(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ケラチンフィルムに化粧料を塗布して浸透させた後、塗布領域における摩擦係数を測定し、該摩擦係数の平均値とその振れ幅を指標として前記化粧料の肌をなめらかにする効果を評価する、請求項1に記載の化粧料の機能性評価方法。
前記ケラチンフィルムに化粧料を塗布して浸透させた後、塗布領域における水の接触角の経時変化を測定することによって前記化粧料の乾燥からのバリア効果を評価する、請求項1に記載の化粧料の機能性評価方法。
前記ケラチンフィルムに化粧料を塗布して浸透させた後、塗布領域における紫外線透過率を測定することによって前記化粧料の紫外線遮蔽効果を評価する、請求項1に記載の化粧料の機能性評価方法。
前記ケラチンフィルム上に化粧料を滴下した後、該化粧料の接触角の経時変化を測定し、該接触角の減少の早さを指標として前記化粧料の肌への浸透性を評価する、請求項1に記載の化粧料の機能性評価方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
本発明にかかる化粧料の機能性評価方法は、本発明にかかるケラチンフィルムを疑似皮膚として化粧料と接触させ、生じる物理的変化を測定・解析することで、前記化粧料の効果及び使用感を評価する方法である。なお、本書における化粧料の“機能性”とは、化粧料の“効果”と“使用感”を包含する意味である。また、本書における“塗布”とは、塗布する物体(疑似皮膚等)に化粧料のほぼ全量が浸透して該物体上に化粧料が実質的に残存しなくなるまで、指を用いて塗り広げる行為を指す。
最初に、本発明に用いることができるケラチンフィルムについて詳述する。
【0016】
<ケラチンフィルム>
本発明にかかるケラチンフィルムは、毛髪のコルテックス(毛皮質)部位から抽出されたほぼインタクトのケラチン蛋白質を主成分とし、該蛋白質がS−S結合を介してネットワーク構造を形成していることを特徴とする膜状構造体である。当該ケラチンフィルムは本発明者によって発明されたものであり、毛髪を変性剤と還元剤で処理して得られる蛋白質溶液(ケラチン蛋白質を主成分とする溶液で、本書では以降、毛髪ケラチン蛋白質溶液と呼ぶ場合がある)を、低イオン強度の溶液(本書では以降、展開用溶液と呼ぶ場合がある)に晒すことで、前記ケラチン蛋白質の不溶化を急激に誘導してフィルム状に固化させることで製造することができる(特許文献4、非特許文献1)。以下に、その製造方法を説明する。
【0017】
<ケラチンフィルムの製造方法>
毛髪から、それを構成するケラチン蛋白質群を抽出するために、蛋白質変性剤を用いる。ケラチンフィルムの調製に用いる毛髪サンプルは、予め脱脂してもよい。脱脂の方法は限定されないが、例えば、クロロホルムとメタノールの混合溶媒で処理することなどが挙げられる。
蛋白質変性剤としては、尿素系の化合物が好ましく、例えば、尿素、チオ尿素、及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの尿素系蛋白質変性剤の1種又は2種以上を混合して用いることが好ましい。より好ましくは、尿素とチオ尿素を混合して用いることである。尿素とチオ尿素を混合して用いる場合には、混合質量比が5:1〜1:2(尿素:チオ尿素)であることが好ましい。チオ尿素の混合比が前記範囲より少ないと、蛋白質の変成作用が劣る場合があり、また前記範囲を超えると、ケラチン蛋白質群の抽出率が低下する傾向がある。
【0018】
前記蛋白質変性剤は、毛髪サンプル処理液中の濃度が30〜70質量%であることが好ましい。30質量%未満であると、ケラチン蛋白質群の抽出率が低下する傾向があり、また、70質量%を越えて用いても増量による抽出率向上の効果は認められないばかりか、毛髪サンプル処理液の粘性が高くなり、作業性が低下する場合がある。ここで、「毛髪サンプル処理液」とは、毛髪サンプルと蛋白質変性剤からなる毛髪ケラチン蛋白質溶解液、及び後述する還元剤等を含み、ケラチン蛋白質群を抽出する製造過程での混合溶液を意味する。前述のように蛋白質変性剤を用いることにより、温和な条件で効率よくケラチン蛋白質群を毛髪から溶解させて抽出することが可能となる。
【0019】
また、本発明に用いるケラチンフィルムを調製するにあたり、前記蛋白質変性剤と共に還元剤を併用する。還元剤としては、例えば、2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、チオグリコール酸等のチオアルコール類が挙げられる。これらの1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
還元剤を前記蛋白質変性剤と併用することにより、ケラチン蛋白質群の抽出率をさらに向上させることができる。これは、強固なケラチン線維構造を蛋白質変性剤が変性させ、続いて還元剤がケラチン蛋白質間の強固なS−S結合を効率よく解離させ、さらに毛髪サンプル処理液中での再結合が起こり難くするためと考えられる。
【0020】
前記還元剤を蛋白質変性剤と併用する場合、毛髪サンプル処理液中0.5〜40質量%の濃度で含有させることが好ましく、より好ましくは1〜20質量%である。ただし、前記濃度は、用いる還元剤の毛髪サンプル処理液中における溶解性により適宜決定することができる。
還元剤の濃度が0.5質量%未満であると、ケラチン蛋白質間の強固なS−S結合の還元切断が十分に行われない傾向があり、また、40質量%の濃度を越えて使用すると毛髪処理液中でのケラチン蛋白質群の溶解性が悪くなる場合がある。
【0021】
毛髪ケラチン蛋白質溶液を得るための処理時間は、処理温度にも左右されるが、1〜4日間であることが好ましい。また、処理温度は、20〜60℃であることが好ましい。20℃未満であると反応の進行が遅くなり効率が悪く、60℃を越えると、毛髪サンプル処理液がアルカリ性を呈しているため、ペプチド結合の切断や置換基変換、架橋等の副反応を伴う場合がある。
また、毛髪サンプルと毛髪サンプル処理液の比は、1〜100mg毛髪サンプル/ml毛髪サンプル処理液であることが好ましい。
毛髪サンプル処理液は、ケラチン蛋白質が十分に抽出された後、ろ過により末抽出毛髪を除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液を得ることができる。
【0022】
蛋白質変性剤と還元剤とを併用して毛髪サンプルを処理し、ろ過した後に得られる毛髪ケラチン蛋白質溶液の固体化又はゲル化のため、展開用溶液を接触させる。この固体化又はゲル化により、本発明にかかる測定方法に適した形態であるフィルムとして成形される。
展開用溶液としては、例えば、トリクロロ酢酸、グアニジン塩酸、過塩素酸、及びそれらの誘導体等の変性剤と、水、生理食塩水、低級アルコール等の溶媒を混合して得られる変性剤溶液、塩酸、硫酸、酢酸、リン酸及びそれらの塩等の酸性物質からなる酸性溶液が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いることができる。本発明で用いるケラチンフィルムの調製においては、展開用溶液としてグアニジン塩酸、過塩素酸の変性剤又は酢酸と水を混合して得られる過塩素酸溶液、グアニジン塩酸溶液、酢酸緩衝液、酢酸溶液から選択される1種又は2種以上であることが好ましい。特に好ましくは、酢酸緩衝液(pH4.0)及び/又は酢酸溶液である。
【0023】
前記展開用溶液として用いる前記変性剤溶液の濃度は、10〜60質量%であることが好ましい。また、前記展開用溶液として用いる酸性溶液の濃度は、10〜500mMであることが好ましい。
前記展開用溶液は、前記毛髪ケラチン蛋白質溶液のイオン強度を下げる作用を有し、これにより、毛髪サンプル処理液中蛋白質変性剤、還元剤の溶解性の低下を招く。その結果、ケラチン蛋白質群の溶解性が低下し、それに伴いケラチン蛋白質間のS−S結合が解離して−SH状態であったものが、S−S結合を再形成し、短時間にケラチン蛋白質の固体化が進行することになる。
【0024】
前記毛髪ケラチン蛋白質溶液を前記展開溶液と接触させて当該ケラチン蛋白質を固化させる方法としては、本発明者によって開発されたPre−cast法、Post−cast法のいずれを用いてもよい(非特許文献1)。Pre−cast法とは、予め毛髪ケラチン蛋白質に展開用溶液を混合し、水を張ったシャーレ等の容器へ前記混合溶液をキャストする方法である。Post−cast法には、シャーレ等の容器に予め前記展開用溶液を満たしておき、これに毛髪ケラチン蛋白質溶液をキャストする方法(Forward法)、又は、毛髪ケラチン蛋白質溶液を予め添加したシャーレ等の容器に、展開用溶液をキャストする方法(Reverse法)が含まれる。
【0025】
Pre−cast法による展開用溶液としては、酢酸溶液を好適に用いることができ、Post−cast法においては、酢酸緩衝液が展開用溶液として好適である。
また、還元剤としては、2−メルカプトエタノールがPost−cast法での使用に適し、ジチオスレイトールがPre−cast法での使用に適している。
また、展開用溶液は毛髪ケラチン蛋白質溶液に対し、10〜10000倍の質量比で用いることが好ましい。前記範囲内で展開用溶液を毛髪ケラチン蛋白質溶液に接触させることにより、適度な薄さを呈する薄膜を調製することができる。
これらの方法により、前記シャーレ等の容器の底面に、前記毛髪ケラチン蛋白質を薄膜状に固化させることができる。なお、前記シャーレ等の容器内に任意の板状構造物(例として、スライドガラス)を置いて前記操作を行い、該板状構造物の片側表面に前記毛髪ケラチン蛋白質を薄膜状に固化させてもよい。
【0026】
その後、前記シャーレ又は板状構造物を前記展開用溶液で洗浄する。洗浄の回数は特に限定されないが、1〜5回程度であることが好ましい。洗浄後、溶液を取り除き、乾燥させることで、シャーレ底面又は板状構造物の片側表面にケラチンフィルムが積層した製品(本書では以降、ケラチンフィルム成形品と呼ぶ場合がある)を得ることができる。乾燥の方法は特に限定されないが、埃が付かない室温下で静置することなどが挙げられる。
【0027】
本書では、Post−cast法のうち、Forward法、Reverse法を用いて製造したケラチンフィルムを各々、ハードポストキャストフィルム、ソフトポストキャストフィルムと呼び、Pre−cast法によって製造したケラチンフィルムをプレキャストフィルムと呼ぶ。これら3種類のケラチンフィルムはいずれも表面が滑らかで適度に柔らかく、質感・触感がともにヒト皮膚とよく近似している。また、その表面では、ヒト皮膚と同様に、水をはじき、化粧料とはなじむ性質がある。そして、プレキャストフィルムは、水よりも化粧料を優先的に速やかに浸透させることができ、ソフトポストキャストフィルムは、水は実質的に通さずに、化粧料を選択的に浸透させる性質がある。
本発明にかかる化粧料の機能性評価方法には、前記3種類のケラチンフィルムいずれをも好適に用いることができるが、特に好ましくはソフトポストキャストフィルム、プレキャストフィルムであり、最も好ましくはソフトポストキャストフィルムである。ソフトポストキャストフィルムは、他2種のケラチンフィルムよりも水を実質的に浸透させない点で、ヒト皮膚の角質層に一層近似しているからである。
【0028】
<化粧料の機能性の評価方法>
本発明にかかる方法では、前記ケラチンフィルムと化粧料を接触させ、前記化粧料が前記ケラチンフィルムに浸透することで生じる物理的変化を測定・解析することで、前記化粧料の効果及び使用感を評価する。当該効果としては、化粧料のメーキャップ効果(塗色性)や洗浄し易さ(洗浄性)はいうまでもなく、従来の疑似皮膚を用いた方法では難しかった(化粧料が)肌に浸透することで発揮される効果(例として、肌をなめらかにする効果や乾燥からのバリア効果)や、浸透の影響を大きく受ける効果(例として、紫外線遮蔽効果)についても、客観的に評価することができる。
【0029】
このうち、化粧料の塗色性及び洗浄性については、従来の疑似皮膚を用いた方法と同様の方法(例として、特許文献2)を用いることができるが、本発明のケラチンフィルムを疑似皮膚とすることにより、化粧料の浸透分が考慮された実使用に一層近い評価結果を得ることができる。
【0030】
肌をなめらかにする効果や乾燥からのバリア効果については、本発明にかかるケラチンフィルムに化粧料を塗布し、好ましくは一定時間放置して乾燥させた後の当該フィルムに対し、以下に説明する物理的変化を測定することで評価することができる。
【0031】
・肌をなめらかにする効果
前記物理的変化として、化粧料が塗布された領域において摩擦係数を測定し、得られた摩擦係数の平均値(本書では以降、平均摩擦係数と呼び、MIUと略記する場合がある)とそのふれ幅を解析することで、化粧料の肌になめらかにする効果を評価することができる。
前記摩擦係数(μ)とは、2つの物体の接触面(本発明においては、摩擦測定用プローブとケラチンフィルムの接触面を意味する)に働く摩擦力の大きさFと2面を垂直に押し付けている力(垂直荷重)の大きさPとの比(μ=F/P)であり、前記平均摩擦係数(MIU)とは、摩擦測定用プローブがケラチンフィルムの前記領域内を移動しながら測定することで得られる値(摩擦係数)の平均値である。よって、本発明における平均摩擦係数は、下記数式(1)で表される。
【0032】
【数1】
(式中、Lはプローブの移動距離、μは摩擦係数を表す)
【0033】
また、前記平均摩擦係数のふれ幅とは、測定された摩擦係数のばらつきの程度を示す値であり、例えば、下記数式(2)で表すことができる。本書では、下記数式(2)で表される値を平均摩擦係数の変動と呼び、MMDと略記する場合がある。
【0034】
【数2】
(式中、Lはプローブの移動距離、μは摩擦係数を表す)
【0035】
前記摩擦係数は、汎用の機器を用いて測定することができ、特に好ましくは、被験物質表面をプローブがスライドしながら(被験物質との間に発生する)摩擦力を測定するタイプの摩擦感テスターである。そのような摩擦感テスターの例としては、摩擦感テスター KES−SE(カトーテック株式会社製)が挙げられ、当該テスターを用いることにより、前記摩擦係数の測定と、MIU・MMDの演算処理を自動で行わせることができる。
【0036】
前記MIUの値は、被験物質表面のなめらかさの指標であり、該値が小さいほどなめらかであることを表す。そして、前記MMDの値は、ヒトが被験物質表面を指でなぞった際の指滑りの良さと強く相関することが知られており、該値が小さいほど指滑りが良いことを表す。
よって、化粧料を塗布しなかったケラチンフィルム領域又はコントロール物質(例として水)を塗布したケラチンフィルム領域において得られるMIU及び/又はMMDの値と、化粧料を塗布したケラチンフィルム領域において得られる該値とを比較することで、当該化粧料の肌をなめらかにする効果を数値として評価することができる。
【0037】
・肌への浸透性
前記物理的変化として、ケラチンフィルム上に滴下した化粧料の接触角の経時変化を測定することで、該化粧料の肌への浸透性を評価することができる。当該接触角の値の減少が早い化粧料ほど、肌への浸透性が高いと評価することができる。なお、当該値の減少の早さは、単位時間当たりの接触角の減少率、或いは、接触角が0度となるまで(すなわち、ケラチンフィルム上の化粧料の残存量が実質的になくなるまで)にかかる時間として評価することができる。
【0038】
・乾燥からのバリア効果
化粧料を塗布して浸透させたケラチンフィルムに対し、塗布領域での水の接触角の経時変化を測定することで、当該化粧料の乾燥からのバリア効果を評価することができる。化粧料非塗布領域における水の接触角の値と比べて、塗布領域における該値の減少速度が小さい化粧料ほど、肌に耐水性を付与する効果、すなわち、乾燥からのバリア効果が高いと評価することができる。本評価方法は、特に乳液及びクリームの当該バリア効果の評価に好適である。
【0039】
・紫外線遮蔽効果
前記物理的変化として、ケラチンフィルム上に化粧料を塗布して浸透させた後、塗布前後でのケラチンフィルムの紫外線透過率を測定・解析することで、該化粧料の紫外線遮蔽効果を評価することができる。一般に、紫外線遮蔽効果を有する化粧料は、紫外線遮蔽成分を中心に油溶性成分や水溶性基剤が配合されている。紫外線透過率の測定においては、水溶性基剤が速やかに浸透拡散した後、紫外線遮蔽剤が支持体(=本発明の方法ではケラチンフィルム)上に均一な塗布膜として残存すると、測定値が低くなる傾向がある。本発明にかかるケラチンフィルムでは、水溶性基剤がフィルム内に速やかに浸透し、紫外線遮蔽成分がフィルム表面に均一な塗布膜を形成し易いことから、安定した計測が可能である。
よって、本発明にかかる方法を用いることにより、化粧料の浸透や吸収を考慮した紫外線遮蔽効果を評価することができる。
【0040】
・肌なじみの早さ
前記物理的変化として、化粧料を塗布する過程で指に生じるひずみ又は剪断力の経時変化を測定し、当該値が最大値に達するまでの時間を指標として、化粧料の肌なじみの早さを評価することができる。化粧料を塗布する過程では、最初は指と化粧料との間に流体摩擦が生じ、やがて化粧料の全量がケラチンフィルムに浸透すると、前記流体摩擦は指とケラチンフィルム間の境界摩擦へと変化して、指に生じるひずみ及び剪断力が最大値に達する。そして、流体摩擦から境界摩擦に変化したときに、使用者が「化粧料が肌になじんだ」と感じることが知られている。よって、塗布を開始してから境界摩擦へと変化するまで(すなわち、前記指に生じるひずみ又は剪断力が最大値に達するまで)の時間が短い化粧料ほど、肌なじみが早い化粧料として評価することができる。
前記ひずみの測定は、例えば、指に装着するタイプの圧力及び加速度センサで測定することができる。前記センサとしては、ハプログ(HapLog、登録商標、カトーテック株式会社製)や、動作検出センサ及び動作検出装置(特開2014−142206参照)等が挙げられる。
また、前記剪断力の測定は、ケラチンフィルムを3軸方向に発生した力を測定することができる装置、例えばフォースプレート(株式会社テック技販製)上に固定して塗布を行うことで、簡便に測定することができる。
【0041】
・塗布時に指が受ける感触
前記物理的変化として、化粧料を塗布する過程で指と化粧料との間に生じる摩擦力にかかる摩擦係数の経時変化を測定することで、塗布時に指が受ける感触を評価することができる。当該摩擦係数は、化粧料の全量がケラチンフィルムに浸透するまでの間の流体摩擦にかかる係数として、その経時変化又は平均値として解析されることが好ましい。使用者によって塗布時に指が受ける抵抗の強さに対する好みは異なるので、該摩擦係数に対し一義的な判断(例えば、該値が大きいほど好ましいというような判断)はできないが、本方法を用いれば使用者の嗜好性を数値化することができる。
前記摩擦係数の測定は、ケラチンフィルムをフォースプレート(株式会社テック技販製)上に固定して塗布を行うことで、簡便に測定することができる。
【0042】
本発明にかかる方法を用いれば、固形(粉末状を含む)を除く幅広い剤形の化粧料について、その機能性を評価することが可能である。特に好適な剤型としては、液状、乳液状、ゲル状、クリーム状等が挙げられ、化粧水、乳液、美容液、クリーム等の機能性評価に好適に用いることができる。
【実施例】
【0043】
以下に、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の数値は特に記載のない限り質量%を表す。
下記試験例では、ケラチンフィルムとして、スライドガラス上にケラチンフィルム(プレキャストフィルム又はソフトポストキャストフィルム)が薄膜として積層したケラチンフィルム成形品を用いた。以下にその作製方法を説明する。
【0044】
[ケラチンフィルム成形品の作製]
・毛髪蛋白質溶液の調製
パーマ、ブリーチ等の化学処理の履歴がないヒト毛髪60gに対し、100mlの信大法溶液(2.6M チオ尿素、5M 尿素、250mM ジチオスレイトール、25mM Tris−HCl、pH8.5)を添加し、50℃で24時間保温した。その後、ろ過、遠心(12,000×g、15分)を行い、上清を回収して毛髪ケラチン蛋白質溶液を得た。
【0045】
・プレキャストフィルム成形品の作製
培養シャーレ(ポリスチレン製)の底部にスライドガラスを置き、該シャーレを水で満たした。前記毛髪ケラチン蛋白質溶液3.5mgに、100mM酢酸水溶液6mlを添加して混合し、得られた混合溶液を前記シャーレ中に静かにキャストした。毛髪ケラチン蛋白質が固体化した後、蒸留水を含む展開用溶液を数回交換して、ゲル中の溶液を蒸留水に置換した。最後に蒸留水を除き、シリカゲルを含む箱内で十分に乾燥してプレキャストフィルム成形品を得た。
【0046】
・ソフトポストキャストフィルム成形品の作製
培養シャーレ(ポリスチレン製)内にスライドガラスを設置し、40mM 塩化マグネシウム溶液(=展開溶液)で満たした。当該シャーレに前記毛髪ケラチン蛋白質溶液をキャストして40−60分間静置した後、脱イオン水で30−36時間洗浄した。その後、自然乾燥させることで、半透明で弾力性を有するソフトポストキャストフィルム成形品を得た。
【0047】
なお、試験例1、4においてコントロールとして使用した“スライドガラス”は、前記ケラチンフィルム成形品の作製に用いたスライドガラスと同じ規格のものである。
【0048】
[試験例1:化粧料の浸透性の評価]
ケラチンフィルム成形品2種類(プレキャストフィルム、ソフトポストキャストフィルム)とスライドガラス(コントロール)の表面に下記試料(化粧水1−3、又は水)を滴下し、全自動接触角計(DM−701、協和界面科学株式会社社製)を用いて接触角の経時変化を測定した。なお、試料の滴下量は、プレキャストフィルムに対しては40μl、ソフトポストキャストフィルム及びスライドガラスに対しては20μlである。後述するように、プレキャストフィルムでは試料の浸透が早いため、容量を増やして解析を行った。結果を
図1に示す。
【0049】
<化粧水の処方及び特徴>
(化粧水1):みずみずしく、肌に素早く浸透する感触
成分 配合量(質量%)
グリセリン 2
1,3−ブチレングリコール 0.5
ジプロピレングリコール 0.5
キサンタンガム 0.02
エチルアルコール 3
ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン 2−デシルテトラデシルエーテル 0.1
イオン交換水 残余
(化粧水2):しっとりで、肌にゆっくり浸透する感触
成分 配合量(質量%)
グリセリン 4
1,3−ブチレングリコール 4
ジプロピレングリコール 5
ヒドロキシエチルセルロース 0.08
エチルアルコール 3
ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン 2−デシルテトラデシルエーテル 0.1
イオン交換水 残余
(化粧水3):こっくりで、肌にゆっくり浸透する感触
成分 配合量(質量%)
グリセリン 6
1,3−ブチレングリコール 0.5
ジプロピレングリコール 5
キサンタンガム 0.02
エチルアルコール 3
ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン 2−デシルテトラデシルエーテル 0.1
イオン交換水 残余
【0050】
図1において、まず滴下直後の接触角に注目すると、スライドガラスでは、いずれの試料でも約30度以下と小さいことから、これらの試料は同じようにガラス表面になじむことがわかる。これに対し、プレキャストフィルムとソフトポストキャストフィルムでは、化粧料と水の接触角が大きく異なっており(水の接触角:100度以上、化粧水の接触角:いずれも約55度以下)、これらのケラチンフィルムの表面は、化粧水にはなじむが水は弾くことが明らかとなった。
【0051】
次に、接触角の経時変化に注目すると、スライドガラスの結果から、化粧水1、3、2の順に揮発し易く、水が最も揮発しにくいことがわかる。スライドガラス上ではいずれの試料もガラス内部に浸透することはなく、各々の揮発し易さに従って接触角が減少するからである。
これに対し、プレキャストフィルムでは、化粧水1−3の接触角は速やかに減少し、滴下から80秒後にはいずれの化粧水の接触角も0度となること、すなわち、フィルム内にほぼ全量が浸透することが明らかとなった。また、水の接触角も、スライドガラス上よりも早く減少したことから、プレキャストフィルム内には水も浸透できることが示された。
一方、ソフトポストキャストフィルムでは、スライドガラス上と比べて水の接触角の減少速度に顕著な違いがなく、水はソフトポストキャストフィルム内にはほとんど浸透しないと考えられる。これに対し、化粧水の接触角はスライドガラス上よりも早く減少する傾向があり、フィルム内部に浸透できることが示された。
【0052】
よって、プレキャストフィルムでは、化粧水及び水が速やかに内部に浸透するが、化粧水の方が水よりも遥かに浸透し易いこと、そして、ソフトポストキャストフィルムでは、水は浸透しないが化粧水は浸透することが明らかとなった。
【0053】
正常なヒトの皮膚の角質層は、水は通さないが化粧料は浸透することができ、この選択的透過性によって皮膚を乾燥から防いでいる。この機能は角質バリア機能と呼ばれており、当該バリア機能が低下すると、角質層を通って内部から水分が蒸発し、乾燥肌や皮膚炎等を発症し易くなることが知られている。
【0054】
従って、上記結果より、本発明にかかるケラチンフィルムは、ヒト皮膚の角質層モデルに成り得ることが示された。
【0055】
[試験例2:乾燥からのバリア機能の評価]
次に、本発明にかかるケラチンフィルムを用いて、乳液塗布による効果を解析した。
ケラチンフィルム成形品2種類(プレキャストフィルム、ソフトポストキャストフィルム)に下記処方の乳液0.1gを塗布し、室温に1時間放置して乾燥させた。その後、塗布部に20μlのイオン交換水を滴下し、全自動接触角計(DM−701、協和界面科学株式会社社製)を用いて接触角の経時変化を測定した。コントロールとして、乳液非塗布部における水の接触角の測定も行った。結果を
図2に示す。
【0056】
<乳液の処方>
成分 配合量(質量%)
グリセリン 10
1,3−ブチレングリコール 5
ジプロピレングリコール 5
ポリエチレングリコール 1
カルボキシビニルポリマー 0.1
苛性ソーダ 適量
イソステアリン酸 0.5
ステアリン酸 0.5
ジメチルポリシロキサン 3
トリイソオクタン酸グリセリル 5
ヒドロキシエチルセルロース 0.1
イオン交換水 残余
【0057】
図2に示されるように、いずれのケラチンフィルムにおいても、非塗布部で約100度以上あった水の滴下直後の接触角が、乳液塗布部では約60度(プレキャストフィルム)、又は約48度(ソフトポストキャストフィルム)に大幅に減少していた。すなわち、乳液が浸透した結果、ケラチンフィルムの表面が、水を弾く性質から水になじむ性質に変化したことがわかる。さらに、プレキャストフィルムでは、塗布部での経時に伴う水の接角の減少が非常に緩やかになり、フィルム内部に水が浸透しにくくなったこと、すなわち、プレキャストフィルムに顕著な耐水性が賦与されたことが示された。
なお、本発明者は、さらに油分含有量の高い乳液を塗布した場合には、プレキャストフィルムだけでなく、ソフトポストキャストフィルムにおいても、経時に伴う水の接角の減少が緩やかになったことを確認している。
【0058】
これらの結果より、本発明にかかるケラチンフィルムを用いれば、化粧料の塗布によって付与される耐水性、すなわち、化粧料が奏する乾燥からのバリア効果を評価できることが示された。
【0059】
[試験例3:肌をなめらかにする効果の評価]
続いて、化粧料の肌をなめらかにする効果について評価した。
ケラチンフィルム成形品2種類(プレキャストフィルム、ソフトポストキャストフィルム)に試料(試験例1で用いた化粧水1−3、試験例2で用いた乳液)を塗布し、室温に1時間放置して乾燥させた。プレキャストフィルムには、各化粧水を0.2g、乳液を0.1g塗布し、ソフトポストキャストフィルムには、各化粧水を0.1g、乳液を0.1g塗布した。その後、摩擦感テスター KES−SE(カトーテック株式会社製)を用いて塗布部及び非塗布部の摩擦係数を測定し(試験回数(N)=3)、MIU及びMMD値を算出した。結果を
図3に示す。
【0060】
図3より、いずれのケラチンフィルムにおいても、乳液塗布部のMIU値は、非塗布部や化粧水塗布部のMIU値よりも大幅に低かった。よって、乳液の塗布により、ケラチンフィルムに指滑りの良さが付与されたことがわかる。そして、MMD値は、いずれのケラチンフィルムにおいても、非塗布部よりも化粧水及び乳液塗布部の方が大幅に低かった。よって、化粧水又は乳液の塗布により、ケラチンフィルム表面が非常になめらかになることが示された。さらに、ソフトポストキャストフィルムでは、乳液塗布部のMMD値は化粧水塗布部のMMD値よりも一段と低く、このことから、ソフトポストキャストフィルムを用いた場合には、肌をなめらかにする効果の違いをより感度良く評価できることが明らかとなった。
【0061】
以上の結果より、本発明にかかるケラチンフィルムを用いれば、化粧料塗布後のMIU及び/又はMMD値を測定することにより、化粧料が奏する肌をなめらかにする効果が評価できることが示された。
【0062】
[試験例4:紫外線遮蔽効果の評価]
さらに、化粧料の紫外線防御効果について評価した。
ソフトポストキャストフィルム成形品に、下記処方の紫外線遮蔽成分配合化粧料を塗布し(0.01g又は0.05g)、室温に1時間放置して乾燥させた。その後分光光度計(HITACHI U−350、株式会社日立製作所製)を用いて紫外吸収スペクトルを測定し(5回)、平均値(紫外吸収スペクトルの平均計測値)を算出した。コントロールとして、前記化粧料非塗布部における紫外吸収スペクトル及びスライドガラスの紫外吸収スペクトルの測定も行った。結果を
図4に示す。
【0063】
<紫外線遮蔽成分配合化粧料の処方>
成分 配合量(質量%)
メトキシケイヒ酸オクチル 5
ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン 2
1,3−ブチレングリコール 7
カルボキシビニルポリマー 0.1
アクリル酸・メタクリル酸アルキル共重合体 0.1
苛性ソーダ 適量
ジメチルポリシロキサン 5
エチルアルコール 10
ポリ(オキシエチレン・オキシプロピレン)メチルポリシロキサン共重合体 1
イソパラフィン 1
イオン交換水 残余
【0064】
図4Aは、紫外線遮蔽成分配合化粧料塗布部におけるケラチンフィルムの紫外吸収スペクトルの平均計測値を、スライドガラス単体の紫外吸収スペクトル平均計測値で割って算出される、波長ごとの値の対数の絶対値である。この結果より、ケラチンフィルム自体にも、290nm付近を中心に紫外線吸収能があることが明らかとなった。ケラチンタンパクには、皮膚角質層と同様にトリプトファン等の紫外線吸収能のあるアミノ酸が含まれており、この点においても、本方法は角質層を模した評価方法といえる。
図4Bは、紫外線遮蔽成分配合化粧料塗布部におけるケラチンフィルムの紫外吸収スペクトルの平均計測値を、前記化粧料非塗布部における紫外吸収スペクトル平均計測値で割って算出した、波長ごとの値の対数の絶対値である。当該値が大きいほど、紫外線遮蔽効果が高いことを意味する。この結果より、前記化粧料の塗布量に依存して紫外線遮蔽効果が高くなることと、さらに波長ごとの吸収特性を確認できることが示された。
【0065】
以上の結果より、本発明にかかるケラチンフィルムを用いれば、化粧料の紫外線防御効果が評価できることが示された。
【0066】
[試験例5:肌なじみの早さの評価]
続いて、本発明にかかるケラチンフィルムを用いて、化粧料の塗布時の使用感について評価を試みた。まず、使用者が重視する“塗布時の肌なじみの早さ”について検討した。
【0067】
プレキャストフィルム又はソフトポストキャストフィルムをフォースプレート(株式会社テック技販製)上に固定し、該フィルム上に下記試料を40μl(プレキャストフィルム)、又は20μl(ソフトポストキャストフィルム)滴下した。コントロールとして、フォースプレート上(=具体的にはアクリルプレート上)にも前記試料20μlを滴下した。動作検出センサ及び動作検出装置(特開2014−142206)を指に装着した専門パネル2名に、その指で前記試料を塗布してもらい、塗布過程で指の左右側面に生じるひずみを測定した。当該左右側面に生じるひずみの差を算出し、その経時変化を
図5B、Cに表した。
また、塗布過程で3軸方向に発生した力を前記フォースプレートで測定し、剪断力を算出してその経時変化を
図5D、Eとして表した。
さらに、前記動作検出センサ及び動作検出装置を指に装着した専門パネルに前記試料40μlを上腕内側に塗布してもらい、塗布過程で指の左右側面に生じるひずみの差を算出した(
図5A)。
【0068】
<試料の処方>
成分 配合量(質量%)
グリセリン 10
ヒドロキシエチルセルロース 0.1
イオン交換水 残余
【0069】
図5Aに示されるように、ヒト前腕内側に化粧料を塗布した場合には、化粧料が皮膚に浸透するにつれて指の左右側面のひずみの差が大きくなり、塗布開始から約45秒後に最大値に達した。よって、前記化粧料をヒト皮膚に塗布した場合には、約45秒後に「化粧料が肌になじんだ」という使用感が得られることがわかった。
これに対し、アクリルプレートに化粧料を塗布した場合には、化粧料の浸透による体積減少が起こらないので、指の左右側面のひずみの差が塗布開始の時点よりも大きくなることはなく、塗布開始から90秒後でも「肌になじんだ」という使用感は得られないことがわかった(
図5B)。
一方、プレキャストフィルムに化粧料を塗布した場合には、塗布開始後徐々に前記ひずみの差が大きくなり、約80秒後に最大値に達した。よって、前記化粧料をプレキャストフィルムに塗布した場合には、約80秒後に「肌になじんだ」という使用感が得られることが明らかとなった(
図5C)。
【0070】
同様に、剪断力の測定においても、アクリルプレートでは経時に伴う剪断力の増加は認められなかったが(
図5D)、プレキャストフィルムでは、約80秒後に剪断力が最大値に達して「肌になじんだ」という使用感が得られることが示された(
図5E)。
【0071】
上記結果より、本発明にかかるケラチンフィルムを用いれば、化粧料を塗布する過程で指に生じるひずみ又は剪断力が最大値に達するまでの時間を測定することで、該化粧料の肌なじみの早さを評価できることが示された。
【0072】
[試験例6:塗布時に指が受ける感触の評価]
続いて、塗布時に指が受ける感触の評価を試みた。
プレキャストフィルム又はソフトポストキャストフィルムをフォースプレート(株式会社テック技販製)上に固定し、各フィルム上に下記試料を滴下した。専門パネル6名に指で前記化粧料を塗布してもらい、塗布過程で発生した垂直力(
図6A)及び水平力(
図6B)を測定して摩擦係数(
図6C)を算出し、各々の経時変化をグラフ化した。そして、塗布開始から5−20秒間(非塗布部の場合)又は5−40秒間(水又は基剤を塗布した場合)における摩擦係数の平均値を算出し(
図6D)、さらに、全パネルにおける当該平均値を算出した(
図6E)。
【0073】
<試料>
・水
・基剤1:10%グリセリン水溶液
・基剤2:10%グリセリン、0.1% ヒドロキシエチルセルロース−水溶液
【0074】
図6より、塗布する試料によって前記摩擦係数の値は異なり(
図6C、D)、複数のパネルにおいて同様の傾向が認められた(
図6E)。すなわち、当該摩擦係数の平均値は、化粧料の特徴を表す(各化粧料に固有の)値として用いることができることがわかった。
よって、当該摩擦係数の値を用いて塗布時に指が受ける感触を数値化し、使用者の嗜好性を評価できることが示された。