【実施例】
【0036】
次に、加工媒体の実施例及び比較例について説明する。
【0037】
[試料の作製]
まず、実施例1−24及び比較例1−11に係る加工媒体(試料)を、表1−表7に示す配合成分の組成で作製した。ここでは、水に塩基性物質を溶解し、多価カルボン酸、及び芳香族モノカルボン酸としてp−tert−ブチル安息香酸を加えて攪拌し、必要に応じて、界面活性剤、1,2,3−ベンゾトリアゾールを加えて、水を加えて濃度を調整することで加工媒体を得た。なお、ここでは、防腐剤、消泡剤、香料、染料等は含まれていない。
【0038】
なお、表1−表7に記載の配合成分の商品名、メーカー名は以下の通りである
配合成分:商品名、メーカー名
・シュウ酸:シュウ酸二水和物、菱江化学(株)
・リンゴ酸:DL−Malic Acid、東京化成工業(株)
・フマル酸:フマル酸、扶桑化学工業(株)
・クエン酸:クエン酸(結晶)H、扶桑化学工業(株)
・カプリル酸:ルナック(登録商標) 8−98、花王(株)
・セバシン酸:セバシン酸SR、伊藤製油(株)
・p−tert−ブチル安息香酸:4−tert−Butylbenzoic acid(PTBBA)、扶桑化学工業(株)
・水酸化ナトリウム:苛性ソーダ(固型)、鶴見曹達(株)
・モノイソプロパノールアミン:モノイソプロパノールアミン(MIPA)、NANJING HBL ALKYLOL AMINES CO., LTD.
・ジイソプロパノールアミン:ジイソプロパノールアミン85% GTグレード、ダウ・ケミカル日本(株)
・トリエタノールアミン:TEA(トリエタノールアミン)99、ジャパンケムテック(株)
・トリメチロールプロパンポリ(オキシプロピレン)トリアミン:JEFFAMINE(登録商標) T−403、ハンツマン・ジャパン(株)
・ポリアルキレングリコールモノブチルエーテル:ユニルーブ(登録商標) 50MB−5、日油(株)
・1,2,3−ベンゾトリアゾール:サンライト 123.BTA、サンワ化成(株)
・水:水道水(銅イオン溶解量が測定限界以下の水)
【0039】
[加工組成物の作製]
実施例及び比較例に係る加工媒体100wt%に対し砥粒(アルミナベースラッピング材:FO#1000、(株)フジミインコーポレーテッド)30wt%を加えて攪拌して加工組成物(スラリー)を得た。
【0040】
[研磨加工方法]
実施例及び比較例に係る加工組成物を鋳鉄定盤(工具)とシリコンウェハ(被加工物)との接触部に供給して、シリコンウェハを研磨加工した。研磨加工条件は、以下の通りである。
【0041】
[研磨加工条件]
研磨加工機:ラボテスターGP1(株式会社マルトー)
定盤:鋳鉄製 直径250mm
定盤溝形状:格子状(格子1辺25mm×25mm)
定盤回転速度:100rpm
試験片への面圧:0.6g/mm
2
試験片:単結晶シリコンウェハ直径125mm
加工組成物供給量:1L/min
【0042】
[鋳鉄定盤防錆性評価]
加工組成物と鋳鉄定盤は常に触れていることから、鋳鉄定盤の錆びの発生によってシリコンウェハを汚染されることを想定し、鋳鉄定盤の防錆性の評価を次のように行った。実施例及び比較例に係る加工組成物を用いてシリコンウェハの研磨加工を行った鋳鉄定盤(材料:FC200)の試片を加工組成物に浸漬させた状態で30℃で10分間静置し、鋳鉄定盤表面の発錆の有無を目視にて評価した。鋳鉄定盤(面積:70mm×50mm)に、錆の発生がない場合を○、10個以下の個数の錆の発生がある場合を△、10個より大きい個数の錆の発生がある場合を×と評価した。
【0043】
[シリコンウェハの金属汚染評価]
研磨加工後のシリコンウェハを目視で観察し、鋳鉄定盤の溝に沿ったパーティクルによるシリコンウェハ表面の金属汚染(スラッジによる汚れ)が生じているか否かの試験を行った。シリコンウェハ1に金属汚染物がない場合を○(
図1の判定:○の写真を参照)、金属汚染物2があるが乾燥する前にティッシュで1回拭いて金属汚染物2(変色)が除去できた場合を△、金属汚染物2があり乾燥する前にティッシュで1回拭いても金属汚染が除去できない場合を×(
図1の判定:×の写真を参照)と評価した。
【0044】
[銅イオン溶出量評価]
研磨加工機の配管類やシリコンウェハを切り出す前の工程で付着する銅またはその合金から銅イオンが溶出し、溶出した銅イオンによってシリコンウェハ表面が汚染されることを想定し、銅試片を用いた銅イオン溶出量を測定した。実施例及び比較例に係る加工媒体50g(砥粒を含んでいないもの)にJIS K 2513(石油製品−銅板腐食試験方法)用の銅板(材料:C1100P)を試片(長さ約75mm、幅約12.5mm、厚さ1.5−3.0mm)の半分が浸漬するようにして、25℃において18時間静置してから加工媒体を取り出し、ICP(Inductively Coupled Plasma;発光分光分析法)装置によって加工媒体中の銅イオン溶出量を測定した。ICP装置の詳細は、以下の通りである。
【0045】
[ICP装置]
製造者:AMETEK(MATERIALS ANALYSIS DIVISION)
装置名:SPECTRO ARCOS(登録商標)
型式:FHM22
タイプ:MV130(マルチビュー)
測定条件:原液測定
測定方法:SOP(Side On Plasma)側面方向(ラジアル)
【0046】
[pH測定]
pH測定器(堀場製作所製、「ガラス電極式水素イオン濃度計 pH METER F−11」、「pH電極 LAQUA(登録商標) 6377」)を用いてpHを測定した。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
【表4】
【0051】
【表5】
【0052】
【表6】
【0053】
【表7】
【0054】
[多価カルボン酸とモノカルボン酸との組合せの評価]
多価カルボン酸を含有せず、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有する比較例1では、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用の存在を欠くので、鋳鉄定盤の防錆性がなく、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量を抑えることができなかった。ただし、多価カルボン酸を含有せず、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有する比較例3では、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用がなくとも、銅溶出防止剤となる1,2,3−ベンゾトリアゾールの作用により、鋳鉄定盤の防錆性があり、かつ、銅イオンの溶出量は抑えることができたが、シリコンウェハの金属汚染を抑えることができなかった。このことから、1,2,3−ベンゾトリアゾールには、鋳鉄定盤の防錆性はあるが、シリコンウェハの金属汚染を抑える作用がないことがわかった。
【0055】
多価カルボン酸としてクエン酸(炭素数6)を含有し、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有しない比較例2では、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用の存在を欠くので、鋳鉄定盤の防錆性がなく、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量も抑えることができなかった。
【0056】
多価カルボン酸を含有せず、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有する比較例4では、他のモノカルボン酸(カプリル酸)の作用により、鋳鉄定盤の防錆性があったが、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用の存在を欠くので、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量も抑えることができなかった。
【0057】
多価カルボン酸としてセバシン酸(炭素数10)を含有し、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有する比較例5では、多価カルボン酸における炭素数が多すぎて、炭素数7以下の多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の存在に基づく作用がなくなり、鋳鉄定盤の防錆性がなく、シリコンウェハの金属汚染、銅イオン溶出量を抑制することができなかった。
【0058】
多価カルボン酸としてクエン酸及びセバシン酸(炭素数6及び10)を含有し、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有しない比較例6では、多価カルボン酸の作用により、鋳鉄定盤の防錆性があったが、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用の存在を欠くので、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量も抑えることができなかった。
【0059】
多価カルボン酸としてクエン酸(炭素数6)を含有し、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有しない比較例7では、モノカルボン酸(カプリル酸)の作用により、鋳鉄定盤の防錆性があったが、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用の存在を欠くので、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量も抑えることができなかった。
【0060】
多価カルボン酸としてイソフタル酸(炭素数8)を含有し、かつ、p−tert−ブチル安息香酸を含有する比較例8では、鋳鉄定盤の防錆性があり、シリコンウェハの金属汚染を抑制することができたので、炭素数7以下の多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方存在に基づく作用と同様な作用があったが、銅イオン溶出量については抑制する傾向は見られたものの合格基準には届かなかった。
【0061】
一方、実施例1−9では、p−tert−ブチル安息香酸の作用により鋳鉄定盤の防錆性があり、炭素数2〜7の多価カルボン酸の作用によりシリコンウェハの金属汚染を抑えることができ、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の両方の作用の存在により銅イオンの溶出量も抑えることができた(表1参照)。なお、実施例6のように、多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の合計の配合量が減少すると、鋳鉄定盤の防錆性が小さくなった。
【0062】
[多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の配合比の評価]
多価カルボン酸(クエン酸:炭素数6)及びp−tert−ブチル安息香酸の配合比について、表3を参照すると、1:4以上かつ2:1未満の実施例10−12では、鋳鉄定盤の防錆性があり、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量も抑えることができた。また、多価カルボン酸(シュウ酸:炭素数2)及びp−tert−ブチル安息香酸の配合比について、表5を参照すると、2:1未満である実施例19−21では鋳鉄定盤の防錆性があり、シリコンウェハの金属汚染、及び銅イオンの溶出量を抑えることができた。
【0063】
[多価カルボン酸及びp−tert−ブチル安息香酸の合計の配合量の評価]
多価カルボン酸(クエン酸:炭素数6)及びp−tert−ブチル安息香酸の合計の配合量について、表4を参照すると、0.05wt%以上かつ15wt%以下の範囲内にある実施例13−17では、鋳鉄定盤の防錆性があり、シリコンウェハの金属汚染、及び、銅イオンの溶出量も抑えることができた。0.05wt%や15wt%に近付くにつれて鋳鉄定盤の防錆性が小さくなり、シリコンウェハの金属汚染が大きくなる傾向があった。また、多価カルボン酸(シュウ酸:炭素数2)及びp−tert−ブチル安息香酸の合計の配合量について、表6を参照すると、0.05wt%以上かつ15wt%以下の範囲内にある実施例22−24では、鋳鉄定盤の防錆性があり、シリコンウェハの金属汚染を抑えることができた。
【0064】
[塩基性物質の評価]
表7を参照すると、塩基性物質を含有しない比較例11においては、p−tert−ブチル安息香酸が水に溶解せず、安定した加工媒体を得ることができなかった。
【0065】
(付記)
本発明では、前記加工媒体の形態が可能である。
【0066】
前記加工媒体において、前記多価カルボン酸の炭素数は、好ましくは2以上かつ6以下、3以上かつ7以下、より好ましくは3以上かつ6以下である。
【0067】
前記加工媒体において、前記塩基性物質は、ナトリウム化合物、カリウム化合物、アンモニウム化合物及びアミン化合物のいずれか1以上である。
【0068】
前記加工媒体において、前記塩基性物質は、ナトリウム化合物及びアミン化合物を含む。
【0069】
前記加工媒体において、前記塩基性物質は、複数種のアミン化合物を含む。
【0070】
前記加工媒体において、さらに、水を含む。
【0071】
前記加工媒体において、前記多価カルボン酸及び前記芳香族モノカルボン酸の合計が0.05wt%以上かつ15wt%以下、前記塩基性物質が0.1wt%以上かつ20wt%以下、前記水が50wt%以上かつ99.7wt%以下である。多価カルボン酸及び芳香族モノカルボン酸の合計の配合量は、より好ましくは0.1wt%以上かつ4wt%以下であり、さらに好ましくは0.2wt%以上かつ2wt%以下である。前記塩基性物質の配合量は、より好ましくは0.2wt%以上かつ10wt%以下であり、さらに好ましくは0.5wt%以上かつ5wt%以下である。水の配合量は、より好ましくは80wt%以上かつ99.5wt%以下であり、さらに好ましくは90wt%以上かつ98wt%以下である。
【0072】
前記加工媒体において、前記多価カルボン酸及び前記芳香族モノカルボン酸の配合比が1:4以上かつ2:1未満である。前記多価カルボン酸及び芳香族モノカルボン酸の配合比は、より好ましくは1:1.8以上かつ1.8:1以下であり、さらに好ましくは1:1.5以上かつ1.5:1以下である。
【0073】
前記加工媒体において、pHが7より大きい。前記pHは、より好ましくは8以上かつ12.5以下、さらに好ましくは8以上かつ10以下である。
【0074】
前記加工媒体において、界面活性剤、消泡剤、防腐剤、香料及び染料の少なくとも1種を含む。
【0075】
前記加工媒体において、請求項5乃至7のいずれか一に記載の加工媒体100wt%に対し界面活性剤が0.01wt%以上かつ5wt%以下配合されている。前記界面活性剤の配合量は、好ましくは0.02wt%以上かつ3wt%以下であり、より好ましくは0.05wt%以上かつ1wt%以下である。
【0076】
前記加工媒体において、請求項5乃至7のいずれか一に記載の加工媒体100wt%に対し消泡剤が0.001wt%以上かつ1wt%以下配合されている。前記消泡剤の配合量は、好ましくは0.002wt%以上かつ0.5wt%以下であり、より好ましくは0.005wt%以上かつ0.1wt%以下である。
【0077】
前記加工媒体において、ベンゾトリアゾールを含まない。
【0078】
前記加工媒体において、前記加工媒体中に銅を浸したときに前記加工媒体中の銅イオンが70ppm以下である。前記加工媒体中に銅を浸したときに前記加工媒体中の銅イオンは、好ましくは60ppm以下であり、より好ましくは50ppm以下である。
【0079】
本発明では、前記加工組成物の形態が可能である。
【0080】
前記加工組成物において、前記加工組成物を鋳鉄定盤とシリコンウェハとの接触部に供給して前記シリコンウェハを研磨加工したときに、前記シリコンウェハ表面に金属汚染物がない、又は、前記シリコンウェハ表面にある金属汚染物が乾燥する前に拭いて取れる。
【0081】
前記加工組成物において、前記加工組成物を用いてシリコンウェハの研磨加工を行った鋳鉄定盤を前記加工組成物に浸漬させた状態で30℃で10分間静置したときに、前記鋳鉄定盤の表面に、錆の発生がない、又は、70mm×50mmの面積において錆の発生が10個以下である。
【0082】
本発明では、前記加工方法の形態が可能である。
【0083】
なお、上記の特許文献の開示を、本書に引用をもって繰り込むものとする。本発明の全開示(特許請求の範囲及び図面を含む)の枠内において、さらにその基本的技術思想に基づいて、実施形態ないし実施例の変更・調整が可能である。また、本発明の全開示の枠内において種々の開示要素(各請求項の各要素、各実施形態ないし実施例の各要素、各図面の各要素等を含む)の多様な組み合わせないし選択(必要により不選択)が可能である。すなわち、本発明は、請求の範囲及び図面を含む全開示、技術的思想にしたがって当業者であればなし得るであろう各種変形、修正を含むことは勿論である。また、本願に記載の数値及び数値範囲については、明記がなくともその任意の中間値、下位数値、及び、小範囲が記載されているものとみなされる。