(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0020】
トルクコンバータ用プレート部品に代表される窒化プレート部品は、回転軸に対して垂直に配置される結果、プレートのせん断面の面外に応力を受けるが、せん断端面でなく、せん断端面近傍の内部から疲労き裂が発生する。本発明は、この疲労き裂の発生位置に着目し、疲労強度との関係を調査し、窒化部品の窒素含有量、部品の平均化学組成を限定しており、以下では、その限定理由を説明する。
【0021】
1.1 窒化部分の窒素含有量
まず、窒素含有量を着目するに至った経緯と、窒素含有量の限定理由について説明する。ここで本発明における窒素含有量とは、EPMA(Electron Probe Micro Analy
zer)装置で測定されたものであり、Wフィラメントより照射された電子線の反射したKα線から同定した値を採用している。なお、窒素の測定方法は他にガス分析などが挙げられるが、空間分解能に乏しいため、測定方法として好ましくない。
【0022】
また、窒素は、表面の油等の汚れが電子線により分解することで発生するため、被測定品の表面仕上げが重要である。表面仕上げの方法としては、測定面を切断し、エメリー紙およびアルミナ等の微粒子で鏡面仕上げを行った後、ナイタール等による腐食を行わず、アセトンやエタノール等の液体中で超音波洗浄をし、ブロワー等で乾燥させた後、少なくとも24時間以上はシリカゲルを含んだ密閉容器で乾燥させた後に測定を行う必要がある。なお、密閉容器はロータリーポンプ等につなぎこみ、10
−3Torr程度まで真空度を高めることが好ましい。
【0023】
ガス軟窒化処理は後述する雰囲気に調整された密閉炉内で処理を行うため、炉内雰囲気と接触した面は均一に窒化がなされる。そのため、窒素含有量の測定箇所は窒化プレート部品の任意の箇所のせん断端面を選定し、せん断端面からプレート部品内部に向けて垂直な方向に切断を行ってよく、その切断面を上記した方法で表面仕上げを行い、窒素含有量を測定すればよい。ただし、せん断端面以外の表面も窒化がされているため、その影響を受けない位置として、せん断端面方向の測定位置は板厚中心から±0.1mm以内の範囲の線上に沿って、0.001mm以上、0.005mm以下の間隔で窒素含有量を測定すればよい。
【0024】
ここで、窒素含有量は部品の任意のせん断端面を選定してよいが、測定ばらつきを考慮し、少なくとも、3箇所以上の測定を行い、最大で5箇所の測定を行えば十分である。なお、事前に疲労試験を行い、疲労き裂が発生する位置を測定箇所として含ませることが好ましい。
【0025】
上記した測定方法で得られた窒素含有量の線上データから、後述する理由で、せん断端面からせん断端面法線方向への距離が0.05mm以上、0.10mm以下の範囲で、区間積分を行って得られた窒素含有量の総量を、その区間の測定点数で除した値を、その部品箇所の窒素平均含有量とし、窒化プレート部品の窒素平均含有量と定義する。
【0026】
せん断端面から窒化プレート部品内部に向けて、せん断端面法線方向への距離が、0.015mm以上、0.200mm以下の最低窒素含有量とは、次のように測定された値と定義する。すなわち、せん断端面以外の表面からの窒素侵入の影響を受けない位置として、板厚中心から±0.1mm以内の範囲のせん断端面を原点として、せん断端面法線方向にプレート部品内部側に、0.001mm以上、0.005mm以下の間隔で測定された窒素含有量の線上データにおいて、ある測定点とその両隣接点を含んだ3点の平均値を求める。その平均値が0.015mm以上、0.200mm以下の範囲で最も低い値のことを最低窒素含有量と呼ぶ。
【0027】
ここで、この最低窒素含有量を測定する場合、せん断端面からプレート部品内部に向けて、せん断端面法線方向への距離が0.015mm未満では窒化化合物層が形成した領域であるため測定の範囲から除外する必要がある。この最低窒素含有量を測定するためのサンプルは、窒素含有量は部品の任意のせん断端面を選定してよい。また、最低窒素含有量を測定するためのサンプルは、せん断端面からせん断端面法線方向への距離が0.05mm以上、0.10mm以下の範囲の窒素平均含有量を測定したものと同じものを用いてもよい。しかし、測定ばらつきを考慮し、少なくとも、3箇所以上の測定を行う必要があり、最大で5箇所の測定を行えば十分である。本発明では、以上の方法で測定された各箇所の最低窒素含有量の平均値を、せん断端面からプレート部品内部に向けて、せん断端面法線方向への距離が、0.015mm以上、0.200mm以下の最低窒素含有量と定義する。
【0028】
また、せん断端面から少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部の窒素含有量は、ガス軟窒化処理による窒素侵入がない領域として次のような測定方法で求めればよい。すなわち、窒化プレート部品の任意のせん断端面において、せん断端面から法線方向に少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部を原点とし、原点から板厚中心線に沿って1mm離れた位置までの区間を0.001mm以上、0.005mm以下などの任意の間隔で窒素含有量を線上測定し、その区間の窒素含有量の平均値を求める。その平均値の測定を、窒化プレート部品の任意のせん断端面3箇所について実施し、その平均値を求め、この平均値をせん断端面から少なくとも5mm以上離れた位置板厚方向中心部の窒素含有量とする。なお、測定箇所は3箇所以上測定しても良いが、最大でも5箇所を測定すれば十分に、測定ばらつきを無視できる精度となる。
【0029】
ガス軟窒化による窒素の最大侵入深さは最大でも0.6mmであるため、板厚が1.2mm未満の窒化プレート部品では、表裏面から侵入した窒素の影響が生まれ得る。板厚中心部では鋼板製造段階での偏析が多く、窒化プレート部品のせん断端面を面外変形させ、脆性的に破壊させたときのき裂の起点になる。そのため、せん断端面から少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部の窒素含有量は、本発明の目的とする疲労には影響を及ぼさないが、窒化プレート部品の基本的要件として、後述のごとく範囲を規定した。なお、本発明は上記の厚さに限定されるものではなく、板厚が1.2mm以下であっても、せん断面から少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部の窒素含有量が質量にて、0.0007%以上、0.0300%以下であれば、窒化の影響は小さいものとして、本発明の「窒化処理による窒素侵入がない領域の窒素含有量」に該当するものとする。また後述のように、鋼材の成分の取鍋分析値と前記EPMA分析値がほぼ同じ値であることから、鋼材の成分の取鍋分析値を用いてもよい。またJIS G1258の発光分光文分析方法を用いることも可能である。尚、窒化プレート部品の板厚を特に限定する必要はないが、板厚範囲を1.0mm以上8.0mm以下としてもよい。必要に応じて、板厚の下限を1.2mm又は1.5mmとしてもよい。板厚の上限を6.0mm、5.0mm又は3.8mmとしてもよい。
【0030】
なお、ガス軟窒化処理は炉体内で、複数の同一部品を処理することが多く、炉内でのガス滞留などの雰囲気の影響を受けることが想定される場合は、炉内に最外位置に配置された部品と、中央に配置された部品からそれぞれ1つ以上を抽出し、上記した窒化プレート部品の窒素含有量を測定し、抽出した全ての窒化プレート部品で目的の値に達するか否かを判定すればよい。本発明において、単に窒素平均含有量という言葉を使った場合は、上記した窒化プレート部品の窒素平均含有量のことを指す。
【0031】
ここで参考として、R形状を持った部品の測定部位の例を
図1、
図2に示した。
図1は、R形状を有する窒化プレート部品のR部の拡大写真、
図2は、
図1に記載される切断部分の切断面の拡大写真である。
図1のごとく、R部のせん断端面その稜線の法線方向に切断を行い、その断面(
図2に示す切断面)の板厚中心±0.1mmの範囲で、せん断端面を0点としてプレート内部方向に深さで0.05mm以上、0.10mm以下の範囲で窒素平均含有量を測定し、0.015mm以上、0.200mm以下の範囲の最低窒素含有量を測定すればよい。なお、
図2の断面写真は、見易いようにナイタール腐食を行っているが、EPMAでの測定の際は、前述の通り腐食を行っていけない。また、
図2中、全表層で観察される白色の部位は、窒化化合物層であり、測定範囲から除外される。
【0032】
疲労強度は以下の通りの方法で評価を実施し、合否の判定を行った。すなわち、例えばトルクコンバータ等に用いるプレート部品は、動力伝達の役割を果たす際に、回転軸に垂直に配置されるため、プレート面内にトルクがかけられる。このときにプレートせん断端面に最も高い応力が負荷される。このような、負荷状態を再現することを目的として、
図3に示した試験片を用いて、面外変形を模擬した疲労試験を実施した。プレス工程での板厚クリアランス管理値は一般的に15%であるが、金型の損耗や、軸ズレ等の影響で劣位なせん断端面性状となることを想定して、板厚クリアランスを20%としてせん断加工を施したものである。ここで、せん断加工におけるクリアランスとは、せん断加工時のポンチまたは刃とダイスとの隙間のことを指す。また、板厚クリアランスとは、このクリアランスを板厚で除した値のことである。
【0033】
また、疲労試験は、周波数25Hz、応力比―1とし繰返し負荷を与えることにより行い、SN曲線から10
7回の応力振幅を求めた。そして、一般的には10
7回の疲労振幅を疲労限度と言う場合もあるが、本発明においては疲労強度と言うこととした。応力値は、
図3中の「ひずみゲージ付与」の位置に、R部の接線に平行になるようにひずみゲージを添付し、測定された値を採用した。また、せん断端面から疲労き裂発生位置まで距離は、疲労強度よりも20MPa高い応力振幅を負荷し、疲労破断させることで得られた疲労破面を走査電子顕微鏡(SEM)により観察することで測定された値であり、疲労き裂発生位置からせん断端面に対する法線方向の距離のことを指す。
【0034】
なお、疲労き裂の発生位置を測定するための疲労破壊試験条件は、破断繰返し数が10
5回以上となる応力振幅であれば、どのような応力振幅値を選定してもよい。破断繰返し数が10
5回以上となる応力振幅では、降伏応力以下であるため、疲労試験中に被試験体の形状が変化せず、応力振幅によって疲労き裂の発生位置が変わらないためである。
【0035】
本発明の目的とするところは、浸炭処理材同等以上の疲労強度を発現させることである。そこでまず、目標となる浸炭処理プレート基準部品の疲労強度を求める。表1中のBaseと記載した成分を用いて、表2に記載した製造方法で作成したプレス品を、カーボンポテンシャルで0.8〜0.9質量%の範囲に雰囲気を調整し、910℃の温度で270分の保持をした後、油冷却を施すことで浸炭プレート基準部品を製造したところ、疲労強度が517MPaであった。以後、この値を閾値に用いて疲労強度の合否を決定した。
【0039】
さらに、表3の試験番号1〜22は、表1のTry1〜11の成分(鋼材の成分の取鍋分析値)を用いて表2に記載の製造方法で試作した窒化プレート部品であり、これらの疲労試験結果を前記浸炭プレート基準部品の疲労強度と比較していく。なお、試験番号12、13、17、21を除いて、各鋼板コイルを開いた際に、巾方向に波打った形状の箇所だったため、せん断加工を実施するのが困難であった。そのため、コイルを巻き開いた後、所定の塑性ひずみ量となる曲げ・曲げ戻しの矯正加工を施し、窒化プレート部品を試作した。この工程は、後述の様に、せん断端面からせん断端面法線方向への距離が0.015mm以上、0.200mm以下の範囲の最低窒素含有量であるN
**、せん断端面からせん断端面法線方向への距離が0.05mm以上、0.10mm以下の範囲の窒素平均含有量であるN
*と密接な関係を持つ。以下では、まずN
*とN
**を要件として扱うに至った経緯と限定理由について述べて、その後、N
*とN
**と製造方法との関係を述べる。
【0040】
なお、表1中の「N」含有量は、鋳片またはスラブに含まれる量を示す。また、各例において、残部は鉄および未分析の不純物である。また、表2、表3中、「FT」は熱延仕上圧延出側温度(℃)を、「t1」は熱延仕上圧延終了後から冷却開始までの時間(秒)を、「CT」は冷却停止温度(℃)を、「t2」は熱延仕上圧延終了から冷却終了(冷却停止)に至るまでの時間(秒)を、「d」は疲労き裂発生深さ(mm)を、それぞれ示す。
【0041】
発明者の検討の結果、せん断端面から疲労き裂発生位置までの距離(以後、単に疲労き裂発生位置と呼ぶ)が0.200mm以上の場合に、窒化プレート部品の疲労強度が浸炭プレート部品を超える場合が認められた。これは疲労き裂発生位置が深くなることで、負荷応力が低減することで、疲労強度が満足したものと考えられる。窒化プレート部品においては窒素が転位に固着することで、疲労き裂発生限界応力を高める。したがってき裂発生位置を0.200mm超とするために、0.200mm以下での窒素量を調整することで解決できないか検討した。
【0042】
せん断端面からせん断端面法線方向への距離が0.200mm以下の範囲の窒素含有量の最低値N
**と疲労き裂発生位置との関係を
図4に示す。
図4の×のプロットは疲労強度が浸炭処理プレート基準部品未満であったもの、○は浸炭処理プレート基準部品以上であったものを表す。
図4によれば、疲労き裂発生位置はN
**によって一義的に決まり、その値を質量で0.0600%以上とすれば、疲労き裂発生位置が0.200mm以上へ制御できることが判明、N
**を質量で0.0600%以上とすることは疲労強度を満たすための要件のひとつであることが分かった。
【0043】
さらに疲労強度を満足するための要件を検討した。窒化プレート部品では、せん断端面近傍の内部から疲労き裂が発生する。内部で疲労き裂が発生する場合は、発生してから自由表面に伝播して初めて疲労き裂が発生したことを確認できる。そのため、疲労き裂の伝播抵抗も、疲労強度に影響を及ぼしている可能性がある。そこで発明者は、せん断端面内のごく近傍、即ちせん断端面からせん断端面法線方向への距離が0.05mm以上、0.10mm以下の範囲の窒素平均含有量であるN
*をある限定範囲に制御することで、疲労強度を改善できるのではないか、と検討した。
【0045】
N
**を満たしながらも疲労強度に差が生じたものについて、せん断端面から疲労き裂発生位置までの範囲で疲労破面のSEM観察を実施した。SEM観察には、疲労強度を満足した中で最も疲労強度が高い試験番号6と、N
**を満足したが、わずかに疲労強度を満たさなかった試験番号20、および疲労強度が530MPaの試験番号4の窒化プレート部品を選定した。なお、疲労破断試験はそれぞれ、次の条件で行った。試験番号6で試作した窒化プレート部品については、応力振幅σaで583MPaを負荷し、1.73×10
6回で疲労破断させた。また、試験番号20で試作した窒化プレート部品については、応力振幅σaで534MPaを負荷し、2.65×10
5回で疲労破断させたものであり、試験番号4で試作した窒化プレート部品については、応力振幅σaで552MPaを負荷し、8.13×10
5回で疲労破断させたものである。
【0046】
観察結果を
図5に示した。疲労き裂発生位置では、いずれもストライエーションを持った典型的な疲労破面が観察された。ところが、せん断端面から0.05mm未満では脆性的な破面形態を呈しており、いずれの試験体でも同様である。この脆性的な疲労破面は、試験番号6ではせん断端面から0.05mm未満範囲でのみ確認され、疲労強度が僅かに満足しなかった試験番号20では、0.10mmをわずかに超えた範囲まで及んでいる。また、疲労強度が試験番号6と20の中間にあたる試験番号4では、おおよそ0.075mmの位置から脆性的な疲労破面が観察された。この観察結果から、脆性的な疲労き裂伝播によって、疲労強度が決められており、特に、脆性的な疲労き裂伝播領域が0.10mmを超えない範囲に抑制することで、疲労強度を満足する可能性があると考えられる。なお、0.05mm未満の範囲では、疲労強度を満足しようがしまいが、脆性的な疲労破面が認められるため、疲労強度を満足する因子とはなり得ない。
【0047】
疲労き裂伝播過程においても窒素は抵抗力の役割をなすと考えられる。そこで、この領域、即ち0.05mm以上、0.10mm以下の平均的な疲労き裂伝播抵抗力と疲労強度との関係を明らかにすることを目的に、N
*と疲労強度の関係を調査した。
【0048】
その結果を
図6に示す。
図6においては、N
**が、N
**に係る本発明の請求の範囲である0.0600%以上の要件を満たさないものを▲、N
**が前記要件を満たしながらも疲労強度が満足しなかったものを×、N
**が前記要件を満たし疲労強度を満足したものを○の符号を用いてプロットをしている。まず、N
**が前記要件を満たさない場合、N
*に関わらず疲労強度は目的を満足しておらず、これは前述の効果と一致する。一方、N
*が質量で0.4000%までは、N
*の増加に伴い、疲労強度が増加している。しかし、N
*が1.2000%以上ではN
*の増加に伴い疲労強度が低下している傾向が認められた。N
*の下限値は固着による効果を発現し、脆性的な疲労き裂伝播への遷移を抑制するために必要な含有量あると考えられる。一方、N
*が過度に高い場合は、固着から外れた瞬間に高い背応力を生じ、容易に疲労き裂が伝播できる状態となり、脆性的な伝播に遷移したと考えられる。
【0049】
以上の検討から、
図7に示したN
*、N
**と疲労強度の関係を得た。
図7中の◆のプロットはN
**が質量で0.0600%未満であり、疲労強度を満足していない。×のプロットはN
*は0.0600%以上であるが、N
*が0.4000%未満あるいは1.2000%を超えるため疲労強度を満足していない。また、■のプロットはN
*およびN
**のいずれも満足しなかったものも疲労強度を満足していない。この結果から、N
*が質量で0.4000%以上、1.2000%未満の場合に限定し、さらにN
**が質量で0.0600%以上であることのいずれをも満たすことで、これまで極めて困難と思われた、浸炭プレート部品同等以上の疲労強度を有する窒化プレート部品の開発が可能であることが分かった。尚、N
**の上限を特に規定する必要はないが、後述の窒化条件等から、0.7000%程度が常識的上限となる。また、N
*の下限を0.4500%又は0.5000%に、N
*の上限を1.1000%又は1.0000%としてもよい。また、N
**の下限を0.0650%、0.0700%又は0.0800%に、N
**の上限を0.5000%又は0.3000%としてもよい。
【0050】
また、窒化プレート部品のせん断面において、ガス軟窒化処理による窒素侵入がない領域である、せん断端面から少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部の窒素含有量が質量で0.0300%を超えて含まれる場合、窒化プレート部品の靭性が低下し、部品としての機能を果たさない。また、当該部の窒素含有量が質量で0.0007%未満すると、後述する鋼板コイルの製造工程で極めて高い製造コストとなる。以上の、疲労強度とは関わらない理由から、せん断端面から少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部の窒素含有量が質量で0.0007%以上、0.0300%以下の要件を設けた。せん断端面から少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部の窒素含有量の下限を質量%で好ましくは0.0010%、0.0015%又は0.0020%に、その上限を0.0200%、0.0100%又は0.0080%としてもよい。
【0051】
1.2 窒素を除く鋼板成分
次に、窒素を除く鋼板成分の限定理由について述べる。窒化プレート部品は一般的に動力伝達の役割を果たすことと軽量化を両立させため、少なくとも340MPa以上の引張強度が求められる。一方、延性が低下(例えばJIS Z2241の5号試験片の全伸びが13%未満)すると、プレス成形工程において成形性に支障をきたし、工業生産に適さない。本発明では強度と延性を両立させるために、以下の成分範囲を前提とする。尚、強度調整等のために後述する範囲の選択元素を含有することは構わない。
【0052】
窒素を除き、本発明の窒化プレート部品およびそれに用いられる鋼板に含まれる元素について、以下、説明する。尚、以下の成分は、窒化プレート品成形前のN含有量を含め、従来から窒化プレート部品に必要とされる強度や加工性などを発揮すべく、本発明の前提とされる要件である。
【0053】
C含有量:Cが質量で0.113%を超えると、強度が高まるほか、パーライト組織を形成することで、延性が著しく低下する。なお、Cが0.025%未満となると、強度が340MPa以下となるため、そもそも窒化プレート部品の骨格部品としての機能を果たさない。なお、Cが高まると包晶域になりスラブ靭性が低下することがあるため、Cの含有量は、0.10%以下又は0.09%以下が好ましい。また、十分な強度を得るために、Cの含有量は、0.034%以上、0.040%以上又は0.045%以上である。
【0054】
Si含有量:固溶強化元素として強度を高める元素であるが、仕上げ圧延工程で形成するスケール斑に起因した模様が窒化プレート部品に残ることで、窒化プレート部品の耐摩耗性を低下させるため、そもそも添加は好ましくない。なお、質量で0.10%を超えた場合に模様が現れてくる。Siの含有量の下限を特に規定する必要はなく、その下限は0%である。しかし、0.01%未満では原料コストが高まるため、Siの含有量を0.01%以上としてもよい。また、耐摩耗性をより一層優れたものとするために、Siの含有量は、好ましくは0.08%以下である。
【0055】
P含有量:質量で0.020%を超えた添加では、プレス成形性を低下させ、プレート部品を製造できない場合が多発する他、スラブの靱性を低下させ鋼板の製造性をも低下させる。したがって、Pは極力低い含有量が好ましく、その下限は0%である。しかし、0.001%未満とする場合、鋼板の製造コストが極めて高くなる。したがって、P含有量を0.001%以上としてもよい。また、プレート成形性および鋼板の製造性を十分に確保するために、Pの含有量は、好ましくは0.015%以下又は0.013%以下である。
【0056】
S含有量:質量で0.0200%を超えた添加では、介在物を多く含んだ鋼板が製造され、プレス成形による成形破断が顕著となる。したがって、低い添加量が好ましく、その下限は0%である。しかし、0.0001%未満では、鋼板の製造コストが極めて高くなるため、本発明による経済的効果が消失する懸念がある。したがって、S含有量は0.0001%以上としてもよい。プレス成形の向上のため、S含有量を0.0100%以下、0.0050%以下又は0.0030%以下としてもよい。
【0057】
Mn含有量:質量で0.71%未満では強度が340MPa未満となり、1.49%を超えると、鋳造偏析による影響で延性が著しく低下する。特に窒化プレート部品への性能には悪影響を及ぼさないが、Mn偏析による圧延方向に伸びた組織を形成させることを回避するため、Mn含有量を1.40%%以下、1.30%以下又は1.25%以下としてもよい。強度向上のため、Mn含有量を0.75%以上、0.80%以上又は0.85%以上としてもよい。
【0058】
Ti含有量:Tiが質量で0.091%を超えると、鋼板の引張強度が高まることで延性が著しく低下するため、0.091%以下とした。また、Tiが0.020%未満では鋼板が340MPa以上の強度を発現しないため、0.020%以上とした。Ti含有量の下限を0.025%又は0.030%に、その上限を0.075%又は0.060%としてもよい。
【0059】
Cr含有量:窒化プレート部品の耐摩耗性を持たせるために必要な元素であり、質量で0.130%以上を添加する必要がある。一方、0.340%超では、延性が著しく低下する。このため、Cr含有量の上限は0.340%とする。耐磨耗性の効果のため、Cr含有量を0.180%以上、0.200%以上、0.210%以上又は0.230%以上としてもよい。延性向上のため、Cr含有量を0.320%以下又は0.290%以下としてもよい。
【0060】
Al含有量:窒化プレート部品の耐摩耗性を持たせるために最低限の必要な元素であり、0.10%以上を添加する必要がある。一方、0.35%を超えるとスラブの製造コストが非常に高くなるため、Al含有量を0.35%以下とする。耐磨耗性の向上のため、Al含有量の下限を0.14%又は0.18%としてもよい、スラブ製造コスト低減のため、その上限を0.30%又は0.25%としてもよい。
【0061】
窒化プレート品成形前のN含有量:窒化プレート品成形前の窒素は、鋼板コイルの製造過程で粗大な窒化物を形成し、N含有量が0.0100%を超えると鋼板コイルの成形性を著しく低下させる。したがって、窒化プレート品成形前のN含有量は低いほど好ましいが、0.0007%未満とする場合、鋼板コイルの製造工程で極めて高いコストとなるため、下限を0.0007%以上とした。なお、0.005%未満の範囲では成形性に変化が無いため、工業生産上、0.005%未満が好ましい。
【0062】
ここで、窒化プレート品成形前のN含有量は、ガス軟窒化処理前のプレス成形性の指標となれば十分であるため、ガス軟窒化処理前のプレート部品からその値を測定すればよい。なお、プレート部品はガス軟窒化処理を施す前の部品であるため、せん断端面近傍には成形ひずみが残存することで測定ばらつきを生む。そのため、前述のように、任意のせん断端面からプレート部品内部方向に少なくとも5mm以上離れた部分の板厚方向中心部を原点とし、原点から板厚中心線に沿った距離が1mmまでの区間をEPMAで測定し、その区間のN含有量の平均値を求める。その平均値をガス軟窒化処理を施す前のプレート部品の任意の3箇所で測定し、各値の平均値を採用すればよい。また後述のように、鋼材の成分の取鍋分析値と前記EPMA分析値がほぼ同じ値であることから、鋼材の成分の取鍋分析値やJIS G1258の発光分光文分析方法を用いてもよい。
【0063】
さらに以下の元素を下記範囲で含有する。これらの元素は、所定の目的により、または不純物として、窒化プレート部品に含有され得る。これらの元素の含有は必須でないがトランプエレメントレベルも範囲内とする。
【0064】
Nb含有量:質量で0.020%を超えた添加では、鋼板の引張強度が高まることで延性が低下するほか、仕上げ圧延工程で、表面に疵を形成するため、0.020%以下とした。その下限は0.001%であり、これ未満に低下させることは製造上困難である。窒化プレート部品への性能には影響を及ぼさないが細粒組織としたい場合、0.005%以上添加してもよい。延性向上や表面疵防止のため、Nb含有量を0.015量%又は0.009%としてもよい。
【0065】
Mo含有量:窒化プレート部品の表層化合物層の耐摩耗性を向上させる元素として知られ、本発明の窒化プレート部品に添加してもよいが、0.140%を超えた場合にはスラブの靭性を低下させ、製造性を損ねる。スラブの靱性向上のため、その上限を0.100%、0.050%又は0.010%としてもよい。下限は0.001%であり、これ未満に低下させることは製造上困難である。
【0066】
V含有量:窒化プレート部品の表層化合物層の耐摩耗性を向上させる元素として知られ、本発明の窒化プレート部品に添加してもよいが、その下限は0.001%であり、これ未満に低下させることは製造上困難である。0.100%を超えると後述する仕上圧延工程で表面疵を造り、製造性を損ねる。表面疵の防止のため、その上限を0.050%、0.030%又は0.010%としてもよい。
【0067】
B含有量:プレス成形工程で曲げやフランジ成形がなされる際に、成形性を向上させるため添加されていてもよいが、質量で0.0030%を超えても、その効果が飽和する。このため、B含有量は0.0030%以下とする。下限は0.0001%であり、これ未満に低下させることは製造上困難である。成形性向上のため、その上限を0.0020%、0.0010%又は0.0005%としてもよい。
【0068】
Cu含有量:Cuは他の元素と化合物を作らず、Cu粒子として析出する。ところが、このCu粒子は400℃近傍で析出するため、窒化プレート部品の性能に及ぼす影響はない。しかし、過度なCuの添加量の場合、粗圧延工程で表面に疵を形成する原因となるため、添加量は0.13%以下とする。下限は0.00%である。表面疵の防止のため、その上限を0.10%又は0.04%としてもよい。
【0069】
Ni含有量:Niはオーステナイトフォーマー元素であり、過度な添加をした場合、窒化処理中に、プレート部品最表面に形成する窒素化合物の靭性が低下する。そのため、Niは0.08%未満とする。下限は0.00%である。靱性の向上のため、その上限を0.05%又は0.03%としてもよい。
【0070】
W含有量:Wを含んだ溶鋼が凝固する時、極めて高硬度の共晶組織を形成し、鋳片の靭性を低下させる。製造性のため、Wの添加量は0.07%以下とする。必要に応じて、Wの上限を0.02%又は0.005%としてもよい。下限は0.00%である。
【0071】
Co含有量:CoもWと同様に、溶鋼が凝固する時、極めて高硬度の共晶組織を形成し、鋳片の靭性を低下させる。製造性のため、Coの添加量は0.07%以下とする。必要に応じて、Wの上限を0.02%又は0.005%としてもよい。下限は0.00%である。
【0072】
Ca含有量:Caは、非金属介在物を微細にするため、成形性を向上させる元素である。しかし、Caの添加量が0.0070%以上では、非金属介在物の密度が増える。Caを利用する場合、その添加量は0.0070%未満とする。必要に応じて、Caの上限を0.0040%又は0.0010%としてもよい。下限は0.0000%である。
【0073】
Mg含有量:Mgは、Caと同様に、非金属介在物を微細にするため、成形性を向上させる元素である。しかし、Mgの添加量が0.0050%以上では、非金属介在物の密度が増える。Mgを利用する場合、その添加量は0.0050%未満とする。必要に応じて、Mgの上限を0.0020%又は0.0008%としてもよい。下限は0.0000%である。
【0074】
REM含有量:REMは、CaおよびMgと同様に、非金属介在物を微細にするため、成形性を向上させる元素である。しかし、REMの添加量が0.0050%以上では、非金属介在物の密度が増える。REMを利用する場合、その添加量は0.0050%未満とする。必要に応じて、REMの上限を0.0020%又は0.0005%としてもよい。下限は0.0000%である。
【0075】
ここで、「REM」とは、希土類元素、より具体的にはSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuをいい、REMとして上記のいずれか1種以上が窒化プレート部品に含有され得る。なお、上記のREMの含有量は、REM合計の含有量である。
【0076】
なお、本明細書中において、不純物は、添加の意図に関係なく、鋼中に存在し、得られる厚鋼板において本来存在する必要のない成分である。「不純物」なる用語は、鋼材料を工業的に製造する際に原料としての鉱石、スクラップまたは製造環境などから混入する不可避的不純物を含む概念である。このような不純物は、本発明の効果に悪影響を与えない量で含まれ得る。
【0077】
1.3 金属組織
次に、本発明の前提として、従来から窒化プレート部品に必要とされる強度や加工性などを発揮すべく、本実施形態に係る窒化プレート部品が備えるべき金属組織について説明する。
【0078】
本発明の前提として、窒化プレート部品の製造に用いる鋼板は、フェライト分率が面積率で70%以下の鋼板を用いる。フェライト分率が十分に低いと、降伏伸びによってプレス部品表面にしわ模様が発生することを防止することができるため、窒化プレート部品の金属組織において、フェライト分率を70%以下とする。フェライト分率を65%以下、60%以下又は50%以下とすることがより好ましい。
【0079】
前述のフェライト分率とは、金属組織中のフェライト組織の面積率のことを指す。フェライト組織の面積率は、鋼板の表面から板厚1/4離れた位置又は板厚中央から採取され、鏡面研磨後ナイタール腐食を施した試験片で測定された値である。この金属組織は、光学顕微鏡にて200倍以上、1000倍以下の倍率で撮影されたものであり、それぞれの板厚の位置で3視野以上の画像を撮影すればよい。すべての画像について、それぞれ金属組織中に占めるフェライトの面積率を求め、すべての画像におけるフェライトの面積率の平均値を、鋼板のフェライト分率とする。
【0080】
また、窒化プレート部品の金属組織は、フェライトとベイナイトが主体の組織である。このため、前記フェライトの面積率を満足しつつ、フェライトとベイナイトの面積率の合計を50%以上、好ましくは60%以上又は65%以上であってもよい。フェライトとベイナイト以外に、パーライト、マルテンサイト、オーステナイトなどが存在してもよい。
【0081】
2. 窒化プレート部品の製造方法
次に、本発明に係る窒化プレート部品の製造方法について説明する。すなわち、前述したN
*およびN
**を目的の範囲内に制御するための、製造方法について限定範囲を明確にしていく。以下では、窒化プレート部品として、工業製品上、最低限の役割を満たす範囲として、窒素を除く鋼板成分と鋼板製造方法の限定理由を述べ、その後、窒素含有量の限定範囲に制御するために製造方法を詳細に述べていく。
【0082】
本発明に係る窒化プレート部品の製造方法は、
化学組成が質量%で、
C:0.025%以上、0.113%以下、
Si:0.10%以下、
Mn:0.71%以上、1.49%以下
P:0.020%以下、
S:0.0200%以下、
Ti:0.020%以上、0.091%以下、
Cr:0.130%以上、0.340%以下、
Al:0.10%以上、0.35%以下、
N:0.0007%以上、0.0100%以下、
Nb:0.001%以上0.020%以下、
Mo:0.001%以上0.140%以下、
V:0.001%以上0.100%以下、
B:0.0001%以上0.0030%以下、
Cu:0.00%以上0.13%以下、
Ni:0.00%以上0.08%未満、
W:0.00%以上0.07%以下、
Co:0.00%以上0.07%以下、
Ca:0.0000%以上0.0070%未満、
Mg:0.0000%以上0.0050%未満、
REM:0.0000%以上0.0050%未満、および
残部:Feおよび不純物を含有するスラブを、熱延仕上圧延出側温度850℃以上、960℃未満の範囲で熱間圧延を施して鋼板を得、
その後、熱延仕上圧延終了後から3秒以内に冷却を開始し、さらに熱延仕上圧延終了後から29秒以内に前記鋼板を460℃以上、630℃以下まで冷却し、
前記鋼板を巻き取ることで、金属組織中におけるフェライト組織の面積率が70%以下である鋼板コイルとなし、
さらに酸洗した当該鋼板コイルを用いた窒化プレート部品を製造する場合であって、当該鋼板コイルを巻き開いた後に、前記鋼板に塑性ひずみ量にて0.03%以上、3.00%以下範囲の曲げ・曲げ戻しを与え、
再び前記鋼板を巻き直すことなく、せん断加工とプレス成形を施してプレート部品形状とし、
アンモニアガスが30%超の体積構成比の雰囲気で、500℃以上、620℃未満の温度に調整された密閉炉内にて、60分以上の時間、前記鋼板を滞在させて窒化させる。
【0083】
以下、本発明の前提として、従来から窒化プレート部品に必要とされる強度や加工性などを備えた鋼板コイルの製造条件について説明する。すなわち、強度と延性を両立させるために、成分の限定範囲を設けたことと同様に、鋼板コイル製造方法は、後述する鋼板表層への塑性ひずみ付与、その後の巻き直し有無、窒化条件を除き、熱延の諸条件は被窒化プレート部品の製造で悪影響を及ぼさないよう以下の条件範囲を前提とする。なお、スラブの化学組成の限定理由については、上述した窒化プレート部品の化学組成の限定理由と同様であるので、説明を省略する。
【0084】
2.1 熱間圧延・冷却
まず、スラブを、熱延仕上圧延出側温度850℃以上、960℃未満の範囲で熱間圧延を施して鋼板を得る。ここで、熱延仕上圧延出側温度が850℃超であると、高温でのスラブ変形抵抗が高まることで、仕上げ圧延時の圧延ロールの荷重が極めて高くなり、工業生産に適さない。一方、熱延仕上圧延圧延温度が960℃以下であると、結晶粒が粗大となることで、鋼板の延性が低下する。熱延仕上圧延出側温度は、好ましくは885℃以上又は895℃以上である。また、熱延仕上圧延出側温度は、好ましくは950℃未満又は940℃未満である。
【0085】
次いで、熱延仕上圧延後から3秒以内に冷却を開始する。仕上圧延後から冷却を開始するまでの時間が3秒を超えた場合、結晶粒が粗大となることで、鋼板の延性が低下し、伸びが13%未満となる。
【0086】
また、同冷却においては、熱延仕上圧延後から29秒以内に460℃以上、630℃以下まで鋼板を冷却する。ここで、冷却停止温度が460℃未満であると、鋼板の強度が著しく高まり、延性がさらに低下し、伸びが最悪13%未満となる。冷却停止温度は、好ましくは490℃以上、より好ましくは510℃以上である。一方で、冷却停止温度が630℃超であると、フェライト分率が70%超となり、降伏点伸びの発生を招くことからシワが発生するとともに、結晶粒が粗大となることで、鋼板の延性がさらに低下し、伸びが最悪13%未満となる。また、冷却停止温度が630℃以下であると、得られる鋼板のフェライト分率を十分に低減させることができる。冷却停止温度は、好ましくは590℃以下、より好ましくは560℃以下である。
さらに、熱間圧延終了後から冷却終了までの時間が29秒を超える場合は、結晶粒が粗大となることで、鋼板の延性がさらに低下し、最悪13%未満となる。仕上圧延後から冷却停止温度までの時間は、好ましくは25秒以下、より好ましくは22秒以下である。
その後、得られた鋼板の巻取りを行い、酸洗を行う。
【0087】
2.2 曲げ・曲げ戻しおよびせん断加工・プレス成形
次いで、本発明の主たる要件である鋼板コイルに与える塑性ひずみ量、および当該塑性ひずみ量付与後の鋼板コイルの巻き直し有無、更にガス軟窒化処理条件について、以下に説明する。
【0088】
酸洗した鋼板コイルについて、鋼板コイルを巻き開いた後に、鋼板に塑性ひずみ量にて0.03%以上、3.00%以下範囲の曲げ・曲げ戻しを与え、再び鋼板を巻き直すことなく、せん断加工とプレス成形を施してプレート部品形状とする。 以下では、前述した鋼板コイルを用いた窒化プレート部品の製造方法において、本発明要件であるN
*およびN
**を限定範囲に制御するために必要な工程とその限定範囲を詳細に述べる。
【0089】
前述のN
*およびN
**の要件を明確にしていく過程で、表2、表3の試験番号12、13、17および21はいずれも曲げ・曲げ戻しの矯正加工を施していなかったものであった。これらは例外なく、N
*が下限値を満たしておらず、疲労強度を満足しなかった。一方、極めて形状が悪く、曲げ・曲げ戻しの矯正加工で強ひずみを与えた試験番号14、19、20および22はいずれもN
*が高い結果であった。
【0090】
そこで、前述の曲げ・曲げ戻し工程での塑性ひずみ量の影響を調査した。調査にあたっては、表1中の鋼板コイルO、QおよびTを用いて、鋼板コイルを巻開き、異なるロール径で曲げ・曲げ戻し変形をさせることで、塑性ひずみ量を変化させた。ここで、塑性ひずみの計測は、鋼板表層にあらかじめ2mm格子模様を描き、曲げ曲げ戻し変形前後での格子模様の形状変化から測定された公称ひずみであり、このひずみは永久変形によってもたらされる量であるため、これを、そのまま塑性ひずみ量として採用する。所定の塑性ひずみ量を与え、その後に、再び鋼板コイルとして巻戻したものについても試験を実施した。
【0091】
図8にN
*に及ぼす塑性ひずみ量の影響を示す。
図8中のオープンシンボルはレベラー工程で所定の塑性ひずみを与えた後、そのまません断工程に移ったものである。また、ソリッドシンボルは曲げ・曲げ戻し工程で所定の塑性ひずみを与えた後、再び鋼板をコイル状に巻き直し、その鋼板コイルを再度巻開いた後に、そのまません断工程に移ったものをあらわしている。なお、
図8中の各サンプルにおいては、アンモニアの体積構成比50%、温度560〜575℃、処理時間90〜150分の条件でガス軟窒化処理を行った。また、曲げ・曲げ戻し工程で所定の塑性ひずみを与えた後、そのまません断工程に移ったものは、塑性ひずみ量が3.0%を超えるとN
*が質量で1.20%を超え、この結果は鋼板コイルに依存しない。一方、塑性ひずみ量が0.03%未満ではN
*が質量で0.4000%未満となった。なお、塑性ひずみを与えた後、再び鋼板をコイル状に巻き直したものは、塑性ひずみ量によらず、N
*は0.4000%未満となった。
【0092】
次にN
**に及ぼす塑性ひずみの影響を、
図9に示す。
図9中の各サンプルについても、アンモニアの体積分率50%、温度560〜575℃、処理時間90〜150分の条件でガス軟窒化処理が行われている。
図9では塑性ひずみが3.00%を超えるとN
**は質量で0.0600%未満となった。曲げ・曲げ戻し工程で所定の塑性ひずみを与えた後、そのまません断工程に移ったものと、そうでないものでN
**に差は認められない結果であった。これらの結果は、鋼板コイルの転位の状態に起因した現象と考えられる。すなわち、塑性ひずみが高い場合には、不動転位の頻度が高く、ガス軟窒化中では表層窒素侵入が過多となり留められる。一方、塑性ひずみが低い場合や、再び鋼板コイルを巻戻した場合は、可動転位が導入された状態となる。このとき、鋼板中の原子空孔は窒素ではなく、可動転位の上昇に消費されるため、窒素の侵入が阻害されたと考えられる。なお、可動転位か不動転位かを区別することは極めて困難であるが、転位の状態は塑性ひずみ量に固有であるため、塑性ひずみ量にて0.03%以上、3.00%以下範囲の曲げ・曲げ戻しを与えた後、再び鋼板を巻き直すことなく、せん断加工とプレス成形を施してプレート部品形状とすることを限定条件とした。
【0093】
なお、塑性ひずみ量は0.05%以上、1.50%以下の範囲のN
*は、塑性ひずみ量によらずほぼ一定の値となっている。工業生産上、生産管理の点で、塑性ひずみ量は0.05%以上、1.50%以下とすることが好ましい。
【0094】
ところで、鋼板の製造工程においては、降伏伸びの除去を目的としたスキンパス圧延が施される場合がある、この工程では鋼板に塑性ひずみを導入することを目的として圧延を施す。このとき、鋼板の延性を除去しないように塑性ひずみ量は極めて小さい。このようなスキンパスではロールの圧下と板長手方向の張力を調整し、所定の塑性ひずみ量を得る。すなわち、圧下直下と伸ばされる位置が一致する変形を受ける。そのため、表面近傍は強い摩擦を受け、表層近傍で特異な転位分布となる。これを利用した発明として、特許文献3には表層から50μmの転位密度分布を制御と鋼板組成を適正にし、窒素の最大侵入深さを深くすることで、疲労強度を向上させた例が開示されている。上述した、曲げ曲げ戻し工程においても、同様のメカニズムが寄与しているかを確認するため、発明者らは同文献に記載された方法で、窒化処理前の鋼板表面から板厚方向に50μm以内と、板厚方向の1/4の位置の転位密度の比を調査した。その結果を、表4中に記載している。その結果、曲げ・曲げ戻し工程においては塑性ひずみ量による転位密度比の変化は認められるが、2.0倍以上の転位密度比を得ることが出来ていない。これは、上述した曲げ曲げ戻し工程がロール圧下およびそれによる摩擦を伴わない工程であるため考えられる。
【0095】
すなわち、特許文献3の転位密度の特徴が得られていないのは、圧下率0.5%以上5%以下かつ、F/T≧80000のスキンパス圧延を施していないためと考えられる。なお、上記「F」は、圧延機荷重を鋼板板幅で除した線荷重(Kg/mm)を、上記「T」は、鋼板の長手方向に付加される単位面積当たりの荷重(Kg/mm
2)を、それぞれ示す。
【0096】
このように転位密度の比が2.0倍未満であっても十分な疲労強度を満足することから、本発明での窒化プレート部品の疲労強度の向上は、鋼板の転位密度によるものではないと言える。さらに、特許文献3に記載される技術は、最大硬化深さを制御する方法であるが、本願の発明のポイントであるN
**の制御は出来ができない。これは表層近傍での転位密度が高いほど、表層近傍に多くの窒素が蓄積され、表層から深い位置へ拡散する窒素量が少なくなるためである。そのため、そもそも窒化プレート部品の疲労強度は満足できない。
【0097】
また、せん断加工とプレス成形については、特に限定されるものではなく、当業者に知られた方法により、適宜行うことができる。
【0098】
2.3 ガス軟窒化処理
最後に、アンモニアガスが30%超の体積構成比の雰囲気で、500℃以上、620℃未満の温度に調整された密閉炉内にて、60分以上の時間、せん断加工およびプレス成形された鋼板を滞在させて窒化させる。以上により、窒化プレート部品を得ることができる。
【0099】
以下、窒化プレート部品の窒素含有量を満たすガス軟窒化処理条件の限定理由を述べる。まず、アンモニアガスが30%以下の体積構成比の雰囲気でガス軟窒化処理を行った場合、プレス部品に供給される窒素が減少し、N
*が質量で0.4000%以上とならないほか、N
**が質量で0.0600%以上とならない。雰囲気中におけるアンモニアガスの体積構成比は、30%超であればよいが、好ましくは40%以上である。また、雰囲気中におけるアンモニアガスの体積構成比は、好ましくは65%以下、好ましくは55%以下である。
【0100】
また、処理温度が500℃未満でも、アンモニアガスの分解反応が抑制され、N
*が0.4000%以上とならない。一方、処理温度が620℃以上では、表層化合物層の成長が支配的になる結果、N
**が質量で0.0600%以上とならない。処理温度は、好ましくは520℃以上、より好ましくは540℃以上である。また処理温度は、好ましくは、600℃以下、より好ましくは580℃以下である。
【0101】
さらに窒化処理時間は60分未満では拡散時間が短くN
**が質量で0.0600%以上とならない。なお、処理時間は長時間のほうがN
**を高めることが出来るが、ガス軟窒化処理コストが高まる。好ましくは270分以下の範囲とすれば、経済性とガス軟窒化プレート部品の耐久性能を両立できる。また、処理時間は、60分以上であればよいが、好ましくは90分以上である。 以上が本発明の製品の特徴と、製造方法の限定理由である。
【実施例】
【0102】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下に示す実施例はあくまでも本発明の一例であって、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0103】
表1に示したTry1〜11の成分の範囲のスラブを用いて、表4に示した製造方法で
図1の形状の窒化処理プレート部品を試作した。なお、表4、5中、「Q」、「O」、「T」は、表2、3に記載される「Q」、「O」、「T」と同一の鋼板コイルであり、窒化プレート部品の製造に供した鋼板の長手方向における位置のみ異なっている。したがって、冷却停止温度(CT)が若干表2、表3に記載される温度と異なっている。試作した窒化プレート部品の疲労試験は、周波数25Hz、応力比1とし繰返し負荷を与え、10
7回まで破断しなかった応力振幅を疲労強度と定義した。応力値は、
図3中の灰色の位置に円周方向にひずみゲージを添付し、測定された値を採用した。結果を表5に示す。なお、表4、5中の各記号は、表2、3に記載される記号と同様の意味を表す。また合否は前述の疲労強度が517MPa以上を閾値としている。
ガス軟窒化処理による窒素侵入がない領域としての表5中の「せん断端面から5mmの位置の板厚中心N量」は、せん断端面から法線方向に5mm離れた部分の板厚方向中心部を原点とし、原点から板厚中心線に沿って0.003mmの間隔で窒素含有量を3箇所測定することを、任意のせん断端面3箇所で行い、それらの測定結果の平均値を表5に記載した。この窒素含有量の測定を除き、ガス軟窒化処理による窒素侵入がない領域として、せん断端面を含む窒化プレート部品の表面から0.6mm以上離れた位置における化学組成の分析を行なっていないが、表1の使用した鋼材の成分の取鍋分析結果を0.6mm以上離れた位置における化学組成の分析結果と看做すれば、表1の鋼材の窒素含有量の取鍋分析値と、表3の窒化プレート部品の窒素含有量の分析値はほぼ同じ値である。このことから、表面から0.6mm以上離れるとガス軟窒化処理による窒素侵入がないことが確認できる。また、窒素含有量についても、窒化プレート部品に使用した鋼板の化学組成の分析結果(取鍋分析値など)を、せん断端面を含む窒化プレート部品の表面から0.6mm以上離れた位置の化学組成と看做してもよいことも確認できる。またJIS G1258の発光分光文分析方法を用いることも可能である。
【0104】
【表4】
【0105】
【表5】
【0106】
疲労試験の結果、N
*およびN
**を満足した試験番号24〜27、31〜33、37〜39、45〜48、51および52でのみ疲労強度が浸炭プレート部品以上の結果であった。なお、試験番号23、30および36は塑性ひずみ量が0.03%未満であり、N
*が質量で0.4000%未満であった。一方、塑性ひずみ量が3.00%を超えた試験番号28、34および40は例外なくN
*が質量で1.2000%を超えていた。さらに、塑性ひずみ量が0.03%以上、3.00%未満であっても、ひずみ付与後にコイル巻戻しを行った試験番号29、35、41、53、54および55ではN
*が質量で0.7000%未満となった。アンモニアガス比率が30%以下となる試験番号42、43はN
*が質量で0.7%未満であり、N
**が質量で0.0600%未満となる。処理温度が500℃未満である試験番号49ではN
*が質量で0.4%未満となり、処理温度が620℃以上の試験番号50ではN
**が質量で0.0600%未満となった。また、処理時間が50分の試験番号44はN
**が質量で0.0600%未満となった。以上から、本発明の要件の妥当性が検証された。
【0107】
なお、本発明者らは、特許文献1および3に記載の方法では、N
*およびN
**を上述した範囲内とすることが困難であることを実験的に確認した。
【0108】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。