特許第6653816号(P6653816)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6653816撥水性高硬度膜、金型及び撥水性高硬度膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6653816
(24)【登録日】2020年1月31日
(45)【発行日】2020年2月26日
(54)【発明の名称】撥水性高硬度膜、金型及び撥水性高硬度膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/27 20060101AFI20200217BHJP
   C23C 16/50 20060101ALI20200217BHJP
   C01B 32/10 20170101ALI20200217BHJP
   B29C 33/38 20060101ALI20200217BHJP
【FI】
   C23C16/27
   C23C16/50
   C01B32/10
   B29C33/38
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-500268(P2017-500268)
(86)(22)【出願日】2015年2月18日
(86)【国際出願番号】JP2015055309
(87)【国際公開番号】WO2016132562
(87)【国際公開日】20160825
【審査請求日】2018年2月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】595152438
【氏名又は名称】アドバンストマテリアルテクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110858
【弁理士】
【氏名又は名称】柳瀬 睦肇
(74)【代理人】
【識別番号】100100413
【弁理士】
【氏名又は名称】渡部 温
(72)【発明者】
【氏名】本多 祐二
(72)【発明者】
【氏名】奥平 浩平
(72)【発明者】
【氏名】阿部 浩二
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 有希子
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−213715(JP,A)
【文献】 特開2010−189694(JP,A)
【文献】 特開平06−344495(JP,A)
【文献】 特開2003−268571(JP,A)
【文献】 特開2002−370722(JP,A)
【文献】 特開2002−225170(JP,A)
【文献】 特開2012−089460(JP,A)
【文献】 特開2014−105350(JP,A)
【文献】 特開2000−143221(JP,A)
【文献】 YU,G.Q. et al,Properties of fluorinated amorphous diamond like carbon films by PECVD,Applied Surface Science,2003年,Vol.219,pp.228-237
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
C01B 32/10
B32B 1/00−43/00
B29C 33/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素と水素と珪素と窒素を含有する非晶質炭素膜と、
前記非晶質炭素膜上に形成されたDLC膜と、
前記DLC膜上に形成されたフッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜を有する積層膜であり、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が1050Hk以上であることを特徴とする撥水性高硬度膜。
【請求項2】
請求項1において、
前記非晶質炭素膜と前記DLC膜と前記フッ素含有DLC膜の膜厚比は下記式1を満たすことを特徴とする撥水性高硬度膜。
(非晶質炭素膜):(DLC膜):(フッ素含有DLC膜)=(2.57.5):(1.54.5):(13) ・・・式2
【請求項3】
請求項1または2において、
前記非晶質炭素膜は金型の表面に形成されていることを特徴とする撥水性高硬度膜。
【請求項4】
請求項3において、
前記金型はダイス鋼または高速度鋼により形成されていることを特徴とする撥水性高硬度膜。
【請求項5】
積層膜が表面に形成された金型であり、
前記積層膜は、炭素と水素と珪素と窒素を含有する非晶質炭素膜と、前記非晶質炭素膜上に形成されたDLC膜と、前記DLC膜上に形成されたフッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜を有し、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が前記金型のヌープ硬度以上であることを特徴とする金型。
【請求項6】
炭素と水素と珪素と窒素を含有する原料ガスを用いたプラズマCVD法により非晶質炭素膜を形成し、
前記非晶質炭素膜上に、炭化水素系ガスを有する原料ガスと、周波数が10500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法によりDLC膜を形成し、
前記DLC膜上に、炭化水素系ガス及びフオロカーボン系ガスを有する原料ガスと、周波数が10500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法によりフッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜を形成することを備え、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が1050Hk以上であることを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
【請求項7】
請求項6において、
前記フルオロカーボン系ガスは、C21Nガスであることを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
【請求項8】
請求項6において、
前記非晶質炭素膜は金型の表面に形成されることを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素含有DLC(Diamond Like Carbon)膜を有する撥水性高硬度膜、金型及び撥水性高硬度膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の射出成型機は、加熱して軟化した樹脂を射出圧を加えて金型に押込み、その金型に充填して成型するものである。このような射出成型機用の金型では、図10に示すように、その金型101の一部102に樹脂の焼き付きが生じることがある。このような焼き付きが生じた金型では、焼き付いた樹脂を掃除しなければならず、その掃除が大変な時間と労力を要する上に、金型の寿命が短くなってしまう。
そこで、樹脂の焼き付きを抑制する方法として高硬度のDLC膜を金型の表面に成膜することが考えられる。
しかし、従来のDLC膜の水の接触角は60°〜72°程度であるため、成型する樹脂として接着性の高い樹脂(例えばアクリル樹脂、ポリ酢酸樹脂、フェノール樹脂等)を用いると、金型の一部102における樹脂の焼き付きを十分に抑制することができない。また、従来のDLC膜には、樹脂の焼き付きを抑制し、且つ金型にキズを付きにくくするために、水の接触角が大きく、且つ高硬度なDLC膜がなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の一態様は、水の接触角が80°以上で、且つ高い硬度を有する撥水性高硬度膜またはその撥水性高硬度膜を表面に成膜した金型または撥水性高硬度膜の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
以下に、本発明の種々の態様について説明する。
[1]フッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜であり、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が1050Hk以上であることを特徴とする撥水性高硬度膜。
上記のフッ素含有DLC膜のフッ素の上限含有量は、17原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
[2]炭素と水素と珪素と窒素を含有する非晶質炭素膜と、
前記非晶質炭素膜上に形成されたDLC膜と、
前記DLC膜上に形成されたフッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜を有する積層膜であり、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上(好ましくは90°以上)で、且つヌープ硬度が1050Hk以上であることを特徴とする撥水性高硬度膜。
上記のフッ素含有DLC膜のフッ素の上限含有量は、17原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
[3]上記[2]において、
前記非晶質炭素膜と前記DLC膜と前記フッ素含有DLC膜の膜厚比は下記式1を満たすことを特徴とする撥水性高硬度膜。
(非晶質炭素膜):(DLC膜):(フッ素含有DLC膜)=(2.5〜7.5):(1.5〜4.5):(1〜3) ・・・式2
[4]上記[1]乃至[3]のいずれか一項において、
前記フッ素含有DLC膜は、炭化水素系ガス及びフロオロカーボン系ガスを有する原料ガスと、周波数が10〜500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法により成膜された膜であることを特徴とする撥水性高硬度膜。
[5]上記[2]または[3]において、
前記DLC膜は、炭化水素系ガスを有する原料ガスと、周波数が10〜500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法により成膜された膜であることを特徴とする撥水性高硬度膜。
[6]上記[1]において、
前記フッ素含有DLC膜は金型の表面に形成されていることを特徴とする撥水性高硬度膜。
[7]上記[2]、[3]及び[5]のいずれか一項において、
前記非晶質炭素膜は金型の表面に形成されていることを特徴とする撥水性高硬度膜。
[8]上記[6]または[7]において、
前記金型はダイス鋼または高速度鋼により形成されていることを特徴とする撥水性高硬度膜。
[9]フッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜が表面に形成された金型であり、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が前記金型のヌープ硬度以上であることを特徴とする金型。
上記のフッ素含有DLC膜のフッ素の上限含有量は、17原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
[10]積層膜が表面に形成された金型であり、
前記積層膜は、炭素と水素と珪素と窒素を含有する非晶質炭素膜と、前記非晶質炭素膜上に形成されたDLC膜と、前記DLC膜上に形成されたフッ素を3原子%以上含有するフッ素含有DLC膜を有し、
前記フッ素含有DLC膜は、水の接触角が80°以上(好ましくは90°以上)で、且つヌープ硬度が前記金型のヌープ硬度以上であることを特徴とする金型。
上記のフッ素含有DLC膜のフッ素の上限含有量は、17原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
[11]炭化水素系ガス及びフロオロカーボン系ガスを有する原料ガスと、周波数が10〜500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法によりフッ素含有DLC膜を形成することを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
[12]炭素と水素と珪素と窒素を含有する原料ガスを用いたプラズマCVD法により非晶質炭素膜を形成し、
前記非晶質炭素膜上に、炭化水素系ガスを有する原料ガスと、周波数が10〜500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法によりDLC膜を形成し、
前記DLC膜上に、炭化水素系ガス及びフロオロカーボン系ガスを有する原料ガスと、周波数が10〜500kHzの高周波電力を用いたプラズマCVD法によりフッ素含有DLC膜を形成することを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
[13]上記[11]または[12]において、
前記フルオロカーボン系ガスは、C21Nガスであることを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
[14]上記[11]において、
前記フッ素含有DLC膜は金型の表面に形成されることを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
[15]上記[12]において、
前記非晶質炭素膜は金型の表面に形成されることを特徴とする撥水性高硬度膜の製造方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明の一態様によれば、水の接触角が80°以上で、且つ高い硬度を有する撥水性高硬度膜またはその撥水性高硬度膜を表面に成膜した金型または撥水性高硬度膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1は、本発明の一態様に係る撥水性高硬度膜の製造方法を説明するための断面図である。
図2は、本発明の一態様に係る撥水性高硬度膜の製造方法を説明するための断面図である。
図3は、実施例1のサンプル1−1のフッ素含有DLC膜の水の接触角と、比較例のサンプル1−2のフッ素含有DLC膜の水の接触角及び比較例のサンプルのDLC膜の水の接触角を測定した結果を示す図である。
図4は、実施例1のサンプル1−1のフッ素含有DLC膜のヌープ硬度と、比較例のサンプル1−2のフッ素含有DLC膜のヌープ硬度及び比較例のサンプルのDLC膜のヌープ硬度を測定した結果を示す図である。
図5は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜の水の接触角と、比較例のサンプルのDLC膜の水の接触角を測定した結果を示す図である。
図6は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜のヌープ硬度と、比較例のサンプルのDLC膜のヌープ硬度を測定した結果を示す図である。
図7は、実施例2のサンプル2−1の写真である。
図8は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜にXPS分析を行った結果を示す図である。
図9は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜にXPS分析を行った結果を示す図である。
図10は、従来の射出成型機用の金型を模式的に示す断面図である。
図11(A)は実施例2のサンプル2−2のHAADFによる膜厚測定結果を示す図、図11(B)は実施例2のサンプル2−1のHAADFによる膜厚測定結果を示す図である。
図12は、実施例2のサンプル2−1のXPS分析のDepth−Profileを示す図である。
図13は、実施例2のサンプル2−2のXPS分析のDepth−Profileを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下では、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。ただし、本発明は以下の説明に限定されず、本発明の趣旨及びその範囲から逸脱することなくその形態及び詳細を様々に変更し得ることは、当業者であれば容易に理解される。従って、本発明は以下に示す実施形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。
[第1の実施形態]
図1は、本発明の一態様に係る撥水性高硬度膜の製造方法を説明するための断面図である。
まず、ダイス鋼または高速度鋼により形成された金型11を準備する。なお、本実施形態では、金型11を用いているが、金型に限定されるものではなく、金型以外の種々の基材を用いてもよい。
次に、金型11の表面上に、炭化水素系ガスとフロオロカーボン系ガスを混合した混合ガスを原料ガスとして用い、1.5〜5Paの圧力下で、周波数が10〜500kHz(好ましくは100〜400kHz)の高周波電力を金型11または金型11と対向する電極(図示せず)に供給する条件のプラズマCVD法によりフッ素含有DLC膜12を形成する。この際の温度条件は、室温〜100℃程度が好ましい。このフッ素含有DLC膜12は、フッ素を3原子%以上含有し、水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が1050Hk以上である。また、フッ素含有DLC膜12のフッ素の上限含有量は、17原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
なお、フッ素含有DLC膜12には5原子%以下の窒素が含まれていてもよい。また、フッ素含有DLC膜12の成膜に用いるプラズマCVD装置としては、例えば平行平板型のプラズマCVD装置を用いることができる。
また、本明細書において「フルオロカーボン系ガス」とは、炭素とフッ素の結合を持つ有機化合物系のガスを意味する。フルオロカーボン系ガスとしては、C、C、C、C12、C14、C、C14、C16、C16、C18、C18、C20、C10、C1018、C1120、C1210、C1328、C1532、C2042、C2450、C、CN、CN、C、C、C12、C15N、CN、C、C21N、C12、C1227N、C14、C1533N、C2445、トリヘプタフルオロプロピルアミン、CO、C、CO、C、C、C10、C、CO、C、C14、C1310O、C1310、CO(CO)n(CFO)m、及びCNOの少なくとも一つを用いることができる。
本実施形態によれば、上記の成膜条件のプラズマCVD法によりフッ素含有DLC膜12を形成するため、フッ素含有DLC膜12を水の接触角が80°以上で、且つヌープ硬度が1050Hk以上である撥水性高硬度膜とすることができる。詳細には、フッ素含有DLC膜12にフッ素を3原子%以上含有させるため、フッ素含有DLC膜12の水の接触角を80°以上とすることができる。フッ素の含有量の下限値を3原子%とする理由は、水の接触角を80°以上とするにはフッ素の含有量が少なくとも3原子%必要であるからである。また、フッ素の含有量の好ましい上限値を17原子%とする理由は、17原子%より多くフッ素を含有させると1050Hkのヌープ硬度を保てなくなるからである。
このようなフッ素含有DLC膜12を樹脂成型用の金型に用いた場合、金型11の表面を水の接触角が80°以上の撥水性とすることで、金型11と樹脂との離型性を高めることができ、その結果、金型11の一部に樹脂の焼き付きが生じることを抑制できる。従って、焼き付いた樹脂を掃除する頻度を抑制でき、その掃除による時間と労力を低減でき、金型の寿命を長くすることができる。また、フッ素含有DLC膜12が高硬度であるため、金型やフッ素含有DLC膜12にキズが付くのを抑制できる。
また、フッ素含有DLC膜12が、高硬度を得られる理由として、ダイヤモンド構造と呼ばれるsp3を多く含んだDLC膜を主たる構造としていることがあげられる。DLCを構成する炭素の一部をフッ素で置換することにより、高硬度と撥水性を兼ねるフッ素含有DLC膜を得ることができる。対して、単なる炭素膜ではアモルファス構造と呼ばれるsp2が多く、構造的に強度を得ることが不可能である。よって、単純に炭素膜にフッ素を含有しても高硬度且つ甲撥水性を兼ねる膜をえることはできない。
なお、本実施形態では、フッ素含有DLC膜12のヌープ硬度を1050Hk以上としているが、これに限定されるものではなく、フッ素含有DLC膜12が成膜される下地(金型11または基材)のヌープ硬度以上であればよい。1050Hkのヌープ硬度は高速度鋼の硬度である。
[第2の実施形態]
図2は、本発明の一態様に係る撥水性高硬度膜の製造方法を説明するための断面図である。
まず、第1の実施形態と同様の金型11を準備する。
次に、金型11の表面上に、炭素と水素と珪素と窒素を含有する原料ガス(例えばHMDS−Nを有する原科ガス)を用い、1.5〜5Paの圧力下で、周波数が10〜500kHz(好ましくは100〜400kHz)の高周波電力を金型11または金型11と対向する電極(図示せず)に供給する条件のプラズマCVD法により非晶質炭素膜13を形成する。この際の温度条件は、室温〜100℃程度が好ましい。この非晶質炭素膜13は、例えばCSi膜である。但し、a,b,c,dは、自然数である。また、HMDS−Nはヘキサメチルジシラザン(C19NSi)である。
なお、本実施の形態では、非晶質炭素膜13を成膜する際の高周波電力の周波数を10〜500kHzとしているが、これに限定されるものではなく、高周波電力の周波数として13.56MHzを用いてもよい。
次に、非晶質炭素膜13上に、炭化水素系ガスを有する原料ガス(例えばCを有する原料ガス)を用い、1.5〜5Paの圧力下で、周波数が10〜500kHz(好ましくは100〜400kHz)の高周波電力を金型11または金型11と対向する電極(図示せず)に供給する条件のプラズマCVD法によりDLC膜14を形成する。この際の温度条件は、室温〜100℃程度が好ましい。
次に、DLC膜14上に、第1の実施形態と同様の成膜条件のプラズマCVD法によりフッ素含有DLC膜15を形成する。このフッ素含有DLC膜15は、フッ素を3原子%以上含有し、水の接触角が80°以上(好ましくは90°以上)で、且つヌープ硬度が1050Hk以上である。また、フッ素含有DLC膜15のフッ素の上限含有量は、17原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。
本実施形態においても第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
また、本実施形態によれば、金型11とフッ素含有DLC膜15との間に非晶質炭素膜13とDLC膜14を形成するため、第1の実施形態のフッ素含有DLC膜12に比べて高い硬度を維持しても水の接触角をより高くすることができる。以下に詳細に説明する。
非晶質炭素膜13を形成することで、非晶質炭素膜13を構成する元素の一部がDLC膜14に拡散し、拡散層を形成することにより、金型11とDLC膜14の密着性を高めることができる。同様にDLC膜14及びフッ素含有DLC膜15との間にもDLC膜15を構成する元素による拡散層が形成され、密着性が高まっている。また、DLC膜14を形成することで、フッ素含有DLC膜15の硬度をより高くすることができる。また、非晶質炭素膜13にSiが含有していると、そのSiがフッ素含有DLC膜15のフッ素によってエッチングされてしまうことがあるが、そのフッ素によるSiのエッチングをDLC膜14によって抑制できる。
また、非晶質炭素膜13とDLC膜14とフッ素含有DLC膜15の膜厚比は、下記の式1で表され、式1を中心値として±50%の範囲内である下記の式2を満たすことが好ましく、より好ましくは±30%の範囲内であり、さらに好ましくは±20%の範囲内である。
(非晶質炭素膜):(DLC膜):(フッ素含有DLC膜)=5:3:2 ・・・式1
(非晶質炭素膜):(DLC膜):(フッ素含有DLC膜)=(2.5〜7.5):(1.5〜4.5):(1〜3) ・・・式2
フッ素含有DLC膜15を樹脂成型用の金型に用いた場合、フッ素含有DLC膜15は前述したように金型11と樹脂との離型性を高める機能を有する。それに加えて、DLC膜14は、その硬さが例えば1100〜1450Hkと硬いため(図4参照)、高い耐衝撃性を有する。そのため、フッ素含有DLC膜15に衝撃が加えられた時に、DLC膜14によってその衝撃に耐えることができる。さらに、非晶質炭素膜13はDLC膜14の密着性を高める機能を有するため、その非晶質炭素膜13によってDLC膜14の剥離を防ぐことができる。これらの効果は、上記式2を満たす膜厚比とすることで、十分に発揮することが可能となる。
なお、非晶質炭素膜13の硬さは、900Hk程度であり、例えば800〜1000Hvの範囲内である。
また、非晶質炭素膜13とDLC膜14とフッ素含有DLC膜15の合計膜厚は、0.3μm以上5μm以下(好ましくは1μm以上3μm以下)である。
なお、本実施形態では、フッ素含有DLC膜15のヌープ硬度を1050Hk以上としているが、これに限定されるものではなく、フッ素含有DLC膜15が成膜される下地(金型11または基材)のヌープ硬度以上であればよい。
【実施例1】
【0008】
実施例1のサンプルは第1の実施形態と同様の膜構造である。
図3は、実施例1のサンプル1−1のフッ素含有DLC膜の水の接触角と、比較例のサンプル1−2のフッ素含有DLC膜の水の接触角及び比較例のサンプルのDLC膜の水の接触角を測定した結果を示す図である。図3に示す測定結果は、サンプル上の複数の点の接触角を測定し、平均化したものである。
図4は、実施例1のサンプル1−1のフッ素含有DLC膜のヌープ硬度と、比較例のサンプル1−2のフッ素含有DLC膜のヌープ硬度及び比較例のサンプルのDLC膜のヌープ硬度を測定した結果を示す図である。図4に示す測定結果は、サンプル上の複数の点のヌープ硬度を測定し、平均化したものである。
≪実施例1のサンプル1−1≫
実施例1のサンプル1−1は、基材上にフッ素含有DLC膜を以下の成膜条件で成膜したものである。
<フッ素含有DLC膜の条件>
基材:SUS板
成膜装置:平行平板型のプラズマCVD装置
原料ガス:流量15sccmのCと流量15sccmのC21Nの混合ガス
高周波電源の周波数:380KHz
高周波出力:1000W
圧力:1.5Pa
温度:室温
膜厚:1μm
≪比較例のサンプル1−2≫
比較例のサンプル1−2は、基材上にフッ素含有DLC膜を以下の成膜条件で成膜したものである。
<フッ素含有DLC膜の条件>
基材:サンプル1−1と同一
成膜装置:サンプル1−1と同一
原料ガス:流量5sccmのCと流量25sccmのC21Nの混合ガス
高周波電源の周波数:サンプル1−1と同一
高周波出力:サンプル1−1と同一
圧力:サンプル1−1と同一
温度:サンプル1−1と同一
膜厚:1μm
≪比較例のサンプルDLC≫
比較例のサンプルは、基材上にDLC膜を以下の成膜条件で成膜したものである。
<DLC膜の条件>
基材:サンプル1−1と同一
成膜装置:サンプル1−1と同一
原料ガス:流量30sccmのC
高周波電源の周波数:サンプル1−1と同一
高周波出力:サンプル1−1と同一
圧力:サンプル1−1と同一
温度:サンプル1−1と同一
膜厚:0.2μm
図3及び図4に示すように、実施例1のサンプル1−1では水の接触角が80°以上でヌープ硬度が1265Hkであるのに対し、比較例のサンプル1−2では水の接触角は90°と高いが、ヌープ硬度が1050Hkより大幅に低くなり、比較例のサンプル(DLC)ではヌープ硬度は1050Hkより高いが、水の接触角が80°よりかなり低くなった。
【実施例2】
【0009】
実施例2のサンプルは第2の実施形態と同様の膜構造である。
図5は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜の水の接触角と、比較例のサンプルのDLC膜の水の接触角を測定した結果を示す図である。図5に示す測定結果は、サンプル上の複数の点の接触角を測定し、平均化したものである。
図6は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜のヌープ硬度と、比較例のサンプルのDLC膜のヌープ硬度を測定した結果を示す図である。図6に示す測定結果は、サンプル上の複数の点のヌープ硬度を測定し、平均化したものである。
図7は、実施例2のサンプル2−1の写真である。
図8及び図9は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜にXPS分析を行った結果を示す図である。XPS分析は、X線光電子分光分析法(XPS:X−ray Photoelectron Spectroscopy)である。
表1は、実施例2のサンプル2−1及びサンプル2−2それぞれのフッ素含有DLC膜中の炭素C、フッ素F及び窒素Nそれぞれの含有量をXPS分析結果から数値化したものである。
【表1】
図11(A)は、実施例2のサンプル2−2のHAADFによる膜厚測定結果を示す図であり、図11(B)は、実施例2のサンプル2−1のHAADFによる膜厚測定結果を示す図である。なお、HAADFとは、STEM暗視野法の一つであり、大きな角度に散乱された透過電子を、円環状の検出器で検出して画像化すると、原子番号の2乗に比例したコントラスト(Zコントラスト)を得ることができるものである。
図12は、実施例2のサンプル2−1のXPS分析のDepth−Profileを示す図である。図13は、実施例2のサンプル2−2のXPS分析のDepth−Profileを示す図である。図12及び図13において、横軸は深さ(nm)、縦軸は含有量(原子%)を示している。
≪実施例2のサンプル2−1≫
実施例2のサンプル2−1は、基材上に炭素と水素と珪素と窒素を含有する非晶質炭素膜を形成し、この非晶質珪素膜上にDLC膜を形成し、このDLC膜上にフッ素含有DLC膜を成膜したものである。非晶質炭素膜、DLC膜及びフッ素含有DLC膜それぞれの成膜条件は以下のとおりである。
<非晶質炭素膜の条件>
基材:SUS板
成膜装置:平行平板型のプラズマCVD装置
原料ガス:流量30sccmのHMDS−N
高周波電源の周波数:380KHz
高周波出力:1000W
圧力:1.5Pa
温度:100℃
膜厚:0.5μm
<DLC膜の条件>
成膜装置:平行平板型のプラズマCVD装置
原料ガス:流量30sccmのC
高周波電源の周波数:380KHz
高周波出力:1000W
圧力:1.5Pa
温度:100℃
膜厚:0.2μm
<フッ素含有DLC膜の条件>
成膜装置:平行平板型のプラズマCVD装置
原料ガス:流量15sccmのCと流量15sccmのC21Nの混合ガス
高周波電源の周波数:380KHz
高周波出力:1000W
圧力:1.5Pa
温度:室温
膜厚:0.3μm
≪実施例2のサンプル2−2≫
実施例2のサンプル2−2は、基材上に炭素と水素と珪素と窒素を含有する非晶質炭素膜を形成し、この非晶質珪素膜上にDLC膜を形成し、このDLC膜上にフッ素含有DLC膜を成膜したものである。非晶質炭素膜、DLC膜及びフッ素含有DLC膜それぞれの成膜条件は以下のとおりである。
<非晶質炭素膜の条件>
基材:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
成膜装置:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
原料ガス:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
高周波電源の周波数:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
高周波出力:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
圧力:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
温度:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
膜厚:サンプル2−1の非晶質炭素膜の条件と同一
<DLC膜の条件>
成膜装置:サンプル2−1のDLC膜と同一
原料ガス:サンプル2−1のDLC膜と同一
高周波電源の周波数:サンプル2−1のDLC膜と同一
高周波出力:サンプル2−1のDLC膜と同一
圧力:サンプル2−1のDLC膜と同一
温度:サンプル2−1のDLC膜と同一
膜厚:サンプル2−1のDLC膜と同一
<フッ素含有DLC膜の条件>
成膜装置:サンプル2−1のフッ素含有DLC膜と同一
原料ガス:流量5sccmのCと流量25sccmのC21Nの混合ガス
高周波電源の周波数:サンプル2−1のフッ素含有DLC膜と同一
高周波出力:サンプル2−1のフッ素含有DLC膜と同一
圧力:サンプル2−1のフッ素含有DLC膜と同一
温度:サンプル2−1のフッ素含有DLC膜と同一
膜厚:サンプル2−1のフッ素含有DLC膜と同一
≪比較例のサンプルDLC≫
比較例のサンプルは、基材上にDLC膜を以下の成膜条件で成膜したものである。
<DLC膜の条件>
成膜装置:サンプル2−1のDLC膜の条件と同一
原料ガス:サンプル2−1のDLC膜の条件と同一
高周波電源の周波数:サンプル2−1のDLC膜の条件と同一
高周波出力:サンプル2−1のDLC膜の条件と同一
圧力:サンプル2−1のDLC膜の条件と同一
温度:サンプル2−1のDLC膜の条件と同一
膜厚:0.2μm
図5及び図6に示すように、実施例2のサンプル2−1及び2−2では水の接触角が80°以上でヌープ硬度が1050Hk以上である。非晶質炭素膜、DLC膜、フッ素含有DLC膜の積層構造としているため、水の接触角とヌープ硬度がともに高く維持することができた。これに対し、比較例のサンプル(DLC)ではヌープ硬度は1050Hkより高いが、水の接触角が80°よりかなり低くなった。
図7図8及び表1によれば、フッ素含有DLC膜にフッ素が3原子%程度含有されていれば、水の接触角が80°程度を維持でき、且つヌープ硬度を1250Hkより高く維持できることが確認された(実施例2のサンプル2−1参照)。また、フッ素含有DLC膜にフッ素を17原子%程度まで含有させると、水の接触角を90°より大きくできるが、ヌープ硬度は1050Hkより高く維持できるものの1250Hkより低くなることが確認された(実施例2のサンプル2−2参照)。このようにフッ素含有量を増加させると接触角は大きくできるが、ヌープ硬度が低下する理由は、フッ素含有DLC膜中のsp3が減少するからであると考えられる。
図11(A)によれば、実施例2のサンプル2−2の非晶質炭素膜の膜厚が384.6nm、DLC膜の膜厚が237.8nm、フッ素含有DLC膜の膜厚が86.7nmであった。また、図11(B)によれば、実施例2のサンプル2−1の非晶質炭素膜の膜厚が402.8nm、DLC膜の膜厚が251.7nm、フッ素含有DLC膜の膜厚が167.8nmであった。
図12及び図13それぞれによれば、非晶質炭素膜とDLC膜の境界にSiが拡散している層が確認され、フッ素含有DLC膜とDLC膜の境界に相互の膜の元素が拡散されていることが確認された。これらのことから、非晶質炭素膜によって基板(SUS板)とDLC膜の密着性を高めることができることが分かり、DLC膜とフッ素含有DLC膜との密着性を高めることができることが分かる。
【符号の説明】
【0010】
11…金型
12…フッ素含有DLC膜
13…非晶質炭素膜
14…DLC膜
15…フッ素含有DLC膜
101…金型
102…金型の一部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13