特許第6658695号(P6658695)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6658695
(24)【登録日】2020年2月10日
(45)【発行日】2020年3月4日
(54)【発明の名称】複合めっき膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 18/52 20060101AFI20200220BHJP
   C23C 18/36 20060101ALI20200220BHJP
【FI】
   C23C18/52 A
   C23C18/36
【請求項の数】10
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-150844(P2017-150844)
(22)【出願日】2017年8月3日
(65)【公開番号】特開2018-24945(P2018-24945A)
(43)【公開日】2018年2月15日
【審査請求日】2019年3月1日
(31)【優先権主張番号】特願2016-153170(P2016-153170)
(32)【優先日】2016年8月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 雅和
(72)【発明者】
【氏名】太田 理一郎
(72)【発明者】
【氏名】トウ ジュシン
【審査官】 印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−061000(JP,A)
【文献】 特開平02−194197(JP,A)
【文献】 特開平05−148690(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/00
C25D 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
合金マトリクス相と、前記合金マトリクス相内に分散されたシリコーンとを含み、
該シリコーンはオクタメチルシルセスキオキサンである複合めっき膜。
【請求項2】
前記シリコーンは、シロキサン骨格の側鎖基がアルキル基である請求項1に記載の複合めっき膜。
【請求項3】
前記シリコーンのハンセン溶解度パラメータは、分散項δが15MPa1/2以下かつ分極項δが3MPa1/2以下かつ水素結合項δが3MPa1/2以下である請求項1または2に記載の複合めっき膜。
【請求項4】
前記シリコーンのハンセン溶解球の相互作用半径は、5.0MPa1/2以下である請求項1〜3のいずれかに記載の複合めっき膜。
【請求項5】
前記シリコーンは、粒径の最大値が20μm以下の粒子である請求項1〜4のいずれかに記載の複合めっき膜。
【請求項6】
前記複合めっき膜に含まれる前記シリコーンの含有率は、該シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で該複合めっき膜全体に対して3.5質量%以上である請求項1〜のいずれかに記載の複合めっき膜。
【請求項7】
水の前記複合めっき膜に対する静的接触角は100°以上である請求項1〜のいずれかに記載の複合めっき膜。
【請求項8】
前記合金マトリクス相は、Ni、Cu、Coから選ばれる1種以上の金属を含む請求項1〜のいずれかに記載の複合めっき膜。
【請求項9】
前記合金マトリクス相は、Ni−P合金マトリクス相である請求項に記載の複合めっき膜。
【請求項10】
前記Ni−P合金マトリクス相におけるリンの濃度は、該Ni−P合金マトリクス相全体に対して5質量%以上かつ11質量%以下である請求項に記載の複合めっき膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜に関する。
【背景技術】
【0002】
合金めっき膜の特性を改善するために、その合金マトリクス相内に樹脂等の微粒子を分散させた複合めっき膜が開発されている。例えば、撥水性および撥油性が改善された複合めっき膜としては、例えば、特許文献1および2に記載されているNi−P合金マトリクス相内にフッ素樹脂粒子を分散させた複合めっき膜が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−49449号公報
【特許文献2】米国特許公報第5232744号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1,2に記載の複合めっき膜は、合金マトリクス中に分散させる材料としてフッ素樹脂を使用し、これによって高い撥水性と撥油性を得ている。しかしながら、フッ素樹脂は、環境蓄積性が高いため、複合めっき膜の製造時や廃棄時にフッ素樹脂が環境に蓄積し、汚染の原因となり得るという課題がある。
【0005】
上記に鑑み、本発明者らは、フッ素樹脂よりも環境蓄積性が低い材料を用いて、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の複合めっき膜は、合金マトリクス相と、前記合金マトリクス相内に分散されたシリコーンとを含み、該シリコーンはオクタメチルシルセスキオキサンである
【0007】
本発明によれば、フッ素樹脂に替えて、環境蓄積性が低いシリコーンを合金マトリクス相内に分散させることによって、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を提供することができる。
【0008】
なお、シリコーンは、下記式(1)に示すシロキサン結合を主骨格とする高分子化合物である。下記式において、側鎖基R1、R2は、炭化水素基または水素原子を示す。
【0009】
【化1】
【0010】
本発明の複合めっき膜では、前記シリコーンは、シロキサン骨格の側鎖基がアルキル基であることが好ましい。このようなシリコーンを用いることで、より撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができる。
【0011】
本発明の複合めっき膜では、前記シリコーンのハンセン溶解度パラメータは、分散項δが15MPa1/2以下かつ分極項δが3MPa1/2以下かつ水素結合項δが3MPa1/2以下であることが好ましい。本発明者は、撥水性および撥油性が高いシリコーンを選定するに際して、ハンセン溶解度パラメータを用いることが有効であることを見出した。ハンセン溶解度パラメータ(HSP)は、物質の溶解性の予測に用いられる物性値であり、物質の蒸発熱、分子体積、屈折率とダイポールモーメントの値を用いて計算することができる。ハンセン溶解度パラメータの分散項δ、分極項δ、水素結合項δが小さいほど、親和性が高い関係にある溶媒が少なくなる。本発明では、ハンセン溶解度パラメータの分散項δ、分極項δ、水素結合項δが上記をみたす値であるシリコーンを用いた場合に、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができる。また、ハンセン溶解度パラメータの分散項δ、分極項δ、水素結合項δを計算によって求めることによって使用するシリコーンを選別することができる。
【0012】
本発明の複合めっき膜では、前記シリコーンのハンセン溶解球の相互作用半径は、5.0MPa1/2以下であることが好ましい。ハンセン溶解度パラメータの相互作用半径は、ハンセン溶解度パラメータが既知である溶媒の分散項δ、分極項δ、水素結合項δの値をハンセン空間にプロットし、親和性が高い(すなわち、良溶媒である)と判断された溶媒を含み、かつ、親和性が低い(すなわち、貧溶媒である)と判断された溶媒を含まないように、ハンセン空間内に球を作成することによって求めることができる。ハンセン溶解度パラメータの相互作用半径が小さいほど、親和性が高い関係にある溶媒が少なくなる。本発明では、ハンセン溶解度パラメータの分散項δ、分極項δ、水素結合項δが上記をみたす値であるシリコーンを用いた場合に、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができる。
【0013】
本発明の複合めっき膜では、前記シリコーンは、粒径(本明細書では、粒子の直径を意味する)が10μm以下の粒子であることが好ましい。合金マトリクス相を構成する合金のめっき浴中にシリコーンを混合し、シリコーンが混合されためっき浴を用いてめっきを行うだけで、容易に合金マトリクス相内にシリコーンを分散させることができる。具体的には、例えば、前記シリコーンは、オクタメチルシルセスキオキサンであってもよい。オクタメチルシルセスキオキサンは常温で固体であり、粒径が10μm以下の粒子として形成することができる。
【0014】
本発明の複合めっき膜では、前記複合めっき膜に含まれる前記シリコーンの含有率は、該シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で該複合めっき膜全体に対して3.5質量%以上であることが好ましい。より撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができる。
【0015】
本発明の複合めっき膜では、水の前記複合めっき膜に対する静的接触角は100°以上であることが好ましい。また、本発明の複合めっき膜では、表面張力が45mN/m以上である有機溶媒の前記複合めっき膜に対する静的接触角は90°以上であることが好ましい。
【0016】
本発明の複合めっき膜では、前記合金マトリクス相は、Ni、Cu、Coから選ばれる1種以上の金属を含むことが好ましい。これらの金属は、自触媒作用を有し、無電解めっきにより容易に合金マトリクス相を形成できる。無電解めっきに際して用いるめっき浴にシリコーンを混合し、そのめっき浴を用いて無電解めっき等を行うことにより容易に合金マトリクス相内にシリコーンを分散させることができる。
【0017】
本発明の複合めっき膜では、前記合金マトリクス相は、Ni−P合金マトリクス相であることが好ましい。硬度に優れたNi−P合金を材料とする合金マトリクス相を用いることで、硬度が確保された撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができる。
【0018】
本発明の複合めっき膜では、前記Ni−P合金マトリクス相におけるリンの濃度は該Ni−P合金マトリクス相全体に対して5質量%以上かつ11質量%以下であることが好ましい。リンの濃度を上記のとおりに調整することで、耐食性と硬度とを兼ね備えた、汎用性の高い複合めっき膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施例の複合めっき膜の製造フローを示す図である。
図2】実施例の複合めっき膜の表面のSEM像である。
図3】実施例の複合めっき膜のX線回折の結果を示す図である。
図4図3の一部を拡大して示す図である。
図5】エネルギー分散型X線分光法によりの実施例の複合めっき膜の表面のNi元素分析を行った結果を示す図である。
図6】エネルギー分散型X線分光法によりの実施例の複合めっき膜の表面のSi元素分析を行った結果を示す図である。
図7】実施例に係る無電解めっき工程で用いるめっき浴に含まれるシリコーン濃度と水の複合めっき膜に対する静的接触角との関係を示す図である。
図8】実施例に係る無電解めっき工程での処理時間と水の複合めっき膜に対する静的接触角との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<合金マトリクス相>
本発明の複合めっき膜は、合金マトリクス相と、合金マトリクス相内に分散されたシリコーンとを含む。複合めっき膜に含まれる合金成分の大部分は、金属的性質を示す固溶体である合金マトリクス相を構成し、その他の成分は合金マトリックス相内に分散されている。合金マトリクス相内に分散された成分は、分散相と呼ばれ、本発明に係るシリコーンは、分散相を構成する一成分である。
【0021】
合金マトリクス相は、めっきによって成膜可能な合金材料によって構成することができる。自触媒作用を有し、無電解めっきにより容易に合金マトリクス相を形成できるNi、Cu、Coから選ばれる1種以上の金属を含む合金マトリクス相であることが好ましい。特に、硬度に優れたNi−P合金を材料とする合金マトリクス相を用いることが好ましく、これによって、硬度が確保された撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができる。Ni−P合金マトリクス相におけるリンの濃度はNi−P合金マトリクス相全体に対して5質量%以上かつ11質量%以下であることが好ましい。
【0022】
<シリコーン>
シリコーンは、上記式(1)に示されるシロキサン骨格を主骨格とする高分子化合物である。シリコーンは、一般に、シラン類を加水分解し、生成したシラノールを脱水縮合することによって製造することができるオリゴマー、ポリマーであり、その多くが市販されている。シリコーンは、多くの産業分野で広く使用されており、特に、その安全性に対する評価を得て、食品添加物、食品用器具類、化粧品、医薬器具等への使用も必要な認可を得て、幅広く応用されている。フッ素樹脂よりも環境蓄積性が低いシリコーンを合金マトリクス相内に分散させることによって、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を提供することができる。複合めっき膜に含まれるシリコーンの含有率は、シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で複合めっき膜全体に対して3.5質量%以上であることが好ましく、20質量%以上であることがより好ましい。シリコーンは常温で固体または液体として存在するものを好適に使用することができる。常温で固体のシリコーンは、粒子としてめっき浴に混合させることができる。合金マトリクスを成膜可能なめっき浴に粒子としてシリコーンを混合した複合めっき用のめっき液を準備し、この複合めっき用のめっき液を用いて、合金マトリクスをめっきによって成膜する方法と同様の方法でめっき処理を行うことで、合金マトリクス相内に粒子状のシリコーンを分散させることができる。シリコーンの粒径(最大値)は、20μm以下であると好ましい。なお、本明細書では、「粒径」とは直径を意味する。本明細書でいう直径は、顕微鏡で観察した視野内にある粒子の最大長とする。
【0023】
<ハンセン溶解度パラメータ>
ハンセン溶解度パラメータは、Hildebrandによって正則溶液理論から導かれる溶解度パラメータを分散項δ、分極項δ、水素結合項δの3成分に分割したものであり、物質の蒸発熱、分子体積、屈折率とダイポールモーメントの値を用いて計算することができる。ハンセン溶解度パラメータとHildebrandによる溶解度パラメータδtotとは、δtot=δ+δ+δの関係がある。ハンセン溶解度パラメータの分散項δ、分極項δ、水素結合項δが小さいほど、親和性が高い関係にある溶媒が少なくなる。また、ハンセン溶解度パラメータの相互作用半径が小さいほど、親和性が高い関係にある溶媒が少なくなる。本発明者は、シリコーンのハンセン溶解度パラメータを調べることによって、撥水性および撥油性に優れたシリコーンを選別することを見出した。ハンセン溶解度パラメータの値は文献に掲載されているものを使用してもよいし、市販のハンセン溶解度パラメータ計算ソフト(例えば、HSPiP:Hansen Solubility Parameters in Practice等)によって計算されたものを使用してもよい。下記の表1に、本発明において好適に使用できるシリコーンの具体例と、そのハンセン溶解度パラメータと、シリコーンの常温での形態とを示す。なお、表1に示す数値の単位はMPa1/2である。また、表1のハンセン溶解度パラメータの値は、ポリジメチルシロキサンについてはHSPiPを用いて計算した計算値を示しており、その他の物質については、文献値(出典:Hansen Solubility Parameters:A user’s handbook,2nd ed.,CRC Press.(2007))を示している。シリコーンのハンセン溶解度パラメータは、分散項δが0MPa1/2以上かつ15MPa1/2以下、分極項δが0MPa1/2以上かつ3MPa1/2以下、水素結合項δが0MPa1/2以上かつ3MPa1/2以下であることが好ましく、分散項δが0MPa1/2以上かつ13MPa1/2以下、分極項δが0MPa1/2以上かつ2.5MPa1/2以下、水素結合項δが0MPa1/2以上かつ2MPa1/2以下であることがより好ましい。また、シリコーンのハンセン溶解球の相互作用半径は、0MPa1/2以上かつ5.0MPa1/2以下であることが好ましく、0MPa1/2以上かつ4.5MPa1/2以下であることが特に好ましい。
【0024】
【表1】
【実施例】
【0025】
(複合めっき膜の成膜)
基材として表面が鏡面加工された、炭素鋼S−50Cを材料とする20mm角かつ厚さ5mmの準備した。また、表2に示すめっき浴を準備した。シリコーン粒子としてオクタメチルシルセスキオキサン(Sigma−Aldrich製、品番526835)を用いた。オクタメチルシルセスキオキサンのハンセン溶解度パラメータは、分散項δが10.6MPa1/2、分極項δが2.7MPa1/2、水素結合項δが2.9MPa1/2であり、ハンセン溶解球の相互作用半径は、4.5MPa1/2未満であった。また、顕微鏡観察によりこの粒子の粒径(直径)を測定したところ、粒径は、10μm以下であった。
【0026】
【表2】
【0027】
実施例では、図1に示す製造フローに従って複合めっき膜を製造した。まず、脱脂工程においてアセトンを用いて基材を脱脂し(ステップS101)、次に、酸洗工程において、硫酸をもちいて酸洗した(ステップS103)。次に、無電解めっき処理工程では、表2に示すめっき浴中に基材を浸漬し、めっき浴温度を80〜85℃に保持して1時間めっき処理した(ステップS105)。その後、水洗工程によって基材を洗浄し(ステップS107)、乾燥工程において、基材およびめっき膜にエアーを勢いよく吹き付けて水分を取り除き、乾燥させた(ステップS109)。これによって、基板上に複合めっき膜を成膜した。
【0028】
(複合めっき膜の分析)
成膜した複合めっき膜の表面のSEM像を図2に示す。図2において、黒く見える部分はNi−P合金マトリクス相を示しており、白く見える部分はシリコーン粒子を示している。図2から、シリコーン粒子が複合めっき膜内に均質に分散していることがわかった。
【0029】
成膜した複合めっき膜をX線回折によって分析した結果を図3,4に示す。図3,4に示すように、オクタメチルシルセスキオキサン由来のシリコンのピークが観察された。原材料として用いたオクタメチルシルセスキオキサンが成膜した複合めっき膜中に存在していることを確認することができた。なお、基材の鉄に由来するピークが観測された一方で、ニッケルおよびニッケルーリン化合物については、ピークは観測されなかった。これは、Ni−P合金がこの段階では非晶質であるためであると考えられる。
【0030】
複合めっき膜を電子線マイクロアナライザーにより分析し、半定量分析を行った結果を表3に示す。複合めっき膜に含まれるシリコーンの含有率は、シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で複合めっき膜全体に対して26質量%以上であった。また、合金マトリクス中におけるP原子の質量パーセントは、8.6質量%であった。
【0031】
【表3】
【0032】
(静的接触角の測定)
水または溶媒を複合めっき膜の表面に滴下し、複合めっき膜に対する水または溶媒の静的接触角を測定した。測定は、試料の表面の5箇所に液滴を滴下して測定値を5点採取し、その平均値を測定結果として表4に示した。なお、表4には、接触角の測定における標準偏差の値を併せて表示している。また、比較例として、従来公知の膜としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)微粒子を共析させた複合ニッケル―リン合金めっき膜、および、PTFE板材に対する水または溶媒の静的接触角を測定した。その結果を表5に示した。水、ジヨードメタンについては、本実施例による複合めっき膜が最も高い接触角を示した。水の複合めっき膜に対する静的接触角は100°以上であり、非常に高い値を示した。また、エチレングリコールについては、PTFE板材には及ばなかったが、PTFE微粒子を共析させた複合ニッケル―リン合金めっき膜よりは、高い接触角値を示した。本実施例の複合めっき膜は、フッ素樹脂を用いないが、フッ素樹脂を用いた従来の複合めっき膜と同等の撥水性および撥油性能有することが分かった。なお、表面張力が高い溶媒を用いるほど、静的接触角の値は高くなるため、ジヨードメタン、エチレングリコールは表面張力が45〜50mN/m程度であることを考慮すると、表面張力が45mN/m以上である有機溶媒の複合めっき膜に対する静的接触角は90°以上となると推定される。
【0033】
【表4】
【0034】
【表5】
【0035】
(複合めっきの焼成)
次に、成膜した複合めっき膜のビッカース硬度を測定し、その後、300℃、350℃、400℃で焼成を行った。図5,6に、300℃で焼成した後の複合めっき膜を電子線マイクロアナライザーにより分析した結果を示す。図6に示すように、焼成後も原材料として用いたオクタメチルシルセスキオキサンが成膜した複合めっき膜中に存在していることを確認することができた。
【0036】
300℃、350℃、400℃で焼成を行った複合めっき膜の表面に水を滴下し、複合めっき膜に対する水の静的接触角を測定した。測定は、試料の表面の5箇所に液滴を滴下して測定値を5点採取し、その測定値の数値範囲を表6に示した。300℃で熱処理を行った複合めっき膜では、静的接触角の値が110°以上であり、他の焼成後の複合めっき膜と比較して高かった。また、300℃で熱処理を行った複合めっき膜では、測定箇所によっては、静的接触角の値が150°以上であり、非常に高い撥水性を示した。
【0037】
【表6】
【0038】
上記のとおり、本実施例に係る、Ni−P合金マトリクス相内にシリコーンとしてオクタメチルシルセスキオキサンが分散された複合めっき膜によれば、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができることがわかった。オクタメチルシルセスキオキサンのハンセン溶解度パラメータが、分散項δが10.6MPa1/2以下かつ分極項δが2.7MPa1/2以下かつ水素結合項δが2.9MPa1/2以下であり、ハンセン溶解球の相互作用半径は、4.5MPa1/2未満であることを考慮すると、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得るためには、ハンセン溶解度パラメータの分散項δが15MPa1/2以下かつ分極項δが3MPa1/2以下かつ水素結合項δが3MPa1/2以下であるシリコーンを選択することが好ましく、その上、さらに、ハンセン溶解球の相互作用半径が5.0MPa1/2以下であるシリコーンを選択することがより好ましい。
【0039】
(めっき条件の検討)
無電解めっき処理工程における処理条件を検討した。表2のめっき浴に対して、シリコーン微粒子の濃度を0.3g/L、2.0g/Lに変更しためっき浴を準備した。これらのめっき浴を用いて、図1に示す製造フローを行った後の複合めっき膜の半定量分析を行い、複合めっき膜に含まれるSi原子等の含有率を測定した。結果を表7に示す。また、各複合めっき膜に対する水の静的接触角を測定した。結果を図7に示す。表7より、複合めっき膜におけるSi原子の含有率は、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度に比例せず、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度によらずほぼ同程度であることがわかった。また、図7に示すように、複合めっき膜に対する水の静的接触角は、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度に比例せず、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度によらずほぼ同程度であることがわかった。めっき浴中のシリコーン微粒子濃度を高くしても複合めっき膜に対する水の静的接触角が殆ど変化しないため、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度は2g/L以下であればよいことがわかった。めっき浴中のシリコーン微粒子濃度は2g/L以下であることが好ましく、0.3g/L以上かつ2g/L以下であることがより好ましい。
【0040】
【表7】
【0041】
表2に示すめっき浴を用いて、無電解めっき処理工程における処理時間を検討した。無電解めっき処理工程における処理時間を0.1〜2時間の間で変更し、図1に示す製造フローを行った後の複合めっき膜の半定量分析を行い、複合めっき膜に含まれるSi原子等の含有率を測定した。結果を表に示す。また、各複合めっき膜に対する水の静的接触角を測定した。結果を図8に示す。表8および図8より、処理時間が0.1時間であるとき、複合めっき膜におけるSi原子の含有率は3.6質量%であり、複合めっき膜に対する水の静的接触角は91.4°であり、シリコーン微粒子を含有しないNi−Pめっき膜に対する水の静的接触角の値(54.6°)よりも高くなっていることがわかった。また、処理時間が0.3時間を超えると、複合めっき膜に含まれるSi原子の含有率は20質量%を超え、複合めっき膜に対する水の静的接触角は130°以上となることがわかった。また、処理時間が0.3時間を超えると、複合めっき膜におけるSi原子の含有率、複合めっき膜に対する水の静的接触角の双方とも、処理時間に殆ど依存せず、ほぼ一定の値を示すことがわかった。複合めっき膜に含まれるシリコーンの含有率は、シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で複合めっき膜全体に対して3.5質量%以上であることが好ましく、20質量%以上であることがより好ましいことがわかった。また、無電解めっき処理工程における処理時間は、0.1時間以上であることが好ましく、0.3時間以上であることが特に好ましいことがわかった。
【0042】
【表8】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8