(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記逃げ面において、ISO25178で規定されるスキューネス(Ssk)の値が−4.0以上0以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は、TiとSiを主体とする窒化物において、耐熱性と耐摩耗性を高める手法について検討した。本発明者は、従来のアークイオンプレーティング法で被覆したTiとSiを主体とする窒化物には、酸素や炭素が数原子%レベルで含有されるため、硬質皮膜に含まれる窒素の含有比率が金属元素の含有比率に対して減少する傾向にあり、その結果、完全な窒化物が充分に形成され難いことを知見した。そして、本発明者は、TiとSiを主体とする窒化物についてミクロレベルで皮膜組織を制御するとともに、膜厚方向にわたって窒素の含有比率を高め、さらには表面粗さを制御することが、被覆切削工具の耐久性を向上させるのに有効であることを見出した。
【0012】
以下、本発明の実施形態の詳細について説明をする。
本実施形態の被覆切削工具は、工具の表面にTiとSiを主体とする窒化物を含む硬質皮膜を有する被覆切削工具である。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具を構成する硬質皮膜の成分組成、組織、特性、および、その製造方法等の詳細について説明をする。
【0014】
[1]硬質皮膜
<成分組成(チタン(Ti)、ケイ素(Si))>
本実施形態に係る硬質皮膜は、TiとSiを主体とする窒化物である。TiとSiを主体とする窒化物は、一定量のSiを含有することで、硬質皮膜の組織が微細となり耐熱性と硬度が高まる。また、本実施形態に係る硬質皮膜は、高い残留圧縮応力を有し、被覆切削工具に適用することで切削工具の耐久性が向上する。
なお、以下の説明において、単に「Siの含有比率」、「Tiの含有比率」というときは、それぞれ「硬質皮膜におけるSiの含有比率」、「硬質皮膜におけるTiの含有比率」を意味する。
【0015】
硬質皮膜の耐熱性と硬度を高め、適度な残留圧縮応力を付与するには、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属(半金属を含む。以下、同様)元素の総量に対して、Siを5原子%以上で含有する。一方、Siの含有比率が大きくなり過ぎると、硬質皮膜に含まれる非晶質相が多くなり、被覆切削工具の耐久性が低下する。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素の総量に対して、Siを30原子%以下で含有する。Siの含有比率の好ましい下限は10原子%である。また、Siの含有比率の好ましい上限は25原子%である。
【0016】
また、Tiについては、含有比率が小さい場合には、硬質皮膜の耐摩耗性や耐熱性が低下する傾向にある。そのため、硬質皮膜が高いレベルで耐摩耗性と耐熱性を両立できるようにするには、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素の総量に対して、Tiを70原子%以上で含有する。一方、Tiの含有比率が大きくなり過ぎると、相対的にSiの含有比率が低下して皮膜組織が粗大になるとともに、硬質皮膜に充分な残留圧縮応力を付与することが困難となる。したがって、硬質皮膜の組織を微細に制御して適度な残留圧縮応力を付与するためには、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素の総量に対して、Tiを95原子%以下で含有する。Tiの含有比率の好ましい下限は75原子%である。また、Tiの含有比率の好ましい上限は90原子%である。
【0017】
本実施形態に係る硬質皮膜は、TiとSiを上述した範囲で含有すれば、他の金属元素を含有してもよい。他の金属元素を含有する場合でも、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、TiとSiの合計の含有比率は90原子%以上であることが好ましい。
【0018】
本実施形態に係る硬質皮膜の金属元素の含有比率は、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。この場合、例えば、硬質皮膜表面の鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析し、得られた測定値の平均から各金属元素の含有比率を求めることができる。
【0019】
硬質皮膜の膜厚が薄くなり過ぎると被覆切削工具の耐摩耗性が低下する傾向にある。また、硬質皮膜の膜厚が厚くなり過ぎると硬質皮膜が剥離し易くなる。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜の膜厚は、0.3μm以上5.0μm以下であることが好ましい。より好ましくは、硬質皮膜の膜厚は、0.5μm以上3.0μm以下である。
【0020】
<成分組成(アルゴン(Ar))>
本実施形態に係る硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素と非金属元素の総量(硬質皮膜全体)に対して、アルゴン(Ar)を0.05原子%以上0.20原子%以下で含有する。
スパッタリング法では、アルゴンイオンを用いてターゲットをスパッタリングして硬質皮膜を被覆するため、硬質皮膜にアルゴンを含有させやすい。後述する通り、硬質皮膜の結晶粒径が微粒化すると、硬度が高まる。一方、硬質皮膜の結晶粒径が微粒化すると、結晶粒界が多くなり、硬質皮膜に含有されるアルゴンが結晶粒界にて濃化する。硬質皮膜のアルゴンの含有比率が大きくなり過ぎると、硬質皮膜の靭性が低下し、充分な工具性能が発揮され難い。そのため、本実施形態では、硬質皮膜の結晶粒界にて濃化するアルゴンを低減して、後述する硬質皮膜の微粒化の効果を得るために、本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴンを0.20原子%以下で含有する。さらに、本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴンを0.15原子%以下で含有することが好ましい。さらに、本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴンを0.10原子%以下で含有することが好ましい。本実施形態に係る硬質皮膜は、スパッタリング法で被覆するため、アルゴンを0.05原子%以上で含有し得る。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴンの含有比率の下限が0.05原子%である。
【0021】
本実施形態に係る硬質皮膜のアルゴンの含有比率は、上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。そして、上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、硬質皮膜の表面の鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析し、得られた測定値の平均から各金属元素の含有比率を求めることができる。
【0022】
本実施形態に係る硬質皮膜は、非金属元素として、窒素以外に、アルゴン、酸素、炭素を微量に含む場合がある。本実施形態に係る硬質皮膜のアルゴンの含有比率は、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素およびアルゴンとの含有比率を100原子%として、求めることができる。
【0023】
<結晶構造>
本実施形態に係る硬質皮膜は、NaCl型の結晶構造、すなわち、面心立方格子構造(fcc構造)である。本実施形態において、硬質皮膜がNaCl型の結晶構造であるとは、X線回折または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた制限視野回折パターン等で、NaCl型の結晶構造に起因する回折ピーク強度が最大強度を示すことを意味する。そのため、硬質皮膜の全体としてNaCl型の結晶構造に起因する回折ピーク強度が最大強度を示せば、仮に透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたミクロ解析において、部分的に六方最密充填構造(hcp構造)や非晶質相を含んでいたとしても、硬質皮膜はNaCl型の結晶構造である。一方、hcp構造に起因する回折ピーク強度が最大強度である硬質皮膜は脆弱であるため、被覆切削工具に適用すると耐久性が低下する傾向にある。本実施形態に係る硬質皮膜の結晶構造は、例えば、X線回折または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた制限視野回折パターン等で確認することができる。硬質皮膜の被験面積が小さい場合には、X線回折によるNaCl型の結晶構造の同定が困難な場合がある。このような場合であっても、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた制限視野回折パターン等によって結晶構造の同定を行うことができる。
【0024】
本実施形態に係る硬質皮膜は、NaCl型の結晶構造に起因する(200)面の回折ピーク強度が最大強度を示す。本実施形態に係る硬質皮膜は、(200)面の回折ピーク強度が最大強度を示すことで、他の回折ピーク強度が最大強度を示すよりも優れた耐久性を示す。NaCl型の結晶構造に起因する(200)面の回折ピーク強度をI(200)、(111)面の回折ピーク強度をI(111)とした場合、I(200)/I(111)は3以上であることが好ましい。より好ましくは、I(200)/I(111)は4以上である。さらに好ましくは、I(200)/I(111)は5以上である。
【0025】
本実施形態に係る硬質皮膜は、X線回折や透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた結晶解析において、hcp構造に起因する回折強度や回折パターンが確認されないことが好ましい。
【0026】
<平均結晶粒径>
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の平均結晶粒径が5nm以上30nm以下である。硬質皮膜のミクロ組織が微細になり過ぎると、硬質皮膜の組織が非晶質に近くなるため、硬質皮膜の靭性および硬度が低下する。硬質皮膜の結晶性を高めて脆弱な非晶質相を低減するには、硬質皮膜の平均結晶粒径を5nm以上とする。また、硬質皮膜のミクロ組織が粗大になり過ぎると、硬質皮膜の硬度が低下して被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。硬質皮膜に高い硬度を付与して被覆切削工具の耐久性を高めるためには、硬質皮膜の平均結晶粒径を30nm以下とする。硬質皮膜の平均結晶粒径は、20nm以下であることがより好ましい。
本実施形態に係る硬質皮膜の平均結晶粒径は、X線回折で最大強度を示す(200)面の回折ピークの半価幅から測定する。
【0027】
<成分組成(窒素(N)、酸素(O)、炭素(C))>
本実施形態に係る硬質皮膜は窒化物であるが、上述したアルゴン以外にも微量の酸素と炭素を含有し得る。
走査型X線光電子分光装置を用いて、硬質皮膜の表面から膜厚方向に順次分析することにより、硬質皮膜の皮膜組成を膜厚方向にわたって正確に測定することができる。本実施形態では、走査型X線光電子分光装置を用いて、従来のアークイオンプレーティング法で被覆したTiとSiの窒化物を評価した。本発明者は、従来のアークイオンプレーティング法で被覆した場合、窒化物が、不可避的に一定量の酸素と炭素を含有しており、金属元素に対して窒素元素の含有比率が低く、完全な窒化物が充分に形成され難いことを知見した。窒化物が硬質皮膜全体にわたって充分に形成されない場合、硬質皮膜のミクロ組織および組成が不均一になり易く、被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。
【0028】
本実施形態に係る硬質皮膜は、走査型X線光電子分光装置を用いて、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成を分析し、その各組成分析の結果、各深さ位置の組成において、金属(半金属を含む)元素、窒素、酸素および炭素の合計の含有比率を100原子%とした場合、窒素の含有比率が50.0原子%以上である。膜厚方向にわたって硬質皮膜に含有される窒素の含有比率を高めることで、硬質皮膜の全体に充分な窒化物を形成して、硬質皮膜の耐熱性を向上させることができる。特に、窒素の含有比率が50.0原子%以上であることで、硬質皮膜の全体に充分な窒化物が形成されて、硬質皮膜の耐熱性が向上する傾向にある。
【0029】
本実施形態に係る硬質皮膜の分析方法では、硬質皮膜に対し、表面から深さ20nmから200nmまでのエッチング毎に組成の分析を実施し、硬質皮膜の表面から深さ200nmまでの範囲を組成分析する。組成分析では、金属(半金属を含む)元素、窒素、酸素および炭素の合計の含有比率を100原子%として、各元素の含有比率を算出する。なお、硬質皮膜の最表面には不可避不純物である酸素と炭素が多く検出されるため、硬質皮膜の表面からの深さが20nmの位置から分析を行う。
【0030】
本実施形態に係る硬質皮膜は、走査型X線光電子分光装置を用いて、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成を分析し、その各組成分析結果、各組成において金属(半金属を含む)元素、窒素、酸素および炭素の合計の含有比率を100原子%とした場合、窒素の含有比率が51.0原子%以上であることが好ましい。しかしながら、窒素の含有比率が55.0原子%を超えると、硬質皮膜の残留圧縮応力が高くなり過ぎて、硬質皮膜が自己破壊を起こし易くなる。そのため、窒素の含有比率は55.0原子%以下であることが好ましい。
【0031】
走査型X線光電子分光装置を用いて、膜厚方向にわたって硬質皮膜の皮膜組成を分析すると、硬質皮膜の最表面には不可避不純物である酸素と炭素が多く検出される。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜の分析方法では、硬質皮膜の最表面を避けて、硬質皮膜の表面からの深さが20nmの位置から20nm深さ毎に組成分析を行う。そして、窒素、酸素、炭素について、少なくとも硬質皮膜の表面から200nmまでの深さにおいて、所望の組成範囲を満たせば、一定の膜厚において窒化物が充分に形成されたTiとSiを主体とする窒化物が形成されているとみなすことができる。そのため、上記の分析方法により、本発明の効果を発揮する硬質皮膜を特定することができる。
【0032】
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成において、酸素の含有比率が3原子%以下であることが好ましい。より好ましくは、酸素の含有比率が2原子%以下である。硬質皮膜に含まれる酸素の含有比率が極めて少なくなることで、硬質皮膜の結晶性が高まる傾向にある。
【0033】
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の表面から100nm以内の範囲において、酸素の含有比率が1.5原子%以下である領域を有することが好ましい。硬質皮膜の表面部(硬質皮膜の表面から100nm以内の範囲)において、酸素の含有比率が1.5原子%以下と極めて少ない領域を設けることで、硬質皮膜の耐熱性がさらに高まる傾向にある。なお、本実施形態に係る硬質皮膜は、酸素の含有比率が少ない傾向にあるが、ケイ素やチタンと結合した酸素が硬質皮膜中にある程度は存在する。
【0034】
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成において、金属(半金属を含む)元素、窒素、酸素および炭素の合計の含有比率を100原子%とした場合、炭素の含有比率が5原子%以下であることが好ましい。本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成において、炭素の含有比率が4原子%以下であることがより好ましい。硬質皮膜に含まれる不可避的な酸素の含有比率に加えて、炭素の含有比率も低減することで、硬質皮膜の耐熱性がさらに向上する傾向にある。
【0035】
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成において、金属(半金属を含む)元素、窒素、酸素および炭素の合計の含有比率を100原子%とした場合、酸素と炭素の合計の含有比率が3原子%以下であることが好ましい。本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の表面から深さ20nmから200nmまでの20nm毎の各組成において、酸素と炭素の合計の含有比率が2原子%以下であることがより好ましい。硬質皮膜に含まれる酸素と炭素の合計量の含有比率を、硬質皮膜に含まれる酸素の含有比率および炭素の含有比率とともに制限することで、硬質皮膜の耐熱性がより向上する傾向にある。
【0036】
上述したTiとSiを主体とする窒化物を含む硬質皮膜を被覆した被覆切削工具について、さらに、表面を平滑にすることで、摩耗幅が低減したり、突発的な欠損が抑制され易くなる。本発明者は、一般的な線評価での表面粗さである算術平均粗さRaや、最大高さ粗さRzを平滑にするだけでは工具性能のばらつきが大きいため、より広い面評価において表面粗さを制御することが重要であることを知見した。そして、本発明者は、面評価であるISO25178で規定される算術平均高さSaと最大高さSzに加えて、山頂点の算術平均曲率Spcを制御することが有効であることを見出した。ここで、山頂点の算術平均曲率Spcとは、山の頂点が尖っている度合いの指標である。山頂点の算術平均曲率Spcの値が小さいと、他の物体と接触する山の頂点が丸みを帯びている状態を示す。山頂点の算術平均曲率Spcの値が大きいと、他の物体と接触する山の頂点が尖っている状態を示す。被覆切削工具の逃げ面において、山頂点の算術平均曲率Spcの値をより小さくすることで、逃げ面の表面の“尖り”がより小さくなり、逃げ面の摩耗がより抑制され易くなる。
【0037】
本実施形態に係る被覆切削工具では、逃げ面において、ISO25178で規定される算術平均高さSaを0.1μm以下、最大高さSzを2.0μm以下とした上で、山頂点の算術平均曲率Spc(1/mm)の値を5000以下とする。被覆切削工具の逃げ面において、算術平均高さSaを0.1μm以下、最大高さSzを2.0μm以下とすることで、逃げ面の表面は平滑な表面状態となる。さらに、被覆切削工具の逃げ面において、山頂点の算術平均曲率Spc(1/mm)の値を5000以下とすることで、逃げ面の表面の“尖り”がより少なくなり、逃げ面の摩耗が抑制され易くなる。このような表面状態を達成するには、スパッタリング法により、工具に硬質皮膜を被覆した後に、さらに、ウエットブラスト処理や研磨剤等を噴射して刃先処理を行うことが好ましい。
【0038】
さらに、本実施形態に係る被覆切削工具では、逃げ面において、ISO25178で規定されるスキューネス(Ssk)の値が−4.0以上0以下であることが好ましい。スキューネス(Ssk)とは、高さ分布の相対性を表す指標である。硬質皮膜にドロップレットが多いと凸部が多くなり、スキューネス(Ssk)の値が0よりも大きくなる。一方、硬質皮膜に凹部が多いと、スキューネス(Ssk)の値が0よりも小さくなる。ドロップレットを多く有する硬質皮膜を研磨すると凸部が研磨されて、スキューネス(Ssk)の値は0よりも小さくなるが、ドロップレットが除去されることにより大きな凹部が形成されて、スキューネス(Ssk)の値がマイナス側に大きくなる。スキューネス(Ssk)の値を−4.0以上0以下とすることで、逃げ面の表面が凹凸のより少ないより平滑な表面状態になり好ましい。また、スキューネス(Ssk)の値を−2.0以上0以下とすることがより好ましい。このような表面状態を達成するには、スパッタリング法により、工具に硬質皮膜を被覆した後に、さらに、ウエットブラスト処理や研磨剤等を噴射して刃先処理を行うことが好ましい。
なお、これらの被覆切削工具の逃げ面の粗さは、逃げ面に形成された硬質皮膜の表面に関するものである。
【0039】
本実施形態に係る被覆切削工具では、逃げ面の粗さは、株式会社キーエンス製の形状解析レーザ顕微鏡(VK−X250)を用いて、カットオフ値0.25mm、倍率50倍で観察して、60μm×100μmの領域を3カ所測定し、得られた測定値の平均から求めることができる。
【0040】
上述した表面粗さを達成する平滑な表面状態であっても、顕微鏡観察においては、研削痕が確認される場合がある。研削痕は逃げ面を砥石で加工した際に形成されるもので、一般的には逃げ面全体に略平行に一定方向に形成されている。
本実施形態に係る被覆切削工具は、逃げ面において、一定方向に形成される略平行の研削痕を有しないことが好ましい。これにより、硬質皮膜の破壊をさらに抑制する効果が高まる。このような表面状態を達成するには、スパッタリング法により、工具に硬質皮膜を被覆する前に、逃げ面をウエットブラスト処理や研磨剤等を噴射して刃先処理することが好ましい。
【0041】
<ドロップレット>
硬質皮膜に粗大なドロップレットが含まれると、ドロップレットを起点とする硬質皮膜の破壊が発生し易くなり、被覆切削工具の耐久性が低下する。特に、円相当径が1.0μm以上の粗大なドロップレットが硬質皮膜の表面や内部に多く存在すると、突発的な欠損等が発生し易くなり、被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。また、皮膜表面のみを平滑にしても、皮膜内部に粗大なドロップレットが多く含まれると、それを基点に皮膜破壊が発生し易くなる。そのため、硬質皮膜の表面および断面観察において、円相当径が2.0μm以上のドロップレットがなく、円相当径が1.0μm以上のドロップレットが100μm
2当たり5個以下であることが好ましい。硬質皮膜の表面にある粗大なドロップレットを低減することで、被覆切削工具の突発的な折損を抑制することができる。さらに、硬質皮膜の表面および断面観察において、円相当径が1.0μm以上のドロップレットが100μm
2当たり3個以下であることがより好ましい。
【0042】
硬質皮膜の表面および断面観察においてドロップレットを評価するには、硬質皮膜を鏡面加工した後、収束イオンビーム法で加工し、透過型電子顕微鏡を用いて鏡面加工された面を5,000〜10,000倍で複数の視野を観察する。また、硬質皮膜の表面のドロップレットの個数は、走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて硬質皮膜の表面を観察することで求めることができる。
【0043】
<その他の添加元素>
本実施形態に係る硬質皮膜は、TiとSi以外の金属元素を含有することができる。例えば、硬質皮膜の耐摩耗性や耐熱性等の向上を目的として、周期律表の4a族の元素、周期律表の5a族の元素、周期律表の6a族の元素、ホウ素(B)およびイットリウム(Y)からなる群からから選択される少なくとも1種の元素を硬質皮膜に含有させてもよい。硬質皮膜において、金属(半金属を含む)元素、窒素、酸素および炭素の合計の含有比率を100原子%とした場合、周期律表の4a族の元素、周期律表の5a族の元素、周期律表の6a族の元素、ホウ素(B)およびイットリウム(Y)からなる群からから選択される少なくとも1種の元素の含有比率が5原子%以下であることが好ましい。
【0044】
<中間皮膜等>
本実施形態に係る被覆切削工具は、硬質皮膜の密着性をより向上させるため、必要に応じて、工具と硬質皮膜との間、より詳細には、工具の基材と硬質皮膜との間に、別途、中間皮膜を設けてもよい。例えば、金属、窒化物、炭窒化物、炭化物のいずれかを含む膜を、工具の基材と硬質皮膜との間に設けてもよい。特に、中間皮膜としては、AlとTiの窒化物を含む膜を設けることが好ましい。
また、本実施形態に係る硬質皮膜と工具の基材との間に、成分比が異なる他の硬質皮膜との混合傾斜皮膜を設けてもよい。また、本実施形態に係る硬質皮膜上に、本実施形態に係る硬質皮膜と異なる成分比や異なる組成を有する硬質皮膜を別途、形成してもよい。さらには、本実施形態に係る硬質皮膜と、本実施形態に係る硬質皮膜と異なる組成比や異なる組成を有する硬質皮膜とを相互積層させてもよい。
【0045】
[2]硬質皮膜の成膜方法
本実施形態に係る硬質皮膜を、工具(工具の基材)に被覆するには、物理蒸着法の中でもターゲット成分をスパッタして硬質皮膜を被覆するスパッタリング法を適用することが好ましい。
物理蒸着法は、硬質皮膜に残留圧縮応力が付与され、耐欠損性が優れる傾向にある。物理蒸着法の中でも、アークイオンプレーティング法は、ターゲット成分のイオン化率が高く、硬質皮膜の密着性が優れる傾向にあるため、広く適用されている。ただし、アークイオンプレーティング法は、ターゲットをアーク放電により溶融するため、炉内に含まれる酸素や炭素の不可避不純物が硬質皮膜に取り込まれ易く、窒素の含有比率が高い硬質皮膜が得られ難い傾向にある。
【0046】
そこで、ターゲットを溶融しないスパッタリング法を適用することで、硬質皮膜に含有される酸素や炭素の不可避不純物が低減する傾向にある。ただし、従来のDCスパッタリング法や単にターゲットに高い電力を印加する高出力スパッタリング法では、ターゲット成分のイオン化率が低いため、硬質皮膜中に窒化物が充分に形成されない。そのため、スパッタリング法の中でも、ターゲットに順次電力を印加するスパッタリング法を適用して、電力が印加されるターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了するターゲットと電力の印加を開始するターゲットの両方のターゲットに同時に電力が印加されている時間を設けることが好ましい。
このようなスパッタリング法で、工具に硬質皮膜を被覆することでターゲット成分のイオン化率が高い状態が成膜中に維持され、硬質皮膜の結晶性が高くなり、充分な窒化物が形成される傾向にある。
【0047】
また、スパッタリング法により、硬質皮膜中に窒化物を充分に形成するためには、電力パルスの最大電力密度を、1.0kW/cm
2以上とすることが好ましい。ただし、ターゲットに印加する電力密度が大きくなり過ぎると成膜が安定し難い。そのため、電力パルスの最大電力密度を、3.0kW/cm
2以下とすることが好ましい。また、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間が短すぎたり長すぎたりする場合には、ターゲットのイオン化が充分ではなく、硬質皮膜に窒化物が充分に形成され難い。そのため、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間を、5マイクロ秒以上20マイクロ秒以下とすることが好ましい。
また、ターゲット成分のイオン化率を高めるためには、TiSi系合金ターゲットを3個以上用いることが好ましい。
【0048】
また、スパッタリング装置の炉内温度を430℃以上として予備放電を実施し、炉内に導入する窒素ガスの流量を60sccm以上、アルゴンガスの流量を70sccm以上200sccm以下とすることが好ましい。
また、スパッタリング装置の炉内圧力を0.5Pa〜0.7Paとすることが好ましい。
上記の条件で工具に硬質皮膜を被覆することで、硬質皮膜における、アルゴンおよび酸素の含有比率が低減するとともに、窒素の含有比率が高くなり易い。また、硬質皮膜をNaCl型の結晶構造とし、かつ、結晶性が高い微粒組織とするには、工具の基材に印加する負のバイアス電圧は、−55V〜−20Vの範囲に制御することが好ましい。
【0049】
本実施形態の被覆切削工具は、例えば、高硬度鋼、ステンレス鋼、耐熱鋼、鋳鋼、炭素鋼の切削加工用の切削工具に用いることができる。本実施形態の被覆切削工具は、具体的には、ボールエンドミル、スクエアエンドミル、ラジアスエンドミル、多刃エンドミル、インサート、ドリル、カッター、ブローチ、リーマ、ホブ、ルーター等の態様で使用することができる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実施例]
<工具>
工具として、組成がWC(bal.)−Co(8.0質量%)−Cr(0.5質量%)−Ta(0.3質量%)、WC平均粒度0.5μm、硬度93.6HRA(ロックウェル硬さ、JIS G 0202に準じて測定した値)からなる超硬合金製の4枚刃スクエアエンドミル(工具半径3mm、三菱日立ツール株式会社製)を準備した。
【0052】
実施例1〜実施例5、参考例1では、スパッタ蒸発源を6機搭載できるスパッタリング装置を使用した。これらの蒸着源のうち、AlTi系合金ターゲット3個およびTiSi系合金ターゲット3個を蒸着源として装置内に設置した。なお、寸法が直径16cm、厚み12mmのターゲットを用いた。
工具をスパッタリング装置内のサンプルホルダーに固定し、工具にバイアス電源を接続した。なお、バイアス電源は、ターゲットとは独立して工具に負のバイアス電圧を印加する構造となっている。工具は、毎分2回転で自転し、かつ、固定治具とサンプルホルダーを介して公転する。工具とターゲット表面との間の距離を100mmとした。
導入ガスは、ArおよびN
2を用い、スパッタリング装置に設けられたガス供給ポートから導入した。
【0053】
<ボンバード処理>
まず、工具に硬質皮膜を被覆する前に、以下の手順で工具にボンバード処理を行った。
スパッタリング装置内のヒーターにより炉内温度が430℃になった状態で30分間の加熱を行った。その後、スパッタリング装置の炉内を真空排気し、炉内圧力を5.0×10
−3Pa以下とした。そして、Arガスをスパッタリング装置の炉内に導入し、炉内圧力を0.8Paに調整した。そして、工具に−170Vの直流バイアス電圧を印加して、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。
【0054】
<中間皮膜の成膜>
次いで、以下の手順で工具上にAlTiNの中間皮膜を被覆した。
炉内温度を430℃に保持したまま、スパッタリング装置の炉内にArガスを160sccmで導入し、その後、N
2ガスを120sccmで導入して炉内圧力を0.60Paとした。工具に−60Vの直流バイアス電圧を印加して、AlとTiを含有する合金ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を4.0ミリ秒、電力が印加される合金ターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間を10マイクロ秒として、3個のAlTi系合金ターゲットを切り替えながら連続的に電力を印加して、工具の表面に厚さ約1.5μmの中間皮膜を被覆した。このとき、電力パルスの最大電力密度を1.5kW/cm
2、平均電力密度を0.37kW/cm
2とした。
【0055】
<硬質皮膜の成膜>
次いで、実施例1〜実施例3、実施例5、参考例1については、以下の手順で中間皮膜上に硬質皮膜を被覆した。
炉内温度を430℃に保持したまま、スパッタリング装置の炉内にArガスを160sccmで導入し、その後、N
2ガスを80sccmで導入して炉内圧力を0.52Paとした。工具に−40Vの直流バイアス電圧を印加して、TiとSiを含有する合金ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を4.0ミリ秒、電力が印加される合金ターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間を10マイクロ秒として、3個のTiSi系合金ターゲットを切り替えながら連続的に電力を印加して、中間皮膜上に厚さ約1.5μmの硬質皮膜を被覆した。このとき、電力パルスの最大電力密度を1.5kW/cm
2、平均電力密度を0.37kW/cm
2とした。
【0056】
実施例4については、スパッタリング装置の炉内にArガスを160sccmで導入し、その後、N
2ガスを100sccmで導入して炉内圧力を0.57Paとした以外は、実施例1〜実施例3、実施例5、参考例1と同条件で、中間皮膜上に厚さ約1.5μmの硬質皮膜を被覆した。
【0057】
なお、実施例5については、硬質皮膜の被覆前に、研磨剤を噴射して、工具の逃げ面の研削痕を除去した。そして、硬質皮膜を被覆後、さらに研磨剤を噴射して刃先処理を行った。実施例1〜実施例4、参考例1については、硬質皮膜を被覆後にのみ、研磨剤を噴射して刃先処理を行った。
【0058】
比較例1、比較例2については、アークイオンプレーティング法で被覆した試料を準備した。
成膜には、AlTi系合金ターゲット1個およびTiSi系合金ターゲット1個を蒸着源に設けたアークイオンプレーティング装置を用いた。なお、寸法が直径10.5cm、厚み16mmのターゲットを用いた。
実施例1〜実施例5、参考例1と同様にして、Arイオンによる工具のクリーニングを実施した。
アークイオンプレーティング装置の炉内圧力を5.0×10
−3Pa以下に真空排気して、炉内温度を430℃とし、炉内圧力が4.0PaとなるようにN
2ガスを導入した。工具に−50Vの直流バイアス電圧を印加して、AlTi系合金ターゲットに150Aの電流を供給して、試料の表面に厚さ約1.5μmの中間皮膜を被覆した。
続いて、炉内温度を430℃に保持したまま、炉内圧力が4.0PaになるようにN
2ガスを導入した。そして、工具に印加するバイアス電圧を−50V、TiSi系合金ターゲットに150Aの電流を供給して厚さ約1.5μmの硬質皮膜を被覆した。
なお、比較例1については、硬質皮膜の被覆後に、研磨剤を噴射して刃先処理を実施した。
【0059】
<皮膜組成>
硬質皮膜の皮膜組成は、電子プローブマイクロアナライザー装置(株式会社日本電子製 JXA−8500F)を用いて測定した。具体的には、電子プローブマイクロアナライザー装置に付属の波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)で硬質皮膜の皮膜組成を測定した。物性評価用のボールエンドミルを鏡面加工して試料とした。測定条件は、加速電圧10kV、照射電流5×10
−8A、取り込み時間10秒とし、分析領域が直径1μmの範囲を5点測定してその平均値から硬質皮膜の金属含有比率および金属成分と非金属成分の合計におけるArの含有比率を求めた。
【0060】
<結晶構造・結晶粒径>
硬質皮膜の結晶構造は、X線回折装置(株式会社PaNalytical製 EMPYREA)を用い、管電圧45kV、管電流40mA、X線源Cukα(λ=0.15405nm)、2θが20度〜80度の測定条件で確認を行った。また、硬質皮膜の(200)面の回折ピーク強度の半価幅から、硬質皮膜の平均結晶粒径を測定した。また、硬質皮膜の(200)面の回折ピーク強度をI(200)、硬質皮膜の(111)面の回折ピーク強度をI(111)とした場合、I(200)/I(111)を算出した。
【0061】
<表面粗さ>
逃げ面を被覆する硬質皮膜における算術平均高さSa、最大高さSz、スキューネス(Ssk)および山頂点の算術平均曲率Spc(1/mm)は、ISO25178に規定に準拠して、株式会社キーエンス製の形状解析レーザ顕微鏡(VK−X250)を用いて、カットオフ値0.25mm、倍率50倍で観察して、60μm×100μmの領域を3カ所測定し、得られた測定値の平均から求めた。
【0062】
【表1】
【0063】
<硬質皮膜の表面から深さ方向の原子濃度分布の測定>
実施例と比較例の被覆切削工具について、走査型X線光電子分光装置(アルバック・ファイ株式会社製 Quantum−2000)を用いて、硬質皮膜の表面から深さ方向の原子濃度分布の測定を実施した。分析は、X線源AlKα、分析領域を直径20μm、電子中和銃を使用し、測定を実施した。硬質皮膜の深さ方向の元素分布を測定するために、Arイオン銃を使用し、SiO
2換算で10nm/分の速度でエッチングを実施し、20nmエッチング毎に皮膜組成の分析を実施して、硬質皮膜の表面から200nmまでの深さを分析した。
炭素、窒素、酸素、ケイ素およびチタンの合計の含有比率を100原子%とし、皮膜組成の組成分析を行った。なお、硬質皮膜に上記以外の金属(半金属を含む)元素は含まれていない。
【0064】
アークイオンプレーティング法で硬質皮膜を被覆した比較例1および比較例2の被覆切削工具は、硬質皮膜の膜厚方向にわたって、酸素および炭素の含有比率が高く、窒素の含有比率が50.0原子%未満であった。一方、実施例1〜実施例5の被覆切削工具は、硬質皮膜の膜厚方向にわたって、酸素および炭素の含有比率が低く、かつ、窒素の含有比率が50.0原子%以上であり、アークイオンプレーティング法で被覆した硬質皮膜に比べて窒化物が充分に形成されていると推定される。
なお、実施例1〜実施例5の被覆切削工具は、硬質皮膜の表面からの深さが200nmよりも深い箇所においても、酸素や炭素の含有比率が低く、窒素の含有比率が50.0原子%以上であった。一方、アークイオンプレーティング法で硬質皮膜を被覆した比較例1および比較例2の被覆切削工具は、硬質皮膜の表面からの深さが200nmよりも深い箇所において酸素や炭素が多く窒素の含有比率が50.0原子%未満であった。
実施例4の被覆切削工具は、硬質皮膜の膜厚方向にわたって、窒素の含有比率が51.0原子%以上となっており、他の実施例に比べて窒化物が充分に形成されていると推定される。
【0065】
実施例1〜実施例5の被覆切削工具は、スパッタリング法で硬質皮膜を被覆した後に研磨剤を噴射して刃先処理をしたものであり、刃先処理をしていない参考例1の被覆切削工具に比べて山頂点の算術平均曲率Spcの値が小さくなった。
図1に、実施例3の被覆切削工具のレーザ顕微鏡(倍率50倍)による表面観察写真の一例を示す。
図2に、実施例5の被覆切削工具のレーザ顕微鏡(倍率50倍)による表面観察写真の一例を示す。
図3に、参考例1の被覆切削工具のレーザ顕微鏡(倍率50倍)による表面観察写真の一例を示す。
図2から、硬質皮膜の被覆前に刃先処理をした実施例5の被覆切削工具は、一定方向に形成される略平行の研削痕を有していないことが確認された。一方、
図1および
図3から、硬質皮膜の被覆前に刃先処理をしていない実施例3と参考例1の被覆切削工具は、一定方向に形成される略平行の研削痕を有していることが確認された。
【0066】
比較例1の被覆切削工具は、アークイオンプレーティング法で硬質皮膜を被覆した後に刃先処理をしたものであり、山頂点の算術平均曲率Spcの値は実施例1〜実施例5の被覆切削工具と同程度であるが、最大高さSzは実施例1〜実施例5の被覆切削工具に比べて大きくなった。また、比較例1の被覆切削工具は、ドロップレットが除去されたことにより、スキューネス(Ssk)の値もマイナス側に大きくなった。
比較例2の被覆切削工具は、アークイオンプレーティング法で硬質皮膜を被覆した後に刃先処理をしておらず、山頂点の算術平均曲率Spcおよび最大高さSzのいずれも実施例1〜実施例5の被覆切削工具に比べて大きくなった。また、比較例2の被覆切削工具は、硬質皮膜にドロップレットが多く存在することにより、スキューネス(Ssk)の値も0以上となった。
図4に、比較例1の被覆切削工具のレーザ顕微鏡(倍率50倍)による表面観察写真の一例を示す。
図5に、比較例2の被覆切削工具のレーザ顕微鏡(倍率50倍)による表面観察写真の一例を示す。
図4および
図5から、比較例1および比較例2の被覆切削工具は、硬質皮膜の被覆前に刃先処理をしていないため、研削痕が確認された。また、比較例1および比較例2の被覆切削工具は、アークイオンプレーティング法で硬質皮膜を被覆しているため、多くのドロップレットが確認された。
【0067】
<切削試験>
作製した被覆切削工具を用いて切削試験を行った。切削条件は以下の通りである。
(条件)湿式加工
・工具:4枚刃超硬スクエアエンドミル
・型番:EPP4030、工具半径1.5mm
・切削方法:底面切削
・被削材:STAVAX(52HRC)(Bohler Uddeholm株式会社製)・切り込み:軸方向、3.0mm、径方向、0.2mm
・切削速度:50.0m/min
・一刃送り量:0.015mm/刃
・切削油:水溶性エマルジョン加圧供給
・切削距離:30m
【0068】
スパッタリング法で硬質皮膜を被覆した実施例1〜実施例5および参考例1の被覆切削工具の最大摩耗幅は、アークイオンプレーティング法で被覆した比較例1および比較例2の被覆切削工具の最大摩耗幅よりも抑制されていた。また、実施例1〜実施例5の被覆切削工具は、参考例1の被覆切削工具よりも工具摩耗の偏りが少なく、より安定する傾向にあった。