(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい例を説明するが、本発明はこれら例に限定されることはない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。以下、本発明についてより詳細に説明する。
【0012】
≪植物抵抗性誘導制御剤≫
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、下記一般式(1)で表される化合物又はその塩を有効成分として含有する。
【0014】
[式(1)中、
R
1は炭素数1〜4の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を表し、
R
2、R
3、R
4、R
5及びR
6はそれぞれ独立して、水素原子又は炭素数1〜4の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を表し、
Xはハロゲン原子を表す。
nはR
1の数を表し、0〜3のいずれかの整数であり、nが2以上である場合、R
1同士は互いに同一でも異なっていてもよい。
mはハロゲン原子の数を表し、0〜5のいずれかの整数であり、mが2以上である場合、X同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【0015】
nは1〜3のいずれかの整数であることが好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることがさらに好ましい。
mは1〜5のいずれかの整数であることが好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることがさらに好ましい。
【0016】
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5又はR
6の炭素数1〜4の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基を例示できる。
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5又はR
6のアルキル基は、炭素数が1〜3であることが好ましく、1〜2であることがより好ましく、1がさらに好ましく、すなわち炭素数1のメチル基がさらに好ましい。
【0017】
Xの前記ハロゲン原子は、F、Cl、Br及びI等の周期表において第17族に属する元素であり、なかでもCl、Br又はIであることが好ましい。
【0018】
一般式(1)で表される化合物において、R
2、R
3、R
4、R
5及びR
6が水素原子である場合、下記一般式(1−1)で表される化合物が挙げられる。
【0020】
[式中、R
1、n、X及びmは、前記一般式(1)におけるものと同じである。]
【0021】
mが1又は2である場合、一般式(1−1)で表される化合物は、下記一般式(1−1−1)〜(1−1−3)で表される化合物を包含する。
【0023】
[式中、R
1及びnは、前記一般式(1)におけるものと同じであり、X
1及びX
2は前記一般式(1)におけるXと同じである。式(1−1−1)において、X
1とX
2同士は互いに同一でも異なっていてもよい。]
【0024】
前記式(1−1)において、
mが1又は2であり、nが1又は2である化合物、mが1であり、nが1である化合物、mが1又は2であり、nが0ある化合物、mが1であり、nが0である化合物、
mが0であり、nが1又は2である化合物、mが0であり、nが1である化合物、mが0であり、nが0である化合物、を例示できる。
【0025】
前記式(1−1−1)〜(1−1−3)において、
nが1又は2である場合、nが1である場合、nが0である組み合わせ、を例示できる。
【0026】
nが1である場合、前記一般式(1−1−2)で表される化合物は、下記一般式(1−1−2a)で表される化合物を包含する。
【0028】
[式中、R
1及びX
1は、前記一般式(1−1−2)におけるものと同じである。]
【0029】
前記一般式(1)で表される化合物又はその塩のより具体的な例として、前記式(1−1−2a)において、R
1がメチル基であり、X
1がClである場合、下記式(1−1−2aa)で表される化合物(N’−(3−クロロベンゾイル)−2−[(4−メチル−2−チエニル)カルボニルアミノ]アセトヒドラジド)又はその塩を挙げることができる。なお、前記一般式(1)で表される化合物は以下の例に限定されない。
【0031】
前記一般式(1)で表される化合物には、置換基の種類によって、互変異性体や幾何異性体が存在しうる。本明細書中、前記一般式(1)で表される化合物が異性体の一形態のみで記載されることがあるが、本発明の有効成分は、それ以外の異性体も包含し、異性体の分離されたもの、あるいはそれらの混合物も包含する。
また、前記一般式(1)で表される化合物は、不斉炭素原子や軸不斉を有する場合があり、これに基づく光学異性体が存在しうる。本発明の有効成分は、前記一般式(1)で表される化合物の光学異性体の分離されたもの、あるいはそれらの混合物も包含する。
【0032】
前記一般式(1)の化合物の塩とは、前記一般式(1)の化合物の農業上許容可能な塩であることが好ましく、置換基の種類によって、酸付加塩又は塩基との塩を形成する場合がある。具体的には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、マンデル酸、酒石酸、ジベンゾイル酒石酸、ジトルオイル酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等の有機酸との酸付加塩、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム等の無機塩基、メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン、リシン、オルニチン等の有機塩基との塩、アセチルロイシン等の各種アミノ酸及びアミノ酸誘導体の塩やアンモニウム塩等が挙げられ、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、マンデル酸、酒石酸、ジベンゾイル酒石酸、ジトルオイル酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等の有機酸との酸付加塩が好ましい。
【0033】
さらに本発明の有効成分は、前記一般式(1)の化合物及びその塩の各種の水和物や溶媒和物、及び結晶多形の物質も包含する。また、本発明の有効成分は、種々の放射性又は非放射性同位体でラベルされた化合物も包含する。
【0034】
本発明において、前記一般式(1)の化合物及びその塩は、市販された化合物及びその塩を使用することができる。また、前記一般式(1)の化合物及びその塩は、その基本構造あるいは置換基の種類に基づく特徴を利用し、種々の公知の化合物に対し、公知の合成法を適用して製造することができる。その際、官能基の種類によっては、当該官能基を原料から中間体へ至る段階で、当業者によく知られた適切な保護基に置き換えておくことが製造技術上効果的な場合がある。
【0035】
本発明及び本願明細書における植物抵抗性誘導制御とは、植物の病害抵抗性を誘導する、強化する、促進する、および維持することを含む。
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、病害抵抗性の誘導を制御するので、植物病害防除剤としても提供可能である。
【0036】
植物の病害抵抗性を、誘導する、強化する、及び促進するとは、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物と、処理されていない植物とを比較して、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物において、有意に植物抵抗性の発現を向上させることを意味する。
植物の病害抵抗性を維持するとは、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物と、処理されていない植物とを比較して、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物において、有意に植物抵抗性の発現を長く持続させることを意味する。
【0037】
植物における病害抵抗性の発現は、後述の実施例に示すように、例えば、以下の指標により判断できる。
「1」SA応答経路で特異的に発現誘導される遺伝子の発現を指標とし、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物と、処理されていない植物とを比較して、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物において、該遺伝子の発現が有意に向上していた場合に、病害抵抗性の発現を判断できる。
「2」植物病の状態の程度を指標とし、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物と、処理されていない植物とを比較して、本発明の植物抵抗性誘導制御剤が処理された植物において、植物病の病態が有意に改善していた場合に、病害抵抗性の発現を判断できる。
【0038】
本発明及び本願明細書における植物病害の防除とは、植物病の原因となる菌に対する不活化効果、植物病の原因となる菌への感染防止効果、及び植物病の原因となる菌の増殖の抑制若しくは阻止の効果を含む。
【0039】
本発明の植物抵抗性誘導制御剤の使用対象となる植物の種類は、前記SAR系が誘導されることにより抵抗性を獲得できる植物であれば特に制限されず、陸上植物であっても水生植物であってもよい。陸上植物としては、被子植物、裸子植物が好適であり、草本であっても木本であってもよい。被子植物としては、バラ科、ミカン科、ブドウ科、キク科、ラン科、ユリ科、マメ科、イネ科、アカネ科、トウダイグサ科、カヤツリグサ科、セリ科、シソ科、ウリ科、ナス科、及びアブラナ科がより好適であり、アブラナ科が更に好適である。
【0040】
前記ユリ科の植物としては、タマネギが例示できる。前記マメ科の植物としては、大豆が例示できる。前記セリ科の植物としては、ニンジンが例示できる。前記イネ科の植物としては、例えばイネ、トウモロコシ、ムギ、コムギ等が挙げられる。前記ウリ科の植物としては、例えばメロン、スイカ、冬瓜、キュウリ、カボチャなどが挙げられる。前記ナス科の植物としては、例えばタバコ、トマト、ジャガイモ、ナス、ピーマンなどが挙げられる。前記アブラナ科の植物としては、例えばナズナ、アブラナ、キャベツ、ケール、ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、カラシなどが挙げられる。
本発明の植物抵抗性誘導制御剤の使用対象となる、好ましい植物として、トマト、タバコ、キュウリ、ナズナ、及びアブラナが挙げられる。
【0041】
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、必要に応じ、農業上許容可能な担体、増量剤等と混合して、粉剤、錠剤、粒剤、微粒剤等の製剤形態で提供されてもよい。あるいは、農業上許容可能な溶媒、界面活性剤、乳化剤、分散剤等と混合して、乳剤、液剤、懸濁剤、水和剤、水溶剤、油剤等の剤型にすることもできる。
【0042】
植物抵抗性誘導制御剤を溶解させる溶媒は、植物抵抗性誘導制御剤や植物の種類に応じて適宜選択すればよいが、ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド化合物;N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N−メチルピロリドン(NMP)等のアミド化合物等、親水性溶媒が好ましいものとして例示できる。
【0043】
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、他の農園芸用剤と併用されるような剤型で提供されてもよい。
例えば、本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、上記一般式(1)で表される化合物又はその塩と、プロベナゾール、アシベンゾラールSメチル、チアジニル、イソチアニル等のその他のSA系抵抗性誘導制御剤との、合剤、組み合わせ製剤等の剤型で提供されてもよい。
また例えば、本発明の植物抵抗性誘導制御剤と、公知の非SAR系抵抗性誘導制御剤の、合剤、組み合わせ製剤等の剤型で提供されてもよい。
【0044】
本発明の植物抵抗性誘導制御剤の使用による防御の対象となる病原体は、特に制限されないが、SAR系の誘導を引き起こすか、SAR系の誘導により防御され得る病原体であることが好ましい。又は、SAR系の誘導を引き起こし、且つSAR系の誘導により防御され得る病原体であることが好ましい。
病原体としては、活物寄生性各種植物病原糸状菌[アブラナ科の炭疽病菌(Colletotrichum higginsianum)、コムギさび病菌(Puccinia graminis)、コムギうどんこ病菌(Erysiphe graminis)、トウモロコシ黒穂病菌(Ustilago maydis)、イネいもち病菌(Magnaporthe grisea)など]、活物寄生性各種植物病原細菌、各種植物ウイルス等が挙げられる。
なかでも、本発明の植物抵抗性誘導制御剤の使用による防御の対象となる病原体として、Colletotrichum属の菌を好適に例示できる。
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、イネに対し、いもち病(Magnaporthe grisea)の防除に適用されてもよい。
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、ナズナ、アブラナ、キャベツ、ケール、ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、又はカラシに対し、炭疽病(Colletotrichum higginsianum)の防除に適用されてもよい。
【0045】
本発明は、一実施形態として、前記一般式(1)で表される化合物又はその塩を有効成分として含有する植物病害の防除剤を提供する。
該防除剤としては、上記の本発明の植物抵抗性誘導制御剤で例示したものが挙げられ、詳細な説明を省略する。
【0046】
≪方法≫
本発明は、上記一般式(1)で表される化合物又はその塩を適用対象の植物に接触させことを含む、植物抵抗性誘導制御方法を提供する。
一実施形態において、本発明は、植物抵抗性誘導制御のための上記一般式(1)で表される化合物又はその塩を提供する。
一実施形態において、本発明は、植物抵抗性誘導制御のための上記一般式(1)で表される化合物又はその塩の使用を提供する。
一実施形態において、本発明は、植物抵抗性誘導制御剤を製造するための上記一般式(1)で表される化合物又はその塩の使用を提供する。
【0047】
植物抵抗性誘導制御剤は、有効量を適用対象の植物に接触させることで、抵抗性を誘導できる。
植物抵抗性誘導制御剤の有効量を植物に接触させる方法は、公知の誘導剤の場合と同様でよく、植物、植物を栽培する土壌、又は植物を栽培する水耕液に施用する処理方法が挙げられる。処理方法としては、例えば、植物が生育している土壌に植物抵抗性誘導制御剤を散布する方法、土壌混和する方法、土壌潅注する方法、植物抵抗性誘導制御剤を溶解させた植物抵抗性誘導制御剤溶液を植物に塗布又は噴霧する方法、該植物抵抗性誘導制御剤溶液中で植物を生育させる方法、水耕液へ植物抵抗性誘導制御剤を混入する方法、が例示できる。
【0048】
本発明の植物の抵抗性誘導制御方法において、植物抵抗性誘導制御剤を処理又は投与する植物体の部位は特に制限されない。例えば、植物体が有する全ての葉や茎、根の全体に噴霧してもよいし、一部の葉や一部の茎、一部の根だけに噴霧してもよい。植物体全体に噴霧しない場合にも、噴霧された部位において生産された二次代謝物が、植物体の必要な箇所へ行き渡って、噴霧されていない部位においても病原体に対する抵抗性が獲得されうる。また、土壌処理、浸漬処理などにより根系から植物体へ浸透させることによっても病原体に対する抵抗性が獲得されうる。
【0049】
植物抵抗性誘導制御剤の使用量は、誘導制御剤や植物の種類に応じて適宜調節できる。土壌に誘導制御剤を散布、混和又は潅注する方法で処理する場合には、例えば、一回あたりの有効成分の使用量を1〜20kg/10a、1〜10kg/10a、1〜1.3kg/10aとし、植物が発芽してから収穫されるまでの期間中、年に一回、又は必要に応じて複数回使用できる。複数回使用する場合は、年に2〜6回、月に1〜3回の頻度で使用することが好ましい。
また、前記誘導制御剤溶液を植物の茎葉に塗布又は噴霧する方法で処理する場合、誘導制御剤溶液に含まれる前記一般式(1)で表される化合物又はその塩の濃度は、0.1〜500μM、1〜500μM、1〜300μM、1〜100μMが好ましく、5〜30μMがより好ましい。例えば、濃度が0.1〜500μM又は1〜500μMの誘導制御剤溶液の一回あたりの使用量を葉一枚あたり1〜1000μLとし、植物が発芽してから収穫されるまでの期間中、年に一回、又は必要に応じて複数回使用できる。複数回使用する場合は、年に2〜6回、月に1〜3回の頻度で使用することが好ましい。
水耕栽培など、前記誘導制御剤溶液中で植物を生育させる方法で処理する場合の誘導制御剤溶液に含まれる前記一般式(1)で表される化合物又はその塩の濃度は、0.1〜500μMが好ましく、1〜500μMが好ましく、1〜300μMがより好ましく、1〜100μMがさらに好ましく、5〜30μMが特に好ましい。例えば、濃度が0.1〜500μM又は1〜500μMの誘導制御剤溶液の一回あたりの使用量を植物体1個体あたり1〜1000μLとし、植物が発芽してから収穫されるまでの期間中、年に一回、又は必要に応じて複数回使用できる。複数回使用する場合は、年に2〜6回、月に1〜3回の頻度で使用することが好ましい。
【0050】
本発明の抵抗性誘導制御剤の使用のタイミングは、植物体の播種時、移植時又は定植時のいずれの時期でも使用可能である。また、種、芽生え、幼体、成熟個体のいずれの成長段階でも施用可能である。
例えば、発芽後20日以降〜収穫14日前までに1〜3回施用されることが挙げられる。
【0051】
本発明の植物抵抗性誘導制御剤は、他の農園芸用剤と組み合わせて用いられてもよい。植物抵抗性誘導制御剤および他の農園芸用剤を同時に使用されてもよいし、別々に使用されてもよい。
【0052】
本発明の植物抵抗性誘導制御方法では、例えば、本発明の植物抵抗性誘導制御剤と、プロベナゾール、アシベンゾラールSメチル、チアジニル、イソチアニル等の、その他のSA系抵抗性誘導制御剤とを併用して用いてもよい。
本発明の植物抵抗性誘導制御方法では、また例えば、本発明の植物抵抗性誘導制御剤と、公知の非SAR系抵抗性誘導制御剤とを、併用して用いてもよい。
【0053】
植物抵抗性誘導制御剤は、植物病の発病後に、植物抵抗性誘導制御剤を植物体に接触させてもよい。また、植物抵抗性誘導制御剤は、予防的に用いられてもよく、植物病の発病前に、植物抵抗性誘導制御剤を植物体に接触させてもよい。
【実施例】
【0054】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
<各抵抗性誘導剤によるPR-1a遺伝子プロモーター発現誘導パターンの比較>
作用機作の異なる化合物ごとの特徴的なPR-1a遺伝子プロモーター発現誘導パターンを得るため、2週間にわたる長時間の連続モニタリングを実施した。
まず、文献(Ono S, Kusama M, Ogura R, Hiratsuka K (2011) Evaluation ofthe use of the tobacco PR-1a promoter to monitor defense gene expression by the luciferase bioluminescence reporter system. Biosci Biotechnol Biochem 75: 1796-1800)に示された内容に沿って、タバコ由来のPathogenesis-related gene 1a(PR-1a)遺伝子プロモーターの下流に、ホタルルシフェラーゼ遺伝子(Firefly luciferase; F-luc)を連結させた融合遺伝子(PR-1a::F-luc)を有するプラスミドを得た。該プラスミドをアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens LBA4404)を介してシロイヌナズナに導入し、PR-1a::F-lucを有する形質転換シロイヌナズナPR-1a::F-lucを得た。
【0056】
この形質転換シロイヌナズナPR-1a::F-lucを用いて、詳細なPR-1a遺伝子プロモーターの発現誘導パターンを取得することで、SAR誘導を導く様々な既知化合物を評価し、それらとSA処理による誘導パターンの比較を行った。既知化合物には、アシベンゾラールSメチル(ASM)、2,6-dichloro-isonicotinic acid(INA)、プロベナゾール(PBZ)、チアジニル(TDL)又はイソチアニル(ITN)を用いた。
形質転換シロイヌナズナ(PR-1a::F-luc)種子を1wellに4粒ずつ、50μLの滅菌水と共に分注した。4℃,暗所下で3日間春化処理をして発芽勢を揃えた後、22℃、連続照明下で5日間生育させた。連続照明下5日目に、基質であるD-Luciferin を70μL/well(終濃度0.1mM)分注し、翌日、化合物(30μM、DMSO溶媒)を1.6μL/well分注した。化合物処理後2週間、経時的にPR-1a遺伝子プロモーター誘導による生物発光を検出した。
【0057】
フォトカウンティング装置GaAsP IMAGE INTENSIFIER UNIT C8600(浜松フォトニクス株式会社)及び解析ソフトWasabiを使用して、各ウェル内の発光強度を測定してレポーターであるF-lucの発現量を測定することで、各化合物のPR-1a遺伝子発現誘導活性についてそれぞれ評価した。
結果を
図1に示す。実験は各化合物につき8反復行い、PR-1aプロモーター発現誘導はF-luc発光活性を指標として評価した。相対活性は,化合物処理直後(0h)に対する発光活性を示す。
【0058】
図1に示されるように、SA処理により、最も素早いPR-1a遺伝子プロモーターの応答を示し、処理後3時間でF-luc活性が検出された。そして、処理後24時間から48時間で誘導活性レベルはピークに達した。ASM及びINA処理によっても、24時間以内に素早い応答を示したが、SA処理よりは遅れて誘導活性が観察された。一方、PBZ、TDL、ITN処理によるPR-1a遺伝子プロモーター応答は、際立って遅れた。F-luc活性は、PBZ処理後72時間から96時間にかけて検出され始め、192時間で最大の誘導活性レベルに達した。さらに、TDL及びITNにおいても処理後72時間以降にF-luc誘導活性が検出され、192時間あたりで最大活性レベルに達した。しかし,ITNにおけるピーク時のF-luc活性レベルは,他の化合物での活性レベルと比較すると低いものであった。
また、SA処理後48時間には明らかなF-luc活性の減衰が見られたが、168時間以降に再びF-luc活性が誘導された。このような二相性の誘導パターンは、SAR誘導をもたらす他の化合物では観察されなかった。
【0059】
このように、各化合物において特徴的な経時的PR-1a遺伝子プロモーターの発現変動パターンが得られた。発現変動パターンは、SAシグナル伝達経路への作用機作を反映していることが示唆される。
【0060】
<化合物ライブラリーを用いたPR-1a遺伝子発現制御物質の探索>
次に、SA系における新規抵抗性誘導制御物質の探索及び評価を行った。
文献(Ogura R, Matsuo N, Wako N, Tanaka T, Ono S, Hiratsuka K (2005) Multi-color luciferases as reporters for monitoring transient gene expression in higher plants. Plant Biotechnol 22: 151-155)に示された内容に沿って、pBI221のCaMV35Sプロモーター下流にヒカリコメツキ由来の赤色発光遺伝子(CBR)を連結させた融合遺伝子(35S::CBR)を有するプラスミドを得た。該プラスミドをアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens LBA4404)を介してシロイヌナズナに導入し、35S::CBRを有する形質転換シロイヌナズナ(35S::CBR)を得た。
上記実験で使用した形質転換シロイヌナズナ(PR-1a::F-luc)と、形質転換シロイヌナズナ(35S::CBR)とを交配して、形質転換シロイヌナズナ(♂35S::CBR×♀PR-1a::F-luc)を作出した。
【0061】
選抜対象の化合物には、生理活性物質探索用の化合物ライブラリーを使用した。まず、一次スクリーニングとして、化合物ライブラリー中、約6700種類の化合物についてPR-1a遺伝子プロモーターに対する誘導活性の評価を実施した。
上記で作出した形質転換シロイヌナズナ(♂35S::CBR×♀PR-1a::F-luc)種子を384wellプレートの1wellに1粒ずつ、25μLの滅菌水と共に分注した。4℃、暗所下で3日間春化処理をし、発芽勢を揃えた後、22℃、連続照明下で5日間生育させた。連続照明下5日目に、D-Luciferinを35μL/well(終濃度0.1mM)分注し、翌日、市販の化合物ライブラリー(DMSO溶媒,2mM)を0.8μL/well分注した(1化合物につき4反復)。さらに、化合物処理24時間後、1mM SA(水溶液)を2.5μL/well分注した。化合物処理後1週間、フィルター分離により各ルシフェラーゼ活性を非破壊的に連続モニタリングした。
【0062】
各ウェル内の発光強度は、フォトカウンティング装置GaAsP IMAGE INTENSIFIER UNIT C8600(浜松フォトニクス株式会社)及び解析ソフトWasabiを使用して測定した。レポーターであるF-lucの発現量を測定することで、各化合物のPR-1a遺伝子発現誘導活性について、それぞれ評価した。また、レポーターであるCBRの発現量を測定し、遺伝子発現誘導活性の内部標準として使用した。
F-luc由来の発光とCBR由来の発光とは、2種類の同時発光を偏光フィルターにより色分離することで検出し、さらにイメージ画像を重ね合わせることで、内部標準に対する相対的なPR-1aプロモーター発現誘導活性をイメージングした。
その結果、対照区と比較して有意に高いF-luc活性を示す化合物Xが得られた。化合物Xは、前記式(1−1−2aa)で表される化合物である。
【0063】
そこで、この候補化合物についてさらに詳しくPR-1a遺伝子プロモーター発現誘導パターンの解析を実施した。
PR-1a遺伝子プロモーターに対する誘導活性を詳細に評価するため、96wellプレートを用いてPR-1a::F-luc融合遺伝子のみを導入した形質転換シロイヌナズナ芽生えを用い、二次刺激としては,(A)滅菌水,(B)低濃度SA水溶液(終濃度約2μM)を処理した以外は、上記一次スクリーニングと同様にして、プロモーター誘導活性を化合物処理後2週間連続モニタリングした。
【0064】
結果を
図2に示す。化合物Xのみ処理した場合では、PR-1a遺伝子プロモーターの顕著な発現誘導が観察されないことが明らかとなった(
図2(A))。しかし、化合物X処理後に低濃度SAによる二次刺激を加えることで、対照区よりも迅速で強い誘導活性を示した(
図2(B))。二次刺激1時間後には,対照区と比較して有意なF-luc誘導活性が得られ、12時間後で誘導活性レベルのピークに達した。さらに、化合物X処理による迅速な応答は濃度依存的であったが、終濃度10μMから100μMまでの段階的な処理濃度におけるF-lucの最大活性レベルは同程度を示した。
このことから、化合物Xは、シロイヌナズナ芽生えにおいて、PR-1a遺伝子の発現誘導活性を有することが示唆された。
【0065】
化合物X処理は、SAによる二次刺激を加えることで、対照区よりも迅速で強い誘導活性を示した。同様の応答は、非タンパク質性アミノ酸であるβ-アミノ酪酸(BABA)が報告されている。BABAは、防御関連遺伝子の発現に対して直接的に作用するのではなく、病原体感染など二次刺激に対して迅速かつ強力な抵抗性を誘導できる状態を植物細胞内に作り出す。
これは“プライミング効果”と呼ばれ、PR-1遺伝子発現を誘導するSAシグナル伝達経路などが二次刺激により誘導される。このことから、化合物Xは従来の抵抗性誘導剤とは異なり、病原体感染を受けた際に、より早く強い防御応答を誘導するプライミング効果を植物にもたらす可能性が示唆された。既存の抵抗性誘導剤は、あらかじめ防御応答遺伝子を強く発現誘導し、植物の抵抗性を高めておくことで病原体感染を防ぐ働きを有するが、常に過剰防衛状態であるため、植物にとってエネルギーの浪費となり、生育抑制などを伴うことも多いことが問題点として挙げられている。そのため、プライミング効果のように、感染を受けた場合にのみ迅速に応答できる準備状態をつくりだすことは、植物防除手法として有用性が高いと考えられる。
【0066】
<シロイヌナズナ3週齢個体における化合物Xの作用評価>
上記選抜実験では、シロイヌナズナの芽生えに対する抵抗性誘導を評価した。同様の実験をシロイヌナズナ3週齢個体に対して行った。
形質転換シロイヌナズナ(PR-1a::F-luc)種子をaMS培地に播種し、4℃、暗所下で3日間春化処理後、22℃、明期12時間、暗期12時間のバイオトロンで生育させた。3週齢植物体を滅菌水800μL/well分注したプレートへ、1wellにつき1個体ずつ移し替え、翌日、D-Luciferin を160μL/well(終濃度0.1mM)分注した。さらに翌日、化合物X(終濃度約30μM、DMSO溶媒)を8μL/well分注した。化合物X処理24時間後に,二次刺激として低濃度SA(終濃度約2μM)を処理した。化合物XおよびSAは、それぞれDMSOおよび滅菌水に溶解して使用した。化合物XおよびDMSO処理区には、二次処理時にSAの代わりに滅菌水を処理した。各化合物処理による発現誘導活性を経時的に観察した。実験は各処理区につき4反復行った。
【0067】
結果を
図3に示す。相対活性は、化合物処理直後(0h)に対する発光活性を示す。エラーバーは標準誤差を示す。芽生えを用いたアッセイと同様に、化合物Xはシロイヌナズナ3週齢個体においても、顕著なPR-1a遺伝子発現誘導活性を有することが示唆された。
【0068】
<化合物Xの抗菌活性の評価>
化合物X自体の抗菌活性を確認するため、阻止円法による評価を行った。ここでは植物病原菌糸状菌として知られる炭疽病菌 Colletotrichum higginsianum(NIAS Genebank: MAFF305635)に対する殺菌活性を調べた。
10日間培養したC. higginsianum の胞子を採取し、1×10
5 spores / mLに調製した胞子懸濁液100μLをPDA 培地に塗布した。培地に置いたろ紙上に化合物X(100mM)5μL を滴下し、24℃・暗所で8日間培養後、阻止円形成の有無を確認した。negative controlとしてハイグロマイシン、positive controlとしてDMSO(溶媒)を使用した。
試験の結果、抗菌物質であるハイグロマイシンを処理した区画では、胞子の発芽及び菌糸の伸長阻害を示す顕著な阻止円が形成され、強い抗菌活性が観察された。一方、化合物Xの処理区画では、溶媒であるDMSOの処理区画と同様にC. higginsianumに対する阻止円は形成されなかった。抗菌活性を持たない化合物は、薬剤耐性菌を生みにくい。したがって、本発明の植物抵抗性誘導制御剤にかかる化合物Xは、薬剤耐性菌を生みにくく、長期間の利用が見込める点においても優れている。
【0069】
≪化合物Xの植物抵抗性誘導の評価≫
(発病抑制効果の評価)
まず、接種用の胞子懸濁液を用意した。炭疽病菌 C. higginsianumを1/2 PDA培地で継代培養した。胞子は、継代培養している1/2 PDA培地からPDA培地に移植し、暗室条件下24℃で10日間培養した。生育した菌叢に滅菌水を加え、コンラージ棒で胞子を掻き取り、1×10
5 spore/mLに調製した胞子懸濁液を得た。
【0070】
5週齢のシロイヌナズナ成熟個体(Col-0)に対して、約100μMの化合物X(+0.02% Silwet L-77)をスプレー処理し、24時間後に炭疽病菌 C. higginsianumの胞子懸濁液(1×10
5 spores / mL)を葉へ滴下接種した。植物体は、22℃、明期8時間、暗期16時間のバイオトロンで生育させ、接種後は相対湿度100%に保った。接種5日後、感染葉を採取し,形成された病斑直径を計測した。controlにはDMSO(溶媒)を用いた。
【0071】
図4は感染葉における病斑直径の比較を示すグラフである。エラーバーは標準誤差を示しており、グラフに付された異なるアルファベットは、Tukey’s testにより5%水準で有意差が認められたことを示している。
化合物Xの処理区では、対照区よりも病斑直径の大きさは有意に小さくなった。また、感染葉で見られる病徴も対照区より軽度であった。
【0072】
(生長阻害程度の評価)
既存の抵抗性誘導剤であるASMは強力なSAR誘導作用を有する一方、植物に対して生長阻害を生じる。そのため、生長阻害程度の低い化合物は抵抗性誘導剤としての実用性が高いと考えられる。そこで、各化合物のシロイヌナズナに対する生長阻害程度を植物体の表面積を指標に評価した。MS培地上で3週齢まで生育させた野生型シロイヌナズナ(Col-0)を土に移植し、その1週間後に100μM化合物X(+0.02% Silwet L-77)をスプレー処理した。化合物X処理後0日および14日の植物体表面積についてそれぞれ画像解析ソフト(Image J)を用いて測定し、これをバイオマスとして各化合物による生長阻害程度を評価した。
図5は画像解析による植物体表面積の比較を示すグラフである。エラーバーは標準誤差を示しており、グラフに付された異なるアルファベットは、Tukey’s testにより5%水準で有意差が認められたことを示している。
化合物Xの処理区では、ASMよりも生長阻害程度が小さく、ほとんど生長阻害が見られないことが明らかとなった。
【0073】
以上の結果から、シロイヌナズナ成熟個体において、化合物Xが、炭疽菌に対する高い防除効果を示しつつ、ASMよりも生長阻害程度が小さいことが明らかである。
【0074】
各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。本発明は実施形態によって限定されることはなく、クレームの範囲によってのみ限定される。