【実施例】
【0058】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0059】
以下の実施例において、前記式(I)で示される化合物としては、市販されており、入手しやすいことから、エンチノスタットを用いた。
【0060】
(実施例1)HIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果(ヒト末梢血単核球)
HIV−1 III
B株を、in vitroで健常人由来の末梢血単核球に感染させて、ヒト末梢血単核球HIV−1慢性感染細胞モデルを作製し、HDAC阻害剤であるエンチノスタットを作用させた。
【0061】
HIV−1感染後期において、エンチノスタットは0.25〜0.5μMで、HIV−1感染ヒト末梢血単核球に対して特異的、選択的に細胞死を誘導した。0.5μMの濃度でHIV−1感染細胞の生細胞率が偽感染(非感染)細胞の生細胞率の約50%に減少した。
【0062】
(実施例2)HIV−1プロテアーゼ阻害剤とHDAC阻害剤の併用効果
エンチノスタットは感染細胞においてHIV−1産生を活性化させ、二次感染を引き起こす可能性があるため、HDAC阻害剤とは作用点が異なり、HIV−1複製の後期課程に作用してHIV−1の複製を抑制するHIV−1プロテアーゼ阻害剤との併用試験を
図1に示す実験手順に従って行った。
【0063】
HIV−1 III
B株を、in vitroで健常人由来の末梢血単核球に感染させて、ヒト末梢血単核球HIV−1慢性感染細胞モデルを作製し、HIV−1プロテアーゼ阻害剤(NFV、SQV)とHDAC阻害剤(エンチノスタット、ボリノスタット)の併用効果を検討した。
【0064】
HIV−1感染、又は偽感染(=非感染)後、7日間培養し、各種濃度のHIV−1プロテアーゼ阻害剤で3日間処理した。その後3日間、同濃度のHIV−1プロテアーゼ阻害剤と各種HDAC阻害剤の併用処理を行った。各サンプルの生細胞率は色素法で、また、HIV−1産生量はELISA法(HIV−1 p24 Antigen ELISA)で測定した。
【0065】
結果を
図2〜4に示す。
【0066】
HIV−1プロテアーゼ阻害剤であるNFV及びSQVは、いずれも、エンチノスタット0.5μM存在下において、濃度依存性にHIV−1産生を抑制したが、エンチノスタットによるHIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果には影響を与えなかった。
【0067】
これらの結果から、エンチノスタットとHIV−1プロテアーゼ阻害剤との併用により、エンチノスタットによるHIV−1産生活性化による二次感染を抑制しながらHIV−1感染細胞数を減少させることにより、HIV−1感染症を根治できる可能性があると考えられた。
【0068】
(実施例3)HIV−1プロテアーゼ阻害剤とHDAC阻害剤の併用効果
実施例2では、HIV−1プロテアーゼ阻害剤で前処理した後、HIV−1プロテアーゼ阻害剤とHDAC阻害剤とを併用することにより、HIV−1産生を抑制しながら感染細胞に細胞死を誘導できることを確認した。
【0069】
本実施例では、HIV−1プロテアーゼ阻害剤とHDAC阻害剤との同時投与のみにより同様の効果が得られるかどうかについて、HIV−1プロテアーゼ阻害剤としてネルフィナビル(NFV)及びダルナビル(DRV)を用いて、エンチノスタットとの併用試験を
図5に示す実験手順に従って行った。
【0070】
HIV−1 III
B株を、in vitroで健常人由来の末梢血単核球に感染させて、ヒト末梢血単核球HIV−1慢性感染細胞モデルを作製し、HIV−1プロテアーゼ阻害剤(NFV、DRV)とHDAC阻害剤(エンチノスタット)の併用効果を検討した。
【0071】
HIV−1感染、又は偽感染(=非感染)後、11日間培養し、12日目から3日間、各濃度のHIV−1プロテアーゼ阻害剤とHDAC阻害剤の併用投与を行った。各サンプルの生細胞率は色素法で、また、HIV−1産生量はELISA法(HIV−1 p24 Antigen ELISA)で測定した。
【0072】
結果を
図6及び7に示す。
【0073】
エンチノスタットは、in vitroにおけるヒト末梢血単核球を用いたHIV−1慢性感染細胞モデルにおいて、HIV−1プロテアーゼ阻害剤であるネルフィナビルあるいはダルナビルとの同時投与により、HIV−1産生を抑制しながら感染細胞に細胞死を誘導できることが明らかとなった。
【0074】
特にダルナビルは1μMまで非感染細胞に対する毒性がなく、更にエンチノスタットによるHIV−1感染細胞特異的細胞死誘導効果にも全く影響することなく、100nM以上でエンチノスタットによるHIV−1産生増加を強力に抑制した。これらの結果から、特にダルナビルとエンチノスタットとの併用投与は、効率よくかつ安全に、エンチノスタットによる二次感染を予防しながらHIV−1感染細胞数を減らすことでHIV−1感染症を根治できる可能性があると考えられた。
【0075】
(実施例4)エンチノスタット誘導体チダミドのHIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果
図8に示す実験手順に従ってエンチノスタット誘導体チダミドのHIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果を検討した。
【0076】
HIV−1 III
B株を、in vitroで健常人由来の末梢血単核球に感染させて、ヒト末梢血単核球HIV−1慢性感染細胞モデルを作製し、各種HDAC阻害剤(エンチノスタット、チダミド)を作用させた。
【0077】
HIV−1感染、又は偽感染(=非感染)後、11日間培養し、各種濃度の各種HDAC阻害剤で処理した。各サンプルの生細胞率は色素法で、また、HIV−1産生量はELISA法(HIV−1 p24 Antigen ELISA)で測定した。
【0078】
結果を
図9に示す。
【0079】
チダミドはエンチノスタットと同様にHIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果を示した。チダミドはエンチノスタットより非感染細胞に対する毒性は低いが、感染細胞に対する細胞死誘導効果も弱かった。
【0080】
前記式(I)におけるAr
1又はAr
2がエンチノスタット、チダミドと異なる他の誘導体、例えば、Ar
2が2位にアミノ基を有しないフェニル基である誘導体ではHIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果が低下した。
【0081】
(実施例5)HIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果(CD4T)
ヒト末梢血単核球においてHIV−1が主に感染する細胞はCD4陽性Tリンパ球(CD4T)である。
【0082】
本実施例では、ヒト末梢血単核球から精製したCD4Tを用いて、HIV−1感染CD4Tに対する各種HDAC阻害剤の作用について解析を行った。
【0083】
HIV−1 III
B株を、in vitroで健常人由来のCD4Tに感染させて、CD4T HIV−1慢性感染細胞モデルを作製し、各種HDAC阻害剤(エンチノスタット、チダミド、ボリノスタット(SAHA))を作用させた。
【0084】
HIV−1感染、又は偽感染(=非感染)後、実験(1)では3日目から4日間、実験(2)では7日目から4日間、各濃度の各種HDAC阻害剤で処理した。各サンプルの生細胞率は色素法で、また、HIV−1産生量はELISA法(HIV−1 p24 Antigen ELISA)で測定した。実験手順を
図10に示す。
【0085】
実験(1)の結果を
図11に、実験(2)の結果を
図12に示す。
【0086】
末梢血単核球の結果と同様にCD4Tにおいても、エンチノスタット及びチダミドは、HIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果を示した。その効果はHIV−1感染3〜7日目の感染後早期から認められた。
【0087】
チダミドはエンチノスタットと比較して、非感染細胞に対する毒性は低いが、感染細胞に対する細胞死誘導効果も弱かった。
【0088】
一方、ボリノスタット(SAHA)はCD4Tにおいても、HIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果を示さなかった。
【0089】
以上の結果から、エンチノスタット及びチダミドは、CD4Tでは感染後早期からHIV−1感染細胞特異的な細胞死誘導効果を示すことが明らかとなった。このことは、末梢血単核球と比較してCD4TではHIV−1感染がより効率的に行われることと関連する可能性があると考えられた。
【0090】
(実施例6)HIV−1プロテアーゼ阻害剤、HIV−1逆転写酵素阻害剤又はHIV−1インテグラーゼ阻害剤とHDAC阻害剤の併用
HDAC阻害剤であるエンチノスタット及びチダミド(エンチノスタット誘導体)は、in vitroにおけるヒト末梢血単核球を用いたHIV−1慢性感染細胞モデルにおいて、感染細胞特異的に細胞死誘導することが明らかとなった。
【0091】
また、ダルナビルなどのHIV−1プロテアーゼ阻害剤との併用により、エンチノスタットにより活性化されたHIV−1産生を抑制しながら感染細胞に細胞死を誘導できることを確認した。
【0092】
本実施例では、HIV−1逆転写酵素阻害剤との併用により同様の効果が得られるかどうかについて、現在臨床において最も使用されているものの一つであるテノフォビル(TFV)を用いて
図13に示す実験手順に従ってエンチノスタットとの併用試験を行い検討した。
【0093】
結果を
図14に示す。
【0094】
in vitroにおけるヒトCD4陽性Tリンパ球(CD4T)を用いたHIV−1慢性感染細胞モデルにおいて、HIV−1プロテアーゼ阻害剤であるダルナビル(DRV)は100nMの濃度において、エンチノスタットとの同時投与により、エンチノスタットによるHIV−1産生活性化を強力に抑制しながら感染細胞に特異的に細胞死を誘導できることが明らかとなった。
【0095】
しかし、テノフォビル(TFV)はエンチノスタットによるHIV−1感染細胞特異的細胞死誘導効果には影響しないものの、1μMの濃度においても、エンチノスタット存在、非存在に関わらず、HIV−1産生を抑制することはなかった。このことから、(1)感染後7日目においてHIV−1感染CD4Tはすでに慢性感染細胞の状態であり、また(2)エンチノスタットはゲノム遺伝子にインテグレートしているHIV−1遺伝子の転写活性化させるため、HIV−1逆転写酵素阻害剤であるテノフォビルはHIV−1産生を抑制できなかったと示唆される。
【0096】
次に、HIV−1インテグラーゼ阻害剤との併用により同様の効果が得られるかどうかについて、現在臨床において最も使用されているものの一つであるドルテグラビル(DTG)を用いて
図15に示す実験手順に従ってエンチノスタットとの併用試験を行い検討した。
【0097】
結果を
図16に示す。
【0098】
in vitroにおけるヒトCD4陽性Tリンパ球(CD4T)を用いたHIV−1慢性感染細胞モデルにおいて、HIV−1インテグラーゼ阻害剤であるドルテグラビル(DTG)はエンチノスタット非存在下ではほとんど抗HIV−1効果を示さなかった。またエンチノスタット存在下では、エンチノスタットによるHIV−1感染細胞特異的細胞死誘導効果には影響しないものの、1μMの濃度においてもHIV−1産生を抑制することはなかった。このことから、(1)感染後7日目においてHIV−1感染CD4Tはすでにほとんど慢性感染細胞の状態であり、また(2)エンチノスタットはゲノム遺伝子にインテグレートしているHIV−1遺伝子の転写活性化させるため、HIV−1インテグラーゼ阻害剤であるドルテグラビル(DTG)はHIV−1産生を抑制できなかったと示唆される。
【0099】
これらの結果から、エンチノスタットによる二次感染を予防しながらHIV−1感染細胞数を減らすためにはHIV−1プロテアーゼ阻害剤など慢性感染細胞からのHIV−1産生を抑制可能な抗HIV−1薬との併用が必要であると考えられた。
【0100】
更に、HIV−1逆転写酵素阻害剤及びHIV−1インテグラーゼ阻害剤は慢性感染細胞においてエンチノスタットによって活性化されたHIV−1産生は抑制できないが、臨床においては、HDAC阻害剤であるエンチノスタット及びチダミド(エンチノスタット誘導体)に、ダルナビルなどのHIV−1プロテアーゼ阻害剤を併用するとともに、HIV−1逆転写酵素阻害剤やHIV−1インテグラーゼ阻害剤を併用することにより、より強力に二次感染を予防できると考えられる(これらの薬剤は別の非感染細胞で働く)。
【0101】
(実施例7)細胞死誘導メカニズムの解析
ヒト末梢血単核球においてHIV−1が主に感染する細胞はCD4陽性Tリンパ球(CD4T)である。
【0102】
本実施例では、ヒト末梢血単核球から精製したCD4Tを用いて、細胞死誘導メカニズムについて解析を行った。
【0103】
HIV−1 III
B株を、in vitroで健常人由来のCD4Tに感染させて、CD4T HIV−1慢性感染細胞モデルを作製し、HDAC阻害剤(エンチノスタット)を作用させた。
【0104】
HIV−1感染、又は偽感染(=非感染)後、7日目から24又は48時間、0.5μMのHDAC阻害剤(エンチノスタット)で処理した。抽出した蛋白をウェスタンブロット法で解析した。結果を
図17に示す。
【0105】
Cleaved caspase-3及びCleaved PARPの発現をそれぞれ内部コントロールであるβ-tublinの発現で補正してグラフにした。
【0106】
0.5μMのエンチノスタットで24時間処理したことにより、偽感染CD4T(Mock)及びHIV−1感染CD4T(HIV)において、アポトーシスを誘導する蛋白分解酵素であるcaspase-3の活性化型(cleaved caspase-3)の増加が認められたが、その増加はHIV−1感染CD4T(HIV)においてより顕著であった。0.5μMのエンチノスタット48時間処理では、偽感染CD4T及びHIV−1感染CD4Tにおいて、エンチノスタット処理による活性化型caspase-3の発現の増加は認められなかったが、これは細胞死による活性化型caspase-3の分解が進んだためと考えられる。
【0107】
また、活性化したcaspase群により切断されたPARP(cleaved PARP)はアポトーシスの後期ステージにおいても発現が持続する。0.5μMのエンチノスタットで偽感染CD4T及びHIV−1感染CD4Tを24時間処理すると、切断されたPARPの増加が認められた。更に、エンチノスタットで48時間処理されたHIV−1感染CD4Tでは、PARP発現が著しく増加していた。
【0108】
これらの結果から、エンチノスタットはアポトーシスを介してHIV−1感染CD4Tに特異的に細胞死を誘導していると考えられた。
【0109】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。