特許第6653917号(P6653917)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6653917虫の保持装置及び虫の薬剤感受性検定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6653917
(24)【登録日】2020年1月31日
(45)【発行日】2020年2月26日
(54)【発明の名称】虫の保持装置及び虫の薬剤感受性検定方法
(51)【国際特許分類】
   A01M 1/00 20060101AFI20200217BHJP
   A01M 1/06 20060101ALI20200217BHJP
【FI】
   A01M1/00 Q
   A01M1/06
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-62863(P2016-62863)
(22)【出願日】2016年3月25日
(65)【公開番号】特開2017-169548(P2017-169548A)
(43)【公開日】2017年9月28日
【審査請求日】2019年1月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】592167411
【氏名又は名称】香川県
(73)【特許権者】
【識別番号】592197108
【氏名又は名称】徳島県
(74)【代理人】
【識別番号】100074354
【弁理士】
【氏名又は名称】豊栖 康弘
(74)【代理人】
【識別番号】100104949
【弁理士】
【氏名又は名称】豊栖 康司
(72)【発明者】
【氏名】相澤 美里
(72)【発明者】
【氏名】中野 昭雄
【審査官】 坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2008/0127549(US,A1)
【文献】 登録実用新案第3156911(JP,U)
【文献】 登録実用新案第3131998(JP,U)
【文献】 登録実用新案第3092480(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01M 1/00 − 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
虫を生存したままで保持するための保持装置であって、
内部を中空とした管状の容器本体と、
前記容器本体の内面に塗布された保水性層と
を備え、
前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、
前記保水性層が薬剤を含んでおり、
前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成してなる虫の保持装置。
【請求項2】
請求項1に記載の虫の保持装置であって、
前記保水性層は、前記薬剤を塗布するための下地層であり、
前記薬剤は、薬剤層として前記保水性層の上に形成されてなる虫の保持装置。
【請求項3】
請求項1に記載の虫の保持装置であって、
前記保水性層が、薬剤を含む薬剤層と一層に構成されてなる虫の保持装置。
【請求項4】
虫を生存したままで保持するための保持装置であって、
内部を中空とした管状の容器本体と、
前記容器本体の内面に塗布された保水性層と
を備え、
前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、
前記保水性層は、食物繊維を含んでなり、
前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成してなる虫の保持装置。
【請求項5】
虫を生存したままで保持するための保持装置であって、
内部を中空とした管状の容器本体と、
前記容器本体の内面に塗布された保水性層と
を備え、
前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、
前記保水性層は、多糖類を含んでなり、
前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成してなる虫の保持装置。
【請求項6】
請求項に記載の虫の保持装置であって、
前記多糖類が、寒天である虫の保持装置。
【請求項7】
虫を生存したままで保持するための保持装置であって、
内部を中空とした管状の容器本体と、
前記容器本体の内面に塗布された保水性層と
を備え、
前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、
前記保水性層に、さらにスクロース又はグルコースを添加しており、
前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成してなる虫の保持装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の虫の保持装置であって、
前記容器本体がガラス製のパスツールピペット状である虫の保持装置。
【請求項9】
請求項1〜のいずれか一項に記載の虫の保持装置であって、
前記保水性層は、前記容器本体の内面に略均一に塗布されてなる虫の保持装置。
【請求項10】
請求項1〜のいずれか一項に記載の虫の保持装置であって、
対象となる虫が、昆虫およびクモに属するの保持装置。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の虫の保持装置の内面に、薬剤を塗布してなる虫の薬剤感受性検定装置。
【請求項12】
虫の薬剤感受性検定方法であって、
内部を中空とした管状の容器本体の内面に、予め保水性のある基質で構成された保水性層を略均一に塗布した状態で、薬剤を塗布する工程と、
前記容器本体の内部に虫を投入して、静置する工程と、
所定期間経過後に、前記容器本体の内部における虫の生存率を計測する工程と
を含む虫の薬剤感受性検定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虫を生きたまま保持するための保持装置、及び虫の薬剤感受性検定方法に関し、例えば微小な害虫に対して農薬の薬効を検定するための装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、農作物の育成に際して、病害虫を除去するために化学薬品である農薬(化学農薬)が処理されてきた。
【0003】
しかしながら、害虫の種類によって、農薬の感受性が異なるため、害虫に応じた農薬の選定が容易でないという問題がある。また、同じ種類の害虫であっても、農産物生産現場の場所によって、薬剤感受性が異なることもある。さらに、そもそも害虫の種類の特定自体が困難であり、特に微小な害虫の外観が似ているため、同定作業が極めて困難であった。例えば、野菜や果樹の病害虫として知られているアザミウマの体長は0.7〜3.3mmのものが多い。このため、農産物生産現場で、目視により害虫を同定し、かつ、この害虫に対して効果のある農薬を選定することは事実上極めて困難であった。
【0004】
このため従来は、虫の薬剤感受性を検定するため、例えばアザミウマ類の食餌浸漬法では、図12に示すような複雑な手順を経ていた。すなわち、吸虫管等を用いて虫を採集して、これを研究所等の専門機関に送る。そして採集された虫を吸虫管から容器に移し替えて、この容器に、他の虫が付着していない植物体を入れて、数日〜数週間かけて検査対象の虫を増殖させ、その上で薬剤感受性検定用の容器に、農薬を処理した植物体を投入し、さらに数日間経過させて、虫の生存率を確認する。
【0005】
また、事前の準備も必要となる。すなわち、害虫の寄生のない植物体を餌として使用する必要があるため、種子から植物体を育成しておく。植物体の種類にもよるが、この作業にも日数、例えばインゲンの場合2週間以上を要する。
【0006】
このようにして事前準備で得られた植物体を用いて、薬剤処理を行う。具体的には、試験薬剤となる農薬を希釈して、この希釈液に容器と植物体を浸漬して、薬剤を付着させて、乾燥する。このようにして得られた容器に、植物体を投入して、さらに検査対象となる虫を投入する。
【0007】
このように、多くの工程を経て、虫の薬剤に対する感受性を検定することが行われていた。この方法では日数も手間もかかるため、これらの作業を簡便に行う方法が切望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】浜弘司(2013)農業害虫の薬剤感受性検定マニュアル.植物防疫特別増刊号(No.16).一般社団法人日本植物防疫協会,東京.4pp.
【非特許文献2】柴尾学(2013)農業害虫の薬剤感受性検定マニュアル.植物防疫特別増刊号(No.16).一般社団法人日本植物防疫協会,東京.55pp.
【非特許文献3】浜村徹三(2013)農業害虫の薬剤感受性検定マニュアル.植物防疫特別増刊号(No.16).一般社団法人日本植物防疫協会,東京99pp.
【非特許文献4】井村岳男(2004)奈良県におけるミカンキイロアザミウマの薬剤感受性.奈良県農業技術センター研究報告35:1−5.
【非特許文献5】井村岳男(2012)飛翔性小型害虫の簡易薬剤感受性検定法−プラスチック管瓶法の開発‐.植物防疫65(5):255−259.
【非特許文献6】宮下奈緒,藪哲男(2012)ミカンキイロアザミウマの薬剤感受性簡易検定法の開発.北陸病害虫研究会報61:21−23.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来のこのような背景に鑑みてなされたものである。本発明の目的の一は、簡便な方法で虫を生存したまま保持し、薬剤に対する感受性検定を行うことのできる虫の保持装置及び虫の薬剤感受性検定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の第1の形態に係る虫の保持装置によれば、虫を生存したままで保持するための保持装置であって、内部を中空とした管状の容器本体と、前記容器本体の内面に塗布された保水性層とを備え、前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、前記保水性層が薬剤を含んでおり、前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成できる。上記構成により、内部に虫を投入した状態でこれを生存させたまま保持することができる。特に従来のように、植物体を用いることなく、また虫の行動を阻害することなく虫を長期に渡って保持できる。
【0011】
また、第2の形態に係る虫の保持装置によれば、前記保水性層前記薬剤を塗布するための下地層であり、前記薬剤を、薬剤層として前記保水性層の上に形成することができる。
【0012】
さらに、第3の形態に係る虫の保持装置によれば、前記保水性層が、薬剤を含む薬剤層と一層に構成されている。
【0013】
さらにまた、第4の形態に係る虫の保持装置によれば、虫を生存したままで保持するための保持装置であって、内部を中空とした管状の容器本体と、前記容器本体の内面に塗布された保水性層とを備え、前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、前記保水性層は、食物繊維を含んでなり、前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成できる。
【0014】
さらにまた、第5の形態に係る虫の保持装置によれば、虫を生存したままで保持するための保持装置であって、内部を中空とした管状の容器本体と、前記容器本体の内面に塗布された保水性層とを備え、前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、前記保水性層は、多糖類を含んでなり、前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成できる。
【0015】
さらにまた、第6の形態に係る虫の保持装置によれば、前記多糖類を、寒天とできる。
【0016】
さらにまた、第7の形態に係る虫の保持装置によれば、虫を生存したままで保持するための保持装置であって、内部を中空とした管状の容器本体と、前記容器本体の内面に塗布された保水性層とを備え、前記保水性層は、保水性のある基質で構成されており、前記保水性層に、さらにスクロース又はグルコースを添加しており、前記保水性層を内面に塗布した容器本体の内部に虫を投入して保持可能に構成できる。
【0017】
さらにまた、第8の形態に係る虫の保持装置によれば、前記容器本体をガラス製のパスツールピペット状とできる。
さらにまた、第の形態に係る虫の保持装置によれば、前記保水性層に、前記容器本体の内面に略均一に塗布することができる。
【0018】
さらにまた、第10の形態に係る虫の保持装置によれば、対象となる虫を、昆虫およびクモに属するとできる。
【0019】
さらにまた、第11の形態に係る虫の薬剤感受性検定装置によれば、上記いずれかの虫の保持装置の内面に、薬剤を塗布することができる。
【0020】
さらにまた、第12の形態に係る虫の薬剤感受性検定方法によれば、内部を中空とした管状の容器本体の内面に、予め保水性のある基質で構成された保水性層を略均一に塗布した状態で、薬剤を塗布する工程と、前記容器本体の内部に虫を投入して、静置する工程と、所定期間経過後に、前記容器本体の内部における虫の生存率を計測する工程とを含むことができる。これにより、内部に虫を投入した状態でこれを生存させたまま保持することができる。特に従来のように、植物体を用いることなく、また虫の行動を阻害することなく虫を長期に渡って保持できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1Aは本発明の実施形態1に係る虫の保持装置の容器本体、図1B図1Aの容器本体の内面に保水性層を塗布した状態、図1C図1Bにさらに薬剤を塗布した状態を、それぞれ示す概略断面図である。
図2】実施形態2に係る虫の薬剤感受性検定装置を示す概略断面図である。
図3】実施例1と、比較例1と、参考例1における日数の経過に伴う虫の生存率の推移を示すグラフである。
図4】保水性層にスクロースを添加する量を変化させて生存率を調べた結果を示すグラフである。
図5】保水性層を下地層として、薬剤層が塗布されていることを確認する試験結果を示す写真である。
図6】基質をコーティングすることによる薬液の付着状況の違いを示すグラフである。
図7】実施例に係る虫の薬剤感受性検定の手順を示す模式図である。
図8】実施例5と参考例2における薬剤感受性検定における薬剤と補正死亡率を示すグラフである。
図9】実施例6と参考例3における抵抗性系統と感受性系統のそれぞれの補正死亡率との関係を示すグラフである。
図10】コーティングした保水性層の保存期間と生存率の変化を調べた結果を示すグラフである。
図11】コーティングした薬剤層の保存期間と生存率の変化を調べた結果を示すグラフである。
図12】従来の虫の薬剤感受性検定方法を示す模式図である。
図13】イミダクロプリドの保持時間を変化させた場合の濃度変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための虫の保持装置及び虫の薬剤感受性検定方法を例示するものであって、本発明は虫の保持装置及び虫の薬剤感受性検定方法を以下のものに特定しない。また、本明細書は特許請求の範囲に示される部材を、実施の形態の部材に特定するものでは決してない。特に実施形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、本発明の範囲をそれのみに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。なお、各図面が示す部材の大きさや位置関係等は、説明を明確にするため誇張していることがある。さらに以下の説明において、同一の名称、符号については同一もしくは同質の部材を示しており、詳細説明を適宜省略する。さらに、本発明を構成する各要素は、複数の要素を同一の部材で構成して一の部材で複数の要素を兼用する態様としてもよいし、逆に一の部材の機能を複数の部材で分担して実現することもできる。
【0023】
このように本発明の実施形態に係る虫の保持装置を用いることで、従来極めて面倒であった、微小害虫の薬剤感受性検定作業を大幅に省力化できる。この理由について、詳細に説明する。アザミウマ類やハダニ類などの微小害虫は、野菜類、果樹類、花卉類などに被害を及ぼす重要害虫である。このような害虫を殺虫剤などの農薬を用いて防除することが行われているものの、殺虫剤に抵抗性を持つ微小害虫が近年増加している。このため、特定の薬剤を、その薬剤に対し抵抗性を持つ害虫に対して散布した場合、防除効果が低下するため、防除にかかるコストと労力が無駄になる。そのため、野菜類等の生産者が化学薬剤による防除を行う際には、有効な薬剤を選択する薬剤感受性検定を簡易に行える手法が求められている。
【0024】
微小害虫の薬剤感受性検定方法は、ソラマメ、ナス、インゲン等の葉片やソラマメ催芽種子を薬液に浸漬する浸漬法、容器に薬液を浸漬した後風乾するドライフィルム法、インゲン等の葉片を培地上に設置し、供試虫を放虫した後薬液を散布する散布法等がある(例えば非特許文献1〜3参照)。
【0025】
薬剤感受性検定方法の多くは、虫が餌とする植物体を用いている。容器内に薬液を付着させるだけのドライフィルム法でも植物体は用いていないが、薬液を処理しない対照のものでも生存期間が短くなるため、供試虫を投入してから24時間後には薬剤の活性を判定する必要がある。また、薬剤の殺虫活性には、薬剤の取り込まれる経路により経皮的活性(接触毒)、経口的活性(食毒)等に分けられるが、ドライフィルム法では、虫の餌がないため、経皮的活性しか調査できない。
【0026】
薬剤感受性検定を行うためには、検定する圃場から微小害虫が寄生した作物の葉や果実ごとビニール袋等に採集し、持ち帰る必要があり、過湿条件で死亡する場合が多い。その後、検定に必要な微小害虫の個体数が確保できなければ、増殖させるなどの煩雑な作業が必要で、すぐに検定はできない。アザミウマ類では、成虫を移し替える手法として、吸虫管と吸引ポンプを用いており(非特許文献2)、検定する圃場の作物からアザミウマ類などの微小害虫を吸虫管に採集し、吸虫管内に薬液を処理した植物体を入れることで、薬剤感受性検定を行う既存の簡易な手法は存在する(非特許文献6〜8参照)。
【0027】
しかしながら、これらの手法では事前に植物体を準備し、薬液に浸漬しておかなければならない。また、検定容器に用いるガラス管やマイクロピペットチップは内側にあまり薬液が付着しないことから、不十分な結果しか得られない。
【0028】
さらに、従来の薬剤感受性検定方法では、虫の餌となるソラマメ、ナス、インゲン等の葉片やソラマメ催芽種子が必要であり、他の害虫が付かないように外部から隔離しなければならず、葉片を用いる場合には播種から使用する葉片が育つまでに2週間程の日数がかかる。
【0029】
このような背景において、本発明者らは鋭気研究を重ねた結果、虫を採集する吸虫管で検定を可能とするよう、容器本体を改良し、さらに植物体を使用しないことで植物体の育成などの事前準備の労力を軽減し、薬剤感受性検定を簡便に行える方法を模索し、本発明を成すに至った。
(実施形態1)
【0030】
本発明の実施形態1に係る虫の保持装置は、虫を生存したまま、内部に保持するための部材である。これを用いて、農薬などの薬剤に対する感受性試験を行うことができる。
【0031】
図1A図1Cに本発明の実施形態1に係る虫の保持装置の概略断面図を示す。これらの図において、図1Aは容器本体10、図1B図1Aの容器本体10の内面に保水性層12を塗布した状態、図1C図1Bにさらに薬剤を塗布して薬剤層14をコーティングした状態を、それぞれ示している。図1Bに示すように、本発明の実施形態1に係る虫の保持装置は、容器本体10の内面に、保水性層12を塗布している。
【0032】
容器本体10は、内部を中空とした管状に構成される。好ましくは細長い形状とする。また少なくとも一端を開口しており、開口端から虫を内部に採り入れる。好ましくは、両端を開口して、一方の端縁を先細り状として、虫を吸引する。また他端は、吸引用の吸引ポンプSPを接続したり(後述する図7参照)、使用者が口で吸い込む等して、吸引用の端縁とする。また採り入れた後、必要に応じて開口端を閉塞することで、虫が保持装置から逃げないように保持できる。開口端の閉塞には、好ましくは通気性を有する部材を用いる。例えば虫の外形よりも小さいメッシュを用いる。このようにして通気性を維持することで、内部に保持する虫の生存環境を良好に維持できる。なお本明細書において対象となる虫は、昆虫およびクモに属する小動物である。
【0033】
容器本体10は、透光性を有する材質で構成する。好ましくはガラス製とする。これによって、静電気の発生を抑制し、静電気によって虫が付着して動けなくなって死滅する事態を回避できる。より好ましくは、パスツールピペット状に形成される。また、ガラス管以外の素材、例えば、ポリスチレン製でも容器本体10として利用可能である。また有底筒状の容器本体10とすることもできる。
【0034】
保水性層12は、保水性あるいは保湿性を有する基質で構成されている。また基質は、ゲル状、凝固された状態、又は表面を硬化させた状態としている。これにより、べたついて粘性で虫の行動を阻害することなく、水分を供給することで生存率を維持できる。
【0035】
このような基質としては、食物繊維を含む素材が好適に利用できる。例えばアガロースやアガロペクチンなどの多糖類を用いる。さらに好ましくは、寒天とする。寒天は、アガロースとアガロペクチンから成ることからゲル化強度が高く、粘弾性も持つ。ゲル化すると80℃以上にならないと溶けないため、べたつきが比較的少なく、虫が捕捉されにくい。
【0036】
保水性層12は、容器本体10の内面のほぼ全面に塗布する。これにより、表面に薬剤を塗布する際は、薬剤の付着性を高めることができる。また、好ましくは保水性層12を容器本体10の内面に、ほぼ均一に塗布する。これにより、薬剤を塗布した際に薬剤の付着量を、容器本体10内部でほぼ一定に維持できる。
【0037】
このようにして構成した虫の保持装置は、容器本体10の内部に投入された虫に対して、保水性層12で水分を供給して、従来のように植物体などの別部材を投入せずとも生存性を高めることができる。
【0038】
また、保水性層12は、薬剤を塗布するための下地層としても利用できる。すなわち図1Cに示すように、保水性層12の上から、薬剤を塗布して、これを定着させるための下地材や表面処理としても利用できる。例えば薬剤として農薬を利用することで、この虫の保持装置を、検査対象の虫に対する薬剤の感受性を検定するための虫の薬剤感受性検定装置として利用することができる。図1Cに示す例では、保水性層12の上面に、薬剤層14を形成している。薬剤層14は、容器本体10の内面に、ほぼ均一に設けることが好ましい。これによって、薬剤の付着量を容器本体10の内面でほぼ均一に維持できる。
【0039】
図1Cに示した実施形態1に係る虫の薬剤感受性検定装置では、保水性層12と薬剤層14の2層をコーティングした例を説明した。ただ、本発明は2層コーティングに限られず、3層以上に保水性層や薬剤層を積層してもよい。
(実施形態2)
【0040】
その一方で、保水性層12と薬剤層14を一層に構成することもできる。このような例を実施形態2に係る虫の薬剤感受性検定装置として、図2の断面図に示す。この図に示す虫の薬剤感受性検定装置は、容器本体10の内面に、薬剤層14’を塗布している。薬剤層14’は、保水性あるいは保湿性を有する基質に、薬剤を混入させた層であり、水分と薬剤とを虫に対して与える。この構成であれば、使用者が薬剤を一々虫の保持装置に塗布する手間を省くことができる。
【0041】
一方で、実施形態1に係る虫の保持装置であれば、使用する薬剤に応じて、塗布する薬剤を選択できるので、共通の虫の保持装置でもって、複数種類の薬剤に対応できる利点が得られる。
【0042】
保水性層12を容器本体10の内面に塗布するには、凝固前の寒天を45〜90℃等の温度に維持して、両端を開口した管状の容器の先端を寒天液に浸けた状態で、寒天液を容器内部に吸い込んだ後、容器の上下を反対にし、鉛直姿勢に保持したまま、下端側に吸引ポンプを接続して吸引して、粘性のある寒天を引き伸ばしながら寒天液の温度を下げることでゲル化させる。これにより、ほぼ均一な膜厚に保水性層12が形成される。ここで、吸引力や温度を調整することにより、膜厚を制御できる。
(生存率)
【0043】
次に、保水性層12を塗布した虫の保持装置で、虫の生存率を高められることを確認した。ここでは、実施例1としてパスツールピペットのガラス管に基質として寒天をコーティングしたものと、比較例1として基質をコーティングしていないガラス管のみ、及び参考例1として、植物体(ソラマメ催芽種子)を投入したシャーレに、それぞれ虫としてアザミウマ類(ミカンキイロアザミウマ)を投入し、日数の経過に伴う生存率の推移を観察した。この結果を図3のグラフに示す。この図に示すように、実施例1に係る虫の保持装置では、3日間は植物体と同程度の生存率を維持できることが確認された。また4日、5日目も、生存率は植物体と比べて若干低下するものの、ガラス管の比較例1よりは遙かに高い生存率が得られた。このように、寒天をコーティングした実施例1では、含水した基質から虫に水分を補給できることから、餌を与えることなく3日間は植物体と同レベルの生存率が発揮できる。また、ガラス管としたことで、静電気を発生し難くさせ、環境も良好に維持できる。
【0044】
さらに、保水性層12に、糖類を添加することで生存率を一層高める効果も得られる。添加する糖類としては、スクロースやグルコース等が利用できる。ここで、スクロースを添加する量を変化させて生存率を調べた結果を図4のグラフに示す。この図において、実施例2はスクロース5%、実施例3はスクロース15%、実施例4はスクロース30%、実施例1はスクロースなし(寒天のみ)、比較例1はガラス管のみ、参考例1は催芽ソラマメの例を、それぞれ示している。なお、いずれの例も保水性層12として寒天を使用した。この図に示すように、スクロースを添加することで、生存率をより高められることが確認された。
(薬剤層14)
【0045】
さらに、保水性層12に薬剤層14を塗布する方法について説明する。ここでは、予め保水性層12を塗布した容器本体10の一方の開口端を閉塞して、塗布対象の薬剤の薬液を注液する。そして所定時間保持して、薬液を捨てた後、乾燥させる。これにより、保水性層12の表面の全面に、ほぼ均一に薬液が塗布された薬剤層14が形成される。なお、薬液の保持時間を変えることとで薬剤層14に付着する薬剤量は調整できる。薬液の保持時間は、好ましくは15分以内とする。これによりも長くなると、保水性層12が剥離される可能性があるためである。なお薬剤層14に用いる薬剤は、例えば農薬の原液を250〜10000倍に希釈して使用する。ここで薬剤層14の濃度は、薬液原液の希釈倍率を変え、薬液の濃度を予め調整する他、薬液の保持時間や薬剤層14の膜厚等によって調整することができる。一例として、薬液としてイミダクロプリドを使用し、保持時間を変化させた場合の濃度変化を図13に示す。ここでは薬液の保持時間を5秒、50秒、500秒に変化させており、このように保持時間によって容器本体内に塗布される薬剤の量を調整できる。
(確認試験1)
【0046】
このようにして、保水性層12を下地層として、薬剤層14が塗布されていることを確認する試験を行った。この結果を、図5に示す。ここでは、図5に示すように、パスツールピペットを容器本体10として利用し、その内面に下地層として保水性層12をコーティングした。図5の上は、無処理のパスツールピペット、下は保水性層12をコーティングしたパスツールピペットに薬剤層14を塗布して比較した結果を示す。ここでは、薬液に蛍光増白剤を混合し、紫外線を照射することで視覚的に付着を確認した。図5の上に示す無処理のパスツールピペットは無色透明のままであるが、下に示す薬剤層14を塗布したパスツールピペットは、ガラス管のほぼ全面において蛍光が確認され、ガラス管内面の全面に薬剤層14が形成されていることが確認できた。このように薬液は、無処理のガラス管には均質に付着しないものの、基質をコーティングすることで均質に付着できることが裏付けられた。
(確認試験2)
【0047】
さらに、農薬の付着量を高速液体クロマトグラフにより分析した結果を、図6に示す。ここでは、ガラス管のみの比較例(図6上)、および下地層をコーティングしたガラス管に農薬(イミダクロプリド)希釈液を注ぎ、乾燥させた実施例(図6下)のそれぞれについて、各々の農薬付着量を高速液体クロマトグラフにより分析した。図6のグラフから明らかなとおり、下地層のないガラス管を用いた比較例では、殆ど農薬が検出されなかったのに対し、下地層を設けた実施例では、多量の農薬が検出され、農薬がガラス管内に付着されていることが確認された。
(生存率)
【0048】
次に、虫の保持装置に係る容器本体10に薬剤をコーティングして虫の薬剤感受性検定装置とし、薬剤感受性検定を行った結果を実施例5として、図7図11に示す。ここでは、害虫としてアザミウマを対象とした。まず、図7に示すように、現場圃場(ビニールハウスなど)で、害虫ISをビーカBK等の一時容器に払い落とす。次に、薬剤層14をコーティングした容器本体10の一端に低圧の吸引ポンプSPを接続して、容器本体10の他端の開口端を吸引口として、一時容器からアザミウマ類(ミナミキイロアザミウマ)を吸引して採集する。この状態で24時間程度放置し、容器本体10内のアザミウマの生死を確認して薬剤の効果を判定する。ここでは薬剤として、ベンフラカルブ、スピノサド、エマメクチン安息香酸塩、トルフェンピラドを用いた。また、参考例2として、従来の薬剤感受性検定に用いる、インゲン葉による食餌浸漬法とドライフィルム法を併用して、同じ薬剤を用いて薬剤感受性検定を行った。この結果を、図8に示す。この図に示すように、参考例2と実施例5とでは、ほぼ同様の傾向を示した。このように実施例5によれば、より簡易な方法で、従来と同様の薬剤感受性検定を行えることが確認できた。
【0049】
さらに、実施例6として、スピノサド抵抗性系統と感受性系統の薬剤感受性検定による補正死亡率を、ミカンキイロアザミウマについて算出し、参考例3として、インゲン葉による食餌浸漬法とドライフィルム法を併用した結果と比較したグラフを、図9に示す。この図に示すように、抵抗性系統では、実施例6と参考例のいずれも補正死亡率が25〜40%となった。一方、感受性系統では、実施例6と参考例3のいずれも、補正死亡率が100%となった。このように、参考例3と同様に実施例6を使用することで、圃場に散布する農薬を選択できることが確認された。
【0050】
さらに、コーティングした保水性層12と薬剤層14の保存期間を変化させて、生存率の変化を調べた結果を図10図11にそれぞれ示す。ここでは、図10が、保水性層12のコーティング経過後の基質重量と、アザミウマ類(ネギアザミウマ)の生存率の関係を示している。また図11が、薬液処理経過後の農薬(イミダクロプリド)の付着量を示している。いずれの結果も約30日間、大幅な変化は見られなかった。これらの結果に示すように、保水性層12と薬剤層14のいずれも、約1ヶ月は両者の付着量に大幅な変化はなく、その間までは使用可能であることが確認された。
【0051】
このように、本発明の実施例によれば、有効な薬剤を簡易な検定方法により選定することができ、圃場に生息する対象害虫の薬剤感受性スペクトルが検出可能となる。この結果、圃場ごとの薬剤選択を容易にすることができる。また、この方法であれば専門の検査機関や研究機関に採集した虫を送らなくとも、現場で薬剤感受性検定を行うことも可能であり、時間的、費用的な負担を軽減できる。
【0052】
さらに本発明者らの試験によれば、本実施形態の技術は、対象となる害虫としてアザミウマ類のみならず、ハダニ類等の微小害虫にも応用可能であることを見出した。
【0053】
このように本実施形態によれば、内部に虫を導入した状態でこれを生存させたまま保持することができる。特に従来のように、植物体を用いることなく、また虫の行動を阻害することなく虫を長期に渡って保持できる。これにより、従来極めて面倒であった、微小害虫の薬剤感受性検定作業を大幅に省力化できる。さらに、微小害虫の薬剤感受性検定を調査する圃場で採集してそのまま検定を行うことで、検査時間や手間の一層の削減をも実現可能とできる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の虫の保持装置及び虫の薬剤感受性検定方法は、例えば施設又は露地園芸ほ場、田畑や果樹園などの農産物生産現場に存在する吸汁性の害虫、アザミウマ類やハダニ類などの微小な害虫やカブリダニや寄生蜂のような天敵(益虫)等の虫の、農薬に対する感受性検定において、好適に利用できる。また、植物体を用いず虫を生存維持させる環境としても利用できる。
【符号の説明】
【0055】
10…容器本体
12…保水性層
14、14’…薬剤層
BK…ビーカ
SP…吸引ポンプ
IS…害虫
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13