【実施例】
【0031】
[実施例1]
(1)熟成肉からの微生物のスクリーニング
(1−1)スクリーニング用培地の調製
200mLの三角フラスコに、3.9gのポテトデキストロース寒天培地(日水製薬(株)社製)及び100mLの蒸留水を加え、湯せんにより撹拌しながら加温溶解し、オートクレーブ処理(高圧蒸気滅菌処理:121℃、15分)した。続いて、オートクレーブ処理した培地を、クリーンベンチ内で15分間UV照射した後、滅菌済プラスチックシャーレ(直径90mm)に分注して、スクリーニング用のポテトデキストロース寒天(potato dextrose agar;PDA)平板培地を作製した。また、分離菌株の純粋分離に用いる培地として、0.01%のTriton X−100を含む同組成の平板培地も同様に作製した。また、分離菌株の採取及び保存用には、試験管に分注して作製したPDA培地(PDAスラント培地)を調製した。
【0032】
(1−2)微生物のスクリーニング
続いて、熟成庫内の熟成肉(枝肉)から、優先的に繁殖している微生物を乾熱滅菌済みのピンセット、又は白金耳を用いて、スクリーニング用のポテトデキストロース寒天平板培地に塗布した。4℃及び15℃で3〜4日培養し、生育した糸状菌様微生物を採取し、純粋分離用の平板培地に塗布した。続いて、同様に生育した微生物を分離菌株としてPDA斜面培地に採取した。また、オートクレーブ処理した20%(w/v)グリセロール溶液に胞子を懸濁したものをグリセロールストックとして−80℃で保存した。
【0033】
(2)分離菌株の同定
(2−1)菌株同定用培地の調製
糸状菌様微生物の菌体回収用の培地として、200mL用の三角フラスコに、1gの酵母エキス(Difco社製)、1gのポリペプトン(日本製薬(株)社製)、2gのD−グルコース、及び80mLの蒸留水を加え、撹拌して完全に溶解した後、100mLになるよう定容した。続いて、100mLの培地を試験管に5mLずつ分注し、オートクレーブ処理したものを分離菌株の菌体回収用のPGY(Peptone,Glucose,Yeast Extract)液体培地として用いた。
【0034】
また、同定実験に用いる大腸菌形質転換株用の培地として、0.5gの酵母エキス(Difco社製)、1gのポリペプトン(日本製薬(株)社製)、1gの塩化ナトリウム、及び80mLの蒸留水を加え、撹拌して溶解した。続いて、1N水酸化ナトリウム溶液でpHを6.8〜7.0に調整した。続いて、100mLになるよう定容し、試験管に2mLずつ分注した。
寒天培地を作製する場合は、定容後に1.5gの寒天を加え、湯せんで溶解した。オートクレーブ処理後、寒天培地には、15分間UV照射したクリーンベンチ内で、終濃度が括弧内の濃度になるように、アンピシリンナトリウム(50μg/mL)、イソプロピル−β−D(−)−チオガラクトピラノシド(1mM)、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド(0.04%)を加え、滅菌済プラスチックシャーレに分注して、形質転換株獲得用のLB寒天平板培地とした。
2mLのLB液体培地は、プラスミド回収の培養の前に、終濃度が50μg/mLになるようアンピシリンナトリウムを加えてから培養に用いた。
【0035】
(2−2)菌株の同定
分離菌株の同定は、以下に示した方法により、28S rRNA遺伝子の塩基配列及びInternal transcribed sequence (ITS:後述)に基づいて同定した。
【0036】
(2−2−a)菌体からのDNAの調製
菌体の回収は、分離菌株を菌体回収用のPGY液体培地を用いて15℃で2日間振とう培養し、ミラクロスをセットしたブフナーロートを用いた吸引ろ過によって行った。続いて、従来の方法(参考文献:浜本牧子、「微生物の分類・同定実験法−分子遺伝学・生物学的手法を中心に−」、2.DNAの調製 2.2.酵母・糸状菌 2.2.3.小スケール法、p.26−27、シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社、2001年)に従って、菌体からDNAを抽出した。抽出されたDNAの濃度は1%アガロースゲル電気泳動により確認した。サイズマーカーはHindIIIで消化したλ−DNAを用いた。
【0037】
(2−2−b)PCRによる28S rRNA遺伝子の増幅
続いて、従来の方法(参考文献:Sandhu, G.S., Kline, B.C., Stockman, L. and Roberts, G.D., “Molecular probes for diagnosis of fungal-infections.” Journal of Clinical Microbiology, 33, 2913-2919, 1995.)に従って、前記(2−2−a)で調製したDNAを鋳型として、PCR法により28S rRNA遺伝子の一部分を増幅した。プライマーとして、真菌の28S rRNA遺伝子に特異的な配列であるP1プライマー(配列番号1:5’−ATCAATAAGCGGAGGAAAAG−3’)、及びP4プライマー(配列番号2:5’−ACTCCTTGGTCCGTGTTTCA−3’)を用いた。増幅の確認は、2%(w/v)アガロースゲル電気泳動により行った。サイズマーカーは、100bp DNA ladder(Bioneer社製)を用いた。
【0038】
(2−2−c)PCR増幅産物の精製
FavorPrep GEL/PCR Purification Mini Kit(FAVORGEN社製)を用いて、PCR増幅産物を精製した。続いて、以下に示したエタノール沈殿操作を行った。前記(2−2−b)で得られたPCR増幅産物に、1/10容量の3M acetate buffer (pH5.2)、2.5容量の99.5% EtOHを加え、25℃で15分間静置した後、遠心分離(15,400×g、15分、25℃)した。続いて、上清を除去し、70%エタノールを100μL加え、遠心分離(15,400×g、10分、25℃)した。続いて、上清を除去し、10分間減圧下で乾燥させた(以後、本操作を「エタノール沈殿」と呼ぶ。)。続いて、得られた沈殿物を4μLのTE buffer(10mM Tris−HCl(pH8.0)、1mM EDTA)に溶解した。そのうち、1μLを2%(w/v)アガロースゲル電気泳動に供し、精製されたPCR増幅産物の回収を確認した。
【0039】
(2−2−d)ベクターと精製PCR増幅産物のライゲーション
精製PCR増幅産物及びpGEM T−Easy Vector Systems I(Promega社製)を用いて、12℃で1晩インキュベートし、ライゲーション反応を行った。
【0040】
(2−2−e)大腸菌の形質転換及びプラスミドの回収
ECOS(登録商標) Competent E. coli DH5α(ニッポンジーン社製)を製品マニュアルに従い、前記(2−2−d)で調製したライゲーション反応液を用いて形質転換した。続いて、得られた形質転換株をLB寒天平板培地で37℃、20時間培養した。続いて、生育したコロニーを滅菌した爪楊枝を用いて2mLのLB液体培地に植菌し、37℃で16時間振とう培養した。続いて、従来の方法(参考文献:Sambrook, J. and Russell, D. W., Molecular cloning: a laboratory manual, 3rd ed., “Preparation of plasmid DNA by Alkaline Lysis with SDS: Minipreparation”, p. 1.32-1.34, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY, 2001.)に従って、アルカリ溶菌法によりプラスミドDNAを回収した。続いて、回収したプラスミドDNAを、0.2μLのRNase A溶液(10mg/mL、Sigma−Aldrich社製)を含む40 μLのTE bufferに溶解した。続いて、37℃で5分間インキュベートした後、そのうち、1μLを1%(w/v)アガロースゲル電気泳動に供し、目的サイズのプラスミドDNAの回収を確認した。サイズマーカーとしてHindIIIで消化したλ−DNAを用いた。
【0041】
(2−2−f)DNAシークエンシング
続いて、前記(2−2−e)で回収したプラスミドDNAをFavorPrep GEL/PCR Purification Mini Kit(FAVORGEN社製)を用いて精製した。精製したプラスミドDNA溶液のうち、1μLのサンプルを1%(w/v)アガロースゲル電気泳動に供し、プラスミドDNAの回収を確認した。続いて、残りの精製プラスミドDNAのうち、4μLをシークエンシングに用いた。BigDye(登録商標) Terminator v3.1 Cycles Sequencing Kit(Applied Biosystems社製)を用いて、サイクルシークエンシングを行った。まず、プラスミドDNAをPCR反応により増幅した。PCR反応条件は、96℃で1分間加熱した後、96℃で10秒間、50℃で5秒間、60℃で4分間のサイクルを35回繰り返した。続いて、PCR増幅産物を含む反応液をエタノール沈殿し、15μLのHidi formamide(Applied Biosystems社製)に溶解し、得られた試料を3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems社製)に供し、DNA配列を得た。得られたデータをChromas LITE version 2.01(Technelysium Pty社製)、及びGENETYX(登録商標)−WIN version 3.1.0(Software Development社製)を用いて解析した。決定した塩基配列と同一性を示す配列を、fastaプログラムを用いて、European Molecular Biology Laboratory(http://www.ebi.ac.uk/embl/)のデータベースを検索した。同一性の高さに基づいて、分離菌株を同定した。
【0042】
形態及び28S rRNA遺伝子の塩基配列の解析結果から、ケカビ目ケカビ科(Mucoraceae)のいくつかの属種の菌株を高い同一性を示した。同一性が高かった候補の属種から、JW−1株がどの属種かを同定するため、Internal transcribed sequence(ITS)領域を用いて同定を進めた。参考文献(Walther et al., “DNA barcoding in Mucorales: an inventory of biodiversity”, Persoonia, 30, 2013: 11-47)に示されている属種を基に候補株を選定した。具体的な方法としては、前記菌体からのDNAの調製、PCR、PCR増幅産物の精製、DNAシークエンシングから成るダイレクトシークエンス法により行った。PCRに用いたプライマーは、高い同一性を示した菌株のITS領域の塩基配列の増幅に特異的なプライマーを作製し(JW−ITS−F(配列番号3):5’−CAACGGATCTCTTGGTTCTC−3’、JW−ITS−R(配列番号4):5’−CCCGCCTGATTTCAGATC−3’)し、使用した。結果を表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
表1から、ヘリコスティラム属(Helicostylum)の両種との同一性が99.5%以上、タムニジウム属(Thamnidium)、ムコール属(Mucor)及びピレラ属(Pirella)との同一性が94.5%以下であることが判明した。このから、JW−1株をヘリコスティラム属(Helicostylum)と同定した。
【0045】
[実施例2]
(1)胞子懸濁液調製用の培地の調製
300mLの三角フラスコに1gの酵母エキス(Difco社製)、1gのポリペプトン(日本製薬(株)社製)、2gのD−グルコース、1.5gの寒天、及び100mLの蒸留水を加え、湯せんにより撹拌しながら加温溶解した。続いて、オートクレーブ処理(高圧蒸気滅菌処理:121℃、15分)した後、クリーンベンチ内で15分間UV照射した。続いて、滅菌済プラスチックシャーレ(直径9cm)に分注して、PGY平板培地を作製した。
【0046】
(2)JW−1株の胞子懸濁液の調製
続いて、(1)で調製した1枚のPGY平板培地に、滅菌水に懸濁したJW−1株の胞子を塗沫し、15℃で4日間培養した。続いて、培地一面に生育し、胞子形成が見られる菌体に、滅菌水を各平板培地に5mL加え、胞子懸濁液を調製した。5枚のPGY平板培地から調製した胞子懸濁液の胞子濃度は、1mLあたり1.7×10
6個 となるように滅菌水の量を調節した。胞子数のカウントは、顕微鏡観察下(×400倍)でトーマ氏血球計算盤を用いて行い、1mLあたりの胞子数を算出した。
【0047】
(3)胞子が着生した布の作製
続いて、180℃、30分間乾熱殺菌したシャーレ(直径9cm)に、5mLの(2)で調製した胞子懸濁液を移し、各1.5×1.5cmの大きさに裁断し、オートクレーブ処理したレーヨン、木綿ガーゼ及びエステルを浸し、軽く振とうした。続いて、浸した各布を乾熱殺菌したシャーレに移し、通風乾燥機を用いて40℃で一晩乾燥させた。続いて、乾燥させた各布をPDA平板培地に接種した後、15℃で4日間インキュベートし、JW−1株の増殖を目視で観察した。結果を
図1に示す。
【0048】
図1から、いずれの材質の布においても、JW−1株の増殖が確認でき、レーヨンを用いた場合において、JW−1株が一番多く増殖することが明らかとなった。
【0049】
[実施例3]
(1)胞子懸濁液調製用の培地の調製
500mLの三角フラスコに3gの酵母エキス(Difco社製)、3gのポリペプトン(日本製薬(株)社製)、6gのD−グルコース、4.5gの寒天、及び300mLの蒸留水を加え、湯せんにより撹拌しながら加温溶解した。続いて、オートクレーブ処理(高圧蒸気滅菌処理:121℃、15分)した後、クリーンベンチ内で15分間UV照射した。続いて、滅菌済プラスチックシャーレ(直径9cm)に分注してPGY平板培地を作製した。
【0050】
(2)JW−1株の胞子懸濁液の調製
続いて、(1)で調製した15枚のPGY平板培地に、滅菌水に懸濁したJW−1株の胞子を塗沫し、15℃で4日間培養した。続いて、培地一面に生育し、胞子形成が見られる菌体に、滅菌水を各平板培地に5mL加え、胞子懸濁液を調製した。続いて、調製した胞子懸濁液の胞子濃度は、1mLあたり8.5×10
5個 となるように、滅菌水の量を調節した。胞子数のカウントは、顕微鏡観察下でトーマ氏血球計算盤を用いて行い、1mLあたりの胞子数を算出した。
【0051】
(3)胞子が着生した布の作製
続いて、シャーレ(直径12cm)に、22mLの(2)で調製した胞子懸濁液を移し、レーヨン(24cm×18cm)を浸し、軽く振とうした。続いて、浸した布を殺菌済みのタッパーに移し、通風乾燥機を用いて40℃で一晩乾燥させた(以下、「胞子付着布」と呼ぶ。)。また、実験のコントロール用として、オートクレーブ処理後、胞子を付着させずに、同様に一晩乾燥させた布を作製した(以下、「コントロール布」と呼ぶ。)。
【0052】
(4)熟成肉の製造
屠殺から6日後(黒毛和種、去勢雄、2才)の牛ブロック肉(使用した部位:シキンボ)約340〜380g(0日目の試料とする)に、(3)で作製した布をブロック肉全体が覆われるように巻きつけ、胞子付着布を巻きつけたブロック肉、及びコントロール布を巻きつけたブロック肉を準備した。続いて、各布を巻きつけた熟成肉を製造している熟成庫内(4.7℃、湿度72%)で10日間、熟成させた(10日目の試料とする)。
【0053】
(5)熟成肉の各種分析
(5−1)経過観察
熟成開始から0日目及び10日目に、菌糸の生育及び胞子形成の程度を目視で観察した。結果を
図2に示す。
【0054】
図2から、0日目ではいずれの布を巻きつけたブロック肉においても、菌糸の生育は観察されなかったが、10日目ではどちらの布を巻きつけたブロック肉においても菌糸の生育が観察された。コントロール布を巻きつけたブロック肉に対し、胞子付着布を巻きつけたブロック肉では全面に均一に菌糸の生育が観察された。また、10日目のコントロール布を巻きつけたブロック肉においても菌糸の生育が確認されたのは、熟成庫内に存在する菌が付着し、繁殖したものであると推察できる。
【0055】
(5−2)水分量の測定
熟成開始から0日目及び10日目に、ブロック肉の重量を測定し、減少した重量を熟成過程で失われた水分量とした。結果を表2に示す。
【0056】
【表2】
【0057】
表2から、胞子付着布を巻きつけたブロック肉と、コントロール布を巻きつけたブロック肉とで、水分の減少率に差がないことが明らかとなった。
【0058】
(5−3)脂質の融点測定
(5−3−a)熟成肉からの総脂質の抽出
熟成開始から0日目の牛ブロック肉、及び肉表面をトリミングした熟成開始から10日目のブロック肉(コントロール布及び胞子付着布で製造したもの)をカットし、その一部を脂質の抽出操作に用いた。脂質の抽出はFolchらの方法(参考文献:Folch, J., Lees, M., and Sloane-Stanley, G.H., “A Simple method for the isolation and purification of total lipides from animal tissues”, J. Biol. Chem., 226, 497-509, 1957)を参考に以下の方法で行った。まず、ミンチ状にカットした2gの肉に30mLのクロロホルム−メタノール(体積比=2:1)を加え、ホモジナイザーSX10(三井電気精機(株)社製)を用いて30秒間ホモジナイズした。続いて、No.2ろ紙(アドバンテック東洋(株)社製)をセットしたTF目皿板(55mm)及びガラス製ろ過器を用いて、吸引ろ過した。続いて、ろ液を回収し、残渣に30mLのクロロホルム−メタノール(体積比=2:1)を加え、ホモジナイズ及びろ過する操作を2回行った。3回目のろ紙上の残渣に10mLのクロロホルム−メタノール(体積比=2:1)を加えて洗浄ろ過し、全てのろ液と洗浄液を合わせて、キャップ付ガラス試験管に移した。続いて、0.2容量の蒸留水を加え、30秒間振とうし、遠心分離(1100×g、30分)した。続いて、上層を除き、下層を200mLのナス型フラスコに移した。続いて、ロータリーバキュームエバポレーター(型式:N−1、東京理化器機械(株)社製)を用いて濃縮し、最小量のヘキサンに溶解して10mLのキャップ付ガラス試験管に移した。続いて、N
2ガスを噴きつけて有機溶媒を除去し、一部試料中に残存する有機溶媒を、オイルポンプを用いて除去した。
【0059】
(5−3−b)融点の測定
(5−3−a)で抽出された脂質を、予め1cmのところに印をつけた毛細管(外径:1.0±0.05mm、内径:0.58±0.05mm)を用いて、毛細管現象により1cmまで吸い上げた。これを繰り返し、1つの脂質試料あたり10本の毛細管を作製した。続いて、毛細管を氷冷した10mLのキャップ付ガラス試験管に移し、−20℃で一晩保存した。続いて、500mLのビーカーに水道水を約500mL及びスターラーバーを入れ、デジタル温度計の先端を水中に入れて固定した。続いて、水に氷を入れ、約5度まで水温を下げた。続いて、−20℃で一晩保存した毛細管を温度計等の棒状のものにテープ等で取り付け、水中に浸した。続いて、ホットスターラーを用いて、ビーカー内の水が2分間に約1℃上昇するくらいの程度で撹拌しながら加熱した。続いて、毛細管中の脂質が融解し、毛細管内で1cm上昇したときのデジタル温度計の温度を融点として記録した。6本の平均値を算出し、脂質の融点とした。結果を
図3に示す。
【0060】
図3から、熟成開始から10日目の胞子付着布を巻きつけたブロック肉では、熟成開始から0日目のブロック肉及び熟成開始から10日目のコントロール布を巻きつけたブロック肉に対して、有意に融点が下がることが明らかとなった。これは、菌の増殖に伴い、脂肪酸の鎖長(炭素数)が短くなる(少なくなる)、又は脂肪酸の不飽和度が高くなる(炭素間の2重結合が増える)等、脂肪酸の組成が変化したためであると推察できる。次に、脂肪酸の組成の変化の有無を確かめるために、総脂肪酸の組成を分析した。
【0061】
(5−4)総脂肪酸組成の分析
各熟成肉に含まれる脂質を、総脂肪酸として抽出し、メチルエステル化した後、GC−MSにより分析した。方法を以下に示す。
【0062】
(5−4−a)熟成肉からの総脂肪酸の抽出
熟成開始から0日目の牛ブロック肉、及び肉表面をトリミングした熟成開始から10日目のブロック肉(コントロール布及び胞子付着布で製造したもの)をカットし、液体窒素で急冷し、一度−85℃で凍結保存した後、解凍した試料を総脂肪酸の抽出操作に用いた。続いて、ミンチ状に破砕した1.0gの肉試料、0.5gのピロガロール、5粒の沸騰石(ナカライテスク社製)、及び50mLの1M水酸化カリウム/エタノール溶液を200mLのナス型フラスコに加えたものを3点用意した。これにリービッヒ冷却管を装着し、マントルヒーターで加温しながら、30分間沸騰させた。続いて、ナス型フラスコ内の試料液が室温になった後に、150mLの蒸留水を加えた。続いて、30%(v/v)硫酸を用いて、pHを2に調整し、500mLの分液ロートに移した。50mLのジエチルエーテル−ヘキサン(体積比=1:1)を加えて、5分間振とう抽出し、下層を除去した。さらに、これを繰り返した。続いて、上層(有機溶媒層)に40mLの蒸留水を加え、5分間振とう抽出し、下層を除去した。さらに、これを3回繰り返した。続いて、上層(有機溶媒層)を200mLの三角フラスコに移し、硫酸ナトリウムを適当量加えて撹拌し、残存している水分を有機溶媒層から除去した。続いて、脱脂綿及びガラスロートを用いてろ過し、ろ液を200mLのナス型フラスコに移した。続いて、ロータリーバキュームエバポレーター(N−1型、東京理化器機械(株)社製)を用いて溶媒を除去した。得られた固形分を5mLのヘキサンに溶解し、10mLのキャップ付ガラス試験管に移した。
【0063】
(5−4−b)メチルエステル化及びGC−MS分析
続いて、(5−4−a)で調製した総脂肪酸1mLを10mLのキャップ付ガラス試験管に移し、N
2ガスで溶媒を除去した。続いて、1mLの三ふっ化ほう素メタノール錯体メタノール溶液(ガスクロマトグラフ用、和光純薬工業(株)社製)を加え、100℃で7分間、ときどき撹拌しながら加熱した。続いて、流水で室温まで冷却し、1.5mLのヘキサンを加え、30秒間激しく振とうして撹拌し(以下、「振とう抽出」と呼ぶ。)、2.5mLの飽和塩化ナトリウム溶液(3.5gの塩化ナトリウム/10mL蒸留水)を加え、同様に振とう抽出した。続いて、遠心分離(700×g、2分間)後、上層(ヘキサン層)を回収した。残った下層にさらに1mLのヘキサンを加え、同様に振とう抽出し、上層を先ほど回収した上層に合わせて回収した。なお、試薬又は溶液類を加える操作毎に、試験管内の気相をN
2ガスで置換してから、次の操作を行った。回収した上層を総脂肪酸として、GC−MS(GCMS−QP2010 SE、(株)島津製作所社製)を用いて、脂肪酸組成を分析した。GC−MSの分析条件は、キャリアガスにHeガス、Rtx−5MSカラムを用い、カラム流量200mL/分、カラムオーブン温度は60℃、気化室温度250℃、60℃1分保持した後、6℃/1分の昇温条件で160℃までカラム温度を上昇させた後、4℃/1分の昇温条件で240℃まで昇温した後、240℃で10分間保持した。結果を
図4(A)〜(D)に示す。
図4(A)において、C
16+C
17+C
18とは、炭素数が16、17及び18である飽和脂肪酸(それぞれパルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸)の総量を示している。また、
図4(B)において、C
14は、炭素数が14である飽和脂肪酸(ミリスチン酸)の総量を示している。また、
図4(C)において、C
16:1は、炭素数が16であり、二重結合を一つ有する脂肪酸(パルミトレイン酸)の総量を示している。また、
図4(D)において、C
18:1は、炭素数が18であり、二重結合を一つ有する脂肪酸(オレイン酸及びバクセン酸)の総量を示している。
【0064】
図4から、熟成開始から10日目の胞子付着布を巻きつけたブロック肉では、鎖長(炭素数)の長い(多い)脂肪酸が減少し、鎖長の短い脂肪酸が増加することが明らかとなった。また、熟成開始から10日目の胞子付着布を巻きつけたブロック肉では、熟成開始から0日目のブロック肉及び熟成開始から10日目のコントロール布を巻きつけたブロック肉に対して、不飽和脂肪酸が有意に増加することが明らかとなった。
【0065】
(5−5)熟成肉のテクスチャーの分析
熟成開始から0日目の牛ブロック肉、及び肉表面をトリミングした熟成開始から10日目のブロック肉(コントロール布及び胞子付着布で製造したもの)を、筋繊維の伸びている方向に平行になるように、厚さ1cm、2.5cm四方に切り分けた。各肉について、10サンプルずつ用意した。続いて、切り分けた肉を、Rheoner II クリープメーターRE2−33005 S((株)山電社製)の試料台に乗せた。続いて、治具として円柱型(φ5mm)を用い、治具の肉への接触面には、可能な限り脂肪の塊が接触しないように肉を置いた。続いて、治具を肉表面に接触させ、肉の厚み(歪率0%)を測定した後、1mm/秒で試料台を歪率90%まで上昇させた。試料台の上昇に伴って発生する応力と破断点をモニターし、歪率60%における応力を「肉の歯ごたえ」の指標、また、最初の破断点が観察される歪率を「肉の噛みきり易さ(やわらかさ)」の指標として評価した。なお、各肉10サンプルの測定値の平均値及び標準偏差を算出した。結果を
図5に示す。
【0066】
図5から、熟成開始から10日目のブロック肉は、コントロール布及び胞子付着布で製造したもの共に、肉が硬くなり歯ごたえが増す傾向であった。また、熟成開始から10日目の胞子付着布を巻きつけたブロック肉では、熟成開始から0日目のブロック肉及び熟成開始から10日目のコントロール布を巻きつけたブロック肉に対して、有意に筋線維が切れやすく(噛みきり易く)なることが明らかとなった。
【0067】
以上のことから、本発明の製造方法によれば、従来の製造方法よりも、食肉の熟成が速く、生産性が向上することが確かめられた。