【0023】
<ハンセン溶解度パラメータ>
ハンセン溶解度パラメータは、Hildebrandによって正則溶液理論から導かれる溶解度パラメータを分散項δ
D、分極項δ
P、水素結合項δ
Hの3成分に分割したものであり、物質の蒸発熱、分子体積、屈折率とダイポールモーメントの値を用いて計算することができる。ハンセン溶解度パラメータとHildebrandによる溶解度パラメータδ
totとは、δ
tot2=δ
D2+δ
P2+δ
H2の関係がある。ハンセン溶解度パラメータの分散項δ
D、分極項δ
P、水素結合項δ
Hが小さいほど、親和性が高い関係にある溶媒が少なくなる。また、ハンセン溶解度パラメータの相互作用半径が小さいほど、親和性が高い関係にある溶媒が少なくなる。本発明者は、シリコーンのハンセン溶解度パラメータを調べることによって、撥水性および撥油性に優れたシリコーンを選別することを見出した。ハンセン溶解度パラメータの値は文献に掲載されているものを使用してもよいし、市販のハンセン溶解度パラメータ計算ソフト(例えば、HSPiP:Hansen Solubility Parameters in Practice等)によって計算されたものを使用してもよい。下記の表1に、本発明において好適に使用できるシリコーンの具体例と、そのハンセン溶解度パラメータと、シリコーンの常温での形態とを示す。なお、表1に示す数値の単位はMPa
1/2である。また、表1のハンセン溶解度パラメータの値は、ポリジメチルシロキサンについてはHSPiPを用いて計算した計算値を示しており、その他の物質については、文献値(出典:Hansen Solubility Parameters:A user’s handbook,2nd ed.,CRC Press.(2007))を示している。シリコーンのハンセン溶解度パラメータは、分散項δ
Dが0MPa
1/2以上かつ15MPa
1/2以下、分極項δ
Pが0MPa
1/2以上かつ3MPa
1/2以下、水素結合項δ
Hが0MPa
1/2以上かつ3MPa
1/2以下であることが好ましく、分散項δ
Dが0MPa
1/2以上かつ13MPa
1/2以下、分極項δ
Pが0MPa
1/2以上かつ2.5MPa
1/2以下、水素結合項δ
Hが0MPa
1/2以上かつ2MPa
1/2以下であることがより好ましい。また、シリコーンのハンセン溶解球の相互作用半径は、0MPa
1/2以上かつ5.0MPa
1/2以下であることが好ましく、0MPa
1/2以上かつ4.5MPa
1/2以下であることが特に好ましい。
【実施例】
【0025】
(複合めっき膜の成膜)
基材として表面が鏡面加工された、炭素鋼S−50Cを材料とする20mm角かつ厚さ5mmの準備した。また、表2に示すめっき浴を準備した。シリコーン粒子としてオクタメチルシルセスキオキサン(Sigma−Aldrich製、品番526835)を用いた。オクタメチルシルセスキオキサンのハンセン溶解度パラメータは、分散項δ
Dが10.6MPa
1/2、分極項δ
Pが2.7MPa
1/2、水素結合項δ
Hが2.9MPa
1/2であり、ハンセン溶解球の相互作用半径は、4.5MPa
1/2未満であった。また、顕微鏡観察によりこの粒子の粒径(直径)を測定したところ、粒径は、10μm以下であった。
【0026】
【表2】
【0027】
実施例では、
図1に示す製造フローに従って複合めっき膜を製造した。まず、脱脂工程においてアセトンを用いて基材を脱脂し(ステップS101)、次に、酸洗工程において、硫酸をもちいて酸洗した(ステップS103)。次に、無電解めっき処理工程では、表2に示すめっき浴中に基材を浸漬し、めっき浴温度を80〜85℃に保持して1時間めっき処理した(ステップS105)。その後、水洗工程によって基材を洗浄し(ステップS107)、乾燥工程において、基材およびめっき膜にエアーを勢いよく吹き付けて水分を取り除き、乾燥させた(ステップS109)。これによって、基板上に複合めっき膜を成膜した。
【0028】
(複合めっき膜の分析)
成膜した複合めっき膜の表面のSEM像を
図2に示す。
図2において、黒く見える部分はNi−P合金マトリクス相を示しており、白く見える部分はシリコーン粒子を示している。
図2から、シリコーン粒子が複合めっき膜内に均質に分散していることがわかった。
【0029】
成膜した複合めっき膜をX線回折によって分析した結果を
図3,4に示す。
図3,4に示すように、オクタメチルシルセスキオキサン由来のシリコンのピークが観察された。原材料として用いたオクタメチルシルセスキオキサンが成膜した複合めっき膜中に存在していることを確認することができた。なお、基材の鉄に由来するピークが観測された一方で、ニッケルおよびニッケルーリン化合物については、ピークは観測されなかった。これは、Ni−P合金がこの段階では非晶質であるためであると考えられる。
【0030】
複合めっき膜を電子線マイクロアナライザーにより分析し、半定量分析を行った結果を表3に示す。複合めっき膜に含まれるシリコーンの含有率は、シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で複合めっき膜全体に対して26質量%以上であった。また、合金マトリクス中におけるP原子の質量パーセントは、8.6質量%であった。
【0031】
【表3】
【0032】
(静的接触角の測定)
水または溶媒を複合めっき膜の表面に滴下し、複合めっき膜に対する水または溶媒の静的接触角を測定した。測定は、試料の表面の5箇所に液滴を滴下して測定値を5点採取し、その平均値を測定結果として表4に示した。なお、表4には、接触角の測定における標準偏差の値を併せて表示している。また、比較例として、従来公知の膜としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)微粒子を共析させた複合ニッケル―リン合金めっき膜、および、PTFE板材に対する水または溶媒の静的接触角を測定した。その結果を表5に示した。水、ジヨードメタンについては、本実施例による複合めっき膜が最も高い接触角を示した。水の複合めっき膜に対する静的接触角は100°以上であり、非常に高い値を示した。また、エチレングリコールについては、PTFE板材には及ばなかったが、PTFE微粒子を共析させた複合ニッケル―リン合金めっき膜よりは、高い接触角値を示した。本実施例の複合めっき膜は、フッ素樹脂を用いないが、フッ素樹脂を用いた従来の複合めっき膜と同等の撥水性および撥油性能有することが分かった。なお、表面張力が高い溶媒を用いるほど、静的接触角の値は高くなるため、ジヨードメタン、エチレングリコールは表面張力が45〜50mN/m程度であることを考慮すると、表面張力が45mN/m以上である有機溶媒の複合めっき膜に対する静的接触角は90°以上となると推定される。
【0033】
【表4】
【0034】
【表5】
【0035】
(複合めっきの焼成)
次に、成膜した複合めっき膜のビッカース硬度を測定し、その後、300℃、350℃、400℃で焼成を行った。
図5,6に、300℃で焼成した後の複合めっき膜を電子線マイクロアナライザーにより分析した結果を示す。
図6に示すように、焼成後も原材料として用いたオクタメチルシルセスキオキサンが成膜した複合めっき膜中に存在していることを確認することができた。
【0036】
300℃、350℃、400℃で焼成を行った複合めっき膜の表面に水を滴下し、複合めっき膜に対する水の静的接触角を測定した。測定は、試料の表面の5箇所に液滴を滴下して測定値を5点採取し、その測定値の数値範囲を表6に示した。300℃で熱処理を行った複合めっき膜では、静的接触角の値が110°以上であり、他の焼成後の複合めっき膜と比較して高かった。また、300℃で熱処理を行った複合めっき膜では、測定箇所によっては、静的接触角の値が150°以上であり、非常に高い撥水性を示した。
【0037】
【表6】
【0038】
上記のとおり、本実施例に係る、Ni−P合金マトリクス相内にシリコーンとしてオクタメチルシルセスキオキサンが分散された複合めっき膜によれば、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得ることができることがわかった。オクタメチルシルセスキオキサンのハンセン溶解度パラメータが、分散項δ
Dが10.6MPa
1/2以下かつ分極項δ
Pが2.7MPa
1/2以下かつ水素結合項δ
Hが2.9MPa
1/2以下であり、ハンセン溶解球の相互作用半径は、4.5MPa
1/2未満であることを考慮すると、撥水性および撥油性に優れた複合めっき膜を得るためには、ハンセン溶解度パラメータの分散項δ
Dが15MPa
1/2以下かつ分極項δ
Pが3MPa
1/2以下かつ水素結合項δ
Hが3MPa
1/2以下であるシリコーンを選択することが好ましく、その上、さらに、ハンセン溶解球の相互作用半径が5.0MPa
1/2以下であるシリコーンを選択することがより好ましい。
【0039】
(めっき条件の検討)
無電解めっき処理工程における処理条件を検討した。表2のめっき浴に対して、シリコーン微粒子の濃度を0.3g/L、2.0g/Lに変更しためっき浴を準備した。これらのめっき浴を用いて、
図1に示す製造フローを行った後の複合めっき膜の半定量分析を行い、複合めっき膜に含まれるSi原子等の含有率を測定した。結果を表7に示す。また、各複合めっき膜に対する水の静的接触角を測定した。結果を
図7に示す。表7より、複合めっき膜におけるSi原子の含有率は、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度に比例せず、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度によらずほぼ同程度であることがわかった。また、
図7に示すように、複合めっき膜に対する水の静的接触角は、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度に比例せず、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度によらずほぼ同程度であることがわかった。めっき浴中のシリコーン微粒子濃度を高くしても複合めっき膜に対する水の静的接触角が殆ど変化しないため、めっき浴中のシリコーン微粒子濃度は2g/L以下であればよいことがわかった。めっき浴中のシリコーン微粒子濃度は2g/L以下であることが好ましく、0.3g/L以上かつ2g/L以下であることがより好ましい。
【0040】
【表7】
【0041】
表2に示すめっき浴を用いて、無電解めっき処理工程における処理時間を検討した。無電解めっき処理工程における処理時間を0.1〜2時間の間で変更し、
図1に示す製造フローを行った後の複合めっき膜の半定量分析を行い、複合めっき膜に含まれるSi原子等の含有率を測定した。結果を表
8に示す。また、各複合めっき膜に対する水の静的接触角を測定した。結果を
図8に示す。表8および
図8より、処理時間が0.1時間であるとき、複合めっき膜におけるSi原子の含有率は3.6質量%であり、複合めっき膜に対する水の静的接触角は91.4°であり、シリコーン微粒子を含有しないNi−Pめっき膜に対する水の静的接触角の値(54.6°)よりも高くなっていることがわかった。また、処理時間が0.3時間を超えると、複合めっき膜に含まれるSi原子の含有率は20質量%を超え、複合めっき膜に対する水の静的接触角は130°以上となることがわかった。また、処理時間が0.3時間を超えると、複合めっき膜におけるSi原子の含有率、複合めっき膜に対する水の静的接触角の双方とも、処理時間に殆ど依存せず、ほぼ一定の値を示すことがわかった。複合めっき膜に含まれるシリコーンの含有率は、シリコーンを構成するSi原子の質量パーセント表示で複合めっき膜全体に対して3.5質量%以上であることが好ましく、20質量%以上であることがより好ましいことがわかった。また、無電解めっき処理工程における処理時間は、0.1時間以上であることが好ましく、0.3時間以上であることが特に好ましいことがわかった。
【0042】
【表8】