(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
デフケース(DC,DCX)と、前記デフケース(DC,DCX)に収納されて該デフケース(DC,DCX)の回転力を互いに独立した一対の出力軸(A,A′)に分配して伝達する差動機構(DM,DMX)とを備えた差動装置であって、
前記デフケース(DC,DCX)は、回転力を受ける入力部(Ig,Ip)を有すると共に少なくとも軸方向の一方側の端部が開放された入力部材(I,IX)と、前記入力部材(I,IX)の前記軸方向の一方側の端部の開放部分を塞ぐ少なくとも1個のカバー部(C,C′)とを備え、
前記入力部材(I,IX)は、前記カバー部(C,C′)を前記入力部材(I,IX)の軸方向に嵌合して溶接(w)させる被溶接部(21)と、前記被溶接部(21)よりも前記入力部材(I,IX)の半径方向内方側且つ軸方向内方側に在って前記カバー部(C,C′)を圧入させる被圧入部(22)と、前記被溶接部(21)及び前記被圧入部(22)間を接続して前記カバー部(C,C′)との間に圧入の際の前記被圧入部(22)の変形を許容する空間(24)を形成する接続面(23)とを有し、
前記接続面(23)の、前記被溶接部(21)に連なる一端部は、該被溶接部(21)から前記半径方向外方側に延出し、前記被圧入部(22)の一部と前記空間(24)とは、前記入力部材(I,IX)の回転中心から放射方向に見て互いにオーバラップするように配置されることを特徴とする差動装置。
前記カバー部(C,C′)は、前記出力軸(A,A′)を同心状に囲繞するボス部(Cb)と、前記ボス部(Cb)から前記半径方向外方側に張出すように連設される側壁部(Cs)とを有し、前記側壁部(Cs)の外周部には、前記被溶接部(21)に嵌合して溶接(w)される大径部(31)と、前記大径部(31)の軸方向内端に段差面(33)を介して連なり且つ前記被圧入部(22)に圧入される小径部(32)とが形成され、前記被圧入部(22)の軸方向外端(22o)が前記段差面(33)に当接又は近接していると共に、前記接続面(23)が、前記軸方向外端(22o)又はその近傍部から前記半径方向外方に向かうにつれて前記段差面(33)から徐々に離間する傾斜部(23b)を有していることを特徴とする、請求項1に記載の差動装置。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施の形態を、添付図面に示す本発明の好適な実施例に基づいて以下に説明する。
【0024】
先ず、
図1〜
図5を参照して、本発明の第1実施形態について説明する。差動装置Dは、自動車に搭載されるエンジン(図示せず)から伝達された回転駆動力を、左右一対の車軸に連なる左右一対の出力軸A,A′に分配して伝達することにより、左右車軸を、差動回転を許容しつつ駆動するためのものであって、例えば車体前部のエンジンの横に配置されたミッションケース1内に収容、支持されている。
【0025】
差動装置Dは、エンジンから回転力を受けるファイナルドリブンギヤとしての入力歯部Igと、入力歯部Igと一体に回転するデフケースDCと、デフケースDCに収納されていて、入力歯部IgからデフケースDCに伝達された回転力を左右一対の出力軸A,A′に分配して伝達する差動機構DMとを備える。
【0026】
差動機構DMは、複数のピニオン(差動ギヤ)Pと、それらピニオンPを回転自在に支持するピニオン支持部(差動ギヤ支持部)としてのピニオンシャフトPSと、ピニオンシャフトPSと共に回転し得るようピニオンシャフトPSを支持する短円筒状の入力部材Iと、ピニオンPに対し左右両側より噛合し且つ左右一対の出力軸A,A′にそれぞれ接続される左右一対のサイドギヤ(出力ギヤ)Sとを備える。そして、入力部材Iの、軸方向少なくとも一方の端部(図示例では両端部)は開放されており、その開放部分を塞いで両サイドギヤSの外側をそれぞれ覆う左右一対のカバー部C,C′が、入力部材Iにこれと一体に回転できるよう結合される。而して、入力部材I及びカバー部C,C′によりデフケースDCが構成される。
【0027】
尚、本実施形態ではピニオンPを2個とし、ピニオン支持部としてのピニオンシャフトPSを入力部材Iの一直径線に沿って延びる直線棒状に形成して、それの両端部に2個のピニオンPをそれぞれ支持させるようにしたものを示したが、ピニオンPを3個以上設けてもよい。その場合には、ピニオンシャフトPSを、3個以上のピニオンPに対応して入力部材Iの回転軸線Lから三方向以上に枝分かれして放射状に延びる交差棒状(例えばピニオンPが4個の場合には十字状)に形成して、ピニオンシャフトPSの各先端部にピニオンPを各々支持させるようにする。
【0028】
また、ピニオンシャフトPSにピニオンPを図示例のように直接嵌合させてもよいし、或いは軸受ブッシュ等の軸受手段(図示せず)を介挿させてもよい。またピニオンシャフトPSは、全長に亘り略一様等径の軸状としてもよいし、或いは段付き軸状としてもよい。またピニオンシャフトPSの、ピニオンPと嵌合する外周面に凹部を設けて、そこを油通路としてもよい。
【0029】
デフケースDCは、左右の軸受2を介してミッションケース1に回転自在に支持される。またミッションケース1に形成されて各出力軸A,A′が嵌挿される貫通孔1aの内周と、各出力軸A,A′の外周との間には、その間をシールする環状シール部材3が介装される。またミッションケース1の底部には、ミッションケース1の内部空間に臨んで所定量の潤滑油を貯溜するオイルパン(図示せず)が設けられており、潤滑油がミッションケース1内においてデフケースDCその他の回転部材の回転により差動装置Dの周辺に飛散することで、デフケースDCの内外に存する機械連動部分を潤滑できるようになっている。
【0030】
入力部材Iの外周部には、ファイナルドリブンギヤとしての入力歯部Igが設けられ、入力歯部Igは、エンジンの動力で回転駆動されるドライブギヤ(図示せず)と噛合する。また、入力歯部Igは、本実施形態ではヘリカルギヤとして形成されるが、本発明では、必ずしもヘリカルギヤとする必要はなく、通常のスパーギヤでもよい。なお、入力歯部Igは、本実施形態では入力部材Iの外周面にその横幅一杯(即ち軸方向全幅)に亘り形成されているが、入力歯部Igを入力部材Iよりも小幅に形成してもよい。
【0031】
またピニオンP及びサイドギヤSは、本実施形態ではベベルギヤに形成されており、しかもそれらの歯部を含む全体が各々鍛造等の塑性加工で形成されている。そのため、ピニオンP及びサイドギヤSの歯部を切削加工する場合のような機械加工上の制約を受けることなく歯部を任意の歯数比を以て高精度に形成可能である。尚、ベベルギヤに代えて他のギヤを採用してもよく、例えばサイドギヤSをフェースギヤとし且つピニオンPをスパーギヤ又はヘリカルギヤとしてもよい。
【0032】
また一対のサイドギヤSは、一対の出力軸A,A′の内端部がそれぞれスプライン嵌合4されて接続される円筒状の軸部Sjと、軸部Sjから入力部材Iの半径方向外方に離れた位置に在ってピニオンPに噛合する円環状の歯部Sgと、出力軸A,A′の軸線Lと直交する扁平なリング板状に形成されて軸部Sj及び歯部Sg間を一体に接続する中間壁部Swとを備える。
【0033】
また、サイドギヤSの中間壁部Swは、これの半径方向の幅t1がピニオンPの最大直径d1よりも大きくなり、且つ中間壁部Swの、出力軸A,A′軸方向での最大肉厚t2がピニオンシャフトPSの有効直径d2よりも小さくなるように形成(
図1参照)される。これにより、後述するように、サイドギヤSの歯数Z1をピニオンPの歯数Z2よりも十分大きく設定し得るようサイドギヤSを十分に大径化することができ、且つ出力軸A,A′の軸方向でサイドギヤSが十分に薄肉化できる。尚、本明細書において、「有効直径d2」とは、ピニオンPと別体又は一体に形成されてピニオンPを支持し且つ入力部材Iに取付けられる、ピニオン支持部としての軸(即ち、ピニオンシャフトPS或いは後述する支持軸部PS′)の外径d2をいう。
【0034】
また一対のカバー部C,C′は、入力部材Iとは別体に各々形成されていて、後述するように入力部材Iに溶接される。各々のカバー部C,C′は、サイドギヤSの軸部Sjを同心状に囲繞して回転自在に嵌合支持する円筒状のボス部Cbと、外側面を入力部材Iの回転軸線Lと直交する平坦面としてボス部Cbの軸方向内端に一体に連設される板状の側壁部Csとを備えている。
【0035】
次にピニオンシャフトPSの入力部材Iへの取付構造について、
図4及び
図5を併せて参照して説明する。入力部材Iは、ピニオン支持部としてのピニオンシャフトPSを支持するための環状の支持壁部Isを内周部に全周に亘り一体に突設しており、支持壁部Isは、出力軸A,A′の軸方向で入力部材Iの全体幅よりも小幅に形成される。更に入力部材Iには、支持壁部Isの両外側面に隣接して円形の段付き孔状に形成される一対の取付孔Ihが、入力部材Iの両外側面に各々開口するように形成され、両取付孔Ihの内周壁にカバー部C,C′の外周部が各々取付けられる。
【0036】
ピニオンシャフトPSは、ピニオンシャフトPSの両端部がそれぞれ取付体Tを介して入力部材Iの支持壁部Isに連結支持されており、取付体Tには、ピニオンシャフトPSの端部を全周に亘って嵌合、保持し得る保持孔Thが形成される。また支持壁部Isの内周面には、支持壁部Isの、一方のカバー部C側の側面に開口部を有して出力軸A,A′軸方向に延びる横断面コ字状の取付溝Iaが凹設されており、取付溝Iaには、これの上記開口部より直方体状の取付体Tが挿入される。
【0037】
取付体Tは、これを支持壁部Isの取付溝Iaに挿入された状態で一方のカバー部Cの外周部を後述する如く入力部材Iの取付孔Ihに圧入及び溶接することにより、入力部材Iに固定される。また取付体TとピニオンPの大径側端面との間には、その間の相対回転を許容する環状のスラストワッシャ15が介装される。
【0038】
上記したようなピニオンシャフトPSの入力部材Iへの取付構造によれば、ピニオンシャフトPSの端部を該端部の全周に亘り嵌合保持させたブロック状の取付体Tを介して、ピニオンシャフトPSを入力部材Iの取付溝Iaに容易且つ強固に連結固定できるため、入力部材IにピニオンシャフトPS支持のための貫通孔を特別に形成することなく、また組立作業性を低下させることなく、ピニオンシャフトPSを入力部材Iに対し高い強度を以て連結支持させることができる。しかも本実施形態では、サイドギヤSの外側を覆うカバー部Cが取付体Tに対する抜け止め固定手段を兼ねることで構造簡素化が図られる。
【0039】
かくして、ピニオンシャフトPSの両端部が取付体Tを介して入力部材Iに連結支持された状態では、ピニオンシャフトPSに回転自在に支持されるピニオンPの大径側端面と、入力部材Iの内周面との間には半径方向の間隙10が形成される。従って、間隙10には潤滑油が溜まり易くなるため、間隙10に臨むピニオンPの端部やその周辺部の焼付き防止に有効である。
【0040】
ところで、上記した一方のカバー部Cの側壁部Csは、出力軸A,A′の軸方向外方から見た側面視で(即ち
図2で見て)ピニオンPと重なる領域を含む第1の所定領域でサイドギヤSの背面を覆う油保持部7を備えており、更に上記側面視でピニオンPと重ならない第2の所定領域において、サイドギヤSの背面をデフケースDC外に露出させる肉抜き部8と、油保持部7から入力部材Iの周方向に離間し且つ入力部材Iの半径方向に延びてボス部Cb及び入力部材I間を連結する連結腕部9とを併せ持つ構造となっている。換言すれば、カバー部Cの基本的に円板状をなす側壁部Csは、そこに切欠き状をなす肉抜き部8が周方向に間隔をおいて複数形成されることで、肉抜き部8を周方向に挟んで一方側に油保持部7が、他方側に連結腕部9がそれぞれ形成される構造形態となっている。
【0041】
このようなカバー部Cの側壁部Csの構造形態、特に油保持部7により、入力部材Iの回転による遠心力で径方向外方側に移動しようとする潤滑油を、油保持部7と入力部材Iとで覆われた空間に滞留させ易くなり、ピニオンP及びピニオンPの周辺部に潤滑油を保持し易くすることができる。その上、カバー部Cが上記肉抜き部8を備えることで、肉抜き部8を通してデフケースDCの内外に潤滑油を流通させることができるため、潤滑油が適度に交換・冷却されて、油劣化防止に効果的である。また、デフケースDC内に多量の潤滑油を閉じ込めておく必要はない上、肉抜き部8の形成分だけカバー部C自体が軽くなるため、それだけ差動装置Dの軽量化が図られる。
【0042】
尚、肉抜き部8は、本実施形態では側壁部Csの外周端側が開放した切欠き状に形成されるが、その外周端側が開放されない貫通孔状に形成してもよい。
【0043】
また
図3からも明らかなように、本実施形態では、他方のカバー部C′においても、側壁部Csに一方のカバー部Cと同様に肉抜き部8が形成される。尚、カバー部C,C′における肉抜き部8(従って油保持部7及び連結腕部9)の形態は種々の変形例が考えられ、
図2,
図3の実施形態に限定されない。
【0044】
次に
図4及び
図5を併せて参照して、入力部材Iにカバー部C,C′を固定するための構造を具体的に説明する。
【0045】
入力部材Iには、前述のようにカバー部C,C′を支持壁部Isの外側面に隣接させるようにして取付けるための段付き孔状の取付孔Ihが形成される。取付孔Ihの内周壁は、カバー部C,C′の側壁部Csの外周部(即ち油保持部7及び連結腕部9の各外端部)を入力部材Iの軸方向に嵌合して溶接させる大径の被溶接部21と、被溶接部21よりも入力部材Iの半径方向内方側且つ軸方向内方側に在ってカバー部C,C′の上記外周部を圧入させる被圧入部22と、被溶接部21及び被圧入部22間を接続してカバー部C,C′との間に上記圧入の際の被圧入部22の変形を許容する空間24を形成する接続面23とを有している。
【0046】
そして、接続面23の、被溶接部21に連なる一端部は、被溶接部21から半径方向外方側に延出しており、その延出部23aが上記空間24に臨んでいる。しかも、空間24と被圧入部22の少なくとも一部とは、入力部材Iの回転中心から放射方向に見て互いにオーバラップする(即ち軸方向で同じ領域に位置する)ように配置される。
【0047】
またカバー部C,C′の側壁部Csの外周部(即ち油保持部7及び連結腕部9の各外端部)には、入力部材Iの被溶接部21に嵌合して溶接される大径部31と、大径部31の軸方向内端に段差面33を介して連なり且つ被圧入部22に圧入される小径部32とが形成される。そして、被圧入部22の軸方向外端22oが段差面33に当接又は近接(図示例では近接)している。
【0048】
さらに入力部材Iの接続面23は、被圧入部22の軸方向外端22oの近傍部から半径方向外方に向かうにつれて段差面33から徐々に離間する傾斜部23bを有している。そして、傾斜部23bと、上記した延出部23aとは、傾斜部23b及び延出部23aの半径方向外端側で横断面円弧状をなす中間湾曲部23cを介して滑らかに連続している。尚、傾斜部23bは、被圧入部22の軸方向外端22oを起点として、それから半径方向外方に向かうにつれて段差面33から徐々に離間するように形成してもよい。
【0049】
また、入力部材Iの接続面23と被圧入部22との接続部には第1の面取りr1が形成され、第1の面取りr1に対応してカバー部C,C′の段差面33には、第1の面取りr1を逃げるようにして第1の面取りr1に小間隙を介して対向する第1の凹部r1′が形成される。またカバー部C,C′の内側面と小径部32との接続部には第2の面取りr2が形成され、第2の面取りr2に対応して入力部材Iの被圧入部22と支持壁部Is外側面との接続部には、第2の面取りr2を逃げるようにして第2の面取りr2に小間隙を介して対向する第2の凹部r2′が形成される。
【0050】
次に、上記第1実施形態の作用について説明する。本実施形態の差動装置Dは、入力部材Iにエンジンから回転力を受けた場合に、ピニオンPがピニオンシャフトPS回りに自転しないで入力部材Iと共に入力部材Iの軸線L回りに公転するときは、左右のサイドギヤSが同速度で回転駆動されて、駆動力が均等に左右の出力軸A,A′に伝達される。また、自動車の旋回走行等により左右の出力軸A,A′に回転速度差が生じるときは、ピニオンPが自転しつつ公転することで、ピニオンPから左右のサイドギヤSに対して差動回転を許容しつつ回転駆動力が伝達される。以上は、従来周知の差動装置の作動と同様である。
【0051】
そして、自動車の前進走行状態でエンジンの動力が差動装置Dを介して左右の出力軸A,A′に伝達される場合に、デフケースDCの正転方向(
図2、
図3の太字矢印方向)の回転に伴いミッションケース1内の各所で潤滑油が勢いよく飛散するが、飛散した潤滑油の一部は、カバー部C,C′の内側に肉抜き部8から流入し、これにより、ピニオンPとサイドギヤSとの噛合部やピニオンPの摺動部を効果的に潤滑できる。
【0052】
ところで本実施形態において、カバー部C,C′の側壁部Csの外周部(即ち油保持部7及び連結腕部9の各外端部)は、入力部材Iの取付孔Ihに圧入及び溶接により取付、固定されるが、その取付固定作業は、予めピニオンシャフトPSの端部にセットした取付体Tを入力部材Iの支持壁部Isの取付溝Iaに装入、保持させた状態で行われる。
【0053】
取付固定作業について、次に具体的に説明する。先ず、入力部材Iの取付孔Ihの被圧入部22にカバー部C,C′の小径部32を軸方向に圧入させると共に、同取付孔Ihの被溶接部21に同カバー部C,C′の大径部31を嵌合させる。次いで、嵌合部、即ち被溶接部21と大径部31との突き当て当接部を、カバー部C,C′の外側方から突き当て溶接wする。
【0054】
溶接作業は、例えば、
図4及び
図5に示すようにカバー部C,C′の外側方に配備される溶接用レーザトーチGから上記突き当て当接部の外端に向けてレーザを照射し且つ入力部材Iを入力部材Iの回転軸線L回りに緩やかに回転させることに
よって行われる。その際にレーザのエネルギにより、取付孔Ihの被溶接部21とカバー部C,C′の大径部31とを互いに突き当て溶接wすることができる。尚、この場合、両カバー部C,C′の外側方に一対のレーザトーチGをそれぞれ配置して入力部材Iを回転させるようにすれば、入力部材Iの左右一対の取付孔Ihの被溶接部21に左右のカバー部C,C′の大径部31を同時に突き当て溶接wすることができるため、溶接作業効率が高められる。
【0055】
そして、本実施形態では、入力部材Iの取付孔Ihの内周壁が、カバー部C,C′の外周部(即ち油保持部7及び連結腕部9の各外端部)を入力部材Iの軸方向に嵌合して溶接させる大径の被溶接部21と、被溶接部21よりも入力部材Iの半径方向内方側で且つ軸方向内方側に在ってカバー部C,C′の外周部を圧入させる被圧入部22と、被溶接部21及び被圧入部22間を接続してカバー部C,C′との間に圧入の際の被圧入部22の変形(従って変位)を許容する空間24を形成する接続面23とを有している。そのため、上記圧入の際に入力部材Iの被圧入部22周辺が半径方向に僅かに撓み変形することが許容され、被圧入部22周辺に圧入時に生じる機械的な歪が緩和されるから、歪の影響で入力部材I及びカバー部C,C′、延いては差動装置D全体の組立精度が低下するのを効果的に防止可能となる。
【0056】
また、差動装置Dにおける入力部材
Iの配置形態等(例えば本実施形態のように入力歯部Igをヘリカルギヤとしたこと)によっては、回転中の入力部材
Iに対して駆動源側からスラスト荷重が少なからず作用する場合がある。そのような場合でも、本実施形態では取付孔Ihの接続面23の、被溶接部21に連なる一端部は、被溶接部21から半径方向外方側に延出しているので、延出部23a側に上記スラスト荷重に因る応力を分散させることができる。その結果、入力部材Iとカバー部C,C′との突き当て溶接部wに応力集中が生じるのを効果的に防止できるから、応力集中による溶接部wの耐久性低下が回避可能となる。しかも、上記空間24と被圧入部22の少なくとも一部とは、入力部材Iの回転中心から放射方向に見て互いにオーバラップする(即ち軸方向で同じ領域に位置する)ように配置されるため、圧入の際に入力部材Iの被圧入部22周辺が半径方向外方に一層撓み変形し易くなり、圧入による歪が効果的に緩和され、歪の影響に因る入力部材I及びカバー部C,C′の組立精度低下が効果的に抑制される。
【0057】
また、本実施形態では、カバー部C,C′の側壁部Csの外周部(即ち油保持部7及び連結腕部9の各外端部)には、入力部材Iの被溶接部21に嵌合して溶接される大径部31と、大径部31の軸方向内端に段差面33を介して連なり且つ被圧入部22に圧入される小径部32とが形成されるが、被圧入部22の外端22oが段差面33に当接又は近接している上、接続面23が、被圧入部22の外端22o又は外端22oの近傍部から半径方向外方に向かうにつれて段差面33から徐々に離間する傾斜部23bを有している。これにより、被圧入部22と小径部32との圧入接触面積を十分確保しながら、入力部材Iの被圧入部22周辺を半径方向外方へ一層容易に撓み変形させることが可能となる。
【0058】
而して、本実施形態の差動装置Dにおいて、サイドギヤSは、出力軸A,A′に接続される軸部Sjと、出力軸A,A′の軸線Lと直交する扁平なリング板状に形成されて、軸部Sjと該軸部Sjから入力部材Iの半径方向外方に離間したサイドギヤ歯部Sgとの間を一体に接続する中間壁部Swとを有しており、その上、中間壁部Swは、それの半径方向幅t1がピニオンPの最大直径d1よりも長くなるよう形成されている。このため、サイドギヤSの歯数Z1をピニオンPの歯数Z2よりも十分大きく設定し得るようにサイドギヤSをピニオンPに対し十分大径化できることから、ピニオンPからサイドギヤSへのトルク伝達時におけるピニオンシャフトPSの荷重負担を軽減できてピニオンシャフトPSの有効直径d2の小径化、延いてはピニオンPの、出力軸A,A′軸方向での幅狭化を図ることができる。
【0059】
また上記のようにピニオンシャフトP
Sの荷重負担が軽減されると共に、サイドギヤSにかかる反力が低下し、その上、サイドギヤSの中間壁部Sw又は歯部Sgの背面がカバー側壁部Csに支持されるので、サイドギヤSの中間壁部Swを薄肉化してもサイドギヤSの必要な剛性強度は確保することが容易であり、即ち、サイドギヤSに対する支持剛性を確保しつつサイドギヤ中間壁部Swを十分に薄肉化することが可能となる。また、本実施形態では、上記のように小径化を可能としたピニオンシャフトPSの有効直径d2よりもサイドギヤ中間壁部Swの最大肉厚t2が更に小さく形成されるため、サイドギヤ中間壁部Swの更なる薄肉化が達成可能となる。しかもカバー側壁部Csが、外側面を出力軸A,A′の軸線Lと直交する平坦面とした板状に形成されることで、カバー側壁部Cs自体の薄肉化も達成される。
【0060】
それらの結果、差動装置Dは、従来装置と同程度の強度(例えば静ねじり荷重強度)や最大トルク伝達量を確保しながら、全体として出力軸A,A′の軸方向で十分に幅狭化することができる。これにより、差動装置Dの周辺のレイアウト上の制約が多い伝動系に対しても差動装置Dを、高い自由度を以て無理なく容易に組込み可能となり、また伝動系を小型化する上で頗る有利となる。
【0061】
ところで、上記した第1実施形態では、ピニオン支持部(差動ギヤ支持部)として長いピニオンシャフトPSを用いるものを示したが、
図6に示す本発明の第2実施形態では、ピニオンPの大径側の端面に同軸に一体に結合された支持軸部PS′でピニオン支持部(差動ギヤ支持部)が構成される。この構成によれば、ピニオンシャフトPSを嵌合させる貫通孔をピニオンPに設ける必要はなくなるため、それだけピニオンPを小径化(軸方向幅狭化)できて、差動装置Dの出力軸A,A′軸方向での扁平化を図ることができる。即ち、ピニオンシャフトPSがピニオンPを貫通する場合、ピニオンPにはピニオンシャフト径に対応するサイズの貫通孔を形成する必要があるが、ピニオンP端面に支持軸部PS′を一体化した場合には、支持軸部PS′の径に依存することなくピニオンPの小径化(軸方向幅狭化)が可能となる。
【0062】
また本第2実施形態では、支持軸部PS′の外周面と、支持軸部PS′が挿入される取付体Tの保持孔Th内周面との間に、その間の相対回転を許容する軸受としての軸受ブッシュ12が介挿される。尚、軸受としては、ニードルベアリング等の軸受を使用してもよい。尚また、軸受を省略して、支持軸部PS′を取付体Tの保持孔Thに直接嵌合させてもよい。
【0063】
次に
図7及び
図8を参照して、本発明の第3実施形態について説明する。この第3実施形態では、デフケースDCX及びデフケースDCXの内部に収納される差動機構DMXが、第1,第2実施形態のデフケースDC及び差動機構DMと具体的構造及び機能が異なる。
【0064】
即ち、差動装置Dは、入力部としての被動プーリIpを外周に一体に有する短円筒状の入力部材IX(第1回転部材)と、エンジンから被動プーリIpを経て入力部材IXに作用する回転力を左右一対の出力軸A,A′に分配して伝達する差動機構DMXと、入力部材IXに結合されて該入力部材IXの軸方向両端の開放端部をそれぞれ塞ぐ円板状の左右一対のカバー部C,C′とを備える。そして、入力部材IXおよびカバー部C,C′によりデフケースDCXが構成され、デフケースDCX内に差動機構DMXが配設される。デフケースDCXのミッションケース1への取付構造は、第1実施形態と同様である。尚、本実施形態において、入力部としての被動プーリIpに代えて、第1実施形態のような入力歯部Igを入力部材IXの外周に設けてもよい。
【0065】
而して、入力部材IXおよびカバー部C,C′間の結合構造は、第1,第2実施形態における入力部材Iおよびカバー部C,C′間の結合構造と基本的に同じであって、溶接と圧入とを併用している。従って、入力部材IXおよびカバー部C,C′間の具体的な結合構造については、各構成要素に第1,第2実施形態の対応する構成要素と同じ参照符号を付すに留め、これ以上の構造説明を省略する。尚、本実施形態では、入力部材IXの内周部に左右一対の支持壁部Is,Isが互いに間隔をおいて且つ全周に亘って突設されており、それら支持壁部Is,Isの外側面にカバー部C,C′の内側面がそれぞれ当接している。
【0066】
また、差動機構DMXは、第1回転軸線X1上の主軸部105a、第1回転軸線X1から偏心した第2回転軸線X2上の第1偏心軸部105b、第2回転軸線X2とは逆側に第1回転軸線X1から偏心した第3回転軸線X3上の第2偏心軸部105cを有していて、第1,第2偏心軸部105b,105cが第1回転軸線X1周りに相互に180度ずれた位相で公転し得る偏心シャフト105と、入力部材IXの一方の支持壁部Isの内周端に形成された内歯Ibと噛み合う外歯106aを有していて第1偏心軸部105b上で自転しながら第1回転軸線X1周りに公転し得る、入力部材I
Xよりも小径の第2回転部材106と、第2回転部材106の外歯106aと同じモジュールの外歯107aを有して第2回転部材106の一側に隣接配置され、第2偏心軸部105c上で自転しながら第1回転軸線X1周りに公転し得る第3回転部材107と、第1回転軸線X1周りに回転可能で第2,第3回転部材106,107の外周に配置され、第2回転部材106の自転を第3回転部材107に伝達すべく、それの内周に形成された内歯108aを第2,第3回転部材106,107の外歯106a,107aと噛み合わせる、第2,第3回転部材106,107よりも大径の第4回転部材108と、第3回転部材107の一側に隣接配置され、第3回転部材107の自転および公転を受けて第1回転軸線X1周りに回転する第5回転部材109とを備えている。
【0067】
そして、偏心シャフト105の主軸部105aに左右一方の出力軸Aがスプライン接合されるとともに、第5回転部材109の軸部109bに左右他方の出力軸A′がスプライン接合される。その際、第2回転部材106は第1ベアリング111を介して偏心シャフト105の第1偏心軸部105bに嵌合し、第3回転部材107は第2ベアリング112を介して偏心シャフト105の第2偏心軸部105cに嵌合する。また、偏心シャフト105の主軸部105aと一方のカバー部Cとの間には第3ベアリング113が介装され、第5回転部材109の軸部109bと他方のカバー部C′との間には第4ベアリング114が介装される。
【0068】
また第3回転部材107と第5回転部材109とは、本実施形態では、両者の対向面に形成された第3回転部材107の6波のトロコイド溝107bと第5回転部材109の4波のトロコイド溝109aとの間に挟持した5個のボール110を介して相互に噛み合っている。
【0069】
本第3実施形態の差動装置Dの差動機構DMXの作動を次に説明する。例えば、入力部材I(第1回転部材)を仮に固定して一方の出力軸Aを回転させると、偏心シャフト105の主軸部105aが回転して入力部材Iの内歯Ibと噛み合う第2回転部材106が第1偏心軸部105b上で自転しながら第1回転軸線X1周りに公転するが、第2回転部材106と第3回転部材107とは偏心シャフト105によって180度ずれた位相で公転し、また第2回転部材106の自転は第4回転部材108を介して第3回転部材107に伝達されるので、第2回転部材106の公転及び自転は、公転の位相が180度ずれるだけで第3回転部材107に伝達される。そして第3回転部材107の公転及び自転は、第3回転部材107に噛み合って第1回転軸線X1周りに回転可能な第5回転部材109に伝達されるから、第5回転部材109に接続された他方の出力軸A′が一方の出力軸Aとは異なる回転数で回転することになるが、差動装置D内部の各噛み合い部を等価のピッチ円で表したときの各回転部材のピッチ円半径を適切に定めることで、一方の出力軸Aの回転数をkとしたときに他方の出力軸A′の回転数を−kとすることができる。そのため、この状態で入力部材Iをn回転させると、一方の出力軸Aがn+k回転し他方の出力軸A′がn−k回転することになって等差動回転が可能となるので、差動装置として有効に機能させることできる。
【0070】
ところで上記した特許文献2,3で例示したような従来の差動装置(特に入力部材内にピニオン(差動ギヤ)と、ピニオン(差動ギヤ)に噛合する一対のサイドギヤ(出力ギヤ)とを備えた従来の差動装置)では、通常、サイドギヤ(出力ギヤ)の歯数Z1とピニオン(差動ギヤ)の歯数Z2として、例えば特許文献3に示される14×10、或いは16×10または13×9が用いられている。この場合、差動ギヤに対する出力ギヤの歯数比率Z1/Z2は、それぞれ1.4 、1.6 、1.44となっている。また従来の差動装置では、歯数Z1,Z2の、その他の組合わせとして、例えば15×10、17×10、18×10、19×10、または20×10となっているものも知られており、この場合の歯数比率Z1/Z2は、それぞれ1.5 、1.7 、1.8 、1.9 、2.0 となっている。
【0071】
一方、今日では、差動装置周辺でのレイアウト上の制約を伴う伝動装置も増えており、差動装置のギヤ強度を確保しつつ差動装置を出力軸の軸方向に十分幅狭化(即ち扁平化)することが市場で要求されている。しかしながら従来の既存の差動装置では、上記歯数比率の組み合わせからも明らかなように出力軸の軸方向で幅広の構造形態となっているため、上記した市場の要求を満たすことが困難な状況にある。
【0072】
そこで差動装置のギヤ強度を確保しつつ差動装置を出力軸の軸方向に十分幅狭化(即ち扁平化)し得る差動装置Dの構成例を、上記した実施形態とは異なる観点より、以下に具体的に特定する。尚、この構成例に係る差動装置Dの各構成要素の構造は、
図1〜
図8(特に
図1〜
図5)で説明した上記実施形態の差動装置Dの各構成要素と同様であるので、各構成要素の参照符号は、上記実施形態のそれと同じ符号を使用し、構造説明は省略する。
【0073】
先ず、差動装置Dを出力軸Aの軸方向に十分に幅狭化(即ち扁平化)するための基本的な考え方を、
図9を併せて参照して説明すると、それは、
[1]ピニオンP即ち差動ギヤに対するサイドギヤS即ち出力ギヤの歯数比率Z1/Z2を従来既存の差動装置の歯数比率よりも増大させる。(これにより、ギヤのモジュール(従って歯厚)が減少してギヤ強度が低下する一方で、サイドギヤSのピッチ円直径が増大してギヤ噛合部での伝達荷重が低減しギヤ強度が増大するが、全体としては後述する如くギヤ強度は低下する。)
[2]ピニオンPのピッチ円錐距離PCDを従来既存の差動装置のピッチ円錐距離よりも増やす。(これにより、ギヤのモジュールが増加してギヤ強度が増大すると共に、サイドギヤSのピッチ円直径が増大してギヤ噛合部での伝達荷重が低減しギヤ強度が増大するため、全体としては後述する如くギヤ強度は大幅に増大する。)
従って、上記[1]によるギヤ強度低下の量と、上記[2]によるギヤ強度増大の量とが等しくなるか、或いは上記[1]によるギヤ強度低下の量よりも、上記[2]によるギヤ強度増大の量の方が上回るように、歯数比率Z1/Z2及びピッチ円錐距離PCDを設定することにより、全体としてギヤ強度を従来既存の差動装置と比べて同等もしくは増大させることができる。
【0074】
次に上記[1][2]に基づくギヤ強度の変化態様を数式により具体的に検証する。尚、検証は、以下の実施形態で説明する。先ず、サイドギヤSの歯数Z1を14、ピニオンPの歯数Z2を10とした時の差動装置D′を「基準差動装置」とする。また「変化率」とは、基準差動装置D′を基準(即ち100 %)とした場合の各種変数の変化率である。
[1]について
サイドギヤSのモジュールをM、ピッチ円直径をPD
1 、ピッチ角をθ
1 、ピッチ円錐距離をPCD、ギヤ噛合部での伝達荷重をF、伝達トルクをTとした場合に、ベベルギヤの一般的な公式より、
M=PD
1 /Z1
PD
1 =2PCD・ sinθ
1
θ
1 = tan
-1(Z1/Z2)
これら式から、ギヤのモジュールは、
M=2PCD・ sin{ tan
-1(Z1/Z2)}/Z1 ・・・(1)
となり、
また基準差動装置D′のモジュールは、2PCD・ sin{ tan
-1(7/5)}/14
となる。
【0075】
従って、この両式の右項を除算することにより、基準差動装置D′に対するモジュール変化率は、次の(2)式のようになる。
【0077】
また、ギヤ強度(即ち歯部の曲げ強度)に相当する歯部の断面係数は、歯厚の二乗に比例する関係にあり、一方、その歯厚は、モジュールMと略リニアな関係にある。従って、モジュール変化率の二乗は、歯部の断面係数変化率、延いてはギヤ強度の変化率に相当する。即ち、そのギヤ強度変化率は、(2)式に基づいて次の(3)式のように表される。(3)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には
図10のL1で示され、これにより、歯数比率Z1/Z2が増えるにつれてモジュール減少によりギヤ強度が低下することが判る。
【0079】
ところで上記したベベルギヤの一般的な公式より、サイドギヤSのトルク伝達距離は、次の(4)式のようになる。
【0080】
PD
1 /2=PCD・ sin{ tan
-1(Z1/Z2)}・・・(4)
そして、トルク伝達距離PD
1 /2による伝達荷重Fは、F=2T/PD
1 である。従って、基準差動装置D′のサイドギヤSにおいて、トルクTを一定とすれば、伝達荷重Fとピッチ円直径PD
1 とが反比例の関係となる。また伝達荷重Fの変化率は、ギヤ強度の変化率とも反比例の関係にあることから、ギヤ強度の変化率は、ピッチ円直径PD
1 の変化率と等しくなる。
【0081】
その結果、ピッチ円直径PD
1 の変化率は、(4)の式を用いて、次の(5)式のようになる。
【0083】
(5)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には
図10のL2で示され、これにより、歯数比率Z1/Z2が増えるにつれて伝達荷重低減によりギヤ強度が高まることが判る。
【0084】
結局のところ、歯数比率Z1/Z2が増えることに伴うギヤ強度の変化率は、モジュールMの減少によるギヤ強度の減少変化率(上記した(3)式の右項)と、伝達荷重低減によるギヤ強度の増加変化率(上記した(5)式の右項)との掛け合わせにより、次の(6)式として表される。
【0086】
(6)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には
図10のL3で示され、これにより、歯数比率Z1/Z2が増えるにつれて全体としてギヤ強度が低下することが判る。
[2]について
ピニオンPのピッチ円錐距離PCDを基準差動装置D′のピッチ円錐距離よりも増やすと、変更前のPCDをPCD1、変更後のPCDをPCD2とした場合には、PCDの変更前後のモジュール変化率は、上記したベベルギヤの一般的な公式より、歯数を一定とすれば、(PCD2/PCD1)となる。
【0087】
一方、サイドギヤSのギヤ強度の変化率は、(3)式を導いた過程からも明らかなように、モジュール変化率の二乗に相当するため、結局のところ、
モジュール増大によるギヤ強度変化率=(PCD2/PCD1)
2 ・・・(7)
(7)式は、
図11のL4で示され、これにより、ピッチ円錐距離PCDが増えるにつれてモジュール増加によりギヤ強度が増加することが判る。
【0088】
また、ピッチ円錐距離PCDを基準差動装置D′のピッチ円錐距離PCD1よりも増やした場合に、伝達荷重Fが低減されるが、これによる、ギヤ強度の変化率は、前述のようにピッチ円直径PD
1 の変化率と等しくなる。またサイドギヤSのピッチ円直径PD
1 とピッチ円錐距離PCDとは比例関係にある。従って、
伝達荷重低減によるギヤ強度変化率=PCD2/PCD1 ・・・(8)
(8)式は、
図11のL5で示され、これにより、ピッチ円錐距離PCDが増えるにつれて伝達荷重低減によりギヤ強度が高まることが判る。
【0089】
そして、ピッチ円錐距離PCDが増えることに伴うギヤ強度の変化率は、モジュールMの増大によるギヤ強度の増加変化率(上記した(7)式の右項)と、ピッチ円直径PDの増加に伴う伝達荷重低減によるギヤ強度の増加変化率(上記した(8)式の右項)との掛け合わせにより、次の(9)式として表される。
【0090】
ピッチ円錐距離増大によるギヤ強度変化率=(PCD2/PCD1)
3 ・・(9)
(9)式は、
図11のL6で示され、これにより、ピッチ円錐距離PCDが増えるにつれてギヤ強度が大幅に高められることが判る。
【0091】
そして、[1]の手法(歯数比率増大)によるギヤ強度の低下分を、[2]の手法(ピッチ円錐距離増大)によるギヤ強度の増大分で十分補うようにして全体として差動装置のギヤ強度を従来既存の差動装置のギヤ強度と同等もしくはそれ以上とするように、歯数比率Z1/Z2及びピッチ円錐距離PCDの組み合わせを決定する。
【0092】
例えば、基準差動装置D′のサイドギヤSのギヤ強度を100%維持する場合には、[1]で求めた歯数比率増大に伴うギヤ強度の変化率(上記した(6)式の右項)と、[2]で求めたピッチ円錐距離増大によるギヤ強度変化率(上記した(9)の右項)とを掛け合わせたものが100%となるように設定すればよい。これより、基準差動装置D′のギヤ強度を100%維持する場合における歯数比率Z1/Z2とピッチ円錐距離PCDの変化率との関係は、次の(10)式で求められる。(10)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には
図12のL7で示される。
【0094】
このように(10)式は、歯数比率Z1/Z2=14/10とした基準差動装置D′のギヤ強度を100%維持する場合における歯数比率Z1/Z2とピッチ円錐距離PCDの変化率との関係(
図12参照)を示すものであるが、
図12の縦軸のピッチ円錐距離PCDの変化率は、ピニオンPを支持するピニオンシャフトPS(即ちピニオン支持部)のシャフト径をd2とした場合にはd2/PCDの比率に変換可能である。
【0096】
すなわち、従来既存の差動装置において、ピッチ円錐距離PCDの増大変化は、上記表1のようにd2の増大変化と相関があり、且つd2を一定としたときはd2/PCDの比率の低下として表現可能である。しかも、従来既存の差動装置においては、上記表1のように、基準差動装置D′の時にはd2/PCDが40〜45%の範囲に収まっている関係と、PCDを増やすとギヤ強度が増大することとから、基準差動装置D′の時には少なくともd2/PCDが45%以下となるように、ピニオンシャフトPSのシャフト径d2及びピッチ円錐距離PCDを決めれば、ギヤ強度を従来既存の差動装置のギヤ強度と同等もしくはそれ以上とすることができる。つまり、基準差動装置D′の場合には、
d2/PCD≦0.45を満たせばよい。この場合、基準差動装置D′のピッチ円錐距離PCD1に対して、増減変更後のPCDをPCD2とすれば、
d2/PCD2≦0.45/(PCD2/PCD1)・・・(11)
を満たせばよいということになる。そして、(11)式を、上記した(10)式に適用すれば、d2/PCDと、歯数比率Z1/Z2との関係が、次の(12)式のように変換可能である。
【0098】
(12)式の等号が成立する時において、ピニオンPの歯数Z2が10の時には
図13のL8のように表すことができる。(12)式の等号が成立する時が、基準差動装置D′のギヤ強度を100%維持する場合のd2/PCDと歯数比率Z1/Z2との関係である。
【0099】
ところで従来既存の差動装置では、上述したように、通常、基準差動装置D′のような歯数比率Z1/Z2を1.4とするものだけでなく、歯数比率Z1/Z2を1.6とするものや、歯数比率Z1/Z2を1.44とするものも採用されている。この事実を踏まえて、基準差動装置D′(Z1/Z2=1.4)で必要十分な、即ち100%のギヤ強度が得られると想定した場合には、従来既存の差動装置において歯数比率Z1/Z2が16/10の差動装置では、
図10から明らかなようにギヤ強度が基準差動装置D′に比べ87%に低下していることが判る。しかしながら、この程度に低下したギヤ強度は、従来既存の差動装置では実用強度として許容され、実用されている。そこで、軸方向に扁平な差動装置においても、基準差動装置D′に対し少なくとも87%のギヤ強度があれば、ギヤ強度が十分に確保、許容されると考えられる。
【0100】
このような観点から、基準差動装置D′のギヤ強度を87%維持する場合における歯数比率Z1/Z2と、ピッチ円錐距離PCDの変化率との関係を先ず求めると、その関係は、(10)式を導く過程に倣って演算(即ち、歯数比率増大に伴うギヤ強度の変化率(上記した(6)式の右項)と、ピッチ円錐距離増大によるギヤ強度変化率(上記した(9)の右項)とを掛け合わせたものが87%となるように演算)することにより、次の(10′)式のように表すことができる。
【0102】
そして、前述の(11)式を、上記した(10′)式に適用すれば、基準差動装置D′のギヤ強度を87%以上維持する場合におけるd2/PCDと、歯数比率Z1/Z2との関係が、次の(13)式のように変換可能である。但し、計算の過程において、変数を用いて表される項を除き、有効数字を3桁で計算し、それ以外の桁は切り捨てで対応する都合上、実際には計算誤差によりほぼ等しいとなる場合でも、式の表現では等号で表すこととする。
【0104】
(13)式の等号が成立する場合において、ピニオンPの歯数Z2が10の時には
図13のように(より具体的には、
図13のL9ラインのように)表すことができ、この場合に(13)式に対応する領域は、
図13でL9ライン上及びL9ラインよりも下側の領域となる。そして、(13)式を満たし、且つ
図13でL10ラインよりも右側となる歯数比率Z1/Z2が2.0を超えることを満たす特定領域(
図13のハッチング領域)が、特にピニオンPの歯数Z2が10で歯数比率Z1/Z2が2.0を超える軸方向に扁平な差動装置において、基準差動装置D′に対し少なくとも87%のギヤ強度を確保可能なZ1/Z2及びd2/PCDの設定領域である。尚、参考までに、歯数比率Z1/Z2を40/10と、d2/PCDを20.00%とそれぞれ設定した時の実施例を
図13において例示すれば、菱形点のようになり、また歯数比率Z1/Z2を58/10と、d2/PCDを16.67%とそれぞれ設定した時の実施例を
図13において例示すれば、三角点のようになり、これらは上記の特定領域に収まっている。これらの実施例について、シミュレーションによる強度解析を行った結果、従来と同等またはそれ以上のギヤ強度(より具体的には基準差動装置D′に対して87%のギヤ強度またはそれ以上のギヤ強度)が得られていることが確認できた。
【0105】
而して、上記特定領域にある扁平な差動装置は、従来既存の非扁平な差動装置と同程度のギヤ強度(例えば静ねじり荷重強度)や最大トルク伝達量を確保しながら、全体として出力軸の軸方向で十分に幅狭化な差動装置として構成されるものであり、そのため、差動装置周辺のレイアウト上の制約が多い伝動系に対しても差動装置を、高い自由度を以て無理なく容易に組込み可能となり、またその伝動系を小型化する上で頗る有利となる等の効果を達成可能である。
【0106】
また、上記特定領域にある扁平な差動装置の構造が、例えば、上述した実施形態の構造(より具体的には、
図1〜8で示される構造)となる場合には、上記特定領域にある扁平な差動装置は、上述した実施形態で示した構造に伴う効果も併せて達成可能である。
【0107】
尚、前述の説明(特に
図10,12,13に関する説明)は、ピニオンPの歯数Z2を10とした時の差動装置について行っているが、本発明は、これに限定されるものではない。例えば、ピニオンPの歯数Z2を6,12,20とした場合にも、上記効果を達成可能な扁平な差動装置は、
図14,15,16のハッチングで示されるように、(13)式で表すことができる。即ち、前述のようにして導出された(13)式は、ピニオンPの歯数Z2の変化に関わらず適用できるものであって、例えばピニオンPの歯数Z2を6,12,20とした場合でも、ピニオンPの歯数Z2を10とした場合と同様、(13)式を満たすようにサイドギヤSの歯数Z1、ピニオンPの歯数Z2、ピニオンシャフトPSのシャフト径d2及びピッチ円錐距離PCDを設定すれば上記効果が得られる。
【0108】
また、参考までに、ピニオンPの歯数Z2を12とした場合において、歯数比率Z1/Z2を48/12と、d2/PCDを20.00%とそれぞれ設定した時の実施例を
図15に菱形点で、歯数比率Z1/Z2を70/12と、d2/PCDを16.67%とそれぞれ設定した時の実施例を
図15に三角点で例示する。これらの実施例について、シミュレーションによる強度解析を行った結果、従来と同等またはそれ以上のギヤ強度(より具体的には基準差動装置D′に対して87%のギヤ強度またはそれ以上のギヤ強度)が得られていることが確認できた。また、これらの実施例は、
図15に示されるように上記特定領域に収まっている。
【0109】
比較例として、上記特定範囲に収まらない実施例、例えばピニオンPの歯数Z2を10とした場合において、歯数比率Z1/Z2を58/10と、d2/PCDを27.50%とそれぞれ設定した時の実施例を
図13に星形点で、ピニオンPの歯数Z2を10とした場合において、歯数比率Z1/Z2を40/10と、d2/PCDを34.29%とそれぞれ設定した時の実施例を
図13に丸点で、ピニオンPの歯数Z2を12とした場合において、歯数比率Z1/Z2を70/12と、d2/PCDを27.50%とそれぞれ設定した時の実施例を
図15の星形点で、ピニオンPの歯数Z2を12とした場合において、歯数比率Z1/Z2を48/12と、d2/PCDを34.29%とそれぞれ設定した時の実施例を
図15の丸点で示す。これらの実施例についてシミュレーションによる強度解析を行った結果、従来と同等またはそれ以上のギヤ強度(より具体的には基準差動装置D′に対して87%のギヤ強度またはそれ以上のギヤ強度)が得られなかったことが確認できた。つまり、上記特定範囲に収まらない実施例では上記効果が得られないことが確認できた。
【0110】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更が可能である。
【0111】
例えば、上述した実施形態では、差動機構DM,DMXの両外側を各々覆う一対のカバー部C,C′は、入力部材I,IXとは別体に各々形成されて入力部材I,IXに溶接されるが、その一方のカバー部C
の結合手段としては、溶接以外の種々の結合手段、例えばネジ手段やカシメ手段も実施可能であり、また他方のカバー部C′を入力部材I,IXに一体に形成してもよい。
【0112】
また上述した第1,第2実施形態では、左右少なくとも一方のカバー部C,C′の側壁部Csに肉抜き部8を設けたものを示したが、左右何れのカバー部C,C′の側壁部Csにも肉抜き部8を形成しないようにして(即ち側壁部Csを円板状に形成して)、側壁部Csにより対応するサイドギヤSの背面全面を覆うようにしてもよい。尚、この場合には、肉抜き部8を有しないカバー部C,C′の円板状の側壁部Csを、入力部材Iの取付孔Ihの被溶接部21に全周に亘り突き当て溶接wしてもよいし、或いはその周方向の一部にだけ突き当て溶接wしてもよい。
【0113】
また上述した実施形態では、入力部材I,IXが、入力部としての入力歯部Ig又は被動プーリIpを一体に備えるものを示したが、本発明では、入力部材I
,IXとは別体に形成した、入力部としてのリングギヤ又は被動プーリを後付けで入力部材I,IXの外周部に固定するようにしてもよい。
【0114】
また本発明の入力部材は、上述した実施形態のような入力歯部Igや被動プーリIpを備えない構造であってもよく、例えば入力部材I,IXが、動力伝達経路で入力部材I,IXよりも上流側に位置する駆動部材(例えば遊星歯車機構や減速歯車機構の出力部材、無端伝動帯式伝動機構の被動輪等)と連動、連結されることにより、入力部材I,IXに回転駆動力が入力されるようにしてもよい。この場合は、その入力部材I,IXの、上記駆動部材と連動、連結される部分が、入力部材の入力部となる。
【0115】
また、上述した第1,第2実施形態では、一対のサイドギヤSの背面を一対のカバー部C,C′でそれぞれ覆うものを示したが、本発明では、一方のサイドギヤSの背面にのみカバー部を設けるようにしてもよい。この場合、例えば、カバー部が設けられない側に、上記上流側に位置する駆動部材を配設して、カバー部が設けられない側で駆動部材と入力部材とを連動、連結させるようにしてもよい。
【0116】
また、上述した実施形態において、差動装置Dは、左右車軸の回転差を許容するものであったが、前輪と後輪の回転差を吸収するセンターデフにも本発明の差動装置を実施可能である。