特許第6670531号(P6670531)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6670531神経細胞死抑制剤及び神経細胞死抑制用食品組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6670531
(24)【登録日】2020年3月4日
(45)【発行日】2020年3月25日
(54)【発明の名称】神経細胞死抑制剤及び神経細胞死抑制用食品組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/05 20060101AFI20200316BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20200316BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20200316BHJP
【FI】
   A61K31/05
   A61P25/28
   A23L33/10
【請求項の数】2
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2019-29907(P2019-29907)
(22)【出願日】2019年2月21日
【審査請求日】2019年4月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】519061907
【氏名又は名称】石川 直久
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】石川 直久
【審査官】 古閑 一実
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−203993(JP,A)
【文献】 特開2006−160710(JP,A)
【文献】 特開2003−171305(JP,A)
【文献】 特開2006−241054(JP,A)
【文献】 特表2004−501984(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61K 36/00−36/9068
A61P 1/00−43/00
A23L 31/00−33/29
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスフェノールPを含有することを特徴とする神経細胞死抑制剤。
【請求項2】
ビスフェノールPを含有することを特徴とする神経細胞死抑制用食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞及び神経膠細胞の細胞死(以下「神経(膠)細胞死」という)を抑制する神経(膠)細胞死抑制剤及び神経(膠)細胞死抑制用食品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞は神経系を構成する細胞であり、情報処理と情報伝達という動物にとって非常に重要な役割を担っている。神経細胞に異変が生ずると、様々な疾病を引き起こす。例えば、アルツハイマー症は脳の神経細胞が細胞死することによって発症する。また、パーキンソン病は中脳黒質のドーパミン神経細胞が減少することによって発症する。
また、神経細胞を支持する神経膠細胞(「グリア細胞」とも呼ばれる)も神経を補助する細胞であり、神経細胞にとって重要な役割を果たしている。神経膠細胞にはミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイト等が知られている。ミクログリアは中枢神経系で食作用を示し免疫のほか異常代謝物などの回収を担う細胞である。また、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトは中枢神経系に存在し、神経幹細胞に由来する細胞である。これらの神経膠細胞が神経細胞を補助する機能が損なわれると、神経細胞の細胞死につながり、神経細胞死と同様の結果をもたらす。
したがって、神経細胞及び神経膠細胞のどちらの細胞死でも変性疾患を引き起こすと考えられる。
【0003】
従来、脳内神経細胞の細胞死は、アミロイド蛋白の蓄積が原因であるとして、アミロイド蛋白の蓄積防止を目的として様々な薬剤が開発されてきた。しかしながら、こうして開発された薬剤は認知症の治療薬として充分な薬効を奏するものはなかった。
【0004】
このため、アミロイド蛋白ではなく、脳内に蓄積するタウ蛋白が認知症の原因であるとする説が注目され、タウ蛋白の蓄積を防止する薬剤が開発された。しかしながら、これらの薬剤についても、未だ認知症の治療薬として充分な薬効を奏するものはなく、認知症治療薬(あるいは防止薬)の開発は暗礁に乗り上げたといっても過言ではない。
【0005】
したがって、認知症の治療や予防を目的とする創薬開発には、神経(膠)細胞死を引き起こす薬剤や神経(膠)細胞死を防止する薬剤について、それらの作用を研究し、発病の機構を再検討することが必要である。また、神経(膠)細胞死を抑制する薬剤を開発することにより、認知症等の神経(膠)細胞死に関係する病気の治療薬や予防薬となることも期待できる。
【0006】
従来、神経(膠)細胞死を引き起こす薬剤として、ドウモイ酸が知られている(非特許文献1)。しかしながら、神経(膠)細胞死を抑制する薬剤についてはあまり知られておらず、新たな神経(膠)細胞死抑制剤の開発が望まれていた。
【0007】
なお、本件発明の神経(膠)細胞死抑制剤とは作用効果が異なるが、本件発明におと同様、石蓮花から発見された薬剤として血糖値降下剤(特許文献1〜3)や糖吸収抑制剤(特許文献4)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−203993号公報
【特許文献2】特開2006−160710号公報
【特許文献3】特開2003−171305号公報
【特許文献4】特開2006−241054号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Olga M. Pulido Domoic Acid Toxicologic Pathology A Review Mar. Drugs 2008, 6, 180-219
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の従来の問題点を解決するためになされたものであり、神経細胞死を抑制することができる、新たな薬剤を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記課題を解決するため、神経細胞死を引き起こす薬剤であるドウモイ酸に着目した(下記化学式参照)。
【0012】
【化1】
【0013】
ドウモイ酸は駆虫薬として用いられていた紅藻ハナヤナギから分離・同定されたイミノ酸であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の分子骨格を有する分子である。グルタミン酸及びアスパラギン酸は脳内の興奮性神経伝達物質であり、過量に放出されると神経細胞死を起こすことが知られている。ドウモイ酸は、このような興奮性神経伝達物質の3種の薬物受容体(NMDA,AMPA,Kainate受容体)のうち、カイニン酸受容体に作用する。他の受容体と同様に過量は細胞外からのカルシウム流入と貯蔵部位からのカルシウム遊離によって細胞内カルシウム濃度を上げてミトコンドリアの変形とATP産生能を低下させる。その結果、ドウモイ酸は、カスペース9の細胞外への遊離等から神経細胞のアポトーシスそしてdeathに導く。非細胞性神経膠細胞の細胞死の中でグリア細胞から遊離されるSO,NO,やサイトカインなどが神経細胞の細胞死を引き起こすという機構を提唱する研究者もいる。
【0014】
本発明者は、ドウモイ酸の神経細胞死誘発作用を利用し、その作用を抑制する物質を多くの天然物の中からスクリーニングすることにした。そして、鋭意研究を行った結果、石蓮花からの抽出物が神経(膠)細胞死抑制剤として有効であることを見出し、すでに特許出願を行っている(特願2017−226399)。
そして、さらに石蓮花からの抽出物中の成分を単離し、神経(膠)細胞死抑制剤とし効果がある化学物質がビスフェノールPであることを突き止め、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明の神経(膠)細胞死抑制剤は、ビスフェノールPを含有することを特徴とする。本発明者は、ラットの腹腔内にビスフェノールPを投与した場合、ドウモイ酸によって誘導される神経(膠)細胞死の作用が抑制されることを見出している。
【0016】
また、本発明の食品組成物はビスフェノールPを含有するため神経(膠)細胞死を抑制する効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】石蓮花エーテル抽出物のGC-MSチャートである。
図2】。石蓮花エーテル抽出物(E.G.)及びビスフェノールP(B.P.)の薄層クロマトグラフィーである。
図3】ラットの脳組織の水平断面図である。
図4】ドウモイ酸を脳内注射したラットのParietal cortex(頭頂皮質)部分の光学顕微鏡写真である(写真左側は石蓮花抽出物投与無し(比較例1)、写真中央は石蓮花抽出物投与有り(比較例2)、写真右側はビスフェノールP投与有り(実施例1))。
図5】ドウモイ酸を脳内注射したラットのDentate gyrus(歯状回)部分の光学顕微鏡写真である(写真左側は石蓮花抽出物投与無し(比較例1)、写真中央は石蓮花抽出物投与有り(比較例2)、写真右側はビスフェノールP投与有り(実施例1))。
図6】ドウモイ酸を脳内注射したラットのCA4部分の光学顕微鏡写真である(写真左側は石蓮花抽出物投与無し(比較例1)、写真中央は石蓮花抽出物投与有り(比較例2)、写真右側はビスフェノールP投与有り(実施例1))。
図7】ドウモイ酸を脳内注射したラットのEntorhinal cortex部分の光学顕微鏡写真である(写真左側は石蓮花抽出物投与無し(比較例1)、写真中央は石蓮花抽出物投与有り(比較例2)、写真右側はビスフェノールP投与有り(実施例1))。
図8】ドウモイ酸を脳内注射したラットのPRh部分の光学顕微鏡写真である(写真左側は石蓮花抽出物投与無し(比較例1)、写真中央は石蓮花抽出物投与有り(比較例2)、写真右側はビスフェノールP投与有り(実施例1))。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明において用いられるビスフェノールPは下記化学構造式からなる物質であり、エポキシ樹脂の原料としても広く化学合成されているため、容易に入手することができる。
【0019】
【化2】
【0020】
ビスフェノールPは、そのままの状態、または適当な媒体で希釈して、あるいは医薬品の製造分野において公知の方法により、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤または液剤等、種々の医薬品の形態で使用することができる。
【0021】
これらの医薬品形態においては、適当な媒体を添加してもよい。そのような媒体としては、医薬的に許容される賦形剤、例えば結合剤(例えばシロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビトール、トラガントまたはポリビニルピロリドン)、充填剤(例えば乳糖、砂糖、トウモロコシ澱粉、リン酸カルシウム、ソルビトールまたはグリシン)、滑沢剤(例えばステアリン酸マグネシウム、タルクまたはポリエチレングリコール)、崩壊剤(例えば馬鈴薯澱粉)または湿潤剤(例えばラウリル硫酸ナトリウム)等が挙げられる。
【0022】
また、ビスフェノールPを食品に添加したものを神経(膠)細胞死抑制用食品組成物として利用することができる。食品組成物の形態としては、例えば、固形、半固形または液体の製品、具体的には、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤または液剤等のほか、クッキー、せんべい、ゼリー、ようかん、ヨーグルト、まんじゅう等の菓子類、清涼飲料、お茶類、栄養飲料、スープ等の形態が挙げられる。これらの食品の製造工程において、あるいは最終製品に、ビスフェノールPを添加して、神経(膠)細胞死抑制用食品組成物とすることができる。
【0023】
本発明の神経(膠)細胞死抑制用食品組成物は錠剤とし、通常の方法でコーティングしてもよい。また、液体製剤とし、例えば水性または油性の懸濁液、溶液、エマルジョン、シロップまたはエリキシルの形態であってもよく、使用前に水または他の適切な賦形剤で再生する乾燥製品として提供してもよい。こうした液体製剤は、通常の添加剤、例えば懸濁化剤(例えばソルビトール、シロップ、メチルセルロース、グルコースシロップ、ゼラチン水添加食用脂)、乳化剤(例えばレシチン、ソルビタンモノオレエートまたはアラビアゴム)、(食用脂を含んでいてもよい)非水性賦形剤(例えばアーモンド油、分画ココヤシ油またはグリセリン、プロピレングリコールまたはエチルアルコールのような油性エステル)、保存剤(例えばp -ヒドロキシ安息香酸メチルまたはプロピル、またはソルビン酸)、および所望により着色剤または香料等を含んでいてもよい。
【実施例】
【0024】
<スクリーニングの手法について>
認知症治療は、認知症の病態が人それぞれによって異なり、進行しきった状態では、治療薬が効果的ではなく治療方針も明確ではない。また、ヒトを対象として神経変性の病理学的研究を行うことは困難である。このため、初期の変性部位を推定することが困難であるだけではなく、将来予測も十分に行うことはできないという状況にある。
【0025】
そこで、一般的な神経(膠)細胞死に照準を当てることとして、いわば基礎医学的な認知症予防物質(薬)の探索を行った。また、どの進行過程で認知症を食い止めるのか、脳のどの部位で変性が生じるのか、物質がどの細胞に作用するのか等を詳しく調べるために、病理組織学的検討も行った。さらには、今後の認知症およびいわゆる神経変性疾患全般にわたる神経細胞死を予防する物質を同定することを主眼においた探索的研究が重要であることから、ヒトではできないことをラットを用いて探索することとした。
【0026】
認知症予防に有効な物質の同定は、自然界資源をもとにスクリーニングを行った。脳への影響を鑑みて血液脳関門を通過することが必須であり、天然資源から脂溶性成分を抽出し、抽出成分のさらなる分画を採取して動物に腹腔内に注射した。これは、経口投与に体内動態に擬したものである(すなわち、経口であれば、必ず肝臓を通過するので、代謝や分解を受ける)。ドウモイ酸は水溶性の分子であり、血液脳関門を通過できず血液中に大部分留まるため、自然に認知症になることに擬してドウモイ酸をラットの脳内に注射した。なお、ドウモイ酸は、海の珪藻類のプランクトンで作られ、食した魚や哺乳類は、急性に死亡するか、生存して食して1年後には認知症を発症したヒトの例も報告されている。
【0027】
ドウモイ酸は、グルタミン酸・アスパラギン酸の分子骨格を有する分子である。グルタミン酸・アスパラギン酸は、脳内の興奮性神経伝達物質であり、過量に放出されると神経細胞死を起こすことが知られている。ドウモイ酸は、このような興奮性神経伝達物質の3種の薬物受容体(NMDA, AMPA, Kainate 受容体)のうち、カイニン酸受容体に作用する。他の受容体と同様に過量は細胞外からのカルシウム流入と貯蔵部位からのカルシウム遊離によって細胞内カルシウム濃度を挙げてミトコンドリアの変形とATP産生能を低下させる。その結果、ドウモイ酸は、カスペース9の細胞外への遊離等から神経細胞のアポトーシスそしてdeathに導く。アポトーシスは、TUNEL法により茶褐色染色により識別できる。
【0028】
以下、本発明の神経(膠)細胞死抑制剤を具体化した実施例について説明する。
<石蓮花の抽出液から神経細胞死を抑制する物質の単離及び同定について>
・石蓮花の抽出
石蓮花は予め乾燥試料をエーテル抽出し、エバポレーターにて乾燥した後、エタノールに溶解して保存した。
・石蓮花の抽出液から神経細胞死を抑制する物質の単離及び同定
精製には石蓮花エーテル抽出アルコール溶解液をAmicon Ultra-15,Merck Millipore Ltdを用いて分子量10000以下の成分を抽出した。その後、逆相クロマトC18 Sep-Pak cartridge, Waters co.Ltdを用い生理的食塩水+エタノール混合液(0.3%食塩)にてloadingして固層化した。20%水とエタノール混合液にてwash-outした後にエタノールにて溶出した。この溶出液は、成分の分析用として、ガスクロ質量分析装置(GC-MS)を用いた。一方、分画を採取するため、液体クロマトグラフィーを用いた。分画採取には、一定時間毎に試験管にとり、UV検出を行った。
【0029】
GC−MSの分析の結果、図1に示すように、下記1)〜5)の化学成分が同定された。そのほかに5種類の化学物質も石連花の成分として単離された。
1)1,3,5-triazine,hexahydro-1,3,5-trimethyl
2)L-Proline,1-methyl-5-oxo-methylester
3)Benzoic acid,3,4,5-trimethoxy, methylester
4)ビスフェノールP(4,4’-(1,4-Phenylenediisopropylidene)bisphenol)
5)oleane-12-ene,3-methoxy,[3α]
【0030】
また、薄層クロマトグラフィーに、23mg/mlの濃度の石蓮花エーテル抽出物(E.G.)(Lanes 1, 5)及び50μg/mlの濃度のビスフェノールP(B.P.)エーテル溶液(lanes 2, 3, 4)それぞれ1μlをスポットし、約1時間展開した。その結果、図2の左側の図に示すように、ほぼ同一のRf値を示した。また、B.P.およびE.G.単独添加、及び両方を混ぜて添加の3種類を比較した結果、同一のRf値であった(図2の右側の図)。以上の結果から、ビスフェノールP が石蓮花の成分であることが改めて証明された。
【0031】
・神経細胞死抑制効果試験
(実施例1)
実施例1では、上記のようにして単離・同定されたビスフェノールPについての市販試薬を購入し、これを秤量して1mg/kg B.W.の用量でラットの腹腔内に注射した。
(比較例1)
比較例1では、ラットの腹腔内に生理食塩水を投与した。
(比較例2)
比較例2では、石蓮花エーテル抽出物を0.5 mg/kg B.W. の用量でラットの腹腔内に注射した。この用量はup-and-down 法により50% 有効量が0.15 mg/kgであったことから定めたものである。
【0032】
なお、実施例1のラットの例数は3例であり、比較例1及び比較例2のラットの例数はそれぞれ10例である。
【0033】
投与後3時間経過及び24時間経過後、ラットに対してUrethane 1 g/kg i.p.を用いて麻酔を施し、脳定位装置にて頭蓋骨頭頂部に垂直方向にドリルで穴を開け、その穴に注射針を挿入し、約3.5 mmの深さに達した後、3×10-7g/ml ドウモイ酸溶液2〜5μl(切片作成後分りやすいようにカーボン添加)だけ注入した。ゆっくり注射針を引き抜いて創部を消毒し縫合した。
【0034】
・アポトーシス検出方法
ドウモイ酸で処理したラットは、翌日に4%パラホルムアルデヒド溶液で全身を灌流固定して、パラフィン包埋した。パラフィンブロックを薄切した。切片の厚さは、1μmである。切片をプレパラートグラスに載せて固定し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。別のプレパラートではアポトーシス検出キット(和光:コード293-71501、TdT-mediated uUTP backendlabeling 3’-OH terminal transferase手法)に従った。発色は、PODconjugated antibodyを浸漬させて、ウォッシュ後、DABで発色させた。アポトーシスは細胞核が茶褐色に発色することで容易に判別できる。さらにヘマトキシリン染色を軽く行い、アポトーシスになっていない細胞の核は、青暗色である。
【0035】
以上のようにして処理を施したラットについて、腹腔内に投与した成分が、ドウモイ酸による中枢神経系細胞アポトーシスに対してどのような影響を与えるかについて調べた。
【0036】
<結 果>
ラットの脳組織の水平断面図を図3に示す。また、ドウモイ酸を脳内に注入した後の各部位における光学顕微鏡写真を図4図8に示す。
【0037】
・Parietal cortexにおける結果(図4参照)
図4の左側写真に示すように、比較例1(すなわち生理食塩水を投与したcontrol)では、側頭部前野に位置するParietal cortexでは、Tunel陽性細胞が束をなして密集しており、その大部分は、比較的小さい細胞である。中には陰性細胞が混在する。以上のことから、比較例1においてはドウモイ酸によって誘導される神経(膠)細胞死が顕著であることが分かった。これに対して、図4の中央の写真に示すように、石蓮花抽出物を投与した比較例2では、そのようなTunel陽性細胞はほとんど観察されず、神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。さらに、ビスフェノールPを投与した実施例1においても、石蓮花抽出物を投与した比較例2と同様、Tunel陽性細胞はほとんど観察されず、ドウモイ酸によって誘導される神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。
【0038】
・Dentate Gyrus(図5参照)及びCA4(図6参照)における結果
比較例1では海馬帯におけるHill、CA3及びCA4に隣接する歯状回では、大きな細胞と小さな細胞がともにTunel染色陽性の細胞が認められ、小さな細胞が集まっている部位の大きな細胞が強く陽性に染まっていた(図5左側及び図6左側)。このことから、ドウモイ酸の誘導による神経(膠)細胞死が顕著であることが示唆された。これに対して、石蓮花抽出物を事前投与した比較例2(図5中央及び図6中央)では、小さな陽性細胞はほとんど見られず、大きな細胞がわずかに陽性になっている程度であって、顕著な神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。さらに、ビスフェノールPを投与した実施例1においても、石蓮花抽出物を投与した比較例2と同様、Tunel陽性細胞はほとんど観察されず(図5右側及び図6右側)、神経(膠)細胞死の抑制効果が認められた。
【0039】
・Entorhinal cortex(図7参照)及びPRh(図8参照)における結果
また、Entorhinal cortex及びPRhでは、比較例1においてTunel染色陽性の細胞は小さな細胞に限って認められた。一方、石蓮花抽出物を事前投与した比較例2及びビスフェノールPを事前投与した実施例1では、このような小さな細胞についても陽性になることが抑制されていることが分かった。これらの小さな細胞は神経(膠)細胞と思われるが、神経膠細胞も石蓮花抽出物と同様、ビスフェノールPによってTunel染色が陰性化し、ドウモイ酸によって引き起こされるアポトーシス細胞死をビスフェノールPが強く抑制することが示された。
【0040】
以上の試験結果から、ビスフェノールPが神経細胞のドウモイ酸によるアポトーシスを予防的に抑制することが明確に示された。ドウモイ酸は、グルタミン酸・アスパラギン酸と同じ構造を有しており、自然発症の認知症予防にビスフェノールPが有効であることを示唆する。脳内の神経細胞のアポトーシスをビスフェノールPそのものによって直接的に抑制するだけでなく、神経(膠)細胞の機能抑制および停止は神経細胞の機能抑制および停止させる間接的影響がでることも今後の重大な神経変性疾患の解明における薬理学的ツールとして役立てることができる。また、それらの疾患の治療薬としても期待できるものである。
【0041】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【要約】
【課題】、神経(膠)細胞死を抑制することができる、新たな薬剤及び神経(膠)細胞死抑制用食品組成物を提供すること。
【解決手段】本発明の神経(膠)細胞死抑制剤は、ビスフェノールPを含有することを特徴とする。本発明者は、ラットの腹腔内にビスフェノールPを投与した場合、ドウモイ酸の誘導による神経(膠)細胞死の作用が抑制されることを見出した。また、本発明の食品組成物はビスフェノールPを含有するため神経(膠)細胞死を抑制する効果を奏することができる。食品組成物の形態としては、例えば、固形、半固形または液体の製品、具体的には、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤または液剤等のほか、クッキー、せんべい等の菓子類、清涼飲料等の形態が挙げられる。
【選択図】図4
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8