特許第6656608号(P6656608)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6656608カルボキシル基含有叩解状アクリロニトリル系繊維、該繊維の製造方法及び該繊維を含有する構造体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6656608
(24)【登録日】2020年2月7日
(45)【発行日】2020年3月4日
(54)【発明の名称】カルボキシル基含有叩解状アクリロニトリル系繊維、該繊維の製造方法及び該繊維を含有する構造体
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/00 20060101AFI20200220BHJP
   D06M 11/84 20060101ALI20200220BHJP
   D21H 13/18 20060101ALI20200220BHJP
   D06M 101/28 20060101ALN20200220BHJP
【FI】
   D06M11/00 110
   D06M11/84
   D21H13/18
   D06M101:28
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2019-547538(P2019-547538)
(86)(22)【出願日】2019年5月27日
(86)【国際出願番号】JP2019020865
【審査請求日】2019年8月30日
(31)【優先権主張番号】特願2018-104466(P2018-104466)
(32)【優先日】2018年5月31日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004053
【氏名又は名称】日本エクスラン工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小見山拓三
(72)【発明者】
【氏名】水谷健太
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2005/085522(WO,A1)
【文献】 特開昭62−263378(JP,A)
【文献】 特開平11−293516(JP,A)
【文献】 特公昭39−000197(JP,B1)
【文献】 国際公開第2019/058966(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 11/00
D06M 11/84
D21H 13/18
D06M 101/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2〜4.0mmol/gのカルボキシル基量を有し、共有結合による架橋構造を実質的に有さない重合体で構成されている叩解状アクリロニトリル系繊維であって、坪量50g/mの紙形状としたときの収縮率が20%以下であることを特徴とする叩解状アクリロニトリル系繊維。
【請求項2】
水膨潤度が0.2倍以上であることを特徴とする請求項1に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維。
【請求項3】
濾水度が730ml以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維。
【請求項4】
アクリロニトリル系重合体を溶解した紡糸原液をノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の各工程を経て得られた未乾燥繊維を加水分解処理した後に叩解処理を施すことを特徴とする叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項5】
加水分解処理を、未乾燥繊維に塩基性水溶液または酸性水溶液を含浸し、絞った後に、湿熱雰囲気下で加熱することによって行うことを特徴とする請求項4に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項6】
湿熱雰囲気下での加熱温度が105〜140℃であることを特徴とする請求項5に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項7】
未乾燥繊維の水分率が20〜250%であることを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項8】
加水分解処理後に乾燥工程を経てから叩解処理を施すことを特徴とする請求項4〜7のいずれかに記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれかに記載の叩解状アクリロニトリル系繊維を含有する構造体。
【請求項10】
フィルター、衛材用品の吸収層及び拡散層、燃料電池拡散膜用カーボンシート並びに製紙製品の中から選択されたものであることを特徴とする請求項9に記載の構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボキシル基含有叩解状アクリロニトリル系繊維、該繊維の製造方法および該繊維を含有する構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
叩解状繊維は多分岐構造や高比表面積を特徴として有し、接着性や活性炭等の機能性粒子の捕捉性に優れることから、製紙、包材、塗料、建材、産業資材、美容、健康等様々な分野で応用されている。
【0003】
アクリル系繊維においてもその叩解は検討されており、特許文献1ではカルボキシル基を有する原料アクリル系繊維を叩解することで高度の接着性を有する叩解状アクリロニトリル系繊維が得られることを報告している。
【0004】
該繊維は、上述の接着性や機能性粒子の捕捉性に加え、カルボキシル基を有するため、易分散性、イオン吸着性、吸湿性、消臭性等の機能が発現し、様々な用途への応用が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−166118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の叩解状アクリロニトリル系繊維は、水に対する膨潤性が高いという特性を有しており、粉体捕捉性の面で有利とされている。しかし、この特性は加熱や乾燥により収縮しやすいという側面も生み出し、加工時における形態安定性が悪いという問題点を発生させてしまう。また、特許文献1の叩解状アクリロニトリル系繊維は、フィブリル化繊維が一度乾燥されるとフィブリルが互いに接着して、再び膨潤しなくなる性質をもっている。このため、一旦乾燥させてしまうとカルボキシル基の有するイオン吸着性、吸湿性、消臭性などの特性を有効に利用できないという問題点も有している。
【0007】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑みて創案されたものであり、その目的は、形態安定性に優れるカルボキシル基含有叩解状アクリロニトリル系繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上述の目的を達成するために鋭意検討を進めた結果、アクリロニトリル系重合体を溶解した紡糸原液をノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の各工程を経て得られた未乾燥繊維を加水分解することによって、マクロ的に見た場合にはカルボキシル基を有する部分が繊維構造内全体に存在している一方で、より微視的に見た場合には繊維を構成する各フィブリルの内部よりも表面により多くのカルボキシル基が存在するという構造を有する繊維を得ることができ、これを叩解処理することで、加工時の形態安定性に優れるとともに、カルボキシル基に由来する機能を十分に発揮することができるカルボキシル基含有叩解状アクリロニトリル系繊維が得られることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
即ち、本発明は以下の手段により達成される。
(1) 0.2〜4.0mmol/gのカルボキシル基量を有し、共有結合による架橋構造を実質的に有さない重合体で構成されている叩解状アクリロニトリル系繊維であって、坪量50g/mの紙形状としたときの収縮率が20%以下であることを特徴とする叩解状アクリロニトリル系繊維。
(2) 水膨潤度が0.2倍以上であることを特徴とする(1)に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維。
(3) 濾水度が730ml以下であることを特徴とする(1)または(2)に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維。
(4) アクリロニトリル系重合体を溶解した紡糸原液をノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の各工程を経て得られた未乾燥繊維を加水分解処理した後に叩解処理を施すことを特徴とする叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
(5) 加水分解処理を、未乾燥繊維に塩基性水溶液または酸性水溶液を含浸し、絞った後に、湿熱雰囲気下で加熱することによって行うことを特徴とする(4)に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
(6) 湿熱雰囲気下での加熱温度が105〜140℃であることを特徴とする(5)に記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
(7) 未乾燥繊維の水分率が20〜250%であることを特徴とする(4)〜(6)のいずれかに記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
(8) 加水分解処理後に乾燥工程を経てから叩解処理を施すことを特徴とする(4)〜(7)のいずれかに記載の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法。
(9) (1)〜(3)のいずれかに記載の叩解状アクリロニトリル系繊維を含有する構造体。
(10) フィルター、衛材用品の吸収層及び拡散層、燃料電池拡散膜用カーボンシート並びに製紙製品の中から選択されたものであることを特徴とする(9)に記載の構造体。
【発明の効果】
【0010】
本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、カルボキシル基を有しながら、後述する方法において25%以下という低い収縮率を達成できるものである。かかる本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、接着性や粒子捕捉性に優れるとともに、形態安定性にも優れているため、フィルターなどにおいて機能性粒子などを担持させるバインダーとして好適に使用することができる。さらに、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、カルボキシル基に由来するイオン交換性、吸湿、消臭、抗ウイルス、抗アレルゲン性などの機能も発揮することができるため、これらの機能を紙やフィルターに付与するための機能素材としても有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、カルボキシル基を含有するものであり、その含有量としては、後述する方法において、0.2〜4.0mmol/gであり、好ましくは0.4〜3.0mmol/g、より好ましくは0.6〜2.0mmol/gである。カルボキシル基量が0.2mmol/gに満たない場合には、接着性、粒子捕捉性、イオン交換性能等が十分に得られないことがあり、4.0mmol/gを超える場合には、繊維の親水性が高くなりすぎて、水に激しく膨潤したり、溶解したりするため、繊維物性に悪影響を及ぼす。また、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維の原料となる叩解前のアクリロニトリル系繊維(以下、未叩解繊維とも言う)において、良好な叩解性を得るためにも、上記に示した範囲のカルボキシル基を含有することが望ましい。
【0012】
また、上記未叩解繊維においては、共有結合による架橋構造が存在すると、繊維を構成する各高分子が連結されて叩解性を低下させるので、共有結合による架橋構造を実質的に有さないものを採用する。この結果、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維も共有結合による架橋構造を実質的に有さないものとなる。ここで、「共有結合による架橋構造を実質的に有さない」とは、架橋剤などを用いて意図的に形成させた架橋構造を有さないことを意味しており、後述する加水分解処理などにおいて意図せず副生する可能性のある微量の架橋構造までをも有さないことを意味するものではない。
【0013】
本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、坪量50g/mの紙形状としたときの収縮率が25%以下であり、好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下であることが望ましい。かかる収縮率が25%を超える場合、加工時や実使用時の形態安定性に問題が生じることがある。
【0014】
また、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、叩解処理後の湿潤状態から一旦乾燥させた後の水膨潤度(本発明において、単に「水膨潤度」ともいう)が好ましくは0.2倍以上、より好ましくは0.4倍以上、さらに好ましくは0.7倍以上、最も好ましくは1倍以上有するものである。かかる水膨潤度が0.2倍に満たない場合には、例えば浄水フィルター等に加工成形され乾燥された後、実使用時にほとんど水膨潤しないため、水中の除去対象であるイオンが繊維内部に到達しにくくなり、カルボキシル基の有するイオン吸着性の特性を有効に利用できなくなる場合がある。一方、水膨潤度が高すぎると、膨潤により止水したり、繊維が脆化して一部が脱落流出したりするなどの恐れがあるため、その上限としては好ましくは10倍、より好ましくは8倍である。
【0015】
本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、濾水度が730ml以下であることが望ましく、濾水度が730mlを超える場合、バインダー性、粒子捕捉性等が有意に発揮されない場合がある。
【0016】
また、本発明においては、未叩解繊維の内部構造において、カルボキシル基を有する部分がアクリロニトリル系重合体からなる繊維構造全体にわたって存在している一方で、分子レベルでは均一に混ざっていない構造であることが望ましい。かかる構造の具体的な例としては、アクリロニトリル系繊維を構成する小繊維(いわゆるフィブリル)が、表層部にカルボキシル基を有し、中心部にはカルボキシル基を有さない芯鞘構造となっているもの、すわなち鞘部にカルボキシル基を有する芯鞘構造の小繊維の集合体からなる構造を挙げることができる。ここで、繊維全体にわたって存在しているとは、後述する測定方法によって測定される繊維断面におけるマグネシウム元素の含有割合の変動係数CVが50%以下であること意味する。かかる変動係数CVは、好ましくは40%以下、より好ましくは30%以下である。
【0017】
繊維構造内においてカルボキシル基が偏って存在していたり、分子レベルで均一に存在していたりすると、十分な叩解性が得られないことがある。カルボキシル基を有する部分が繊維全体にわたって存在し、かつ分子レベルでは均一に混ざっていない構造においては、カルボキシル基を有する部分が水膨潤して引き裂かれやすくなるので、叩解によるフィブリル化が容易になる。
【0018】
また、叩解された各フィブリルの表面はカルボキシル基が豊富になるため、親水性や水分の拡散性が増すとともに、粒子捕捉性、接着性、イオン交換性等が発揮されやすくなる。一方で、各フィブリルの内部はアクリロニトリル系重合体が構成されているので、収縮しにくく、形態安定性に寄与する。
【0019】
また、未叩解繊維の叩解性をさらに良くするためには、カルボキシル基の対イオンが水素イオン以外のカチオンであることが好ましい。より具体的には、対イオンが水素イオン以外のカチオンである割合、すなわち、中和度が好ましくは25%以上、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは50%以上であることが望ましい。
【0020】
上記のカチオンの例としては、Li、Na、K等のアルカリ金属、Mg、Ca、Ba等のアルカリ土類金属、Cu、Zn、Al、Mn、Ag、Fe、Co、Ni等の金属、NH、アミン等の陽イオンなどが挙げられ、複数種類の陽イオンが混在していてもよい。中でも、Li,Na,K,Mg,Ca,Zn等が好適である。
【0021】
上述してきた本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維の製造方法としては、アクリロニトリル系重合体を溶解した紡糸原液を、ノズルから紡出し、凝固、水洗、延伸の各工程を経て得られた未乾燥繊維を加水分解して未叩解繊維を作製し、該未叩解繊維を叩解する方法を挙げることができる。以下に、かかる製造方法について詳述する。
【0022】
まず、原料となるアクリロニトリル系重合体は、重合組成としてアクリロニトリルを好ましくは40重量%以上、より好ましくは50重量%以上、さらに好ましくは85重量%以上含有するものである。従って、該アクリロニトリル系重合体としては、アクリロニトリル単独重合体のほかに、アクリロニトリルと他のモノマーとの共重合体も採用できる。共重合体における他のモノマーとしては、特に限定はないが、ハロゲン化ビニル及びハロゲン化ビニリデン;(メタ)アクリル酸エステル(なお(メタ)の表記は、該メタの語の付いたもの及び付かないものの両方を表す);メタリルスルホン酸、p−スチレンスルホン酸等のスルホン酸基含有モノマー及びその塩、アクリルアミド、スチレン、酢酸ビニル等が挙げられる。
【0023】
次に、かかるアクリロニトリル系重合体を用いて、湿式紡糸により繊維化を行うが、溶剤として、ロダン酸ソーダ等の無機塩を用いた場合で説明すれば以下のようになる。まず、上述のアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡糸原液を作製する。該紡糸原液をノズルから紡出後、凝固、水洗、延伸の各工程を経て、未乾燥繊維(以下、ゲル状アクリロニトリル系繊維ともいう)の水分率を20〜250重量%、好ましくは25〜130重量%、より好ましくは30〜100重量%とする。
【0024】
ここで、ゲル状アクリロニトリル系繊維の水分率が20重量%未満の場合には、後述する加水分解処理において薬剤が繊維内部に浸透せず、カルボキシル基を繊維全体にわたって生成させることができなくなる場合がある。また、250重量%を超える場合には繊維内部に水分を多く含み、繊維強度が低くなりすぎるため、可紡性が低下し好ましくない。繊維強度の高さをより重視する場合には、25〜130重量%の範囲内とするのが望ましい。また、ゲル状アクリロニトリル系繊維の水分率を上記範囲内に制御する方法は多数あるが、例えば、凝固浴温度としては−3℃〜15℃、好ましくは−3℃〜10℃、延伸倍率としては5〜20、好ましくは7〜15倍程度が望ましい。
【0025】
かかるゲル状アクリロニトリル系繊維は、次に加水分解処理を施される。該処理により、ゲル状アクリロニトリル系繊維中のニトリル基が加水分解され、カルボキシル基が生成される。
【0026】
かかる加水分解処理の手段としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アンモニア等の塩基性水溶液、あるいは、硝酸、硫酸、塩酸等の水溶液を含浸、または浸漬した状態で加熱処理する手段が挙げられる。具体的な処理条件としては、上述したカルボキシル基の量の範囲などを勘案し、処理薬剤の濃度、反応温度、反応時間等の諸条件を適宜設定すればよいが、一般的には、0.5〜20重量%、好ましくは1.0〜15重量%の処理薬剤を含浸、絞った後、湿熱雰囲気下で、温度105〜140℃、好ましくは110〜135℃で10〜60分処理する条件の範囲内で設定することが工業的、繊維物性的にも好ましい。また、105℃未満であると繊維の着色が強くなることがある。なお、湿熱雰囲気とは、飽和水蒸気または過熱水蒸気で満たされた雰囲気のことを言う。
【0027】
上述のようにして加水分解処理を施された繊維中には、加水分解処理に用いられたアルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アンモニア等の種類に応じたアルカリ金属やアンモニウムなどのカチオンを対イオンとする塩型カルボキシル基が生成しているが、引き続き、必要に応じてカルボキシル基の対イオンを変換する処理を行ってもよい。硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩などの金属塩水溶液によるイオン交換処理を行えば、所望の金属イオンを対イオンとする塩型カルボキシル基とすることができる。さらに、水溶液のpHや金属塩濃度・種類を調整することで、異種の対イオンを混在させたり、その割合を調整したりすることも可能である。
【0028】
上記のようにしてカルボキシル基が導入された繊維、すなわち未叩解繊維は必要に応じて、水洗、乾燥、カットされ、次に叩解処理が行われるが、叩解方法は限定されるものでなく、ビータやリファイナーなどの叩解機を用いることができる。
【0029】
以上のようにして本発明にかかる叩解状アクリロニトリル系繊維が得られるが、未叩解繊維の製造については既存のアクリル繊維の連続生産設備を流用することで連続的に実施することができる。また、上述の方法においては、ロダン酸ソーダ等の無機塩を溶剤に用いているが、有機溶剤を用いる場合でも上記条件は同じである。ただし、溶剤の種類が異なっているので、凝固浴温度については、その溶剤に適した温度を選択して、ゲル状アクリロニトリル系繊維の水分率を上記範囲内に制御する。
【0030】
また、上述のような製造方法においては、ボイド構造を有するゲル状アクリロニトリル系繊維を加水分解処理することから、繊維表面から順次加水分解するのではなく、薬剤がボイドを伝わって繊維内奥部にも浸透し、繊維全体にわたって加水分解するものと考えられる。さらに微視的に見ると、一般にアクリロニトリル系繊維は微小フィブリルの集まりとして存在していることから、薬剤はフィブリル間に浸透し、フィブリル表面から加水分解が進行して、フィブリル内部は加水分解を受けずにもとのアクリロニトリル系重合体が残っていることが予想される。すなわち、カルボキシル基を有する部分が繊維全体にわたって存在し、かつ分子レベルでは均一に混ざっていない構造ができあがり、カルボキシル基を有する部分を境界としてフィブリル化が容易となる。そして、叩解後には、各フィブリル表面のカルボキシル基により粒子捕捉性が向上し、内部に残存したアクリロニトリル系重合体で低熱収縮性が発現するものと推測される。
【0031】
なお、上述した製造方法において、ゲル状アクリロニトリル系繊維、すなわち延伸後の未乾燥繊維を用いず、乾燥後のアクリロニトリル系繊維に加水分解処理を施した場合には、薬剤が繊維内奥部には浸透せず、繊維表面から順次加水分解することになるため、繊維表層部にカルボキシル基が多く、繊維内奥部にはカルボキシル基が少ない構造が誘導される。このような構造では、叩解性が著しく悪化する。
【0032】
上述してきた本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維は、粒子捕捉性や補強材機能のほか、カルボキシル基に由来するイオン交換性、吸湿性、消臭性、抗ウイルス性などの機能を有しているので、単独で又は他の素材と組み合わせて、多くの用途で有用な構造体として利用できる。該構造体においては、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維の含有率を好ましくは5重量%以上、より好ましくは10重量%以上、さらに好ましくは20重量%以上とすることが、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維の効果を得る観点から望ましい。
【0033】
該構造体の外観形態としては、紙状物、シート状物、積層体、球状や円筒状の成型体等がある。該構造体内における本発明の繊維の含有形態としては、他の繊維や樹脂組成物などの素材との混合により、実質的に均一に分布させたもの、複数の層を有する構造の場合には、いずれかの層(単数でも複数でも良い)に集中して存在せしめたものや、夫々の層に特定比率で分布せしめたもの等がある。
【0034】
上記に例示した構造体の外観形態や含有形態、該構造体を構成する他の素材、および該構造体と組み合わせる他の部材をいかなるものとするかは、最終製品の種類(例えば、衛材用品(おむつ、尿吸収パッド、生理用ナプキンなど)の拡散層や吸収層、燃料電池拡散膜用カーボンシート、浄水フィルター、活性炭担持シートやフィルター、抄紙用バインダー、製紙製品、湿式摩擦材など)に応じて要求される機能、特性、形状や、かかる機能を発現することへの本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維の寄与の仕方等を勘案して適宜決定される。
【0035】
なお、上記の各用途においては、本発明の叩解状アクリロニトリル系繊維の特性が有効に活用することができる。例えば、衛材用品の拡散層用途においてはフィブリルの親水性により、尿などの拡散性を向上することができ、また、衛材用品の吸収層用途や活性炭担持シート用途などにおいては、粒子捕捉性を利用して吸水樹脂や活性炭粒子を固定することができる。
【実施例】
【0036】
以下に本発明の理解を容易にするために実施例を示すが、これらはあくまで例示的なものであり、本発明の要旨はこれらにより限定されるものではない。実施例中、部及び百分率は特に断りのない限り重量基準で示す。また、各特性の測定は以下の方法により実施した。
【0037】
<繊維構造内のカルボキシル基の分布状態>
未叩解繊維の試料を、該繊維に含まれるカルボキシル基量の2倍に相当する硝酸マグネシウムを溶解させた水溶液に50℃×1時間浸漬することによりイオン交換処理を実施し、水洗、乾燥することにより、カルボキシル基の対イオンをマグネシウムとする。マグネシウム塩型とした繊維試料について、エネルギー分散型X線分光器(EDS)を用い、繊維断面の外縁から中心にかけて概ね等間隔で選んだ10点の測定点におけるマグネシウム元素の含有割合を測定する。得られた各測定点の数値から次式により変動係数CV[%]を算出する。
変動係数CV[%]=(標準偏差/平均値)×100
【0038】
<カルボキシル基量>
叩解した試料を約1g秤量し、1mol/l塩酸50mlに30分浸漬後、水洗し浴比1:500で純水に15分間浸漬する。浴pHが4以上となるまで水洗した後、熱風乾燥機にて105℃で5時間乾燥させる。乾燥した試料を約0.2g精秤し(W1[g])、これに100mlの水と0.1mol/l水酸化ナトリウム15ml、塩化ナトリウム0.4gを加えて攪拌する。次いで金網を用いて試料を漉しとり、水洗する。得られたろ液(水洗液も含む)にフェノールフタレイン液を2〜3滴を加え、0.1mol/l塩酸で常法に従って滴定を行い消費された塩酸量(V1[ml])を求め、次式により全カルボキシル基量を算出する。
全カルボキシル基量[mmol/g]=(0.1×15−0.1×V1)/W1
【0039】
<中和度>
叩解した試料を熱風乾燥機にて105℃で5時間乾燥して約0.2g精秤し(W2[g])、これに100mlの水と0.1mol/l水酸化ナトリウム15ml、塩化ナトリウム0.4gを加えて攪拌する。次いで金網を用いて試料を漉しとり、水洗する。得られたろ液(水洗液も含む)にフェノールフタレイン液を2〜3滴を加え、0.1mol/l塩酸で常法に従って滴定を行い消費された塩酸量(V2[ml])を求める。次式によって、試料に含まれるH型カルボキシル基量を算出し、その結果と上述の全カルボキシル基量から中和度を求める。
H型カルボキシル基量[mmol/g]=(0.1×15−0.1×V2)/W2
中和度[%]=[(全カルボキシル基量−H型カルボキシル基量)/全カルボキシル基量]×100
【0040】
<濾水度(CSF)>
JIS P 8121−2:2012 パルプ−ろ水度試験方法−第2部:カナダ標準ろ水度法に従って測定する。
【0041】
<収縮率>
叩解したサンプルを水スラリーとし、熊谷理機工業(株)製角型シートマシンを用いて坪量50g/m、サイズ25cm×25cmに抄紙する。次いで、105℃×1時間の条件で乾燥し、4つの辺の長さをそれぞれ測定する。測定値から一辺の長さの平均値(B[cm])を求め、次式によって収縮率を算出する。
収縮率(%)=(25−B)/25×100
【0042】
<水膨潤度>
叩解したサンプルを水スラリーとし、熊谷理機工業(株)製角型シートマシンを用いて坪量50g/mとなるように抄紙を行い、105℃×1時間の条件で乾燥して評価用の紙を作成し、重量(W3[g])を測定する。かかる評価用の紙を純水に浸漬させた後、1200rpmにて5分間遠心脱水を行う。脱水後の重量(W4[g])を測定し、下記の式にて水膨潤度を算出する。
水膨潤度[倍]=(W4−W3)/W3
なお、遠心脱水はKUBOTA社製遠心脱水装置(KS−8000)を用い、ステンレスバスケットを装着したユニバーサルスイングロータ(RS3000/6)を使用することによって行う。
【0043】
<活性炭捕捉量>
固形分換算で1g相当の叩解したサンプルを純水1Lに加え撹拌する。その中に粉末活性炭(太平化学産業製ブロコールB印活性炭/平均粒子径90μm)を6g加えて30分撹拌する。その後目開き173μmのふるい(面積200cm)でろ過を行い、ふるい上のろ過物の105℃×5時間乾燥後の重量(A[g])を測定し、下記式によりサンプル1gあたりの活性炭捕捉量を算出した。
活性炭捕捉量(g/g)=(A−1)/1
【0044】
<紙力(接着性)>
叩解したサンプル/アクリル短繊維(繊度0.4dtex,繊維長3.0mm)=30/70の重量比率で水スラリーを作成し、熊谷理機工業(株)製角型シートマシンを用いて坪量50g/mとなるように抄紙を行い、熱カレンダーで乾燥して評価用の紙を作成した。得られた紙を2cm(W)×10cm(L)の大きさに切断し、引っ張り試験機(エー・アンド・デイ社製RTA500(U−1573))を用いて、引っ張り速度2cm/分として破断強度を測定した。破断強度が大きいほど接着性に優れていると判断される。
【0045】
<鉛吸着性(イオン交換性)>
(試験液の調整)
1Lのメスフラスコに蒸留水0.5Lを入れ、硫酸マグネシウム七水和物84mg、塩化カルシウムに水和物100mg、炭酸水素ナトリウム166mgおよび次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素6%以上)10.5mgを加えて、完全に溶解させる。次いで、9.3%硝酸鉛水溶液1.2mlを加え、蒸留水を標線手前まで加えた後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH8.3〜8.8の範囲に調整する。十分に撹拌したのち、蒸留水を標線まで加えて1Lとする。
(鉛吸着試験)
上記のようにして調整した試験液200gに乾燥換算重量0.2gの叩解した試料を加え、20℃の恒温槽内において5時間静置する。次いで、ろ過を行い、ろ液中の鉛をICP質量分析法(JIS K 0102:2016 54.4)にて定量した。なお、ブランク条件の鉛濃度は70ppbであり、これよりもろ液中の鉛濃度が低いほど吸着性能が優れていると言える。
【0046】
<ゲル状アクリロニトリル系繊維の水分率>
ゲル状アクリロニトリル系繊維を純水中に浸漬した後、遠心脱水機(国産遠心機(株)社製TYPE H−770A)で遠心加速度1100G(Gは重力加速度を示す)にて2分間脱水する。脱水後重量を測定(W5[g]とする)後、該未乾燥繊維を120℃で15分間乾燥して重量を測定(W6[g]とする)し、次式により計算する。
ゲル状アクリロニトリル系繊維の水分率(%)=(W5−W6)/W5×100
【0047】
<実施例1>
アクリロニトリル90%及びアクリル酸メチル10%からなるアクリロニトリル系重合体10部を44%のチオシアン酸ナトリウム水溶液90部に溶解した紡糸原液を、−2.5℃の凝固浴に紡出し、凝固、水洗、12倍延伸して水分率が35%のゲル状アクリロニトリル系繊維を得た。該繊維を1.5%の水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬し、絞った後に、湿熱雰囲気中で、123℃×25分間加水分解処理を行い、水洗後、105℃×1時間乾燥し、未叩解繊維を得た。該未叩解繊維を4mmにカットし、濃度1%の水スラリーとした後、ナイアガラビーター(熊谷理機工業製BE−23)を用いて、重錘2kgにて表1に記載の叩解時間で叩解処理を行い、実施例1の叩解状アクリロニトリル系繊維を得た。なお、4mmにカットした未叩解繊維の濾水度は760mlであった。
【0048】
<実施例2〜5>
実施例1の処方において、水酸化ナトリウム水溶液の濃度を4.0%に変更することおよび表1に記載の叩解時間で叩解処理すること以外は同様にして、実施例2〜5の叩解状アクリロニトリル系繊維を得た。
【0049】
<実施例6〜8>
実施例1の処方において、水酸化ナトリウム水溶液の濃度を実施例6では7.5%、実施例7では10.0%、実施例8では20.0%に変更することおよび表1に記載の叩解時間で叩解処理すること以外は同様にして、実施例6〜8の叩解状アクリロニトリル系繊維を得た。
【0050】
<実施例9>
実施例5の処方において、加水分解処理工程と水洗工程の間に、純水中で硝酸によりpHを3.5に調整し、60℃で30分間保持する工程を挿入すること以外は同様にして、実施例9の叩解状アクリロニトリル系繊維を得た。
【0051】
<比較例1>
実施例2の処方において、叩解処理を実施しないこと以外は同様にして、比較例1の繊維を得た。
【0052】
<比較例2、3>
アクリロニトリル95%及びメタクリル酸2%及びアクリル酸メチル3%からなるアクリロニトリル系重合体10部を44%のチオシアン酸ナトリウム水溶液90部に溶解した紡糸原液を、常法に従って紡出し、凝固、水洗、延伸した後、乾燥せずに4mmにカットを行い、実施例1と同様の方法で叩解処理を行い、比較例2および3の繊維を得た。
【0053】
<比較例4>
比較例2において延伸後に105℃×1時間乾燥させたこと以外は同様に処理を行い、比較例4の繊維を得た。
【0054】
<比較例5>
実施例1において、ゲル状アクリロニトリル系繊維の代わりに、該繊維に対して、乾熱処理(110℃)と湿熱処理(60℃)を2回交互に行うことにより得られた緻密化繊維を用いて、加水分解処理以降の処理を同様に行い、比較例5の繊維を得た。叩解前の繊維のカルボキシル基の分布状態のCV値は大きく、繊維表層部位のみにカルボキシル基が導入されている芯鞘構造であった。
【0055】
上述の実施例、比較例において得られた繊維の評価結果を表1に示す。なお、表中の「−」は測定していないことを示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示すように、実施例1〜8においては、未叩解繊維の叩解性が良好であり、得られる叩解状アクリロニトリル系繊維も収縮率が低く、形態安定性に優れており、また、鉛吸着性からイオン交換能を有していることも分かる。なお、実施例5の中和度を低下させた実施例9では濾水度が低くなる結果となり、中和度の高い方が叩解性が良好となることが示された。
【0058】
一方、叩解処理を行っていない比較例1は紙力が測定できないほど弱く、活性炭捕捉量も低く実用性の低いものであった。これに対して、わずかに叩解処理を施した実施例2では紙力を有しており、本発明においてはわずかな叩解でもバインダー性が得られることが示された。
【0059】
また、カルボキシル基を含有するモノマーを共重合したポリマーからアクリロニトリル系繊維を作成した比較例2および3では収縮率が高く、形態安定性に問題があった。さらに、かかる比較例2と濾水度が同じである実施例1を比較すると、本発明の実施例1の方が、紙力(接着性)および活性炭捕捉量が良好であり、本発明の繊維が、接着性、粒子捕捉性にも優れていることが分かる。
【0060】
また、カルボキシル基を含有するモノマーを共重合したポリマーから得られたアクリロニトリル系繊維に乾燥処理を施した比較例4、および、カルボキシル基を有する部分が繊維構造内に存在していない(繊維表層部位のみカルボキシル基が導入されている)原料繊維を用いた比較例5では叩解が進行せず、紙を作成することもできなかった。
【要約】
【課題】カルボキシル基を有する叩解状アクリロニトリル系繊維は、水に対する膨潤性が高いという特性を有しており、粉体捕捉性の面で有利とされている。しかし、この特性は加熱や乾燥により収縮しやすいという側面も生み出し、加工時における形態安定性が悪いという問題点を発生させてしまう。本発明の目的は、形態安定性に優れるカルボキシル基含有叩解状アクリロニトリル系繊維を提供することにある。
【解決手段】0.2〜4.0mmol/gのカルボキシル基量を有し、共有結合による架橋構造を実質的に有さない重合体で構成されている叩解状アクリロニトリル系繊維であって、坪量50g/mの紙形状としたときの収縮率が25%以下であることを特徴とする叩解状アクリロニトリル系繊維。
【選択図】なし