(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6658239
(24)【登録日】2020年2月10日
(45)【発行日】2020年3月4日
(54)【発明の名称】熱遷移流ポンプ
(51)【国際特許分類】
F04B 37/06 20060101AFI20200220BHJP
【FI】
F04B37/06
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2016-79412(P2016-79412)
(22)【出願日】2016年4月12日
(65)【公開番号】特開2017-190687(P2017-190687A)
(43)【公開日】2017年10月19日
【審査請求日】2019年1月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】釘本 恒
(72)【発明者】
【氏名】廣田 靖樹
【審査官】
大瀬 円
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−145305(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0244356(US,A1)
【文献】
特開昭62−48972(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 37/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷却器と、
冷却器に対して対向して配置された加熱器と、
冷却器と加熱器の間に配置され、冷却器と加熱器により表裏に生じた温度差によって熱遷移流が生じる多孔質シートであって、冷却器と加熱器の対向方向に対し直交する平面内の1方向に沿って、または交差する2方向にそれぞれ沿って凹凸が交互に配されている波形状に形成されている多孔質シートと、
を有し、
冷却器および加熱器の少なくとも一方の多孔質シートに対向する面には、多孔質シートの波形状の凹部分に進入する進入凸部が設けられている、
熱遷移流ポンプ。
【請求項2】
請求項1に記載の熱遷移流ポンプであって、
進入凸部が冷却器と加熱器の両方に設けられ、
多孔質シートの波形状の凹部分と、冷却器および加熱器の進入凸部とは、1方向に延びるように設けられ、
冷却器の進入凸部内を、進入凸部の延びる方向に沿って冷却流体が流れ、
加熱器の進入凸部内を、進入凸部の延びる方向に沿って加熱流体が流れる、
熱遷移流ポンプ。
【請求項3】
請求項2に記載の熱遷移流ポンプであって、
冷却器および加熱器は、平板と、波または蛇腹折りの頂点にて平板に接合された波板または蛇腹折りの板とを含み、
平板から隆起した部分が進入凸部であり、平板と波板または蛇腹折りの板とに囲まれた領域が冷却流体または加熱流体が流れる流路である、
熱遷移流ポンプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱遷移流を利用したポンプに関し、特にその構造に関する。
【背景技術】
【0002】
希薄気体においては、希薄気体中に温度勾配がある面が存在すると、この面に沿って低温部から高温部に向かう気体の流れが誘起される。この流れは熱遷移流と呼ばれている。気体が希薄かどうかは、気体分子の平均自由行程と取り扱う系の代表長との比で決まるため、大気圧下のような濃い気体でも、孔径が数十nm程度のナノ多孔質体内では、気体は希薄気体として振る舞う。多孔質体の表裏に温度差を生じさせると、多孔質体内の気体が温度の低い面から高い面に向けて流れる。このような熱遷移流を誘起させる多孔質体を用いた熱遷移流ポンプが下記非特許文献1に記載されている。
【0003】
下記非特許文献1では、多孔質体としてゼオライトが採用されている。また、多孔質体としてシリカエアロゲルを採用した熱遷移流ポンプも知られている。シリカエアロゲルは、二酸化ケイ素材料の内部に細孔が多数形成された材料である。シート状または薄板状の多孔質体に対向して加熱器が配置され、これにより多孔質体の表裏に温度差を生じさせている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Naveen K.Gupta and Yogesh B.Gianchandani、“Thermal transpiration in zeolites:A mechanism for motionless gas pumps”、APPLIED PHYSICS LETTERS 93、[online]、2008年11月14日、American Institute of Phsics、<URL:http://dx.doi.org/10.1063/1.3025304>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
熱遷移流ポンプの流量を大きくするためには、多孔質体の面積を大きくする必要がある。多孔質体の面積の増大に合わせて、多孔質体に対向する加熱器等の面積も大きくすると、装置全体の外形が大きくなる。また、多孔質体は数mm以下の厚さである一方、加熱器等の厚さが多孔質体の厚さより相当程度大きい場合がある。このような場合、加熱器等の面積の増大は、装置外形の大きさに大きく影響する。
【0006】
本発明は、多孔質体の面積が大きくても装置外形の大きさを小さくすることができる熱遷移流ポンプを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る熱遷移流ポンプは、冷却器と、冷却器に対して対向して配置された加熱器と、冷却器と加熱器の間に配置され、冷却器と加熱器により表裏に生じた温度差によって熱遷移流が生じる多孔質シートとを有し、冷却器と加熱器が対向している対向領域内において、多孔質シートの面積が当該対向領域の面積よりも大きい。
【0008】
多孔質シートの面積を大きくすることで流量を大きくすることができ、一方、対向領域の面積は小さいので冷却器および加熱器の外形を小さくすることができる。なお、多孔質シートの面積とは、多孔質シートを平らにしたときの面積をいう。
【0009】
また、多孔質シートは、冷却器と加熱器の対向方向に対し直交する平面内の1方向に沿って、または交差する2方向のそれぞれに沿って凹凸が交互に配置されている波形状に形成されているものとすることができる。ここで、波形状とは、凸と凹が交互に現れる形状であり、山の頂点および谷の底が角を形成していてもよく、また丸くなっていてもよい。1方向に凹凸が配列された波形状は、例えば波板の形状、蛇腹折り形状である。
【0010】
冷却器および加熱器の多孔質シートに対向する面は平面とすることができる。
【0011】
また、冷却器と加熱器の少なくとも一方の多孔質シートに対向する面には、多孔質シートの波形状の凹部分に進入する進入凸部を設けることができる。進入凸部を設けることにより、冷却器および加熱器の、多孔質シートに対向する面が増え、多孔質シートを効率良く冷却または加熱することができる。
【0012】
また、多孔質シートの波形状の凹部分と、冷却器および加熱器の進入凸部とは、1方向に延びて設けられたものとすることができ、冷却器の進入凸部内を、この進入凸部が延びる方向に沿って冷却流体が流れ、加熱器の進入凸部内を、この進入凸部が延びる方向に沿って加熱流体が流れるようにすることができる。
【0013】
冷却器および加熱器は、平板と、波板または蛇腹折りの板とを接合して形成することができる。波板は波板の波の頂点にて平板に接合されたものとすることができる。このとき、波板が平板から隆起している部分が、多孔質シートの波形状の凹部分に進入する進入凸部であり、平板と波板に囲まれた領域が冷却流体または加熱流体が流れる流路となる。また、蛇腹折りの板の場合、蛇腹折りの折り目である頂点にて平板に接合されたものとすることができる。このとき、蛇腹折りの板が平板から隆起している部分が、多孔質シートの波形状の凹部分に進入する進入凸部であり、平板と波板または蛇腹折りの板とに囲まれた領域が冷却流体または加熱流体が流れる流路となる。
【発明の効果】
【0014】
多孔質シートの面積増大と、冷却器および加熱器の小形化が両立でき、小形で流量の大きい熱遷移流ポンプを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本実施形態の熱遷移流ポンプの構成を示す模式図である。
【
図5】他の実施形態の熱遷移流ポンプの構成を示す模式図である。
【
図6】冷却器および加熱器の構造の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。説明において、上下左右等の方向および向きを表す語句は、特段の断りがない限り、説明に用いている図における方向および向きを表す。
【0017】
図1は、本実施形態の熱遷移流ポンプ10の構成を模式的に示す図である。熱遷移流ポンプ10は、多孔質シート12、冷却器14、加熱器16、およびこれらを収容するハウジング18を有する。冷却器14と加熱器16は上下方向において対向して配置され、これらの間に多孔質シート12が配置される。多孔質シート12の下側の面が冷却器14側に位置し、その裏側の上側の面が加熱器16側に位置する。多孔質シート12は、ハウジング18内の空間を上下に二分し、下側の空間である第1室20内に冷却器14が配置され、上側の空間である第2室22内に加熱器16が配置される。
【0018】
多孔質シート12は、第1室20と第2室22を連通する多数の細孔を有し、この細孔の孔径は、取扱い対象となる気体(以下、取扱い気体と記す。)の分子の平均自由行程(大気圧下では60〜70nm程度)の5倍以下、例えば60nm程度に形成されている。このような多孔質シート12の材料としては、ゼオライトを用いることができ、また二酸化ケイ素材料の内部に細孔が多数形成されたシリカエアロゲルを用いることもできる。
【0019】
また、大気圧より低い圧力、例えば10kPa以下の低圧下では、孔径が0.5〜5μmの石英繊維フィルタを用いることができる。孔径は、ろ過の際にフィルタが捕捉可能な粒子径で表される。10kPaでは、気体分子の平均自由行程は数百nmであり、多孔質体の代表長がこれと同程度から数倍程度であれば熱遷移流が発生する。石英繊維フィルタの場合、孔径はフィルタが捕捉可能な粒子の径で表されるが、実際にはこの径より小さい径の細孔も存在する。これを考慮すれば、石英繊維フィルタの孔径が平均自由行程の10倍程度であっても熱遷移流が発生すると考えられる。よって、10kPa以下の環境で用いられる石英繊維フィルタとして、孔径が0.5〜5μmのものが好適であると考えられる。
【0020】
冷却器14は、概略板形状を有し、多孔質シート12に対向する面は平面である。冷却器14には、表裏を貫通する貫通孔24が設けられている。
図1において、貫通孔24は1本が示されているが、実際には、複数の貫通孔24が設けられている。冷却器14内には、上下方向に直交する方向(
図1においては紙面を貫く方向)に冷却流体が流れる冷却流体流路26が形成されている。冷却流体流路26を流れる冷却流体により冷却器14の温度が制御される。
【0021】
加熱器16は、概略板形状を有し、多孔質シート12に対向する面は平面である。加熱器16には、表裏を貫通する貫通孔28が設けられている。
図1において、貫通孔28は1本が示されているが、実際には、複数の貫通孔28が設けられている。加熱器16内には、上下方向に直交する方向(
図1においては紙面を貫く方向)に加熱流体が流れる加熱流体流路30が形成されている。加熱流体流路30を流れる加熱流体により加熱器16の温度が制御される。
【0022】
冷却器14と加熱器16は、多孔質シート12の表裏に温度差を生じさせるための手段であり、熱遷移流ポンプ10の運転開始前の状態から、多孔質シート12をそれぞれ冷却および加熱するための手段と解するべきでない。つまり、多孔質シート12の冷却器14側の面の熱遷移流ポンプ運転中の温度が、運転開始前の温度より高いこともありえる。このとき、加熱器16側の面の温度は、冷却器14側の面の温度より更に高い温度となっている。
【0023】
冷却器14と加熱器16により多孔質シート12の表裏に温度差が生じると、熱遷移流が発生する。この熱遷移流により多孔質シート12を介して第1室20から第2室22に流れる気流が発生する。取扱い気体は、ハウジング18の入口32から吸い込まれ、冷却器14の貫通孔24を通過し、多孔質シート12を通り、更に加熱器16の貫通孔28を通過してハウジング18の出口34から吐出される。
【0024】
多孔質シート12は、凸と凹、または山と谷が交互に現れる波形状を有する。
図2には、波形状の多孔質シート12の一例が示されており、山の頂、および谷の底が角となった蛇腹折りの板形状の多孔質シート12Aが示されている。山の頂および谷の底は、平行に延びている。
図1に示される多孔質シート12は、蛇腹折りの板形状の多孔質シート12Aである。
図3には、波形状の多孔質シート12の他の例が示されており、山の頂、および谷の底が丸くなった波板形状の多孔質シート12Bが示されている。
図2,3に示される蛇腹折りの板形状および波板形状は、図中に矢印で示す方向Tにおいて凹凸が繰り返される波形状であるが、方向Tに直交する方向Lにおいては、波形状となっていない。
【0025】
図4は、多孔質シート12の他の例を示す図である。多孔質シート12Cは、概略円錐状の凸と凹、または突起と窪みが、方向Tおよび方向Lのそれぞれにおいて交互に配列された凹凸形状を有する。突起と窪みの先端は尖っていてもよく、図示するように丸くしてもよい。多孔質シート12Cは、方向Tにおいても、これに直交する方向Lにおいても波形状に形成されている。
【0026】
多孔質シート12は、
図2〜4に例示されるような凹凸を有する構造とすることで、冷却器14と加熱器16の対向領域の面積より大きな面積を得ることができる。冷却器14と加熱器16の対向領域とは、冷却器14と加熱器16の対向方向(
図1において上下方向)に直交する平面Hに、冷却器14および加熱器16の対向する面を正投射した領域である。多孔質シート12は凹凸を有する構造であるため、これが配置される対向領域の面積より大きな面積を有する。熱遷移流ポンプ10の流量は多孔質シート12の面積に比例するので、多孔質シート12を凹凸形状に形成したことにより、平坦な多孔質シートに比べて流量を大きくすることができる。言い換えれば、同一の面積を有する多孔質シートを使用する場合、多孔質シートを波形状または凹凸形状に形成することにより、冷却器14と加熱器16の対向領域の面積を小さくすることができ、装置を小形にすることができる。
【0027】
図5は、本発明の他の実施形態の熱遷移流ポンプ40の構成を模式的に示す図である。前述の熱遷移流ポンプ10と同様の構成については同一の符号を付してその説明を省略する。熱遷移流ポンプ40は、冷却器および加熱器の構成が前述の熱遷移流ポンプ10と異なる。
【0028】
冷却器42の多孔質シート12に対向する面には、多孔質シート12の凹部分に進入する進入凸部44が設けられている。進入凸部44は、多孔質シート12との隙間を残して進入するように設けられてもよく、また多孔質シート12に接触するように、さらにまた多孔質シート12の凹部分を満たすように設けられてもよい。進入凸部44を設けることにより、冷却器42の表面と多孔質シート12が接近し、多孔質シート12の表面を効率良く冷却することができる。
【0029】
加熱器46の多孔質シート12に対向する面には、多孔質シート12の凹部分に進入する進入凸部48が設けられている。進入凸部48は、多孔質シート12との隙間を残して進入するように設けられてもよく、多孔質シート12の凹部分を満たすように設けられてもよい。進入凸部48を設けることにより、加熱器46の表面と多孔質シート12が接近し、多孔質シート12の表面を効率良く加熱することができる。
【0030】
進入凸部44,48は、冷却器42と加熱器46の本体部分と一体に形成することができる。また、進入凸部44,48と、冷却器42と加熱器46の本体部分とを別個に作製し、後にこれらを接着、溶接等により結合し、冷却器42および加熱器46を形成することができる。また、進入凸部44,48は、粒子状の物質を焼結することにより形成することができる。例えば、冷却器42および加熱器46の本体部分と、粒子状の物質を一つの型に収めて焼結することで、進入凸部44,48を有する冷却器42および加熱器46を形成することができる。
【0031】
さらにまた、多孔質シート12に対向する面が平面の冷却器42の本体に、多孔質シート12を接着等により接合し、多孔質シート12と冷却器本体の隙間に粒子状の物質を送り込んで、この隙間を埋めるようにして、進入凸部44を形成することができる。加熱器46についても同様に形成できる。このときの多孔質シート12は、
図2,3に示される山谷が平行に延びている形状のものが使用される。
【0032】
進入凸部は、冷却器と加熱器のいずれか一方にのみ設けるようにしてもよい。
【0033】
図6は、冷却器および加熱器の他の態様を示す断面図である。冷却器50と加熱器60は同じ形状であるので、冷却器50について説明し、加熱器60の説明は省略する。冷却器50は、波板52と、平板54を接合して形成される。波板52は、平行に延びる山と谷が交互に並んだ波形状を有する。波板52は、波形状の頂点にて平板54と接着、溶接、溶着などにより接合される。また、波板52と平板54が接続した部分には、取扱い気体が流れる貫通孔55が設けられている。波板52の表面(図中の上面)が多孔質シート12と対向する。波板52の、平板54から隆起した部分が、多孔質シート12の凹部分に進入する進入凸部56となる。また、波板52と平板54により囲まれた領域は冷却流体が流れる冷却流体流路58となる。つまり、冷却器50においては、進入凸部56の中を冷却流体が流れる。これにより、冷却器50の厚さを薄くすることができる。波板52を用いた冷却器50は、
図3に示す波板形状の多孔質シート12Bと共に用いることが好ましい。波板52に替えて蛇腹折りの板を用いることができ、この場合、蛇腹折り板形状の多孔質シート12Aと共に用いることが好ましい。
【符号の説明】
【0034】
10 熱遷移流ポンプ、12 多孔質シート、14 冷却器、16 加熱器、18 ハウジング、20 第1室、22 第2室、24 貫通孔、26 冷却流体流路、28 貫通孔、30 加熱流体流路、32 入口、34 出口、40 熱遷移流ポンプ、42 冷却器、44 冷却器の進入凸部、46 加熱器、48 加熱器の進入凸部、50 冷却器、52 波板、54 平板、56 進入凸部、58 冷却流体流路、60 加熱器。