【実施例】
【0022】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例になんら制約されるものではない。
【0023】
実施例1
A.材料と方法
(1)加熱死菌体の調製
ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株、ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT12272、ビフィドバクテリウム・アドレセンティスYIT4011
T、ビフィドバクテリウム・ビフィダムYIT10347およびビフィドバクテリウム・ロンガムYIT4021
Tの各菌株を一晩培養し、遠心分離で菌体を回収後、滅菌水を用いて2回洗浄した。洗浄後の菌体を滅菌水中に懸濁し、沸騰水浴中で30分間加熱することにより加熱死菌体を調製した。加熱死菌体を含む懸濁液の一部をDAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole)で染色し、蛍光顕微鏡を用いて細菌数を測定した。加熱死菌体は凍結乾燥し、5
10cells/mLの濃度となるようにPBSに懸濁後、小分けにして−80℃で保管した。
【0024】
(2)細胞培養および経上皮膜間電気抵抗(TEER)試験
ヒト結腸癌由来上皮細胞株(Caco−2)は、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)に10%(v/v)ウシ胎児血清(FBS)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン、1%非必須アミノ酸、25mM Hepes、1mM ピルビン酸ナトリウム、2mM L−グルタミンを添加した培地にて、37℃、5%(v/v)CO
2、多湿下で培養した。経上皮膜間電気抵抗(TEER)試験は、Biocoat HTS Caco−2アッセイシステム(Beckton Dickinson社)のプロトコルを一部改変して行った。初日にCaco−2細胞を線維性コラーゲン皮膜処置済みカルチャーインサート(孔1μm、表面積0.3cm
2)に10
5または2×10
5/インサートの細胞密度で、上述の培地に懸濁した細胞を播種した。3日目に頂端側(腸上皮細胞の管腔側に相当)および基底側(腸上皮細胞の粘膜固有層側に相当)の培地を、Mito+Serum Extenderを添加したEntero−Stim分化培地に交換した。4日目に同培地を新鮮な培地に交換し、各種ビフィズス菌の加熱死菌体と共に前培養を開始した。前培養12時間後(5日目)にTEER値を測定することで分化が正常に完了したことを確認し、実験を開始した。
【0025】
(3)小胞体ストレスの誘導
1mg/mLツニカマイシン(Sigma社)ストック溶液は25mM 水酸化ナトリウムを用いて調製した。ツニカマイシンを10μg/mLの濃度でCaco−2単層に添加することにより小胞体ストレスを誘導し、Caco−2単層のTEER値を12時間毎に48時間測定した。なお、対照ウェルには溶媒を等量添加した。
【0026】
(4)イムノブロッティング
Caco−2単層をLaemmli bufferで溶解し、15分間煮沸した。SDSポリアクリルアミドゲル(Biorad社)にサンプルを等量ずつ供し、変性電気泳動法によりタンパクを分離した。分離されたタンパクをウェット式電気泳動法によりPVDF(Millipore社)に転写した後、0.1%(v/v)Tween−20入りTBS溶液に5%(w/v)ウシ血清アルブミンを添加した溶液中でブロッキング処理を行った。試験に用いた一次抗体と濃度は以下の通り:抗CHOP抗体(1:1000、Cell Signaling社)、抗GRP78抗体(1:1000、Cell Signaling社)、抗XBP1s抗体(1:1000、BioLegend社)、抗β−actin抗体(1:1000、Santa Cruz社)。ブロッキング処理したPVDFを各一次抗体と4℃で一晩インキュベートし、洗浄した後、マウス、ウサギまたはヤギ由来のHRP結合二次抗体(Abcam社)とインキュベートした。タンパクのバンドはECL(Enhanced chemiluminescent:Pierce社)およびChemiDoc MPシステム(Biorad社)で検出した。
【0027】
(5)各mRNAを標的とした定量的PCR
Caco-2単層をTRIzol(Life technologies社)で溶解後、RNeasy kit(Qiagen社)に供することでRNAを抽出した。得られたRNAの濃度をNanodrop(Thermo Scientific社)で測定し、gDNA(Genomic DNA)のコンタミネーションが無いことをβ-actinに対するPCRを実施することで確認した。1μgのRNAを鋳型とし、iScript cDNA synthesis kit(BioRad社)を用いてcDNAを合成した。得られたcDNAをnuclease free H
2Oを用いて5ng/μLに調製し、2μL(10ng)を384穴プレートを用いたTaqMan gene expression assay(Applied Biosystems 社)に供してRT-qPCRを実施した。各mRNAの発現レベルは、ΔΔCt 法により、レファレンス遺伝子であるTbpに対する相対的な発現量を求めることで比較した。解析に用いたプローブは以下の通り:Tbp; Hs00427620_mL、GRP78; Hs00607129_gH、CHOP; Hs00358796_gL、ERdj4; Hs01052402_mL。
【0028】
B.結果
(1)ビフィドバクテリウム属細菌の小胞体ストレスに対する効果
i)小胞体ストレス誘導がCaco−2単層の膜透過性に及ぼす影響についての検証
Caco−2単層の膜透過性が小胞体ストレスにより亢進するか否かを検証した。小胞体ストレス誘導物質であるツニカマイシンを10μg/mLの濃度でCaco−2単層の頂端側に添加した結果、TEER値が漸次低下し、48時間インキュベート後には初期値の32%に至った(
図1)。本結果は、頂端側への10μg/mLのツニカマイシン添加により、Caco−2単層の膜透過性が亢進したことを示している。小胞体ストレスの誘導が、実際の腸管上皮の透過性に影響を及ぼす可能性が示唆された。
【0029】
ツニカマイシンの刺激によるCaco−2単層の膜透過性の亢進が、小胞体ストレスマーカーの変動と伴っているかを検証するため、Grp78(小胞体ストレスマーカーの一種)の発現をウェスタンブロッティングで評価した。Caco−2単層を10μg/mLのツニカマイシンで頂端側から種々の時間刺激した後、総細胞の溶解液を調製した。この溶解液を、βActinの発現をローディング・コントロール(ウェスタンブロッティングにおける陽性対照)としてウェスタンブロッティングで分析した結果、ツニカマイシン刺激の開始から24時間後および48時間後にGrp78タンパクの発現量は顕著に増大した(
図2)。なお、
図1に示した通り、これらの刺激時間では、Caco−2単層の透過性の亢進が認められている。
【0030】
以上の結果は、Caco−2単層を10μg/mLツニカマイシンで刺激したときの膜透過性の亢進が小胞体ストレスの誘導と関連していることを示している。
【0031】
ii)小胞体ストレス誘導によって引き起こされるCaco−2単層の膜透過性の亢進にビフィドバクテリウム属細菌が与える効果の検証
i)では、小胞体ストレスを誘導するとCaco−2単層の膜透過性が亢進することを明らかにした。続いて、Caco−2単層をビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株と前培養することにより、この過程がどのような影響を受けるか検証した。加熱死菌体の添加量を種々の濃度で検討し、10
9/mLを至適試験菌数と決定した。Caco−2単層に同濃度(10
9/mL)のビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株の加熱死菌体を添加し12時間前培養した後、ツニカマイシンを10μg/mLの濃度でCaco−2単層の頂端側に添加し、小胞体ストレスの誘導を開始した。菌体と前培養していない対照のCaco−2単層では、ツニカマイシン添加48時間後にTEER値が初期値の27%にまで低下した。一方、ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株と前培養したCaco−2単層ではツニカマイシン添加48時間後においてもTEER値が初期値の46%に留まった(
図3)。以上より、ツニカマイシンを48時間作用させて誘導した小胞体ストレスによるCaco−2単層の膜透過性の亢進が、ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株加熱死菌体との12時間の前培養により有意に抑制されることが明らかとなった。データは示さないが、Caco−2単層をビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株と前培養後にツニカマイシンの溶解に用いた溶媒のみを添加してもTEER値に変化は認められなかった。本結果は、ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株が平常時のCaco−2単層の膜透過性に影響を与えないことを示している。
【0032】
iii)ツニカマイシンで誘導したCaco−2単層の膜透過性の亢進に対するビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株の抑制効果メカニズムの検証
ツニカマイシン刺激によるCaco−2単層の膜透過性の亢進に対するビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株の抑制効果のメカニズムを評価するため、本菌が単層頂端側においてツニカマイシンの取り込みを阻害している可能性を検討した。ツニカマイシンをCaco−2単層の基底側に添加し、頂端側の菌体がツニカマイシンの取り込みに与え得る影響を排除してTEER試験を行った。10
9/mLのビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株とCaco−2単層を前培養した場合には、基底側からのツニカマイシンの刺激により誘導された膜透過性の亢進を抑制する傾向(ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株処置および対照でのツニカマイシン刺激48時間後の各TEER値は初期値の69%および55%)が認められた(
図4)。ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株が空間的に小胞体ストレス誘導物質から離れていてもツニカマイシン刺激による膜透過性の亢進を抑制したことから、本菌の効果が菌体による化学物質の取り込みの阻害によるものではないことが示唆された。
【0033】
(2)ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT10001株以外のビフィドバクテリウム属細菌の小胞体ストレスに対する作用
前記のii)と同様にして、ビフィドバクテリウム・ブレーベYIT12272株、ビフィドバクテリウム・アドレセンティスYIT4011株、ビフィドバクテリウム・ビフィダムYIT10347株及びビフィドバクテリウム・ロンガムYIT4021株の小胞体ストレスによる膜透過性の亢進に対する抑制作用を検討した。
その結果、
図5に示すように、ビフィドバクテリウム属細菌が優れた小胞体ストレス抑制作用を示すことが判明した。
【0034】
また、ビフィドバクテリウム属細菌が小胞体ストレスマーカーの発現を抑制するか否かを検証するため、CHOPタンパク(小胞体ストレスマーカーの一種)の発現をウェスタンブロットで解析した。その結果、10
9/mLのビフィドバクテリウム・アドレセンティスYIT4011株及びビフィドバクテリウム・ビフィダムYIT10347株と12時間前培養したCaco−2単層内では、ツニカマイシン刺激開始から6時間後および12時間後のCHOPタンパクの発現が抑制されることが明らかとなった(
図6)。
さらに、データは示さなかったが、本発明の菌株が、他の小胞体ストレスマーカー(GRP78、XBP1s)の発現を抑制することを確認した。
【0035】
(3)種々の小胞体ストレスマーカーの発現に対する作用
データは示さなかったが、各mRNAを標的とした定量的PCRの結果においても、本発明の菌株が、種々の小胞体ストレスマーカー(CHOP、GRP78、ERdj4)の発現を抑制することを確認した。
【0036】
実施例2(UGGT発現促進作用)
(1)Caco−2単層をTRIzol(Life technologies社)で溶解後、RNeasy kit(Qiagen社)に供することでRNAを抽出した。得られたRNAの濃度をNanodrop(Thermo Scientific社)で測定し、gDNA(Genomic DNA)のコンタミネーションが無いことをβ−actinに対するPCRを実施することで確認した。1μgのRNAを鋳型とし、iScript cDNA synthesis kit(BioRad社)を用いてcDNAを合成した。得られたcDNAをnuclease free H
2Oを用いて5ng/μlに調製し、2μl(10ng)を384穴プレートを用いたTaqMan gene expression assay(Applied Biosystems社)に供してRT−qPCRを実施した。各mRNAの発現レベルは、ΔΔCt法により、レファレンス遺伝子であるTbpに対する相対的な発現量を求めることで比較した。解析に用いたプローブは以下の通り:Tbp; Hs00427620_m1、UGGT; Hs00917255_m1。
【0037】
(2)糖タンパク質の折り畳みは、小胞体内の「Calnexin/Calreticulin(CNX/CRT)サイクル」と呼ばれる経路上で行われることが知られている。小胞体内に糖タンパク質の基となるペプチド鎖が合成されると、第一に、N−x−S/Tというアミノ酸配列のアスパラギン(N)に、グルコース残基を末端に持つマンノース糖鎖(Glc1Man5−9GlcNAc2)が付加される。続いて、本オリゴ糖が付加されたペプチド鎖は、CalnexinやCalreticulinをはじめとする分子シャペロンによる認識を受け、折り畳みが開始される。折り畳みがある程度完了すると、オリゴ糖末端のグルコースはGlucosidase IIと呼ばれる酵素により除去され、タンパク質は分子シャペロンから解離する。この段階で(i)糖タンパクの折り畳みが正常に完了していた場合、タンパク質は小胞体外へと排出され、場合によってはゴルジ体にて更なる修飾を受けた後、細胞外や細胞膜上へと輸送される。一方、折り畳みが不完全だった場合、糖タンパク質は(ii)不良タンパク分解因子の補助を受けながら分解機構へと輸送されるか、(iii)UGGT(UDP−glucose:glycoprotein glucosyltransferase)と呼ばれる酵素によりオリゴ糖鎖の末端に再びグルコース残基が付加されることで、再度タンパク質の折り畳みサイクルへと還元される。このように、Glucosidase IIおよびUGGTにより駆動されるサイクルが、CNX/CRTサイクルである。
【0038】
実施例1と同条件でビフィズス菌の加熱死菌体と12時間前培養したCaco−2単層内におけるUGGTのmRNA発現を解析した結果、B.breve YIT 12272、B.adolescentis YIT 4011、B.bifidum YIT 10347がUGGTのmRNA発現を亢進させることが明らかとなった(
図7)。本結果は、ビフィズス菌の加熱死菌体と共培養したCaco−2単層内では、UGGTの発現が誘導されることで、折り畳み不全のタンパクを折り畳み機構へと還元させる経路が増強されていることを示唆している。ビフィズス菌は、本効果を一因としてCaco−2単層の小胞体ストレスに対する耐性を向上させ、単層内での同ストレスを抑制したことが推察された。