(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上記電界紡糸(エレクトロスピニング)技術を応用して上記フィブロインナノファイバーを得るには、ポリマー溶液に代えてフィブロイン溶液が必須になるが、フィブロインは水に不溶であるから、特定の操作によって該フィブロインを、その性質を保持したまま溶液化する必要がある。該特定の操作は、フィブロインを臭化リチウム等の中性塩水溶液や銅エチレンジアミン等の錯塩水溶液などのような塩水溶液に溶解し、その後、透析により脱塩するという、化学的操作を伴う処理、言わば化学的解繊処理である。そして、該化学的解繊処理では高濃度の塩水溶液の使用が必須であり、多量の塩を含む溶液を透析し、脱塩する作業は、非常に煩雑で手間を要するものになるという問題があった。
本発明は、このような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的とするところは、製造の簡易化を図ることができるフィブロインナノファイバー及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載のフィブロインナノファイバーの製造方法の発明は、フィブロインを含有する組成物を湿式粉砕処理で物理的に解繊して、分子配列助剤が添加されたフィブロインスラリーを得る工程と、上記分子配列助剤が添加された上記フィブロインスラリーからエレクトロスピニング法によってナノファイバーを紡糸する工程と、を備えることを要旨とする。
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のフィブロインナノファイバーの製造方法の発明において、上記分子配列助剤として、増粘剤を使用することを要旨とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1又は請求項2に記載のフィブロインナノファイバーの製造方法の発明において、上記湿式粉砕処理では、250MPa以下の圧力で上記組成物を物理的に解繊することを要旨とする。
請求項4に記載のフィブロインナノファイバーの発明は、請求項1から請求項3のうち何れか一項に記載の製造方法によって得られることを要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
[作用]
本発明の製造方法は、フィブロインを含有する組成物を湿式粉砕処理で物理的に解繊して得られたフィブロインスラリーを用いて、エレクトロスピニング法でナノファイバーを紡糸することを特徴とする。すなわち、一般に、フィブロインは、親水性のヒロキシメチル基やアルデヒド基を内側に、疎水性のアルキル基を外側に向けて分子同士が凝集した状態となっており、このため、該フィブロインの外側に水の分子が付加することができず、水に溶けない。しかし、湿式粉砕処理で物理的に解繊されたフィブロインは、高圧水流により内側に水が浸入することで凝集が解かれ、部分的に水和状態となるので、フィブロイン分子をナノファイバー中に配列するための分子配列助剤による助長も相俟って、エレクトロスピニング法での紡糸が可能なフィブロインスラリーが得られる。従って、フィブロインを含有する組成物を湿式粉砕処理で物理的に解繊するという容易な操作で、エレクトロスピニング法での使用が可能なフィブロインスラリーを得ることが可能であり、化学的解繊処理でフィブロイン溶液を得る操作と比べて、製造の簡易化を図ることができる。
また、上記分子配列助剤として増粘剤を使用することにより、上記フィブロインの再度の凝集を抑制しつつ、ナノファイバーを好適に紡糸することができる。
また、フィブロインは、上記湿式粉砕処理において250MPa以下の圧力で物理的に解繊されることにより、その性質を保持したまま良好に部分的水和状態とすることができる。
【0007】
[効果]
本発明によれば、製造の簡易化を図ることができるフィブロインナノファイバー及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を具体化した一実施形態について説明する。
[概要]
本発明のフィブロインナノファイバーは、フィブロインスラリーを製造する工程と、該フィブロインスラリーからナノファイバーを紡糸する工程と、を経て製造される。
上記フィブロインスラリーを製造する工程においては、フィブロインを含有する組成物が湿式粉砕処理で物理的に解繊され、更に分子配列助剤が添加されることで、フィブロインスラリーが製造される。
上記ナノファイバーを紡糸する工程においては、エレクトロスピニング装置を用いたエレクトロスピニング法により、上記フィブロインスラリーからフィブロインナノファイバーが紡糸される。
【0010】
[フィブロインスラリーを製造する工程]
〔組成物〕
上記フィブロインスラリーを製造する工程で使用される上記組成物は、フィブロインを含むものであれば特に限定されず、具体例として、衣服、毛織物、毛編物等のシルク製又はシルク含有繊維製品の他、フィブロインを含む食料品や化粧品や医薬品などといった製品、あるいは、フィブロイン溶液、あるいは、該フィブロイン溶液の乾燥、該製品や蚕繭等の粉砕により得られたフィブロイン粉末などが挙げられる。
【0011】
〔湿式粉砕処理〕
上記フィブロインスラリーを製造する工程において、上記湿式粉砕処理は、フィブロインを液体である分散媒中に分散させたうえで、該分散媒中で該フィブロインを粒状に粉砕して物理的に解繊する処理である。上記湿式粉砕処理の具体例としては、湿式ボールミル、湿式ビーズミル、湿式ジェットミルなどが挙げられる。これらの中でも湿式ジェットミルは、フィブロインを非常に細かな粒径になるまで粉砕することが可能であり、ビーズやボールから発生する不純物の混入(コンタミネーション)が無く、本発明の湿式粉砕処理として好ましい。
上記湿式ジェットミルは、分散媒に圧力を掛けることで高圧水流を発生させ、該高圧水流を利用して粉砕を行うものであり、該高圧水流を壁やボール等に衝突させる方式、高圧水流に変化をつけて内部にキャビテーションを起こす方式、高圧水流を2つ以上に分流して互いの高圧水流を衝突させる方式のものがある。これらの方式の中でも特に2つ以上の高圧水流を衝突させる方式のものは、上記分散媒の上記フィブロインへの浸透性を高めることができるとともに、塵や埃等の異物が入りにくく、該異物による汚染(コンタミネーション)が生じにくいため、本発明の湿式粉砕処理としてより好ましい。
【0012】
〔フィブロインスラリー〕
本発明のフィブロインスラリーは、部分的に水和状態となっているフィブロインが分散媒中に分散して為るものである。
上記フィブロインは、繊維状のタンパク質の一種であり、カイコ(蚕)等の昆虫やクモ類の糸の主要成分である。該フィブロインは、一般的な繊維製品に利用されており、また、食料品や化粧品や医薬品、更には医療品でも利用されており、様々な製品に利用可能である。
上記フィブロインスラリーに使用される分散媒としては、親水性を有するものであれば何れを用いてもよいが、人体に対して無害であり、入手が容易であるという観点から、主として水が用いられる。分散媒として水の他に、エチルアルコールやメチルアルコールやプロパノール等のアルコール類、酢酸、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、アセトン、テトラヒドロフランなどの極性溶媒を用いてもよい。
【0013】
更に、上記フィブロインスラリーには、上記フィブロインナノファイバーの紡糸時において、糸の形態への成形性を助長し、フィブロイン分子をナノファイバー中に配列するため、分子配列助剤が添加される。該分子配列助剤には、糸の形態への成形性を助長し、フィブロイン分子をナノファイバー中に配列することが可能であり、エレクトロスピニング装置での使用時に糸を引く性質(曳糸性)を有するものが使用される。
また、該分子配列助剤には、該フィブロインスラリー中における上記フィブロインの部分的な水和状態を助長することができるもの、即ち、該フィブロインで水和する部位となる親水基と結びつくことが可能な官能基を有する、あるいは極性分子からなるものを使用することが好ましい。
このような分子配列助剤には、曳糸性を発現可能な程度の粘性率と弾性率とを有する増粘剤を使用することが好ましい。該増粘剤には、一般的に使用されているものであれば、固体、液体等に係わらず何れも使用可能であるが、人体に対する有害性が低く、更にフィブロインの親水基と結びつくことが可能な官能基である親水基を有するという観点から、水溶性高分子を使用することが好ましい。該水溶性高分子としては、グアガム、カラギーナン、アルギン酸ナトリウム、コラーゲン、デキストリン、キサンタンガム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸ナトリウム等の天然高分子、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等の半合成高分子、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルアルコール、カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン等の合成高分子が挙げられる。これらの中でも、合成高分子であるポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレングリコール(PEG)は、エステル・エーテル型の非イオン界面活性剤としても利用されることからフィブロインの疎水基とも馴染みやすく、また分散剤として優れており、更に非常に高い浸透圧に耐え、生体物質との特異的相互作用もないという観点から、分子配列助剤としてより好ましい。
上記分子配列助剤の添加量は、上記フィブロインの部分的な水和状態を安定させるとともに、取り扱いを好適なものにするという観点から、該フィブロイン100gに対して、好ましくは0.01〜100gであり、より好ましくは0.1〜50gである。
【0014】
〔フィブロインスラリーの製造〕
上記フィブロインスラリーは、例えば以下のような段階を経て製造される。
まず、湿式粉砕処理の前処理の段階では、湿式ボールミル装置や湿式ビーズミル装置を使用し、フィブロインを含有する組成物を、所定程度以下の粒径になるまで粗く粉砕する。この前処理段階では、湿式粉砕処理のしやすさを考慮して、該組成物の粒径を20μm以下にすることが好ましい。その後、分散媒として水(純水)を使用し、該水中に粗く粉砕した該組成物を投入して、分散させる。なお、この前処理の段階では、組成物中のフィブロインは、水に溶けておらず、いわば懸濁状態となっており、静置すれば時間の経過によって水中で沈殿する。
次に、湿式ジェットミル装置を使用し、フィブロインが部分的に水和状態となるまで、湿式粉砕処理が複数の段階に分けて行われる。該湿式ジェットミル装置を使用する場合には、作業効率を考慮して、各段階で高圧水流の圧力を適宜設定し、段階が進むに従って高圧になるように調整することで、フィブロインを段階的に微細な粒子となるように粉砕することが好ましい。そして、最後の段階を経たフィブロインが、分散媒である水に対して部分的な水和状態となり、部分溶解することで、フィブロインスラリーが得られる。なお、湿式ジェットミル装置を使用する場合、作業性等と粉砕処理によるフィブロインへのダメージを考慮し、高圧水流の圧力は所望に応じて250MPa以下に調整することが好ましく、5〜100MPaに調整することがより好ましく、またパス回数は必要に応じて適宜設定することが好ましい。
上記分子配列助剤の添加は、前処理の前、前処理中、前処理の後(湿式粉砕処理の前)、湿式粉砕処理中、又は湿式粉砕処理の後の何れで行ってもよいが、湿式粉砕処理中におけるフィブロインの再凝集を抑制するという観点から、前処理の前から湿式粉砕処理中までの何れかで添加することが好ましい。
上記湿式粉砕処理は、上記フィブロインを部分的水和状態になるまで物理的に解繊するという観点から、該フィブロインが部分的水和状態になる目安として平均粒径で好ましくは10μm以下、より好ましくは8μm以下、さらに好ましくは長径5μm以下で短径1μm以下になるまで行う。また通常、物理的解繊によるフィブロインへのダメージを軽減するという観点から、上記湿式粉砕処理では、フィブロインの平均粒径を0.01μm以上とすることが好ましい。加えて、湿式ジェットミル装置を使用して上記湿式粉砕処理を行う場合は、フィブロインが部分的水和状態になる目安として、最後の段階における高圧水流の圧力を100MPa以上で250MPa以下とすることが好ましい。前記平均粒径を超える粒子が多数を占める場合、あるいは前記圧力に満たない圧力で処理した場合、フィブロイン粒子の表面が部分的水和状態になっても、粒子が大きすぎてスラリーが分散媒から分離してしまう可能性が高くなるので、安定性、取り扱い性が悪くなるおそれがある。
【0015】
〔フィブロインスラリーに関する考察〕
本発明におけるフィブロインスラリーについて、湿式粉砕処理によるフィブロインの物理的な解繊のみで、水に不溶なフィブロインが部分的に水和状態となる理由について、現時点で詳細は不明であるが、推論を述べる。
フィブロインの場合、蛋白質分子のペプチド結合による主鎖に対し、ヒドロキシメチル基等の親水基は、片側にだけ櫛型に結合している。また、フィブロインは、その親水基によって分子間で水素結合を形成し、凝集する性質を有している。このため、通常、フィブロインの蛋白質分子は、アルキル基等の疎水基を外側に向けて凝集しており、その結果、フィブロインは、水等の極性溶媒に対して不溶となる。
一方、上記フィブロインに湿式粉砕処理を施して物理的に解繊するとは、つまり蛋白質分子間の水素結合を切断して該フィブロインを細かく砕いているのであり、該フィブロインが細かな粒子となる何れかの時点で、砕かれた際に発生した破断面に親水基が露出する。通常であれば、破断面に露出した親水基は速やかに他の分子との間に水素結合を形成し、フィブロインは再び凝集してしまう。
しかし、湿式粉砕処理の場合、蛋白質の内側に極性溶媒(水)が浸透し、該極性溶媒(水)が分子間に浸入して水素結合を切断するとともに、該極性溶媒(水)の分子が親水基と一時的に水素結合を形成してフィブロインの再凝集を阻害することで、フィブロインの部分的な水和(部分溶解)が発生すると考える。特に、分子配列助剤としてPEOやPEGを該極性溶媒(水)に添加した場合、該PEOや該PEGが高い浸透圧に耐えて蛋白質の内側に浸入し、界面活性機能によって疎水基とも馴染むことで、フィブロインの再凝集が顕著に阻害され、フィブロインの部分的な水和状態(部分溶解状態)が好適に保持されると考えられる。
なお、電子顕微鏡等を使用することで、フィブロインが部分的に水和状態となって部分溶解していることは確認できるが、湿式粉砕処理時の高圧水流による水素結合の切断と、該切断による破断面の親水基及び水分子の水素結合の形成とについては、本発明の完成時点で確認の手段がない。
【0016】
[フィブロインナノファイバーを紡糸する工程]
上記フィブロインナノファイバーを紡糸する工程において、エレクトロスピニング法による紡糸は、エレクトロスピニング装置を用いて行われる。
概略的に、エレクトロスピニング法とは、ノズル内の液体に高電圧を加えることにより、直径が数nm(ナノメートル)のナノファイバーを生成する技術である。
本発明において利用可能なエレクトロスピニング装置は、特別の仕様の装置である必要はなく、従来公知の装置、例えば、高圧電源、貯蔵タンク、陽極に接する紡糸口、及びアースされたコレクターから構成されているものを用いればよい。
フィブロインナノファイバーを紡糸する際には、上記フィブロインスラリーを貯蔵タンクに入れ、既知の操作でエレクトロスピニング法に従い、紡糸を行う。そして、紡糸口に電圧を印加することで生じる静電力がフィブロインスラリーの表面張力を超えたとき、該フィブロインスラリーがコレクターに向かって噴射される。該噴射の際、上記分子配列助剤は、糸を引く性質(曳糸性)を発現することにより、糸状となる。部分的に水和状態となったフィブロインは、該分子配列助剤によって形成された糸の内部に納まるように配設されることで、フィブロインナノファイバーを形成し、前記コレクター上に積層される。
上記エレクトロスピニング法において、フィブロインナノファイバーを好適に紡糸するという観点から、例えば、紡糸口とコレクターとの距離を15cmとして、紡糸口に印加する電圧は20〜100kVが好ましく、20〜50kVがより好ましく、また相対湿度は、25℃以上で35%が好ましい。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を更に具体化した実施例について説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
〔フィブロインスラリーの調製〕
(実施例1)
原料にフィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「シルクパウダーCN」)を用い、該フィブロイン粉末10gを、分散媒である100cm
3の水中に投入し、フィブロイン粉末の懸濁液を得た。
次に、上記懸濁液に、分子配列助剤としてポリエチレンオキシド(PEO)(シグマアルドリッチ社製、分子量:900,000)を、フィブロインと質量比が同じ(フィブロイン:PEO=5:5)になるように、10g添加した(水100cm
3に対してフィブロイン粉末10g+PEO10g)。
次いで、湿式ジェットミル装置(常光社製、型式名:ナノジェットパルJN20)を用い、4段階に分けて湿式粉砕処理を施し、フィブロインを物理的に解繊してフィブロインスラリーを得た。
湿式粉砕処理において高圧水流の圧力は、第1段階で7MPa、第2段階で38MPa、第3段階で88MPa、第4段階で140MPaとし、パス回数は各段階で3回ずつとした。
(実施例2)
分子配列助剤であるポリエチレンオキシド(PEO)の添加量を2.5gに変更した(水100cm
3に対してフィブロイン粉末10g+PEO2.5g、質量比でフィブロイン:PEO=8:2)他は、上記実施例1と同様にして、フィブロインスラリーを得た。
(比較例1)
分子配列助剤を添加しなかった(水100cm
3に対してフィブロイン粉末10gのみ)他は、上記実施例1と同様にして、フィブロインスラリーを得た。
【0018】
〔フィブロインスラリーの観察〕
上記比較例1について、電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型色名:SU1510)を用い、上記湿式粉砕処理前のフィブロイン粉末と、上記湿式ジェットミル装置を用いた湿式粉砕処理の第1段階後、第2段階後、第3段階後、及び第4段階後のフィブロインの状態を観察した。
なお、観察には、それぞれの段階にある懸濁液又はフィブロインスラリーを一部採取し、10倍希釈した後、アルミホイル上にキャストして乾燥したものを使用した。
フィブロイン粉末のSEM写真を
図1、湿式粉砕処理の第1段階後のSEM写真を
図2、湿式粉砕処理の第2段階後のSEM写真を
図3、湿式粉砕処理の第3段階後のSEM写真を
図4、湿式粉砕処理の第4段階後のSEM写真を
図5に示す。
【0019】
〔フィブロインスラリーについての観察結果〕
図1に示したように、原料のフィブロイン粉末は、輪郭の形状が明確であり、全く水和していないことが判る。
図2に示したように、湿式粉砕処理の第1段階後のフィブロインは、原料に比べて表面の凹凸が若干無くなっていることが判る。
図3に示したように、湿式粉砕処理の第2段階後のフィブロインは、第1段階後のものに比べて小径化しており、さらに表面が滑らかになっていることが判る。
図4に示したように、湿式粉砕処理の第3段階後のフィブロインは、図中に丸で囲った部分のように粒子の形状は残っているものの、粒子表面が水和しており、周囲の粒子同士が相互に混ざり合うことで癒着していることが判る。
図5に示したように、湿式粉砕処理の第4段階後のフィブロインは、粒子表面の水和が第3段階後よりも更に進行しており、周囲の粒子同士で水和部分が相互に混ざり合いながら、粒子同士が凝集癒着してフィルム化していることが判る。そして、この状態のフィブロインは、粒子表面が完全に水和し、粒子の輪郭が不明瞭になっていることが判る。
また、上記比較例1について、湿式粉砕処理前の懸濁液、湿式粉砕処理の第4段階後のフィブロインスラリーをそれぞれ、1000mm
3ずつビーカーに採取し、12時間静置した後、その状態を目視により観察した。
その結果、懸濁液については、全てのフィブロイン粉末が沈殿し、水と完全に分離した。フィブロインスラリーについては、沈殿が生じず、液全体がコロイド状のまま維持されていた。よって、フィブロインスラリー中のフィブロインは、部分的に水和状態となり、水に部分溶解していることが示された。
【0020】
〔フィブロインナノファイバーの紡糸〕
エレクトロスピニング装置(MECC社製、型式名:NF−103)を用い、紡糸口とコレクターとの距離:15cm、印加電圧:37〜39kV、相対湿度:30%以下(30℃)の条件で、上記実施例1、上記実施例2及び上記比較例1の各フィブロインスラリーからフィブロインナノファイバーをシート状に紡糸した。
その結果、上記実施例1及び上記実施例2の各フィブロインスラリーからはフィブロインナノファイバーを紡糸することが出来た。
しかし、上記比較例1のフィブロインスラリーからはフィブロインナノファイバーを紡糸することが出来なかった。これは、比較例1のフィブロインスラリー中でフィブロインは部分溶解しているものの、分子配列助剤を添加しなかったため、水の蒸発過程で糸状をなすことなくフィブロインの凝集が発生したためと考えられる。
【0021】
〔フィブロインナノファイバーの観察〕
上記実施例1及び上記実施例2の各フィブロインスラリーから得られたフィブロインナノファイバーについて、電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型色名:SU1510)を用いて観察した。
結果を、実施例1については、
図6(a)〜(c)に示し、実施例2については、
図7(a)〜(c)に示す。なお、
図6及び
図7のそれぞれにおいて、倍率は(a)が×1.00k、(b)が×5.00k、(c)が×10.0kである。
【0022】
〔フィブロインナノファイバーの観察結果1〕
図6(a)〜(c)に示したように、フィブロイン:PEO=5:5では、フィブロイン粒子が好適に水和し、ナノファイバー中に分散することで、良好なナノファイバー化が可能であることが示された。該ナノファイバーは、繊維径が400〜500nmであった。なお、一部のナノファイバー中で太さ斑が散見されたが、これはフィブロインスラリーがナノファイバー化するまで細線化した後、水の蒸発過程でフィブロインの凝集が発生したために生じたものと考えられる。
図7(a)〜(c)に示したように、フィブロイン:PEO=8:2でもまた、ナノファイバー化が可能であることが示された。但し、実施例1のものに比べ、繊維中での太さ斑が頻出しており、また長径2μm×短径1μm程度の未溶解のフィブロイン粒子が多数散見された。これは、実施例1に比べてPEOが少量である分、フィブロインの凝集が多く発生したためと考えられる。
【0023】
〔フィブロインナノファイバーの観察結果2〕
上記実施例1のフィブロインスラリーから得られたフィブロインナノファイバーについて、電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、型色名:SU1510)及びアメテック社製EDXを用い、元素マッピングを行った。その結果を
図8(a)〜(d)に示す。なお、(a)はSEM写真、(b)は炭素マッピング写真、(c)は窒素マッピング写真、(d)は酸素マッピング写真である。
図8(a)〜(d)の写真から、フィブロイン及びPEOの両方に存在する炭素及び酸素は勿論、フィブロインのみに存在する窒素がナノファイバー中によく検出されていることから、ナノファイバーの繊維内部にフィブロインが含有されていることが示された。よって、フィブロインを湿式粉砕処理して部分水和(部分溶解)状態とし、分子配列助剤を添加して得られたフィブロインスラリーを使用したエレクトロスピニング法でも、フィブロインナノファイバーを紡糸出来ることが示された。