【実施例】
【0024】
<スクリーニングの手法について>
認知症治療は、認知症の病態が人それぞれによって異なり、進行しきった状態では、治療薬が効果的ではなく治療方針も明確ではない。また、ヒトを対象として神経変性の病理学的研究を行うことは困難である。このため、初期の変性部位を推定することが困難であるだけではなく、将来予測も十分に行うことはできないという状況にある。
【0025】
そこで、一般的な神経(膠)細胞死に照準を当てることとして、いわば基礎医学的な認知症予防物質(薬)の探索を行った。また、どの進行過程で認知症を食い止めるのか、脳のどの部位で変性が生じるのか、物質がどの細胞に作用するのか等を詳しく調べるために、病理組織学的検討も行った。さらには、今後の認知症およびいわゆる神経変性疾患全般にわたる神経細胞死を予防する物質を同定することを主眼においた探索的研究が重要であることから、ヒトではできないことをラットを用いて探索することとした。
【0026】
認知症予防に有効な物質の同定は、自然界資源をもとにスクリーニングを行った。脳への影響を鑑みて血液脳関門を通過することが必須であり、天然資源から脂溶性成分を抽出し、抽出成分のさらなる分画を採取して動物に腹腔内に注射した。これは、経口投与に体内動態に擬したものである(すなわち、経口であれば、必ず肝臓を通過するので、代謝や分解を受ける)。ドウモイ酸は水溶性の分子であり、血液脳関門を通過できず血液中に大部分留まるため、自然に認知症になることに擬してドウモイ酸をラットの脳内に注射した。なお、ドウモイ酸は、海の珪藻類のプランクトンで作られ、食した魚や哺乳類は、急性に死亡するか、生存して食して1年後には認知症を発症したヒトの例も報告されている。
【0027】
ドウモイ酸は、グルタミン酸・アスパラギン酸の分子骨格を有する分子である。グルタミン酸・アスパラギン酸は、脳内の興奮性神経伝達物質であり、過量に放出されると神経細胞死を起こすことが知られている。ドウモイ酸は、このような興奮性神経伝達物質の3種の薬物受容体(NMDA, AMPA, Kainate 受容体)のうち、カイニン酸受容体に作用する。他の受容体と同様に過量は細胞外からのカルシウム流入と貯蔵部位からのカルシウム遊離によって細胞内カルシウム濃度を挙げてミトコンドリアの変形とATP産生能を低下させる。その結果、ドウモイ酸は、カスペース9の細胞外への遊離等から神経細胞のアポトーシスそしてdeathに導く。アポトーシスは、TUNEL法により茶褐色染色により識別できる。
【0028】
以下、本発明の神経(膠)細胞死抑制剤を具体化した実施例について説明する。
<石蓮花の抽出液から神経細胞死を抑制する物質の単離及び同定について>
・石蓮花の抽出
石蓮花は予め乾燥試料をエーテル抽出し、エバポレーターにて乾燥した後、エタノールに溶解して保存した。
・石蓮花の抽出液から神経細胞死を抑制する物質の単離及び同定
精製には石蓮花エーテル抽出アルコール溶解液をAmicon Ultra-15,Merck Millipore Ltdを用いて分子量10000以下の成分を抽出した。その後、逆相クロマトC18 Sep-Pak cartridge, Waters co.Ltdを用い生理的食塩水+エタノール混合液(0.3%食塩)にてloadingして固層化した。20%水とエタノール混合液にてwash-outした後にエタノールにて溶出した。この溶出液は、成分の分析用として、ガスクロ質量分析装置(GC-MS)を用いた。一方、分画を採取するため、液体クロマトグラフィーを用いた。分画採取には、一定時間毎に試験管にとり、UV検出を行った。
【0029】
GC−MSの分析の結果、
図1に示すように、下記1)〜5)の化学成分が同定された。そのほかに5種類の化学物質も石連花の成分として単離された。
1)1,3,5-triazine,hexahydro-1,3,5-trimethyl
2)L-Proline,1-methyl-5-oxo-methylester
3)Benzoic acid,3,4,5-trimethoxy, methylester
4)ビスフェノールP(4,4’-(1,4-Phenylenediisopropylidene)bisphenol)
5)oleane-12-ene,3-methoxy,[3α]
【0030】
また、薄層クロマトグラフィーに、23mg/mlの濃度の石蓮花エーテル抽出物(E.G.)(Lanes 1, 5)及び50μg/mlの濃度のビスフェノールP(B.P.)エーテル溶液(lanes 2, 3, 4)それぞれ1μlをスポットし、約1時間展開した。その結果、
図2の左側の図に示すように、ほぼ同一のRf値を示した。また、B.P.およびE.G.単独添加、及び両方を混ぜて添加の3種類を比較した結果、同一のRf値であった(
図2の右側の図)。以上の結果から、ビスフェノールP が石蓮花の成分であることが改めて証明された。
【0031】
・神経細胞死抑制効果試験
(実施例1)
実施例1では、上記のようにして単離・同定されたビスフェノールPについての市販試薬を購入し、これを秤量して1mg/kg B.W.の用量でラットの腹腔内に注射した。
(比較例1)
比較例1では、ラットの腹腔内に生理食塩水を投与した。
(比較例2)
比較例2では、石蓮花エーテル抽出物を0.5 mg/kg B.W. の用量でラットの腹腔内に注射した。この用量はup-and-down 法により50% 有効量が0.15 mg/kgであったことから定めたものである。
【0032】
なお、実施例1のラットの例数は3例であり、比較例1及び比較例2のラットの例数はそれぞれ10例である。
【0033】
投与後3時間経過及び24時間経過後、ラットに対してUrethane 1 g/kg i.p.を用いて麻酔を施し、脳定位装置にて頭蓋骨頭頂部に垂直方向にドリルで穴を開け、その穴に注射針を挿入し、約3.5 mmの深さに達した後、3×10
-7g/ml ドウモイ酸溶液2〜5μl(切片作成後分りやすいようにカーボン添加)だけ注入した。ゆっくり注射針を引き抜いて創部を消毒し縫合した。
【0034】
・アポトーシス検出方法
ドウモイ酸で処理したラットは、翌日に4%パラホルムアルデヒド溶液で全身を灌流固定して、パラフィン包埋した。パラフィンブロックを薄切した。切片の厚さは、1μmである。切片をプレパラートグラスに載せて固定し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。別のプレパラートではアポトーシス検出キット(和光:コード293-71501、TdT-mediated uUTP backendlabeling 3’-OH terminal transferase手法)に従った。発色は、PODconjugated antibodyを浸漬させて、ウォッシュ後、DABで発色させた。アポトーシスは細胞核が茶褐色に発色することで容易に判別できる。さらにヘマトキシリン染色を軽く行い、アポトーシスになっていない細胞の核は、青暗色である。
【0035】
以上のようにして処理を施したラットについて、腹腔内に投与した成分が、ドウモイ酸による中枢神経系細胞アポトーシスに対してどのような影響を与えるかについて調べた。
【0036】
<結 果>
ラットの脳組織の水平断面図を
図3に示す。また、ドウモイ酸を脳内に注入した後の各部位における光学顕微鏡写真を
図4〜
図8に示す。
【0037】
・Parietal cortexにおける結果(
図4参照)
図4の左側写真に示すように、比較例1(すなわち生理食塩水を投与したcontrol)では、側頭部前野に位置するParietal cortexでは、Tunel陽性細胞が束をなして密集しており、その大部分は、比較的小さい細胞である。中には陰性細胞が混在する。以上のことから、比較例1においてはドウモイ酸によって誘導される神経(膠)細胞死が顕著であることが分かった。これに対して、
図4の中央の写真に示すように、石蓮花抽出物を投与した比較例2では、そのようなTunel陽性細胞はほとんど観察されず、神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。さらに、ビスフェノールPを投与した実施例1においても、石蓮花抽出物を投与した比較例2と同様、Tunel陽性細胞はほとんど観察されず、ドウモイ酸によって誘導される神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。
【0038】
・Dentate Gyrus(
図5参照)及びCA4(
図6参照)における結果
比較例1では海馬帯におけるHill、CA3及びCA4に隣接する歯状回では、大きな細胞と小さな細胞がともにTunel染色陽性の細胞が認められ、小さな細胞が集まっている部位の大きな細胞が強く陽性に染まっていた(
図5左側及び
図6左側)。このことから、ドウモイ酸の誘導による神経(膠)細胞死が顕著であることが示唆された。これに対して、石蓮花抽出物を事前投与した比較例2(
図5中央及び
図6中央)では、小さな陽性細胞はほとんど見られず、大きな細胞がわずかに陽性になっている程度であって、顕著な神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。さらに、ビスフェノールPを投与した実施例1においても、石蓮花抽出物を投与した比較例2と同様、Tunel陽性細胞はほとんど観察されず(
図5右側及び
図6右側)、神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。
【0039】
・Entorhinal cortex(
図7参照)及びPRh(
図8参照)における結果
また、Entorhinal cortex及びPRhでは、比較例1においてTunel染色陽性の細胞は小さな細胞に限って認められた。一方、石蓮花抽出物を事前投与した比較例2及びビスフェノールPを事前投与した実施例1では、このような小さな細胞についても陽性になることが抑制されていることが分かった。これらの小さな細胞は神経(膠)細胞と思われるが、神経膠細胞も石蓮花抽出物と同様、ビスフェノールPによってTunel染色が陰性化し、ドウモイ酸によって引き起こされるアポトーシス細胞死をビスフェノールPが強く抑制することが示された。
【0040】
以上の試験結果から、ビスフェノールPが神経細胞のドウモイ酸によるアポトーシスを予防的に抑制することが明確に示された。ドウモイ酸は、グルタミン酸・アスパラギン酸と同じ構造を有しており、自然発症の認知症予防にビスフェノールPが有効であることを示唆する。脳内の神経細胞のアポトーシスをビスフェノールPそのものによって直接的に抑制するだけでなく、神経(膠)細胞の機能抑制および停止は神経細胞の機能抑制および停止させる間接的影響がでることも今後の重大な神経変性疾患の解明における薬理学的ツールとして役立てることができる。また、それらの疾患の治療薬としても期待できるものである。
【0041】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。