(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6668265
(24)【登録日】2020年2月28日
(45)【発行日】2020年3月18日
(54)【発明の名称】成形性が改善された高強度鋼板を製造する方法ならびに得られる鋼板
(51)【国際特許分類】
C21D 9/46 20060101AFI20200309BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20200309BHJP
C22C 38/12 20060101ALI20200309BHJP
【FI】
C21D9/46 G
C21D9/46 J
C21D9/46 T
C21D9/46 U
C21D9/46 P
C21D9/46 Z
C22C38/00 301T
C22C38/00 301S
C22C38/00 301W
C22C38/00 302A
C22C38/12
【請求項の数】10
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-575887(P2016-575887)
(86)(22)【出願日】2015年7月3日
(65)【公表番号】特表2017-524822(P2017-524822A)
(43)【公表日】2017年8月31日
(86)【国際出願番号】IB2015055031
(87)【国際公開番号】WO2016001887
(87)【国際公開日】20160107
【審査請求日】2018年4月24日
(31)【優先権主張番号】PCT/IB2014/002235
(32)【優先日】2014年7月3日
(33)【優先権主張国】IB
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】515214729
【氏名又は名称】アルセロールミタル
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】特許業務法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】シュイ,ウエイ
(72)【発明者】
【氏名】アルラザロフ,アルテム
【審査官】
伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−025091(JP,A)
【文献】
特開2013−076162(JP,A)
【文献】
特開2010−090475(JP,A)
【文献】
特開2011−184756(JP,A)
【文献】
特表2011−523442(JP,A)
【文献】
韓国公開特許第10−2012−0071583(KR,A)
【文献】
国際公開第2014/020640(WO,A1)
【文献】
中国特許出願公開第101376945(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46− 9/48
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量パーセントで
0.1%≦C≦0.4%
4.5%≦Mn≦5.5%
1%≦Si≦3%
0.2%≦Mo≦0.5%
を含有する化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である、鋼でできた鋼板を製造する方法であって、
− 該鋼でできた圧延鋼板を、鋼のAc3変態点を超える焼鈍温度ATにおいて均熱化することにより焼鈍する工程、
− 少なくとも50%のマルテンサイトおよび少なくとも10%の残留オーステナイトを含有し、フェライトおよびベイナイトの合計が10%未満である最終的な組織を得るために、鋼板を282℃から97℃の間の焼入れ温度QTまで冷却することによって焼入れする工程、
− 鋼板を300℃から500℃の間の過時効温度PTまで加熱し、鋼板を過時効温度において10秒を超える過時効時間Ptの間維持する工程、
− 鋼板を周囲温度まで冷却する工程
を含む、方法。
【請求項2】
鋼の化学組成が
0.15%≦C≦0.25%
1.4%≦Si≦1.8%
0.2%≦Mo≦0.35%
であるような組成であり、焼鈍温度ATが780℃を超え950℃未満であり、焼入れ温度QTが130℃から180℃の間であり、過時効時間Ptが100秒から600秒の間であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
最終的な組織が以下の条件:
− マルテンサイトの含量が少なくとも65%である、
− 残留オーステナイトの含量が少なくとも20%である、
− フェライトおよびベイナイトの合計が5%未満である
のうち1つ以上を満たすように、鋼板が焼入れ温度QTまで冷却されることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
鋼板がさらに被覆されることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
鋼板が合金化を伴うまたは伴わない溶融めっきによって被覆され、被覆が鋼板を周囲温度まで冷却する前に行われることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
化学組成が重量パーセントで
0.1%≦C≦0.4%
4.5%≦Mn≦5.5%
1%≦Si≦3%
0.2%≦Mo≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた鋼板であって、鋼が50%を超えるマルテンサイト、10%を超える残留オーステナイト、10%未満のフェライトおよびベイナイトの合計を含有する組織を有し、光学顕微鏡で観察した場合に中心偏析を含まない、鋼板。
【請求項7】
鋼の化学組成が
0.15%≦C≦0.25%
1.4%≦Si≦1.8%
0.2%≦Mo≦0.35%
であるような組成であることを特徴とする、請求項6に記載の鋼板。
【請求項8】
降伏強度YSが1000MPa以上であり、引張強度が1300MPa以上であり、一様伸びUEが10%以上であり、全伸びが13%以上であり、穴広げ率HERが15%以上であることを特徴とする、請求項6または7に記載の鋼板。
【請求項9】
組織が以下の条件:
− マルテンサイトの含量が少なくとも65%である、
− 残留オーステナイトの含量が少なくとも20%である、
− フェライトおよびベイナイトの合計が5%未満である
のうち1つ以上を満たすことを特徴とする、請求項6から8のいずれか一項に記載の鋼板。
【請求項10】
鋼板の少なくとも1つの面が被覆されていることを特徴とする、請求項6から9のいずれか一項に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形性および強度に優れた高強度鋼板に関し、同高強度鋼板を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品、トレーラー、トラックなどの様々な装置を製造するために、DP(二相)鋼またはTRIP(変態誘起塑性)鋼などの鋼でできた高強度鋼板が使用される。
【0003】
エネルギー消費を削減するために非常に望ましい、装置の重量の削減のために、降伏強度または引張強度などの機械的特性がより良好である鋼を得ることが望ましい。しかしそのような鋼は良好な成形性を有するべきである。
【0004】
この目的のために約0.2%のC、2.5%のMn、1.5%のSiを含有しマルテンサイトおよび残留オーステナイトからなる組織を有する鋼を使用することが提案された。鋼板は、焼鈍、階段焼入れおよび過時効からなる熱処理によって、連続焼鈍ラインで製造される。過時効の目的は、残留オーステナイトの安定性を高めるために、マルテンサイトからの移動により残留オーステナイトの炭素を豊富にすることである。これらの鋼では、Mn含量が必ず3.5未満%で維持される。そのような鋼によって興味深い特性を得ることが可能であるが、より良好な特性を得るためにより良好な安定性を有する残留オーステナイトを得ることが依然として望ましい。しかし良好な成形性を得るために必要な延性は良好に維持するべきであり、特に良好な伸びフランジ性が望ましい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これらの理由によって、連続熱処理ラインにおいて高強度鋼板を容易に製造するための鋼およびプロセスを得ることが依然として必要である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的のために、本発明は、成形性が改善された高強度鋼板を容易に製造する方法であって、この方法によれば鋼の化学組成は重量パーセントで
0.1%≦C≦0.4%
4.2%≦Mn≦8.0%
1%≦Si≦3%
0.2%≦Mo≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物であり、
− 前記鋼でできた圧延鋼板を、鋼のAc
3変態点を超える焼鈍温度ATにおいて均熱化することにより焼鈍する工程、
− 少なくとも50%のマルテンサイトおよび少なくとも10%の残留オーステナイトを含有し、フェライトおよびベイナイトの合計が10%未満である組織を得るために、鋼板を鋼のMs変態点からMf変態点の間の焼入れ温度QTまで冷却することによって焼入れする工程、
− 鋼板を300℃から500℃の間の過時効温度PTまで加熱し、鋼板を前記温度において10秒を超える時間Ptの間維持する工程、
− 鋼板を室温まで冷却する工程
を含む、方法に関する。
【0007】
好ましくは、鋼の化学組成は4.5%≦Mn≦5.5%を含有する。
【0008】
好ましくは、鋼の化学組成は
0.15%≦C≦0.25%
1.4%≦Si≦1.8%
0.2%≦Mo≦0.35%
であるような組成である。
【0009】
好ましくは、鋼の化学組成は
0.15%≦C≦0.25%
4.5%≦Mn≦5.5%
1.4%≦Si≦1.8%
0.2%≦Mo≦0.35%
を含有し、焼鈍温度ATは780℃を超え950℃未満であり、焼入れ温度は130℃から180℃の間であり、過時効時間は100秒から600秒の間である。
【0010】
任意選択的に、鋼板は例えば合金化を伴うまたは伴わない溶融めっきによってさらに被覆することができ、被覆は鋼板を室温まで冷却する前に行われ得る。
【0011】
本発明は、化学組成が重量パーセントで
0.1%≦C≦0.4%
4.2%≦Mn≦8%
1%≦Si≦3%
0.2%≦Mo≦0.5%
を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼でできた高張力鋼板にも関し、鋼は少なくとも50%のマルテンサイト、少なくとも10%の残留オーステナイト、10%未満のフェライトおよびベイナイトの合計を含有する組織を有し、光学顕微鏡で観察した場合に中心偏析がない。
【0012】
特に、鋼の化学組成は4.2%≦Mn≦8.0%であるような組成である。
【0013】
好ましくは、鋼の化学組成は4.5%≦Mn≦5.5%であるような組成である。
【0014】
好ましくは、鋼の化学組成は
0.15%<C≦0.25%
4.5%≦Mn≦5.5%
1.4%≦Si≦1.8%
0.2%≦Mo≦0.35%
を含有する。
【0015】
降伏強度YSは1000MPa以上、引張強度は1300MPa以上、一様伸びUEは10%以上、全伸びは13%以上、およびISO規格16630:2009に従って測定される穴広げ率HERは15%以上とすることが可能である。
【0016】
任意選択的に、鋼板の少なくとも1つの面が、例えば金属溶融めっきにより被覆されている。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に本発明を、限定を取り入れずに詳細に説明し、例によって示す。
【0018】
本発明による鋼の組成は、重量パーセントで以下を含む:
− 十分な強度を得るため、および残留オーステナイトの安定性を改善するための、0.1%≦C≦0.4%、好ましくは0.15%≦Cおよび/またはC≦0.25%であるC。炭素含量が高すぎる場合、溶接性が低下する。
− 4.2%≦Mn≦8.0%。オーステナイトのMnをより富化することによって、およびオーステナイト結晶粒径を減少させることによって、残留オーステナイトの安定性を改善するために、Mn含量は4.2%を超える。オーステナイト結晶粒径の減少は、炭素およびマンガンをマルテンサイトからオーステナイトへ移動させるのに必要な拡散距離を減少させ、したがってこれらの元素が過時効工程の間に拡散するのを速くするという利点がある。さらに、4.2%を超えるマンガン含量はMs変態点、Ac
1変態点およびAc
3変態点を低下させ、それによって熱処理の達成がより容易になる。好ましくはMn含量は4.5%を超える。しかし、延性を過度に低下させないために、マンガン含量は8%未満、好ましくは5.5%未満を維持する必要がある。
− Si≧1%、好ましくはSi≧1.4%、およびSi≦3%、好ましくはSi≦1.8%。ケイ素は、オーステナイトを安定化させる、固溶強化させる、および、マルテンサイトからオーステナイトへ炭素が再分配される間に炭化物の形成を遅らせるのに有用である。しかしケイ素含量が高すぎると、酸化ケイ素が鋼板の表面に形成されることになりこのことは被覆性および延性に対して悪影響を与える。
− 0.2%≦Mo≦0.5%。高いマンガン含量によって生じることがあり伸びフランジ性に対して悪影響を与える中心偏析を減少させるために、Moは0.2%を超えるべきである。0.5%を超えると、モリブデンは延性に対して悪影響を与える可能性がある過剰な炭化物を形成する場合がある。好ましくは、Mo含量は0.35%以下である。
【0019】
残部はFeおよび溶融から生じる不純物である。そのような不純物はN、S、PならびにCr、Ni、BおよびAlなどの残留元素を含む。
【0020】
通常、N含量は0.01%未満、S含量は0.01%未満、P含量は0.02%未満、Cr含量は0.1%未満、Ni含量は0.1%未満、Cu含量は0.2%未満、B含量は0.0005%未満、Al含量は0.001%未満を維持する。しかし、鋼を脱酸素するためにAlを加えてもよいことに注意する必要がある。この場合、その含量は0.04%に達してもよい。さらに、Alは焼鈍の間にオーステナイト結晶粒の成長を制限するのに使用することができるAlNの小さい析出物を形成することが可能である。
【0021】
Ti、V、およびNbなどのマイクロ合金化は本発明による鋼において目的とされない。そのような元素の含量は個々に0.050%までに制限され、好ましくは、Nb、Ti、Vの合計は0.1%に制限される。
【0022】
厚さが2から5mmの間である熱間圧延鋼板はこの鋼を用いて公知の方法で製造することができる。熱間圧延後、鋼板は400℃から600℃の間の温度において300秒から10時間でバッチ焼鈍することができる。厚さが0.5mmから2mmの間である冷間圧延鋼板を得るために、熱間圧延鋼板は酸洗いおよび冷間圧延されてもよい。
【0023】
次いで、鋼板は連続焼鈍ラインで熱処理される。
【0024】
熱処理前に、最適焼入れ温度QTopが決定される。この最適焼入れ温度は、残留オーステナイトの最適含量を得るために焼入れが停止されなければならない温度である。温度QTまで焼入れした後に鋼がQTを超える温度において過時効処理されると仮定し、また過時効によって、マルテンサイトと残留オーステナイトの間の炭素の分配が完全に達成されると仮定することによって、この最適焼入れ温度はAndrewsおよびKoistinen Marburgerの関係式:
Ms=539−423×C−30.4×Mn−12.1×Cr−7.5×Mo−7.5×Si
および
fα’=1−exp{−0.011×(Ms−T)}
を使用して計算でき、fα’は焼入れの間の温度Tにおけるマルテンサイトの割合である。
【0025】
当業者は、この計算の方法を知っている。
【0026】
熱処理の目的は、少なくとも50%、好ましくは少なくとも65%のマルテンサイト、および少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%の残留オーステナイトからなりフェライトまたはベイナイトが可能な限り少ない組織を得ることである。フェライトおよびベイナイトの表面の割合の合計は10%未満、好ましくは5%未満である。
【0027】
当業者にとって、この組織が最終的な組織であること、すなわち完全な処理の後の組織であることが明らかである。焼入れ直後、組織はマルテンサイトおよびオーステナイトのみを含有する。
【0028】
マルテンサイト、フェライトおよびベイナイトの割合は、これらの構成成分の面積率である。残留オーステナイトの割合は、
X線回折により測定される。当業者はこれらの割合を決定する方法を知っている。
【0029】
このために、オーステナイト結晶粒を過度に粗大化させないようにするため、鋼のAc
3変態点を超えるが好ましくは950℃未満である焼鈍温度ATにおいて、鋼板が焼鈍される。
【0030】
次いで、鋼板は、0.1℃/秒を超える冷却スピードにおいて、鋼のMs変態点未満であり好ましくはQT
OP−20℃からQT
OP+20℃の間である焼入れ温度QTまで冷却することにより、焼入れされる。本発明による鋼では硬化性が高いので、これは本発明の重要な特徴である。結果として、3℃/秒などの低い冷却速度での冷却においてもフェライトは形成せず、したがって加速冷却をする必要がない。好ましくは、冷却速度は0.1℃/秒から70℃/秒の間である。
【0031】
焼入れ後、炭化物を形成させずに炭素をマルテンサイトからオーステナイトへ移動させるために、鋼板は300℃から500℃の間の過時効温度まで加熱され、この温度またはこの温度の付近において少なくとも10秒、好ましくは100秒から600秒の間の時間で維持される。
【0032】
組成が0.15%から0.25%のC、4.5%から5.5%のMn、1.4%から1.8%のSiおよび0.2%から0.35%のMoを含む鋼については、焼鈍温度は780℃から950℃の間であってもよく、焼入れ温度は130℃から180℃の間であってもよい。
【0033】
過時効処理後、鋼板は室温まで冷却される。この鋼およびこのプロセスによって、降伏強度YSが1000MPaを超え、引張強度TSが1300MPaを超え、一様伸びUEが10%以上であり、全伸びTEが13%以上であり、光学顕微鏡で観察した場合に中心偏析がない鋼板を得ることが可能である。
【実施例】
【0034】
例(Ex)および比較例(Comp)として、重量%による組成、変態点および最適焼入れ温度QTopが表1に示される鋼が製造された。化学組成については、C、Si、MnおよびMo含量のみが示され、残部はFeおよび不純物である。Ac
1値およびAc
3値が測定された。AndrewsおよびKoistinen Marburgerの関係式を使用してMs値およびMf値が計算された。
【0035】
【表1】
【0036】
厚さが2.4mmである熱間圧延鋼板が製造された。鋼板は600℃において5時間バッチ焼鈍され、次いで取り出され、次いで厚さが1.2mmである冷間圧延鋼板を得るために冷間圧延された。焼入れ温度QTを変化させることによって、冷間圧延鋼板の3つの試料が熱処理された。
【0037】
熱処理条件および熱処理により生じる機械的特性は表2に記載される。
【0038】
【表2】
【0039】
この表2において、ATは焼鈍温度、QTは焼入れ温度、PTは過時効温度、Ptは過時効時間であり、YSは降伏強度、TSは引張強度、UEは一様伸び、TEは全伸び、HERは穴広げ率、αは曲げ加工性試験により測定される折曲げ角、RAは微細組織中の残留オーステナイトの量である。伸びフランジ性の指標である穴広げ率は、規格ISO 16630:2009による方法を使用して測定される。測定方法の間の違いに起因して、ISO規格による比HERの値はJFS T 1001規格(日本鉄鋼連盟規格)による比λの値と非常に異なり同等ではない。折曲げ角は当業者に公知の任意の方法を使用して測定される。
【0040】
本発明による鋼によって、高い降伏強度、高い引張強度、非常に良好な伸びおよび同等のQT温度においてモリブデンを含有しない「比較例」の鋼よりもはるかに良好な穴広げ率を、同時に得ることが可能であることが分かる。
【0041】
例1および2と例3および4との比較は、鋼のAc
3変態点を超える焼鈍温度ATが上昇すると、オーステナイト結晶粒径が増加することを示し、このことは一般により良好な伸び特性をもたらす。
【0042】
例4および5の比較は、焼入れ温度が上昇すると、微細組織中の焼き戻しマルテンサイトが低含量で存在することに起因して、降伏強度が低下するが一方で引張強度が向上することを示している。
【0043】
例6の鋼はMf未満の焼入れ温度において焼入れされ、このことは残留オーステナイトの含量が低すぎる組織をもたらし、したがって不十分な伸び特性を有する。
【0044】
例7および8の焼入れ温度は鋼のMs変態点からMf変態点の間に含まれるが、少なくとも10%の残留オーステナイトを含有する最終的な組織が得られるような温度ではない。特に、例7の焼入れ温度は低すぎるので少なくとも10%の残留オーステナイト含量を確実にすることができない。例8の焼入れ温度は高すぎるので、鋼が焼入れ温度に達すると、マルテンサイトの量が少なすぎるために、鋼板が過時効温度において維持されたときにオーステナイトの十分な安定性を確実にすることができない。したがって、例6、7および8の一様伸びおよび全伸びは不十分である。
【0045】
さらに、顕微鏡による試験は、本発明による鋼において鋼の微細組織が光学顕微鏡で観察された場合に中心偏析がなかったことを示した。成形性が改善される理由は、中心偏析が使用時の特性に対して悪影響を与えるためである。
【0046】
上記の鋼板は被覆されていない。しかし鋼板は任意の手段によって、すなわち溶融めっきによって、電着によって、JVDまたはPVDなどなどの真空被覆によって被覆されてもよいことが明らかである。鋼板が溶融めっきされる場合、被覆は合金化を伴う(合金化亜鉛めっき)または伴わない亜鉛めっきであってもよい。これらの場合、周囲温度への鋼板の冷却の前に行われる溶融めっきおよびひいては合金化に対応する熱処理が考慮されなければならない。当業者は、過時効温度および過時効時間を最適化するために、例えば試験によってそれを行う方法を知っている。この場合、鋼板の少なくとも1つの面が被覆されてもよく、より詳細には金属被覆されてもよい。