(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6661402
(24)【登録日】2020年2月14日
(45)【発行日】2020年3月11日
(54)【発明の名称】内因系血液凝固反応を特異的に阻害する抗血栓剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/737 20060101AFI20200227BHJP
A61P 7/02 20060101ALI20200227BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20200227BHJP
A23L 29/256 20160101ALI20200227BHJP
A61K 35/748 20150101ALN20200227BHJP
【FI】
A61K31/737
A61P7/02
A23L33/105
A23L29/256
!A61K35/748
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-30915(P2016-30915)
(22)【出願日】2016年2月22日
(65)【公開番号】特開2016-155820(P2016-155820A)
(43)【公開日】2016年9月1日
【審査請求日】2018年11月1日
(31)【優先権主張番号】特願2015-34482(P2015-34482)
(32)【優先日】2015年2月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(73)【特許権者】
【識別番号】307033763
【氏名又は名称】グリーンサイエンス・マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081422
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 光雄
(74)【代理人】
【識別番号】100084146
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】武谷 浩之
(72)【発明者】
【氏名】田尻 裕也
(72)【発明者】
【氏名】金子 慎一郎
【審査官】
石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−162947(JP,A)
【文献】
特開2009−221136(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A61K 35/00−35/768
A61K 36/00−36/9068
A23L 29/00−29/30
A23L 33/00−33/29
A61L 15/00−33/18
A61P 7/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サクランまたはサクラン含有素材を含有する、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓剤。
【請求項2】
サクランまたはサクラン含有素材を含有する、血栓症の治療または予防のための飲食物であって、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓効果を有する飲食物。
【請求項3】
請求項2記載の飲食物を製造するために用いられる、サクランまたはサクラン含有素材を含む食品添加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗血栓剤に関する。詳細には、藍藻類の硫酸化多糖を含む、内因系血液凝固反応を特異的に阻害する抗血栓剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞や心筋梗塞、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)といった血栓症は死に至ることが多く、日本人の死因の約1/3はこうした血液循環障害が占める。これまでにも血栓症の予防・治療のための薬剤が開発されてきたが、何れも出血の副作用を伴い、例えば脳血栓を防ぐことができても脳出血の副作用で死に至るケースなどは稀ではない。
【0003】
ヘパリンなどの硫酸化多糖は血液凝固反応を阻害することが知られており(特許文献1参照)、既に抗血栓剤、および、採血時の血液凝固阻止剤として広く臨床や検査の場で使用されている。ヘパリンなどの硫酸化多糖は、アンチトロンビンによるトロンビン阻害活性を触媒的に増強することで、凝固反応を阻止する。したがって、これらの硫酸化多糖は内因系・外因系の両方の系で活性化された血液凝固反応を阻害する。特にヘパリンは非常に強い抗血栓剤であり、病理的血栓形成を抑制するが、同時に生理的血栓形成(止血作用)も阻害するため、出血の副作用は免れない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Majerus, PW; Tollefsen, DM (2006), “Blood coagulation and anticoagulant, thrombolytic, and antiplatelet drugs”, in Laurence L. Brunton, Goodman & Gilman's the pharmacological basis of therapeutics (11th ed.), McGraw-Hill Companies
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は解決すべき課題は、止血は阻害せず、病理的血栓形成を阻害する抗血栓剤を開発することであった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、ラン藻類であるスイゼンジノリ(Aphanothece Sacrum)由来の硫酸化多糖サクランを用いることにより、止血は阻害せず、病理的血栓形成のみを阻害できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は下記のものを提供する:
(1)サクランまたはサクラン含有素材を含有する、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓剤、
(2)サクランまたはサクラン含有素材を含有する、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓効果を有する飲食物、および
(3)サクランまたはサクラン含有素材を含む食品添加剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明の抗血栓剤は、病理的血栓形成に関与する内因系血液凝固反応を特異的に抑制し、生理的血栓形成(止血作用)にも関与する外因系凝固反応を阻害しない。すなわち、本発明の抗血栓剤は、病的血栓の形成や増大を特異的に阻害するが、出血の副作用がないので、理想的な抗血栓剤といえる。また、本発明の製造方法によれば、上記のような理想的な抗血栓効果を有する飲食物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、内因系血液凝固反応に対する硫酸化多糖類の影響を調べた結果を示すグラフである。
【
図2】
図2は、外因系血液凝固反応に対する硫酸化多糖類の影響を調べた結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、アンチトロンビン濃度依存的なトロンビン阻害活性に対する硫酸化多糖類の影響を調べた結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、アンチトロンビンによるトロンビン阻害活性に対する高濃度サクランの影響を調べた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、1の態様において、サクランまたはサクラン含有素材を含有する、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓剤を提供するものである。
【0011】
内因系血液凝固反応は、陰性荷電物質上で高分子キニノーゲンや血漿カリクレインが結合し、XII因子を活性化することで開始される。外因系血液凝固反応は、血液中の凝固VIIa因子が血管外に存在する膜タンパク質の組織因子と複合体を形成することで開始される。既存の抗血栓剤は内因系血液凝固反応と外因系血液凝固反応の両方を抑制するものであり、内因系血液凝固反応のみを抑制することは不可能であり、出血し易い、あるいは出血した場合に止血しにくい等の副作用が問題となっていた。本発明の抗血栓剤は、内因系血液凝固反応を特異的に阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しないので、上記副作用の心配がない。この点で、本発明の抗血栓剤は理想的なものといえる。
【0012】
本明細書において、抗血栓剤とは、対象における血栓形成を抑制または予防する薬剤、あるいは血栓症の治療または予防のための薬剤を意味する。
【0013】
サクランは、ラン藻類であるスイゼンジノリ(Aphanothece sacrum)により産生される細胞外マトリックスである。サクランは硫酸化多糖類であり、分子量は約20MDaである。サクラン中に含まれる構成単糖は、グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース、ラムノース、フコース、ガラクツロン酸、グルクロン酸、ガラクトサミン、ムラミン酸など多種であり、糖残基の約11%に硫酸基が付加されている。サクランは硫酸化ムラミン酸を含むことが特徴である。
【0014】
ヘパリンやヘパラン硫酸はイズロン酸またはグルクロン酸とグルコサミンの繰り返し構造を有する。また、本発明者らが抗血栓作用などを明らかにしてきたモズクなど海草の硫酸化多糖フコイダンは主にフコースからなる(特許第4428486号参照)。こうした硫酸化多糖が単純な構造であるのに対し、上述のごとくサクランは非常に多種類の単糖で構成されている。単糖の種類と硫酸化部位の組合せを考えると、サクランは極めて多様でユニークな糖鎖配列を有すると予想される。したがってサクランは、これまでの硫酸化多糖には見出されていない、全く新しい分子機序で内因系凝固反応を阻害している可能性がある。
【0015】
サクランは、公知の方法を用いてスイゼンジノリから抽出することができる。例えば水酸化ナトリウム水溶液を用いてスイゼンジノリから抽出して得ることができる。
【0016】
サクランは吸水性が高いことが知られており、化粧品などに応用されている。また、サクランはドラッグデリバリー担体としての用途も見いだされている(特開2014−133809号公報、2011−068606号公報)。しかし、サクランが抗血栓剤として使用できることは全く知られていなかった。
【0017】
本発明の抗血栓剤に用いられるサクランはラン藻類から、典型的にはスイゼンジノリから抽出された粗精製品であってもよく、クロマトグラフィー等の公知の手法を用いて更に精製されたものであってもよい。
【0018】
本発明の抗血栓剤に用いられるサクラン含有素材は、医薬品や飲食物に用いることのできる安全性の高い素材であることが好ましい。サクラン含有素材としてはスイゼンジノリの群体が例示されるが、上記のような特徴を有するサクランを産生するものであれば、他のラン藻類の群体であってもよい。また、サクラン含有素材は様々な形状に加工されていてもよく、例えば板状、シート状、顆粒状、粉末状、ペースト状、溶液状などに加工されたものであってもよい。
【0019】
本発明の抗血栓剤は、好ましくは医薬組成物の形態としてヒトをはじめとする哺乳動物に投与することができる。本発明の抗血栓剤の投与経路は、経口投与、静脈注射、皮下注射などが挙げられるが、これらに限定されない。また、本発明の抗血栓剤を飲食物に混合して対象に与えてもよい。
【0020】
本発明の抗血栓剤の剤形はいずれの剤形であってもよい。例えば、経口投与用には、濃縮液、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、ドリンク剤などの様々な経口用剤形に処方することができる。また例えば注射用には、アンプル、バイアル、輸液用ボトルなどの形態とすることができる。これらの剤形の製法は公知であり、混合、溶解、粉砕、打錠、乾燥等のプロセスを用いることができる。目的に応じた担体や賦形剤を適宜使用して製剤を行うこともできる。本発明の抗血栓剤をサプリメントとして提供してもよい。
【0021】
本発明の抗血栓剤によるサクランの投与量は、対象の健康状態、症状、年齢、体重、既往症などを勘案して、医師が適宜定めることができる。成人に経口投与する場合の用量としては、例えば1日に約100mg以上であってもよく、1日に約1g以上であってもよい。本発明の抗血栓剤の投与回数は1日1回〜数回であってもよく、あるいは数日に1回〜数回であってもよい。本発明の抗血栓剤は予防的および治療的に用いることができる。本発明の抗血栓剤を他の抗血栓剤等と併用してもよい。ヘパリンの場合、他の抗血栓剤との併用は出血傾向を増強するために慎重なモニタリングが必要であるが、サクランは出血助長の可能性が低く、他の抗血栓剤との併用は望ましいと考えられる。他の抗血栓剤としては、ワルファリン等のビタミンK依存性凝固因子合成阻害薬、ダビガトラン、リバーロキサバン、エドキサバン、アピキサバン等の直接トロンビン、第Xa因子阻害薬、アスピリン、チクロピジン、クロピドグレル、プラスグレル、ベラプロスト、シロスタゾール、ジピリダモール、ジラゼプ、エイコサペンタエンサン等の抗血小板薬、ウロキナーゼやt−PA等の血栓溶解薬等が例示されるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明は、さらなる態様において、サクランまたはサクラン含有素材を対象に投与することを特徴とする、対象における血栓症の治療または予防方法であって、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない方法を提供する。
【0023】
本発明は、さらなる態様において、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓剤の製造のための、サクランまたはサクラン含有素材の使用を提供する。
【0024】
本発明は、さらなる態様において、対象における血栓症の治療または予防のためのサクランまたはサクラン含有素材の使用であって、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない使用を提供する。
【0025】
本発明は、さらなる態様において、サクランまたはサクラン含有素材を含有する飲食物を提供する。本発明のサクランまたはサクラン含有素材を含有する飲食物は、好ましくは内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓効果を有する飲食物である。
【0026】
本発明の飲食物中のサクランの含有量は適宜定めうるが、好ましくは、飲食物を日常的に摂食することによって内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓効果が得られる量のサクランを飲食物に添加する。サクランの添加量の例としては、約1%〜100%未満、約5%〜100%未満、あるいは約10%〜100%未満、例えば、約2%、約5%、約10%、約20%、約50%(乾燥サクランとしての重量%)などが挙げられる。
【0027】
本発明の飲食物をあらゆる形態にすることができる。例えば、スープ、ジュースなどの飲料形態、ペレット、顆粒、粉末などの形態とすることができる。例えば、ドリンク剤、錠剤、顆粒等のサプリメントの形態であってもよい。また、本発明の飲食物を既存の飲食物に添加して用いる形態とすることもできる。
【0028】
本発明の飲食物は、サクランまたはサクラン含有素材を、飲食物の任意の製造工程において添加する、飲食物の原料に添加する、あるいは製造された飲食物に添加することによって製造することができる。例えば、スイゼンジノリから抽出されたサクランを飲食物の製造に用いてもよい。スイゼンジノリから抽出されたサクランは精製されていてもよく、精製されていなくてもよい。スイゼンジノリからのサクランの抽出方法は公知であり、様々な方法を用いて行うことができる。例えばアルカリ抽出法を用いる場合には、スイゼンジノリをそのまま、あるいは凍結−融解処理して色素等を除去してから0.1M水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、100℃で4時間撹拌してサクランを抽出することができる。その後、中和、アセトンやエタノールなどの有機溶媒での洗浄、あるいはゲル濾過等のクロマトグラフィーによる精製などを適宜行ってもよい。次いで、抽出されたサクランを飲食物の製造工程において添加する。抽出されたサクランを飲食物の原料に添加してもよく、原料の処理工程において添加してもよい。また、抽出されたサクランをすでに完成した飲食物に添加してもよい。
【0029】
スイゼンジノリの群体をそのまま、あるいは適宜乾燥させ、細かく切って、あるいは粉砕して、本発明の飲食物の製造に用いてもよい。
【0030】
本発明は、さらなる態様において、サクランまたはサクラン含有素材を含む食品添加剤を提供する。好ましくは、本発明の食品添加剤は、内因系血液凝固反応を阻害し、外因系血液凝固反応を阻害しない抗血栓効果を有する飲食物を製造するために用いられる。本発明の食品添加剤の形態は、通常の食品添加剤の形態と同様であってよく、特に限定されないが、例えば、液体、ペースト、粉末、顆粒、ペレットなどの形態とすることができる。本発明の食品添加剤は、抽出、混合、粉砕、乾燥、濃縮、打錠などの公知の手段・方法にて製造することができる。
【0031】
以下において、実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものと解してはならない。
【実施例1】
【0032】
(1)スイゼンジノリからのサクランの精製および単離
スイゼンジノリを凍結−融解処理し、純水にて洗浄して赤紫色素を除去した。洗浄したスイゼンジノリを大量のエタノールにて振盪洗浄した(120rpm、一晩x3回)。ガーゼを用いて濾過し、エタノール洗浄スイゼンジノリを得た。エタノール洗浄スイゼンジノリを0.1M NaOH水溶液に添加し、100℃で4時間激しく撹拌して透明溶液を得た。透明溶液をHClにて中和し、pH8.0〜9.0とし、濾過した。サクランを含む濾液を100%アセトン中にゆっくりと注いで、白色繊維状沈殿を得た。白色繊維状沈殿を熱水に再溶解し、再沈殿させた。再溶解および再沈殿を3回繰り返した。沈殿を純水に溶解して水溶液(pH約6.0〜7.0)とし、ゲル濾過クロマトグラフィー(Sephadex LH-20, GE Healthcare)にて精製し、サクランを含む透明溶液のフラクションを集め、凍結乾燥させものを以下の実験に使用した。
【0033】
(2−1)内因系凝固反応および外因系凝固反応に対する硫酸化多糖の影響
ヒト血漿を用いたin vitroでの血液凝固試験として希釈活性化部分トロンボプラスチン時間(diluted activated partial thromboplastin time:dAPTT)法と希釈プロトロンビン時間(diluted prothrombin time:dPT)法を行った(Takeya H., et al.:Anti-β2-Glycoprotein I (β2GPI) monoclonal antibodies with lupus anticoagulant-like activity enhance the β2GPI binding to phospholipids. J Clin Invest 99: 2260-2268 (1997))。血漿に、dAPTT法では陰性荷電物質のエラグ酸とリン脂質を活性化剤として用い、dPT法ではリン脂質で再構成したTFを活性化剤として用いた。両方法ともに、先ず活性化剤とサンプル(サクラン、ヘパリン、ヘパラン硫酸)を加えて室温5分間インキュベートし、次に50mM CaCl
2を加えてトロンビン生成反応を5分間行った。その後、反応をEDTAで停止するとともに発色基質Z−Val−Pro−Arg−pNAあるいはH−D−Phe−Pip−Arg−pNA(S−2238)を加え、5分間インキュベートした。発色反応を20%酢酸で停止し、分光光度計(DU(登録商標)640 SPECTRO PHOTOMETER)を用い405nmにおける吸光度の測定を行った。
【0034】
(2−2)アンチトロンビンによるトロンビン阻害活性の測定
精製したアンチトロンビン(0〜1.6μg/mL)とサンプル(サクラン 10μg/mL、ヘパラン硫酸 10μg/mL、ヘパリン 0.2μg/mL)を加えて室温で5分間インキュベートした後、0.1μg/mL トロンビンを加え、5分間インキュベートし、EDTAと発色基質Z−Val−Pro−Arg−pNAあるいはH−D−Phe−Pip−Arg−pNA(S−2238)の混合溶液を加え、5分間インキュベートした。反応を20%酢酸で停止した後、分光光度計を用いて405nmにおける吸光度の測定を行った。また、アンチトロンビン濃度を0.5μg/mLに固定し、サクラン濃度を 〜40μg/mLまで変化させて測定した。
【0035】
(2−3)ヒト血漿の凝固時間に対するサクランの影響
ヒト血漿を用いて、サクランが内因系凝固反応および外因系凝固反応に及ぼす影響を調べた。臨床検査用凝固時間測定試薬を用いて、ヒト血漿の凝固時間を測定し、サクランおよびヘパリンの影響を調べた。アクチンFSL(actin FSL reagents, Siemerns Healthcare Diagnostics)を用いて活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)を測定することにより内因系活性化凝固時間を得た。トロンボレルS(Thromborel S, Siemens Healthcare Diagnostics)を用いてプロトロンビン時間(prothrombin time: PT)を測定することにより外因系活性化時間を得た。アクチンFSLおよびトロンボレルSそれぞれの使用説明書に従って実験を行った。
【0036】
結果を表1に示す。ヘパリンはAPTTとPTの両方の凝固時間を延長するのに対し、サクランは、PTに影響せずAPTTのみを延長した。すなわち、ヒト血漿においてもサクランは、内因系凝固反応を特異的に抑制するが、外因系凝固反応には影響しないことが確認された。
【表1】
【0037】
(3)結果及び考察
硫酸化多糖サクランの外因系および内因系凝固反応に与える影響
ヘパリンやへパラン硫酸などの硫酸化多糖は、トロンビンやXa因子などの凝固セリンプロテアーゼとアンチトロンビンなどのセルピンとの複合体形成を間接的(触媒的)に促進することで血液凝固反応を阻害する。サクランにも同様の抗凝固作用が想定されたので、先ず、エラグ酸を陰性荷電物質として用いた内因系凝固反応に与えるサクランの影響を検討した。その結果、サクランはヘパリンよりは若干弱いが、ヘパラン硫酸と同程度の内因系凝固反応抑制作用が示された(
図1)。そこで次に、TFを起点とする外因系凝固反応に与えるサクランの影響を検討したところ、サクランはヘパリンおよびヘパラン硫酸とは異なりトロンビン生成を全く抑制しないことが示された(
図2)。また、アンチトロンビンによるトロンビン活性阻害作用はヘパリンおよびへパラン硫酸によって著しく増強されたのに対し、サクランは全く影響しなかった(
図3)。高濃度のサクラン(40μg/mL)を用いて同様の実験を行ったが、高濃度のサクランはアンチトロンビン活性増強作用を示さなかった(
図4)。さらに、サクランは、ヒト血漿において、内因系凝固反応を特異的に抑制するが、外因系凝固反応には影響しないことも確認された。これらの結果から、サクランは内因系凝固反応を特異的に抑制するが、外因系凝固反応には影響しないことが明らかとなった。したがって、サクランを用いれば出血の副作用のない抗血栓剤の開発が可能であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、医薬品の分野、特に抗血栓剤の分野において利用可能である。