特許第6671611号(P6671611)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6671611低温発酵性乳酸菌および低温発酵性乳酸菌を用いた発酵飼料の製造法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6671611
(24)【登録日】2020年3月6日
(45)【発行日】2020年3月25日
(54)【発明の名称】低温発酵性乳酸菌および低温発酵性乳酸菌を用いた発酵飼料の製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20200316BHJP
   A23K 10/12 20160101ALI20200316BHJP
   A23K 10/18 20160101ALI20200316BHJP
   C12R 1/225 20060101ALN20200316BHJP
【FI】
   C12N1/20 A
   A23K10/12
   A23K10/18
   C12R1:225
【請求項の数】6
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2015-130741(P2015-130741)
(22)【出願日】2015年6月30日
(65)【公開番号】特開2017-12052(P2017-12052A)
(43)【公開日】2017年1月19日
【審査請求日】2018年6月20日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02065
(73)【特許権者】
【識別番号】591108178
【氏名又は名称】秋田県
(73)【特許権者】
【識別番号】596137715
【氏名又は名称】秋田十條化成株式会社
(72)【発明者】
【氏名】木村 貴一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 慶太郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 真姫子
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 潤
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 寛子
(72)【発明者】
【氏名】把田 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】加藤 正樹
【審査官】 野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−236344(JP,A)
【文献】 特開2013−236604(JP,A)
【文献】 田中治、外2名,「サイレージ調製における乳酸菌Lactobacillus curvatusの接種効果」,GRASSLAND SCIENCE (日本草地学会誌),2000年 7月,Vol.46, No.2,pp.148-152
【文献】 TOHNO, M., et al.,"Genotypic and phenotypic characterization of lactic acid bacteria isolated from Italian ryegrass silage.",ANIMAL SCIENCE JOURNAL,2011年 7月26日,Vol.83, No.2,pp.111-120,doi: 10.1111/j.1740-0929.2011.00923.x
【文献】 ZHOU, Y., et al.,"Effect of temperature (5-25℃) on epiphytic lactic acid bacteria populations and fermentation of whole-plant corn silage.",JOURNAL OF APPLIED MICROBIOLOGY,2016年 7月29日,Vol.121, No.3,pp.657-671,doi: 10.1111/jam.13198
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00− 7/08
C12Q 1/00− 3/00
A23K 10/00−50/90
A23L 2/00−35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
20糖もの多様な糖質を資化する優れた発酵性を有し、4℃の低温環境下において増殖性および発酵性に優れ、且つ、外気温8℃以下から発酵飼料原料が凍結しない低温度帯においてpH4.0〜4.6の範囲にある良質な発酵飼料を30日以内に製造できる高い適性を有し、且つ、低・未利用資源から良質な発酵飼料の製造に高い適性を有した乳酸菌 ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株。
【請求項2】
発酵飼料用原料に、請求項1に記載の菌株を混合することを特徴とする、発酵飼料の製造方法。
【請求項3】
前記発酵飼料用原料が、サイレージ用原料又は発酵TMR飼料用原料である、請求項2に記載の発酵飼料の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤。
【請求項5】
請求項1に記載の菌株にて製造した発酵飼料と輸入飼料の合計100質量%に対して、請求項1に記載の菌株にて製造した発酵飼料1〜100質量%と、輸入飼料0〜99質量%を含有する、輸入飼料に含まれる残留農薬を排除又は低減した飼料の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の菌株にて製造した発酵飼料と輸入飼料の合計100質量%に対して、請求項1に記載の菌株にて製造した発酵飼料1〜100質量%と、輸入飼料0〜99質量%を含有する、輸入飼料に含まれる残留農薬を排除又は低減した堆肥の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,糖質資化性および低温増殖性と低温発酵性に優れ、且つ、外気温8℃以下の低温環境下においても良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する乳酸菌株に関するものである。
また、本発明は、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、及び、前記菌株を混合することを特徴とする、良質な発酵飼料(詳しくは、サイレージ、発酵TMR飼料)の製造方法に関するものである。
さらに、本発明は、発酵飼料を輸入飼料と置き換えることで輸入飼料から持ち込まれる残留農薬を排除または低減した飼料の製造方法、及び、堆肥の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌は、古来より食習慣があることから安全性の面で心配がない。我が国においてもきわめて需要の高い漬け物、みそ、しょうゆ、清酒をはじめとする酒類、乳発酵製品などの発酵食品や、サイレージをはじめとする発酵飼料などで広く活用されている。
【0003】
サイレージとは、牧草・飼料作物などの粗飼料を発酵した畜産飼料である。サイロによるサイレージや、牧草・飼料作物をプラスチックフィルムでロール状に巻き上げた、ロールベールサイレージなどが一般的である。
日本において、牧草・飼料作物など粗飼料の生産量の約70%以上が、サイレージに調製・加工されている。飼料作物はトウモロコシが一般的であるが、飼料米や飼料イネの利用も進められている。
一般的なサイレージは、牧草・飼料作物に付着した野生細菌による「自然発酵」にて調製される。乳酸菌による発酵が進んだ乳酸含量の高いサイレージが良質とされる。それに対して、酪酸型や酢酸型の発酵をしたサイレージは劣質とされ、嗜好性・採食量が優れたものではない。
さらに、サイレージの調製や貯蔵過程において、カビの発生や劣質な発酵により、ロールを廃棄するケースが少なくない。
発酵飼料の調製には、野生細菌による自然発酵が利用されてきた。そのため、寒冷地や高地など外気温が低い環境下では充分な発酵が行えず、低温期に於いて良質な発酵飼料を安定且つ確実に製造できないでいる。
【0004】
畜産飼料として、混合飼料であるTMRが広く利用されている。TMRはTotal Mixed Rationsのアクロニムである。TMR素材は輸入への依存度が高く、世界的な需要の増加や天候不順により価格が高騰している。そのため、畜産農家、酪農家の負担が増大し、最終製品である乳製品や畜肉の価格高騰に直結している。
日本においては、廃棄される食品や食品製造工程で排出される食品残渣の増加が問題となっている。資源循環型社会の構築および環境負荷の低減などの観点から、低・未利用飼料資源を有効に活用した高品質な飼料の調製技術が求められ、食品残渣などを発酵させた混合飼料である「発酵TMR飼料」への利用が検討されている。
【0005】
発酵飼料はpH 4.0〜4.5の範囲にあるものが良質とされ、特に、pH 4.2以下が良質であるとされる。また、pH 4.6以上は不良とされる。
【0006】
これまでのサイレージ調製や発酵TMR調製に関する研究として、牧草・飼料作物の細断や高圧密封などによる嫌気条件の形成保持や、材料草の水分調製にビートパルプなどの利活用、材料草の糖含量を補充する糖蜜を添加するなどの調製技術が開発され、世界的に普及されてきた。
近年、サイレージ発酵の品質改善を目的として、サイレージ発酵スターターに乳酸菌製剤や繊維分解酵素セルラーゼが応用されるようになった。
乳酸菌製剤をサイレージの発酵スターターとして用いることによって、サイレージの発酵品質の改善効果が認められている(非特許文献1〜3、特許文献1,2参照)。これらの乳酸菌は、サイレージ発酵において乳酸菌が産生した乳酸によりpHが低下し、腐敗菌を抑制し、乳酸型の良質なサイレージを生産する。
「発酵TMR飼料」においては、低・未利用飼料資源には、多様な素材を含むことから、栄養要求性が低く、且つ、様々な発酵性糖質を乳酸発酵できる乳酸菌が求められている。
【0007】
飼料イネサイレージは、イネの茎が中空構造で空気量が多くなり、嫌気的条件の保持が難しく、好気性微生物や糸状菌などが良く繁殖する。その結果、乳酸発酵が円滑に進まず酢酸型やアンモニア態窒素が多い劣質な発酵パターンになりやすい。
乳酸発酵による良質な飼料イネサイレージの製造を目的に、乳酸菌製剤「畜草1号(雪印種苗株式会社製)」が(独)農業・生物系特定産業技術研究機構畜産草地研究所(以下、畜産草地研究所)と埼玉県農林総合研究センター、雪印種苗株式会社で共同開発されている(非特許文献4、特許文献3参照)。
「畜草1号」は、畜産草地研究所が発見したラクトバシラス・プランタラム 畜草1号株であり、耐酸性が高く、乳酸発酵能に優れた乳酸菌とされる。
畜草1号株にラクトコッカス・ラクティス SBS0001株を混合した乳酸菌製剤「畜草1号プラス(雪印種苗株式会社製)」は、イネホールクロップサイレージの発酵品質の早期安定から長期保存性の改善を目的に開発された、飼料用イネサイレージ専用の乳酸菌製剤である。SBS0001株は、初期の発酵が速い特徴を持ち、畜草1号株と混合発酵することにより、発酵初期から安定した乳酸発酵を行う事を目的としている。
【0008】
寒冷地や高地など、秋の訪れが早く、特に夜温が低下する地域では、自然発酵による発酵飼料の製造に必要な発酵温度の確保が困難である。そのため、サイレージ発酵スターター乳酸菌製剤を添加し、乳酸発酵の促進が検討されている。
しかしながらサイレージ発酵、及び、発酵TMR飼料のサイレージ発酵スターターにおいて、寒冷地や高地における低温環境下での良好な発酵性に着目した乳酸菌製剤はなく、低温環境下に於けるサイレージや発酵TMR飼料の品質改善に十分な効果を発揮できなかった。
【0009】
乳酸菌ラクトバシラス・サケイ KLB 3138aC株は16糖を資化できる性質を有し、さらに、低温増殖性、及び、低温発酵性に優れており(特許文献4参照)、低温環境下にて発酵を行える。しかしながら、栄養要求性が高く(生育に各種脂質、ビタミン、アミノ酸などを要求する性質で、高いとはより多くの成分を必要とする)増殖には多様な栄養素を必要とすることや、食品に多く含まれるマルトース以上の糖質を発酵しないなど、発酵飼料における実用性に欠ける。そのため、牧草・飼料作物を糖質などの添加物無し発酵することは困難と考えられ、さらに、様々な低・未利用資源より良質な発酵TMR飼料の製造が難しいと思われる。
【0010】
平成16年以降、輸入飼料の残留農薬に起因する、牛フン堆肥のクロピラリド汚染が農作物に甚大な被害をもたらし、社会問題化している(非特許文献5参照)。牛フン堆肥とは、牛のフンを発酵させた肥料であり、花芽形成、果実の充実に働くリンを多く含むため、トマトやナスなどの果菜類に多用される。
クロピラリドとは、国外で広葉雑草の防除に使用されるホルモン型除草剤の成分である。クロピラリドは、土壌残留性が高いため、日本では使用が認められていない。
クロピラリドに汚染された輸入飼料を牛が摂食すると、クロピラリドは牛のフンに排泄される。クロピラリドに汚染された牛のフンから堆肥を作ることで、トマト、大豆、サヤエンドウ、ナス、パセリ、セルリー、ニンジン、ひまわり、菊などの農作物に甚大な被害をもたらしたことから、社会問題化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2006−42647号公報
【特許文献2】特開2007−82468号公報
【特許文献3】特開2004−041064号公報
【特許文献4】特開2007−236344号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】蔡義民(2001.12)サイレージ乳酸菌の役割と高品質化調製. 日本草地学会誌 47(5): 527-533.
【非特許文献2】蔡義民(2007.3.31)プロバイオティック機能を有するサイレージの調製。新しい畜産技術−近未来編−。p70-71.
【非特許文献3】蔡義民(2006.3.1)サイレージ調製における微生物研究利用. 畜産の研究60(3):369-375.
【非特許文献4】蔡義民 (2002) 土と微生物 56:75-83.
【非特許文献5】佐藤強ら(2011) 堆肥に残留する除草剤クロピラリドによる作物の生育障害. 土肥誌81(2):158-161
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記課題を解決し、低温環境下において良質な発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)を製造する微生物、及び、微生物を利用した製造技術を提供することを目的とする。
また、資源循環型社会の構築および環境負荷の低減などの観点から、低・未利用飼料資源を有効に活用した高品質な発酵飼料を製造する微生物及び製造技術を提供することを目的とする。
さらに、本発明による発酵飼料を混合することで輸入飼料の使用量を削減又は排除することで、コスト削減を実現し、且つ、輸入飼料に含まれた残留農薬に起因する数々の問題を解決する技術を提供することを目的とする。
【0014】
本発明の第1の目的は、低温増殖性と低温発酵性に優れ、且つ、栄養要求性が低く、幅広い糖質資化能を有した特徴を持つ、発酵能力に優れた乳酸菌を開発することにある。
【0015】
本発明の第2の目的は、外気温8℃以下の低温環境下で良質な発酵飼料の製造技術を提供することを目的とする。
【0016】
本発明の第3の目的は、低・未利用飼料資源を有効に活用した高品質な飼料の調製技術を提供し、資源循環型社会の構築および環境負荷の低減を実現することを目的とする。これらによって、廃棄率の低減とコスト削減につながる発酵飼料の製造技術を提供することを目的とする。
【0017】
本発明の第4の目的は、発酵飼料を輸入飼料と置き換えることで輸入飼料から持ち込まれる残留農薬を排除または低減した飼料の製造方法、及び、堆肥の製造技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、低温増殖性と低温発酵性に優れ、且つ、栄養要求性が低く幅広い糖質資化性を有する乳酸菌を自然界より取得することで、外気温8℃以下から発酵飼料原料が凍結しない低温環境下においても、良質な発酵飼料を製造出来るのではないかと考えた。また、国産原料を用いた良質な発酵飼料を輸入飼料と代替することで、輸入飼料に由来する残留農薬を飼料中から低減し、さらに、残留農薬の影響を低減した良質な堆肥が製造できるのではないかと考えた。
そして本発明者は、「低温増殖性に優れ、且つ、幅広い糖質資化性を有する乳酸菌」を利用することに着目した。
【0019】
本発明者らは、低温増殖性と低温発酵性に優れ、且つ、栄養要求性が低く幅広い糖質資化性を有する乳酸菌を自然界より取得するにあたり、自然からのストレス負荷が大きく且つ栄養に乏しい分離源として、秋田県畜産試験場内圃場にて栽培されたリードカナリーグラスやオーチャードグラスなどの牧草やトウモロコシの植物体を分離源として、鋭意研究開発を行った。その結果、優れた低温増殖性及び低温発酵性を示し、且つ、栄養要求性が低く糖質資化性に優れた乳酸菌としてラクトバシラス・カルバタス C5127Di株を新規に分離した。
このC5127Di株を、発酵飼料原料(特に、飼料米や飼料イネを含む飼料作物や牧草などのサイレージ原料、および、発酵TMR飼料原料など)に混合することで、発酵飼料の製造に高い適性を有することを見いだし、さらに、8℃以下の低温環境下にて良好なサイレージ発酵を行うことを見いだした。
低温環境下で製造した発酵TMR飼料は香りも良く、乳牛に与えたところ、嗜好性が良く下痢などの臨床症状も認められなかったことから、良質な発酵TMR飼料であることが示された。
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。
【0020】
即ち、請求項1に係る本発明は、低温増殖性および低温発酵性に優れ、且つ、外気温8℃以下から発酵飼料原料が凍結しない低温度帯においてpH4.0〜4.6の範囲にある良質な発酵飼料を30日以内に製造できる高い適性を有し、且つ、低・未利用資源から良質な発酵飼料の製造に高い適性を有した微生物に関するものである。
請求項2に係る本発明は、糖質資化性、及び、低温増殖性及び、低温発酵性に優れ、且つ、外気温8℃以下から発酵飼料原料が凍結しない低温度帯においても良質な発酵飼料製造に高い適性を有した新規乳酸菌 ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株に関するものである。
請求項3に係る本発明は、発酵飼料用原料に、請求項1または2に記載の菌株を混合することを特徴とする、発酵飼料の製造方法に関するものである。
請求項4に係る本発明は、前記発酵飼料用原料が、サイレージ用原料又は発酵TMR飼料用原料である、請求項3に記載の発酵飼料の製造方法に関するものである。
請求項5に係る本発明は、請求項1または2に記載の菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤に関するものである。
請求項6に係る本発明は、請求項1または2に記載の菌株にて製造した発酵飼料と輸入飼料の合計100質量%に対して、請求項1または2に記載の菌株にて製造した発酵飼料1〜100質量%と、輸入飼料0〜99質量%を含有する、輸入飼料に含まれる残留農薬を排除又は低減した飼料の製造方法に関するものである。
請求項7に係る本発明は、請求項1または2に記載の菌株にて製造した発酵飼料と輸入飼料の合計100質量%に対して、請求項1または2に記載の菌株にて製造した発酵飼料1〜100質量%と、輸入飼料0〜99質量%を含有する、輸入飼料に含まれる残留農薬を排除又は低減した堆肥の製造方法に関するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、糖質資化性および低温増殖性および低温発酵性に優れ、且つ、外気温8℃以下から発酵飼料原料が凍結しない低温度帯において、発酵飼料製造に高い適性を有した微生物の提供を可能とする。また、前記微生物を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤を提供することを可能とする。
これらにより本発明は、通常の発酵飼料に適した外気温10〜40℃における発酵飼料の製造に高い適性を有するのみならず、さらに低い温度帯(外気温8℃以下で且つ発酵飼料原料が凍結しない温度帯)において、牧草・飼料作物や発酵TMR原料の発酵を可能とする。そして、乳酸菌が増殖した良質(低pHであり、乳酸含量が多く、アンモニア態チッソ含量が低い)な発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)を製造することを可能とする。
【0022】
本発明の乳酸菌株は、幅広い糖質資化性を有する事から、様々な糖質を含んだ多様な食品廃棄物から効果的に乳酸発酵を行うことが可能であり、多様な食品廃棄物から良質な発酵飼料を製造することを可能とする。低・未利用飼料資源を有効に活用した高品質な飼料の調製技術を提供し、資源循環型社会の構築および環境負荷の低減を実現する。
【0023】
また、本発明は、家畜の嗜好性が良く、安全性の高い飼料を製造することを可能とする。
【0024】
さらに、本発明は、発酵TMR飼料原料中に含まれる輸入飼料使用量を減少又は排除することが可能であり、輸入飼料中の残留農薬を減少または排除した飼料を製造可能とする。残留農薬を減少または排除した飼料を給餌することで、フンに含まれる残留農薬を減少又は排除することが出来ることから、フンを利用した堆肥から残留農薬を減少又は排除することを可能とし、農作物の健全な成長と環境汚染の低減を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】実施例2で実施した、8℃における低温増殖性に優れた菌株の選抜結果をABS=600による生育曲線で示した図である。
図2】実施例4で実施した、8℃におけるC5127Di株の生育結果を、ABS=600による生育曲線で示した図である。
図3】実施例6で実施した、発酵飼料米製造について、摂氏4℃、6℃、8℃の低温度域における添加乳酸菌株の効果をpHの低下で示した図である。
図4】実施例7で実施した、摂氏4℃における発酵飼料米製造に必要な発酵日数を、添加乳酸菌株ごとにpHの低下で示した図である。
図5】実施例9で実施した、摂氏4℃における発酵期間21日間の小規模発酵TMR製造試験結果を、添加乳酸菌株ごとにpHの低下で示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は,糖質資化性および低温増殖性と低温発酵性に優れ、且つ、外気温8℃以下の低温環境下においても良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する乳酸菌株に関する。
また、本発明は、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、及び、前記菌株を混合することを特徴とする、良質な発酵飼料(詳しくは、サイレージ、発酵TMR飼料)の製造方法に関する。
さらに、本発明は、前記菌株にて調製した発酵飼料を輸入飼料と置き換えることで輸入飼料から持ち込まれる残留農薬を排除または低減した飼料の製造方法、及び、堆肥の製造方法に関する。
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0028】
<1.ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株 (NITE P−02065)>
本発明の乳酸菌は、ラクトバシラス・カルバタス (Lactobacillus curvatus)である。特にラクトバシラス・カルバタスに属する乳酸菌のうち、ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株である。本発明にいうC5127Diは秋田県と秋田十條化成株式会社で独自に菌株に付与した番号である。本ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株は牧草であるオーチャードグラスより、本発明者の1人によって初めて分離されたものである。
【0029】
本発明に用いられる乳酸菌ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株は次の方法でオーチャードグラスより分離した。
【0030】
[自然界からの酸生産菌の分離] 本乳酸菌は、許可を得て採取した牧草・飼料作物(牧草としてリードカナリーグラスまたはオーチャードグラス、飼料作物としてトウモロコシを含む)及び、発酵飼料の断片を滅菌生理食塩水中に縣濁し、この縣濁液1mlを、炭酸カルシウム0.8%, 寒天1.5%を加えたLactobacilli MRS培地にて混釈培養を行い、炭酸カルシウムを溶解して得られるクリアゾーンを形成したコロニーから純粋に分離したものである。その結果、牧草・飼料作物など172サンプルから、酸生産菌として1,562株を得た。
【0031】
[低温増殖性および低温発酵性に優れた酸生産菌の選抜]
このように分離した酸生産菌1,562株から、10℃における生育を指標に、低温増殖性を有する酸生産菌の選抜を行った。10℃に冷却したMRS液体培地に1,562株を個別に植菌し、10℃で4日間培養した結果、増殖性を示した300株を得た。
この300株から、さらに低温増殖性に優れた酸生産菌を選抜するため、6℃に冷却したMRS液体培地に300株を個別に植菌し、6℃で7日間静置培養したところ、増殖性を示した14株を得た。
【0032】
14株から最も優れた低温増殖性を示す酸生産菌を選抜するために、インキュベーションリーダーHiTS(品番:HiTS-S2,株式会社サイニクス社製)を用いて、8℃における低温増殖性に優れた菌株の選抜を試みた結果、低温増殖性に優れた酸生産菌として9株を得た。
この9株を0.017%のBCP(ブロモクレゾールパープル、pH指示薬)を含むMRS液体培地に1/100量接種したものを8℃で培養し、色相の変化指標にpH低下を確認したところ、9株全てが3日以内にpHが低下した。
この結果から、9株いずれも低温発酵性に優れることが判った。
【0033】
[糖質資化性に優れた酸生産菌の選抜]
このように分離した低温増殖性および低温発酵性に優れた酸生産菌9株の糖質資化性は、API50 CH / CHL(日本ビオメリュー社製)を用いて調べた。
その結果、最も多様な20糖の糖質を資化するC5127Di株を選択した。C5127Di株の分離源は、オーチャードグラスであった。
【0034】
[低温増殖性に優れ、且つ、糖質資化性に優れた酸生産菌の同定]
この様にして選択したC5127Di株の菌学的性質を調べた。16SリボソームDNA(rDNA)の塩基配列の相同性の解析(Mori, K. et al.:Int. J. Syst. Bacteriol., 47巻、54-57 、1997) により、乳酸菌に属する細菌の一種であるラクトバシラス・カルバタスと99.9%の相同性を示した。糖質資化能による分類をAPI50 CH / CHL(日本ビオメリュー社製)により行ったところ、ラクトバシラス・カルバタスの標準株とは異なる糖質資化性を示すこと、且つ、マンニトール及びメリビオースの資化性を有しない特徴から、本菌はラクトバシラス・カルバタスに属する新規な菌株と同定し、菌株番号をC5127Diとした。以下、 C5127Di株と表記する。
【0035】
Sneath, P. H. A.らの方法[Bergey's Manual of Systematic Bacteriology volume 2]で調べた本乳酸菌C5127Di株のその他の菌学的性質は、菌体の形:桿菌、グラム染色性:陽性、胞子形成:陰性、カタラーゼ活性:陰性、運動性:陰性であった。
【0036】
本発明のラクトバシラス・カルバタス C5127Di株は独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターにNITE P−02065(寄託番号)として寄託されている。
【0037】
また、C5127Di株の菌学的性質として、低温環境下でも「良質な発酵飼料の製造に適した性質」を挙げることが出来る。具体的には、「優れた乳酸発酵能」と「優れた低温発酵性」と「優れた低温増殖性」、及び、20糖を乳酸発酵する「幅広い糖質資化性」を有するものである 。なお、通常の発酵飼料の発酵が嫌気条件で行われることから、C5127Di株の嫌気条件における生育能及び発酵能を指すものであり、必須の性質である。
ここで、「優れた乳酸発酵能」と「優れた低温発酵性」と「優れた低温増殖性」は、低温環境下で良質な発酵飼料(低pHであり、乳酸や有機酸を多く含む)を製造する上で必須な性質である。
【0038】
さらに、20糖を乳酸発酵する「幅広い糖質資化性」は、多様な食品廃棄物などを発酵TMR素材として良質な発酵飼料(低pHであり、乳酸や有機酸を多く含む)を製造する上で必須な性質である。その結果、多様な食品廃棄物などを発酵TMR素材として活用でき、輸入飼料の混合比率を低減させる、または、排除することで、輸入飼料に含まれる残留農薬を低減または排除することが可能となり、畜産飼料及びフンに含まれる残留農薬を低減又は排除する上で必須な性質である。
【0039】
「優れた乳酸発酵能」としては、通性へテロ発酵型乳酸発酵能を有するものである。
さらに、「優れた乳酸発酵能」としては、C5127Di株をMRS液体培地にて培養した場合、pH 3.90付近で発酵が停止する性質から、良質な発酵飼料に求められるpH範囲であるpH 4.0〜4.5の範囲にある発酵飼料を製造する能力を有するものである。
【0040】
また、C5127Di株以外の菌株であっても、C5127Di株と前記した菌学的性質の点で同一の性質を有する「ラクトバシラス・カルバタス (Lactobacillus curvatus)に属する乳酸菌」であれば、別途に分離された菌株であっても、本発明の菌株として用いることができる。
【0041】
なお、当該菌株の分離方法としては、発酵飼料の原料や発酵飼料(具体的には、牧草・ 飼料作物サイレージ)などの分離源の希釈液を寒天培地に混釈培養し、嫌気条件で菌株を分離培養した後、生理生化学的性質などを調べることで、選抜することができる。
【0042】
<2.発酵飼料の製造方法>
本発明においては、前記新規乳酸菌株を、発酵飼料原料に混合することが必須である。
混合の方法としては、原料中に偏りなく、好ましくは均一になるように行うことが望ましい。例えば、菌株を水や培養液等に溶いて(懸濁や混和して)噴霧する方法や、混合攪拌する方法などで行うことができる。
混合する菌株の量としては、原料1kgに対して106〜109菌数レベル(具体的には108菌数レベル程度)で混合することが望ましいが、105〜1010菌数レベルで混合することもできる。
菌株の混合時期としては、サイレージ発酵を開始する前に行うことが望ましいが、サイレージ 発酵の途中の段階で混合を行ってもよい。
なお、当該新規乳酸菌株に加えて、別途他の有用な微生物(例えば、硝酸塩や亜硝酸塩の低減作用を有する微生物、セルラーゼやヘミセルラーゼなどの多糖分解酵素を有する微生物、家畜の整腸作用を有するプロバイオティクス微生物など)や各種酵素製剤(セルラーゼやヘミセルラーゼ、キシラナーゼ、アミラーゼ、キチナーゼなどの多糖分解酵素、タンパク質分解酵素、脂質分解酵素など)を 混合してもよい。
【0043】
本発明に用いることができる発酵飼料原料としては、サイレージ原料である牧草や飼料作物(例えば、オーチャードグラス、リードカナリーグラス、イタリアンライグラス、スーダングラス、アルファルファ、ソルゴー、トウモロコシ、ソルガム、飼料イネ、飼料米など)、発酵TMR飼料原料(例えば、配合飼料、濃厚飼料、乾草、ビートパルプ、ビタミン・ミネラル製剤、作物副産物、食品副産物、作物廃棄物、食品廃棄物などを混合した原料)などを挙げることができる。
【0044】
上記発酵としては、通常のサイレージ発酵と同様の条件に加えて、さらに低温度帯の条件で行うことができる。通常のサイレージ発酵とは、例えば、サイレージを調製する場合は、嫌気条件で、外気温(10〜40℃程度)で30日以上放置することで、発酵させることができる。さらに、本発明では、サイレージ発酵で素材が凍結しない限りサイレージ発酵を行える。具体的には、嫌気条件で、外気温(0〜40℃程度)で30日以上放置することで、発酵させることができる。サイレージ発酵には、サイロを用いる通常の方法、ロールベールサイレージ法、フレコンバック法、などで行うことができる。
また、発酵TMR飼料を調製する場合も、通常の発酵TMR飼料の調製法と同様の条件に加えて、さらに低温度帯の条件で行うことが出来る。通常の発酵TMR飼料の調製法とは、約40〜70%の水分含量に調製し、嫌気条件で、外気温(10〜40℃程度)で14日以上放置することで、発酵させることができる。さらに、本発明では、発酵TMR素材が凍結しない限り発酵TMR飼料の調製を行える。具体的には、約40〜70%の水分含量に調製し、嫌気条件で、外気温(0〜40℃程度)で14日以上放置することで、発酵TMR飼料を調製することができる。発酵TMR飼料の調製は、フレコンバック法、ロールベール法、などで行うことができる。
【0045】
<3.発酵飼料の性質>
当該サイレージ発酵過程においては、混合した新規乳酸菌株は、8℃以下の低温度環境中においても飼料中に増殖し、良好に乳酸を生産する。特に8℃以下の環境であれば、一般的な微生物は生育が困難になり、本発明の乳酸菌が優先的に生育できる。そのため、上記発酵過程を経て得られた発酵飼料は、乳酸含量が高く、且つ、酪酸及び酢酸やアンモニア態窒素含量の低い良質な飼料となる。
これらにより、発酵飼料中のpHは低下したものとなり、腐敗微生物が抑制されるため、有機物の腐敗分解が抑制される。
また、本発明の新規乳酸菌株はMRS液体培地に於いてpH3.9付近で発酵が停止する性質を有することから、本発明により製造した発酵飼料は、良質な発酵飼料の目安とされるpH 4.0〜4.5の範囲に発酵を容易に収束することができる。
【0046】
従って、本発明により製造した発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)は、8℃以下の低温度環境においても、8℃以上の通常の発酵飼料製造法にて調製した発酵飼料と同様に、良質な発酵飼料を製造できる。すなわち、上記発酵過程を経て得られた発酵飼料は、乳酸含量が高く、且つ、酪酸及び酢酸やアンモニア態窒素含量の低い良質な飼料である。
【0047】
<4.微生物製剤>
本発明においては、上記新規乳酸菌株を含有してなる微生物製剤の形態にして提供することができる。
微生物製剤の形態としては、上記新規乳酸菌株を凍結乾燥状態にして粉末状の形態、賦型剤等と混ぜて固形にした形態、カプセルに充填する形態、液体アンプルの形態、凍結菌体の形態などを挙げることができる。好ましくは、凍結乾燥製剤の形態が好適である。
また、本発明では、上記新規乳酸菌株に加えて、上記した別途他の有用菌株や酵素製剤を混合して含有してなる剤の形態とすることもできる。
【0048】
微生物製剤の使用形態としては、水や培養液等に溶いて(懸濁や混和して)用いることが望ましいが、直接原料に混合することもできる。
また、本発明の微生物製剤の使用量としては、原料1kgに対して106〜109菌数レベル(具体的には108菌数レベル程度)で混合することが望ましいが、105〜1010菌数レベルで混合することもできる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例をあげて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0050】
以下、本菌株または本菌または本乳酸菌とは ラクトバシラス・カルバタス C5127Di株 (以下、C5127Di株またはC5127Diと記す)を示す。
ラクトバシラス・カルバタスの標準菌株であるJCM 1096T株(以下、JCM 1096T株と記す)は、C5127Di株の同定に用いた。
ラクトバシラス・サケイ KLB 3138aC株 (以下、KLB 3138aC株またはKLB 3138aCと記す)は、本発明者らが所有する菌株の中で、最も低温増殖性の優れた菌株であることから、低温増殖性及び低温発酵性の比較対照として用いた。
市販されている飼料イネサイレージ調製用乳酸菌製剤「畜草1号プラス(雪印種苗株式会社製)」(以下、市販品、または、市販株、または、市販乳酸菌製剤と記す)を、市販乳酸菌製剤の代表例として比較対照に用いた。
【実施例1】
【0051】
<自然界からの酸生産菌の分離>
本乳酸菌は秋田県畜産試験場の有する圃場より、許可を得て採取した牧草・飼料作物(牧草としてリードカナリーグラス及びオーチャードグラス、飼料作物としてトウモロコシを含む)及び、発酵飼料の断片 2gを、塩化ナトリウム0.9%, 蒸留水5mlの組成からなる生理食塩水を、121℃で15分間滅菌処理してなる滅菌生理食塩水中に縣濁した。続いて、この縣濁液1mlを、炭酸カルシウム0.8%, 寒天1.5%を加えたLactobacilli MRS培地(組成:プロテオースペプトン1%、牛肉エキス1%、酵母エキス0.5%、ブドウ糖2%、Tween 80 0.1%、クエン酸アンモニウム0.5%、硫酸マグネシウム0.01%、硫酸マンガン0.005%、リン酸二カリウム0.2%、ディフコ社製)20mlの組成からなるMRS寒天培地で混釈培養を行い、30℃,3日間培養し、炭酸カルシウムを溶解して得られるクリアゾーンを形成したコロニーから純粋に分離したものである。その結果、牧草・飼料作物など172サンプルから、酸生産菌として1,562株を得た。
【実施例2】
【0052】
<低温増殖性および低温発酵性に優れた酸生産菌の選抜>
実施例1にて得られた酸生産菌1,562株から、10℃における生育を指標に、低温増殖性を有する酸生産菌の選抜を行った。本来清澄なMRS液体培地に酸生産菌を植菌すると、生育に伴って濁りを生じる。この濁りを指標として、10℃に冷却したMRS液体培地に1,562株を個別に植菌し、10℃で4日間培養した。その結果、濁りを生じた300株を得た。
この300株は、さらに低温増殖性に優れた酸生産菌を選抜するため、6℃に冷却したMRS液体培地に300株を個別に植菌し、6℃で7日間静置培養した。その結果、濁りを生じた14株を得た。
【0053】
14株から最も優れた低温増殖性を示す酸生産菌を選抜するために、インキュベーションリーダーHiTS(品番:HiTS-S2,株式会社サイニクス社製)を用いて、ABS=600nmの吸光度変化を指標に、8℃における低温増殖性に優れた菌株を選抜した。8℃に冷却したMRS液体培地に14株を個別に植菌し、8℃で7日間(168時間)振盪培養した。
その結果を図1に示す。低温増殖性に優れた酸生産菌として、ABS=600nmの値が1.1未満の5株(点線で記す)を除外し、ABS=600nmの値が1.1以上の9株(実線で記す)を得た。
この9株を0.017%のBCP(ブロモクレゾールパープル、pH指示薬)を含むMRS液体培地に1/100量接種したものを8℃で培養し、色相の変化指標にpH低下を確認したところ、9株全てが3日以内にpHが低下した。
この結果から、9株はいずれも低温発酵性に優れることが判った。
【実施例3】
【0054】
<糖質資化性に優れた酸生産菌の選抜>
実施例2にて得られた低温増殖性および低温発酵性に優れた酸生産菌9株の糖質資化性は、API50 CH / CHL(日本ビオメリュー社製)を用いて調べた。その結果、最も多様な20糖の糖質を資化したC5127Di株を選択した。C5127Di株の分離源は、オーチャードグラスであった。
【実施例4】
【0055】
<低温増殖性に優れ、且つ、糖質資化性に優れた酸生産菌の同定>
実施例3にて得られた低温増殖性に優れ、且つ、糖質資化性に優れた酸生産菌であるC5127Di株の菌学的性質を調べた。16SリボソームDNA(rDNA)の塩基配列の相同性の解析(Mori, K. et al.:Int. J. Syst. Bacteriol., 47巻、54-57 、1997) により、乳酸菌に属する細菌の一種であるラクトバシラス・カルバタスと99.9%の相同性を示した。
糖質資化能による分類をAPI50 CH / CHL(日本ビオメリュー社製)により行ったところ、標準株であるラクトバシラス・カルバタス JCM 1096T株とは異なる糖質資化性を示すこと、且つ、マンニトール及びメリビオースの資化性を有しない特徴から、本菌はラクトバシラス・カルバタスに属する新規な菌株と同定し、菌株番号をC5127Diとした。以下、 C5127Di株と表記する。
【0056】
Sneath, P. H. A.らの方法[Bergey's Manual of Systematic Bacteriology volume 2]で調べた本乳酸菌C5127Di株のその他の菌学的性質は、菌体の形:桿菌、グラム染色性:陽性、胞子形成:陰性、カタラーゼ活性:陰性、運動性:陰性であった。
【0057】
この様にして得られた本菌株の菌学的性質を表1にまとめた。
また、C5127Di株の8℃における増殖特性を図2に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
本菌株C5127Di株と、ラクトバシラス・カルバタスの標準菌株であるJCM 1096T株及び低温増殖性に優れたラクトバシラス・サケイ KLB3138aC株の糖質資化性試験結果を表2に示す。表2より、C5127Di株が標準株JCM 1096T株と異なる糖質資化性を示すこと、及び、低温増殖性に優れたKLB3138aC株より幅広い糖質を資化できることがわかった。
【0060】
【表2】
【実施例5】
【0061】
<乳酸菌株の培養法及び調製法>
本発明に用いられる乳酸菌の培養及び調製は、次の方法により行った。C5127Di株の比較対照として、発明者らが保有する中で最も優れた低温増殖性を有していたラクトバシラス・サケイ KLB 3138aC株を低温増殖性の比較対照に用いた。また、競合する先行技術の比較対照として、市販されている飼料イネサイレージ調製用乳酸菌製剤「畜草1号プラス(雪印種苗株式会社製)」を市販株として比較に用いた。
【0062】
Lactobacilli MRS培地にて30℃で18時間純粋培養したC5127Di株及びKLB 3138aC株を遠心分離機にて集菌し、ペレットを回収した。
市販株については、培地容積の1/1000重量の乳酸菌製剤をLactobacilli MRS培地に添加し、30℃で18時間培養後、遠心分離機にて集菌し、ペレットを回収した。
これらのペレットを滅菌生理食塩水で2回洗浄後、1x108 cells / mlとなるように滅菌生理食塩水にて懸濁した。
以下、特に断りのない場合は、この様にして調製した乳酸菌株を使用した。
【実施例6】
【0063】
<飼料米を発酵基質とした低温発酵性試験>
本発明に用いられる乳酸菌 C5127Di株の低温度域における飼料米発酵適性は、次の方法により決定した。C5127Di株の比較対照として、KLB 3138aC株及び市販株を用いた。また、コントロールとして、乳酸菌無添加区を用意した。
【0064】
飼料米100gをビニール袋に計りとり、1x108 cells / mlの各乳酸菌懸濁液を終濃度1x105 cells / gとなるように添加し、密閉した。乳酸菌を添加した飼料米を4℃または6℃または8℃にて21日間培養し、pHを測定する事で低温発酵性を測定した。試験開始時の飼料米のpHは6.8であった。
【0065】
その結果を表3及び図3に示す。乳酸菌無添加区において、若干のpH変化が認められた。これは、飼料米に由来する野生の酸生産菌によるものと考えられた。
乳酸菌添加区では、4℃において市販株はpH 5.9であり、KLB 3138aC株はpH 4.4であったが、C5127Di株はpH 4.3と、最もpHを下げることが出来た。
同様に、6℃においては、市販株はpH 5.4、KLB 3138aC株はpH 4.3であったが、C5127Di株はpH 4.2と、最もpHを下げることが出来た。
8℃においては、市販株はpH 4.3であり、KLB 3138aC株はpH 4.2であったが、C5127Di株はpH 4.2と、目立った差は無くなった。
【0066】
これらの結果から、低温度域において、飼料米を最も良く発酵させる能力を有することが判った。また、従来の市販乳酸菌製剤では、低温時に乳酸発酵を行えないことが判った。
【0067】
【表3】
【実施例7】
【0068】
<飼料米を発酵基質とした4℃における発酵期間の決定>
本発明に用いられる乳酸菌 C5127Di株の低温度域における飼料米の発酵日数は、次の方法により決定した。C5127Di株の比較対照として、KLB 3138aC株及び市販株を用いた。また、コントロールとして、乳酸菌無添加区を用意した。
【0069】
飼料米100gをビニール袋に計りとり、1x108 cells / mlの各乳酸菌懸濁液を終濃度1x105 cells / gとなるように添加し、密閉した。乳酸菌を添加した飼料米を4℃に保存し、14日目、21日目、28日目のpHを測定する事で低温発酵性を測定した。試験開始時の飼料米のpHは6.8であった。
【0070】
その結果を表4及び図4に示す。14日目のpHは、市販株はpH 6.2であったが、KLB 3138aC株及び、C5127Di株はpH 4.4と、充分にpHが低下していた。
この結果から、市販品と比較して充分短期間に、低温度で発酵を行えることが判った。
さらに21日目においては、市販株はpH 5.9、KLB 3138aC株はpH 4.4であったが、C5127Di株はpH 4.3と、最もpHを下げることが出来た。
28日目においては、市販株はpH 5.7であり、KLB 3138aC株はpH 4.3であったが、C5127Di株はpH 4.2と、必要且つ充分な乳酸発酵を4℃において行えることが判った。
【0071】
これらの結果から、実施例7によって示唆された低温度域における優れた発酵特性が裏付けられた。すなわち、低温度域において、飼料米を最も良く発酵させる能力を有することが証明された。
【0072】
【表4】
【実施例8】
【0073】
<飼料米を発酵基質とした4℃における最適添加菌数の決定>
本発明に用いられる乳酸菌 C5127Di株の低温度域における飼料米の発酵に求められる乳酸菌添加菌数は、次の方法により決定した。C5127Di株の比較対照として、KLB 3138aC株及び市販株を用いた。
【0074】
飼料米100gをビニール袋に計りとり、1x108 cells / mlの各乳酸菌懸濁液を、終濃度1x104 cells / g、または終濃度1x105 cells / g、さらに、終濃度1x106 cells / gとなるように添加し、密閉した。乳酸菌を添加した飼料米を4℃に保存し21日目のpHを測定する事で最適添加菌数を測定した。試験開始時の飼料米のpHは6.8であった。
【0075】
その結果を表5に示す。乳酸菌無添加区を4℃で21日間保存したところ、pH 5.6に低下していた。乳酸菌添加区では、終濃度1x104 cells / gとなるように乳酸菌を添加した試験区は、市販株はpH 6.3に上昇したが、KLB 3138aC株はpH 4.4、C5127Di株はpH 4.3と、充分にpHが低下していた。
一般的に、乳酸菌製剤の使用量は終濃度1x105 cells / g以上となるように推奨されている。この結果から、低温度域においても乳酸菌添加量を1/10に減らすことが可能であり、従来の市販乳酸菌製剤よりも低コスト化が実現された。
さらに終濃度1x105 cells / g試験区においては、市販株はpH 5.9、KLB 3138aC株はpH 4.4であったが、C5127Di株はpH 4.3と、最もpHを下げることが出来た。
終濃度1x106 cells / g試験区においては、市販株はpH 5.4であり、KLB 3138aC株はpH 4.3であったが、C5127Di株はpH 4.2と、必要且つ充分な乳酸発酵を4℃において行えることが判った。
【0076】
これらの結果から、従来の技術と比較して飼料米を基質にした場合、優れた低温発酵性を有し、且つ、製剤使用量を1/10に減らすことが出来るため低コスト化を実現できた。
【0077】
【表5】
【実施例9】
【0078】
<TMR原料を基質とした、小規模サイレージにおける低温発酵試験>
本発明に用いられる乳酸菌 C5127Di株の低温度域におけるTMR原料を基質とした発酵適性は、次の方法により決定した。C5127Di株の比較対照として、KLB 3138aC株及び市販株を用いた。また、コントロールとして、乳酸菌無添加区を用意した。
【0079】
TMR素材として、重量で乾草32.1%、おから47.8%、糖蜜2.0%、水分60%となるように混合したTMR原料を調製した。このTMR原料100gをビニール袋に計りとり、1x108 cells / mlの各乳酸菌懸濁液を、終濃度1x105 cells / gとなるように添加し、密閉した。乳酸菌を添加したTMR原料を4℃に保存し21日目のpHを測定する事で発酵TMR適性を検討した。この試験は3連で行い、その平均値を結果とした。試験開始時のTMR原料のpHは7.13であった。
【0080】
その結果を図5に示す。4℃で21日間保存した後のpH変化は、市販株はpH 6.11であったが、KLB 3138aC株はpH 4.52、C5127Di株はpH 4.47と、充分にpHが低下していた。
【0081】
これらの結果から、本発明の乳酸菌は、4℃という低温度域においても発酵TMRの製造を実現できることが判った。
また、従来の市販乳酸菌製剤では、低温環境下に置いて発酵TMRを製造できないことが判った。
【実施例10】
【0082】
<TMR原料を基質とした、晩秋から初冬における実規模サイレージ低温発酵試験>
本発明に用いられる乳酸菌 C5127Di株の低温度域におけるTMR原料を基質とした実規模発酵適性は、次の方法により決定した。C5127Di株の比較対照として、KLB 3138aC株を用いた。
【0083】
実施例6から9で、晩秋から初冬の最高気温8℃程度の時期でも、発酵TMRが製造できる可能性が示唆された。この可能性を証明するために、実規模での乳酸発酵TMRの製造試験を行った。
さらに、通常のTMRは輸入飼料である配合飼料とビートパルプにデントコーンサイレージやロールベールサイレージを混ぜて調製される。食品残渣の利用に関して、配合飼料及びビートパルプの使用量を減らし、国産食品残渣への置き換えを検討した。
【0084】
TMR配合成分と配分を、表6に示した。要求される栄養成分のうち、配合飼料とビートパルプの栄養素を生おからと酒粕に置き換えた。
表6の通りの重量配分にあるTMR原料1000kgに対して1x109個cell / mlを含む乳酸菌培養液を1リットル添加し、常法に従いロールベールサイレージとして2014年10月1日(以下、秋期と表記)と2014年11月28日(以下、厳寒期と表記)に調製し、屋外にて保管および発酵した。また、C5127Di株とKLB 3138aC株の培養液を混合して添加した混合培養物も用意した。30日目のロールベールサイレージを開封し、pHを測定する事で実規模発酵TMR適性を検討した。
また、通常のLactobacilli MRS培地は動物由来成分を含んでいるため、飼料に添加することが出来ない。そのため、動物由来成分を排除した培地にて、培養液を作成し、本試験に使用した。試験開始時のTMR原料のpHは7.13であった。
【0085】
【表6】
【0086】
その結果を表7に示す。秋期に30日間保存した後のpH変化は、KLB 3138aC株はpH 4.09、C5127Di株はpH 4.13と、充分にpHが低下していた。
厳寒期に30日間保存した後のpH変化は、KLB 3138aC株はpH 4.56、C5127Di株はpH 4.58であった。
さらに、C5127Di株とKLB3138aC株の培養液を混合して調製した発酵TMRは、秋期はpH 4.05、厳寒期はpH 4.58であった。
発酵TMRはpH 4.5以下を目標に製造される。これらの結果から、厳寒期の結果は、若干pHが高いが、許容範囲であった。
【0087】
また、いずれの発酵TMRも香りが良く、実際に乳牛に与えたところ、嗜好性が非常に良く、下痢などの臨床症状も認められなかったことから、厳寒期における発酵TMR製造を実現した。
【0088】
さらに、この実規模発酵TMRは、配合飼料やビートパルプの使用量を減らし、食品残渣に置き換えた飼料であることから、輸入飼料使用量の低減を実現した。すなわち、輸入飼料の残存農薬も同時に低減しており、牛フン堆肥からクロピラリド等の農作物への影響を低減できた。
【0089】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明は、サイレージ、TMR発酵飼料の添加剤として、畜産分野において広範な利用が期待される。
外気温が低い時期に於いても優れた発酵性を有することから、寒冷地や高地など、さらに広範な利用が期待される。
また、環境にやさしく、安全性に優れている。
新規サイレージ調製(製造)用添加物として、飼料メーカーへの技術移転が期待される。
【符号の説明】
【0091】
ABS=600 吸光度600ナノメーターによる測定
【受託番号】
【0092】
NITE P−02065
図1
図2
図3
図4
図5