特許第6653113号(P6653113)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6653113
(24)【登録日】2020年1月29日
(45)【発行日】2020年2月26日
(54)【発明の名称】疲労特性に優れたマルエージング鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20200217BHJP
   C21C 7/04 20060101ALI20200217BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20200217BHJP
【FI】
   C22C38/00 302N
   C21C7/04 E
   C22C38/14
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-106152(P2014-106152)
(22)【出願日】2014年5月22日
(65)【公開番号】特開2015-61932(P2015-61932A)
(43)【公開日】2015年4月2日
【審査請求日】2017年3月21日
【審判番号】不服2018-12545(P2018-12545/J1)
【審判請求日】2018年9月19日
(31)【優先権主張番号】特願2013-173761(P2013-173761)
(32)【優先日】2013年8月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【弁理士】
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】杉山 健二
(72)【発明者】
【氏名】植田 茂紀
【合議体】
【審判長】 中澤 登
【審判官】 粟野 正明
【審判官】 土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭49−42572(JP,B1)
【文献】 特開2005−232551(JP,A)
【文献】 特開2002−167652(JP,A)
【文献】 特開2005−320611(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:≦0.015%
Ni:12.0〜20.0%
Mo:3.0〜6.0%
Co:5.0〜13.0%
Al:0.01〜0.3%
Ti:0.2〜2.0%
O:≦0.0020%
N:≦0.0020%
Zr:0.001〜0.02%
残部Fe及び不可避的不純物の組成を有し、
Zrの介在物を核とするTiの窒化物又はTiの炭窒化物を含む、疲労特性に優れたマルエージング鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はマルエージング鋼に関し、詳しくはTiN介在物を微細化することによって疲労特性を向上させたマルエージング鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
マルエージング鋼は強化元素として多量のNi,Mo,Ti,Co等を含んだ鋼であり、熱処理によってマルテンサイト状態で時効硬化を生じる種類の鋼で、2000MPa前後の非常に高い引張強度の得られる超強力鋼である。
【0003】
マルエージング鋼は高い引張強度を有することから、特に高強度の要求される部材、例えば宇宙・航空機用の構造部材,自動車エンジンの無段変速機用部品,高圧容器,工具材料,金型等に好適な材料として使用されている。
【0004】
マルエージング鋼の強化機構は、時効処理によるNi-Ti,Ni-Mo等の金属間化合物の析出硬化によるもので、その代表的な組成例としてFe-18Ni-9Co-5Mo-0.4Ti-0.1Al鋼が従来公知である。
【0005】
ところが、マルエージング鋼では鋼に添加されたTiが鋼中のNと反応して粗大で角張ったTiN介在物を生成させ、これが破壊起点となって疲労特性を低下させてしまう問題がある。特に厚みが0.5mm以下の薄帯鋼等では、粗大なTiN介在物に起因した疲労特性の低下が大きな問題となり、その解決が求められていた。
【0006】
尚、本発明に対する先行技術として、下記特許文献1には「マルエージング鋼の加工熱処理方法」についての発明が示され、Zrを含有したマルエージング鋼の組成が特許請求の範囲に開示されている。
但しこの特許文献1には、具体的にZrを添加した実施例はもとより、本文中にZrに関する記載は一切なく、本発明とは別異のものである。
【0007】
他の先行技術として、下記特許文献2には「超高張力強靭鋼」についての発明が示され、特許請求の範囲の第2項において、選択元素としてZrを添加できる旨記載されている。
しかしこの特許文献2に記載のものはNi含有量が4.1〜9.5の低含有量であるのに加えて、この特許文献2にはZrを添加した実施例はなく、本発明とは別異のものである。
【0008】
更に他の先行技術として、下記特許文献3には「超高張力鋼」についての発明が示され、特許請求の範囲の第1項に選択元素の1つとしてZrを含有した組成が開示されている。
しかしこの特許文献3に記載のものは、Coの含有量が15.0〜21.0で本発明のそれに比べて高含有量であり、更にZrの添加理由が脱酸による清浄度向上,脱窒,Mo,Crの粒界析出防止による靭延性向上にある点で本発明とは別異のものである。
【0009】
更に他の先行技術として、下記特許文献4には「耐ヒートチェック性に優れたマルエージング鋼」についての発明が示され、特許請求の範囲の請求項1にZrを含有する点が開示されている。
しかしこの特許文献4に記載のものは、Ni含有量が6.0〜11.0と低含有量であり、本発明とは異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭51−87118号公報
【特許文献2】特開昭53−30916号公報
【特許文献3】特開昭58−25457号公報
【特許文献4】特開平7−243003号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は以上のような事情を背景とし、TiN介在物の微細化によって疲労特性の向上したマルエージング鋼を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
而して請求項1のものは、質量%でC:≦0.015%,Ni:12.0〜20.0%,Mo:3.0〜6.0%,Co:5.0〜13.0%,Al:0.01〜0.3%,Ti:0.2〜2.0%,O:≦0.0020%,N:≦0.0020%,Zr:0.001〜0.02%,残部Fe及び不可避的不純物の組成を有し、Zrの介在物を核とするTiの窒化物又はTiの炭窒化物を含む、ことを特徴とする。
【発明の作用・効果】
【0014】
以上の本発明は、マルエージング鋼において生成するTiN介在物を微細化する成分としてZrを所定量添加することを骨子とするものである。
本発明者らは、TiN介在物を微細化するために、TiN形成の前にその核となるものを微細に分散形成しておき、その核を中心としてTiN形成させる点に着眼した。
そこで、果してその様な働きを成し得る元素があるかどうか、またあるとしたらどの様な元素がそれを成し得るかを探るべく、様々な元素の添加試験を行い、TiN形成の状況を調べた。
その結果、調べた元素の範囲内ではZrを除いた全ての元素がTiN介在物の微細化に資する核を有効に形成し得ず、唯一ZrのみがTiN介在物の微細化に有効な核を形成し得る事実を突き止めた。
本発明は以上の知見の下になされたものである。
【0015】
本発明者らの見解によれば、鋼の1次溶解(1次溶解だけで終ればその1次溶解が最終溶解となる)の際にZrを溶鋼中に添加すると、添加したZrが微細なZr介在物(ここではZr酸化物)となって溶鋼中に分散状態に生成する。
そして溶鋼の凝固時に、それら多数の微細分散したZr介在物を核としてその周りにTiN介在物が晶出する。
つまり生成核が微細に分散していて、それぞれの核を中心としてTiNが晶出するためにTiN晶出物、即ちマルエージング鋼において問題となるTiN介在物が微細化する。
またその際に、溶鋼中に添加したZrが溶鋼中のNをZrNとして固定し、Tiと反応してTiN形成するN量を少なくし、TiN形成を抑制するように作用する。
【0016】
図3に示すように(図3の出典は金属データブック(日本金属学会編))、ZrNの標準生成自由エネルギーはTiNの標準生成自由エネルギーよりも小であり、このことから溶鋼中にZrとTiとがNとともに存在すれば、ZrとNとの反応がTiとNとの反応に優先して生じ得ることが明らかである。
【0017】
本発明によれば、鋼に添加したTiがNと結合して鋼中に生じる角張った形態のTiN介在物を微細化することができ、これによりマルエージング鋼の疲労特性を効果的に向上せしめることができる。
【0018】
次に本発明における化学成分の限定理由を説明する。
C:≦0.015%
Cは、Tiと結合して炭化物,炭窒化物を形成し、時効処理によって金属間化合物を形成するTi量を減少させる。また、炭化物,炭窒化物を形成することにより疲労強度を低減させるため0.015%以下とする。
【0019】
Ni:12.0〜20.0%
Niは、時効処理によってNiMo,NiAlなどの金属間化合物を析出し、引張強度及び疲労強度を向上させる。このような効果を得るために12.0%以上含有させる必要がある。
一方、Ni含有量が過剰になるとMs点の低下により残留オーステナイトが増加し、十分なマルテンサイト組織が得られないため、20.0%以下とする。
【0020】
Mo:3.0〜6.0%
Moは、NiMo等の金属間化合物を析出し、母材強度の向上に寄与する。このような効果を得るために3.0%以上含有させる必要がある。
一方、Mo含有量が過剰になると靭延性の低下が著しくなる。そこでMoの含有量は6.0%以下とする。
【0021】
Co:5.0〜13.0%
Coは、母相中に固溶することによって、金属間化合物形成元素であるNiやMoのマルテンサイトへの固溶量を減少させ、NiMoやNiAlの析出を促進させる。その結果、引張強度及び疲労強度を高める。その働きのためには5.0%以上を含有させる必要がある。
一方、13.0%を超えて多量に含有させると、Ms点の低下によりマルテンサイト変態が抑制され、固溶化熱処理後の残留オーステナイト量が増加して強度低下を招くため、上限を13.0%とする。
【0022】
Al:0.01〜0.3%
Alは、鋼溶製時に脱酸材として働き、鋼中の酸素含有量を低減させる効果がある。また時効処理によりNiと結合してNiAl金属間化合物を析出し、引張強度及び疲労強度を高める働きがある。この効果を得るために0.01%以上が必要である。
一方、Al含有量が過剰になると、酸化物を形成して清浄度を悪化させ、疲労強度を低下させるため、含有量を0.3%以下とする。
【0023】
Ti:0.2〜2.0%
Tiは時効処理によりNiTi等の金属間化合物を形成し、強度の向上が期待できる。この効果を得るためには0.2%以上が必要である。
一方、TiはTi系介在物を形成し、清浄度を悪化させ、疲労強度を低下させるため、2.0%以下とする。
【0024】
O:≦0.0020%
OはSiO,Al等の酸化物を生成し、疲労強度を低下させるため、極力低い方が望ましい。しかし極端な低下は製造コストの上昇を招くため、その含有を0.0020%まで許容する。O含有量は、さらに好ましくは、0.0010%以下である。
【0025】
N:≦0.0020%
NはTiN,AlN等の窒化物を生成し、疲労強度を低下させるため、極力低い方が望ましい。しかし極端な低下は製造コストの上昇を招くため、その含有を0.0020%まで許容する。N含有量は、さらに好ましくは、0.0010%以下である。
【0026】
Zr:0.001〜0.02%
ZrはTiNなどの窒化物若しくは炭窒化物の核を形成し、TiN介在物を微細化させる効果がある。この効果を得るためには0.001%以上含有させる必要がある。
一方、Zrの過剰添加は靭延性低下に繋がるため、0.02%以下の範囲内とする。好ましくはZr含有量は0.001〜0.008%である。
【0027】
B:0.0010〜0.010%
Bは、鋼の熱間加工性を向上させるのに有効な元素であることから添加しても良い。その効果は含有量0.0010%で現れ始めるが、過剰な添加は低融点のほう化物を粒界に形成して鋼の清浄度を低め、疲労強度の低下を招くため、含有量を0.010%以下とする。
【0028】
Mg:≦0.003%
Ca:≦0.003%
Mg,Caは鋼の熱間加工性を向上させるのに有効な元素であることから添加しても良い。しかし過剰な添加は酸化物を形成したりして鋼の清浄度を低め、疲労強度の低下を招くため、これら元素の含有量は0.003%以下とする。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】実施例1についてのSEM観察結果を示した図である。
図2】実施例1におけるTiN介在物を比較例14のTiN介在物とともに示した図である。
図3】ZrN及びTiNの標準生成自由エネルギーを示した図である。
【実施例】
【0030】
次に本発明の実施例を以下に詳しく説明する。
表1に示す化学組成の鋼150kgを高周波真空誘導炉にて溶解し、鋳造して鋼塊を得、これを2次溶解用の電極とした。
この電極のトップ側20mm及びボトム側20mmを切断して除去し、また表層を2.5mm皮削りして除去した。
このようにして整備した電極を用い、真空アーク再溶解を行って電極を溶解し、続いて鋳造を行って2次溶解後のインゴットを得た。
【0031】
【表1】
【0032】
このインゴットを鍛造し、更に厚み3mm(3mmT)に熱間圧延した。次に650℃×8hrの焼鈍を行った。続いて0.32mmTに冷間圧延を行い、900℃で固溶化熱処理を行い、480℃×3hrの条件で時効処理を行った。
そしてこの時効処理したものについて以下の引張試験,硬さ試験,疲労試験,化学抽出試験を行った。また熱間圧延後のものについてミクロ観察を行った。
ミクロ観察,引張試験,硬さ試験,疲労試験,化学抽出試験はそれぞれ以下のようにして行った。
【0033】
[ミクロ観察]
熱間圧延後の素材から試験片を採取し、縦断面にてSEM(走査型電子顕微鏡)による介在物の観察を行った。またEDX(エネルギー分散型X線分析)により介在物の同定を行った。
【0034】
[引張試験]
JIS Z 2241の、金属引張試験方法に準じて引張試験を行った。試験片はJIS Z 2201による13B号試験片とした。試験温度は室温とした。
【0035】
[硬さ試験]
JIS Z 2244に定める、ビッカーズ硬さ試験方法に準じて実施した。荷重4.9Nで測定し、測定部位は試料厚さの1/2の位置とした。測定値は5点の平均値を採用した。
【0036】
[疲労試験]
JIS Z 2273の、金属材料の疲れ試験方法通則に従って疲労特性を調べた。具体的には、試験片に対して両振りで振幅応力850N/mm,加振速度1200rpmの条件の下で振動を加えて試験片を繰返し曲げ変形させ、破断に到るまでの加振(変形)繰返し回数を測定した。
疲労特性の評価は、繰返し回数が10回以上を「○」とし、10回よりも少ない場合を「×」として行った。尚、試験片の形状は0.32mmT×10mmW×100mmLである。
【0037】
[化学抽出試験]
15mm×15mm0.32mmTの試験片を複数枚採取し、酸洗にて表層の付着物等を除去した。この試験片を合計5g臭素メタノールにて化学溶解を行い、孔径がφ5μmの抽出フィルターにて介在物の抽出を行った。この抽出残渣をSEMにて観察し、介在物の形態及びサイズを測定した。またEDXにより介在物の同定を行った。
窒化物若しくは炭窒化物の長辺aと短辺bとを測定し、長辺aの最大サイズにて炭窒化物系介在物のサイズの評価を行った。
これらの結果が表2に示してある。
また実施例1〜24を代表して実施例1についてのミクロ観察結果を図1に示し、化学抽出試験の結果を図2(イ)に示した。併せて比較例14についての化学抽出試験の結果(SEMによる観察結果)を図2(ロ)に示した。
尚、表2中の炭窒化物系介在物はTiの炭窒化物系介在物で、その形態は平面視で何れも4角ないしほぼ4角形状の角張った形態である。
【0038】
【表2】
【0039】
図1において、介在物TiNの中心部にはZr介在物(ZrO)が存在していること、即ちZrOを核として、その周りに介在物TiNが形成されていることが見て取れる。
また図2において、Zrを添加した実施例1では、Zrの添加によってTiN介在物のサイズが小さい((イ)参照)のに対し、Zr非添加の比較例14では、大サイズのTiN介在物((ロ)参照)が生成していることが見て取れる。
図2(イ),(ロ)において、丸形状で黒く見えている部分は抽出フィルターの孔である。また地色として黒く見えている部分は抽出フィルターそのものである。
【0040】
表2の結果において、比較例1ではC量が多いことで炭化物,炭窒化物の形成が促進されると思われ、これにより疲労特性が劣位となっている。
比較例2,比較例4,比較例6,比較例8,比較例10では、それぞれNi,Mo,Co,Al,Ti量が少ないために、時効処理により十分な金属間化合物が析出せず、引張強度及び疲労特性が劣位となっている。
【0041】
比較例3,比較例7では、それぞれNi,Co量が多いことからオーステナイト相が安定し、十分なマルテンサイト組織を得ることができていないと思われる。そのため引張強度及び疲労特性が劣位となっている。
【0042】
比較例5では、Mo量が多いことから、時効硬化により引張強度及び疲労特性は良好であるが、延性の低下が著しい。
【0043】
比較例9では、Al量が多いことから酸化物を形成し易くなると考えられ、清浄度が低下する。その結果、介在物が疲労破壊の起点となるため、疲労特性が劣位となる。
【0044】
比較例12では、N含有量が高いために、形成される窒化物及び炭窒化物径が粗大となり、炭窒化物起点により疲労が発生するため、疲労特性が悪化する。
比較例13では、O含有量が高いために、Oを含む非金属介在物が形成し易く、疲労特性が悪化する。
【0045】
比較例14では、Zr含有量が低いために、TiN径が粗大となり疲労特性が劣る。また比較例15では、Zr含有量が高いために延性が悪化する。
これに対して、Zr含有量を0.001〜0.02%の範囲内となしてあり、またC,Ni,Mo,Co,Al,Ti,N,Oの各成分を所定の適正量となしてある実施例1〜実施例24では、Zr系酸化物を核としてTiN介在物が生成することによりTiN介在物が微細化し、疲労特性及び他の特性が優れている。
図1
図2
図3