(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般的な消耗電極式アーク溶接では、消耗電極である溶接ワイヤを一定速度で送給し、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させて溶接が行なわれる。消耗電極式アーク溶接では、溶接ワイヤと母材とが短絡期間とアーク期間とを交互に繰り返す溶接状態になることが多い。
【0003】
溶接品質をさらに向上させるために、溶接ワイヤの送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り換える正逆送給制御を行い、短絡期間とアーク期間とを発生させて溶接するアーク溶接制御方法が使用されている。ここで、正送とは、溶接ワイヤを母材に近づく方向に送給することであり、逆送とは正送とは逆方向、溶接ワイヤが母材から遠ざかる方向に送給することである。
【0004】
正逆送給制御アーク溶接においては、送給速度の正送期間と逆送期間とを100Hz程度の周波数で高速に切り替える。送給速度の方向を高速に切り換えるためには、送給モータに過渡特性の良いものを使用する必要がある。一般的に、過渡特性の良いモータは、最大トルクが比較的小さくなる。
【0005】
ところで、消耗電極式アーク溶接においては、溶接終了時に溶接ワイヤの先端部にスラグと呼ばれる絶縁物が付着した状態になる場合がある。スラグは溶接ワイヤに含まれている成分が化学反応して生成される。スラグの付着状態は、溶接ワイヤの種類、平均溶接電流値、溶接姿勢等の溶接条件によって異なる。溶接ワイヤの先端部にスラグが付着した状態で、次のアークスタートを行うと、溶接ワイヤが母材と接触しても、スラグが絶縁物であるので、アークが発生しない状態となり、アークスタート不良となる。正逆送給制御によるアーク溶接の場合も同様である。
【0006】
正逆送給制御アーク溶接において、スラグによるアークスタート不良を改善する方法が特許文献1に開示されている。特許文献1の発明では、溶接開始時に溶接ワイヤの送給を開始してから溶接電流が通電するまでの初期期間中も、正逆送給制御を行っている。これにより、溶接ワイヤ先端にスラグが付着しているために溶接ワイヤ先端が母材と接触しても溶接電流が通電しないときには、溶接ワイヤ先端と母材との衝突が反復されることになる。特許文献1の発明では、この衝突の反復によって溶接ワイヤ先端のスラグを除去して、アークを発生させている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0017】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0018】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等による出力制御を行い、出力電圧Eを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換する上記の駆動信号Dvによって駆動されるインバータ回路、高周波交流を溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を直流に整流する2次整流器を備えている。
【0019】
リアクトルWLは、上記の出力電圧Eを平滑する。このリアクトルWLのインダクタンス値は、例えば200μHである。
【0020】
送給モータWMは、後述する送給制御信号Fcを入力として、正送期間と逆送期間とを交互に切り換えて溶接ワイヤ1を送給速度Fwで送給する。送給モータWMには、過渡特性の良いモータが使用される。溶接ワイヤ1の送給速度Fwの変化率及び送給方向の反転を速くするために、送給モータWMは溶接トーチ4の先端の近くに設置される場合がある。また、送給モータWMを2個使用して、プッシュプル方式の送給系とする場合もある。
【0021】
溶接ワイヤ1は、上記の送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。溶接トーチ4内の給電チップ(図示は省略)と母材2との間には溶接電圧Vwが印加し、溶接電流Iwが通電する。
【0022】
出力電圧設定回路ERは、予め定めた出力電圧設定信号Erを出力する。出力電圧検出回路EDは、上記の出力電圧Eを検出し平滑して、出力電圧検出信号Edを出力する。
【0023】
電圧誤差増幅回路EVは、上記の出力電圧設定信号Er及び上記の出力電圧検出信号Edを入力として、出力電圧設定信号Er(+)と出力電圧検出信号Ed(−)との誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。この回路によって、溶接電源は定電圧制御される。
【0024】
ホットスタート電流設定回路IHRは、予め定めたホットスタート電流設定信号Ihrを出力する。電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。
【0025】
電流誤差増幅回路EIは、上記のホットスタート電流設定信号Ihr及び上記の電流検出信号Idを入力として、ホットスタート電流設定信号Ihr(+)と電流検出信号Id(−)との誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この回路によって、ホットスタート電流が通電する期間(ホットスタート期間)中は溶接電源は定電流制御される。
【0026】
電流通電判別回路CDは、上記の電流検出信号Idを入力として、この値がしきい値(10A程度)以上のときは溶接電流Iwが通電していると判別してHighレベルとなる電流通電判別信号Cdを出力する。
【0027】
電源特性切換回路SWは、上記の電流誤差増幅信号Ei、上記の電圧誤差増幅信号Ev及び上記の電流通電判別信号Cdを入力として、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)に変化した時点から予め定めたホットスタート期間中は電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力し、それ以外の期間中は電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力する。
【0028】
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。短絡判別回路SDは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、この値が短絡判別値(10V程度)未満のときは短絡期間であると判別してHighレベルとなり、以上のときはアーク期間であると判別してLowレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。
【0029】
溶接開始回路STは、溶接電源を起動するときにHighレベルとなる溶接開始信号Stを出力する。この溶接開始回路STは、溶接トーチ4の起動スイッチ、溶接工程を制御するPLC、ロボット制御装置等が相当する。
【0030】
駆動回路DVは、上記の誤差増幅信号Ea及び上記の溶接開始信号Stを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは誤差増幅信号Eaに基づいてPWM変調制御を行い、上記の電源主回路PM内のインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0031】
初期期間タイマ回路STIは、上記の溶接開始信号St及び上記の電流通電判別信号Cdを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化した時点でHighレベルとなり、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)に変化した時点でLowレベルとなる初期期間タイマ信号Stiを出力する。
【0032】
定常正送ピーク値設定回路FSCRは、予め定めた定常正送ピーク値設定信号Fscrを出力する。定常逆送ピーク値設定回路FRCRは、予め定めた定常逆送ピーク値設定信号Frcrを出力する。
【0033】
定常溶接期間送給速度設定回路FCRは、上記の短絡判別信号Sd、上記の定常正送ピーク値設定信号Fscr及び上記の定常逆送ピーク値設定信号Frcrを入力として、短絡判別信号Sdに基づいて正送期間と逆送期間とが切り換えられ、定常正送ピーク値設定信号Fscrによって定まる定常正送ピーク値Fsc及び定常逆送ピーク値設定信号Frcrによって定まる定常逆送ピーク値Frcから形成される台形波の定常溶接期間送給速度設定信号Fcrを出力する。定常溶接期間送給速度設定信号Fcrについては、
図2で詳述する。
【0034】
初期正送ピーク値設定回路FSIRは、予め定めた初期正送ピーク値設定信号Fsirを出力する。初期逆送ピーク値設定回路FRIRは、予め定めた初期逆送ピーク値設定信号Frirを出力する。
【0035】
初期周波数設定回路SIRは、初期期間中の正送期間と逆送期間とを切り換える周波数を設定するための予め定めた初期周波数設定信号Sirを出力する。初期時間比率設定回路DIRは、初期期間中の正送期間と逆送期間との時間比率を設定するための初期時間比率設定信号Dirを出力する。時間比率=(正送期間の時間長さ)/(正送期間+逆送期間の時間長さ)である。すなわち、初期周波数設定信号Sirの逆数1/Sirによって定まる1周期に占める正送期間の時間比率となる。したがって、正送期間の時間長さ=Dir/Sirであり、逆送期間の時間長さ=(1−Dir)/Sirである。
【0036】
初期期間送給速度設定回路FIRは、上記の初期正送ピーク値設定信号Fsir、上記の初期逆送ピーク値設定信号Frir、上記の初期周波数設定信号Sir及び上記の初期時間比率設定信号Dirを入力として、初期周波数設定信号Sir及び初期時間比率設定信号Dirに基づいて正送期間及び逆送期間が定まり、初期正送ピーク値設定信号Fsirによって初期正送ピーク値Fsiが定まり、初期逆送ピーク値設定信号Frirによって初期逆送ピーク値Friが定まる台形波の初期期間送給速度設定信号Firを出力する。初期期間送給速度設定信号Firについては、
図2で詳述する。
【0037】
送給速度設定回路FRは、上記の定常溶接期間送給速度設定信号Fcr、上記の初期期間送給速度設定信号Fir及び上記の初期期間タイマ信号Stiを入力として、初期期間タイマ信号StiがHighレベルである初期期間中は初期期間送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力し、初期期間タイマ信号StiがLowレベルである定常溶接期間中は定常溶接期間送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する。
【0038】
送給制御回路FCは、上記の溶接開始信号St及び上記の送給速度設定信号Frを入力として、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)のときは送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度Fwで溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記の送給モータWMに出力する。
【0039】
図2は、本発明の実施の形態1に係るアーク溶接制御方法を示す、
図1の溶接電源における溶接開始時の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(E)は電流通電判別信号Cdの時間変化を示し、同図(F)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(G)は初期期間タイマ信号Stiの時間変化を示し、同図(H)は溶接ワイヤ先端と母材表面との距離である溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示す。以下、同図を参照して溶接開始時における各信号の動作について説明する。
【0040】
同図(B)に示すように、送給速度Fwは、0よりも上側が正送期間となり、下側が逆送期間となる。送給速度Fwは、初期期間Ti中は初期期間送給速度設定信号Firによって制御され、所定の周波数で正送期間と逆送期間とが切り換えられる。他方、送給速度Fwは、定常溶接期間中は定常溶接期間送給速度設定信号Fcrによって制御され、短絡期間とアーク期間とに同期して正送期間と逆送期間とが切り換えられる。送給速度Fwは、台形波状に変化している。送給速度Fwの平均値は正の値となり、溶接ワイヤ1は平均的には正送されている。
【0041】
溶接開始時の時刻t1においては、溶接ワイヤ1の先端と母材2の表面とは離れているので、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは正の値となる。時刻t1時点における溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは2〜15mm程度である。同図(A)に示す溶接開始信号StがHighレベルとなる時刻t1から同図(E)に示す電流通電判別信号CdがHighレベルとなる時刻t7までの期間が初期期間Tiとなり、それ以降の期間が定常溶接期間Tcとなる。
【0042】
[時刻t1〜t7の初期期間Tiの動作]
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがHighレベルに変化して初期期間Tiが開始する。同時に、溶接電源が起動されるので、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは最大出力電圧値の無負荷電圧値になる。溶接ワイヤ1の先端と母材2の表面とは離れているので、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電しない。同時に、同図(B)に示すように、溶接ワイヤ1の送給が開始される。
【0043】
同図(B)に示すように、初期期間Ti中の送給速度Fwに対しては、所定の初期周波数Si[Hz]で正送期間と逆送期間とを交互に繰り返す正逆送給制御が行われる。初期周波数Siは、初期周波数設定信号Sirによって設定される。初期期間中の正送期間及び逆送期間は、初期周波数設定信号Sir及び初期時間比率設定信号Dirによって設定される。時刻t1〜t2の正送期間中の送給速度Fwは、0から所定の変化率で加速し、所定の初期正送ピーク値Fsiに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると所定の変化率で0まで減速する。初期正送ピーク値Fsiは、初期正送ピーク値設定信号Fsirによって設定される。時刻t2〜t3の逆送期間中の送給速度Fwは、0から所定の変化率で加速し、所定の負の値である初期逆送ピーク値Friに到達するとその値を維持し、所定の期間が経過すると所定の変化率で0まで減速する。初期逆送ピーク値Friは、初期逆送ピーク値設定信号Frirによって設定される。時刻t1〜t3の期間が1周期となり、初期周波数Siの逆数1/Siとなる。
【0044】
同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t1〜t2の正送期間中は次第に短くなり、時刻t2〜t3の逆送期間中は次第に長くなる。但し、時刻t3時のLwの値は、時刻t1時点のLwの値よりも短くなっている。これは、1周期あたりの送給速度Fwの平均値が正の値になるように波形パラメータが調整されているからである。この初期期間Ti中の送給速度Fwの平均値を平均初期送給速度Fiと呼ぶことにする。時刻t3〜t4の周期についても、時刻t1〜t3の周期と同様である。
【0045】
同図(B)に示すように、時刻t4〜t5の正送期間中の時刻41において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。しかし、溶接ワイヤ1の先端にスラグが付着しているために、非導通接触状態となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは通電せず、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままである。時刻t41〜t5の正送期間中の溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0のままである。続く時刻t5〜t6の逆送期間中は、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwは0から次第に長くなる。
【0046】
同図(B)に示すように、時刻t6からの正送期間中の時刻t7において、溶接ワイヤ1の先端が母材2の表面と再び接触(衝突)すると、同図(H)に示すように、溶接ワイヤ先端・母材間距離Lw=0となる。溶接ワイヤ1の先端に付着したスラグは時刻t41〜t5の1回目の接触(衝突)によって削り取られて除去されたために、今回の接触では導通接触状態(短絡状態)となる。このために、同図(C)に示すように、溶接電流Iwが通電を開始し、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から低下して数Vの短絡電圧値となる。これに応動して、時刻t7において、同図(E)に示すように、電流通電判別信号CdがHighレベル(通電)となるので、同図(G)に示すように、初期期間タイマ信号StiがLowレベルに変化して初期期間Tiが終了する。時刻t7において、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)となる。
【0047】
同図においては、時刻t1に送給を開始してから時刻t41に1回目の接触(衝突)が発生するまでの期間を3回目の周期の途中として描画しているが、実際には数十周期が含まれることになる。また、同図においては、2回目の接触(衝突)によってスラグが削り取られて導通状態となった場合であるが、スラグ付着状態がひどいときには十数回の接触を繰り返す場合もある。溶接ワイヤ1の先端にスラグがほとんど付着していないときには、1回目の接触で導通状態となる場合もある。すなわち、後述する理由によって、本実施の形態では、スラグ付着状態がひどいとき又は少ないときに関わらず、必ず導通状態に導くことができる。
【0048】
[時刻t7以降の定常溶接期間Tcの動作]
時刻t7において短絡状態となると、同図(C)に示すように、予め定めたホットスタート電流値(200〜500A程度)の溶接電流Iwが通電する。ホットスタート電流は、時刻t7〜t91の予め定めたホットスタート期間中通電する。
【0049】
時刻t7に電流通電判別信号CdがHighレベルに変化してから予め定めた遅延期間が経過した時刻t8において、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正送から逆送に切り換えられて、所定の定常逆送ピーク値Frcまで急加速し、その値を維持する。上記の遅延期間は1〜10ms程度に設定される。遅延期間を0にして、遅延しないようにしても良い。この遅延は、溶接ワイヤ1が母材2に接触したときに、初期アークを円滑に発生させるために設けている。
【0050】
時刻t9において上記のホットスタート電流の通電によって、アーク3が発生すると、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値に急増し、これに応動して、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベル(アーク)に変化する。逆送ピーク期間中に短絡判別信号SdがLowレベル(アーク)に変化すると、同図(B)に示すように、正送期間への移行を開始する。送給速度Fwは、時刻t9から所定の変化率で減速されて、時刻t10において0となる。逆送減速期間中の時刻t91において、同図(C)に示すように、溶接電流Iwはホットスタート電流値からアーク負荷に応じて変化するアーク電流値に減少する。上述したように、時刻t7〜t91のホットスタート期間は所定値であるので、ホットスタート期間が終了する時点において、送給速度Fwがどの期間になっているかは不確定である。時刻t9〜t11の期間がアーク期間となる。
【0051】
時刻t10から正送期間に入り、所定の変化率で0から加速され、所定の定常正送ピーク値Fscに達するとその値を維持する。正送ピーク期間中の時刻t11において、短絡が発生すると、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値に急減し、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡)に変化する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは逆送期間への移行を開始する。送給速度Fwは、時刻t11〜t12の期間中に所定の変化率で減速して0となる。同図(C)に示すように、溶接電流Iwは時刻t11〜t13の短絡期間中に次第に増加する。
【0052】
時刻t12から逆送期間に入り、所定の変化率で0から加速され、所定の定常逆送ピーク値Frcに達するとその値を維持する。時刻t13において、逆送によってアークが発生すると、同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値に急増し、同図(F)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベル(アーク)に変化する。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正送期間への移行を開始する。送給速度Fwは、時刻t13〜t14の期間中に所定の変化率で減速して0となる。同図(C)に示すように、溶接電流Iwはアーク期間中に次第に減少する。
【0053】
これ以降は、時刻t10〜t14の動作を繰り返す。時刻t7からの溶接ワイヤ先端・母材間距離Lwの変化は以下のようになる。初めて導通状態(短絡状態)になる時刻t7からアークが発生する時刻t9までは、Lw=0となる。時刻t9〜t10の逆送減速期間中は、Lwは0から次第に長くなる。時刻t10〜t11までの正送期間中は、Lwは次第に短くなり0となる。時刻t11〜t13の期間中は、Lwは0のままである。時刻t13〜t14の逆送減速期間中は、Lwは次第に長くなる。
【0054】
溶接ワイヤ先端部へのスラグ付着状態がひどい場合においても、複数回の接触によって、確実にスラグを削り取り、導通状態にするためには、以下の処置が必要である。正逆送給制御に用いる送給モータWMは、過渡特性の良いものを使用する必要があるために、反面最大トルクが小さくなる。このために、接触時点での送給速度Fwが低速であると、トルクが小さいために、スラグの削り取り状態が不十分となる。これを防止するためには、接触時点での送給速度Fwを高速にする必要がある。本実施の形態では、初期正送ピーク値Fsiを20m/分以上に設定する。これにより、スラグ付着状態がひどい場合でも、確実に導通状態にすることができ、アークスタート不良を防止することができる。さらに、初期正送ピーク値Fsiを30m/分以上に設定することが好ましい。これにより、導通状態になるまでの接触回数(衝突回数)を少なくすることができ、アークスタートに要する時間を短縮することができる。
【0055】
平均初期送給速度Fiは1〜3m/分に設定することが好ましい。平均初期送給速度Fiが3m/分を超えると、導通状態に変化した後の短絡状態からアーク発生までの時間が長くなり、アークスタート性が悪くなる。平均初期送給速度Fiが1m/分未満になると溶接開始時点から1回目の接触状態となるまでの時間が長くなり、アークスタートに要する時間が長くなる。
【0056】
初期正送ピーク値Fsi及び初期逆送ピーク値Friが大きくなるほど、送給モータWMの過渡特性に制限されて、正送期間と逆送期間との切換に要する時間が長くなる。さらに、溶接姿勢、溶接累積時間等の影響によって送給経路の負荷状態が変動する。この変動に伴って正送期間と逆送期間との切換時間が変動し、平均初期送給速度Fiが変動することになる。上述したように、平均初期送給速度Fiが変動して適正範囲外になると、アークスタート性が悪くなる。これを防止するためには、初期正送ピーク値Fsiは50m/分以下である必要がある。平均初期送給速度Fiの変動をさらに小さくしてアークスタート性を良好にするためには、初期正送ピーク値Fsiは40m/分以下であることが好ましい。
【0057】
平均初期送給速度Fiを適正値に調整するには、送給速度Fw(初期期間送給速度設定信号Fir)の波形パラメータを調整することになる。このときに、初期正送ピーク値Fsi及び初期逆送ピーク値Friは平均初期送給速度Fiに対して数十倍大きな値であり、これらの値を調整して平均初期送給速度Fiを正確に調整することは難しい。このために、初期周波数Siを所定値に設定し、正送期間と逆送期間との時間比率を調整することによって、平均初期送給速度Fiを正確に調整している。すなわち、初期周波数設定信号Sirによって初期周波数Siを設定し、初期時間比率設定信号Dirによって正送期間と逆送期間との時間比率を設定している。このときに、初期正送ピーク値Fsiと初期逆送ピーク値Friとを等しい値に設定すれば、時間比率による平均初期送給速度Fiの調整がさらに容易となる。
【0058】
本実施形態における各数値の一例を以下に示す。
(初期期間TI)
初期周波数Siは通常50〜150Hzであり、本実施の形態においては、例えば100Hz程度である。初期時間比率は、通常0.5017〜0.505であり、本実施の形態においては、例えば0.5033程度である。初期正送ピーク値Fsiは、30〜50m/分であり、好ましくは30〜40m/分である。初期逆送ピーク値Friは、通常30〜50m/分であり、好ましくは30〜40m/分である。平均初期送給速度Fiは、1〜3m/分である。
(定常溶接期間Tc)
送給速度の1周期は、通常8〜20msであり、本実施の形態においては、例えば10ms程度である。短絡期間は、通常2〜10msであり、本実施の形態においては、例えば4ms程度である。アーク期間は、通常3〜15msであり、本実施の形態においては、例えば6ms程度である。定常正送ピーク値Fscは、通常30〜100m/分であり、本実施の形態においては、例えば80m/分程度である。定常逆送ピーク値Frcは、通常−30〜−100m/分であり、本実施の形態においては、例えば−70m/min程度である。平均送給速度は、通常3〜15m/分であり、本実施の形態においては、例えば10m/分程度である。正送期間と逆送期間との切換時の変化率は、通常1ms当たり30〜200m/分の変化であり、本実施の形態においては、例えば1ms当たり100m/分程度の変化である。また、平均溶接電流は、通常50〜350Aであり、本実施の形態においては、例えば250A程度である。
【0059】
上述した実施の形態によれば、溶接開始時に溶接ワイヤが送給を開始してから溶接ワイヤが母材と1回又は複数回接触した後に溶接電流が通電するまでの初期期間中は、正逆送給制御を行うと共に、正送ピーク値を20〜50m/分の範囲に設定する。これにより、本実施の形態では、溶接ワイヤ先端部のスラグ付着状態に関わらず、確実にスラグを除去することができる。このために、アークスタート不良を防止することができる。
【0060】
さらに、本実施の形態では、初期期間中の送給速度の平均値(平均初期送給速度Fi)の調整を、正送期間と逆送期間との時間比率を変化させて行う。これにより、平均初期送給速度Fiを適正範囲に正確に調整することができる。
【0061】
さらに、本実施の形態では、初期期間中の送給速度の平均値(平均初期送給速度Fi)の調整を、正送ピーク値と逆送ピーク値とを等しい値に設定し、かつ、正送期間と逆送期間との時間比率を変化させて行う。これにより、平均初期送給速度Fiの調整を、より正確かつ迅速に行うことができる。
【0062】
さらに、本実施の形態では、初期期間中の送給速度の平均値(平均初期送給速度Fi)の調整を、1〜3m/分の範囲とする。これにより、溶接ワイヤと母材とが短絡状態になってからアークが発生するまでの時間を短くすることができ、アークスタート性を向上させることができる。