【実施例】
【0069】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0070】
〔実施例1〕
子宮内膜症性卵巣嚢胞(「子宮内膜症性嚢胞」または「内膜症性嚢胞」ともいう。)の嚢胞液を検体として、嚢胞液中の総鉄濃度をICP(inductively-coupled plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法により測定した。ICP分析装置としては、バリアン社製、Vista−MPX型の分析装置を用いた。
【0071】
この測定結果を表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
嚢胞液中の総鉄濃度を測定した結果、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している場合(卵巣癌を発症している場合;以下、「癌群」と称する。)は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化していない場合(良性卵巣嚢腫である場合;以下「非癌群」と称する。)と比較して、相対的に総鉄濃度が低いことが明らかになった。
【0074】
さらに、この結果を癌群と非癌群とに分け、癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を
図1に示す。この結果、癌群における総鉄濃度の平均値(=26.95mg/L)と、非癌群における総鉄濃度の平均値(=326.2mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p=0.002)。
【0075】
以上の結果から、嚢胞液中の総鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
【0076】
〔実施例2〕
良性卵巣嚢腫の嚢胞液の組成、および癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の組成を明らかにするために、電子吸収スペクトルを測定した。
【0077】
各嚢胞液をウエルに分注し、このときの電子吸収スペクトルをマイクロプレートリーダー(CORONA製、SH−1200)によって測定した。
【0078】
このときの測定結果を
図2に示す。電子吸収スペクトルを測定した結果、非癌群の嚢胞液では、408nm、538nm、575nmおよび625nmに吸収極大が観測された。一方、癌群の嚢胞液では、412nm、543nmおよび577nmに吸収極大が観測された。これらのスペクトルから、非癌群の嚢胞液は、メトヘムが主たる組成であることが明らかになった。一方、癌群の嚢胞液は、オキシヘムが主たる組成であることが明らかになった。
【0079】
〔実施例3〕
実施例2の結果から、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の主組成がヘム由来の鉄(ヘム鉄)であることが推測された。そこで、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中に含まれているヘム鉄の量を定量的に測定し、嚢胞液のより詳しい組成を明らかにした。
【0080】
実施例1と同様に、癌群および非癌群の嚢胞液を検体として、ヘム鉄量を、Triton−MeOHアッセイ発色法により定量した。定量キットは、メタロアッセイLSヘムアッセイキット(メタロジェニクス社製)を使用し、CORONA製SH−1200型マイクロプレートリーダーにより電子吸収スペクトルを測定した。
【0081】
この測定結果を表2に示す。
【0082】
【表2】
【0083】
また、実施例1と同様に、癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を
図3に示す。
【0084】
図3に示した結果から、非癌群の嚢胞液中の総鉄濃度とヘム鉄濃度とはほぼ一致することが明らかになった。従って、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の主たる組成は、血液に由来するヘム鉄であることが判明した。さらに、各群におけるヘム鉄濃度の平均値(癌群43.63mg/L、非癌群342.19mg/L)の間に有意な差が認められた(p=0.013)。このことから、実施例1の結果と同様に、嚢胞液中のヘム鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
【0085】
実施例1と実施例3の結果から、癌群の嚢胞液中の総鉄濃度またはヘム鉄濃度の最高値は62.3mg/L(表2の症例L)であり、非癌群の嚢胞液中の総鉄濃度またはヘム鉄濃度の最低値は65.3mg/L(表1の症例H 1)であった。そこで、発明者らは、嚢胞液中の総鉄濃度またはヘム鉄濃度が63mg/L以上である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化していない可能性があり(良性卵巣嚢腫である可能性があり)、これに対して、嚢胞液中のヘム鉄濃度が0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であると判断した。
【0086】
また、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の総鉄濃度とヘム鉄濃度とがほぼ一致していることから、嚢胞液中のヘム鉄濃度を測定する代わりに、ヘム濃度を測定し、得られた測定値を鉄濃度に換算して、この換算値を、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するための指標にしてもよい。
【0087】
〔実施例4〕
実施例3によって、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の主組成がヘム鉄であることが明確になったが、生体内の鉄に関連した化学種としては、非ヘム鉄として遊離鉄(フリー鉄)がある。しかし、これまで、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種は不明であった。そこで、嚢胞液中の遊離鉄量を定量的に測定した。
【0088】
実施例1と同様に、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を検体として、遊離鉄濃度を、キレート発色法により定量した。定量キットは、メタロアッセイ鉄測定LS(メタロジェニクス社製)を使用し、CORONA製SH−1200型マイクロプレートリーダーにより電子吸収スペクトルを測定した。
【0089】
この測定結果を表3に示す。
【0090】
【表3】
【0091】
また、実施例1と同様に、癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を
図4に示す。
【0092】
図4に示した結果から、意外にも、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の遊離鉄濃度は、総鉄濃度の僅か20%以下であることが明らかになった。従来、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種のほとんどは、遊離鉄であると推測されていたが、本実施例により、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種の主組成はヘム鉄であり、且つ遊離鉄は僅かであることが明らかになった。
【0093】
さらに、各群における遊離鉄濃度の平均値(癌群4.9mg/L、非癌群24.6mg/L)の間に有意な差が認められた(p=0.002)。このことから、嚢胞液中の遊離鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
【0094】
癌群の嚢胞液中の遊離鉄濃度の最高値は7.1mg/L(表3の症例N)であり、非癌群の嚢胞液中の遊離鉄濃度の最低値は11.0mg/L(表3の症例F)であった。そこで、発明者らは、嚢胞液中の遊離鉄濃度が10mg/L以上である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化していない可能性があり(良性卵巣嚢腫である可能性があり)、これに対して、嚢胞液中の遊離鉄濃度が0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であると判断した。
【0095】
〔実施例5〕
実施例2の結果から、発明者らは、嚢胞中のオキシヘム量とメトヘム量の存在割合により、癌の可能性を判定できるものと着想した。
【0096】
これを検証するため、表4に示す症例における嚢胞液のオキシヘム量とメトヘム量について、580nmおよび620nmの波長をそれぞれオキシヘムのマーカー波長およびメトヘムのマーカー波長として、これらの感度をマイクロプレートリーダー(CORONA製、SH−1200)により測定し、得られた感度から、感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を算出した。この結果を表4に示す。
【0097】
【表4】
【0098】
次に、癌群における感度比の平均値と、非癌群における感度比の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した。この結果を
図5に示す。
【0099】
この結果、各群におけるオキシヘムのマーカー波長とメトヘムのマーカー波長の感度比の平均値の間に有意差(p<0.001)が認められた。このことから、嚢胞液中のオキシヘムとメトヘムとの感度比を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。つまり、最も簡便には嚢胞液のメトヘムに帰属されるマーカー波長である620nm付近の波長の感度(あるいは吸光度)、オキシヘムに帰属されるマーカー波長である580nm付近の波長の感度(吸光度)を分光学的測定機器(吸光光度計、デンシトメーター、反射スペクトル観測装置等)により測定し、その感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を求め、その感度比が0.5を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.5以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であることが明らかになった。
【0100】
〔実施例6〕
前述の実施例に追加して、新たな子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を検体として、嚢胞液中の各鉄濃度を測定した。最終的な総検体数は47件で、非癌群36件、癌群11件を含む。
追加した新たな検体数は27件(症例数25)で、そのうち癌化していたものは8件であった(明細胞腺癌:5例、類内膜腺癌:2例、粘膜性腺癌:1例)。これらは、表5、7の症例番号19〜76に該当し、症例番号1〜17は実施例1〜5の検体を含む。
(1)総鉄濃度:実施例1と同様の方法で、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を検体として、嚢胞液中の総鉄濃度をICP発光分析法により測定した。
(2)ヘム鉄濃度:実施例3と同様の方法で、上記嚢胞液を検体として、ヘム鉄量を、Triton−MeOHアッセイ発色法により定量した。
(3)遊離鉄濃度:実施例4と同様の方法で、上記嚢胞液を検体として、遊離鉄濃度を、キレート発色法により定量した。
(4)オキシヘム量とメトヘム量の存在割合(感度比):実施例5と同様の方法で、上記嚢胞液のオキシヘム量とメトヘム量について、580nmおよび620nmの波長をそれぞれオキシヘムのマーカー波長およびメトヘムのマーカー波長として、これらの感度をマイクロプレートリーダーにより測定し、得られた感度から、感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を算出した。
【0101】
上記(1)〜(3)の各鉄濃度の測定結果は、表5に記載した。上記(4)の嚢胞中のオキシヘム量、メトヘム量、およびその存在割合(感度比)の結果を、表7に示す。
【0102】
【表5】
【0103】
子宮内膜症性卵巣嚢胞(チョコレート嚢胞)n=36、内膜症関連卵巣癌n=11
【表6】
【0104】
以下、表5、6を参照。
(1)総鉄濃度(内膜症n=36、卵巣癌n=11)
嚢胞液中の総鉄濃度を測定した結果、実施例1の結果と同様に、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している場合(癌群)は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化していない場合(良性卵巣嚢腫である場合;非癌群)と比較して、相対的に総鉄濃度が低いことは明らかであった。
【0105】
さらに、癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、癌群における総鉄濃度の平均値(=14.2mg/L)と、非癌群における総鉄濃度の平均値(=244.4mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p=0.001)。表6、参照。
【0106】
以上の結果から、実施例1の結果と同様に、嚢胞液中の総鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
今回の集計では、総鉄濃度は64.8mg/Lをカットオフ値とすると、感度90.9%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率97.3%であった。
この場合、嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、64.8mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
上記総鉄濃度カットオフ値:64.8mg/Lより低い検体は10件あり、全て癌化した検体であって、非癌であった検体は1件もなかった。また、64.8mg/Lより高くて、癌であった検体は、47検体中1件症例(症例番号33)のみであった。
【0107】
(2)ヘム鉄濃度(内膜症n=35、卵巣癌n=10)
実施例3と同様に、癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、癌群におけるヘム鉄濃度の平均値(=27.6mg/L)と、非癌群におけるヘム鉄濃度の平均値(=303.9mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p=0.001)。表6、参照。
【0108】
以上の結果から、実施例3の結果と同様に、嚢胞液中のヘム鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
今回の集計では、ヘム鉄濃度は72.7mg/Lをカットオフ値とすると、感度90%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率97.2%であった。
この場合、嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、72.7mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
上記ヘム鉄濃度カットオフ値:72.7mg/Lより低い検体は10件あり、全て癌化した検体であって、非癌であった検体は1件もなかった。また、72.7mg/Lより高くて、癌であった検体は、上記(1)と同様、47検体中1件症例(症例番号33)のみであった。
【0109】
(3)遊離鉄濃度(内膜症n=35、卵巣癌n=10)
実施例4の結果と同様、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の遊離鉄濃度は、総鉄濃度の僅か20%以下のものがほとんどであることが明らかであった。従来、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種のほとんどは、遊離鉄であると推測されていたが、前記実施例4での結果と同様に本実施例6の場合でも、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種の主組成はヘム鉄であり、且つ遊離鉄は僅かであることが明らかになった。
【0110】
実施例4と同様に、癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、癌群における遊離鉄濃度の平均値(=3.9mg/L)と、非癌群における遊離鉄濃度の平均値(=13.5mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p<0.001)。表6、参照。
【0111】
以上の結果から、実施例4の結果と同様に、嚢胞液中の遊離鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
今回の集計では、遊離鉄濃度は7.18mg/Lをカットオフ値とすると、感度90.0%、特異度91.4%、陽性的中率75%、陰性的中率97.0%であった。
この場合、嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、7.18mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
上記遊離鉄濃度カットオフ値:7.18mg/Lより低い検体は12件あり、そのうち9件は癌化した検体であって、非癌であった検体は3件(症例番号31,36,62)であった。また、7.18mg/Lより高くて、癌であった検体は、47検体中1件(症例33)のみであった。
【0112】
<カットオフ値の標準化>
上記実施例1、3、4、6における(1)総鉄濃度、(2)ヘム鉄濃度、(3)遊離鉄濃度の各々のカットオフ値については、検査に用いる装置・試薬類や、検査を行うラボ・研究室・会社等により異なる可能性がある。濃度測定キャリブレーションの仕方によってカットオフ値が異なる場合もある。一般的には、各検査施設は、個々に症例を集めて得た各鉄濃度のカットオフ値を基準として、被験体での各鉄濃度測定を行い、その結果を比較・判定するか、各測定・診断装置のために事前に最適に標準化されたカットオフ値を用いて判定する必要がある。本発明の複数の実施態様は、基準とするためのカットオフ値の算出方法を示している。
【0113】
<組合せ判定・診断>
上記(1)総鉄濃度、(2)ヘム鉄濃度、または、(3)遊離鉄濃度のいずれか、または全ての組合せ結果に基づいて判定することもできる。
さらに、前記したように、(1)総鉄濃度と(2)ヘム鉄濃度は、ほぼ同様の値を示すことから、これらのいずれかと(3)遊離鉄濃度との結果を組み合わせて判定することもできる。例えば、(1)または(2)の値が、カットオフ値より高値の場合、癌のリスクが高いと判定できないが、仮にその様なケースでも、(3)の値がカットオフ値より低値の場合は、癌の可能性が高いと判定可能である。この様な例は、今回は、8例(症例番号30,31,33,36,39,62,63,65)あったが、そのうちの1例(症例番号33)が癌であった。外科的に削除すべき癌症例の取りこぼしが無い様にするのであれば、上記のように、(1)又は(2)と、(3)遊離鉄濃度との結果を勘案して判定することができる。
さらに、上記(1)〜(3)の少なくともいずれかの結果と、下記(4)のヘム鉄由来のオキシヘム量とメトヘム量の存在比率(感度比)の結果と組合せることもできる。
このような組合せによって、「鉄濃度」をバイオマーカーとした、子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化の可能性の判定をより適切に行うことができる。
【0114】
(4)オキシヘム量とメトヘム量の存在比率(感度比)
前述したように、ヘムには、オキシヘムとメトヘムが含まれる。実施例5と同様に、表5に示す症例における嚢胞液のオキシヘム量とメトヘム量について、嚢胞液のメトヘムに帰属されるマーカー波長である620nm付近の波長の感度(あるいは吸光度)、オキシヘムに帰属されるマーカー波長である580nm付近の波長の感度(吸光度)をマイクロプレートリーダー(CORONA製、SH−1200)で分光学的測定機器(吸光光度計、デンシトメーター、反射スペクトル観測装置等)により測定し、その感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を求めた。
この結果を表7に示す。
【0115】
【表7】
【0116】
次に、癌群における感度比の平均値と、非癌群における感度比の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、各群におけるオキシヘムのマーカー波長とメトヘムのマーカー波長の感度比の平均値の間に有意差(p=0.021)が認められた。このことから、実施例5の場合と同様に、嚢胞液中のオキシヘムとメトヘムとの感度比を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
【0117】
感度比(=O.D620nm/O.D580nm=メト/オキシ)のカットオフ値を0.35とすると、感度62.5%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率92.1%であった。
この場合、感度比のカットオフ値が、0.35を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.35以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能である。
【0118】
<まとめ>
以上の実施例1〜5より、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液に含まれている各鉄の化学種の少なくとも1種(総鉄、ヘム鉄、または遊離鉄)の濃度を測定することで、得られた鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。つまり、嚢胞液中の総鉄濃度およびヘム鉄濃度が0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合、または嚢胞液中の遊離鉄濃度が0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であり、嚢胞液中の総鉄濃度およびヘム鉄濃度が63mg/L以上である場合、または嚢胞液中の遊離鉄濃度が10mg/L以上である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化していない(良性卵巣嚢腫である)可能性があると判定可能であることが実証された。
また、嚢胞中のオキシヘム量とメトヘム量の存在割合:メト/オキシ感度比(=O.D620nm/O.D580nm)において、感度比が0.5を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.5以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であることが明らかになった。
以上のことから、上記各鉄濃度測定値、あるいは、上記メト/オキシ感度比は、子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化の可能性判定のための新規のバイオマーカーとしての技術的意義を有する。
症例を追加して行った実施例6でも、上記実施例1〜5の結果は支持された。
【0119】
なお、前述したように、被験体から採取した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定方法において、「総鉄」の場合は、公知のICP(inductively-coupled plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法やICP質量分析法等を用いることができるが、これらの機器は高価であり、また測定結果を得るのに半日以上を費やすため、現時点では汎用的とはいえない。それに対して、「ヘム鉄」又は「遊離鉄」の測定方法は、発色の計測によることから、試薬も安価で、リードタイムが数分程度であるので、より簡便で迅速に判定結果を得ることができるため、汎用性が高い。「総鉄」と「ヘム鉄」は、その測定濃度値や判定結果が、互いに概ね一致している。
例えば、実施例の様な態様を含め、被験体の子宮内膜症性卵巣嚢胞のバイオプシー(生体検査)により採取した標的組織の一部を鉄濃度測定対象とする態様も可能であり、この場合は、病理学的所見等とともに、あるいは病理学的所見以上に、癌化のリスクをより精度を持って判定することも出来る。
また、本発明の実施態様を、例えば、バイオプシーや、ごく最近注目され始めた、血液や体液に存在する疾患由来成分を分析する「リキッド・バイオプシー」という新技術等に適用するために、内視鏡等を用いて子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を微量採取して、リアルタイムに上記鉄濃度の測定・リスク判定を行い、得られた結果によって(例えば癌の可能性が高ければ)迅速に外科的処置等へと進むことも可能となる。
【0120】
以下のような態様も可能である。
(1)検査・診断装置が、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する方法であって、
装置の画像提示部が、解剖学的に良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値と、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値とから算出された鉄濃度カットオフ基準値を提示する工程と、
装置の鉄濃度測定部が、癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る工程と、
装置の判定部が、上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ基準値とを比較して、被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ基準値より低い場合に上記被験体の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する工程とを含む。
ここで、上記鉄濃度は、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、または、遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
好ましくは、上記鉄濃度は、総鉄濃度またはヘム鉄濃度と遊離鉄濃度との組合せである。
さらに、装置の採取部が、上記被験体から子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を採取する工程を含む。
(2)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する検査・診断装置であって、
癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る鉄濃度測定部と、
解剖学的に(病理学的に)良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値と、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値とから事前に算出された鉄濃度カットオフ値を提示するデータ提示部と、
上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ値とを比較して、上記被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ値より有意に低い場合に、上記被験体の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する判定部と、を含有し、
ここで、上記鉄濃度は、(i)総鉄濃度、(ii)ヘム鉄濃度、または、(iii)遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
好ましくは、上記鉄濃度は、総鉄濃度またはヘム鉄濃度と遊離鉄濃度との組合せである。
ここで、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は63mg/L、(ii)は63mg/L、(iii)は10mg/Lである。
または、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は64.8mg/L、(ii)は72.7mg/L、(iii)は7.18mg/Lである。
(3)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、
被験体の上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度の値を測定する鉄濃度測定工程を包含していることを特徴とするデータ取得方法:
ここで、上記判定は、嚢胞液中の鉄濃度に関して事前に算定されたカットオフ値を基準とし、上記鉄濃度の測定値が当該カットオフ値以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
ここで、上記鉄濃度は、(i)総鉄濃度、(ii)ヘム鉄濃度、または、(iii)遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
ここで、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は63mg/L、(ii)は63mg/L、(iii)は10mg/Lである。
または、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は64.8mg/L、(ii)は72.7mg/L、(iii)は7.18mg/Lである。
(4)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、
上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定する鉄濃度測定工程を包含していることを特徴とするデータ取得方法:
ここで、上記判定は少なくとも以下の(a)〜(c)の何れかである:
(a)上記嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、64.8mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(b)上記嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、72.7mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(c)上記嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、7.18mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
(5)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、
複数の解剖学的に良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中における鉄濃度の測定値に基づいて鉄濃度カットオフ基準値を算出する工程と、
癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る工程とを含有することを特徴とするデータ取得方法:
ここで、上記判定は、上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ基準値とを比較する工程と、
上記被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ基準値より低い場合に上記被験者の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する工程とを含む。
ここで、上記鉄濃度は、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、または、遊離鉄濃度のいずれかである、データ取得方法
上記鉄濃度は、メトヘム及びオキシヘムを含む前記ヘム鉄濃度であって、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率を測定する存在比率測定工程をさらに包含している。
(6)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定して治療計画を決定する方法であって、
解剖学的に良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値と、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値とから算出された鉄濃度カットオフ基準値を提示する工程と、
癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る工程と、
上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ基準値とを比較する工程と、
上記被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ基準値より低い場合に上記被験者の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する工程と、
癌化の可能性が高い場合は、外科的治療へと進行させる工程と、を含む。
ここで、上記鉄濃度は、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、または、遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
好ましくは、上記鉄濃度は、総鉄濃度またはヘム鉄濃度と遊離鉄濃度との組合せである。
上記鉄濃度は、メトヘム及びオキシヘムを含む前記ヘム鉄濃度であって、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率を測定する存在比率測定工程をさらに包含している。