【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0049】
実施例1
本実施例ではモノアルコールとしてブタノールを用いて前処理を行ったときにおける固体画分の重量を測定した。前処理による固体画分の重量は、前処理によるバイオマスの分解効率を表している。すなわち、固体画分の重量が少ない程、バイオマスが効率的に分解されていることを示唆している。
【0050】
まず、バイオマスとしてソルガム(モロコシとも呼ばれ、イネ科穀物の一種)100gを用意し、2mmのフィルターを設置したブレンダ―(WB−1、東京硝子器機株式会社)を用いて粉末状態になるまで10分間粉砕した。
【0051】
上記のようにして得られたバイオマス粉末6g、1−ブタノールおよび1%希硫酸を、三愛科学株式会社製の高圧用反応分解容器HUT−100に加え、三愛科学株式会社製のホットスターラー式反応分解装置RDV−TMS HHE−19G−Uにセットして、常圧のまま、加熱しながら撹拌した。詳細には上記高圧用反応分解容器は、PTFE製内筒容器(HUT−100)と加圧ステンレス製外筒(HUS−100)の二重密閉構造を有しており、PTFE製内筒容器にバイオマス粉末などを入れた後、このPTFE製内筒容器をステンレス製外筒に入れて、当該ステンレス製外筒の蓋を強固に締めてから、上記のホットスターラー式反応分解装置にセットして加熱した。本実施例では、ブタノールと希硫酸の合計量が80mLとなるようにブタノールおよび希硫酸の添加量を変化させた。撹拌は、200rpmの撹拌速度で、180℃で45分行った。撹拌後、21,880×g、15分の条件で遠心分離して、固体画分と液体画分とに分離した。
【0052】
このようにして得られた固体画分に水を加えてpH7.0になるまで洗浄した後、室温で2日間乾燥した。乾燥後の固体画分重量を、XS105DU electronic balance(Mettler Toledo, Greifensee,スイス)を用いて測定した。上記の実験を3回行い、その平均値と標準偏差を算出した。
【0053】
これらの結果を
図2に示す。
図2の縦軸は固体画分の重量(g)を、横軸は前処理に用いたブタノールと希硫酸の添加割合およびブタノール濃度(ブタノールと希硫酸の合計に対するブタノールの比率)を示す。
【0054】
図2に示すように希硫酸にブタノールを添加すると、ブタノールを添加しない場合に比べて固体画分の重量が減少する傾向が見られた。詳細には、本実施例の前処理条件によれば、ブタノール濃度が12.5%以上になると、ブタノール添加なしの場合に比べて、固体画分の重量は有意に減少したが、ブタノール濃度が62.5%になると、固体画分の重量は、やや増加する傾向が見られた。
【0055】
実施例2
本実施例では、上記実施例1によって得られた各固体画分を酵素糖化させたときのグルコース濃度を測定した。固体画分から得られるグルコース濃度が高い程、固体画分が効率的に分解されていることを示唆している。
【0056】
具体的には上記実施例1で得られた各固体画分を用い、最終濃度が10g/Lになるように、上記固体画分を0.3Mクエン酸緩衝液(pH4.8)に添加した。次に、糖化酵素としてセルラーゼ(Cellic CTec2,Novozyme,Bagsvaerd,デンマーク)を、バイオマス1g当たり酵素力価が6.6FPUとなるように添加して酵素糖化反応を行った。その際、微生物のコンタミネーションを抑制するため、テトラサイクリン(最終濃度40μg/mL)およびシクロヘキシミド(最終濃度30μg/mL)を添加した。上記酵素糖化反応は、PPS−2000 ChemiStation(東京理化器機株式会社)を用いて、120rpm、50℃、72時間の条件で行った。反応後、氷中に入れて急速に冷却させ、酵素糖化反応を終了させた。次いで、21,880×g、10分間遠心分離を行った後、得られた上清を回収して、グルコース濃度を測定した。
【0057】
グルコース濃度は以下のようにして測定した。まず、上記のようにして得られた上清1.5μLと、内部標準物質である0.1%(w/w)リビトール溶液1.5μLとを混合した後、減圧濃縮器(7810010;Labconco,Kansas City,MO,米国)を用いて、室温で2時間乾燥させた。乾燥後のサンプルに20mg/mLのメトキシアミン塩酸塩のピリジン溶液を100μL添加して混合した後、30℃で90分間静置した。静置後のサンプルに50μLのN−メチルl−N−トリメチルシリルトリフルオロアセトアミドを50μL添加し、37℃で30分間静置した。静置後のサンプルのうち10μLを採取し、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC−MS−2010plusシステム、島津製作所)に注入して、下記条件でグルコース濃度(g/L)を測定した。
・カラム:Agilent CP−Sil 8CB−MS(30m×0.25mm)
・キャリアーガス:ヘリウム
・注入温度:230℃
・オーブンの温度:0〜2分までは80℃とし、2分以降は、1分当たり15℃ずつ330℃まで上昇させた。
【0058】
これらの結果を
図3に示す。
図3の縦軸はグルコース濃度(g/L)を、横軸は前処理に用いたブタノールと希硫酸の添加割合およびブタノール濃度(ブタノールと希硫酸の合計に対するブタノールの比率)を示す。
【0059】
図3に示すように希硫酸にブタノールを添加すると、ブタノールを添加しない場合に比べてグルコース濃度が著しく増加した。詳細には、本実施例の前処理条件によれば、ブタノール濃度が6.25%以上になると、ブタノール添加なしの場合に比べて、グルコース濃度が有意に増加し、ブタノール濃度が37.5%で最大のグルコース濃度(約8g/L)が得られた。
【0060】
実施例3
本実施例では、上記実施例1によって得られた固体画分(ブタノール濃度25%を使用したもの)を用い、酵素糖化、およびエタノール発酵を行ったときのエタノール生成量を測定した。
【0061】
具体的には、50mLポリプロピレンチューブおよびサーモブロックローテーターSN−06BNを用いて、上記実施例1で得られた各固体画分を、その最終濃度が100g/Lになるように50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)に添加した。次に、糖化酵素として前記実施例2で用いたセルラーゼを、バイオマス1g当たり酵素力価が1FPU、3FPU、5FPUとなるように添加して酵素糖化反応を行い、固体画分を液化した。上記酵素糖化反応は、35rpm、50℃、2時間の条件で行った。
【0062】
次に、以下の手順でエタノール発酵を行った。エタノール発酵には、β−グルコシダーゼ(BGL)、エンドグルカナーゼ(EG)、およびセロビオハイドロラーゼ(CBH)を発現するSaccharomyces cerevisiae(出芽酵母の一種)を使用した。
【0063】
まず、上記酵母を、5mLの合成デキストロース(SD)培地[6.7g/Lのアミノ酸無添加酵母窒素ベース(Difco Laboratories,Detroit,MI,米国)、および20g/Lのグルコースを含有]上で、30℃、150rpm、12時間、好気的に前培養した。その後、500mLの酵母/ペプトン/デキストロース(YPD)培地(10g/Lの酵素抽出物、20g/Lのポリペプトン、20g/Lのグルコース)へ植菌し、30℃、150rpmの条件で培養した。培養後の酵母を、4℃で10分間、3000×gで遠心分離した後、得られた沈殿を回収し、蒸留水で2回洗浄した。このようにして得られた酵母(50gウェット細胞/L)に酵母抽出物(最終濃度が10g/L),ペプトン(最終濃度が20g/L)を添加して、エタノール発酵を開始した。エタノール発酵は、サーモブロックローテーターSN−06BNを用いて、35rpm、35℃で24〜72時間行った。
【0064】
比較のため、ブタノールを添加しないで前処理して得られた固体画分を用い、上記と同様にしてエタノール生成量を測定した。
【0065】
これらの結果を
図4、
図5に示す。
【0066】
これらのうち
図4は、5FPUのセルラーゼを用い、35℃での培養時間(24時間、48時間、72時間)を変えてエタノール発酵させたときのエタノール濃度(g/L)を示すグラフである。
【0067】
図4に示すように、希硫酸にブタノールを添加した場合、ブタノールを添加しない場合に比べてエタノール濃度が著しく増加した。この傾向は、エタノール発酵の時間が24時間から、48時間、更には72時間と長くなるにつれて顕著に見られ、72時間におけるエタノール濃度は約50%と、実用上、有用なレベルであった。
【0068】
図5は、1FPU、3FPU、5FPUの各セルラーゼを用い、35℃で72時間エタノール発酵させたときのエタノール濃度(g/L)を示すグラフである。
【0069】
図5に示すように、本実施例の前処理方法を用いれば、酵素の力価が5FPUより低く、3FPUであっても約25g/L程度のエタノールが得られ、更には1FPUであっても約15g/L程度のエタノールが得られた。すなわち、本発明の前処理方法を用いれば、酵素力価が上記のように低い場合であっても、所定のエタノール量が得られることが分かった。よって、本発明の方法は、糖化酵素の使用量(負荷量)を低減できる点で、非常に経済的である。
【0070】
実施例4
本実施例では、上記実施例1〜3で用いたブタノール以外のモノアルコールを用いて前処理を行ったときにおける固体画分の重量を比較検討した。
【0071】
具体的には、モノアルコールとして、
図7に示すようにエタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、1−ペンタノール、1−ヘキサノールを用いて、上記実施例1と同様にして固体画分の重量を測定した。本実施例4におけるモノアルコールの濃度は全て、12.5%とした。
【0072】
これらの結果を
図6に示す。
図6の縦軸は固体画分の重量(g)を、横軸は前処理に用いた各種モノアルコールを示す。
【0073】
図6に示すように、モノアルコールの炭素数が多くなる程、固体画分の重量が減少する傾向が見られた。詳細には、本実施例の前処理条件によれば、炭素数4(ブタノール)以上のモノアルコールを用いたとき、モノアルコールを添加しない場合に比べて、固体画分の重量は有意に減少し、炭素数が5のモノアルコールを用いた場合に、固体画分の重量が最も少なくなった。
【0074】
実施例5
本実施例では、上記実施例4によって得られた各固体画分を酵素糖化させたときのグルコース濃度を、前述した実施例2と同様にして測定した。
【0075】
これらの結果を
図7に示す。
図7の縦軸はグルコース濃度(g/L)を、横軸は前処理に用いたモノアルコールの種類を示す。
【0076】
図7に示すように希硫酸に種々のモノアルコールを添加すると、モノアルコールを添加しない場合に比べて酵素糖化後に得られるグルコース濃度が著しく増加した。本実施例の前処理条件によれば、特に炭素数4以上のモノアルコールを用いた場合に、グルコースの著しい増加が見られることが分かった。
【0077】
実施例6
前述した実施例で用いたバイオマス(ソルガム)は、セルロース、ヘミセルロース、リグニン(酸不溶性リグニンと酸可溶性リグニン)を主成分として含む。本実施例では、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、1−ペンタノールの各種モノアルコール(濃度は全て12.5%)を用い、実施例1と同様にして前処理を行ったバイオマス(ソルガム)の成分を、国立再生可能エネルギー研究所(National Renewable Energy Laboratory、NREL)に記載の下記手順に基づいて各成分に分画して組成分析を行い、比較検討した。これらの測定は3回行い、その平均値と標準偏差を調べた。
【0078】
詳細には、セルロースおよびヘミセルロースの各多糖類の含有量は、硫酸を用いた二段階加水分解の後に得られた単糖(セルロースに対応する単糖がグルコースであり、ヘミセルロースに対応する単糖がキシロースである)の含有量に基づいて算出した。まず、300mgのバイオマスに対して3mLの72%硫酸を添加し、30℃で2時間反応させた。反応後、超純水を添加して硫酸濃度が4%になるよう希釈した後、121℃で1時間反応させた。その後、全液量が100mLになるよう超純水でメスアップした。加水分解後、得られた上清を1mLサンプリングし、水酸化カルシウムを用いてpH5.0に中和した後、グルコースおよびキシロースの各濃度を、前述した実施例2で用いたガスクロマトグラフ質量分析計(GC−MS)を用いて測定した。次に、下記式に基づいて、セルロースおよびヘミセルロースの各濃度を算出した。
・セルロース(%)
=グルコース濃度(g/L)×0.1÷300×(180−18)÷180×100
・ヘミセルロース(%)
=キシロース濃度(g/L)×0.1÷300×(150−18)÷150×100
【0079】
また、酸可溶性リグニンの含有量(%)は、加水分解後、得られた上清の吸光度(240nm)を測定することにより算出した。
【0080】
一方、酸不溶性リグニンの含有量は、水分解後の沈殿物を用いて測定した。具体的には、上記沈殿物を岩城硝子製のガラスろ過器(るつぼ型)上に入れ、吸引濾過により固液分離した。得られた沈殿物を水で洗浄し、80℃で1日間乾燥させた。乾燥後の沈殿物の重量を、XS105DU electronic balance(Mettler Toledo,Greifensee,スイス)を用いて測定した。次に、三商製のマッフル炉を用いて、上記沈殿物を575℃で24時間、燃焼した。燃焼後の沈殿物の重量を、XS105DU electronic balanceを用いて測定した。燃焼前後の沈殿物の重量の変化量(差)を算出し、この差分を酸不溶リグニンの含有量(%)とした。
【0081】
比較のため、モノアルコールを添加せずに硫酸のみ用いて、上記実施例1と同様にして前処理した後、上記と同様にして各成分の含有量を測定した。また、参考のため、本実施例に用いたバイオマス(ソルガム)の各成分の含有量も、上記と同様にして測定した。
【0082】
これらの結果を
図8に示す。
図8には、バイオマス中に含まれる、酸可溶性リグニン、酸不溶性リグニン、ヘミセルロース、セルロースの各含有量(%)を示す。
【0083】
図8に示すように、本実施例の前処理条件(モノアルコール濃度12.5%)によれば、炭素数4(ブタノール)以上のモノアルコールを用いたとき、モノアルコールを添加しない硫酸のみの場合に比べて、特に酸不溶性リグニンの含有量が有意に減少し、セルロースの含有量が有意に増加することが分かる。一般にバイオマスからリグニンを除去するためには、例えば40%以上もの多量のアルコールが必要であると考えられていたが、本発明の方法を用いれば、12.5%のモノアルコール濃度であってもリグニンを効率よく分解することができる点で、経済上非常に有用である。