(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
保護基が結合されたイオン交換基と炭化水素系高分子樹脂とを含有するグラフト重合物を成膜してなる基材を、pHが8以上9未満の弱アルカリ性反応液に浸漬させ、保護基をナトリウムに置換させるイオン交換基有効化工程を含み、
前記炭化水素高分子樹脂にフィラーを含有させ、
イオン交換容量が、0.1mmol/g以上4mmol/g未満である、
電解質膜の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[電解質膜]
本発明の電解質膜は、ナトリウム型に変換したイオン交換基と炭化水素系高分子樹脂とを含有するグラフト重合物を基材とする。本発明は、イオン交換基をナトリウム型に変換させるとき、弱アルカリ性反応液を用いる。また上記のグラフト重合物は、炭化水素系高分子樹脂の、主鎖とグラフト鎖とにイオン交換基を結合させるため、基材中のイオン交換基の含有量を増加できる。
【0013】
本発明は、弱アルカリ性反応液を用いてイオン交換基をナトリウム型に変換させる。これにより、イオン交換基有効化工程におけるイオン交換基の脱離を抑制できる。その結果本発明の電解質膜は、イオン交換基の含有量を増加でき、イオン交換容量を向上させることができる。本発明の電解質膜のイオン交換容量は、0.1mmol/g以上4mmol/g未満であり、より好ましくは、1mmol/g以上4mmol/g未満であり、さらに好ましくは1.1mmol/g以上3mmol/g未満である。
【0014】
本発明のイオン交換容量は、下記の方法により測定できる。イオン交換容量の測定方法を、スルホン酸基をイオン交換基とする本発明の例として説明する。
[イオン交換容量の測定方法]
寸法2cm×3cmで切り出した電解質膜をH型にし、乾燥状態の重量を測定する。乾燥時重量をW
1とする。該電解質膜を飽和食塩水に室温で4〜16時間浸漬させる。浸漬容器から電解質膜を取り出した後、水酸化ナトリウムを用いて中和滴定する。イオン交換容量は、中和滴定で得た飽和食塩水のブランクの滴定値N
1(ml)と中和滴定値N
2(ml)とを用いて、式(1)に基づき求められる。
【数1】
【0015】
本発明の電解質膜の導電率は、イオン交換容量の増加に従い上昇する。本発明の導電率は、0.05S/cm以上0.4S/cm未満であり、より好ましくは、0.7S/cm以上0.3S/cm未満である。電解質膜の導電率は、下記の方法により測定できる。
【0016】
[導電率の測定方法]
本測定方法において、導電率は、膜抵抗値を用いて算出できる。膜抵抗値は、所定の膜面積の電解質膜を1M硫酸水溶液で湿潤させた後、対極となる2つのPt電極(電極間距離5mm)の間に配置し、交流電流を印加して電圧測定を行うことにより、測定できる。電解質膜の導電率は、得られた膜抵抗値Rm(Ω)と電解質膜の膜厚dとに基づき、式(2)により求めることができる。式(2)において、dは電極間距離、Sは電解質膜の膜面積である。
【数2】
【0017】
上記のグラフト重合物においては、炭化水素系高分子樹脂の、主にグラフト鎖にイオン交換基が結合される。これにより、炭化水素系高分子樹脂の疎水性部分へのイオン交換基の導入を抑制できる。その結果、本発明は炭化水素系高分子樹脂由来の機械的強度を保持できる。ただし本発明は、イオン交換基が炭化水素系高分子樹脂の主鎖に導入する構造を排除しない。本発明の電解質膜の機械的強度は、引張強度として30〜70MPaであり、好ましくは40〜50MPaである。本発明において引張強度は、公知の引張強度試験機を用いて測定できる。
【0018】
本発明に用いられる炭化水素系高分子樹脂としては、いわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックといわれる芳香族炭化水素系高分子樹脂が挙げられる。具体的には、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、スーパーエンプラポリサルフォン(PSU)、ポリエーテルサルフォン(PES)、ポリアリレート(PAR)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリイミド(PI)等を例示できる。PEEKは、化学的安定性や耐強アルカリ性に優れるため、特に好ましい。
【0019】
本発明に用いられる炭化水素系高分子樹脂は、PEEKを含むポリマーアロイであってもよい。PEEKとアロイ化させる他の炭化水素系高分子樹脂としては、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリサルフォン(PSU)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレンパーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)等が挙げられる。上記に例示するポリマーアロイは、PEEKだけで作製したフィルムと比較して導電性に優れる。
【0020】
上記に例示するPEEK含有ポリマーアロイにおける、PEEKとアロイ化させる他の炭化水素系高分子樹脂の含有量は、得られるポリマーアロイ100質量部に対し、1〜50質量部が好ましく、3〜40質量部がより好ましく、5〜30質量部がさらに好ましい。上記の含有量が1質量部未満の場合、得られる電解質膜の導電性に有意な向上は認められない。50質量部を超えると、電解質膜の機械的強度が低下する場合がある。
【0021】
本発明は所定の炭化水素系高分子樹脂に、タルク、シリカ、二酸化マンガン、カーボン、酸化チタン等をフィラーとして含有させることも好ましい。これにより、得られる電解質膜のラジカル耐性や導電性を向上させることができる。
【0022】
上記のフィラーを含有させる場合、フィラーの平均粒子径D
50は0.1〜40μmが好ましく、0.2〜15μmがより好ましく、0.5〜1nmがさらに好ましい。0.1μm未満の場合、ラジカル耐性、耐強酸性、含水率、導電性等の向上性で所望の効果が得られない場合がある。40μmを超える場合、電解質膜内に均一に分散しない場合がある。
【0023】
炭化水素系高分子樹脂100質量部に対するフィラーの含有量は、1〜40質量部が好ましい。1質量部未満の場合、ラジカル耐性の十分な向上が認められない。40質量部を超える場合、電解質膜中の炭化水素系高分子樹脂の含有量が少なくなり機械的強度が不十分になる。
【0024】
本発明の電解質膜の膜厚は、10〜200μmが好ましく、10〜180μmがより好ましく、10〜120μmが更に好ましい。該膜厚は、電解質膜の用途に応じて上記の好ましい範囲内で適宜調整される。膜厚が10μm未満の場合、電解質膜の機械的強度が不十分になる。膜厚が200μmを超える場合、電解質膜の機能が低下し、いずれの用途にも適さなくなる。従って基材となるグラフト重合物の成膜時に、膜厚が上記の好ましい範囲内になるように適宜調整される。
【0025】
上記のグラフト重合物に含有されるイオン交換基は、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基からなる群から選択され、スルホン酸基がより好ましい。
【0026】
[電解質膜の製造方法]
本発明の電解質膜の製造方法は、保護基が結合されたイオン交換基と炭化水素系高分子樹脂とを含有するグラフト重合物を成膜してなる基材を、弱アルカリ性反応液に浸漬させ、保護基をナトリウムに置換させるイオン交換基有効化工程を含む。従来、イオン交換基有効化工程においては、水による加水分解処理が一般的である。水による加水分解処理では、イオン交換基に結合される保護基と水素とを置換させて、イオン交換基を水素型に変換する。
【0027】
保護基をイオン交換基から脱離させやすくするためには、上記の加水分解処理は高温条件下で行うことが好ましい。またグラフト重合物の製造を放射線グラフト重合法を適用して行う場合、高温条件下で加水分解処理を行えば、未反応で残存するラジカルを失活化できる。しかし、高温条件下での加水分解処理においては、高温の水の活性が極めて高く、水素型に変換したイオン交換基が脱離しやすい。
【0028】
本発明は、弱アルカリ性反応液を用いてイオン交換基有効化工程を行い、イオン交換基をナトリウム型に変換する。ナトリウム型に変換されたイオン交換基は結合が強いため、高温条件下でも分解しない。そのため本発明は、高温条件下でイオン交換基有効化工程を行うことができる。本発明のイオン交換基有効化工程の処理温度は、好ましくは100〜200℃であり、より好ましくは150〜200℃である。
【0029】
これにより本発明は、イオン交換基から保護基を速やかに脱離させることでき、イオン交換基有効化工程の効率化に寄与する。また、グラフト重合物を放射線グラフト重合法により製造する場合には、残存するラジカルを失活させることができる。そのため、イオン交換基と異なる他の成分と、未反応のラジカルとの反応による生成物が不純物となって電解質膜の破損を防止できる。
【0030】
本発明に用いられる弱アルカリ性反応液は、pHが8以上9未満の反応液である。該弱アルカリ性反応液は、アルカリ金属の炭酸水素塩と、アルカリ金属水酸化物と、アミンとからなる群からいずれか一つ選択される化合物を含有する。アルカリ金属の炭酸水素塩としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等が例示される。アルカリ金属水酸化物として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。アミンとしては、トリメチルアミン等が例示される。
【0031】
具体的な弱アルカリ性反応液として、炭酸水素ナトリウム水溶液や水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等が挙げられる。好ましくは炭酸水素ナトリウム水溶液が用いられる。炭酸水素ナトリウム水溶液の濃度は、5〜40g/lが好ましく、10〜30g/lがより好ましい。
【0032】
基材の弱アルカリ性反応液への浸漬について、温度条件は100℃以上200℃未満が好ましく、140℃以上200℃未満がより好ましく、170℃以上200℃未満がさらに好ましい。100℃未満の場合、保護基とナトリウムとの置換が不十分になる。200℃以上の場合、官能基の脱離が起こる可能性が有る。浸漬時間は、2時間以上6時間未満が好ましく、3時間以上5時間未満がより好ましい。2時間未満の場合、保護基とナトリウムとの置換が不十分になる。6時間以上の場合、官能基の脱離が起こる可能性が有る。浸漬時間の終了後、基材を弱アルカリ性反応液から取り出し、純水で洗浄する。これにより、ナトリウム型に変換させたイオン交換基と炭化水素系高分子樹脂とを含有するグラフト重合物を基材とする電解質膜を製造できる。
【0033】
なお、上記のナトリウム型に変換させたイオン交換基を含有する電解質膜を、さらに塩酸に浸漬させて、水素型に変換させたイオン交換基を含有する電解質膜を製造してもよい。反応させる反応条件としては、大気中で、好ましくは温度条件25〜27℃、反応時間14時間以上18時間未満、より好ましくは温度条件25〜27℃、反応時間15時間以上17時間未満で浸漬させることが好ましい。浸漬時間が14時間未満の場合、水素型への置換が不十分になる。18時間以上の場合、官能基の脱離が起こる可能性が有る。
【0034】
上記のイオン交換基有効化工程で、弱アルカリ性反応液中に浸漬されるグラフト重合物の製造方法は、グラフト重合物を成膜して基材を作製する成膜工程と、該基材にイオン交換基含有モノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とに大別される。
【0035】
(成膜工程)
成膜工程においては、まず原料成分となる炭化水素系高分子樹脂を混練可能な粘度になるまで溶融させて十分に混練する。混練温度は、用いられる炭化水素系高分子樹脂の融点以上であればよく、350〜420℃が好ましく、350〜400℃が好ましい。
【0036】
タルク、シリカ、二酸化マンガン、カーボン、酸化チタン等の所定のフィラーを含有させる場合は、上記の混練時に添加する。これにより得られる電解質膜のラジカル耐性や導電率を向上できる。適宜増粘剤、架橋剤、分散剤、安定剤等を添加してもよい。溶融させた炭化水素系高分子樹脂に添加される上記の所定のフィラーの添加量は、炭化水素系高分子樹脂100質量部に対し、0.1質量部以上50質量部以下が好ましく、0.3質量部以上45質量部以下がより好ましく、0.5質量部以上40質量部以下がさらに好ましい。
【0037】
混練は、炭化水素系高分子樹脂が上記の粘度を保持できる温度として好ましくは、350〜420℃で行われ、より好ましくは350〜400℃で行われる。混練装置としては、例えば2軸混練押出機(例:パーカーコーポレーション社製HK25D)を使った場合、吐出速度は2kg/hr〜8kg/hrが好ましい。混練回数は、300〜600rpmが好ましい。混練装置としては、蒸気の2軸混練押出機等、従来公知のものを用いることができる。取扱性の観点から、混練終了後の炭化水素系高分子樹脂はペレット化することが好ましい。またペレット化させた炭化水素系高分子樹脂を再び溶融し、上記の混練工程を2〜10回繰り返してもよい。
【0038】
混練が終了した炭化水素系高分子樹脂をシート加工機を用いて成膜し基材を作製する。基材の膜厚は、好ましくは10〜200μm、より好ましくは10〜120μmになるように成膜する。成膜時の処理温度は、350〜450℃が好ましく、370〜420℃がより好ましい。成膜後の炭化水素系高分子樹脂を急冷し、硬化させることで本発明の基材を作製できる。急冷時の処理温度は、用いる炭化水素系高分子樹脂の硬化温度より低く、好ましくは80〜140℃である。シート加工機としては、ダイコーター、Tコーターが用いられる。
【0039】
(グラフト重合工程)
グラフト重合の方法としては、熱グラフト重合法、放射線グラフト重合法等、従来公知の方法を適用できる。いわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックといわれる炭化水素系高分子樹脂を用いて本発明の基材となるグラフト重合物を製造する場合、炭化水素系高分子樹脂と、所定のイオン交換基を含有するイオン交換基含有モノマーとを放射線グラフト重合法を適用してグラフト重合させることが好ましい。
【0040】
本発明のイオン交換基有効化工程は温度条件90〜200℃で行える。そのため放射線グラフト重合法において、放射線照射により生成されたラジカルが、グラフト重合工程終了後残存しても、イオン交換基有効化工程で失活させることができる。そのため残存するラジカルによる不純物の生成が防止される。これにより本発明は、電解質膜の劣化や破損を防止できる。
【0041】
放射線グラフト重合法を行う場合、前処理として、上記の基材に、熱重合法等を用いてビニルモノマーをグラフト重合させ、基材に含有される炭化水素系高分子樹脂にグラフト鎖を形成させる。これにより放射線グラフト重合法による炭化水素系高分子樹脂へのイオン交換基の結合を円滑にし、イオン交換基の含有量を向上させることができる。
【0042】
(ビニルモノマー反応工程)
熱グラフト重合法を適用する場合、まずビニルモノマーを分散させたビニルモノマー反応液を調製する。上記のビニルモノマー反応液のビニルモノマーの濃度は、10〜80容積%が好ましく、20〜70容積%がより好ましい。溶媒としては、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、トルエン、ヘキサン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、アセトン、メチルイソプロピルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、イソプロピルアミン、ジエタノールアミン、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等の含窒素化合物等を例示できる。
【0043】
本発明で用いられるビニルモノマーは、所定の炭化水素系高分子樹脂の主鎖にグラフト鎖を形成できるものであればよく、下記式(3)で表されるモノマーが例示される。
【化1】
(上記式(3)において、Xは、H、OH、F、Cl、または炭化水素である。Rは炭化水素及びその誘導体である。)
【0044】
式(3)で表されるモノマーとして、式(3)に含まれるRが、芳香環を含む炭化水素やカルボニル基やアミド基を有する炭化水素であるモノマーを例示できる。より具体的な例示としては、スチレンおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、アクリルアミド類、ビニルケトン類、アクリルニトリル類、ビニルフッ素系モノマー、またはこれらの多官能性モノマーが挙げられる。該多官能性モノマーは、熱グラフト重合性が高いため好ましい。また炭化水素系高分子樹脂の主鎖に架橋構造を形成できるため、電解質膜の機械的強度を向上できる。
【0045】
上記のビニルモノマー反応液に、基材を浸漬し、大気中で重合反応を行う。温度条件は、40〜100℃が好ましく、50〜80℃がより好ましい。反応時間は、10分〜24時間が好ましい。反応終了後、基材としてのグラフト鎖を形成させた炭化水素系高分子樹脂を不活性ガス雰囲気下で乾燥させる。ビニルモノマーのグラフト率は、1〜20%である。なおビニルモノマーのグラフト率は、基材の上記反応前の乾燥時重量(W
1)と同反応後の乾燥時重量(W
2)とを測定して下記式(4)により求めることができる。
【数3】
【0046】
(放射線グラフト重合工程)
基材としてのグラフト鎖を形成させた炭化水素系高分子樹脂は、乾燥後、放射線を照射し、ラジカルを生成させる。炭化水素系高分子樹脂フィルムに、上記に例示する方法により予めグラフト鎖を形成させておくことで、ラジカル生成量を向上させることができる。生成させたラジカルと、イオン交換基含有モノマーとを反応させて、炭化水素系高分子樹脂にイオン交換基を結合させることができる。
【0047】
本発明で用いる放射線グラフト重合法の例として、前照射法と同時照射法とが挙げられる。前照射法とは、基材となる炭化水素系高分子樹脂に放射線を照射後、イオン交換基を含有するモノマーを反応させる方法である。同時照射法とは、基材となる炭化水素系高分子樹脂と、イオン交換基含有モノマーとに同時に放射線を照射して上記モノマーを反応させる方法である。本発明においては、上記のいずれの方法を適用してもよい。ホモポリマーの生成量を抑制する観点からは前照射法を適用することが好ましい。
【0048】
さらに前照射法としてはポリマーラジカル法と、パーオキサイド法とが挙げられる。ポリマーラジカル法とは、基材に不活性ガス雰囲気下で放射線を照射する方法である。パーオキサイド法とは、基材を酸素存在下で照射する方法である。本発明においては上記のいずれの方法を適用してもよく、ポリマーラジカル法が好ましい。
【0049】
基材に照射する放射線の種類としては、γ線、X線、電子線、イオンビーム、紫外線等を例示できる。γ線、電子線は、ラジカル生成が容易なため好ましく用いられる。放射線照射量は、1kGy以上500kGy以下が好ましく、5kGy以上100kGy以下がより好ましく、10kGy以上60kGy以下がさらに好ましい。1kGy未満の場合、グラフト鎖の形成が不十分になる。500kGyを超える場合、基材が破損するため、機械的強度が不十分になる場合がある。
【0050】
(イオン交換基含有モノマー反応液の調製)
炭化水素系高分子樹脂とイオン交換基含有モノマーとの反応は、溶媒にイオン交換基含有モノマーを分散させたイオン交換基含有モノマー反応液に、炭化水素系高分子樹脂フィルムを浸漬させて行うことが好ましい。これによりイオン交換基含有モノマーのホモポリマー化を抑制できる。
【0051】
所定のイオン交換基含有モノマーを溶媒に分散させたイオン交換基含有モノマー反応液を調製する。上記溶媒に分散させるイオン交換基含有モノマーは1種でもよく2種以上でもよい。所定の溶媒で上記のモノマーを希釈させることにより、ホモポリマーの生成を抑制できる。
【0052】
上記のグラフト重合反応で用いられるイオン交換基含有モノマーとしては、スチレンスルホン酸エチルエステル(ETSS)、スチレンスルホン酸ナトリウムが挙げられる。ETSSは、イオン交換基に置換可能な官能基としてスルホン酸基(-SO
3)を含み、保護基としてエチル基を含むモノマーである。他のイオン交換基含有モノマーとしては、クロロメチルスチレン(CMS)等が挙げられる。クロロメチルスチレンはイオン交換基として、アンモニウム基を含み、保護基としてアミノ基を含むモノマーである。
【0053】
上記のイオン交換基含有モノマー反応液中のイオン交換基含有モノマーの濃度は、20〜80容積%が好ましく、25〜75容積%がより好ましい。溶媒としては、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、トルエン、ヘキサン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、アセトン、メチルイソプロピルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、イソプロピルアミン、ジエタノールアミン、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等の窒素含有化合物等を例示できる。
【0054】
上記のイオン交換基含有モノマー反応液に、フィラーを含有する炭化水素系高分子樹脂フィルムを浸漬し、空気中または不活性ガス雰囲気下で重合反応を行う。反応雰囲気中の酸素濃度は、ラジカルの失活を抑制する観点から低いほど好ましく、0.01容積%以下がより好ましい。0.01容積%を超えると、ラジカルが失活しグラフト率が低くなる。不活性ガスとしては窒素、アルゴン等が用いられる。
【0055】
重合時の温度条件は、40〜100℃が好ましく、50〜80℃がより好ましい。これによりホモポリマーの生成やラジカルの失活を抑制できる。反応時間は、1〜100時間が好ましく、5〜80時間がより好ましい。上記の放射線グラフト重合工程によるイオン交換基含有モノマーのグラフト率は、好ましくは50〜200%であり、より好ましくは70〜160%である。
【0056】
上記の成膜工程と、グラフト重合工程とにより本発明に用いられるグラフト重合物が製造できる。該グラフト重合物を、上記の所定のイオン交換基有効化工程で処理することで、本発明の電解質膜を製造できる。
【0057】
本発明の製造方法により得られる電解質膜のイオン交換容量は、0.1mmol/g以上4mmol/g未満であり、より好ましくは、1mmol/g以上4mmol/g未満であり、さらに好ましくは1.1mmol/g以上3mmol/g未満である。本発明の電解質膜は、炭化水素系高分子樹脂を含有するグラフト重合物を基材とするため、機械的強度、耐強アルカリ性、耐薬品性に優れる。これにより本発明の電解質膜は、食塩電解装置、水処理装置、燃料電池、電解濃縮装置等に好適である。
【実施例】
【0058】
本発明を、実施例を用いてさらに説明する。ただし本発明は以下に記載する実施例に限定されない。
【0059】
[実施例]
(成膜工程)
混練装置内に、炭化水素系高分子樹脂としてのPEEK粉末を投入し、温度条件360℃でPEEK粉末を溶融させて、500rpmで混練した。混練時間終了後、PEEKをペレット化した。該ペレットを再び混練装置内に投入して溶融させ、さらに混練した。得られたペレットを乾燥させた。
【0060】
乾燥させたPEEKのペレットをシート加工機に投入し、温度条件400℃で加熱しながら成膜した。成膜したPEEKを、急冷し硬化させた。PEEK膜の膜厚は、100μmであった。
【0061】
上記のPEEK膜を寸法2cm×3cmで切り出した。切り出したPEEK膜の乾燥状態の重量を測定し、ジビニルベンゼンモノマー(DVBモノマー)との反応前のPEEK膜の乾燥時重量(W
1)とした。またDVBを1,4-ジオキサンに添加したDVB反応液を調製した。ガラス容器内でPEEKとDVB反応液とを大気中、80℃で反応させ、DVBモノマーをPEEKに重合させて、PEEKにグラフト鎖を形成させた。反応終了後、PEEK膜をアルゴン雰囲気下、95℃で乾燥させた。基材の乾燥状態の重量を測定し、DVBモノマーとの反応後の基材の放射線照射前の乾燥時重量(W
2)とした。式(4)に基づきDVBモノマーのグラフト率を求めた。DVBモノマーのグラフト率は、12.1%であった。
【0062】
乾燥後のPEEK膜をガラス容器に入れ、アルゴン雰囲気下で30kGyのγ線を照射した。また、スチレンスルホン酸エチルエステル(ETSS)を1,4-ジオキサンに添加したETSS反応液を調製した。上記ガラス容器内で該ETSS反応液にPEEK膜を浸漬させた。その後、アルゴン雰囲気下、反応温度85℃でPEEK膜とETSS反応液とを反応させ、ETSSモノマーをPEEKに重合させスルホン酸基をPEEKに結合させた。反応終了後、得られたグラフト重合物を洗浄し乾燥させた。グラフト重合工程終了後のグラフト重合物の乾燥状態の重量を測定し、グラフト重合工程終了後の重量(W
3)とした。式(5)によりETSSモノマーのグラフト率を求めた。実施例のETSSモノマーのグラフト率は、51.4%であった。
【数4】
【0063】
(イオン交換基有効化工程)
耐圧容器内で、グラフト重合工程により得られた、基材としてのグラフト重合物を、濃度20g/lの炭酸水素ナトリウム水溶液に170℃で4時間浸漬させて加水分解処理を行い、イオン交換基をナトリウム型に変換した。純水で洗浄後、1mol/l塩酸に室温で16時間浸漬させ、水素型に変換したイオン交換基を含有する電解質膜を得た。
【0064】
[比較例]
(イオン交換基有効化工程)
実施例と同様の成膜工程とグラフト重合工程とを用いて作製した基材を、ガラス容器内で、純水に95℃で16時間浸漬させて加水分解処理を行い、水素型に変換したイオン交換基を含有する電解質膜を得た。式(5)に基づいて求めた実施例のETSSモノマーのグラフト率は、50.5%であった。
【0065】
実施例と比較例との電解質膜について、上記の測定方法により導電率とイオン交換容量を測定した。測定結果を表1と
図1とに記載した。表1と
図1とに示されるように、本発明の実施例は、比較例よりも高い処理温度でイオン交換基有効化工程を行うことができる。その結果、導電率やイオン交換容量を向上できる。
【0066】
【表1】
【0067】
[ラジカル耐性評価]
ラジカルに対する耐性を評価するため、代表的なラジカルである塩素ラジカルに対する耐性評価試験を行った。実施例と比較例との電解質膜を寸法2cm×3cmでそれぞれ10枚切り出し、各5枚を気相中と液相中とでそれぞれ塩素ガスに暴露した。暴露開始時から16時間経過後の各電解質膜の劣化状態を観察し、劣化度を6段階で評価した。各評価は以下のとおりである。
[劣化度評価]
1:試験中に割れが発生し、小片に分散した。
2:試験中に一部に割れが発生したが、膜面積の50%以上は膜形状を維持した。
3:試験後も膜形状を留めたが、取り出した際に力を加えなくても割れた。
4:試験後も膜形状を留めたが、荷重1kgを加えると割れた。
5:試験後も膜形状を留め、荷重1kgを加えても割れなかったが、荷重2kgを加えると割れた。
6:試験後も膜形状を留め、荷重2kgを加えても割れずに、しなやかさを保った。
【0068】
実施例と比較例について、気相中と液相中とにおける各試験結果の平均値を算出し、表2に記載した。表2に示されるように、実施例は塩素ラジカル耐性が比較例と比較して良好である。その原因は、実施例においては、イオン交換基有効化工程を比較例より高温条件で、かつ弱アルカリ性反応液を用いて行ったことにより、グラフト重合工程終了後に残存するラジカルを失活できたことや、グラフト重合物の分解を抑制できたことにあると推察できる。
【表2】