特許第6654797号(P6654797)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6654797内燃エンジン用スチールピストン及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6654797
(24)【登録日】2020年2月4日
(45)【発行日】2020年2月26日
(54)【発明の名称】内燃エンジン用スチールピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/10 20060101AFI20200217BHJP
   F02F 3/12 20060101ALI20200217BHJP
   F02F 3/14 20060101ALI20200217BHJP
   F16J 1/01 20060101ALI20200217BHJP
【FI】
   F02F3/10 B
   F02F3/12
   F02F3/14
   F16J1/01
【請求項の数】7
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-207738(P2014-207738)
(22)【出願日】2014年10月9日
(65)【公開番号】特開2015-78693(P2015-78693A)
(43)【公開日】2015年4月23日
【審査請求日】2017年9月20日
(31)【優先権主張番号】10 2013 221 102.3
(32)【優先日】2013年10月17日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】506292974
【氏名又は名称】マーレ インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】MAHLE International GmbH
(73)【特許権者】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】モニカ レーネルト
(72)【発明者】
【氏名】ラインハルト ローゼ
(72)【発明者】
【氏名】ユルゲン ラム
(72)【発明者】
【氏名】ベノ ヴィドリッヒ
【審査官】 稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−515213(JP,A)
【文献】 特表2010−506049(JP,A)
【文献】 特表2008−542603(JP,A)
【文献】 特表2009−536712(JP,A)
【文献】 実開昭54−077808(JP,U)
【文献】 特表2010−518338(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103256142(CN,A)
【文献】 特開2013−163263(JP,A)
【文献】 特表2008−505251(JP,A)
【文献】 特開平11−335813(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0244382(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/00−3/28,
F16J 1/00−1/24,7/00−10/04,
C23C 14/00−14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンクラウンと、前記ピストンクラウン上に付着された保護層とを有する内燃エンジン用スチールピストンであって、
前記保護層は、
a) 前記ピストンクラウンの表面上にあるCr又はCrNの接着層と、
b) 前記接着層上にある機能層とを有し、
前記機能層は、CrNの層(A)と、CrONの層(B)とが合計で4〜200層だけ1層ずつ交互に積層されてなる、内燃エンジン用スチールピストン。
【請求項2】
前記保護層は、1μm〜15μmの厚さを有する、請求項1に記載の内燃エンジン用スチールピストン。
【請求項3】
前記接着層は、0.5μm〜5μmの厚さを有する、請求項1又は2に記載の内燃エンジン用スチールピストン。
【請求項4】
前記機能層は、0.5μm〜10μmの厚さを有する、請求項1〜のいずれか1項に記載の内燃エンジン用スチールピストン。
【請求項5】
前記層(A)及び(B)は、それぞれ同じ厚さを有する、請求項1〜のいずれか1項に記載の内燃エンジン用スチールピストン。
【請求項6】
前記保護層は、前記ピストンクラウンのボウルエッジ上にのみ存在する、請求項1〜のいずれか1項に記載の内燃エンジン用スチールピストン。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか1項に記載の内燃エンジン用スチールピストンの製造方法であって、
ピストンクラウンを有するスチールピストンを準備し、
PVD法により、請求項1〜のいずれか1項で定義された保護層を前記ピストンクラウン上に付着する、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃エンジン用スチールピストンに関し、特にピストンクラウンと、ピストンクラウンに付着された保護層とを有する内燃エンジン用スチールピストンに関するものである。本発明はまた、そのようなスチールピストンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃エンジン用スチールピストンでは、特にディーゼルエンジン用では、燃料噴射後の点火の際に、燃焼煙が大量の熱を発生するという問題が生じる。したがって、スチールピストンのクラウン中に形成される燃焼室ボウルは、概して燃焼室ボウルの上部エッジ(すなわち、ボウルエッジ)上及び/又はその近傍の領域にて、すなわち燃焼室ボウルとピストンクラウンの平坦な上部エッジとの間のリップ状の境界領域にて、激しい酸化にさらされる。この酸化にて、スチール中の鉄はFeへと酸化されるが、その結果の酸化物は、その下にあるピストンの非酸化スチール材料への付着力を有しない。
【0003】
機械的な膨張/収縮プロセスを通じ、形成された酸化層が最終的には剥離して、いわゆるスケールきずを形成する。このプロセスを通じ、このようにして浸食された領域が時間の経過とともに、目視で確認できるほど大きくなる。これらのスケールきずがスチールピストンの母材の中へ更に拡がっていくと、最終的にはボウルエッジにクラックが生じ得る。また極端な場合には、ピストンの破壊を引き起こし得る。更に、スケールきずに起因して、ボウルエッジの形状に対応の変化が生じ、燃焼プロセスに支障が生じる結果、エンジンの排気エミッション特性が損なわれる、という問題も生じる。
【0004】
上記の問題点に関し、例えば特許文献1からの方法が知られている。これによれば、内燃エンジン用ピストンのピストンクラウンに、コーティング材が付着される。コーティング材は、微細構造及び多孔性を有する。コーティングは、コーティング密度を上げるために、同時に微細構造が改質されて、コーティングとピストンクラウン表面との間に材料の結合が形成されるように、高エネルギーレーザービームを照射される。この際、レーザービームの照射を防止するために、コーティングの一部がマスクされる。
【0005】
特許文献2から、熱ストレスを受ける部材用の、特にタービン部材用の、腐食及び/又は酸化及び/又は浸食から保護するための保護コーティングが知られている。ここに、保護コーティングは、アモルファス材料からなる単層又は多層のシール層を有する。
【0006】
加えて、特許文献3から、耐腐食性を有する、コーティング金属基材のための層構造が知られている。これは、少なくとも1つの中間層と、少なくとも1つの機能層とを有する。機能層は、周期表の第4族〜第6族に属する少なくとも1つの金属の、窒化物、炭窒化物及び/又は酸窒化物である。中間層は、1以上の金属酸化物からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第7458358号明細書
【特許文献2】欧州特許出願公開第1217095号明細書
【特許文献3】独国特許出願公開第19741800号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のコーティング及びコーティング方法では、上記したスケールきずの形成及びそれに伴うピストンの損傷が、完全には満足できるほど防止できない。
【0009】
したがって、本発明は、上記問題に関して内燃エンジンのスチールピストンを更に改良するという課題に関係している。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、上記課題は、独立請求項の主題により解決される。好ましい実施形態は、従属請求項の主題である。
【0011】
本発明は、スチールピストンのピストンクラウン上に保護層を付着するという一般的概念に基づく。ここで、保護層は、接着層と、その上に付着された機能層とを有する。機能層は、請求項1及び5に示されるように、金属の窒化物、酸化物又は酸窒化物からなる複数の特定層を含む。
【0012】
特に、第1の実施形態によれば、保護層は、a)ピストンクラウンの表面上にあるCr又はCrNの接着層と、b)接着層上にある機能層とを有する。機能層は、a=1〜100とするとき、可能ならば、1以上のCrNの層(A)と、1以上のCrONの層(B)とを[(A)/(B)]の形で有する。第1の実施形態の特別な変形例によれば、機能層は、単一のCrON層のみを有し得る。すなわち、a=1であり、かつ層(A)が存在しない。
【0013】
第1の実施形態による層構造は、現行の内燃エンジンにおけるピストンクラウンのスケールを防止する。この層構造は、経済性及びプロセス技術の面で、Crターゲットを備えた蒸発源のみがコーティングのために必要とされるという、利点を有する。これは、コーティング方法にてより高いスループットに、したがって製造コストの低減に寄与する。
【0014】
第2の実施形態によれば、機能層は、a=1〜100とするとき、適用可能ならば、1以上のAlCrOの層(C)と、層(C)とは異なる1以上のAlCrOの層(C’)とを[(C)/(C’)]の形で有する。第2の実施形態の特別な変形例によれば、機能層は、単一のAlCrO層のみを有し得る。すなわち、a=1であり、かつ層(C)が存在しない。
【0015】
第2の実施形態により使用される層材料AlCrOは、国際公開第2008/043606号に記載されているように、公知のコランダム構造の混晶として作ることができ、本発明による酸化バリアとしての効果に加えて、第1の実施形態によるCrON層構造よりも高い熱安定性を有する。これは、特に、AlCrO層の結晶構造が1000℃までの温度で変化しないこと、すなわち実質的な密度変化が起きないこと、したがって当該層の化学的不安定が生じないことに示されている。したがって、第2の実施形態による層構造は、将来ピストンクラウンがより高い燃焼室温度にさらされる場合の解決策を提供する。
【0016】
各実施形態の層構造にて、接着層と機能層との間は、金属含有量に関して、また窒素及び酸素の含有量に関して、急激に変化するようにも、また徐々に変化するようにも設計され得る。
【0017】
本発明によれば、上記特定の層の組み合わせによって、熱酸化が、ゆえにスケールきずの形成が、効果的に防止されることが分かる。これは、酸素の存在下での、初期の細孔が開いた機能層上の熱作用により達成される。その結果、機能層は、細孔が閉じた層へと変化する。したがって、ピストンのスチール母材の酸化は、もはや生じない。
【0018】
本発明の第1及び第2の実施形態による解決策の有利な更なる発展形では、a=1、すなわち機能層は層(A)及び(B)からなり、又は層(C)及び(C’)からなる。その結果、保護層の構造が、接着層/層(A)/層(B)又は接着層/層(C)/層(C’)で表され得るように作られる。ここに、Cr又はCrNが、好ましくはCrNが、両実施形態における接着層として使用され得る。
【0019】
本発明による解決策の更に有利な更なる発展形によれば、a=1の場合に、層(B)又は層(C’)は、層(A)とは反対側の表面に向かって、又は(第2の実施形態の場合には)接着層とは反対側の表面に向かって、酸素含有量が増加する勾配層として存在する。これは、酸素含有量が当該層の厚さ全体にわたって一定である層(B)又は層(C’)と比べて、酸化物層(B)又は層(C’)の機械的特性が、層(A)に、又は(第2の実施形態の場合には)接着層に、より有利に適合させられ得るという利点を有する。層(B)又は層(C’)の厚さが増加するにつれての酸素含有量の増加は、層(B)又は層(C’)の成膜中に酸素含有量を連続的に増加させるという、それ自体では公知の方法により達成され得る。保護層の成膜方法については、本発明による方法の説明が参照される。
【0020】
本発明による解決策の更に有利な更なる発展形によれば、a=2〜50であり、好ましくはa=10〜40であり、特に好ましくはa=15〜30である。複数組の層(A)及び(B)又は複数組の層(C)及び(C’)の成膜は、単一組の層(A)及び(B)又は単一組の層(C)及び(C’)の成膜と比べて、固有層応力が目標の態様で制御され得て、またピストン表面上の層構造の付着力が熱交互負荷に対して最適化され得る、という利点を有する。
【0021】
好適には、保護層は、1μm〜15μm、好ましくは2μm〜12μm、更に好ましくは4μm〜10μm、特に好ましくは5μm〜8μmの厚さを有する。保護層の厚さが1μmを下回る場合には、本発明による酸化保護効果が十分には得られない可能性がある。その理由は、経済的理由から好ましい反応性陰極放電蒸着(PVD)の方法にて、層が薄過ぎる場合には、層の中に十分には取り込まれ得ない飛散が生じ得ることにある。濾過陰極放電蒸着又はスパッタリングのような他の方法への変更は、より薄い層の厚さを許容する可能性があるが、当該技術の専門家に既知であるように、より高い製造コストを招来する。他方、保護層の厚さが15μmを上回ると、温度による基材の変形に追従する能力を大きく失う。保護層がよりもろくなり、場合により保護層の剥離が生じ得る。
【0022】
本発明による解決策の更に有利な更なる発展形によれば、接着層は、0.1μm〜5μm、好ましくは1μm〜5μm、特に好ましくは1.5μm〜4.0μmの厚さを有する。接着層厚さの下限は、特に、より幾何学的に届きにくいピストンクラウン表面が、密着した接着層を有するように決定される。経験によれば、5μmを上回る接着層厚さは、保護層の付着力の改善に寄与せず、むしろコーティング方法の費用対効果を害する。
【0023】
好適には、機能層は、0.5μm〜10μm、好ましくは1μm〜8μm、より好ましくは2μm〜5μm、特に好ましくは3μm〜4μmの厚さを有する。ここに、機能層の層(A)及び(B)又は層(C)及び(C’)は、それぞれ独立に0.04μm〜0.25μmの厚さを有し得る。本発明の好ましい実施形態によれば、機能層の層(A)及び(B)又は層(C)及び(C’)は、それぞれ同じ厚さを有する。
【0024】
本発明による解決策の更に有利な更なる発展形によれば、保護層は、ピストンクラウンのボウルエッジ上にのみ存在する。スケールきずの形成は特にボウルエッジの領域で生じるので、この更なる発展形により、ピストンの効果的な保護が無駄なく達成される。
【0025】
加えて、本発明は、上記説明による内燃エンジン用スチールピストンの製造方法を提供する。この製造方法は、ピストンクラウンを有するスチールピストンを準備し、PVD法により、上記で定義された保護層をピストンクラウン上に、特にピストンクラウンのボウルエッジ上にのみ付着する方法である。
【0026】
好適には、当該技術の専門家に知られた任意の内燃エンジン用スチールピストンが、好ましくはディーゼルエンジン用スチールピストンが、本発明による方法によりコーティングされるべきスチールピストンとして使用され得る。
【0027】
特に、商用車両(中負荷/高負荷=MD/HD)の分野又はディーゼル乗用車(高速ディーゼル=HSD)の分野で使用されるスチールピストンは、コーティングされるべきスチールピストンとして用いられている。典型的な乗用車ピストン直径は75〜90mmの範囲にあり、MD/HDでは105mmと約160mmとの間の直径のピストンが使用されている。使用される母材は、例えば39MnVS6のようなAFP鉄材料、又は例えば42CrMo4のような他の耐高温スチールからなる。ピストンボウルの構成は、ピストンタイプに依存して、又は現行の熱力学的制約に依存して、定義された半径と隣接したアンダーカットとを有し、比較的単純であり得る。このボウルは、階段式のボウルとして構成されることも可能である。
【0028】
本発明の好ましい実施形態を、図面に示し、かつ以下更に詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】実施例1により付着されるコーティングの成膜状態を示す図である。
図2】本発明によりコーティングされたスチールピストンの、実施例1によるボウルエッジの領域におけるエンジンテスト後の断面の顕微鏡写真を示す図である。
図3】コーティング無しのスチールピストンの、比較例によるボウルエッジの領域におけるエンジンテスト後の断面の顕微鏡写真を示す図である。
図4】研磨された硬質金属基材上の倍率25000倍の、第1の実施形態による保護層を示す図である。
図5】研磨された硬質金属基材上の倍率50000倍の、第2の実施形態による保護層を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、公知のPVD法によりピストンクラウン上に本発明による保護層を付着する実施形態を詳細に説明する。
【0031】
PVD法の例として、以下に反応性陰極放電蒸着に基づくコーティングプロセスを説明する。しかしながら、これは、このPVD法にのみ限定するものと理解されるべきでない。例えばスパッタリング、電子ビーム蒸着、又はレーザーアブレーションのような他のPVD法も、コーティングに使用し得る。しかしながら、これら他のPVD法は、費用対効果が低く、かつコーティングプロセスのモニタリングに大きな技術的注力を必要とする。
【0032】
最初に、コーティングされるべき基材(ピストン)が、これのために用意された、真空コーティング装置の回転台に装着される。その後、真空コーティング装置は、約10−4mbarの圧力まで真空引きされる。
【0033】
プロセス温度を設定するため、低電圧アークプラズマ(LVA)が、輻射加熱により支援されつつ、アルゴン・水素雰囲気中にて熱陰極と陽極に接続されたワークとの間で点弧される。
【0034】
このプロセスでは、
LVA放電電流 110A
アルゴン流量 50sccm
水素流量 300sccm
というパラメータが設定された。
【0035】
これらの条件下で、1.4×10−2mbarのプロセス圧力が生じる。加熱装置及びLVAは、230℃以下の基材温度が維持されるように調整された。この前処理ステップのプロセス時間は、100分であった。
【0036】
次のプロセスステップとして、基材表面から存在し得る不純物を除去するために、基材表面のエッチングが行われる。このため、熱陰極とコーティング装置の中に設けられた補助陽極との間で、LVAが作動する。ここで、交流電流で動作する、DC電圧、パルス化DC電圧、又はMF若しくはRF電圧が、基材とアースとの間に印加され得る。しかしながら、ワークは、負のバイアス電圧下に置かれるのが好ましい。
【0037】
この前処理ステップのために、
アルゴン流量 60sccm
LVA放電電流 150A
バイアス電圧 60V(DC)
というパラメータが設定された。
【0038】
これらの条件下で、コーティングシステム中に2.4×10−3mbarのプロセス圧力が生じる。プロセスパラメータは、基材温度が230℃を超えないように選択された。この前処理の時間は、45分であった。
【0039】
次のプロセスステップでは、基材をCrN接着層でコーティングする。このプロセスステップは、4個のCrターゲットを用いて実行された。このターゲット個数には、種々の観点が考慮に入れられている。ターゲット個数が増加すると、コーティング時間は低減され得る。しかしながら、その場合には基材の熱負荷が増加する。本プロセスでは、基材温度に関すると同様に、コーティングについても、230℃を超過しないようにする。接着層のコーティングのためのプロセスパラメータは、
窒素流量 総圧力3Paに調整
Crターゲット毎の電流 140A
DC基材バイアス電圧 U= −20V
であった。
【0040】
その結果、ここでも230℃より低い基材温度が保証され得た。接着層を付着する当該プロセスステップの時間は、60分であった。
【0041】
基材を接着層でコーティングするステップに続いて、機能層でのコーティングが行われる。既に上記したように、これは、CrN−CrON多層コーティングの場合に、特に単純かつ経済的である。4個のCrターゲットは、依然として各々のターゲット毎に140Aで引き続き動作する。第1のCrON層のために、300sccmの酸素が2分間だけコーティングシステムに入力される。続いて、酸素流量が2分間だけ再びゼロに設定、すなわちスイッチオフされる。この後、以上に説明したものと同じシーケンスが繰り返される。すなわち、2分間の300sccm酸素入力、2分間の酸素流量スイッチオフにより、CrNコーティングが得られる。本プロセスでは、このシーケンスが18回実行され、合計36の個々の層が作られた。この機能層の付着により、全保護層の付着もまた完成する。そして、基材が約150℃まで冷却された後、基材取り出しのためにコーティングシステムの真空を破った。図4は、研磨された表面上の、スチールピストンのコーティング中に同じ条件下でコーティングされた、保護層を示す。断面写真は、走査電子顕微鏡により倍率25000倍で撮った。基材上のCrNからなる約2.4μm厚の接着層が見える。加えて、接着層上の約3.0μm厚のCrN/CrON機能層が多層コーティングとして見える。
【0042】
上記プロセスでは、コーティング温度が230℃に制限されていた。そのような制限は、例えば、スチールピストンが感温性の特別な前処理を受ける場合には、都合が良いこともあり得る。しかしながら、スチールピストンがより高い温度を許容するスチールのみを有するなら、コーティング中のいくらか高い温度を選択するのが好ましい。なぜなら、その場合には前処理ステップがより効率的になり、かつピストン中の小孔が脱ガスプロセスによってよりうまく除去され得るからである。この場合、300℃と400℃との間の基材温度が好ましい。
【0043】
図5は、図4の類例として、第2の実施形態によるCrN接着層と単一のAlCrO機能層とからなる保護層を示している。走査電子顕微鏡(倍率50000倍)で見た層断面は、1.6μm厚のCrN接着層と、1.4μm厚のAlCrO機能層とからなる、約3μmの全膜厚を示している。この場合には、コーティングシステムにおける操作が、CrターゲットとAlCrターゲットとで実行される。これらに対応する前処理ステップは、前に説明したとおりである。
【0044】
本発明の更なる重要な特徴及び利点は、下位請求項から、図面から、また図面を参照する対応した図面の説明から得られる。
【0045】
本願で命名し説明した特徴は、記載した各々の組み合わせだけでなく、本発明の範囲から逸脱しない限り、他の組み合わせ又は単独でも用いることができると理解されるべきである。
【0046】
実施例1
上記説明のようにして、スチールピストンのピストンクラウンのボウルエッジにPVD法によりコーティングした。第1に3.9μm厚のCrN接着層、続いて各々約0.06μmの厚さを有して交互に付着された23のCrN層と23のCrON層とからなる機能層という構成のコーティングであった。接着層上に付着された機能層のうちの第1層は、ここではCrN層であった。機能層の全膜厚は、約2.9μmであった。図1は、得られたコーティングの成膜状態を示し、図1(b)はコーティングされたピストンの断面図を、図1(a)及び図1(c)は各々図1(b)によるスチールピストンの断面顕微鏡写真をそれぞれ示す。
【0047】
得られたコーティング済みのスチールピストンをエンジンに組み込んで、テスト走行(スチールピストンを用いた乗用車ディーゼルエンジン、150kW出力、120時間耐久テスト、ボウルエッジ温度約600℃)を実施した。テスト走行の後、ピストンを取り外し(図2(a)参照)、ボウルエッジの領域におけるスチールピストンの断面顕微鏡写真を撮った。この写真を図2(b)に示す。
【0048】
図2(b)から分かるように、ボウルエッジ上に付着された保護層は完全に無傷であり、スチールピストンの材料は、スケールきずを一切示していない。これは、本発明によるスチールピストンが優れた耐酸化性を有することを示している。
【0049】
比較例
実施例1で使用されたスチールピストンで、ただし保護層を付着せずに、実施例1と同じテスト走行を実施した。図3(a)及び図3(b)から分かるように、コーティング無しのスチールピストンの材料は、上記不利益を引き起こすスケールきずを有する。
図1
図2
図3
図4
図5