特許第6654639号(P6654639)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6654639
(24)【登録日】2020年2月3日
(45)【発行日】2020年2月26日
(54)【発明の名称】血中トリプトファン濃度上昇抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/747 20150101AFI20200217BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20200217BHJP
   A23L 33/135 20160101ALI20200217BHJP
   A61P 25/20 20060101ALN20200217BHJP
   A61P 1/14 20060101ALN20200217BHJP
【FI】
   A61K35/747
   A61P7/00
   A23L33/135
   !A61P25/20
   !A61P1/14
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-540017(P2017-540017)
(86)(22)【出願日】2016年9月16日
(86)【国際出願番号】JP2016077518
(87)【国際公開番号】WO2017047776
(87)【国際公開日】20170323
【審査請求日】2018年3月22日
(31)【優先権主張番号】特願2015-185031(P2015-185031)
(32)【優先日】2015年9月18日
(33)【優先権主張国】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-1366
(73)【特許権者】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】六反 一仁
(72)【発明者】
【氏名】西田 憲生
(72)【発明者】
【氏名】桑野 由紀
(72)【発明者】
【氏名】加藤 豪人
(72)【発明者】
【氏名】高田 麻衣
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 幸司
(72)【発明者】
【氏名】河合 光久
(72)【発明者】
【氏名】須田 一徳
(72)【発明者】
【氏名】早川 弘子
【審査官】 六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−270830(JP,A)
【文献】 特開2012−017282(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/155999(WO,A1)
【文献】 特開2008−081434(JP,A)
【文献】 特開2016−104802(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/146844(WO,A1)
【文献】 加戸久生,乳酸菌の健康機能性 SBL88乳酸菌の生活リズム改善作用,食品の包装,2015年 8月,Vol.47 No.1,p.36-40,第37頁右欄第1行〜第38頁右欄第7行
【文献】 藤原茂他,Lactobacillus gasseri CP2305株のストレス応答ならびに脳血流に及ぼす影響,日本農芸化学会大会講演要旨集(Web),2013年,Vol.2013,Page.2A25A07,(結果)欄
【文献】 宮崎歴他,Lactobacillus brevis SBC8803株の熱処理菌体摂取がマウス自発行動リズムおよび睡眠に及ぼす影響,日本栄養・食糧学会大会講演要旨集,2014年,Vol.68th,Page.168,【方法と結果】欄
【文献】 KATO-KATAOKA,A.et al,Fermented milk containing Lactobacillus casei strain Shirota prevents the onset of physical symptoms,Beneficial Microbes,2015年12月,Vol. 7, No. 2,p.153-160
【文献】 TAKADA,M.et al,Probiotic Lactobacillus casei strain Shirota relieves stress-associated symptoms by modulating the g,Neurogastroenterology & Motility,2016年 7月,28(7),p.1027-1036
【文献】 三原敏敬他,Lactobacillus casei327の経口摂取によるマウスの糞の軟化と腸管セロトニンレベルの上昇,日本農芸化学会大会講演要旨集(Web),2016年 3月,Vol.2016,Page.3E085
【文献】 寺島健仁他,Lactobacillus brevis SBC8803(SBL88)によるセロトニン分泌促進効果に関する研究,日本農芸化学会大会講演要旨集(Web),2016年 3月,Vol.2016,Page.2E022
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00−35/768
WPI
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする血中トリプトファン濃度上昇抑制剤(但し、睡眠改善又は気分改善のために使用する場合を除く)。
【請求項2】
ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei) YIT9029(FERM BP−1366)である請求項1記載の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤。
【請求項3】
1日摂取量が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)の生菌数として1011cfu以上である請求項1又は2記載の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤。
【請求項4】
ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする血中トリプトファン濃度上昇抑制用食品(但し、睡眠改善又は気分改善のために使用する場合を除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中のトリプトファン濃度の上昇を抑制する血中トリプトファン濃度上昇抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
トリプトファンはヒトを含む哺乳動物において必須アミノ酸の1つである。トリプトファンは、生体内の代謝経路を経て、キヌレン酸やキヌレニン、さらには生体酸化還元酵素の補酵素であるNADに変換される。また、脳内では神経伝達物質としてのセロトニンや神経ホルモンとしてのメラトニンに変換される。
【0003】
斯かるトリプトファンの代謝経路が、遺伝的な要因を始め、何らかの原因により抑制されると、血中や尿中のトリプトファン濃度が高まりトリプトファン血症の症状を呈するようになる。また、トリプトファンからのニコチン酸合成が抑制されることからニコチン酸欠乏症を呈するようになる。
【0004】
ニコチン酸欠乏症(ナイアシン欠乏症)はペラグラとも呼ばれ、皮膚炎、胃腸障害、精神症状が主症状であり、皮膚炎では顔面、頸部、手足などの日光に当たる部分に発赤、水疱、痂皮形成や色素沈着が現れ、精神症状としては、疲労、不眠、食欲不振、無感情を経て、認知症症状、不安、抑うつ状態、せん妄、幻覚が現れる。
ニコチン酸欠乏症の予防には、ニコチン酸を含むビタミンB群を摂取することが行われているが、トリプトファンの代謝を改善するアプローチは行われていない。
【0005】
一方、ラクトバチルス属乳酸菌又はその発酵物には、血圧降下作用(特許文献1)、インターロイキン15産生促進作用(特許文献2)、インターロイキン12産生抑制作用(特許文献3)等の薬理作用を有することが報告されているが、血中トリプトファン濃度の上昇を抑制することは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−25055号公報
【特許文献2】特開2002−241292号公報
【特許文献3】特開2008−189572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、血中トリプトファン濃度上昇抑制剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、健常人に精神的ストレス負荷をかけた場合に血中トリプトファン濃度が上昇すること、そしてラクトバチルス属乳酸菌を摂取したヒトにおいては、当該血中トリプトファン濃度の上昇が抑制されることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、次の〔1〕〜〔8〕を提供するものである。
〔1〕ラクトバチルス属乳酸菌の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする血中トリプトファン濃度上昇抑制剤。
〔2〕ラクトバチルス属乳酸菌が、ラクトバチルス・カゼイである〔1〕記載の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤。
〔3〕ラクトバチルス属乳酸菌が、ラクトバチルス・カゼイ YIT9029(FERM BP−1366)である〔1〕又は〔2〕記載の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤。
〔4〕1日摂取量が、ラクトバチルス属乳酸菌の生菌数として1011cfu以上である〔1〕〜〔3〕いずれかに記載の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤。
〔5〕ラクトバチルス属乳酸菌の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする血中トリプトファン濃度上昇抑制用食品。
〔6〕血中トリプトファン濃度上昇抑制剤を製造するための、ラクトバチルス属乳酸菌の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物の使用。
〔7〕血中トリプトファン濃度上昇抑制に使用するための、ラクトバチルス属乳酸菌の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物。
〔8〕ラクトバチルス属乳酸菌の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物の有効量を投与又は摂取する血中トリプトファン濃度上昇抑制方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、血中トリプトファン濃度の過度の上昇が抑制され、ニコチン酸欠乏症の症状が改善される。特にストレスによる睡眠障害や食欲不振等に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において、ラクトバチルス属乳酸菌としては、例えばラクトバチルス・カゼイ(L.casei)、ラクトバチルス・アシドフィルス(L.acidophilus)、ラクトバチルス・プランタラム(L.plantarum)、ラクトバチルス・ブヒネリ(L.buchneri)、ラクトバチルス・ガリナラム(L.gallinarum)、ラクトバチルス・アミロボラス(L.amylovorus)、ラクトバチルス・ブレビス(L.brevis)、ラクトバチルス・ラムノーザス(L.rhamnosus)、ラクトバチルス・ケフィア(L.kefir)、ラクトバチルス・クルバタス(L.curvatus)、ラクトバチルス・ゼアエ(L.zeae)、ラクトバチルス・ヘルベティカス(L.helveticus)、ラクトバチルス・サリバリウス(L.salivalius)、ラクトバチルス・ガセリ(L.gasseri)、ラクトバチルス・ファーメンタム(L.fermentum)、ラクトバチルス・ロイテリ(L.reuteri)、ラクトバチルス・クリスパータス(L.crispatus)、ラクトバチルス・デルブルッキィ サブスピーシーズ.ブルガリカス(L.delbrueckii subsp.bulgaricus)、ラクトバチルス・デルブルッキィ サブスピーシーズ.デルブルッキィ(L.delbrueckii subsp.delbrueckii)、ラクトバチルス・ジョンソニー(L.johnsonii)等が挙げられ、このうち、ラクトバチルス・カゼイが好ましい。
斯かる乳酸菌は、自然界から分離可能なもの、又はATCC等の細胞バンクから入手可能なものであってもよいが、好適な乳酸菌株としては、例えば、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9018(FERM BP−665)、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029(FERM BP−1366)、ラクトバチルス・カゼイ YIT 10003(FERM BP−7707)が挙げられ、このうちラクトバチルス・カゼイ YIT9029(FERM BP−1366)が特に好ましい。
本発明において、上記乳酸菌は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0012】
乳酸菌の菌体は、生菌体及び死菌体のいずれであってもよいが、生菌体であるのが好ましい。
菌体は、生菌体を培養することにより大量に生産することができる。培地は、液体培地及び固体培地のいずれでもよいが、窒素源及び炭素源を含有するものが好ましい。窒素源としては、肉エキス、ペプトン、グルテン、カゼイン、酵母エキス、アミノ酸等を、また、炭素源としては、グルコース、キシロース、フルクトース、イノシトール、マルトース、水アメ、麹汁、デンプン、バカス、フスマ、糖蜜、グリセリン等を用いることができる。また、無機質として、硫酸アンモニウム、リン酸カリウム、塩化マグネシウム、食塩、鉄、マンガン、モリブデン等を添加することができ、さらにビタミン等を添加することができる。好適な培地としては、MRS培地、LBS培地、Rogosa培地、WYP培地、GYP培地等が挙げられる。
【0013】
生菌体の培養条件は、各乳酸菌に適した条件を採用すればよいが、例えば、培養温度は通常20〜50℃、好ましくは25〜40℃、より好ましくは35〜38℃である。培養時間は通常6〜62時間であり、好ましくは12〜48時間であり、より好ましくは15〜30時間である。培地のpHは通常3〜8、好ましくは4〜7であり、より好ましくは6〜7である。培養はインキュベーター中で行ってもよく、また、培養の際は通気振とうしてもよい。
【0014】
菌体処理物とは、用いられる乳酸菌に何らかの処理を加えたものをいい、その処理は特に限定されない。例えば、菌体分解物等が挙げられ、具体的には、乳酸菌の超音波などによる破砕液、乳酸菌の酵素処理液、それらを濾過ないし遠心分離など固液分離手段によって分離した固体残渣等が挙げられる。また、乳酸菌を界面活性剤等によって溶解した後、エタノール等によって沈殿させて得られる核酸含有画分も含まれる。さらに、前記乳酸菌の超音波などによる破砕液、細胞の酵素処理液などに対し、例えば各種クロマトグラフィーによる分離などの分離・精製処理をさらに行ったものも含まれる。
また、死菌体を用いる場合は、例えば、加熱処理、抗生物質などの薬物による処理、ホルマリンなどの化学物質による処理、紫外線による処理、γ線などの放射線による処理により得ることができる。これらの処理のうち、特に超音波処理、酵素処理、加熱処理が好ましい。
【0015】
斯かるラクトバチルス属乳酸菌の菌体又はその処理物は、摂取の容易性、摂取の継続性、睡眠の質改善効果等の点から、当該菌体又はその処理物を含む発酵物の形態とするのがより好ましい。発酵物の例としては、乳発酵物、豆乳発酵物、果汁発酵物、植物液発酵物等が挙げられるが、乳発酵物がより好ましい。乳発酵物には、乳等省令により定められている発酵乳、乳製品乳酸菌飲料等の飲料やハードヨーグルト、ソフトヨーグルト、プレーンヨーグルト等が包含される。
【0016】
ラクトバチルス属乳酸菌の発酵物は、例えば、ラクトバチルス属乳酸菌を牛乳等の獣乳、粉乳、全脂粉乳、脱脂粉乳等の乳成分中で30〜40℃の温度で5〜24時間培養することにより得ることができる。培養は、静置、攪拌、振盪、通気等が挙げられる。より好ましくは、殺菌した乳培地にラクトバチルス属乳酸菌を単独又は他の微生物と同時に接種培養し、これを均質化処理して発酵乳ベースを得る。次に別途調製したシロップ溶液を添加混合し、ホモゲナイザー等で均質化し、さらにフレーバーを添加して最終製品に仕上げればよい。
【0017】
これらの発酵物は、必要に応じて、シロップ等の甘味料のほか、それ以外の各種食品素材、例えば、各種糖質、増粘剤、乳化剤、各種ビタミン剤、酸化防止剤、安定化剤等の任意成分を配合することができる。これらの食品素材として具体的なものは、ショ糖、グルコース、フルクトース、パラチノース、トレハロース、ラクトース、キシロース、麦芽糖等の糖質、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、ラクチトール、パラチニット、還元水飴、還元麦芽糖水飴等の糖アルコール、アスパルテーム、ソーマチン、スクラロース、アセスルファムK、ステビア等の高甘味度甘味料、寒天、ゼラチン、カラギーナン、グァーガム、キサンタンガム、ペクチン、ローカストビーンガム、ジェランガム、カルボキシメチルセルロース、大豆多糖類、アルギン酸プロピレングリコール等の各種増粘(安定)剤、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、レシチン等の乳化剤、クリーム、バター、サワークリームなどの乳脂肪、クエン酸、乳酸、酢酸、リンゴ酸、酒石酸、グルコン酸等の酸味料、ビタミンA、ビタミンB類、ビタミンC、ビタミンE類等の各種ビタミン類、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、マンガン等のミネラル分、ヨーグルト系、ベリー系、オレンジ系、花梨系、シソ系、シトラス系、アップル系、ミント系、グレープ系、アプリコット系、ペア、カスタードクリーム、ピーチ、メロン、バナナ、トロピカル、ハーブ系、紅茶、コーヒー等のフレーバー類を挙げることができる。
【0018】
発酵物の製造には、ラクトバチルス属乳酸菌以外の微生物を併用することも可能である。このような微生物としては例えば、ビフィドバクテリウム・ブレーベ(Bifidobacterium breve)、ビフィドバクテリウム・ロンガム(B.longum)、ビフィドバクテリウム・ビフィダム(B.bifidum)、ビフィドバクテリウム・アニマーリス(B.animalis)、ビフィドバクテリウム・ズイス(B.suis)、ビフィドバクテリウム・インファンティス(B.infantis)、ビフィドバクテリウム・アドレセンティス(B.adolescentis)、ビフィドバクテリウム・カテヌラータム(B.catenulatum)、ビフィドバクテリウム・シュードカテヌラータム(B.pseudocatenulatum)、ビフィドバクテリウム・ラクチス(B.lactis)、ビフィドバクテリウム・グロボサム(B.globosum)等のビフィドバクテリウム属細菌、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)等のストレプトコッカス属細菌、ラクトコッカス・ラクチス サブスピーシーズ.ラクチス(Lactococcus lactis subsp.lactis)、ラクトコッカス・ラクチス サブスピーシーズ.クレモリス(Lactococcus lactis subsp.cremoris)等のラクトコッカス属細菌、エンテロコッカス・フェカーリス(Enterococcus faecalis)、エンテロコッカス・フェシウム(E.faecium)等のエンテロコッカス属細菌、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属細菌、サッカロマイセス・セルビシエ(Saccharomyses cerevisiae)、トルラスポラ・デルブルッキィ(Torulaspora delbrueckii)、キャンジダ・ケフィア(Candida kefyr)等のサッカロマイセス属、トルラスポラ属、キャンジダ属等に属する酵母が挙げられる。ラクトバチルス属乳酸菌と共に、ストレプトコッカス属細菌、ラクトコッカス属細菌から選ばれる1種以上を併用して発酵物を製造すると高い嗜好性が得られ、摂取が容易となるため好ましい。
【0019】
後記実施例に示すように、ラクトバチルス・カゼイを含む発酵物は、健常人の精神的ストレス負荷により生じる血中トリプトファンの濃度上昇に対して抑制作用を示す。したがって、ラクトバチルス属乳酸菌の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物は、血中トリプトファン濃度上昇抑制剤として使用できる。
血中トリプトファン濃度は、内因的または外因的に上昇し得、血中トリプトファン濃度上昇の原因は、例えば、精神的ストレス、肉体的ストレス、持久的な運動、トリプトファンを多く含む食材の摂取等であり得る。本発明において、血中トリプトファン濃度の上昇抑制作用は、血中トリプトファン濃度の上昇を抑制する作用(予防作用)、または、上昇した血中トリプトファン濃度を低下させる作用(治療作用)であり得、好適には、内因的な血中トリプトファン濃度の上昇を抑制する作用であり、より好適には、精神的ストレスにより引き起こされる血中トリプトファン濃度の上昇を抑制する作用である。
血中トリプトファン濃度は、吸光法、蛍光法、クロマトグラフ法、電気泳動法などにより測定することができる。
【0020】
血中のトリプトファン濃度が上昇すると、トリプトファン血症の症状を呈するようになる。また、トリプトファンからのニコチン酸合成が抑制されることからニコチン酸欠乏症を呈するようになる。
したがって、血中のトリプトファン濃度の上昇を抑制できれば、ニコチン酸欠乏症の症状を改善することができると云える。
ここで、ニコチン酸欠乏症としては、皮膚炎、胃腸障害、精神症状が挙げられ、皮膚炎としては顔面、頸部、手足などの日光に当たる部分の発赤、水疱、痂皮形成や色素沈着が挙げられ、精神症状としては、疲労、不眠、食欲不振、無感情、認知症症状、不安、抑うつ状態、せん妄、幻覚等が挙げられ、本発明では、特にストレス状況下での不眠や食欲不振に対して有用である。不眠に対する作用としては、特に睡眠時間を増加させる作用、眠りの深さ(熟眠度)を高める作用、深い眠りの時間を増加させる作用が挙げられる。
【0021】
本発明の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤は、血中トリプトファン濃度上昇抑制のための医薬品、医薬部外品若しくは食品であってもよく、又は当該医薬品、医薬部外品若しくは食品に配合して使用される素材又は製剤であってもよい。また、当該食品には、血中トリプトファン濃度上昇抑制をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した特定保健用食品、機能性表示食品等が包含される。
【0022】
上記医薬品や医薬部外品の投与形態は、経口投与又は非経口投与のいずれでも良いが、経口投与が好ましい。投与に際しては、有効成分を含有する組成物を経口投与、直腸内投与、注射等の投与方法に適した固体又は液体の医薬用無毒性担体と混合して、慣用の医薬品製剤の形態で投与することができる。このような製剤としては、例えば、錠剤、顆粒剤、散在、カプセル剤等の固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤等の液剤、凍結乾燥製剤等が挙げられる。これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。上記の医薬用無毒性担体としては、例えば、グルコース、乳糖、ショ糖、澱粉、マンニトール、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングリコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤、賦形剤等の慣用の添加剤を適宜添加することもできる。
【0023】
また、食品の形態としては、例えば、清涼飲料、果汁飲料、乳飲料、炭酸飲料等の飲料類、ヨーグルト、チーズ、バター、牛乳等の乳製品の他、小麦粉加工食品、米加工食品、菓子類、大豆加工食品等の各種食品組成物が挙げられるが、乳飲料やヨーグルト等の乳製品が好ましい。
【0024】
本発明の血中トリプトファン濃度上昇抑制剤の摂取・投与量は、効果が得られる量であれば特に限定されない。また、その摂取・投与量は、対象者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、成人(60kg)1人当たりの1日の投与又は摂取量としては、ラクトバチルス属乳酸菌(生菌数)として105cfu以上が好ましく、108cfu以上がより好ましく、109cfu以上がさらに好ましく、1011cfu以上が特に好ましい。またその摂取日数は、5日間以上が好ましく、2週間以上がより好ましく、4週間以上がさらに好ましく、8週間以上が特に好ましい。
【実施例】
【0025】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
製造例1(ラクトバチルス・カゼイを含む乳発酵物の製造)
ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT 9029株を接種し、37℃で発酵させた脱脂粉乳溶液にシロップを混合し、香料を添加した後、均質化して容器に充填して発酵物を得た。この発酵物100mL中のラクトバチルス・カゼイの菌数は1011cfuであった。
また、プラセボとして、ラクトバチルス・カゼイを含まず、発酵物と同等の乳酸を添加して風味を調整した未発酵物を用いた。なお、その他の組成については、発酵物と同じである。
【0026】
試験例1
本実施例では、学術試験に伴うストレス応答に対する乳酸菌の飲用効果を二重盲検プラセボ対照並行群比較試験により評価した。
5年生に進学するための国家試験(学術試験)を控えた、喫煙習慣がなく、30歳未満の健康な医学部4年生51名を2群に分け、製造例1で調製した発酵乳(LcS群)またはプラセボ飲料(プラセボ群)を学術試験の8週間前(飲用開始前)から8週間、学術試験の前日まで毎日100mL摂取させた。飲用開始前、学術試験1日前(学術試験前)および学術試験2週後(学術試験後)に日本語版STAI(Spielberger,C.D著、日本語版 STAI(状態・特性不安検査)使用手引、1991年、三京房)にて状態不安を評価するとともに、血液(夕方に採取)および便を採取した。高速液体クロマトグラフィー法により、血漿トリプトファン、便中セロトニンを測定した。また、飲用期間中の体調不良の有無を調べた。最終的に、学術試験を受けなかった被験者4名を除外し、プラセボ群23名、LcS群24名を解析対象とした。
【0027】
【表1】
【0028】
飲用開始前と比べて学術試験前では、プラセボ群、LcS群ともに状態不安スコアが有意に増加し、学術試験後に元に戻った。すなわち、被験者の学術試験ストレスは学術試験前に強まっていることが確認された。
一方、血中トリプトファン濃度はプラセボ群では学術試験前に有意に増加したが、LcS群では有意な変化がみられなかった。すなわち、トリプトファン代謝異常がプラセボ群では認められたが、LcS群では認められず、LcSはトリプトファン代謝異常に対して予防作用を示すことが確認された。
なお、便中セロトニン濃度は、学術試験ストレスを最も強く感じている学術試験前では両群ともに低下し、群間で差はみられなかったことから、LcSによるトリプトファンの上昇抑制作用は、ストレスとの関係が知られているセロトニンとは無関係に発揮されたことが明らかになった。
【0029】
試験例2
学術試験ストレス下における学生の睡眠に対する乳酸菌の飲用効果を二重盲検プラセボ対照並行群比較試験により評価した。
学術試験を控えた、試験例1とは異なる、喫煙習慣がなく、30歳未満の健康な医学部4年生49名を対象に、試験例1と同様に二重盲検プラセボ対照並行群比較試験を行った。飲用開始前および学術試験の3〜5日前(学術試験前)にOSA睡眠調査票MA版(山本由華吏 他、脳と精神の医学、第10巻、第4号1999年、401-409)にて睡眠状態、及び小型1ch脳波計スリープスコープ(スリープウェル(株))にて睡眠中の脳波を各時点3日間計測した。脳波は原則2回目のデータを解析した。OSA睡眠調査票については3日間の平均スコアを算出した。最終的に、脱落者およびアンケートの信頼性に欠く被験者2名を除外し、プラセボ群23名、LcS群24名を解析対象とした。結果を表2及び3に示す。
【0030】
【表2】
【0031】
表2より、学術試験ストレスを最も強く感じている学術試験前、OSA睡眠調査票(第I因子:起床時眠気、第II因子:入眠と睡眠維持、第III因子:夢み、第IV因子:疲労回復、第V因子:睡眠時間)の第V因子(睡眠時間)および食欲は、飲用開始前と比べてプラセボ群では低下したが、LcS群では変化せず、第V因子(睡眠時間)は有意に高値を示した。すなわち、LcSはストレスによる睡眠悪化や食欲の低下に対して抑制作用を示すことが確認された。
【0032】
【表3】
【0033】
表3より、学術試験ストレスを最も強く感じている学術試験前、LcS群の脳波第1睡眠周期のデルタパワー値は、飲用開始前と比べて約40%の増加を示した。一方、プラセボ群では顕著な変化はみられなかった。すなわち、LcSは眠りの深さ(熟眠度)を高める作用を示すことが確認された。
学術試験ストレスを最も強く感じている学術試験前、脳波ノンレム睡眠(N3)の睡眠時間全体に対する割合は、プラセボ群で減少する傾向がみられた。しかし、LcS群はプラセボ群と比べて、わずかに増加する傾向がみられ、学術試験前において両群間で有意な差が認められた。すなわち、学術試験前において、LcSは学術試験ストレスにより減少する深い眠りの時間を増加させることが確認された。