:ε、σ)として、クレマーグレストモデルとして知られている以下のポテンシャルを採用することができる。
【数45】
ここで、パラメータk及びR
0は、式(10)に現れているパラメータε及びσに依存して決定される。一例として、パラメータk及びR
0は下記の式で定義される。
【数46】
【0071】
式(46)の関係を適用した場合、有限伸長非線形弾性ポテンシャルU
ch(r:ε、σ)も、式(10)に示したポテンシャルU
0(r)と同様に、下記の式で表すことができる。ここで、f
chは、無次元化された関数である。
【数47】
【0072】
相互作用ポテンシャルφ(r)は、
【数48】
と表される。ポテンシャルU
0(r)は、上述の式(12)で示したとおりである。式(44)の2φ((q
i−q
k)/2)を実際に計算し、δφを数値積分により求めた。
【0073】
図5に、2φ((q
i−q
k)/2)の計算結果、及びδφの数値積分結果を示す。横軸は(q
i−q
k)/2を表し、縦軸はエネルギを単位「J」で表す。
図5の実線は2φ((q
i−q
k)/2)の計算結果を示し、破線はδφの数値積分結果を示す。
図5の計算結果から、δφの変化量は、2φ((q
i−q
k)/2)の変化量に比べて十分小さいことがわかる。従って、2φ((q
i−q
k)/2)に対してδφは定数であると近似することができる。
【0074】
上述の考察から、下記の式が導出される。
【数49】
【0075】
この式は、相互作用ポテンシャルφ=U
0の粗視化の説明で示した式(31)と等価である。従って、相互作用ポテンシャルφ=U
0+U
chの粗視化も、相互作用ポテンシャルφ=U
0の粗視化と同様に取り扱うことができる。
【0076】
従って、くりこまれた粒子系S’における相互作用ポテンシャルφ’(r)は、以下の式で表される。
【数50】
【0077】
上式に、式(13)のくりこみ変換則を適用すると、次の式が得られる。
【数51】
【0078】
シミュレーションを行うときに、式(51)を適用してもよい。この場合には、粒子系Sの相互作用ポテンシャルφ(r)の変数rをr/λに置き換えてポテンシャルφ(r/λ)を求め、その結果をλ
d倍することにより、粒子系S’について数値計算を行うことができる。
【0079】
[ポリマー数、ポリマー内のモノマー粒子の個数のくりこみ変換則]
次に、
図6を参照して、ポリマーの数Np、及びポリマー内のモノマー粒子の個数Nmのくりこみ変換則について説明する。
図6に、直線状のポリマーが3次元方向に規則正しく配置されている状態の模式図を示す。ポリマーの各々を構成するモノマー粒子がy方向に繋がっている。複数のポリマーが、x、y、z方向に配置されている。
【0080】
y方向に関して1回のくりこみを行うと、y方向に並ぶモノマー粒子が1つおきに消去される。例えば、矢印Pyで示された面に配置されたモノマー粒子が消去される。これにより、ポリマー内のモノマー粒子の個数が1/2倍になる。次に、x方向に関して1回のくりこみを行うと、x方向に並ぶポリマーが1つおきに消去される。例えば、矢印Pxで示された面に配置されたモノマー粒子が除去される。これにより、ポリマーの数が1/2倍になる。さらに、z方向に関して1回のくりこみを行うと、z方向に並ぶポリマーが1つおきに消去される。例えば、矢印Pzで示された面に配置されたモノマー粒子が除去される。これにより、ポリマーの数がさらに1/2倍になる。
【0081】
上述のように、3次元方向に1回のくりこみを行うと、モノマー粒子の個数が1/2倍になり、ポリマーの数が1/4倍になる。くりこみ回数をn回とすると、式(13)に示したNm及びNpのくりこみ変換則が得られる。
【0082】
上記実施例によるシミュレーション方法、及びくりこみ変換を行わないシミュレーション方法を用いて、高分子に特有の現象である粘度のひずみ速度依存性を求めた。計算手法として、SLLOD法を用いた。シミュレーション対象のパラメータは下記の通りである。
m=42.3[g/mol]
ε/k
B=443.0[K]
σ=5.3×10
−10[m]
k=6.53×10
−1[N/m]
R
0=7.95×10
−10[m]
T=443.0[K]
N
m’=64
N
p’=1000
ここで、k
Bはボルツマン定数である。ε、σ、k、及びR
0は、式(12)及び式(45)に現れているパラメータである。パラメータk及びR
0は、レナード・ジョーンズ型ポテンシャル(式(12))のε及びσによって決定される。くりこみ後の粒子系S’におけるk’及びR
0’は、くりこみ変換後のε’及びR
0’により決定される。
【0083】
図7に、シミュレーション結果を示す。横軸はひずみ速度を表し、縦軸は粘度を表す。
図7では、ひずみ速度及び粘度が無次元化されて表されている。
図7中の丸記号はくりこみ変換を行わない粒子系Sについてシミュレーションを行った結果を示す、三角記号は、くりこみを行った粒子系S’についてシミュレーションを行った結果を示す。くりこみ後の粒子系S’について求めた粘度が、くりこみ前の粒子系Sについて求めた粘度を連ねる曲線に乗っていることがわかる。このように、くりこみを行った粒子系S’においても、粘度のひずみ速度依存性が保たれている。
【0084】
図7に示したシミュレーション結果により、上記実施例によるくりこみ変換則を用いたシミュレーション方法を用いて、高分子材料のマクロな計算を行うことが可能であることが示された。
【0085】
上記実施例によるシミュレーション方法は、コンピュータがコンピュータプログラムを実行することにより実現される。コンピュータプログラムは、例えばデータ記録媒体に記録された状態で提供される。または、コンピュータプログラムは、電気通信回線を介して提供することも可能である。
【0086】
図8に、実施例によるシミュレーション装置25のブロック図を示す。シミュレーション装置25は、入力装置21、処理ユニット10、及び出力装置22を含む。処理ユニット10は、入力部11、演算部12、出力部13、及び記憶装置14を含む。
【0087】
入力装置21を通して入力部11にシミュレーションの種々の条件が入力される。例えば、シミュレーション対象の粒子系Sを特徴づけるパラメータである空間の次元数d、モノマー粒子の質量m、1つのポリマーを構成しているモノマー粒子の数Nm、ポリマーの数Npの値、及び粒子系Sの初期条件が入力される、
【0088】
記憶装置14に、シミュレーションを実行するコンピュータプログラムが格納されている。演算部12は、入力部11に入力されたデータに基づいて、記憶装置14に格納されているコンピュータプログラムを実行することにより、シミュレーション処理を実行する。シミュレーション結果が、出力部13を介して出力装置22に出力される。
【0089】
演算部12は、入力された粒子系Sのパラメータに対してくりこみ変換処理を行うことにより、くりこまれた粒子系S’のパラメータを算出する。算出されたパラメータを用いて、粒子系S’について分子動力学計算を行う。くりこまれた粒子系S’について分子動力学計算を行うため、計算時間を短縮することができる。
【0090】
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。