特許第6671706号(P6671706)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6671706
(24)【登録日】2020年3月6日
(45)【発行日】2020年3月25日
(54)【発明の名称】認識機能向上剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/26 20060101AFI20200316BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20200316BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20200316BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20200316BHJP
   A61K 8/46 20060101ALI20200316BHJP
【FI】
   A61K31/26
   A61P25/28
   A23L33/10
   A23L2/00 F
   A61K8/46
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2019-568484(P2019-568484)
(86)(22)【出願日】2018年1月31日
(86)【国際出願番号】JP2018003245
(87)【国際公開番号】WO2019150497
(87)【国際公開日】20190808
【審査請求日】2019年12月16日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591011007
【氏名又は名称】金印株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】奥西 勲
(72)【発明者】
【氏名】加藤 朋恵
【審査官】 深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−001282(JP,A)
【文献】 特開2010−280573(JP,A)
【文献】 特開2010−184892(JP,A)
【文献】 特表2007−509131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A23L 33/00−33/29
A23L 2/00− 2/84
A61K 8/00− 8/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
6−メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネートを有効成分として含有し、被験者に対して前記6−メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネートが投与量0.05mg/日〜5mg/日で経口投与されるように用いられることを特徴とする、注意機能及び情報処理機能向上剤。
【請求項2】
上記6−メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネートがわさびから抽出された抽出物中の成分または合成である請求項1の注意機能及び情報処理機能向上剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の注意機能及び情報処理機能向上剤を含む、注意機能及び情報処理機能向上のために用いる品または飲料
【請求項4】
機能性表示食品又は特定保健用食品である、請求項3に記載の食品
【請求項5】
ドリンク剤である、請求項3に記載の飲料
【請求項6】
請求項1又は2に記載の注意機能及び情報処理機能向上剤を含む、注意機能及び情報処理機能向上のために用いる医薬部外品
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳の機能、特に認識機能を向上させる認識機能向上剤に関する。
【背景技術】
【0002】
子供から成人まで幅広く、様々な場面で、学習能力の向上が望まれている。従来、学習能力を向上させる組成物について研究がされてきた(特開2007−246404号公報参照)。
【0003】
学習能力を向上させる脳機能として、認識機能及び情報処理能力が挙げられる。
発明者は、学習能力を高めるために、認識機能及び情報処理能力を高める新たな認識機能向上剤を鋭意探求した。
【0004】
本開示の一局面は、新規な認識機能向上剤を提供することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−246404号公報
【発明の概要】
【0006】
本開示の一態様は、6−メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネートを有する認識機能向上剤である。
本開示の別の一態様は、わさび抽出物を有する認識機能向上剤である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本開示の実施形態に係る認識機能向上剤は、6−メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネート(6−Methylsulfinyhexyl isothiocyanate)(略称:6−MSITC)を有する。
【0008】
本開示に用いられる6−MSITCは、化学的な合成法により得ることができるが、植物から抽出・精製したものでもよい。前記植物としては、例えば、バティス科(Bataceae)、アブラナ科(Brassicaceae)、ブレッシュネイデラ科(Bretschneideraceae)、フウチョウソウ科(Capparaceae)、パパイア科(Caricaceae)、トウダイグサ科(Euphorbiaceae)、ギロステモン科(Gyrostemonaceae)、リムナンテス科(Limnanthaceae)、ワサビノキ科(Moringaceae)、ペンタディプランドラ科(Pentadiplandraceae)、ヤマゴボウ科(Phytolaccaceae)、トベラ科(Pittosporaceae)、モクセイソウ科(Resedaceae)、サルウァドラ科(Salvadoraceae)、トウァリア科(Tovariaceae)、ノウゼンハレン科(Tropaeolaceae)、の植物等を挙げることができる。具体的には、例えば、わさび(Wasabia japonica)[別名:本わさび]、西洋わさび(Armoracia rusticana)[別名:山わさび]、Batis maritima(和名不詳)、からし(Brassica juncea)、ブロッコリー(Brassica oleracea var.italica)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、ナズナ(Capsella bursa―pastoris)、クレソン(Nasturtium officinale)、Bretschneidera sinensis(和名不詳)、ケッパー(Capparis spinosa)、パパイア(Carica papaya)、Drypetes roxburghii(和名不詳);Putranjiva roxburghii(和名不詳)、Tersonia brevipes(和名不詳)、Limnanthes douglasii(和名不詳)、ワサビノキ(Moringa oleifera)、Pentadiplandra brazzeana(和名不詳)、ヨウシュヤマゴボウ(Phytolacca americana)、Bursaris spinosa var.incana(和名不詳)、シノブモクセイソウ(Reseda alba)、Salvadora persica(和名不詳)、Tovaria pendula(和名不詳)、キンレンカ(Tropaeolum majus)等が挙げられる。ただし、本開示で用いることができる6−MSITCは、上記の植物から得られるものに限定されるものではなく、6−MSITCを含有するすべての天然資源を原料として用いることができる。
【0009】
6−MSITCの抽出・精製方法としては、例えば、アブラナ科植物であるわさびや西洋わさびから6−MSITCを抽出する方法等を挙げることができる。その抽出方法の詳細は特許3919489号公報によって公開されている。
【0010】
6−MSITCがわさびから抽出または合成されたものであることがよい。6−MSITCの化学合成法は具体的に説明すると以下のとおりである。
原理的にはKjaer等の方法に従う(Kjaer等, Acta chem.. Scand., 11, 1298, 1957)。6−クロロヘキサノールを用い、CH3−SNaと還流して6−メチルチオヘキサノールを得る。これに塩化チオニル(SOCl2)を作用させて、6−クロロヘキシルメチルサルファイドを得る。次にガブリエル法を用いて、フタルイミドカリウム塩により、アミノ基を導入し、N−(6−メチルチオヘキシル)−フタルイミドを生成する。これにヒドラジン水和物を加えて還流し、6−メチルチオヘキシルアミンを得た後、チオカルボニルクロライドを作用させて、6−メチルチオヘキシルイソチオシアネートを得る。
【0011】
さらに、得られた6−メチルチオヘキシルイソチオシアネートを、m−クロロ過安息香酸でメチルチオ基を酸化し、6−メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネート(6−MSITC)を得る(Morimitsu et. al., J.Biol.Chem., 277, 3456, 2002)。
【0012】
本開示の認識機能向上剤は、わさび抽出物を用いてもよい。わさび抽出物は、6−MSITCを含んでいるとよい。
本開示の認識機能向上剤の投与量は、患者の年齢、性別、体重、用法、用量などを考慮することにより決定される。用法としては、経口投与などが挙げられる。経口投与の場合、認識機能向上剤における6−MSITCの1日あたりの投与量は0.01mg/日〜10mg/日がよく、更に0.05mg/日〜5.0mg/日が好ましく、0.1mg/日〜1mg/日が望ましい。
【0013】
わさび抽出物を認識機能向上剤として用いる場合には、わさび抽出物中の6−MSTICの1日当たりの投与量が0.01mg/日〜10mg/日となるように、わさび抽出物を摂取させるとよい。
【0014】
本開示の認識機能向上剤は、食品、化粧品、医薬部外品、又は機能性表示食品/特定保健用食品に含有されてもよい。
本開示の食品は、認識機能向上剤を含んでいてもよい。本開示の化粧品は、認識機能向上剤を含んでいてもよい。本開示の医薬部外品は、認識機能向上剤を含んでいてもよい。
【0015】
本開示の認識機能向上剤を含有する食品の形態は任意であり、限定されるものではない。具体的な食品の形態としては、例えば、一般食品、一般飲料、サプリメント、健康食品、機能性表示食品、特定保健用食品などの保健機能食品及び特定用途食品、清涼飲料水、茶飲料、ドリンク剤、ワイン等のアルコール飲料、菓子、米飯類、パン類、麺類、惣菜類、調味料等が挙げられる。
【0016】
本開示の認識機能向上剤を含有する化粧品及び医薬部外品の形態は任意であり、限定されるものではない。具体的な化粧品及び医薬部外品としては、例えば、内用・外用剤、化粧水、乳液、クリーム、軟膏、パック、皮膚洗浄剤、シャンプー、リンス、入浴剤等が挙げられる。
【0017】
また、本開示の認識機能向上剤を含有する化粧品及び医薬部外品の剤形は限定されるものではない。具体的な化粧品及び医薬部外品の剤形としては、例えば、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤、液剤、乳液、クリーム、ゲル、軟膏、シート、ムース等が挙げられる。
【0018】
本開示の認識機能向上剤は、主成分である6−MSITCに加え、本開示の効果を損なわない範囲において、副成分として、一般に、食品、化粧品及び医薬部外品に用いられる各種任意成分を必要に応じて適宜配合してもよい。
【実施例】
【0019】
以下の被験物質を調製して、ヒトに投与したときの脳機能への影響を調査した。
(1)被験物質の調製
被験物質は、試料1及び参考試料1である。試料1は、6−MSITCを有するわさび抽出物、シクロデキストリン、ゼラチン、及びカラメル色素からなる。試料1における6−MSITCの含有量は0.5mgである。参考試料1は、わさび抽出物を含んでいない点を除いて、試料1と同様である。試料1及び参考試料1の形態は、パウダーである。
【0020】
(2)実験
一般に運動などの身体活動により認知機能の改善及び低下の抑制が認められることは知られている(安永明智,木村憲,高齢者の認知機能と運動・身体活動の関係,第25回健康医科学研究助成論文集,2010:129−13611)Yanagisawa H.et.al.,Acute moderate exercise elicits increased dorsolateral prefrontal activation and improves cognitive performance with Stroop test.,Neuroimage.,2010,50(4):1702−1710)。本実施例でも、運動習慣の有無が各種神経心理学的検査に影響を与えることが予想された。
【0021】
そこで、運動習慣のない被験者に対して被験物質を摂取させて脳機能への影響を調査した。「運動習慣のない被験者」として、週2回以上、1回30分以上の定期的な運動をしていない者を調査対象とした。以下のように、被験者に被験物質を摂取させて、被験者の状況を調査した。被験者は、運動習慣のない45歳以上69歳以下の男女である。いずれの被験者も物忘れを自覚しているが、健常者である。
【0022】
被験物質を摂取した被験者は37人であった。被験物質として試料1、参考試料1を摂取した被験者は、それぞれ19人、18人であった。試料1を摂取した被験者は、A群(6−MSTIC摂取者群)とした。参考試料1を摂取した被験者はP群(6−MSTIC非摂取者群)とした。
【0023】
被験者に、試料1又は参考試料1を1日1粒、就寝前に水またはぬるま湯とともに摂取させた。摂取期間は8週間とした。
6−MSTICをヒトに0.2〜1.0mg摂取させたときのヒト試験において、抗酸化作用、血流改善作用、抗炎症作用、肌状態改善効果が報告されている(金印株式会社)。そこで、試料1における6−MSITCの含有量は0.5mgとした。
【0024】
摂取4週目、8週目に以下の検査を行った。
(2−1)Stroop試験
Stroop試験は、脳へ同時に入ってくる2つの異なる情報(言語情報と色覚情報)の識別・処理能力を評価するテストである。新Stroop検査(箱田裕司、渡辺めぐみ;新ストループ検査II、株式会社トーヨーフィジカル)の検査実施手順に従って行った。このテストは、4つのステップ(「ステップ1」、「2」、「3」、「4」)のサブテストからなり、ステップが進むに従って難易度が増す。テストは複数の問題を含む。被験者は、所定時間内に問題を解く。それぞれのステップについて、達成数、正答数、誤答数(誤数)、逆ストループ干渉率、ストループ干渉率を評価した。
【0025】
達成数は、問題を解く処理速度を意味する。正答数は、正解した問題数に相当する数値である。誤答数は、誤った問題数に相当する数値である。逆ストループ干渉率及びストループ干渉率は、以下の算出式により求めた。
【0026】
逆ストループ干渉率(%)=100×(ステップ1の正答数―ステップ2の正答数)÷ステップ1の正答数
ストループ干渉率(%)=100×(ステップ3の正答数―ステップ4の正答数)÷ステップ3の正答数
達成数、正答数は測定値の増加が改善を示す。誤答数(誤数)、逆ストループ干渉率、ストループ干渉率は測定値の低下が改善を示す。
ステップ1:言葉が表すインクの色にチェックをつける
ステップ2:言葉の表す色とインクの色とが対応していない。言葉が表すインクの色にチェックをつける。
ステップ3:インクの色に当たる言葉を選んでチェックをつける。
ステップ4:言葉の表す色とインクの色とが対応していない。言葉が書かれているインクの色に当たる言葉を選んでチェックをつける。
【0027】
ステップ1〜4の測定値の推移と、摂取前からの変化量とについて、達成数は表1、正答数は表2、誤答数は表3、干渉率は表4に示した。各表中、「測定値」は、実測値を示し、「変化量」は4週目又は8週目の数値から摂取前の数値を差し引いた値である。
【0028】
【表1】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
【0029】
【表2】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
【0030】
【表3】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
【0031】
【表4】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
Stroop試験の結果について説明する。
【0032】
(a)達成数
ステップ1は、8週目の変化量で、A群(6−MSITC摂取者群)はP群(6−MSITC非摂取者群)と比べて有意に増加した。ステップ4においても、8週目の変化量で、A群はP群と比べて有意に増加した。ステップ2,3はすべて検査時点で変化量に有意な群間差はなかった。
【0033】
各群内において摂取前値と摂取後値との間で比較する群内比較においては、ステップ1ではP群は8週目で、A群は4,8週目で、ステップ2ではP群は4、8週目で、A群は8週目で、ステップ3では両群とも8週目で、ステップ4ではA群のみ8週目で、それぞれ有意に増加した。
【0034】
(b)正答数
ステップ1では、8週目の変化量で、A群がP群と比べて有意に増加した。ステップ4では、8週目の変化量で、A群がP群と比べて有意に増加した。ステップ2,3はすべての検査時点で変化量に有意な群間差はなかった。
【0035】
各群内において摂取前値と摂取後値との間で比較する群内比較においては、ステップ1ではP群は8週目で、A群は4,8週目で、ステップ2ではP群は4、8週目で、A群は8週目で、ステップ3では両群とも8週目で、ステップ4ではA群のみ8週目で、それぞれ有意に増加した。
【0036】
(c)誤答数
ステップ1において、4週目の変化量はP群0.2±0.4、A群−0.2±0.4、8週目の変化量はP群0.1±0.2、A群−0.2±0.4であった。ステップ2,3,4はすべての検査時点で変化量に有意な群間差はなかった。
【0037】
各群内において摂取前値と摂取後値との間で比較する群内比較においては、ステップ1ではP群のみ4週目で、有意に増加した。その他の項目は、両群とも有意な変化はなかった。
【0038】
(d)干渉率
逆ストループ干渉率では、4週目の変化量で、P群がA群に比べて有意に数値が低かった。摂取前値において、P群と比べてA群が有意に低かったため、摂取前値を共変量として共分散分析を行った。その結果、P群とA群との間に有意な群間差は見られなかった。ストループ干渉率は4週目の変化量に有意な群間差はなかった。
【0039】
各群内において摂取前値と摂取後値との間で比較する群内比較では、逆ストループ干渉率はA群のみ4,8週目で有意に増加した。ストループ干渉率は両群とも有意な変化はなかった。
【0040】
(2−2)バーデュー・ペグボード検査
バーデュー・ペグボード検査は、組立や梱包などの手作業に対する巧緻性を評価する検査(Purdue research Foundation (no date). Puerdue Peg-board Tes. Lafayette, lafayette Instrument Co.)である。本検査では、バーデュー・ペグボード(A929-1, 酒井医療社製)を用いて手順書に従って実施し、逆ストループ干渉率及びストループ干渉率を計算した。右手、左手、両手の順に、それぞれ1回ずつ実施した。利き手、非利き手、両手について、測定値の推移と、摂取前からの変化量とを表5に示した。測定値の増加が改善を示す。
【0041】
【表5】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
バーデュー・ペグボード検査の結果について説明する。
【0042】
いずれの項目においても、すべての検査時点でA群とP群との間に変化量の有意差はなかった。摂取前値と摂取後値との群内比較では、利き手は両群とも8週目で、非利き手はA群のみ8週目で、両手はP群が8週目で、A群が4週目で、有意に増加した。
【0043】
(2−3)RAVLT(レイ聴覚性言語学習検査)
RAVLT(Lezak M. D., レザック 神経心理学的検査集成 2005, 創造出版)は、即時的な記憶と短時間の記憶の容量並びにその保持・再生能力を評価するテストである。意味的に無関連な15語(リストA)について聴覚的に提示し、直後にその単語を再生させる。同様の試行を5回行う(第1試行から第5試行)。その後に、リストAとは異なる15語(リストB)を同様の方法で回答させ、さらにその後にリストAのうちまだ覚えている単語を口頭で回答させた(第6試行:干渉課題後の記憶)。更に干渉課題として以下の(2)〜(5)の各検査を実施し、20分後にリストAのうちまだ覚えている単語を口頭で回答させた(第7試行:遅延再生)。
【0044】
記憶の入力の評価として、第1試行の達成数STM(Short Term Memory)から短期記憶を評価した。また、記憶容量及び精神疲労状況などを含めた学習過程・機能の評価として、第1試行から第5試行の達成数の総計TIM(Total Immediate memory)で全即時記憶を評価した。第5試行の達成数から第1試行の達成数を引いた値VLA(Verbal Learning Ability)で言語学習能力を評価した。第5試行の達成数から第6試行の達成数を引いたものを第5試行の達成数で割った値RI(Retroactive Interference Effect:逆行性干渉効果)で、新しい素材の呈示によってどれだけ古い素材の記憶が失われるか、あるいはその想起が妨げられるのかを評価した。また、第7試行の達成数から第6試行の達成数を引いたものを、短時間経過後にどれだけ記憶が失われるかを評価した。各試行の達成数及び、STM,TIM、VLA、第7試行と第6試行との差は、測定値の増加が改善を示す。RIは測定値の低下が改善を示す。
【0045】
第1〜第7試行、リストB、STM、TIM、VLA、RI、第7試行と第6試行との差について、測定値の推移と、摂取前からの変化量を、表6、表7に示した。
【0046】
【表6】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
【0047】
【表7】
(A群:6−MSTIC摂取者群、P群:6−MSTIC非摂取者群)
RAVLTの結果について説明する。
【0048】
いずれの項目においても、8週目の変化量に有意な群間差はなかった。
第2試行については、4週目の変化量(P群1.0土1.8個、A群2.2士1.6個)で、A群がP群と比べて有意に増加した。摂取前値において、P群と比べてA群が有意に低かったため、摂取前値を共変量として共分散分析を行った。その結果、P群とA群との間に有意な群間差は見られなかった。
【0049】
各群内において摂取前値と摂取後値との間で比較する群内比較では、第1、第2、第3、第4、第6、第7試行、STM、TIMについては、両群とも4週目及び8週目で有意に増加した。リストBは両群とも有意な変化はなかった。第5試行ではP群は4週目及び8週目で、A群は8週目で有意に増加した。VLAではP群は4週目及び8週目で、A群は8週目で有意に低下した。Rlでは両群とも8週目で有意に低下した。第7試行と第6試行との差はA群のみ8週目で有意に増加した。
【0050】
(3)考察
Stroop試験では、ステップ1,4の「達成数」、「正答数」について、8週目の変化量で、A群(6−MSITC摂取者群)がP群(6−MSITC非摂取者群)に比べて有意な改善がみられた。
【0051】
ステップ3の「誤答数」でも、A群がP群に比べて有意な改善がみられた。8週目の変化量も有意な群間差はないものの、A群がP群に比べて誤答数が低下した。
Stroop試験は、注意機能・情報処理速度の両面を測定できると考えられており、Stroop試験のステップ1、4の「達成数」、「正答数」の改善は、日常的な運動習慣がなく物忘れを自覚する中高齢男女に6−MSITC含有食品を摂取させると、認知機能の一部である識別・処理能力(注意機能)が向上する可能性を示唆する。明確な定義はいまだ定まってはいないものの、認知機能は、記憶機能をはじめ、言語、行為、視覚・視空間認知、注意、遂行機能、意思決定、表情・情動反応など、様々な機能を含むものとして知られている(山内俊雄ら,精神・心理機能評価ハンドブック,中山書店,2015)。特に注意は単一の機能ではなく、学習、記憶、遂行機能及び作業記憶の活動を密接に支えていることからも、認知機能評価の中で重要な位置づけにある(篠崎和弘,辻富基美,精神疾患と認知機能,新興医学出版社,2009:55−61)。これまでの研究から、加齢による認知機能の衰えは、注意を要する課題及び情報処理速度を要する課題で起こりやすいことが報告されている(Chodzko−Zajko W J.and Moore K.A.,Physical Fitness and Cognitive Functioning in Aging.,Exercise and Sport Sciences Reviews,1994,22(1):195−200、Hawkins H.L.,Kramer A.F. and Capaldi D.,Aging,exercise,and attention. Psychology and Aging,1992,7(4):643−653))。これら過去の研究から考えると、本実験において6−MSITC含有食品について注意機能向上効果が示唆されたのは、重要な知見と言える。
【0052】
6−MSITCの作用機序については、未解明な部分が多い。6−MSITCは、活性酸素の産生抑制による抗酸化作用や抗炎症作用を持つとされ、また抗血小板凝集作用、血流や血管などの血液循環を改善なども報告されている(木苗直秀,古郡三千代,小嶋操,ワサビのすべて,学会出版センター,2006)。6−MSITCによるこれらの作用が細胞ダメージを抑制することで、中枢神経系の機能改善へ寄与している可能性が考えられる。抗血小板凝集作用としては、ヒト血小板を用いて検討し、わさび抽出物に含まれる6−MSITCがアスピリンと比較して20倍程度強い凝集阻害活性を示すことが報告されている。血流に対するわさび抽出物の有効性に関しては、ヒトに5gの本ワサビを摂取させた結果、100μLの血液が流れるのに要した時間が短縮し、血流改善効果がみられたことが報告されている(木苗直秀,古郡三千代,小嶋操,ワサビのすべて,学会出版センター,2006)。これらの知見から、6−MSITC含有食品を摂取することで、抗血小板凝集作用による血流の改善に伴い、脳での低酸素や虚血状態が減ること、活性酸素の産生抑制による抗酸化作用により活性酸素などに起因する細胞ダメージの抑制効果がもたらされ、認知機能の改善に寄与した可能性が考えられる。
【0053】
特に、6−MSITC摂取群(A群)と6−MSITC非摂取群(P群)との間の差(群間差)については、Stroop試験において顕著であった。これは、認識機能の一部である識別・処理能力が向上する可能性を示唆している。
【0054】
これに対して、バーデュー・ペグボード検査及びRAVLTでは、群間差はさほど見られなかった。ペグボードは、手作業に対する巧緻性を評価するものであり、RAVLTは即時的な記憶及び短時間の記憶の容量並びにその保持及び再生能力を評価するテストである。本実施例の実験では、6−MSITC摂取により、単純な作業能力及び記憶力に対する向上はさほど認められず、注意機能及び情報処理速度の向上という更に高度な脳機能に対する働きを向上させたことがわかった。