(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記酸化還元対(A)及び前記酸化還元対(B)は、それぞれ、Ti、Cr、Mn、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Ag、Sn、Sb、In、Au、Bi、La、Ce、Pr、鉄シアノ錯体、鉄フェナントロリン錯体(フェロイン)、及び、鉄ビピリジン錯体からなる群から選ばれるいずれか1以上の金属元素又は錯体のイオンを含む
請求項1から6までのいずれか1項に記載の膜−電極−ガス拡散層接合体。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 膜−電極−ガス拡散層接合体]
本発明に係る膜−電極−ガス拡散層接合体は、以下の構成を備えている。
(1)前記膜−電極−ガス拡散層接合体(MEGA)は、
電解質膜、電極、及びガス拡散層のいずれか1以上の部位に導入された主ラジカル消去剤と、
前記電解質膜、前記電極、及び前記ガス拡散層のいずれか1以上の部位であって、前記主ラジカル消去剤と同一又は異なる部位に導入された副ラジカル消去剤と
を備えている。
(2)前記主ラジカル消去剤は、ラジカルをイオンに還元すると同時に、自らは還元体(A)から酸化体(A)となる機能を備えた酸化還元対(A)を含み、
前記副ラジカル消去剤は、前記酸化体(A)を前記還元体(A)に還元すると同時に、自らは還元体(B)から酸化体(B)となる機能を備えている酸化還元対(B)を含む。
(3)前記酸化還元対(B)の酸化還元電位は、前記酸化還元対(A)の酸化還元電位よりも卑であり、かつ、蟻酸の酸化還元電位よりも貴である。
【0016】
[1.1. 電解質膜]
本発明において、電解質膜の材料は、特に限定されない。電解質膜は、フッ素系電解質又は炭化水素系電解質のいずれであっても良い。また、電解質膜の酸基の種類についても、特に限定されない。酸基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基等がある。電解質膜には、これらの酸基のいずれか1種類のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
さらに、電解質膜は、固体高分子電解質のみからなるものでも良く、あるいは、固体高分子電解質と補強層との複合体であっても良い。
【0017】
[1.2. 電極]
電極(触媒層)は、電極反応の反応場となる部分であり、電解質膜の両面に接合される。電極は、電極触媒又は担体に担持された電極触媒と、その周囲を被覆する触媒層内電解質とを備えている。本発明において、電極触媒、触媒層内電解質及び担体の材料は、特に限定されない。電極触媒としては、例えば、白金、白金合金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム等又はこれらの合金などがある。
【0018】
[1.3. ガス拡散層]
ガス拡散層は、各電極の外側に接合される。ガス拡散層は、電極との間で電子の授受を行うと同時に、反応ガスを電極に供給するためのものである。ガス拡散層には、一般に、カーボンペーパ、カーボンクロス等が用いられる。また、撥水性を高めるために、カーボンペーパ等の表面に、ポリテトラフルオロエチレン等の撥水性高分子の粉末とカーボンの粉末との混合物(撥水層)をコーティングしたものをガス拡散層として用いても良い。
【0019】
[1.4. 主ラジカル消去剤、副ラジカル消去剤]
[1.4.1. 定義]
「主ラジカル消去剤」とは、ラジカルをイオンに還元すると同時に、自らは還元体(A)から酸化体(A)となる機能を備えた酸化還元対(A)を含む材料をいう。
「酸化還元対(A)」とは、その酸化還元電位が、副ラジカル消去剤の酸化還元対(B)のそれより貴であるものをいう。
「副ラジカル消去剤」とは、酸化体(A)を還元体(A)に還元すると同時に、自らは還元体(B)から酸化体(B)となる機能を備えている酸化還元対(B)を含む材料をいう。
「酸化還元対(B)」とは、その酸化還元電位が、酸化還元対(A)の酸化還元電位よりも卑であり、かつ、蟻酸の酸化還元電位よりも貴であるものをいう。
【0020】
後述するように、主ラジカル消去剤は、主として、ラジカルを消去する作用がある。一方、副ラジカル消去剤は、主として、ラジカルと反応することによって酸化体(A)となった酸化還元対(A)を還元体(A)に戻す作用がある。酸化還元対(A)を還元することによって酸化体(B)となった酸化還元対(B)は、MEGA内に存在する還元剤(例えば、水素、電解質の分解生成物である蟻酸など)により還元体(B)に戻る。
ある材料が主ラジカル消去剤として機能するか、あるいは、副ラジカル消去剤として機能するかは、複合添加した相手方の材料の酸化還元電位により決まる。すなわち、相手方の材料に応じて、同一の材料が主ラジカル消去剤として機能する場合と、副ラジカル消去剤として機能する場合とがある。
【0021】
酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)としては、具体的には、金属、金属イオン、金属酸化物、ラジカルと反応して可逆的に中間生成物を生成することが可能な有機化合物などがある。金属イオンは、単独のイオンであっても良く、あるいは、配位子を伴う錯イオンであっても良い。
すなわち、主ラジカル消去剤は、酸化還元対(A)を含む限りにおいて、無機化合物又は有機化合物のいずれであっても良い。同様に、副ラジカル消去剤は、酸化還元対(B)を含む限りにおいて、無機化合物又は有機化合物のいずれであっても良い。
高い耐ラジカル性を得るためには、前記酸化還元対(A)が主金属イオンを含み、及び/又は、前記酸化還元対(B)が副金属イオンを含むことが好ましい。すなわち、少なくとも一方のラジカル消去剤は、金属イオンを含んでいるのが好ましい。
【0022】
但し、酸化還元電位の条件を満たす酸化還元対であっても、過酸化水素をラジカル的に分解する作用(フェントン活性)が大きい金属イオンを含むものは酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)から除かれる。「フェントン活性が大きい金属イオン」とは、遊離のFeイオン(Fe
2+、Fe
3+)、遊離のCuイオン(Cu
+、Cu
2+)、及び遊離のVイオン(V
2+、V
3+、V
4+、VO
2+、V
5+、VO
2+)をいう。これらのイオンは、ラジカルを消去する作用よりも、電解質を劣化させる作用の方が大きい。
【0023】
また、酸化還元電位が水素又は蟻酸のそれより著しく卑である金属イオンは、ラジカル消去剤のメディエータとはなりえない。これは、このような卑な金属イオンは、ラジカルを消去できたとしても、MEGA内において還元されることがないためである。このような卑な金属イオンとしては、例えば、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオンなどがある。特に、アルカリ金属イオンは、1価イオンで電解質で電解質外へ移動しやすいため、長期間に渡り電解質保護作用を維持することは困難である。そのため、アルカリ金属イオンは、酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)から除かれる。
【0024】
[1.4.2. ラジカル消去作用]
以下に、ラジカルが・OHラジカル(ヒドロキシラジカル)であり、ラジカル消去剤として働く酸化還元対がQ
red/Q
oxである時の、ラジカル消去作用について説明する。なお、添え字「red」は還元体を、添え字「ox」は酸化体をそれぞれ表す。
【0025】
酸化還元対Q
red/Q
oxは、以下の(1)式に示すように一電子移行で酸化・還元を受けるものとする。一方、・OHラジカルは、以下の(2)式に示すように、酸化還元電位の高い酸化力の大きな化学種であり、多くの物質((2)式よりも酸化還元電位が卑な化学種)から電子を奪い取り、酸化させる作用がある。
Q
ox+e
- → Q
red …(1)
・OH+H
++e
- → H
2O …(2) E
0=2.38V vs NHE
【0026】
ここで、以下の(3)式に示すように、還元体Q
redとして存在しているラジカル消去剤が・OHラジカルと反応すれば、・OHラジカルは無害な(酸化作用のない)水(中性下では水酸化物イオン)に還元される。これがいわゆるラジカル消去(クエンチャー)作用として説明される。
Q
red+・OH+H
+ → Q
ox+H
2O …(3)
【0027】
(3)式で生じたQ
oxは、ラジカル消去剤の酸化体である。このQ
oxが還元剤X
redによって以下の(4)式のように還元されれば、ラジカル消去作用を持つ還元体Q
redとして再生される。
Q
ox+X
red → Q
red+X
ox …(4)
【0028】
一般には、MEGA中のQ
oxに対する主な還元剤(X
red)は、電解質膜又は触媒層内電解質に拡散してくるH
2である。そのため、上記ラジカル消去剤の一般的な再生反応は、以下の(5)式で表されると言われている。
2Q
ox+H
2 → 2Q
red+2H
++2e
- …(5) 再生反応A
【0029】
さらに、触媒層や電解質膜内で析出した金属上においては、以下の(6)式に従って、過酸化水素H
2O
2が副生成する。Q
oxは、この副生成した過酸化水素により、以下の(7)式のように還元され、再生することも可能である。すなわち、ラジカル消去剤の主な再生反応は、(5)式及び(7)式の2つである。
O
2+2H
++2e
- → H
2O
2 …(6) E
0=0.64V vs NHE
2Q
ox+2H
2O
2 →2Q
red+2H
2O+O
2+2e
- …(7) 再生反応B
【0030】
また、場合によっては、電解質自身の劣化生成物が還元剤となってラジカル消去剤が再生される場合がある。多くの場合、電解質の劣化生成物は、電解質の主鎖又は側鎖のC−H、あるいは、C−C結合の開裂に由来する有機酸、特に蟻酸である。その場合、ラジカル消去剤の再生反応は、次の(8)式で表される。
2Q
ox+2HCOOH → 2Q
red+CO
2+2H
++2e
- …(8)再生反応C
【0031】
上記(8)式の反応は、換言すれば、以下の(9)式で示すように、蟻酸が酸化分解する際の還元反応に基づく。
HCOOH → CO
2+2H
++2e
- …(9) E
0=−0.199V vs NHE
【0032】
ここで注目すべきは、(9)式の電位が、(6)式で示す過酸化水素の酸化還元電位、及び、以下の(10)式で示す水素の酸化還元電位よりも卑であることである。すなわち、蟻酸(E
0=−0.199V vs NHE)は、ラジカル消去の再生剤(還元剤)としては過酸化水素(E
0=0.64V vs NHE)、及び水素(E
0=0.0V vs NHE)よりも強力である。
H
2 → 2H
++2e
- …(10) E
0=0.0V vs NHE
【0033】
次に、H
2O
2(過酸化水素)の非ラジカル分解(イオン分解)について説明する。
(6)式に示すように、H
2O
2は、0.64V vs NHEより高い電位においては還元剤として働く。この場合、(6)式は、左に進行して電子を放出し、過酸化水素は無害な酸素と水に分解される。
一方、1.76V vs NHEよりも低い電位においては、以下の(11)式が左に進行する。すなわち、過酸化水素は、酸化剤として働き、無害な水に分解(還元)される。換言すれば、0.64〜1.76V vs NHEの範囲は、いわゆる過酸化水素の「ダブル不安定領域」と言われている。
2H
2O → H
2O
2+2H
++2e
- …(11) E
0=1.76V vs NHE
【0034】
上記理由から、(1)式の酸化還元対Q
ox/Q
redであって、酸化還元電位が0.64V vs NHEよりも高いものは、(4)式のH
2だけでなく、(5)式に示すようにH
2O
2も還元剤となり、過酸化水素を無害に分解しつつ、ラジカル消去作用を再生させることが期待できる。
従って、ラジカル消去剤の主成分は、酸化還元電位が0.64V vs NHEより高く、かつ、1.76V vs NHEよりも低い電位を持つ酸化還元対が好ましい。このような条件を満たす酸化還元対としては、例えば、Ce
3+/Ce
4+(1.72V)、Ag/Ag
+(0.799V)などがある。すなわち、これらは、ラジカル消去剤であると同時に、過酸化水素をイオン的に(非ラジカル的に)酸化・還元分解する過酸化水素分解触媒でもある。
【0035】
ここで、少量のラジカル消去剤を有効活用するためには、(5)式、(7)式、及び(8)式で示すラジカル消去剤の再生反応A〜Cの活性化エネルギーを下げ、速やかにラジカル消去作用を再生させることが必要である。しかし、1種類のラジカル消去剤をMEGAに添加した場合、ラジカル消去剤の量が少なくなるほど再生速度が低下する。
そこで、本発明においては、この問題を解決するために、所定の条件を満たす2種以上のラジカル消去剤(主ラジカル消去剤、及び副ラジカル消去剤)をMEGAに複合添加している。この点が、従来とは異なる。
【0036】
[1.4.3. 酸化還元電位]
以下に、主ラジカル消去剤が酸化還元対(A)として金属イオン:M
AL+を含み、副ラジカル消去剤が酸化還元対(B)として金属イオン:M
BN+を含む例について説明するが、以下の説明は、ラジカル消去剤の少なくとも一方が金属イオン以外の酸化還元対を含む場合についても同様に適用できる。
【0037】
ここでは、便宜的に、M
AL+の酸化還元電位がM
BN+のそれよりも高い(貴である)ものとする。その場合、M
AL+よりも低い(卑である)酸化還元電位を持つ副ラジカル消去剤の金属イオン:M
BN+は、主ラジカル消去剤の再生速度を速める助触媒としての機能を持つ。そのため、低電位金属イオンM
BN+は、少なくとも、高電位成分となる金属イオンM
AL+の酸化還元電位よりも低く、かつ、蟻酸の酸化還元電位よりも高い(貴な)酸化還元電位を有することが必要である。
【0038】
なお、本発明において、「酸化還元電位」とは、25℃、pH=0における酸化体と還元体の濃度が等しいときの標準酸化・還元電位E
0をいう。例えば、電気化学便覧第6版(2013年発行)、電気化学会編、発行元:丸善出版(株)参照。
MEGAを燃料電池に用いる場合、厳密には、燃料電池の作動温度、電解質のpH、酸化体と還元体の濃度比などがまちまちであるため、実際にMEGA中で働いているラジカル消去剤の酸化還元電位Eは、E
0とは異なる。また、有機金属錯イオンの酸化還元電位は、必ずしもフリーの金属イオンのそれとは異なる。しかしながら、本発明で言う酸化還元電位は、大略の目安としてE
0で表記して問題ない。すなわち、錯イオンの酸化還元電位が判明しない場合でも、フリーの金属イオンのE
0を目安として、酸化還元電位は、上記電位範囲にあることが必要である。
【0039】
図1に、ラジカル消去剤Q
ox/Q
redの再生と酸化還元電位との関係を示す。酸化還元対(B)の酸化還元電位が酸化還元対(A)の酸化還元電位よりも卑であり、かつ、蟻酸の酸化還元電位よりも貴である場合、主ラジカル消去剤は、主として副ラジカル消去剤により還元され、副ラジカル消去剤は、主として蟻酸により還元される。すなわち、主ラジカル消去剤及び副ラジカル消去剤のいずれも、還元/酸化のサイクルを受けて再生し、MEGA内において触媒的に働く。そのため、少量の添加量でも電解質の劣化を防ぐことができる。
【0040】
また、酸化還元対(B)の酸化還元電位が過酸化水素の酸化生成電位よりも卑であり、かつ、水素の酸化還元電位よりも貴である場合、少なくとも副ラジカル消去剤は、蟻酸だけでなく、水素によっても還元される。
さらに、酸化還元対(B)の酸化還元電位が過酸化水素の酸化生成電位よりも卑であり、かつ、過酸化水素の還元生成電位よりも貴である場合、少なくとも副ラジカル消去剤は、蟻酸及び水素だけでなく、過酸化水素によっても還元される。
すなわち、酸化還元対(B)の酸化還元電位が貴であるほど、電解質が劣化する前に過酸化水素がイオン分解される確率が高くなる。この点は、酸化還元対(A)も同様である。そのため、主ラジカル消去剤と副ラジカル消去剤の組み合わせを最適化すると、より少量の添加量で電解質の劣化を防ぐことができる。
【0041】
[1.4.4. 金属、金属イオン、又は金属酸化物を含むラジカル消去剤の具体例]
ラジカル消去剤が金属イオンを含む化合物である場合、金属イオンは、単独のイオンでもよく、あるいは、有機配位子又は無機配位子を伴う錯イオン又は有機金属錯イオンであっても良い。
有機金属錯イオンを含む化合物としては、例えば、N4キレートとして知られているフタロシアニン、ポルフリンを骨格に持つ有機金属イオン、鉄シアノ錯体:M
xFe(CN)
y、鉄ビピリジン錯体:Fe(Bi)
y、鉄フェナントロリン錯体:Fe(phen)
yなどがある。
【0042】
さらに、MEGAに酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)を添加するために、必ずしも2種以上のラジカル消去剤を用いる必要はない。酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)の双方を含む化合物が存在する場合には、そのような1種類の化合物のみをMEGAに添加すればよい。複数の酸化還元対を含むことがある材料としては、例えば、多核金属錯体、複合金属酸化物、複塩、合金、金属間化合物、コア−シェル構造体、金属有機構造体(MOF)、多孔性共有結合性有機構造体(COF)などがある。
【0043】
ラジカル消去剤が金属イオンを含む化合物である場合、ラジカル消去剤の少なくとも一方は、水溶性のイオン化合物が好ましい。これは、電解質への均一濃度の添加、あるいは、意図的に濃度分布を付けた添加が容易であり、ラジカル消去剤の偏析による局部的な電解質劣化を促進させないためである。
但し、ラジカル消去剤は、必ずしも水溶性のイオン化合物である必要はなく、金属、酸化物、水酸化物、複合酸化物、難溶性塩(例えば、炭酸塩、リン酸塩、ヘテロポリ酸塩など)、難溶性複塩、配位錯体化合物、無機有機複合化合物のいずれでも良い。これらのラジカル消去剤は、MEGA作製時に固体として存在していても、高温作動中に金属の全部又は一部がイオンとなって解離し、ラジカル消去剤として作用する可能性がある。
【0044】
上述したように、主ラジカル消去剤が金属イオンM
AL+を含み、副ラジカル消去剤が金属イオンM
BN+を含む場合、M
BN+の酸化還元電位は、少なくともM
AL+のそれも低く、かつ、蟻酸の酸化還元電位よりも高いことが必要である。M
AL+及びM
BN+の酸化還元電位は、特に、過酸化水素の酸化生成電位よりも低く、かつ、過酸化水素の還元生成電位よりも高い電位範囲にあることが好ましい。ラジカル消去剤の酸化還元電位がこの範囲にあると、ラジカル消去剤として働くだけでなく、効果的に過酸化水素をイオン分解する過酸化水素分解触媒としても働くことができる。
【0045】
ラジカル消去剤として機能する金属、金属イオン、又は金属酸化物(酸化還元電位:V vs NHE)としては、例えば、Ag
+/Ag
2+(1.98)、Co
2+/Co
3+(1.92)、Au
+/Au(1.83)、Ce
3+/Ce
4+(1.72)、Ni
2+/NiO
2(1.59)、Ni
2+/Ni
2O
3(1.75)、Cr
3+/CrO
42-(1.45)、Cr
3+/Cr
2O
72-(1.33)、Pr
2O
3/PrO
2(1.43)、SbO
+/SbO
3-(0.68)、Bi
3+/Bi
2O
5(1.76)、BiO
+/Bi
2O
5(1.61)、Mn
2+/MnO
2(1.23)、Ir/Ir
3+(1.156)、鉄ビピリジン錯体イオン(Fe(Bi)
3+/Fe(Bi)
2+)(1.11)、Sb
2O
5/Sb
2O
4(1.06)、Pd/Pd
+(0.92)、Rh/Rh
3+(0.76)、RuO
2/Ru
+(0.68)、Ag/Ag
+(0.79)、TiO
2+/Ti
3+(0.19)、Sn
4+/Sn
2+(0.15)などがある。
【0046】
例えば、M
AL+がCe
3+又はCe
4+である場合、これより低い酸化還元電位を持つイオン(例えば、Ag
+)がM
BN+として適している。これは、いずれのイオンも酸化体が還元体に還元されやすい(Ce
4+→Ce
3+、Ag
2+→Ag
+、Ag
+→Ag)ことに由来すると思われる。Ce
4+は、・OHラジカルにより酸化されても、副金属イオン、過酸化水素、水素、蟻酸等の還元剤で速やかに還元体となる。すなわち、Ce
4+は、ラジカルクエンチャーとして再生されやすいと考えられる。また、それぞれの酸化還元対が1電子移行であるため、再生されやすいと考えられる。
例えば、Sn
2+→Snのような多電子移行の酸化還元対は、酸化還元速度が1電子移行の酸化還元対よりも遅いと考えられる。
【0047】
なお、上述したように、遊離の鉄イオン:Fe
2+/Fe
3+(0.77)は、上述した酸化還元電位の条件を満たしているが、フェントン活性が大きい。そのため、遊離の鉄イオンを含む材料をラジカル消去剤として用いるのは好ましくない。例えば、フェナントロリン、ビピリジンのような配位子で安定化された鉄錯イオンとして用いるのが好ましい。この点は、遊離のCuイオン(Cu
+、Cu
2+)、及び遊離のVイオン(V
2+、V
3+、V
4+、VO
2+、V
5+、VO
2+)も同様である。
【0048】
これらの中でも、酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)は、それぞれ、Ti、Cr、Mn、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Ag、Sn、Sb、In、Au、Bi、La、Ce、Pr、鉄シアノ錯体、鉄フェナントロリン錯体(フェロイン)、及び、鉄ビピリジン錯体からなる群から選ばれるいずれか1以上の金属元素又は錯体のイオンを含むものが好ましい。これは、単独イオンの添加でもかなり大きな電解質劣化抑制作用を示し、かつ塩基添加による電解質劣化抑制作用の増強が顕著なためである。
酸化還元電位の条件を満たす限りにおいて、MEGAには、主ラジカル消去剤又は副ラジカル消去剤として、これらのいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0049】
[1.4.5. 金属元素を含まないラジカル消去剤の具体例]
ラジカル消去剤は、N−ヒドロキシフタルイミド(NHPI)のように、金属元素を含まない酸化還元対を含むものでも良い。但し、主ラジカル消去剤又は副ラジカル消去剤の少なくとも一方は、金属イオンを含むものが好ましい。これは、主ラジカル消去剤及び副ラジカル消去剤の双方が有機化合物からなる場合、耐ラジカル性が不十分となるためである。
【0050】
金属元素を含まないラジカル消去剤としては、具体的には、イミド化合物、キノン化合物、ビオロゲン誘導体、フェノキシル誘導体、チオフェン誘導体などがある。これらは、オリゴマー又は高分子の形になっていても良い。
【0051】
イミド化合物としては、例えば、N−ヒドロキシコハク酸イミド、N−ヒドロキシマレイン酸イミド、N−ヒドロキシヘキサヒドロフタル酸イミド、N,N’−ジヒドロキシシクロヘキサンテトラカルボン酸イミド、N−ヒドロキシフタルイミド(NHPI)、N−ヒドロキシテトラブロモフタル酸イミド、N−ヒドロキシテトラクロロフタル酸イミド、N−ヒドロキシヘット酸イミド、N−ヒドロキシハイミック酸イミド、N−ヒドロキシトリメリット酸イミド、N,N’−ジヒドロキシピロメリット酸イミド、N,N’−ジヒドロキシナフタレンテトラカルボン酸イミド、N−ヒドロキシグルタル酸イミド、N−ヒドロキシ−1,8−ナフタレンジカルボン酸イミド、N−ヒドロキシ−1,8−デカリンジカルボン酸イミド、N,N’−ジヒドロキシ−1,8;4,5−ナフタレンテトラカルボン酸イミド、N,N’−ジヒドロキシ−1,8;4,5−デカリンテトラカルボン酸イミド、N,N’,N”−トリヒドロキシイソシアヌル酸などがある。
【0052】
キノン化合物としては、例えば、ベンゾキノン(0.711)、1,2ナフトキノン(0.579)、1,4ナフトキノン(0.493)、アントラキノン(0.155)などがある。
酸化還元電位の条件を満たす限りにおいて、MEGAには、主ラジカル消去剤又は副ラジカル消去剤として、これらのいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0053】
[1.4.6. ラジカル消去剤の総添加量]
[A. イオン交換可能な酸化還元対の総添加量(x
1+x
2)]
ラジカル消去剤の添加量は、酸基交換割合で表すことができる。
ここで、「酸基交換割合」とは、酸化還元対(A)及び酸化還元対(B)がMEGAに含まれる電解質の酸基とイオン交換が可能であり、かつ、酸化還元対(A)又は酸化還元対(B)のすべてが酸基とイオン交換したと仮定した場合において、MEGAに含まれる酸基の総モル数に対する、イオン交換した酸基のモル数の割合をいう。この場合、酸化還元対の価数は、還元状態にある最低価数のイオン(例えば、コバルトであればCo
2+の2価)と定義する。
「ラジカル消去剤の総添加量」とは、主ラジカル消去剤の酸基交換割合(x
1)と副ラジカル消去剤の酸基交換割合(x
2)との和(=x
1+x
2)をいう。
【0054】
MEGAに添加されたラジカル消去剤が電解質の酸基の作用、あるいは、ラジカル攻撃により溶出してイオン化し、電解質の酸基とイオン交換した場合において、イオン交換量が多くなりすぎると、MEGAの性能低下が甚だしい。これは、プロトン伝導度の低下や、水移動性の低下による出力低下として現れる。複合酸化物、炭酸塩、リン酸塩、ヘテロポリ酸のような難溶性化合物であっても、使用中に難溶性化合物から金属イオンが徐々に溶出し、やがてMEGAの性能低下が起こる場合がある。電解質の酸基を10%を超えてイオン交換しても、MEGAの性能の低下は大きくないとの報告もある。しかし、本願発明者らの検討によれば、湿度40%以下の低湿度においては、電解質の酸基を10%を超えてイオン交換すると、MEGAの性能低下が大きいことが判明した。従って、ラジカル消去剤の総添加量は、10%以下が好ましい。総添加量は、好ましくは、2%以下、さらに好ましくは、0.5%以下である。
【0055】
一方、ラジカル消去剤の総添加量が少なすぎると、十分なクエンチャー作用が得られない。従って、ラジカル消去剤の総添加量は、0.01%以上が好ましい。総添加量は、好ましくは、0.02%以上、さらに好ましくは、0.05%以上である。
【0056】
[B. イオン交換しない酸化還元対の総添加量]
W、Mo等のある種の金属イオンは、酸素と酸素酸アニオン(WO
42-、MoO
42-など)を作り、その中で中心金属イオンが酸化/還元し、クエンチャー作用を示す。このような金属イオンは、酸基とプロトン交換しない。酸基とプロトン交換することなくクエンチャー作用を示すその他のイオンとしては、例えば、
(a)鉄シアノ錯体(金属複合アニオン)、Fe(CN)
63+、Fe(CN)
64+、
(b)Mo、W、Vを中心元素とする酸素アニオンと、P、Si、Ge、Ti、Zr、Sn、Ce、Thなどを中心と元素Xとする酸素酸アニオンとが結合した多元素のポリアニオン(ポリオキソメタレート、ヘテロポリ酸)、
などがある。
【0057】
このような場合、ラジカル消去剤の総添加量は、MEGAに含まれる電解質の重量に対するラジカル消去剤の総重量の割合で表すのが好ましい。酸基とイオン交換しないラジカル消去剤の総添加量が過剰になると、親水性の過剰付与、水移動性の妨害、及びプロトン伝導性の阻害を招きやすい。従って、ラジカル消去剤の総添加量は、1wt%以下が好ましい。総添加量は、さらに好ましくは、0.1wt%以下である。
一方、ラジカル消去剤の総添加量が少なすぎると、十分なクエンチャー作用が得られない。従って、ラジカル消去剤の総添加量は、0.001wt%以上が好ましい。総添加量は、さらに好ましくは、0.01wt%以上である。
【0058】
[1.4.7. ラジカル消去剤の添加比]
「ラジカル消去剤の添加比」とは、副ラジカル消去剤の酸基交換割合(x
2)に対する主ラジカル消去剤の酸基交換割合(x
1)の比(=x
1/x
2)をいう。
副ラジカル消去剤に対して主ラジカル消去剤の量が少なすぎると、複合添加による耐ラジカル性の相乗向上作用が見られない。従って、ラジカル消去剤の添加比は、1/100以上が好ましい。添加比は、好ましくは、1/10以上である。
同様に、副ラジカル消去剤に対して主ラジカル消去剤の量が多くなりすぎると、複合添加による耐ラジカル性の相乗向上作用が見られない。従って、ラジカル消去剤の添加比は、90/1以下が好ましい。添加比は、好ましくは、10/1以下である。
特に、添加比が1/1近くの当量モル濃度が好ましい。「当量モル濃度」とは、イオンの価数でモル濃度を除した値であり、酸基交換割合に相当する。
【0059】
[1.4.8. ラジカル消去剤の添加場所]
主ラジカル消去剤及び副ラジカル消去剤は、電解質膜、電極、及びガス拡散層のいずれか1以上の部位に導入される。この場合、副ラジカル消去剤は、主ラジカル消去剤と同一の部位に導入されていても良く、あるいは、異なる部位に導入されていても良い。
電解質の劣化は、触媒層内電解質よりも電解質膜で顕著なことが知られている。そのため、電解質膜への添加が優先される。但し、電解質膜へのラジカル消去剤の高濃度の添加は、MEGAの性能低下の背反が顕著に現れる。そのため、電解質膜のみにラジカル消去剤を添加する場合、上述したように、ラジカル消去剤の総添加量は、電解質の酸基の10%以下、2%以下、あるいは、0.5%以下が好ましい。
【0060】
一方、ガス拡散層又は電極(触媒層)にラジカル消去剤を添加した場合において、これらの一部が金属イオンとして溶出した時には、金属イオンは触媒層内電解質又は電解質膜へ移行し、そこでラジカル消去剤として働くことができる。また、ガス拡散層及び触媒層に留まっていた場合でも、これらは過酸化水素分解触媒として働くことが可能な場合がある。しかしながら、金属イオンとして溶出した場合において、溶出したラジカル消去剤が電解質膜の性能低下を引き起こさないようにするためには、ラジカル消去剤の総添加量は、電解質(電解質膜+触媒層)の酸基の10%以下、2%以下、あるいは、0.5%以下とするのが好ましい。
【0061】
さらに、リザーブタンク、配管流路内壁、セパレータ等のMEGA以外からラジカル消去剤を補給する場合には、MEGAに添加したラジカル消去剤と外部から補給されるラジカル消去剤の総量が電解質の酸基の10%以下となるように、ラジカル消去剤の添加量を調整するのが好ましい。
また、電極触媒には、Pt−Co合金、Pt−Ru合金などの白金合金が用いられている。そのため、触媒層からCo、Ruなどの金属元素の一部が電解質膜に溶出し、それらのイオンがラジカル消去剤として働くことがある。このような場合には、これらの金属イオンを主ラジカル消去剤又は副ラジカル消去剤の金属イオン成分として活用することができる。この場合も、触媒層からの金属イオンの溶出を考慮して、他方のラジカル消去剤の添加量は、電解質の酸基の2%以下、あるいは、0.5%以下とするのが好ましい。
【0062】
[1.5. 用途]
本発明に係るMEGAは、各種の電気化学デバイスに用いることができる。このような電気化学デバイスとしては、例えば、燃料電池、ソーダ電解装置、水電解装置、電気めっき装置、海水透析装置、金属空気二次電池、金属の電解採取装置、人工光合成装置などがある。
【0063】
[2. MEGAの製造方法]
[2.1. 電解質膜の製造方法]
電解質膜の製造方法としては、例えば、
(a)固体高分子電解質を加熱溶融し、押し出し成型する押出成型法、
(b)固体高分子電解質を適当な溶媒に溶解又は分散させ、溶液を鋳型に注ぎ、溶媒を加熱除去するキャスト法、
などがある。
電解質膜の場合、ラジカル消去剤の添加方法としては、成膜時に添加する方法と、成膜後に添加する方法とがある。
【0064】
[2.1.1. 成膜時に添加する方法]
押出成型法を用いて電解質膜を製造する場合において、成膜時にラジカル消去剤を添加する時には、固体高分子電解質にラジカル消去剤の微粉末を加えて混練し、分散させれば良い。
キャスト法を用いて電解質膜を製造する場合において、成膜時にラジカル消去剤を添加する時には、固体高分子電解質を含む溶液にラジカル消去剤の微粉末を分散又は溶解させればよい。
いずれの方法においても、主ラジカル消去剤と副ラジカル消去剤を別々に添加するのではなく、湿式又は乾式で十分に混合し、混合物を固体高分子電解質の融液又は溶液に添加するのが好ましい。
【0065】
電解質膜に補強層が含まれている場合には、補強層にラジカル消去剤を練り込んでも良い。あるいは、補強層の表面にスパッタ、蒸着などの方法を用いてラジカル消去剤を固定しても良い。その場合、補強層をカップリング剤やグラフト処理で表面改質し、ラジカル消去剤の付着性を向上させても良い。さらに、補強層の表面に生成した官能基の酸基と金属イオンとをイオン交換させることにより、ラジカル消去剤を固定しても良い。
【0066】
[2.1.2. 成膜後に添加する方法]
成膜後にラジカル消去剤を添加する方法としては、例えば、
(a)イオン交換法、
(b)固体微粒子(コロイド)を分散させた分散液に電解質膜を浸漬する方法
などがある。
【0067】
イオン交換法を用いて電解質膜にラジカル消去剤を添加する場合、まず、硫酸塩、硝酸塩、有機酸塩、水酸化物、酸化物等の水溶性の化合物を純水に溶解させ、イオン交換液を調製する。次いで、浸漬、スプレー塗布等の方法を用いて、イオン交換液を電解質膜に接触させる。この場合、塩化物、臭化物、及びヨウ化物は、残渣として残った場合に触媒被毒作用が大きいので、ラジカル消去剤として好ましくない。
【0068】
1つのイオン交換溶液を用いて複数の金属イオンを同時に交換させる場合には、イオン交換液が安定である必要がある。例えば、複数の金属イオンの共存下で酸化還元反応が起き、溶液中で金属や水酸化物の析出が起こる場合、膜への固定量が不十分となる。このような場合には、別々のイオン交換液を調製し、イオン交換を別々に行うのが好ましい。
【0069】
コロイド分散液を用いて電解質膜にラジカル消去剤を添加する場合、予め電解質膜を有機溶媒や水で膨潤させておくと、電解質膜への固定量を増加させることができる。
さらに、トルエン、ヘキサンのような非極性の有機溶媒にラジカル消去剤を分散又は溶解させたコロイド溶液を用いて、ラジカル消去剤を担持させるのが好ましい。このような方法を用いると、電解質膜の疎水性部分が強化され、かつ、ラジカル消去剤が親水性部分(イオンチャンネル)に濃化することを防ぐことができる。その結果、MEGAの性能低下を抑制することができる。
【0070】
[2.2. 電極(触媒層)の製造方法]
触媒層内電解質にラジカル消去剤を添加する方法としては、
(a)触媒インクにラジカル消去剤を添加する方法、
(b)MEGAを作製した後にイオン交換によりラジカル消去剤を添加する方法、
などがある。
これらの場合、比表面積の大きな炭素担体に吸着したラジカル消去剤由来の不純物アニオンの除去は容易ではない。そのため、イオン交換に用いるラジカル消去剤の対アニオンは、触媒被毒の小さな対アニオン、すなわち、
(a)炭酸イオン、炭酸水素イオン、若しくは水酸イオン、又は、
(b)蟻酸アニオン、酢酸アニオン、グリコール酸アニオン、シュウ酸アニオン等の低分子量の有機酸アニオン
が好ましい。
【0071】
[2.3. ガス拡散層の製造方法]
ガス拡散層にラジカル消去剤を添加する方法としては、例えば、
(a)ラジカル消去剤の微粉末をガス拡散層の表面に塗布する方法、
(b)ガス拡散層の表面をカップリング剤(シランカップリング剤)で処理することによって、ガス拡散層の表面にスルホン酸基を導入し、イオン交換によりラジカル消去剤を添加する方法、
などがある。
【0072】
但し、ガス拡散層へのラジカル消去剤の添加は、電解質膜や触媒層への添加と異なり、電解質への直接添加ではなく、ラジカル消去剤をガス拡散層から電解質へ溶出させてラジカル消去作用を発揮させることを目的としている。そのため、ラジカル消去剤の溶出速度が大きくなりすぎると、MEGAの性能低下が大きい。また、ラジカル消去剤の電解質への長期補給が困難となる。
従って、ラジカル消去剤の微粉末をガス拡散層の表面に塗布する場合において、長期間ラジカル消去作用が維持できるように(徐放剤として作用するように)するためには、ラジカル消去剤を高温で焼成して結晶化度を上げるか、あるいは、粒成長を促してガス拡散層から電解質への溶出速度を下げるのが好ましい。
【0073】
[3. 作用]
ラジカル消去剤を用いて電解質の劣化を抑制するためには、ラジカル消去剤は、
(a)長期間安定的に酸化体と還元体とを行き来できること、及び、
(b)ラジカル消去剤の再生速度が大きいこと
が必要である。しかしながら、単一のラジカル消去剤でこれらを実現するのは難しい。
【0074】
これに対し、所定の条件を満たす主ラジカル消去剤及び副ラジカル消去剤をMEGAに添加すると、MEGAの耐久性が向上する。これは、副ラジカル消去剤が主ラジカル消去剤を再生するための助触媒として働くため、及び、副ラジカル消去剤を共存させることによって主ラジカル消去剤の再生速度が向上するためと考えられる。
また、主ラジカル消去剤及び副ラジカル消去剤を共存させると、再生速度が向上するために、ラジカル消去剤の総添加量が少量であっても高い耐久性が得られる。そのため、電解質の劣化に起因するMEGAの性能劣化も抑制することができる。
【実施例】
【0075】
(実施例1〜17、比較例1〜6、8〜20)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1〜17]
電解質膜には、大きさ:2.5cm×2cm、厚さ:50μm、EW=1000のパーフルオロアルキルスルフォン酸膜を用いた。この電解質膜に対し、酸基交換割合が所定の値となるようにイオン交換処理を行った。処理容器には、ガラスからのNa
+の溶出とガラス壁へのイオン吸着が起きないようにするために、ポリエチレン(PE)製の蓋付き容器(容量:100mL)を用いた。処理溶液は、各種硝酸塩と超純水から調製した。
【0076】
容器に50mLの処理溶液を入れ、処理溶液に膜1枚を浸漬した。気泡付着による処理ムラを防止するために、浸漬時に容器を数回振とうした。この容器を80℃の恒温槽に入れ、8hr保持した。その後、電解質膜を超純水ですすぎ、さらに80℃×2hr×4回の温水すすぎを行い、不純物アニオン(硝酸イオン)を除去した。
次に、イオン交換処理後の電解質膜を入れた容器に、酸基の1%がFe
2+でイオン交換(重量割合で280ppm)されるように硫酸第一鉄溶液を添加し、上記と同一条件でイオン交換及び温水すすぎ(80℃×8hr+80℃×2hr×4回)を行った。
【0077】
[1.2. 比較例1〜6、8〜20]
ラジカル消去剤未添加の膜(比較例1)をそのまま試験に供した。また、実施例1〜17と同様にして、Ce
3+とCs
+を複合添加した試料(比較例2)、及び単独の金属イオンを添加した試料(比較例3〜6、8〜20)を作製した。
【0078】
[2. 試験方法]
処理後の膜をろ紙にとり、80℃×2hrの真空乾燥を行った。乾燥させた膜を滴下過酸化水素水全量気化型の試験装置に設置し、過酸化水素蒸気暴露試験を行った。暴露試験の条件は、温度:105℃、暴露時間:5hr、過酸化水素濃度:3wt%、滴下速度:0.12mL/min、希釈N
2流量:0.3L/minとした。
容量500mLの回収容器に予め超純水を100mL入れておき、暴露した過酸化水素蒸気を回収容器に導き、水溶性劣化生成物(主にHF)を捕集した。回収水の溶存Fイオン量をイオンメータで求め、回収水重量、試験膜面積、及び試験時間から、単位時間、単位面積当たりのF排出量FER(μg/cm
2/h)を求めた。
【0079】
[3. 結果]
表1に結果を示す。なお、表1中、「主H
+」は、主ラジカル消去剤による酸基交換割合を表し、「副H
+」は、副ラジカル消去剤による酸基交換割合を表す。さらに、「主H
+/副H
+」は、ラジカル消去剤の添加比を表す。表1より、以下のことが分かる。
【0080】
【表1】
【0081】
(1)実施例1は、未添加(比較例1)及び単独添加(比較例3、比較例8)に比べてFERが小さく、複合添加による相乗作用が現れた。
(2)実施例2〜9は、1%又は0.1%の主ラジカル消去剤と0.1%又は1%の副ラジカル消去剤を複合添加したものである。これらは、いずれも単独添加(比較例2、4、9、11、13、15〜18、19)よりもFERが低下した。
(3)実施例10〜16は、いずれも単独添加(比較例5、6、10、12、14、19)よりもFERが低下した。
(4)副ラジカル消去剤がCs
+(酸化還元電位が蟻酸よりも卑)である比較例2は、総添加量が2%である実施例10〜15に比べFERが大きかった。
(5)実施例17は、主H
+/副H
+=99であるため、FERが比較例6とほぼ同等であった。この結果から、一方のラジカル消去剤が他方に比べて極端に多くなると、相乗向上効果に乏しいことがわかった。
【0082】
(実施例18〜28、比較例21〜32)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例18]
処理溶液として、Ce
3+及びAg
3+を含む硝酸塩溶液:50mLを用いた以外は、実施例1と同様にして電解質膜を作製した。
【0083】
[1.2. 実施例19〜28]
固形分濃度:21.5wt%、EW=1000のパーフルオロアルキルスルフォン酸樹脂分散液を、濃度:10wt%となるように1−プロパノールと超純水とで希釈した。この希釈液に、主ラジカル消去剤又は副ラジカル消去剤のいずれか一方であって、固体粉末からなるものを適量加え、分散させた。
固体粉末には、Ag
2O粉末(和光純薬工業(株)製、平均粒径:1μm)、CeO
2微粉末−A(信越化学工業(株)製、平均粒径:0.1μm)、CeO
2微粉末−B(多木化学(株)製、平均粒径:0.02μm)、nanoAg、M
α+(dionate)(M
α+=Ir
3+、Ce
3+、Co
2+、又はRu
3+)、又は、NHPIを用いた。
【0084】
分散液:7gを容積:50mLのガラス製容器に取り、5分間超音波照射を行った。φ90mmのフラットシャーレに分散液を注ぎ、平行なガラス台に置いた。フラットシャーレの上面を不織布で覆い、ドラフト室で一晩静置し、溶媒を除去した。
【0085】
その後、フラットシャーレを真空乾燥機に入れ、80℃×2hr+140℃×2hrの加熱を行い、成膜した。膜を2cm×2.4cmの大きさに打ち抜き、実施例1と同様にして乾燥重量を求めた。
次に、イオン交換法を用いて、他方のラジカル消去剤を添加した。イオン交換条件は、実施例1と同一とした。
【0086】
[1.3. 比較例21〜32]
ラジカル消去剤未添加の膜(比較例21)をそのまま試験に供した。また、固体粉末を分散させた分散液を用いたキャスト法、又はイオン交換法を用いて、1種類のラジカル消去剤を添加した電解質膜を作製した(比較例22〜23、25〜32)。キャスト法及びイオン交換法の条件は、それぞれ、実施例19〜28と同一とした。
さらに、キャスト法を用いてCeO
2−Aを添加し、かつ、イオン交換法を用いてCe
3+を添加した電解質膜を作製した(比較例24)。
【0087】
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、FERを求めた。
【0088】
[3. 結果]
表2に、結果を示す。なお、表2中、「主H
+」は、主ラジカル消去剤による酸基交換割合を表し、「副H
+」は、副ラジカル消去剤による酸基交換割合を表す。「主H
+/副H
+」は、ラジカル消去剤の添加比を表す。NHPIは、有機化合物であるが、1電子移行する酸化還元対(標準酸化還元電位:1.10V)として働くため、1価の金属カチオンとみなして添加量(H
+とイオン交換する酸基交換割合)を算出した。さらに、表2中、イオンで表示されているラジカル消去剤は、イオン交換法により添加されたことを表す。表2より、以下のことが分かる。
【0089】
【表2】
【0090】
(1)実施例18(Ce
3++Ag
+)は、比較例22(Ce
3+のみ)、比較例26(Ag
+のみ)、及び比較例21(未添加)よりもFERが小さくなった。
(2)実施例19(Ce
3++Ag
2O)は、比較例22(Ce
3+のみ)、及び比較例27(Ag
2Oのみ)よりもFERが小さくなった。
(3)実施例20〜22(CeO
2+Ag
+又はAgナノ粒子)は、比較例23(CeO
2のみ)、比較例24(CeO
2+Ce
3+)、及び比較例29(Agナノ粒子のみ)のいずれよりもFERが小さくなった。
(4)実施例23(Ce
3++Ir
3+(dionate))、及び実施例25〜28(M
α+(dionate)+Ag
+)は、比較例28、31、32(M
α+(dionate)のみ)よりFERが小さくなった。
(5)実施例24(NHPI+Ag
+)は、比較例21(未添加)、比較例25(Ag
+のみ)、及び比較例30(NHPIのみ)よりもFERが小さくなった。
【0091】
(実施例29〜33、比較例33〜41)
[1. 試料の作製]
厚さ:8μmのパーフルオロアルキルスルホン酸とPTFE製多孔膜からなる複合膜を作製した。イオン交換法を用いて、複合膜に各種金属イオンを複合添加した(実施例29〜33)。イオン交換条件は、実施例1と同一とした。
さらに、未添加の複合膜(比較例33)、単独の金属イオンを添加した複合膜(比較例34〜36、38〜41)、Ce
3+とCs
+を複合添加した複合膜(比較例37)、及びCo
2+とCs
+を複合添加した複合膜(比較例41)も試験に供した。イオン交換条件は、実施例1と同一とした。
【0092】
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、FERを求めた。
【0093】
[3. 結果]
表3に、結果を示す。なお、表3中、「主H
+」は、主ラジカル消去剤による酸基交換割合を表し、「副H
+」は、副ラジカル消去剤による酸基交換割合を表す。「主H
+/副H
+」は、ラジカル消去剤の添加比を表す。表3より、以下のことが分かる。
【0094】
【表3】
【0095】
(1)2成分を複合添加した実施例29〜33は、いずれも比較例33(未添加)、比較例35、36、38、39、40(単独添加)、及び比較例37、41(Cs
+を含む複合添加)よりもFERが小さくなった。
(2)比較例34(Cs
+のみ)は、相対的にFERが大きくなった。
(3)比較例37(Ce
3++Cs
+)は、比較例34(Cs
+のみ)よりもFERが低下した。複合膜では、未補強膜(比較例2、4)と異なり、相乗作用は全く見られなかった。
【0096】
(実施例34、比較例42〜43)
[1. 試料の作製]
実施例10と同様にして、Ce
3+:1%及びAg
+:1%を含む電解質膜を作製した。また、未処理の電解質膜(比較例42)、及びAg
+:20%を含む電解質膜(比較例43)も試験に供した。
【0097】
[2. 試験方法及び結果]
室温(25℃)において湿度を変えて交流インピーダンス法により電解質膜の抵抗測定を行い、プロトン伝導率の湿度依存性を調べた。
図2に、イオン交換した試料の電気伝導度の湿度依存性を示す。高湿度ではイオン交換による導電性の低下は、ほとんど見られなかった。しかし、低湿度(相対湿度20%)では、Ag
+で20%イオン交換した試料(比較例43)では、大きく導電性が低下した。一方、Ag
+:1%+Ce
3+:1%でイオン交換した試料(実施例34)では、プロトン導電性の低下は見られなかった。
【0098】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。