特許第6669962号(P6669962)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ セントラル硝子株式会社の特許一覧

特許6669962α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6669962
(24)【登録日】2020年3月3日
(45)【発行日】2020年3月18日
(54)【発明の名称】α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 41/50 20060101AFI20200309BHJP
   C07C 43/317 20060101ALI20200309BHJP
   C07C 45/41 20060101ALI20200309BHJP
   C07C 47/14 20060101ALI20200309BHJP
   B01J 31/24 20060101ALI20200309BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20200309BHJP
【FI】
   C07C41/50
   C07C43/317
   C07C45/41
   C07C47/14
   B01J31/24 Z
   !C07B61/00 300
【請求項の数】5
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-9618(P2016-9618)
(22)【出願日】2016年1月21日
(65)【公開番号】特開2017-128536(P2017-128536A)
(43)【公開日】2017年7月27日
【審査請求日】2018年10月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】稲津 麻美
(72)【発明者】
【氏名】西澤 絵里
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 進也
(72)【発明者】
【氏名】灘野 亮
【審査官】 伊藤 佑一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/115801(WO,A1)
【文献】 Organometallics, 2015, 34, p.4464-4479
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]:
【化1】
[式中、Rはアルキル基または置換アルキル基を表す。]
で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類を、式[2]:
【化2】
[式中、Phはフェニル基を表す。]
で表されるルテニウム錯体および塩基の存在下、水素(H)と反応させ、式[3]:
【化3】
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド、または一般式[4]:
【化4】
[式中、Rは一般式[1]のRと同じ。]
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールを製造する方法において、
ルテニウム錯体の使用量が、前記α,α−ジフルオロ酢酸エステル類1モルに対し、0.000001モル以上、0.00013モル以下であり、
塩基としてアルカリ金属アルコキシドを用い、該アルカリ金属アルコキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1モルに対して0.001モル以上、
水素圧を1.0MPa〜10MPa(絶対圧)とし、
反応をアルコール系溶媒中で行い、
反応温度を−30℃以上、+30℃以下とし、
該反応におけるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類の変換率を80%以上で、
かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類から生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールと、副生するβ,β−ジフルオロエタノールとの選択率が、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタール:β,β−ジフルオロエタノール=90%以上:10%以下となるように反応させることを特徴とする、
α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールの製造方法。
【請求項2】
反応温度を、0℃以上、+25℃以下とする、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
アルカリ金属アルコキシドが、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムエトキシド、リチウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソプロポキシド、リチウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシドまたはカリウムtert−ブトキシドである、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
アルカリ金属アルコキシドが、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシドまたはカリウムエトキシドである、請求項1乃至請求項3の何れかに記載の製造方法。
【請求項5】
α,α−ジフルオロ酢酸エチルを、式[2]:
【化5】
[式中、Phはフェニル基を表す。]
で表されるルテニウム錯体および塩基の存在下、水素(H)と反応させ、式[3]:
【化6】
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド、または一般式[4]:
【化7】
[式中、Rはエチル基を表す。]
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールを製造する方法において、
塩基としてナトリウムエトキシドを用い、該エトキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エチル1モルに対して0.01〜5.0モル、
水素圧を2.0MPa〜6.0MPa(絶対圧)とし、
該反応におけるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類の変換率を90%以上で、
かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エチルから生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールと、
副生するβ,β−ジフルオロエタノールとの選択率を、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタール:β,β−ジフルオロエタノール=93%以上:7%以下となるように反応させることを特徴とする、
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、2,2−ジフルオロアセトアルデヒドの製造方法としては、α、α−ジフルオロ酢酸エステル類を、水素化リチウムアルミニウム等のヒドリド還元剤によって還元する方法が知られている(非特許文献1)。これに対し、本出願人は、α,α−ジフルオロ酢酸エステル類のルテニウム触媒を用いた部分還元によるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドの製造方法について、類似技術の特許出願を行っている(特許文献1)。
【0003】
また、本発明に用いたルテニウム触媒についてはエステル類の還元によるアルコール類までの還元が報告されている(特許文献2、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2014/115801号公報
【特許文献2】国際公開2014/036650号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Organic Chemistry, 1993, 58, p.2302-2312.
【非特許文献2】Angew.Chem.Int.Ed., 2013, 52, p.2538-2542.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の方法は、ヒドリド還元剤を量論的に用いる方法は、該還元剤が高価であり取り扱いに注意が必要であること、過剰還元によるβ,β−ジフルオロエタノールの副生を抑制するには極低温条件(−78℃)を必要とすること、さらに後処理が煩雑で廃棄物が多いことから、工業的な規模での生産には不向きであった。また、特許文献1に記載の方法は、特定のルテニウム触媒を用いた発明であるが、目的物のアルデヒドと、該アルデヒドと逐次的に生成する過剰還元によるβ,β−ジフルオロエタノール類とが、変換率によって大きく左右される傾向があるため、高い反応変換率および過剰還元によるβ,β−ジフルオロエタノールの副生抑制の両方を好適に達成するまでには至っていない。
【0007】
一方、本願発明に用いたルテニウム触媒は、特許文献2や非特許文献2によれば、炭化水素のみからなるエステルをアルコールまで還元する例は報告されている。しかし、還元されたアルデヒドや該アルデヒドのヘミアセタールについては中間体として生成している旨の推測はされてはいるものの、反応液の1H−NMR分析においてそれが存在しているといった確証は得られなかったという記載があり、アルデヒドや該アルデヒドのヘミアセタールが高い選択性で得られるかどうかは不明であった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、α,α−ジフルオロ酢酸エステルの還元において、過剰還元による副生物を抑制しつつ、高い変換率かつ高い選択率で目的物を製造することを可能にし、無駄の少ない工業的製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、式[2]:
【0010】
【化1】
【0011】
[式中、Phはフェニル基を表す。]
で表されるルテニウム錯体(以下、本明細書で「Ru−SNS」と書くことがある。)が、一般式[1]:
【0012】
【化2】
【0013】
[式中、R1はアルキル基または置換アルキル基を表す。]
で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類の還元において、高い変換率のみならず、該エステル類の過剰還元によるβ,β−ジフルオロエタノール(詳細は後述する)の副生を抑制した高い選択率をも可能にし、極めて無駄の少ない工業的製造方法を提供できる非常に有効な水素化触媒または前駆体になる事を見出した。
【0014】
本発明と特許文献1に記載の方法との明確な違いは、反応変換率と選択率の両方を良好な結果で得られる事にある。特許文献1に記載の方法では、α,α−ジフルオロアセトアルデヒド(詳細は後述する)とβ,β−ジフルオロエタノールの選択率が92:8の場合、反応変換率は28%であり、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドとβ,β-ジフルオロエタノールの選択率が66:34の場合、反応変換率は94%であった。α,α−ジフルオロアセトアルデヒドを得る事が出来るが、20〜60%程度の収率であった(比較例1、比較例4)。
【0015】
これに対して、本発明では、特定の反応条件(特に触媒、塩基、反応温度および水素圧力等)を採用することにより、変換率が80%以上であって、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドと副生するβ,β−ジフルオロエタノールの選択率がそれぞれ90%以上、10%以下(条件により変換率が100%で、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの選択率が100%となる)という、極めて良好な条件で目的物であるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドを製造出来る知見を得、本発明を完成した。
【0016】
本発明の製造方法は、工業的な実施が困難なヒドリド還元方法の代替になり得るものであり、また、本発明の水素化反応は、基質/触媒比が高く、また、反応後は主として蒸留操作により簡便に目的生成物を得ることができる。
さらに、反応の変換率と選択率が共に高いため、出発原料の回収や副生するβ,β−ジフルオロエタノールの分離といった精製の負荷を軽減することも可能である。
従来技術の課題を解決できるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドの工業的な製造方法を提供することができる点で、本発明の優位性は非常に高いものである。
【0017】
すなわち本発明は[発明1]〜[発明5]を含む、α,α−ジフルオロアセトアルデヒド類の製造方法を提供する。
[発明1]
式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類を、式[2]で表されるルテニウム錯体および塩基の存在下、水素(H2)と反応させ、式[3]:
【0018】
【化3】
【0019】
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド、または一般式[4]:
【0020】
【化4】
【0021】
[式中、R2は一般式[1]のR1と同じ。]
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールを製造する方法において、
塩基としてアルカリ金属アルコキシドを用い、該アルカリ金属アルコキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1モルに対して0.001モル以上、
水素圧を1.0MPa〜10MPa(絶対圧)とし、
該反応におけるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類の変換率を80%以上で、
かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類から生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールと、
副生するβ,β−ジフルオロエタノールとの選択率が、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタール:β,β−ジフルオロエタノール=90%以上:10%以下となるように反応させることを特徴とする、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールの製造方法。
[発明2]
アルカリ金属アルコキシドが、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムエトキシド、リチウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソプロポキシド、リチウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシドまたはカリウムtert−ブトキシドである、発明1に記載の製造方法。
[発明3]
アルカリ金属アルコキシドが、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシドまたはカリウムエトキシドである、発明1または2に記載の製造方法。
【0022】
[発明4]
α,α−ジフルオロ酢酸エチルを、式[2]で表されるルテニウム錯体および塩基の存在下、水素(H2)と反応させ、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールを製造する方法において、
塩基としてナトリウムエトキシドを用い、該エトキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エチル1モルに対して0.01〜5.0モル、
水素圧を2.0MPa〜6.0MPa(絶対圧)とし、
該反応におけるα,α−ジフルオロ酢酸エチルの変換率を90%以上で、
かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エチルから生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールと、
副生するβ,β−ジフルオロエタノールとの選択率を、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタール:β,β−ジフルオロエタノール=93%以上:7%以下となるように反応させることを特徴とする、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールの製造方法。
[発明5]
反応を、アルコール類の溶媒を用い、かつ、反応温度を30℃以下で行うことを特徴とする、発明1乃至4の何れかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、従来技術と比べて入手が容易な原料を用い、高い変換率で、かつ、高い選択率で効率良くα,α−ジフルオロアルデヒド類を製造できるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について説明する。本発明は以下の実施の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対し適宜変更、改良が加えられたものも本発明の範囲に含まれるものとして扱う。
【0025】
本発明は、式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類を、式[2]で表されるルテニウム錯体および塩基の存在下、水素(H2)と反応させ、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたは一般式[4]で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールを製造する方法において、前述した反応条件にて製造する発明である(なお、本明細書において、生成物であるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールを、単に「α,α−ジフルオロアセトアルデヒド類」と言うときがある)。
【0026】
一般式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類のR1は、置換もしくは非置換のアルキル基を表す。非置換のアルキル基は、炭素数1〜18の、直鎖状もしくは分枝状または環式(炭素数3以上の場合)のものである。これらのうち、直鎖状または分岐状のアルキル基としては、炭素数1〜10のアルキル基が好ましく、環状のアルキル基としては、炭素数3〜12が好ましい。具体的には、非置換アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、i−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロへキシル基、シクロヘプチル基、ノルボルニル基、アダマンチル基などが挙げられる。
【0027】
置換アルキル基は、前記非置換のアルキル基の任意の炭素原子上に、任意の数および任意の組み合わせで、置換基を有するアルキル基を示す。係る置換基は、フッ素、塩素および臭素等のハロゲン原子、メチル基、エチル基およびプロピル基等の低級アルキル基、フルオロメチル基、クロロメチル基およびブロモメチル基等の低級ハロアルキル基、メトキシ基、エトキシ基およびプロポキシ基等の低級アルコキシ基、フルオロメトキシ基、クロロメトキシ基およびブロモメトキシ基等の低級ハロアルコキシ基、シアノ基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基およびプロポキシカルボニル基等の低級アルコキシカルボニル基、カルボキシル基、カルボキシル基の保護体、アミノ基、アミノ基の保護体、ヒドロキシル基、ならびにヒドロキシル基の保護体等である。置換基の種類に依っては置換基自体が副反応に関与する場合もあるが、好適な反応条件を採用することにより最小限に抑えることができる。
【0028】
なお、本明細書において、"低級"とは、炭素数1〜6の、直鎖状もしくは分枝状の鎖式または環式(炭素数3以上の場合)であるものを意味する。さらに、カルボキシル基、アミノ基およびヒドロキシル基の保護基は、Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.等に記載された保護基であるが、具体的には、アルキル基、メチル基が好ましい。
【0029】
一般式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類のうち、α,α−ジフルオロ酢酸メチルまたはα,α−ジフルオロ酢酸エチルが好ましく、大量規模での入手が容易である。
【0030】
本発明で用いるルテニウム錯体は、例えば、特許文献2等に記載された方法で調製することができ、また、商業的に市販されているものを利用することもできる。
【0031】
式[2]で表されるルテニウム錯体の使用量は、一般式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1molに対して0.000001mol以上を用いれば良く、0.00001〜0.005molが好ましく、0.00003〜0.002molが特に好ましい。
【0032】
塩基は、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムエトキシド、リチウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソプロポキシド、リチウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシドおよびカリウムtert−ブトキシド等のアルカリ金属のアルコキシドを用いる。その中でもリチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムエトキシド、リチウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソプロポキシドが好ましく、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシドおよびカリウムエトキシドが特に好ましい。
【0033】
塩基の使用量は、一般式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1molに対して0.001mol以上を用いれば良く、0.005〜10molが好ましく、0.01〜5molが特に好ましい。
【0034】
真の触媒活性種は、一般式[2]で表されるルテニウム錯体から必要に応じて塩基の存在下に誘導されるものと考えられている。よって、触媒活性種を予め調製してから(単離したものも含む)水素化に供する場合も、特許請求の範囲に含まれるものとして扱う。
【0035】
水素(H2)の使用量は、一般式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1molに対して1mol以上を用いれば良く、大過剰が好ましく、下記に示す通り、加圧条件下、大過剰で用いるのが特に好ましい。
【0036】
水素圧は、通常、1.0〜10MPa(絶対圧基準。以下、本明細書で同じ)で行えば良く、2.0〜6.0MPaが好ましく、2.0〜5.0MPaが特に好ましい。
【0037】
本発明の製造方法において溶媒を用いることができる。溶媒は特に限定はされないが、例えば、脂肪族炭化水素類(例えば、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン等)、芳香族炭化水素類(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等)、ニトリル類(例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、フェニルアセトニトリル、イソブチロニトリル、ベンゾニトリル等)、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン類、酸アミド類(例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、メチルホルムアミド、ホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミド、N−メチルピロリドン等)、低級エーテル類(例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシエタン、1,4−ジオキサン、1,2−エポキシエタン、1、4−ジオキサン、ジブチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、置換テトラヒドロフラン等)、アルコール類(メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、tert−ブタノール、n−ペンタノール、n−ヘキサノールおよびシクロヘキサノール等)が用いられる。中でも、エーテル類およびアルコール類が好ましく、アルコール類が特に好ましい。これらの反応溶媒は、単独でまたは組み合わせて用いることができる。目的物であるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類の製造において、分別蒸留での分離が容易なメタノール、エタノールおよびn−プロパノールが極めて好ましい。
【0038】
反応溶媒の使用量は、一般式[1]で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1molに対して0.03L(リットル)以上を用いれば良く、0.05〜10Lが好ましく、0.07〜7Lが特に好ましい。
【0039】
反応温度は、アルコール類の溶媒を用いる場合、+30℃以下で行えば良く、+25〜−30℃が好ましく、+25〜−10℃が特に好ましく、+25〜0℃が極めて好ましい。
脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ハロゲン類またはエーテル類の溶媒を用いる場合、+50℃以下で行えば良く、+45〜−30℃が好ましく、+40〜−20℃が特に好ましく、+35〜−10℃が極めて好ましい。
本発明の有用性を最大限に発揮させるには、アルコール類の溶媒を用いて、反応温度を25℃以下で行うことが特に好ましい。
【0040】
また、本発明において、溶媒や塩基由来の水分は、原料であるα,α−ジフルオロ酢酸エステル類の加水分解に影響を及ぼすため、少ない方が好ましい。触媒、溶媒、塩基、原料を混合した反応系中の水分は10〜0.001質量%の範囲で行えば良く、好ましくは5〜0.001質量%、より好ましくは0.5〜0.001質量%である。
【0041】
式[3]で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドは、強力な電子求引基が直結したアルデヒドであるため、実際、該アルデヒドのヘミアセタール体として得られる場合が多い(当然、場合によってはアルデヒドの形で得ることもできる)。例えば、本発明では、ここで言う「ヘミアセタール体」として、一般式[4]で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールが、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの等価体として得られる。
【0042】
ヘミアセタール体を構成するアルコールは、塩基として用いたアルカリ金属のアルコキシドや反応溶媒として用いたアルコール、および原料基質のエステル部位等に由来する。
【0043】
本発明は、式[2]で表されるルテニウム錯体および塩基の存在下、水素(H2)と反応させ、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドまたは一般式[4]で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールを製造する際、特定の反応条件、すなわち、塩基としてアルカリ金属アルコキシドを用い、該アルカリ金属アルコキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1モルに対して0.001モル以上、水素圧を1.0MPa〜10MPaで反応させることで、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類の変換率が80%以上で、かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類から生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類と、
副生するβ,β−ジフルオロエタノールとの選択率がそれぞれ90%以上、10%以下といった、良好な条件で目的物であるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類を製造できる(但し、α,α−ジフルオロアセトアルデヒド類とβ,β−ジフルオロエタノール、両方の和を100とする)。
【0044】
また、好ましい態様として、アルカリ金属アルコキシドとしてナトリウムエトキシドまたはカリウムエトキシドを用い、該アルコキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1モルに対し0.005〜10モル、水素圧を2.0MPa〜6.0MPaで反応させることで、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類の変換率が90%以上で、かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類から生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類と、
副生するβ,β−ジフルオロエタノールの選択率が93%以上、7%以下の条件でα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類を製造できる。
【0045】
更に、より好ましい態様として、アルカリ金属アルコキシドとしてナトリウムエトキシドまたはカリウムエトキシドを用い、該アルコキシドの使用量をα,α−ジフルオロ酢酸エステル類1モルに対し0.01〜5モル、水素圧を2.0MPa〜5.0MPaの条件で反応させることで、α,α−ジフルオロ酢酸エステル類の変換率が93%以上で、かつ、
α,α−ジフルオロ酢酸エステル類から生成するα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類と副生するβ,β−ジフルオロエタノールの選択率がそれぞれ95%以上、5%以下といった、極めて良好な条件で目的物であるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類を製造できる(後述の実施例1〜5、実施例7〜9、実施例11〜14)。
【0046】
なお、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況により変換率並びに選択率を算出でき、原料基質の減少が殆ど確認できなくなった時点を終点とするのが好ましい。
【0047】
反応時間については、概ね72時間以内で行えば良いが、原料基質および反応条件により反応時間が異なるため、前記したように各種分析手段により反応の進行状況を追跡し、原料基質の減少が殆ど認められなくなった時点までの時間まで反応を行うのが良い。
なお、本発明は、前述した条件を採用することにより、変換率が80%以上であって、α,α-ジフルオロアセトアルデヒド類と副生するβ,β−ジフルオロエタノールの選択率がそれぞれ90%以上、10%以下といった条件で目的物を製造することができるが、目的物であるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類を高い純度で得ることができれば、高純度化するための精製工程、例えば高い理論段数の分別蒸留を必要としない。例えば、後述の実施例で開示している選択率を達成することは、同時に後述する精製工程の手間を軽減できる為、工業的な製造としても本発明の優位性は非常に高い。
【0048】
本発明で用いる反応容器は、耐熱性とフッ化水素、塩化水素等に対する耐食性を有する材質で作られれば良く、ステンレス鋼、ハステロイ、モネル、白金などが好ましい。また、これらの金属でライニングされた材料で作ることもできる。
【0049】
本発明における後処理は、有機合成における一般的な操作を採用することにより、α,α−ジルオロアセトアルデヒド類を得ることができる。反応後の後処理について、α,α−ジフルオロアセトアルデヒド類は必要に応じて活性炭処理、分別蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等により高い純度に精製することができる。目的物の沸点が低い場合は、反応終了液を直接、回収蒸留する操作が簡便である。塩基の存在下での反応においては、上記の回収蒸留を行うと比較的酸性度の高い目的物(自己重合体、水和体またはヘミアセタール体等)は用いた塩基との塩または錯体等を形成して釜残に残留する傾向がある。この様な場合には、反応終了液を予めギ酸、酢酸、クエン酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸等の有機酸または塩化水素、臭化水素、硝酸、硫酸等の無機酸で中和してから回収蒸留(ジイソプロピルエーテル等の有機溶媒による釜残の回収洗浄も含まれる)することにより目的物を収率良く得ることができる。
【0050】
なお、α,α−ジフルオロアセトアルデヒド類のうち、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタールはα,α−ジフルオロアセトアルデヒドのヘミアセタール体として、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの等価体と言えるが、当然、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドのヘミアセタール以外にも該アルデヒドの自己重合体、水和体、およびこれらの構造が組み合わされた化合物等で得られる場合がある。
前記後処理過程にて、一般式[3]で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドの、該アルデヒドの安定等価体として、特に一般式[5]:
【0051】
【化5】
【0052】
[式中、R2は一般式[3]のR2と同じ。]
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドアルキルヘミアセタール体由来の二量体が得られる場合、それをメタノールまたはエタノールと接触させることにより、α,α−ジフルオロアセトアルデヒドのヘミアセタール体に収束させる精製操作も可能である。
【実施例】
【0053】
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。略記号/Ph;フェニル基、Et;エチル基。
[実施例1〜14]および[比較例1〜8]
実施例1〜14および比較例1〜8の一般的製造方法を以下に示す。
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式:
【0054】
【化6】
【0055】
で表されるα,α−ジフルオロ酢酸エチルの所定の量(1eq)、下記式:
【0056】
【化7】
【0057】
で表されるルテニウム錯体(純度97%、シグマ−アルドリッチ(株)製)、
または下記式:
【0058】
【化8】
【0059】
で表されるルテニウム錯体(Ru−MACHOTM:純度>90%、高砂香料工業株式会社製)の所定の量、塩基の所定の量、及び反応溶媒の所定の量を加え、反応容器内を水素ガスで3回置換し、水素圧を所定の圧力に設定し、所定の反応温度および所定の反応時間で攪拌を行った。反応終了液の19F−NMR分析より、変換率と、下記式:
【0060】
【化9】
【0061】
で表されるα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタール(α,α−ジフルオロアセトアルデヒドの安定等価体)と、過剰に還元された下記式:
【0062】
【化10】
【0063】
で表されるβ,β−ジフルオロエタノールの選択率を算出した。得られたα,α−ジフルオロアセトアルデヒドエチルヘミアセタールは、1Hと19F−NMR分析およびガスクロマトグラフィー分析において標品と一致した。
[比較例9]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式:
【0064】
【化11】
【0065】
で表される3,3,3−トリフルオロプロピオン酸エチル50g(320mmol,1eq)、下記式:
【0066】
【化12】
【0067】
で表されるルテニウム錯体0.027g(純度97%、0.043mmol、0.0001eq、アルドリッチ製)、ナトリウムエトキシド5.4g(80mmol,0.25eq)とエタノール64mL(5.0mol/L)を加え、反応容器内を水素ガスで3回置換し、水素圧を3.0MPaに設定した後に30℃で6時間攪拌した。反応終了液の19F−NMR分析より、原料である3,3,3−トリフルオロプロピオン酸エチルのみを確認した。
以上、実施例1〜14及び比較例1〜8について、表として以下にまとめる。
【0068】
【化13】
【0069】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の製造方法により得られるα,α−ジフルオロアセトアルデヒド類は、医農薬中間体として利用できる。