特許第6653437号(P6653437)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6653437インプラント培養歯根膜細胞シート複合体、その製造方法及びその利用方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6653437
(24)【登録日】2020年1月30日
(45)【発行日】2020年2月26日
(54)【発明の名称】インプラント培養歯根膜細胞シート複合体、その製造方法及びその利用方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/38 20060101AFI20200217BHJP
   A61L 27/42 20060101ALI20200217BHJP
   A61K 6/00 20200101ALI20200217BHJP
   A61K 6/838 20200101ALI20200217BHJP
   A61C 8/00 20060101ALI20200217BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20200217BHJP
   C12N 11/14 20060101ALI20200217BHJP
【FI】
   A61L27/38 300
   A61L27/42
   A61K6/00 C
   A61K6/033
   A61C8/00 Z
   C12N5/071
   C12N11/14
【請求項の数】12
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2016-529689(P2016-529689)
(86)(22)【出願日】2015年6月24日
(86)【国際出願番号】JP2015068928
(87)【国際公開番号】WO2015199245
(87)【国際公開日】20151230
【審査請求日】2018年6月22日
(31)【優先権主張番号】特願2014-129489(P2014-129489)
(32)【優先日】2014年6月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】518222619
【氏名又は名称】鷲尾 薫
(73)【特許権者】
【識別番号】518223720
【氏名又は名称】石川 烈
(73)【特許権者】
【識別番号】593064630
【氏名又は名称】岡野 光夫
(73)【特許権者】
【識別番号】514085045
【氏名又は名称】株式会社ゼネラル
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(72)【発明者】
【氏名】鷲尾 薫
(72)【発明者】
【氏名】石川 烈
(72)【発明者】
【氏名】岡野 光夫
(72)【発明者】
【氏名】塙 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】堤 祐介
(72)【発明者】
【氏名】妻沼 有香
(72)【発明者】
【氏名】スファナンタチャット,スプリーダ
(72)【発明者】
【氏名】矢野 孝星
【審査官】 谷合 正光
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−119522(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/027008(WO,A1)
【文献】 特開2006−130007(JP,A)
【文献】 特開2003−144139(JP,A)
【文献】 特許第4827729(JP,B2)
【文献】 特開2013−085927(JP,A)
【文献】 特開2006−255319(JP,A)
【文献】 CHOI B. H.,Periodontal ligament formation around titanium implants using cultured periodontal ligament cells: a,The International journal of oral & maxillofacial implants,2000年,Vol. 15, No. 2,pp. 193-6,MATERIALS AND METHODSの項
【文献】 PALAIOLOGOU A. et al.,Altered cell motility and attachment with titanium surface modifications,Journal of Periodontology,2012年,Vol.83, No.1,pp.90-100,abstract
【文献】 KANO T. et al.,Regeneration of periodontal ligament for apatite-coated tooth-shaped titanium implants with and with,Journal of Hard Tissue Biology,2012年,Vol.21, No.2,pp.189-202
【文献】 表面科学,2006年,Vol.27, No.3,pp.176-181
【文献】 WEI F. et al.,Functional Tooth Restoration by Allogeneic Mesenchymal Stem Cell-Based Bio-Root Regeneration in Swin,Stem Cells and Development,2013年,Vol.22, No.12,pp.1752-1762,Cell culture and PDLSCs sheetの項
【文献】 堤定美ら,インプラント周囲における歯根膜などの歯周組織再生の試み,東京都歯科医師会雑誌,2009年,第57巻,第10号,第499−504
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/38
A61C 8/00
A61K 6/00
A61K 6/033
A61L 27/42
C12N 5/071
C12N 11/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY
/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インプラント培養歯根膜細胞シート複合体であって、前記インプラントはフィクスチャー部を含み、前記フィクスチャー部表面がリン酸カルシウムでコーティングされ、さらにその表面に石灰化誘導された培養歯根膜細胞シートが密着している、インプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項2】
前記培養歯根膜細胞シートは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子を基材表面に被覆した細胞培養支持体上で歯根膜細胞を培養し、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで剥離したものである、請求項1記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項3】
前記温度応答性高分子が、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項2記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項4】
前記石灰化誘導された培養歯根膜細胞シートが、デキサメサゾン、アスコルビン酸及びβ−グリセロリン酸を含む培地中で培養された歯根膜細胞シートである、請求項1〜3のいずれか一項記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項5】
前記培養歯根膜細胞シートが、積層化されたものである、請求項1〜のいずれか1項記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項6】
前記フィクスチャー部が算術平均粗さ(Ra)0.1〜1.0μmの表面を有するものである、請求項1〜のいずれか1項記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項7】
前記フィクスチャー部の材質がチタンである、請求項1〜のいずれか1項記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項8】
前記フィクスチャー部の形状がシリンダー状である、請求項1〜のいずれか1項記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項9】
喪失歯を補う治療のための、請求項1〜のいずれか1項記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項10】
前記治療が歯科用インプラントフィクスチャー部に培養歯根膜細胞シート
を密着させ、顎骨へ移植し固定することを特徴とする、請求項に記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項11】
前記治療が喪失歯の補填である、請求項9又は10に記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
【請求項12】
歯科用インプラントフィクスチャー培養歯根膜細胞シート複合体であって、前記フィクスチャーの表面がリン酸カルシウムでコーティングされ、さらにその表面に石灰化誘導された培養歯根膜細胞シートが密着している、歯科用インプラントフィクスチャー培養歯根膜細胞シート複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野におけるインプラント培養歯根膜細胞シート複合体、その製造方法及びそれを利用した治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本は高齢化社会を迎え、平均寿命は世界最高となっている。人々の希望は単なる延命よりも、より良く生きるというクオリティー・オブ・ライフ(QOL)に重点が置かれるようになってきており、話すことと食べることは特に高齢者にとって生き甲斐に通じる重要な機能であり、その意味で歯の保存を含めた咀嚼器官の健康維持はQOLを左右する大きな要因といえる。咀嚼は食物摂取に欠かせない機能であり、しかも最近の咀嚼システムの研究では、咀嚼は脳細胞を刺激し精神・神経の発達や賦活化を促すこと、免疫機能を高めること、更には肥満を抑制する等の様々な全身機能への影響が明らかになりつつある。したがって歯を失うことによる咀嚼機能の低下は、認知症や、生活習慣病などを引き起こす可能性につながる。
歯は上皮を突き破って口腔内に露出しており、歯と歯肉との境界で上皮の連続性が失われており、生体の中でも極めて特殊な環境にある。歯と歯肉は「上皮性付着」と「結合組織性付着」によって構成されている。前者は接合上皮と呼ばれる上皮が、ヘミデスモゾームと基底板を介して歯面(エナメル質)に接着している。後者は歯根膜(歯周靭帯)により構成され、歯根面セメント質内にコラーゲン線維が石灰化しながら埋入し、その線維が歯槽骨内にも同じく石灰化しながら埋入し歯肉線維に移行することにより、歯を歯槽骨や歯肉と強固に結合させている。
歯根膜は歯根膜線維の集合体であり、その線維の走行は、上述のとおり、歯面及び歯槽骨面に対してほぼ垂直なものが多い。この線維の走行が、歯に加わる力を緩和させるクッションの役割をしており、無理な噛み合わせの力や歯ぎしり等の歯への力学的負荷を緩和させている。また、歯根膜は、物を噛んだときの微妙な感触を脳へと伝える役割も果たす。これによって、噛んだ物の硬さを認識して、適切な強さで噛むことが出来るので、歯や歯茎を不要に傷つけることがない。さらに、歯根膜は血管に富んでおり、血液供給が豊富であるため、炎症が起きたときには白血球を動員し感染を防御することが出来る。
齲蝕や歯周病等で失われた歯を補う方法としては、義歯やブリッジを用いる方法が主流であったが、近年、審美性、機能性が優れ、周囲の歯を削る必要のない歯科インプラントを用いた治療法が注目されている。このインプラント治療法とは歯を喪失したところへチタン製あるいはチタン合金製の支柱を顎骨に埋め込み、それを土台として歯を修復する治療をいう。最新の統計では、日本でも30歳以上の成人において、50人に1〜2人が治療をうけている一般的な歯科治療法となっている(非特許文献1参照)。インプラントはフィクスチャー(人工歯根)、アバットメント(連結部分)、上部構造(人工骨)からなる。インプラント治療の基本的な流れは、インプラントのフィクスチャー部を骨の中に埋め込み、フィクスチャーと骨が十分に接着するのを待ってから、その上部構造に歯冠を作成する。フィクスチャーと骨が接着する過程を骨結合とよび、通常は、2〜6ヶ月の期間を要する。フィクスチャーを埋め込む前に骨を増やす手術などが必要な場合には、1年以上必要な場合もある。インプラントの10年生存率はシステム、患者の年齢などにより左右されるがおおむね90%以上とされる。また、インプラント治療施設に来院する患者の平均年齢は年齢的には若く、しかし歯周病などの影響が顕在化する40代〜50代が最も治療を受けている年齢層というデータもある。
しかし、このインプラント法にはさまざまな問題点も指摘されている。インプラント治療の成功の鍵を握る一つの重要な条件は、インプラントと骨が十分に接着し、インプラントが顎骨の中で動揺することなく安定することであるが、その安定が得られず失敗に終わることも相当数ある。生理学的に正常な状態では歯の周囲に歯根膜組織という結合組織があり、上述のとおり、これが歯と歯槽骨の間を埋めて緩衝材として機能しているため、歯への力学的負荷や歯周囲で生じた炎症を緩和させ、周囲骨への影響を抑えている。
現行のインプラント治療では、チタン等の生体親和性のある金属を直接顎骨にねじ込むように入れるため、金属と骨が接して癒着した状態で固定されている。この方法では、インプラント周囲に歯根膜組織がなく、血管新生も起こりにくいため、一度炎症が起こると、それを押さえるような免疫細胞の遊走が困難となり、直接的に炎症が骨へ広範に波及しやすくなる(インプラント周囲炎)(非特許文献2参照)。さらに、インプラントでは、結合組織性付着が起こらないため歯肉が剥がれやすく、一度炎症を起こすと進行しやすく、治癒困難となる。このような症状に対する的確な治療法がなく問題となっている。
インプラント開発当初は、フィクスチャー部の形状がシリンダータイプと呼ばれる滑らかな表面だったが、ネジ状の形態の方が初期固定に有利とわかり、現在のインプラントにはネジ山(スレッド)がつくタイプに変わった。その後、骨との結合を早期かつ強固にするため、フィクスチャー部にHA(ハイドロキシアパタイト)をコーティングしたインプラントが開発された。HAは生体の成分と同様の成分を有し、骨形成において骨誘導能が期待できる。実際にHAコーティングインプラントではインプラント周囲1.5mmまで骨ができるのに対し、HA未コーティグのインプラント(チタン表面)では周囲0.3mmが限界であるとの実験結果もある。国内でも1990年代に入りさまざまな製法が開発され、特に再結晶化HAをコーティングしたインプラントは早期の骨誘導が期待されるインプラントとして、広く臨床に応用されるようになっている。その後、ブラスト処理よりも強酸で表面処理をした方が骨との結合がより強くなることが分かり、それ以降、インプラント表面をブラストや強酸により処理しラフサーフェス(微小粗雑構造)を作るようになり表面性状の良さを競い合っている。現在、さらにインプラント表面をフッ素コーティングすることにより骨伝導と石灰化を惹起させ、治癒を早めようとするこころみがなされているが、未だすべての課題を解決したインプラントはない。
一方で、歯を失う原因の一つとされている歯周病治療を、近年、細胞を移植することで再生しようとする研究が活発に行われている。これらは単一の細胞を3次元的マトリックスに播種し組織欠損部へ注入移植を行ったものが多い。例えば、非特許文献3には、歯周靭帯から分離した細胞をチタンインプラント周囲において培養し、インプラント表面に複数の細胞層を形成させた後、当該インプラントを患部に埋め込むことにより、インプラント周囲に歯槽骨等が形成された旨が記載されているが、未だ期待した組織構築を実現するには至っていない。理由として考えられるのは細胞ソースの選択、そして組織欠損内において細胞分化の局在性をコントロールすることが難しいためであると考えられる。歯周組織再生には歯根表面にセメント質新生を伴うことが必須であり、軟組織である歯周靭帯のみならず、このセメント質または歯槽骨という硬組織を同時に再生させ機能的に相互結合させる必要がある。これらの組織がそれぞれ異なる組織特異的な前駆細胞や成長因子の作用により時間差をもって形成されるならば、歯周組織再生における細胞移植法はより繊細なものでなければならない。つまり単にスペースメイキングされた欠損部に単一の細胞を注入して生体内での組織分化に任せるのではなく、細胞の配置場所を規定しそれぞれの部位に適切な細胞を配置することが必要とされる。
その際に必要となる細胞は、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合成高分子の表面上にて培養されてきた。例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのような蛋白分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。
かかる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。その中で、特に特許文献1では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子を基材表面に被覆した細胞培養支持体上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を積層化させ、支持体の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様蛋白質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。また、特許文献2では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で心筋組織の細胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した積層化細胞シートを高分子膜に密着させ、そのまま高分子膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見いだした。さらに、特許文献3では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で歯根膜組織の細胞を培養し、歯根膜細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した歯根膜細胞シートを剥離させること、及び、当該歯根膜細胞シートを天然歯の歯根へ付着させ、歯根膜組織を含む歯周組織再生を誘導させることが可能であることを示している。また、特許文献4には、歯根膜細胞シートで天然歯の歯冠あるいは歯根を包むことで、歯周組織を再生させる方法が記載されている。しかしながら、いずれの方法においても、上述したようなチタン等の金属製インプラントの顎骨への生着、固定に関する課題解決を目的とした検討はなされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4475847号公報
【特許文献2】特許第4679795号公報
【特許文献3】特許第4827729号公報
【特許文献4】国際公開第2010/027008号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】平成23年国民生活センター歯科調査、[online]、[平成26年5月30日検索]、インターネット<URL:http://www.kokusen.go.jp/pdf/n−20111222_2.pdf>
【非特許文献2】Periodontology 2000,17.1,63−76(1998)
【非特許文献3】Journal of clinical periodontology,37.8,750−758(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、培養歯根膜細胞シートでインプラント体を包む技術に関するものである。一方、上記文献は、対象が天然歯であり人工物であるチタン等の金属製のインプラントではない点で大きく異なっており、本発明は上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、移植したインプラントと骨とが歯根膜を介して良好に接着し固定されるインプラント培養歯根膜細胞シート複合体を提供することを目的とする。また、本発明は、その製造法、並びに利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、歯科用インプラントフィクスチャー部の表面をリン酸カルシウムでコーティングし、当該フィクスチャー部に培養した歯根膜細胞シートを密着させることで、移植したインプラント表面に石灰化構造物が形成され、その直上に形成された歯根膜様組織を介在してインプラントが骨に極めて良好に接着し固定されることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、インプラント周囲に形成されるセメント質様硬組織と歯根膜様組織を介して骨への接着性が良く良好に固定できるインプラント培養歯根膜細胞シート複合体を提供する。
更に、本発明は、喪失した歯に対し、上記インプラント培養歯根膜細胞シート複合体を移植することで補填することを特徴とする治療法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によるインプラント培養歯根膜細胞シート複合体を使用することにより、インプラント周囲に歯周組織様の組織が形成され、生理学的に正常な状態に近い環境で、インプラントを歯槽骨に固定させることが可能となる。応用分野は特に歯科領域を想定している。細胞を凍結保存するセルバンクを作製して使用すれば、より多くの患者に対して適応可能と考える。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】表面処理を行ったチタン箔表面の変化を示す走査電子顕微鏡写真。(A)未処理、(B)ブラスト処理後、(C)ブラスト処理及び酸処理後を示す。
図2】チタン箔を移植後6週間経過したマウス背部皮下組織のAzan染色写真。左上:未処理、右上:酸処理後、左下:ブラスト処理後、右下:ブラスト処理及び酸処理後。
図3】チタン箔を移植後6週間経過したマウス背部皮下組織のAlizarin red染色写真。左上:未処理、右上:酸処理後、左下:ブラスト処理後、右下:ブラスト処理及び酸処理後。
図4】コの字型に折り曲げたブラスト処理及び酸処理を行ったチタン箔を移植後6週間経過したマウス背部皮下組織のAzan染色写真。
図5】リン酸カルシウムコーティングを行ったチタン箔表面の変化を示す走査電子顕微鏡写真。左:ブラスト処理及び酸処理後、右:ブラスト処理、酸処理及びリン酸カルシウムコーティング(Hanks液浸漬後)。
図6】リン酸カルシウムコーティングを行ったチタン箔を移植後6週間経過したマウス背部皮下組織のAzan染色写真。左:リン酸カルシウムコーティングなし、右:リン酸カルシウムコーティングあり。
図7】ラット大腿骨内へのチタン棒の移植手順。
図8】チタン棒を移植後6週間経過したラット大腿骨のヘマトキシリンエオジン染色写真。左:大腿骨のチタン棒を含む部分の横断面。右上:リン酸カルシウムコーティングあり、右下:リン酸カルシウムコーティングなし。
図9】チタン棒を移植後6週間経過したラット大腿骨のトルイジンブルー染色写真。右写真は左写真中オレンジ枠で囲まれた部分の拡大写真。
図10】チタン棒を移植後6週間経過したラット大腿骨の透過電子顕微鏡写真。
図11】チタン棒を移植後6週間経過したラット大腿骨のVillanueva Goldner染色像(写真)。
図12】ビーグル犬へのインプラント移植実験の概略図。
図13】ビーグル犬に移植したインプラント(写真)。Aは作製したチタン製インプラントを、BはAに加えてブラスト処理、酸処理、リン酸カルシウムコーティング処理を実施したチタン製インプラントを示す。
図14】インプラントへの培養歯根膜細胞シートの巻き付け方の手順を示す図。当該手順を繰り返し、最終的には3層化させて移植した。
図15】ビーグル犬におけるインプラント埋入用の欠損作成を示す写真。Aは抜歯後6か月、欠損作成前を示す。Bはインプラント埋入用の欠損作成を示す。
図16】ビーグル犬におけるインプラント埋入の完了を示す写真。Aは細胞シート付着チタン埋入時、Bは細胞シート付着チタン埋入完了時を示す。
図17】ビーグル犬におけるインプラント埋入箇所の縫合を示す写真。
図18】ビーグル犬におけるインプラント埋入8週後のCT画像。*の部分には、骨−チタン間の癒着が認められず、歯根膜空隙様X線透過像が観察された。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、インプラントのフィクスチャー部周囲に培養したヒト歯根膜細胞シートを接着させることに関する、以下のものである。
[1]インプラント培養歯根膜細胞シート複合体であって、前記インプラントはフィクスチャー部を含み、前記フィクスチャー部表面がリン酸カルシウムでコーティングされ、さらにその表面に培養歯根膜細胞シートが密着している、インプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[2]前記培養歯根膜細胞シートは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子を基材表面に被覆した細胞培養支持体上で歯根膜細胞を培養し、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで剥離したものである、[1]記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[3]前記温度応答性高分子が、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、[2]記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[4]前記培養歯根膜細胞シートが、石灰化誘導された培養歯根膜細胞シートである、[1]〜[3]のいずれか記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[5]前記石灰化誘導された培養歯根膜細胞シートが、デキサメサゾン、アスコルビン酸及びβ−グリセロリン酸を含む培地中で培養された培養歯根膜細胞シートである、[4]記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[6]前記培養歯根膜細胞シートが、積層化されたものである、[1]〜[5]のいずれか記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[7]前記フィクスチャー部が、ブラスト処理、および酸処理により表面を粗くした、算術平均粗さ(Ra)0.1−1.0μmの表面を有するものである、[1]〜[6]のいずれか記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[8]前記フィクスチャー部の材質がチタンである、[1]〜[7]のいずれか記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[9]前記フィクスチャー部の形状がシリンダー状である、[1]〜[8]のいずれか記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[10]前記喪失歯を補う治療のための、[1]〜[9]のいずれか記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[11]前記治療が歯科用インプラントフィクスチャー部に培養歯根膜細胞シートを密着させ、顎骨へ移植し固定することを特徴とする、[10]に記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[12]前記治療が喪失歯の補填である、[10]又は[11]に記載のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体。
[13]歯科用インプラントフィクスチャー培養歯根膜細胞シート複合体であって、前記フィクスチャーの表面がリン酸カルシウムでコーティングされ、さらにその表面に培養歯根膜細胞シートが密着している、歯科用インプラントフィクスチャー培養歯根膜細胞シート複合体。
上記文献に記載の天然歯の場合と同様に、培養歯根膜細胞シートをチタンそのものに適用するだけでは、歯根膜様組織(線維性結合組織)が歯と骨をつなぐように走行するような天然歯周囲に見られる像は得られず、従来のインプラント法にみられるような骨癒着がチタン周囲に見られるに過ぎなかった。そこで、発明者らは、チタン側にもリン酸カルシウムコーティング等の表面加工を加えることにより、細胞接着性を向上させ、また、培養歯根膜細胞シートに石灰化誘導培地を用いることで、チタン上に一層石灰化層を形成させることができることを見出した。これによって、前記石灰化層と歯槽骨の間に移植細胞由来の歯根膜様組織を形成させることにより、インプラント歯根に対して垂直に歯根膜線維を走行させるという天然歯周囲に見られる組織構造を模擬することができることを見出した。このような現象は、従来技術ではまったく予測できるものでなく、本発明で初めて明らかにされたものである。これまで世界中で、様々な方法によってチタン製インプラントを顎骨へ固定させた報告があるが、いずれの結果も生理学的に正常な歯根膜線維の走行が認められないものばかりであった。本発明が実用化されると、従来のインプラント治療法の全てが本法に置き換わるほどのインパクトがあり、市場規模等の点から経済的にも極めて大きな影響がある。またこれまでの技術による治療法は、罹患歯の歯周疾患による骨欠損部の修復・再生を考慮した歯周治療の術式であるが、本発明では、天然歯と同様の機能を持つインプラント歯根を再生できるため、人々は生涯機能性のある全歯列を保つことが可能となり、従来の歯科学の概念を根本から覆し、十分な咀嚼を可能とし審美性も高く人々の健康にも大きく貢献することができる。
本発明のリン酸カルシウムコーティングにおけるリン酸カルシウムには、カルシウムイオンとリン酸イオンを構成要素とする化合物であればいずれも含まれる。具体的には、ヒドロキシアパタイト、炭酸アパタイト、リン酸二水素カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸カルシウム、オクタリン酸カルシウム、リン酸四カルシウム及びこれらの水和物等が挙げられる。これらは単独又は2種以上組み合わせて用いることができる。
リン酸カルシウムのコーティング方法としては、インプラントへのコーティング方法であれば制限なく使用できるが、たとえば、リン酸イオンおよびカルシウムイオンを含有する溶液に5〜30日、好ましくは10〜20日、さらに好ましくは14〜17日浸漬すればよい。浸漬時の温度は、10〜50℃、好ましくは20〜45℃、さらに好ましくは30〜40℃で行うことができる。
リン酸イオンおよびカルシウムイオンを含有する溶液としては、特に限定されないが、たとえば、Hanks液またはkokubo液(Simulated body fluid;SBF)等の疑似体液及びその同等物が挙げられる。その同等物には、Hanks液またはkokubo液等の疑似体液と組成が異なる溶液であったとしても、その相違がリン酸カルシウム形成に影響を及ぼさないか、またはリン酸カルシウム形成を促進させるものであれば、そのような組成の異なる溶液も含まれる。したがって、それらの疑似体液の同等物には、リン酸カルシウム形成を促進するために、より高濃度のもの、たとえばHanks液またはkokubo液の1.5倍〜2.0倍程度の濃度のものを含む。
上記溶液中のリン酸イオンの濃度としては、特に制限されないが、たとえば、1.0×10−3〜100.0mM、好ましくは1.0×10−2〜10.0mM、さらに好ましくは1.0×10−1〜1.0mMが挙げられる。
上記溶液中のカルシウムイオンの濃度としては、特に制限されないが、たとえば、5.0×10−3〜500.0mM、好ましくは5.0×10−2〜50.0mM、さらに好ましくは0.5〜5mMが挙げられる。
また、リン酸イオンおよびカルシウムイオンを含有する溶液のpHとしては、インプラント表面にリン酸カルシウムをコーティングすることが可能な範囲において適宜設定可能であるが、たとえば、pH6〜10、好ましくはpH7〜9が挙げられる。
上記コーティングは、コーティングを単独で行っても、他の処理と組み合わせてもよいが、下記にて述べる粗面処理を施した後に行うことが好ましい。
インプラントは、フィクスチャー(人工歯根)、アバットメント(連結部分)、上部構造(人工歯)からなり、歯槽骨に埋入する部分であるフィクスチャーに、アバットメントが取り付けられ、アバットメントに上部構造である人工歯が取り付けられる。フィクスチャーとアバットメントは一体化しているものもある。本発明におけるインプラントとしては、リン酸カルシウムでコーティングされ、さらに培養歯根膜細胞シートが密着しているフィクスチャーを含む限り、全て本発明の範囲に含まれる。すなわち、本発明におけるインプラントは、フィクスチャーのみであってもよいし、フィクスチャーおよびアバットメントであってもよいし、フィクスチャーとアバットメントが一体化したものであってもよい。上部構造は、アバットメントに固定されていてもよいし、取り外し可能なオーバーデンチャーであってもよい。本発明におけるインプラントは、そのフィクスチャー部表面に粗面処理を施したものを使用することが好ましい。この処理により、フィクスチャー部表面に細胞が効率的に接着でき、インプラントを骨へ固定する際に極めて有効である。その際の表面粗さの指標として、本発明のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体では、JIS B 0601:2001において規定されている算術平均粗さ(Ra)が0.1−1.0μm程度の表面を有するものがよい。
本発明ではこれらの粗面処理方法は特に限定されないが、たとえばブラスト処理、酸処理、リン酸塩処理などが挙げられる。
ブラスト処理としては、特に限定されるものではないが、珪砂やジルコニア粉末等をはじめとする「砂」を用いるサンドブラスト、鋼の球を用いるショットブラスト、破砕した鋼球や、角ばった材料を用いるグリットブラスト等が挙げられる。
酸処理に使用する酸としては、過酸化水素、硫酸、塩酸、硝酸等を使用可能であるが、特に限定されない。
リン酸塩処理とは、たとえばリン酸カルシウム、ヒドロキシアパタイト等が利用されるが特に限定されるものではない。
上記粗面作製方法は、単独で行っても、複数の方法を組み合わせて行ってもよい。
本発明におけるインプラントについては、従来より利用されているインプラントでもよく、特に限定されるものではない。フィクスチャー部の材質としては、純チタン、チタン合金、ジルコニア等が挙げられるが、本発明では特に限定されるものではない。さらに、フィクスチャー部の形状も特に限定されるものではなく、ネジ山が設けられたスクリュータイプでもよく、ネジ山のないシリンダータイプ、中が中空なバスケットタイプ、またはブレードタイプのものでもよい。インプラントの他の部分、すなわち、アバットメントおよび上部構造についても、従来より利用されているものを制限なく用いることができる。たとえば、アバットメントとフィクスチャーの固定方式としては、スクリュー式、歯科用セメント固定式等の他に、アバットメントとフィクスチャーが一体化した1ピースタイプが挙げられ、アバットメントの材質としてはチタン合金製、ジルコニア製等が例示される。アバットメントに上部構造を固定する方式としては、スクリュー式、歯科用セメント固定式等が挙げられ、上部構造の材質としては金銀パラジウム合金、セラミックス等が例示される。
本発明における培養歯根膜細胞シートは、好ましくは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子で基材表面を被覆した細胞培養支持体上で歯根膜細胞を培養し、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とすることで剥離したものである。このように、トリプシン等を使用せずに剥離した細胞は、細胞シート下側面に細胞が培養時に自ら産生した接着性蛋白質を豊富に含んでいるため、培養歯根膜細胞シートがインプラント表面へと極めて良好に接着する。
本発明で用いられる培養歯根膜細胞シートは、石灰化誘導されたものでもよい。これによって、移植した細胞の一部を歯根膜組織の足場となるセメント質様組織に分化誘導させ、インプラント表面上に形成させやすくなる。
その石灰化誘導の方法は特に限定されるものではないが、たとえばデキサメサゾン、アスコルビン酸、或いはβ−グリセロリン酸を1種、或いは2種以上を含む培地中で培養される方法等が挙げられるが特に限定されるものではない。また、これらを培地中に添加する時期は培養開始時からでもよいが、培養2日目、3日目、または4日目以降でもよい。添加期間は、添加開始から1〜3週間程度であればよく、細胞がコンフルエントを超えても添加し続けてもよい。
本発明におけるその他の培地組成は特に限定されるものではなく、上述した細胞を培養する際に通常使われているものでよい。例えば、歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合された細胞シートを培養する際の培地として、α−MEM培地、DMEM培地、或いはそれらの混合物に10%ウシ血清を混合したものでもよい。
本発明のインプラント培養歯根膜細胞シート複合体の作製に使用される好適な細胞としては、歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。本発明において、培養歯根膜細胞シートとは、上記した各種細胞が培養支持体上で単層状に培養され、その後、支持体より剥離されたシートを意味する。得られた細胞シートは培養時に培養支持体に接していた下側面とそれとは反対側の上側面を有する。
本発明の培養歯根膜細胞シートとは、上述した歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合された単層状のシートであってもよく、またそれを積層化したシートでもよい。ここで積層化シートとは、その培養歯根膜細胞シートが単独若しくは別の細胞からなるシートと組み合わされた状態のものでもよく、例えば、上述した歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合された細胞シートを重ね合わせたもの、上述した単層状細胞シートにこのものとは別のセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞の少なくとも1つ以上の細胞からなる培養細胞シートを重ね合わせたもの等が挙げられるが特に制約されるものではない。またその積層する位置、順番、積層回数は特に制約されるものではないが、例えば、上述した歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合された単層状細胞シートの下側或いは上側の少なくとも一方もしくは双方に同じ細胞シートが積層化されたもの、上述した単層状細胞シートの下側或いは上側の少なくとも一方もしくは双方にこれとは別のセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞の少なくとも1つ以上の細胞からなる細胞シートが積層化されたもの、或いは上述した単層状細胞シートに対し、同じ細胞シートと別のセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞の少なくとも1つ以上の細胞からなる細胞シートが積層化されたものでもよい。さらに、その積層化が歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合された単層状細胞シートの上側に骨芽細胞からなる細胞シートを重ね、下側にセメント芽細胞からなる細胞シートを重ね合わせたもの、歯根膜線維芽細胞、或いはその歯根膜線維芽細胞にさらにセメント芽細胞、骨芽細胞、歯肉線維芽細胞、血管内皮細胞の少なくとも1つ以上の細胞が混合された単層状細胞シートの上側に歯肉線維芽細胞からなる細胞シートを重ね、その上にさらに骨芽細胞からなる細胞シートを重ね、下側にセメント芽細胞からなる細胞シートを重ね合わせたものでもよい。積層回数は8回以下がよく、好ましくは6回以下、さらに好ましくは4回以下がよい。8回より多くなると積層化した中心部の細胞シートに酸素、栄養分が行き届かなくなり細胞死してしまい好ましくない。
本発明における培養歯根膜細胞シートは、好ましくは、細胞剥離時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された培養歯根膜細胞シートは、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく、強度の高いものである。また、本発明の培養歯根膜細胞シートは、好ましくは、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様蛋白質も酵素による破壊を受けていないものである。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い治療を実施することができるようになる。以上のことを具体的に説明すると、トリプシン等の通常の蛋白質分解酵素を使用した場合、細胞−細胞間のデスモソーム構造及び細胞、基材間の基底膜様蛋白質等は殆ど保持されておらず、従って、細胞は個々に分かれた状態となって剥離される。その中で、蛋白質分解酵素であるディスパーゼに関しては、細胞−細胞間のデスモソーム構造については10〜60%保持した状態で剥離させることができることで知られているが、細胞−基材間の基底膜様蛋白質等を殆ど破壊してしまうため、得られる細胞シートは強度の弱いものである。これに対して、本発明の細胞シートは、デスモソーム構造、基底膜様蛋白質共に80%以上残存された状態のものであり、上述したような種々の効果を得ることができるものである。
本発明における培養歯根膜細胞シートはインプラントに極めて良好に生着する。その性質は、支持体表面から剥離させた培養歯根膜細胞シートの過度な収縮を抑えることで実現される。その際、培養歯根膜細胞シートの収縮率はシート内の何れの方向における長さにおいても50%以下、好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下であることが望ましい。シートの何れかの方向の長さにおいて50%以上の収縮率となると、剥離した細胞シートは凝集塊を形成することが多く、その状態で生体組織に付着させても組織に密着させるのは困難である。
培養歯根膜細胞シートを過度に収縮させない方法は、何ら制約されるものではないが、例えば、支持体から培養歯根膜細胞シートを剥離させる際、これらの細胞シートにキャリアなどを密着させ、そのキャリアごと細胞シートを剥離する方法などが挙げられる。
培養歯根膜細胞シートを密着させる際に使用するキャリアは、本発明の細胞シートが過度に収縮しないように保持するための構造物であり、例えば高分子膜または高分子膜から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはポリグリコール酸、ポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース、及びその誘導体、紙類、キチン、キトサン、コラーゲン、ウレタン等を挙げることができる。
本発明において密着という場合、細胞シートが過度に収縮しないように、細胞シートとキャリアとの境界面において、キャリア上で細胞シートがずれたり移動したりしない状態のことをいい、物理的に結合することにより密着していても、両者のあいだに存在する液体(例えば培養液、その他の等張液)を介して密着していてもよい。
キャリアの形状は、特に限定されるものではない。使用する細胞の種類や、培養皿又はインプラントの形状等に合わせて、適宜設計することが可能である。
また、本発明における培養歯根膜細胞シートの培養期間は、特に制限はないが、細胞がコンフルエント(満杯な状態)になってから21日以下、好ましくは15日以下、さらに10日以下であることが好ましい。21日より多いと剥離したインプラント培養歯根膜細胞シート複合体の最下層の細胞の活性が低下し、そのため付着性も低減してしまうことがあるためである。
本発明の培養歯根膜細胞シートのフィクスチャーへの適用部位は特に限定されないが、例えば、本発明のインプラントのフィクスチャー部全面を被覆する方法、或いはその一部を被覆する方法等が挙げられる。
細胞培養支持体において基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水溶液中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
本発明に用いる温度応答性高分子はホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。特に、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)が好ましい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
被覆を施される基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
温度応答性ポリマーの支持体への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。
温度応答性高分子の被覆量は、0.5〜5.0μg/cmの範囲がよく、好ましくは1.0〜4.0μg/cmであり、さらに好ましくは1.2〜3.5μg/cmである。0.5μg/cmより少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該高分子上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に5.0μg/cm以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。本発明における支持体の形態は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートなどが挙げられる。
本発明において、細胞の培養は上述のようにして製造された細胞培養支持体上で行ってもよい。培地温度は、基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。
本発明の方法において、培養した歯根膜細胞シートを支持体材料から剥離回収するには、培養された歯根膜細胞シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した支持体材料の温度を支持体基材の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって、そのままキャリアとともに剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
本発明では、細胞シートをインプラントのフィクスチャー部に当てた後、細胞シートをキャリアからはがしてもよい。そのはがし方は、何ら制約されるものではないが、例えば、キャリアを濡らしてキャリアと細胞シートの密着性を弱めてはがす方法、或いはメス、はさみ、レーザー光、プラズマ波などの治具を用いて切断する方法でもよい。例えば上述したような一部を切り抜いたキャリアに密着した細胞シートを用いた場合、レーザー光などを用いて患部の境界線に沿って切断すると余計なところへの細胞シートの付着を避けられ好都合である。
本発明で示すところの培養歯根膜細胞シートとインプラントとの固定方法は特に限定されるものではなく、細胞シートとインプラントを生体内で使用可能な接着剤による接合、縫合してもよく、或いは本発明で示すところの培養歯根膜細胞シートはインプラントと速やかに生着するため、このような手段を用いずインプラントに付着させるだけでもよい。たとえば、剥離した細胞の中心付近にインプラントを置き、ピンセット等で周囲の細胞をつまんで被せるようにして、インプラントに細胞シートを巻きつけることができる。
本発明における積層化シートは、その積層方法は特に限定されるものではないが、たとえば、インプラント体全周に直接細胞シートを巻き付け、それをそのまま次の細胞シート上に載せて、さらに細胞シートを巻き付け、これを繰り返すことで積層化させることができる。これにより、三層ほどの積層が可能である。
または、上述したキャリアを使用する場合、積層化は以下のような方法行えばよい。
(1)キャリアに密着させた細胞シートを吊り上げ、そのまま次の細胞シート上に細胞シートと細胞シートが密着するように載せ、シート端を上層のキャリアの上に巻き付けるようにして回収することを繰り返すことで細胞シートを積層化させる方法。
(2)キャリアと密着した細胞シートを細胞培養支持体に付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、そして更に別のキャリアと密着した細胞シートを付着させることを繰り返すことで細胞シートを積層化させる方法。
(3)キャリアと密着した細胞シートを反転させ細胞培養支持体上でキャリア側で固定させ、細胞シート側に別の細胞シートを付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、再び別の細胞シートを付着させる操作を繰り返すことで細胞シートを積層化させる方法。
(4)キャリアと密着した細胞シート同士を細胞シート側で密着させる方法。
(5)キャリアと密着した細胞シートを生体の患部に当て、細胞シートを生体組織に付着させた後、キャリアをはがし、再び別の細胞シートを重ねていく方法。
本発明における培養歯根膜細胞シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養支持体を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて培養細胞は等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。
本発明に示されるインプラント培養歯根膜細胞シート複合体の用途は何ら制約されるものではないが、例えば中等度歯周炎、重度歯周炎及びその他の歯周関連疾患、重度齲蝕、外傷等を理由に喪失した歯の補填に有効である。歯を喪失した部分の顎骨に、フィクスチャー部に培養歯根膜細胞シートを密着させたインプラントを移植し、固定することにより、喪失歯を補填することができる。
【実施例】
【0010】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
実施例1
<チタンの表面形態の検討>
目的:生体親和性の高いチタンをインプラント材料として選択し、チタンの表面形態を粗造にすることで、ヒト歯根膜細胞はどのように変化するのかを、組織学的に検討する。
材料と方法:チタンとして、薄切が容易な箔状の純チタン(厚さ10μm、直径3mmの円形、テストマテリアルズ)を用いた。チタン箔表面には、以下に示す表面処理方法を用いて凹凸を付与した。
・ブラスト処理:粒径分布75−106μm≧95%ジルコニア粉末(TZ−SX−16,東ソー)を用いてチタン箔両面にブラスト処理した。
・酸処理:過酸化水素水(関東化学、18084−01、鹿一級、>34.5%)と硫酸(和光純薬、192−04696、特級、>95%)を1:1で混合した溶液(Tavares MG et al,Clin Oral Impl Res,2007,18,452−458)に、室温にてチタン箔を4時間浸漬後、超純水で複数回洗浄した。
各表面処理を行ったチタン箔表面の変化を、走査電子顕微鏡にて観察した結果を、図1に示す。
表面処理を行わない未処理状態のチタン箔(A)は、Ra=0.051μmであったが、ブラスト後(B)またはブラスト+酸処理後(C)は、それぞれRa=0.506μmまたはRa=0.703μmであった。
これらの処理を行ったチタン箔をさらにオートクレーブにて滅菌し、実験に使用した。
上記の処理を行ったチタン箔の周囲にヒト培養歯根膜細胞シートを巻き付け、免疫不全マウス(BALB/cAJcl−nu/nu、オス、7〜8週令)へ移植し、6週後に組織学的観察を行った。
ヒト培養歯根膜細胞シートの作製方法は以下のとおりである。
凍結ヒト歯根膜細胞(ヒト歯根膜細胞採取培養については、東京女子医科大学倫理委員会の承認を得た)を融解し、通常培地(αMEM+10%FBS,1%ペニシリンストレプトマイシン)にて培養して、2回継代の後、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)で基材表面を被覆した細胞培養皿(UpCell(登録商標)3.5cm dish,CellSeed,CS3017)へ4x10cells/dishで播種した。播種後2日目から培地を石灰化誘導培地(αMEM+50μg/mLアスコルビン酸、10mM β−グリセロリン酸、10nMデキサメサゾン)に変更し、3〜4日おきに培地交換を行った。2週間の培養を経て歯根膜細胞シートが得られた。
細胞シートをチタン箔に密着させる方法は、以下の通りである。
培養上清を廃棄し、200μLの通常培地を添加した状態で、細胞シートと培養皿の境界をピンセットで全周なぞった後、室温で1〜5分放置し、細胞シートが端から剥離されてくることを確認した。細胞シートが剥離され少し縮んだところで、チタン箔を細胞シート上にのせ、細胞シートの端をピンセットで持ち上げ、チタン箔上へ乗せて巻きつけ、そのまま培養液中で2〜3時間静置し密着させた。
チタン箔をマウスに移植する方法は、以下の通りである。
マウス背部皮膚に約1cm幅の切開を入れて皮下ポケットを作製し、上記細胞シートを密着させたチタン箔を挿入した後、縫合した。移植から5〜6週間後に、マウスを頸椎脱臼にて犠牲死させ、移植部を周囲皮膚と共に回収した。
組織標本作製については以下の通りである。
回収した試料は、4%パラホルムアルデヒド(PFA)に2〜3時間浸漬させた後、水洗し、凍結切片作製用包埋剤(SCEM,ライカマイクロシステムズ、8091140)に浸漬し、凍結包埋用ステンレスカゴに移してSCEMを追加した後、ドライアイス/ヘキサンにて凍結包埋した。タングステンブレード(TC65 ライカマイクロシステムズ)を用い、10μmの厚みで薄切した。
染色は、基本的な組織構造を観察するためにヘマトキシリンエオジン(HE)染色を、歯根膜組織の主成分である膠原線維を観察するためにAzan染色を、セメント質を含む硬組織を観察するためにAlizarin red染色を実施した。
Azan染色の結果を、図2に示す。
青く染色された膠原線維がいずれの群でもよくみられた。この膠原線維は歯根膜組織に含まれる線維性成分であることから、図2は、チタン箔周囲に培養歯根膜細胞シートを密着させることにより、歯根膜様組織を介して、チタンが周囲組織に良好に接着したことを示しているということができる。
また、チタン箔周囲に見られた移植細胞由来の歯根膜様組織層は、ブラスト処理を実施した群において有意に厚く形成された。
Alizarin red染色の結果を、図3に示す。
図3において黒矢印で示した赤い部分が石灰化領域であり、ブラスト処理を実施した群には、セメント質様組織である石灰化層が認められた。
また、生理学的に正常な歯根膜組織の走行に類似した膠原線維の走行を、図4に示す。
図4は、チタン箔表面にブラスト処理及び酸処理をし、その両端を折り曲げて50μm幅のコの字型にして移植したマウスから得られた組織のAzan染色写真である。この写真から、コの字型になったチタン箔の間を繋ぐように歯根膜様線維が走行しているのが観察された。
実施例2
<リン酸カルシウム(CaP)コーティングの検討>
目的:より細胞接着を良好にさせるため、ブラスト及び酸処理に加え、リン酸カルシウムのコーティングを行い、細胞接着の変化を観察した。
方法:実施例1で示したブラスト及び酸処理に加え、リン酸カルシウムコーティングを実施した。
リン酸カルシウムコーティング方法は、以下の通りである。
Hanks液(グルコース不含:Na 1.42x10−1mol/L,K 5.81x10−3mol/L,Mg2+ 8.11x10−4mol/L,Ca2+ 1.26x10−3mol/L,Cl 1.45x10−1mol/L,HPO2− 7.78x10−4mol/L,SO2− 8.11x10−4mol/L,CO2− 4.17x10−3mol/L)を、以下の手順で作製した。
NaCl(和光純薬工業、101−01665)8.00g、KCl(和光純薬工業、163−03545)0.40g、NaHPO・2HO(MERCK、1.06580.0500:製品番号106580)0.06g、KHPO(関東化学、32379−00)0.06g、MgSO・7HO(関東化学、25034−00)0.20g、NaHCO(関東化学、37116−00)0.35gを量りとり、500mlの純水が入った1Lのメスフラスコに入れて撹拌し溶解させた。溶解後、さらにCaCl(関東化学、07057−00)0.14gを加え、1Lまで純水にてメスアップし、撹拌して溶解させた。溶解後のpHを測定し、pH7.4であることを確認した。
作製したHanks液にチタン箔を入れ、310ケルビン(K)で378時間浸漬させた後、エタノールで洗浄し、オートクレーブ滅菌を行い使用した。
Hanks液浸漬後のチタン箔表面の変化を、走査電子顕微鏡にて観察した結果を、図5に示す。
ブラスト及び酸処理後のチタン箔はRa=0.703μmであったが、Hanks液浸漬後はRa=0.364であった。
移植方法等のその他については、実施例1と同じである。また、得られた組織標本をAzan染色し、観察した。
Azan染色の結果を、図6に示す。
図6左のリン酸カルシウムコーティングを実施しなかった群と比較して、図6右のコーティングした群は、有意にチタンへ細胞が接着し、その周囲には膠原線維が豊富に形成されていた。
よって、リン酸カルシウムをコーティングすることにより、細胞接着性が良好になることが示された。また、当該コーティングの前処理として、ブラスト及び/又は酸処理が適切であることが示された。
実施例3
<ラット大腿骨内への移植>
目的:チタンの形態を箔から棒状に変え、移植先を皮下から骨内へ変えることで、より顎骨内へインプラントを稙立させる条件に近づけ、チタンの細胞接着性を確認する。ラット大腿骨内へ細胞シートを密着させたチタンを移植した。
方法:ねじ山のない棒状のチタン(直径1mm、長さ3mm)にブラスト及び酸処理を行い、リン酸カルシウムコーティングをしたものとしないもので比較をした。
培養歯根膜細胞シートは上記実験と同様のものを使用した。実験方法の概略を、図7に示す。
移植動物は免疫不全ラット(F344/NJcl−rnu/rnu,5w,オス)を用い、麻酔下にて歯科用エンジンで、大腿骨骨頭部より直径3mm長さ5mmの欠損を作製し、チタン棒に細胞シートを密着させたものを欠損部へ移植した。移植後6週で組織を骨ごと回収し、4%PFA固定後、実施例1と同様に凍結切片を作製し、HE染色にて形態を観察した。リン酸カルシウムコーティング群のうちの一部は2.5%グルタールアルデヒドにて固定し、チタンを除去してからエポン樹脂包埋を行い、トルイジンブルー染色を行って観察し、さらに透過型電子顕微鏡にて観察を行った。
また、移植後6週で組織を骨ごと回収し、70%エタノールにて固定後、MMA樹脂包埋を行い、研磨標本作製後、Villanueva Goldner染色を行い、光学顕微鏡にて観察を行った。
HE染色の結果を、図8に示す。
リン酸カルシウムコーティング群では、大腿骨とチタンの間が20μm程度の所に移植細胞層が見られた。骨とチタンがそれ以上離れている部分では移植細胞層はわずかにしか観察されなかった。一方、リン酸カルシウムをコーティングしなかった群では、骨とチタンが近接していてもその間に細胞層は認められず、骨とチタンが接着しているように観察された。
リン酸カルシウムコーティングを行った群におけるトルイジンブルー染色の結果を、図9に示す。
チタンを除去して観察したところ、チタンの形態に沿って薄く石灰化層が形成された。セメント質に類似した場所に新生していることが確認できた。骨とチタンの距離が20μm程度のエリアを観察すると、HE染色と同様に骨−新生硬組織間に細胞層が観察された。
さらに電子顕微鏡にて、リン酸カルシウムコーティングを行った群の細胞層のエリアを拡大して観察すると(図10)、線維性組織が豊富に形成されていた。これは歯根膜組織の主成分である膠原線維が豊富に形成された結果であると考察される。さらに所々に石灰化を示すハイドロキシアパタイト結晶が認められた。
Villanueva Goldner染色の結果を、図11に示す。リン酸カルシウムコーティング群では、チタンと新生骨の間に空隙が形成され、空隙内のチタン表面には石灰化層あるいは類骨層が形成された。そして、その石灰化層あるいは類骨層と新生骨を結ぶように、線維性結合組織が走行しているのが観察された。この走行は、歯根表面にあるセメント質と歯槽骨を結ぶように歯根膜組織が走行するという、天然歯周囲に見られる走行に類似している。
実施例4
<歯を喪失したイヌ顎骨への移植>
目的:よりヒトに近い大型動物であるイヌを用い、棒状のインプラントのフィクスチャー部へ培養歯根膜細胞シートを密着させ、歯を喪失したイヌ顎骨内へ移植し、有効性を確認した。
方法:ねじ山のない棒状のチタン製フィクスチャー部(直径:上端3.5mm、下端3mmの緩い円錐形、長さ8mm)を有するインプラントに対し、当該フィクスチャー部にブラスト及び酸処理を行い、さらにリン酸カルシウムコーティング処理を実施した後、培養歯根膜細胞シートを密着させた。実験方法の概略を、図12に示す。
図13に示すような、ねじ山のない棒状のチタン製フィクスチャー部(直径;上端3.5mm、下端3mmの緩い円錐形、長さ8mm)を有するインプラントを作製した。このインプラントは、形状、サイズ、材質等の面で、実際に臨床で使用可能な歯科インプラントを想定して作製されたものである。当該インプラントのフィクスチャー部のみに、ブラスト及び酸処理を行い、さらにリン酸カルシウムコーティング処理を実施した。ブラスト及び酸処理は、実施例1に記載の方法と同じである。また、リン酸カルシウムコーティング処理は、実施例2に記載の方法と同じである。
イヌ培養歯根膜細胞シートは以下の方法で得た。麻酔下にてイヌ(ビーグル、オス、2歳)より前臼歯を抜去し、得られた抜去歯歯根部より歯根膜組織を採取した。当該組織を振とう下でコラゲナーゼ・ディスパーゼ処理(処理条件:37℃、45分)することでイヌ歯根膜細胞を得て使用時まで凍結保存した(細胞採取培養については、東京女子医科大学倫理委員会の承認を得た)。移植2週間前に凍結イヌ歯根膜細胞を融解し、通常培地(αMEM+10%FBS,1%ペニシリン・ストレプトマイシン)にて培養して、2回継代の後、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)で基材表面を被覆した細胞培養皿(UpCell(登録商標)、3.5cmdish,CellSeed,ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)被覆量2.0μg/cm)へ4x10cells/dishで播種した。播種後2日目から培地を石灰化誘導培地(αMEM+50μg/mLアスコルビン酸、10mM β−グリセロリン酸、10nMデキサメサゾン)に変更し、3〜4日おきに培地交換を行った。6日間の培養を経て歯根膜細胞シートが得られた。
上記の処理を行ったフィクスチャー部の周囲に、上記培養により得られたイヌ歯根膜細胞シートを3層巻き付け密着させることで(図14)、インプラント培養歯根膜細胞シート複合体を得た。抜歯後6か月で、ほぼ抜歯窩が修復された時期に以下の方法に従ってイヌ顎骨へ移植を行った。
常法に従い、麻酔下にて、抜歯後治癒した歯槽骨にインプラント体の直径よりもわずかに広いインプラント埋入用欠損(直径4.5mm程度,長さ8〜10mm程度)を作製した(図15)。そうして作製した欠損へ、上記歯根膜細胞シートを巻きつけたインプラント・培養歯根膜細胞シート複合体を、1時間ほど追加培養した後に静かに埋入植立させ(図16)、最後に周囲の歯肉を縫合し、実験を終えた(図17)。
移植8週後、顎骨へ移植した当該インプラントは顎骨に良好に固定された。CT画像上(図18)では、埋入されたインプラントとその周囲の歯槽骨の間に空隙が認められた。従来法のインプラント治療では、インプラント体と顎骨は癒着しており、X線上では空隙は認められず、インプラント上に歯周組織を構築することは不可能であった。よって、当該インプラントとその周囲の歯槽骨の間にある空隙は、生理学的に正常な歯周組織がインプラント上に構築された可能性があることを示唆するものである。また、周囲の歯肉の異変も何ら認められなかった。
以上より、インプラントに培養歯根膜細胞シートを密着させることにより、歯根膜様組織を介して、インプラントと歯槽骨との接着が良好となることが示された。さらに、ブラスト処理、酸処理、又はリン酸カルシウムコーティングを施したインプラントに培養歯根膜細胞シートを密着させて骨組織へ移植すると、セメント質様組織が形成されることが示された。本発明における培養歯根膜細胞シートを巻きつけたインプラントは、新規な治療法として有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0011】
本発明による培養歯根膜細胞シートを密着させたインプラントは、その周囲に形成されたセメント質様硬組織と歯根膜様組織を介して周囲骨への生着が可能となり、また、移植した歯根膜細胞により、積極的な歯周組織の再建をはかれる。さらに、移植する細胞シートの積層化を行い3次元的な極性を持たせることにより、一層効率良く付着器官を再構築させることができ、中等度歯周炎、重度歯周炎、重度齲蝕、外傷等により喪失した歯を補う治療法としての臨床応用が強く期待される。また、炎症が起きても、歯根膜組織の持つ自浄能や免疫機構が働き、インプラント周囲炎をコントロールできる。したがって、本発明は細胞工学、医用工学などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
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