(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6660113
(24)【登録日】2020年2月12日
(45)【発行日】2020年3月4日
(54)【発明の名称】複合基板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
G02F 1/35 20060101AFI20200220BHJP
H03H 9/25 20060101ALI20200220BHJP
H03H 3/08 20060101ALI20200220BHJP
【FI】
G02F1/35
H03H9/25 C
H03H3/08
【請求項の数】14
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-147027(P2015-147027)
(22)【出願日】2015年7月24日
(65)【公開番号】特開2017-26906(P2017-26906A)
(43)【公開日】2017年2月2日
【審査請求日】2018年7月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097490
【弁理士】
【氏名又は名称】細田 益稔
(74)【代理人】
【識別番号】100097504
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 純雄
(72)【発明者】
【氏名】山口 省一郎
(72)【発明者】
【氏名】浅井 圭一郎
(72)【発明者】
【氏名】江尻 哲也
(72)【発明者】
【氏名】近藤 順悟
【審査官】
林 祥恵
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−124767(JP,A)
【文献】
特開2014−027388(JP,A)
【文献】
特開2011−135535(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2014/0173862(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00−1/125
G02F 1/21−7/00
H03H 3/08−3/10
H03H 9/145
H03H 9/25
H03H 9/42−9/44
H03H 9/64
H03H 9/68
H03H 9/72
H03H 9/76
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持基板および表面層を備えており、前記表面層が、線膨張係数に異方性を有する結晶からなり、かつ前記表面層が前記支持基板よりも薄い複合基板であって、
前記表面層の外周縁部に溝が設けられており、前記溝の全体が前記外周縁部内に設けられており、前記外周縁部が前記表面層の外周輪郭から幅10mmの領域であり、前記結晶の線膨張係数が最小の軸を前記表面層の表面に投影した投影方向と、前記溝の長手方向との角度が20°以下であることを特徴とする、複合基板。
【請求項2】
前記結晶の線膨張係数が最小の前記軸と前記投影方向との角度が20°以下であることを特徴とする、請求項1記載の複合基板。
【請求項3】
前記結晶の線膨張係数が最小の前記軸と前記投影方向とが平行であることを特徴とする、請求項2記載の複合基板。
【請求項4】
前記投影方向における前記結晶の線膨張係数と前記支持基板の線膨張係数との差が、前記表面層において前記投影方向に垂直な方向における前記結晶の線膨張係数と前記支持基板の線膨張係数との差よりも小さいことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一つの請求項に記載の複合基板。
【請求項5】
前記表面層を構成する前記結晶が、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムまたはニオブ酸リチウム−タンタル酸リチウムからなることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一つの請求項に記載の複合基板。
【請求項6】
前記支持基板が、シリコン、サファイア、砒化ガリウム、窒化ガリウム、窒化アルミニウム、水晶、石英、アルミナ、酸化亜鉛または炭化珪素からなることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一つの請求項に記載の複合基板。
【請求項7】
光学デバイスまたは表面弾性波デバイス用の複合基板であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一つの請求項に記載の複合基板。
【請求項8】
支持基板および表面層を備えており、前記表面層が、線膨張係数に異方性を有する結晶からなり、かつ前記表面層が前記支持基板よりも薄い複合基板を製造する方法であって、
前記結晶からなる基板材料を前記支持基板と接合する接合工程;
前記基板材料に溝を形成する溝形成工程;および
前記基板材料を研磨加工することによって前記表面層を形成する研磨工程
を有しており、前記表面層の外周縁部において溝を設けており、この際前記溝の全体を前記外周縁部内に設け、前記外周縁部が前記表面層の外周輪郭から幅10mmの領域であり、前記結晶の線膨張係数が最小の軸を前記表面層の表面に投影した投影方向と、前記溝の長手方向との角度が20°以下であることを特徴とする、複合基板の製造方法。
【請求項9】
前記結晶の線膨張係数が最小の前記軸と前記投影方向との角度が20°以下であることを特徴とする、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記結晶の線膨張係数が最小の前記軸と前記投影方向とが平行であることを特徴とする、請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記投影方向における前記結晶の線膨張係数と前記支持基板の線膨張係数との差が、前記表面層において前記投影方向に垂直な方向における前記結晶の線膨張係数と前記支持基板の線膨張係数との差よりも小さいことを特徴とする、請求項8〜10のいずれか一つの請求項に記載の方法。
【請求項12】
前記表面層を構成する前記結晶が、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムまたはニオブ酸リチウム−タンタル酸リチウムからなることを特徴とする、請求項8〜11のいずれか一つの請求項に記載の方法。
【請求項13】
前記支持基板が、シリコン、サファイア、砒化ガリウム、窒化ガリウム、窒化アルミニウム、水晶、石英、アルミナ、酸化亜鉛または炭化珪素からなることを特徴とする、請求項8〜12のいずれか一つの請求項に記載の方法。
【請求項14】
前記複合基板が、光学デバイスまたは表面弾性波デバイス用の複合基板であることを特徴とする、請求項8〜13のいずれか一つの請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波長変換素子や光変調器などの光学デバイスや表面弾性波デバイスなどに使用する複合基板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
変換効率の高い波長変換素子や、温度依存性の小さな表面弾性波デバイスを製造する際には、支持基板の上に薄い光導波路層や圧電体層を形成する必要がある。例えば、圧電基板と支持基板とを有機接着剤によって貼り合わせて複合基板とした後、圧電基板側を研削、研磨して薄くすることによって、薄い圧電層を得ることができる。しかし、複合基板の外周縁部には、圧電基板と支持基板との接着状態が不均一な箇所が存在することがあり、接着力の不均一性により、研磨時にその箇所を起点としてクラックが発生することがあった。
【0003】
この問題点を解決するため、特許文献1では、圧電基板の外周縁に沿って、全周にわたって溝を形成することが記載されている。また、特許文献2には、圧電基板の外周縁に沿って、全周にわたって段差を形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5399229号
【特許文献2】特開2001−060846
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、こうした複合基板において、熱履歴によって表面層側にクラックが生ずることがあった。例えば、支持基板に対して、表面層を構成する結晶からなる基板材料を有機接着剤によって接着する場合には、支持基板と基板材料との接合強度を高めるために、接着体を例えば200℃まで加熱し、熱処理を行うことがある。
【0006】
ところが、こうした熱処理後に、表面層にクラックが生ずることがあった。こうしたクラックを
図8の写真に示す。
図8は、熱処理後の表面層を示す写真であり、
図9にその模式図を示す。表面層31の材質はニオブ酸リチウムのyカット基板とし、支持基板には石英基板を使用した。本例においては、ニオブ酸リチウム結晶のx軸、y軸、z軸を、
図9の座標軸p、q、rと整合するように接合した。ニオブ酸リチウムのyカット基板では、結晶のz軸の線膨張係数が最も小さく、x軸とy軸は同じ線膨張係数を有する。従って、
図9において座標軸rが、ニオブ酸リチウムの線膨張係数の小さいz軸と一致している。この場合、熱処理後に、
図9に30で示すようにクラックが入ることがあった。
【0007】
こうした表面層のクラックによる歩留り低下を抑制するために、いったん低温(例えば100℃)で有機接着剤を硬化させた後、150℃に昇温して硬化させ、段階的な昇温を行った。しかし、この方法でも、表面層31にクラック30が生ずることがあった。
【0008】
本発明の課題は、支持基板および表面層を備えており、表面層が、線膨張係数に異方性を有する結晶からなり、かつ表面層が支持基板よりも薄い複合基板において、複合基板を熱処理するときのクラックの発生を抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、支持基板および表面層を備えており、前記表面層が、線膨張係数に異方性を有する結晶からなり、かつ前記表面層が前記支持基板よりも薄い複合基板であって、
表面層の外周縁部に溝が設けられており、前記溝の全体が前記外周縁部内に設けられており、
前記外周縁部が前記表面層の外周輪郭から幅10mmの領域であり、前記結晶のうち線膨張係数が最小の軸を表面層に投影した投影方向と、溝の長手方向との角度が20°以下であることを特徴とする。
【0010】
また、本発明は、支持基板および表面層を備えており、前記表面層が、線膨張係数に異方性を有する結晶からなり、かつ前記表面層が前記支持基板よりも薄い複合基板を製造する方法であって、
前記結晶からなる基板材料を支持基板と接合する接合工程;
基板材料に溝を形成する溝形成工程;および
基板材料を研磨加工することによって表面層を形成する研磨工程
を有しており、表面層の外周縁部において溝を設けており、この際前記溝の全体を前記外周縁部内に設け、
前記外周縁部が前記表面層の外周輪郭から幅10mmの領域であり、結晶の線膨張係数が最小の軸を表面層に投影した投影方向と、溝の長手方向との角度が20°以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明者は、複合基板の熱処理後に表面層にクラックが生ずる原因について検討し、以下の知見を得た。
【0012】
すなわち、
図8、
図9に示すように、クラック30は、表面層において線膨張係数の小さいr軸に対してほぼ垂直な方向へと向かって伸びていることがわかった。表面層のクラックの原因がもしも支持基板と表面層との間の熱膨張差によるものであるとすると、これは意外な結果であった。なぜなら、r軸方向に見ると支持基板と表面層との線膨張係数差は少なく、p軸方向に見ると支持基板と表面層との線膨張係数差が比較的に大きかったからである。もしこの線膨張係数差がクラックの原因であると仮定すると、r軸方向の伸縮は小さく、p軸方向の伸縮が大きいのであるから、r軸の方向にクラックが延びるはずである。
【0013】
本発明者は、このクラック30について詳細に検討したところ、クラック30の多くについて、その端部30aが表面層31の外周縁部26にあることに着目した。これは、表面層31の外周縁部を起点としてクラック30が進展していることを意味する。この理由は、熱処理直後の冷却時に、線膨張係数の大きいp軸方向に向かって応力が表面層に加わるが、このとき外周縁部に亀裂が最初に発生し、そのままp軸方向に進展しているものと考えられる。
【0014】
本発明者は、この仮説に立脚し、例えば
図3(b)に示すように、表面層5に、線膨張係数が最小の軸rを表面5aに投影した投影方向rtに向かって延びる溝4A、8Aを、複合基板6(9)の表面層5に形成することを想到した。この結果、複合基板の熱処理後においてクラックが抑制されることを見いだし、本発明に到達した。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(a)、(b)、(c)は、複合基板6の製造プロセスを示す模式図である。
【
図2】(a)、(b)、(c)は、複合基板9の製造プロセスを示す模式図である。
【
図3】(a)は、基板材料2に対する溝形成パターンを示す模式図であり、(b)は、溝の形成された表面層を示す模式図であり、(c)は、投影方向rtと溝の長手方向との角度を示す模式図である。
【
図4】溝の形成された表面層を示す光学顕微鏡写真である。
【
図5】
図4の複合基板を熱処理した後の表面層を示す光学顕微鏡写真である。
【
図6】他の実施形態に係る複合基板の表面層に溝を形成した状態を示す模式図である。
【
図7】複合基板20の表面層5の外周縁部に全周にわたって段差が形成された状態を示す模式図である。
【
図8】複合基板の表面層にクラックが発生した状態を示す光学顕微鏡写真である。
【
図9】
図9の写真におけるクラックを示す模式である。
【
図10】r軸が表面層の表面に対して傾斜している例を示す。
【0016】
図1、
図2は、それぞれ、各実施形態の複合基板の製造プロセスを説明するものである。
まず、
図1(a)に示すように、支持基板1の表面1a上に有機接着剤層3を介して基板材料2を接合する。ここで、基板材料2の線膨張係数には異方性があり、r軸方向で線膨張係数が最小となるものとする。p軸はr軸に垂直な軸とし、q軸はp軸およびr軸に垂直な軸とする。
【0017】
次いで、
図1(b)に示すように、基板材料2の表面2a側から溝4を形成する。この際、溝4は支持基板1の底面まで貫通しないようにする必要がある。また、本例では、溝4は、基板材料2および有機接着剤層3を貫通し、支持基板1の表面1aから支持基板内部まで伸びている。また、本例では溝4の横断面を見ると、溝に面する壁面4aが垂直方向から見て斜めに傾斜している。
【0018】
次いで、
図1(c)に示すように、基板材料2の表面2aを研磨加工することによって、より厚さの小さくなった表面層5を形成し、複合基板6を得る。5aは研磨面である。4Aは溝である。
【0019】
図2は支持基板と表面層とを直接接合した例である。
まず、
図2(a)に示すように、支持基板1の表面1a上に基板材料2を直接接合する。次いで、
図2(b)に示すように、基板材料2の表面2a側から溝8を形成する。この際、溝8は支持基板1の底面まで貫通しないようにする必要がある。また、本例では、溝8は、基板材料2を貫通し、支持基板1の表面1aから支持基板内部まで伸びている。また、本例では溝8の横断面を見ると、溝に面する壁面8aが垂直方向から見て斜めに傾斜している。
【0020】
次いで、
図2(c)に示すように、基板材料2の表面2aを研磨加工することによって、より厚さの小さくなった表面層5を形成し、複合基板9を得る。5aは研磨面であり、8Aは溝である。
【0021】
図3は、溝の平面的形状を示すものである。
本例では、
図3(a)に示すように、溝形成部材をA、Bに示すように基板材料2の表面に接触させ、溝を形成する。これによって、複合基板の表面層5には、
図3(b)に示すように、溝4A(8A)と溝10とが形成されることになる。ここで、本例では、r軸は表面層5の表面5aに対して平行であるので、r軸を表面5aに投影した方向rtは、r軸と同じになる。
図3(b)の例では、溝4A(8A)は投影方向rtに対して平行に伸びており、溝10は投影方向rtに対して垂直に伸びている。また、各溝はまっすぐに伸びている。
【0022】
ここで、本発明では、表面層の外周縁部に溝4A(8A)が設けられており、溝の長手方向と投影方向rtとがなす角度θ(
図3(c)参照)を20°以下とする。
【0023】
このような溝4A(8A)を設けることによって、熱処理直後の冷却時に、外周縁部を起点として投影方向rtに対して垂直な方向へと進展するクラックを抑制できることを見いだした。
すなわち、
図4に示すように、複合基板の表面層に溝4A(8A)を形成した後、これを熱処理に供しても、
図5に示すように表面層に特に変化は見られず、クラックは発生しなかった。
【0024】
図6の例でも、線膨張係数が最小であるr軸は表面層の表面5aに対して平行であり、r軸を表面5aに投影した方向rtはr軸と同じになる。そして、複合基板の表面層5に溝4A、8Aが形成されており、溝の長手方向が投影方向rtに対して平行である。溝の長手方向は、投影方向rtに対して20°以下の角度で傾斜させることもできる。ただし、本例では、r軸に対して垂直なp軸方向に延びる溝は形成されていない。この場合にも、やはり熱処理後の冷却時におけるクラックの進展を抑制する効果がある。
【0025】
上の各例では、線膨張係数が最小であるr軸が表面層の表面に平行に延びている。しかし、r軸が、表面層の表面に対して所定角度をなして交差していてもよい。
図10は、この実施形態に係るものである。
【0026】
本例では、複合基板の表面層5aには、溝4A(8A)が形成されている。ここで、線膨張係数が最小であるr軸は、表面層5の表面5aに対して所定角度αをなしている。このため、r軸を表面層5の表面5aに投影した方向rtは、r軸に対して角度αをなして交差することになる。その上で、溝4A(8A)は投影方向rtに対して平行に伸びており、またまっすぐに伸びている。
【0027】
ここで、本例のように、r軸が表面5aに対して平行ではない場合にも、表面層の外周縁部の溝4A(8A)の長手方向と投影方向rtとがなす角度θ(
図3(c)参照)を20°以下とする。
【0028】
以下、本発明を更に具体的に説明していく。
本発明の複合基板の用途は限定されないが、波長変換素子や表面弾性波デバイス用途が特に好ましい。
【0029】
支持基板の材質は、特に限定されないが、シリコン、サファイア、砒化ガリウム、窒化ガリウム、窒化アルミニウム、水晶、石英、アルミナ、酸化亜鉛、炭化珪素が好ましい。また、支持基板の平面的寸法(特に直径)は表面層の平面的寸法(特に直径)と同じであることが好ましい。支持基板の厚さT(
図1(c)、
図2(c)参照)は、表面層の厚さよりも大きくするものとし、特に、基板を搬送する等の作業性の観点から、例えば、150μm以上が好ましく、200μm以上が更に好ましい。
【0030】
表面層の厚さtは、所望とする光学デバイスの光学特性、表面弾性波デバイスの圧電特性により決定される。光学デバイスである波長変換素子において、例えば変換効率を高めるという観点からは、50μm以下が好ましく、更に10μm以下が好ましい。但し、外部からの光を効率よく結合させる必要があり、2μm以上、さらには3μm以上が好ましい。表面弾性波の場合は、表面層と支持基板との厚さの比により温度改善効果が変わり、温度改善効果を高める観点から、表面層の厚さと支持基板の厚さとの比率(表面層の厚さ/支持基板の厚さ)は、1/5以下であることが好ましく、1/10以下であることが更に好ましい。
【0031】
例えば波長変換素子や弾性デバイスに使用される材料は、結晶軸に対して線膨張係数に違いがあることが多い。波長変換素子や弾性デバイスによく使用されるニオブ酸リチウム(LiNbO
3)、タンタル酸リチウム(LiTaO
3)においては、結晶のc軸(z軸)の線膨張係数が小さく、a軸(x軸)、b軸(y軸)の線膨張係数は、c軸の線膨張係数の2〜3倍大きいという特徴がある。しかし、結晶の線膨張係数に違いがある場合にも、結晶のz軸が必ずしも線膨張係数が最も小さい軸rになるとは限らない。例えば酸化亜鉛の場合には、線膨張係数が最も小さい軸rは 結晶のxあるいはy軸であり、結晶のz軸は線膨張係数が最も大きい軸となる。
【0032】
他にもニオブ酸リチウム−タンタル酸リチウム固溶体単結晶、水晶、ホウ酸リチウム、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、ランガサイト(LGS)、ランガテイト(LGT)などを使用することができ、これら材料においても、結晶軸に対して線膨張係数が異なっており、線膨張係数が最も小さい軸が存在する。
【0033】
表面層の直径は特に限定するものではないが、例えば、直径1インチ〜6インチとすることができる。また、表面層の支持基板側の底面には、厚さが0.1〜5μmの金属層や二酸化ケイ素層が設けられていてもよい。
【0034】
本発明においては、表面層の外周縁部に溝が設けられている。ここで、表面層の外周縁部とは、表面層の外周輪郭から幅W(
図3(b)、
図10参照)が10mmの領域のことを意味するものとする。また、溝の全体が外周縁部に入っている。
【0035】
本発明において、前記溝が真っ直ぐに延びている。ただし、この溝に加えて、この溝とは別方向に延びる溝や、湾曲している溝を更に加えることもできる。
【0036】
本発明では、溝の長手方向と投影方向rtとがなす角度θ(
図3(c)参照)を20°以下とする。この角度θは、10°以下が好ましく、5°以下が更に好ましい。溝の長手方向と投影方向rtとが平行(すなわちθが0°)であることが最も好ましい。
【0037】
r軸と投影方向rtとが角度αで交差した、いわゆるオフカット基板を使用することによって、オフカット無しの基板よりも分極反転部の厚みを増やし、変換効率の高い波長変換素子を得ることができる。この観点からは、角度αは3°以上が好ましい。ただし、r軸と投影方向rtとがなす角度αが小さいほど、本発明によるクラック抑制効果が大きい。この観点からは、角度αは、20°以下が好ましく、10°以下が更に好ましい。
【0038】
表面層の表面5aにおける溝の幅は、クラックを抑制するという観点からは、20μm以上が好ましい。一方、表面層の表面5aにおける溝の幅は、強度向上という観点からは、200μm以下が好ましい。
【0039】
好適な実施形態においては、前記溝が、表面層5を貫通し、その下の支持基板1まで延びている。これによって、表面層の外周縁部を起点とするクラックを効果的に抑制できる。ここで、支持基板1の表面1aからの溝の深さd(
図1(c)、
図2(c)参照)は、本発明の観点からは、5μm以上が好ましい。また、溝深さdは、支持基板の強度の観点からは、100μm以下が好ましい。
【0040】
好適な実施形態においては、r軸の投影方向rtにおける表面層の結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差が、投影方向rtと垂直な方向における前記結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差よりも小さい。こうした場合に、表面層の外周縁部を起点とするクラックが特に生じやすいので、本発明が特に有用である。
【0041】
こうした観点からは、投影方向rtにおける表面層の結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差は、投影方向rtと垂直な方向における前記結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差よりも、8ppm以上小さいことが好ましい。また、投影方向rtにおける表面層の結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差は、5ppm以下であることが好ましい。
【0042】
また、表面層においてr軸の投影方向rtと垂直な方向における前記結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差は、4ppm以上であることが好ましい。ただし、これが大きくなりすぎると、投影方向rtに延びるクラックが発生し易くなるので、この観点からは、表面層において投影方向rtと垂直な方向における前記結晶の線熱膨張係数と支持基板の線熱膨張係数との差は、10ppm以下であることが好ましい。
【0043】
本発明では、支持基板と表面層とが直接接合または有機接着剤層を介して接合されている。
直接接合法は、支持基板と、表面層として使用する結晶基板材料とを、接着剤を使用せずに直接的に接合させる方法である。具体的には、両基板の接合面に、真空中でAr中性原子ビームを照射し、照射面同士を接触させ、加圧するという工程を辿る。Ar中性原子ビームを照射すると、基板は高温に加温され、基板の反りが大きくなる傾向がある。このため、室温付近まで冷却してから接合した方が、基板の反りが小さな複合基板を得ることができる。直接接合法では、接着剤を使用しないので、半田実装などの高温雰囲気で、接合不良が生じず、信頼性の高いデバイスを実現することができる。したがって、直接接合法は、高い信頼性が要求される弾性デバイスに適する。
【0044】
有機接着剤層の材料としては、支持基板と表面層とを接着可能なものであれば特に限定されないが、例えば、エポキシ系接着剤やアクリル系接着剤が挙げられる。また、有機接着剤層の厚さは、0.05〜3.0μmとするのが好ましく、0.1〜1.0μmとするのが特に好ましい。
【0045】
有機接着剤層を形成するためには、支持基板の表面や基板材料の底面に有機接着剤を均一に塗布し、両者を重ね合わせた状態で有機接着剤を固化させる。有機接着剤を塗布する方法としては、例えば、スピンコートや印刷が挙げられる。
【0046】
溝は、ダイシングによって形成できる。加工の際に、砥石の突き出し量を調整して、表面層の基板を完全に切り込むように加工することによって、支持基板表面まで溝を到達させることができる。また、溝の幅は、砥石の幅で決定されるが、結晶基板材料の厚みに応じて、適切な幅の砥石を使用する。例えば表面層を構成するための結晶基板材料の厚さが500μmであれば、幅50μmの砥石を使用することによって、比較的長時間加工しても、砥石が破損することなく安定に加工することができる。
【0047】
本発明の複合基板を得た後、加熱処理に供するとき、本発明の観点からは、加熱処理の温度が120〜200℃であることが好ましい。こうした加熱処理としては、有機接着剤層のキュアの他、接着剤と接合した結晶材料との接合面を馴染ませる効果があり、基板の反りを小さくする効果が挙げられる。
【0048】
また、必要なフォトリソグラフィーなどの前工程を終え、最終的なチップ切断前に前記溝を形成することによって、複合基板の有効範囲を効率よく利用することが可能である。
【0049】
本複合基板の用途としては、波長変換素子(紫外光発生素子、可視光発生素子、赤外光発生素子、テラヘルツ波発生素子などを含む)や、表面弾性波デバイスを例示できる。
【実施例】
【0050】
(比較例1)
図1、
図3および
図6を参照しつつ説明したようにして、複合基板を作製した。ただし、溝4A、10は設けなかった。
具体的には、直径φ3インチ、厚さ0.5mmの石英からなる支持基板1と、直径φ3インチ、厚さ0.5mmのニオブ酸リチウムからなるyカットの基板材料2とを、樹脂接着剤層3を介して接合した。この樹脂は通常は紫外光および熱処理の併用により接合させるものであるが、100℃以上の温度で熱処理を行うと、厚い基板材料が割れるので、接合後は紫外光照射後のみを実施した。樹脂接着剤層3の厚さは0.4μm程度とした。
【0051】
なお、ニオブ酸リチウム基板は、光学部品として使用する場合は0.5〜100μmの厚さに薄くすることがあるが、本例では10μmまで薄くする例について述べる。
【0052】
樹脂接着剤層に紫外光を照射した後、研削装置によりニオブ酸リチウム基板を研削し、厚さ100μmとした。次いで、基板間の接合強度を上げるために、100℃で1時間の熱処理を実施した。なお、100℃での熱処理を行うのに際しては、25℃/時間の温度勾配をかけて、ゆっくり温度上昇させた。100℃で1時間の熱処理後、恒温槽にて自然徐冷させた。
ここで熱処理を行ったのは、樹脂接着剤層を紫外線のみで硬化させた場合よりも接着力が高くなり、ニオブ酸リチウム層を薄くすることが可能となるためである。
【0053】
次いで、ニオブ酸リチウム基板を更に研磨加工することによって、厚さ10μmの表面層を形成した。この状態で、150℃で1時間の熱処理を行った。この結果、10枚のサンプルのうち5枚において、表面層に、
図8、
図9に示すようなクラック30が発生した。
【0054】
更に、クラックが発生しなかった5枚のサンプルについて、反射防止膜を形成する工程を実施した。この結果、全ての基板で、表面層に
図8、
図9に示すようなクラックが発生した。反射防止膜を形成する工程においては、温度は最大120℃までしか上がらなかったが、成膜開始から最初の5分で100℃近くまで急速に温度が上昇したことが要因と思われる。
【0055】
(実施例1)
図1および
図3を参照しつつ説明したようにして、複合基板を作製した。
具体的には、直径φ3インチ、厚さ0.5mmの石英からなる支持基板1と、直径φ3インチ、厚さ0.5mmのニオブ酸リチウムからなるyカットの基板材料2とを、樹脂接着剤層3を介して接合した。接合後は紫外光照射のみを実施した。樹脂接着剤層3の厚さは0.4μm程度とした。
【0056】
樹脂接着剤層に紫外光を照射した後、研削装置によりニオブ酸リチウム基板を研削し、厚さ100μmとした。次いで、比較例1と同様にして100℃で1時間の熱処理を実施した。
【0057】
次いで、ダイシングによって、表面層2に溝4A、10を形成した。溝の底は、
図1(b)に示すように支持基板1の表面に到達しており、かつ支持基板表面1aから、d=10μmの深さまで切り込まれている。また、溝4Aの長手方向はr軸および投影方向rtに平行であり、溝10の長手方向はr軸に垂直である。ダイシングは以下のようにして行った。すなわち、直径54mm、幅0.2μmの砥石を使用して、加工送り速度0.3mm/sec、砥石回転数15000回転/分で加工した。
【0058】
次いで、ニオブ酸リチウム基板2を更に研磨加工することによって、厚さ10μmの表面層5を形成した。この状態で、150℃で1時間の熱処理を行った。
図4に熱処理前の表面層の写真を示し、
図5に熱処理後の表面層の写真を示す。熱処理後においても特にクラックは観察されない。このように、10枚のサンプルにおいて、いずれもクラックは観察されなかった。
【0059】
更に、10枚のサンプルについて、比較例1と同様にして反射防止膜を形成する工程を実施した。この結果、いずれも表面層にクラックは観察されなかった。
【0060】
(比較例2)
図1および
図7を参照しつつ説明したようにして、複合基板を作製した。ただし、溝4A、10は設けず、その代りに、
図7に示すように、複合基板の表面層20の外周縁部に全周にわたって段差21を形成した。
【0061】
具体的には、比較例1と同様にして、石英からなる支持基板1とニオブ酸リチウム基板材料とを接合し、紫外光で樹脂を硬化させ、ニオブ酸リチウム基板材料を研磨して厚さ100μmまで薄くし、100℃で1時間熱処理を実施した。この後、
図7に示すように、基板材料の外周縁部をベベリング(beveling)処理し、段差21を全周にわたって形成した。段差の幅は3mmとし、また段差は接着剤層を貫通し、支持基板の表面から深さ3μmまで届くようにした。次いで、ニオブ酸リチウム基板を研磨加工し、厚さ10μmの表面層を形成し、複合基板を得た。
【0062】
この状態で、複合基板を150℃で1時間の熱処理に供した。この結果、10枚のサンプルのうち、1枚において、表面層にクラックが生じた。すなわち、ベベリング処理でも、クラック防止に効果はあったが、しかし効果に限界があった。
【0063】
(実施例2)
実施例1と同様にして複合基板を作製した。ただし、本例では、
図6に示すように、r軸および投影方向rtに平行な溝4Aを形成し、
図3(b)に示す溝10は形成しなかった。
【0064】
次いで、実施例1と同様に複合基板を150℃で1時間の熱処理に供した。この結果、10枚のサンプルにおいて、いずれもクラックは観察されなかった。また、10枚のサンプルについて、比較例1と同様にして反射防止膜を形成する工程を実施した。この結果、いずれも表面層にクラックは観察されなかった。
【0065】
(実施例3)
実施例1と同様にして複合基板を作製した。ただし、本例では、基板材料と支持基板とを直接接合した。直接接合は以下のように行った。すなわち、支持基板と表面層側の結晶基板材料とを十分に洗浄し、真空中層内で、Ar中性原子ビームを接合面に照射して、照射後、約30℃になるまで基板を冷却した後、両基板を接触させ加圧接合させた。
【0066】
次いで、実施例1と同様に複合基板を150℃で1時間の熱処理に供した。この結果、10枚のサンプルにおいて、いずれもクラックは観察されなかった。また、10枚のサンプルについて、比較例1と同様にして反射防止膜を形成する工程を実施した。この結果、いずれも表面層にクラックは観察されなかった。
【0067】
(実施例4)
図1、
図10を参照しつつ説明したようにして複合基板を作製した。
具体的には、直径4インチ、厚さ0.5mmのSi支持基板1と、直径4インチ、厚さ0.3mmの5度オフyカットのMgO添加のニオブ酸リチウム基板材料2とを用意し、樹脂接着剤層3を介して両基板を接合した。ここで、光学デバイス用に本接合基板(複合基板)を使用する場合には、ニオブ酸リチウム基板の接合面側に酸化珪素(SiO2)を形成したものを用いてもよい。この場合、酸化珪素の厚みを0.4μm以上とすれば、ニオブ酸リチウム層を伝搬する光が、接合に使用した樹脂に漏れることなく、特に低損失な光学部品を作製することができる。
【0068】
接合後は、実施例1と同様の処理を行い、複合基板を得た。従って、本例では角度αは5°であり、溝4Aと投影方向rtとは平行である(θ=0°)。
【0069】
なお、波長変換素子の場合、偏光依存性があるので、特に好適なオフカット角がある。オフカット角が5°である場合は、深さ5μmの分極反転が容易に形成でき、可視光から光通信帯の波長変換素子を形成することができる。この状態で、複合基板を150℃で1時間の熱処理に供した。10枚のサンプルにおいて、熱処理前後において、いずれもクラックは観察されなかった。
【0070】
更に、10枚のサンプルについて、比較例1と同様にして反射防止膜を形成する工程を実施した。この結果、いずれも表面層にクラックは観察されなかった。
【0071】
(実施例5)
ダイシングの切断角度は、軸rに対して傾いても良く、20度傾斜していたときでも効果があった。
すなわち、実施例1とほぼ同様な工程で複合基板を作製した。ただし、実施例1とは異なり、溝4Aの長手方向と、線膨張係数が最小の軸rを表面層に投影した投影方向rtとの角度θを20°とした。
【0072】
この結果、10枚のサンプルにおいて、熱処理前後において、いずれもクラックは観察されなかった。
更に、10枚のサンプルについて、比較例1と同様にして反射防止膜を形成する工程を実施した。この結果、いずれも表面層にクラックは観察されなかった。