特許第6672772号(P6672772)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6672772
(24)【登録日】2020年3月9日
(45)【発行日】2020年3月25日
(54)【発明の名称】制動力制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20200316BHJP
【FI】
   B60T8/1755 Z
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-247596(P2015-247596)
(22)【出願日】2015年12月18日
(65)【公開番号】特開2017-109696(P2017-109696A)
(43)【公開日】2017年6月22日
【審査請求日】2018年11月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089875
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 茂
(72)【発明者】
【氏名】小寺 晴大
(72)【発明者】
【氏名】豊田 博充
【審査官】 山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−201291(JP,A)
【文献】 特開2000−135973(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/1755
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のピッチング度合いを検知するピッチング検知部と、
前記車両の各輪に対してそれぞれ付与する制動力の大きさを制御する制動力制御部と、を備える制動制御装置であって、
前記ピッチング検知部は、前記車両の駆動部におけるクリープトルクの発生を検知し、前記車両の減速中に前記クリープトルクの発生が検知された場合、前記ピッチング度合いが所定度以上であると推定し、
前記制動力制御部は、前記車両の減速中に前記ピッチング度合いが所定度以上となった場合、前記車両の後輪に付与する制動力を増加させる、
ことを特徴とする制動力制御装置。
【請求項2】
前記制動力制御部は、前記クリープトルクの発生前における前記車両の前輪の制動力から、前記後輪における制動力の増加量と前記クリープトルクとの差分と等しい制動力を減じる、
ことを特徴とする請求項記載の制動力制御装置。
【請求項3】
前記制動力制御部は、前記車両の減速中に前記ピッチング度合いが前記所定度以上となった場合、前記車両の後輪に付与する制動力を増加させるとともに前記車両の前輪に付与する制動力を減少させる、
ことを特徴とする請求項1または2記載の制動力制御装置。
【請求項4】
前記制動力制御部は、前記ピッチング度合いが前記所定度以上となった場合、前記前輪の制動力から前記後輪における制動力の増加量と等しい制動力を減じる、
ことを特徴とする請求項記載の制動力制御装置。
【請求項5】
前記制動力制御部は、前記車両が停車した後は、前記車両の各輪に付与する制動力を前記ピッチング度合いが前記所定度以上となる前の制動力とする、
ことを特徴とする請求項1からのいずれか1項記載の制動力制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動力を制御する制動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ブレーキ操作による車両の停車時には、搭乗者が前のめりになるような、いわゆるカックンブレーキを避けてスムーズに停車することが望まれている。
カックンブレーキのような停車時の乗り心地の悪化を防止するため、例えば、下記特許文献1では、ブレーキ操作による車両減速中で、車両速度が所定値以下のときに、ペダル反力装置によるペダル反力特性のペダルストロークを所定量大きく、または小さくし、あるいは、ブレーキ圧制御装置のブレーキ圧を所定量大きく、または小さくすることにより、車両減速度が目標値に納まるようにブレーキ圧を制御することにより、ブレーキ操作による停車直前に、ブレーキ力を所定量小さくしてスムーズな停車を行ない、また、ブレーキ力を所定量大きくして安定感のある停車を行なう技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−321622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
減速により車両の走行速度やエンジン回転数(またはモータ回転数)等が低下していくと、エンジンブレーキ(または回生ブレーキ)が効いてマイナストルクが発生している状態から、クリープトルク(力行トルク)が発生している状態へと移行する。クリープトルクが発生すると、それ以前より車両の減速度が小さくなるため、運転者による急激なブレーキ操作を誘発しやすい。この停止間際のブレーキ操作が、カックンブレーキにつながる場合がある。
上述した従来技術では、停車間際に発生するクリープトルクについては考慮されておらず、また実際にスムーズな停車が行えるかはドライバのブレーキ操作の程度に左右される部分があり、改善の余地がある。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、その目的は、カックンブレーキを防止し、スムーズな停車を行うことができる制動力制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的を達成するため、発明にかかる制動力制御装置は、車両のピッチング度合いを検知するピッチング検知部と、前記車両の各輪に対してそれぞれ付与する制動力の大きさを制御する制動力制御部と、を備える制動制御装置であって、前記ピッチング検知部は、前記車両の駆動部におけるクリープトルクの発生を検知し、前記車両の減速中に前記クリープトルクの発生が検知された場合、前記ピッチング度合いが所定度以上であると推定し、前記制動力制御部は、前記車両の減速中に前記ピッチング度合いが所定度以上となった場合、前記車両の後輪に付与する制動力を増加させる、ことを特徴とする。
発明にかかる制動力制御装置は、前記制動力制御部は、前記クリープトルクの発生前における前記車両の前輪の制動力から、前記後輪における制動力の増加量と前記クリープトルクとの差分と等しい制動力を減じる、ことを特徴とする。
発明にかかる制動力制御装置は、前記制動力制御部は、前記車両の減速中に前記ピッチング度合いが前記所定度以上となった場合、前記車両の後輪に付与する制動力を増加させるとともに前記車両の前輪に付与する制動力を減少させる、ことを特徴とする。
発明にかかる制動力制御装置は、前記制動力制御部は、前記ピッチング度合いが前記所定度以上となった場合、前記前輪の制動力から前記後輪における制動力の増加量と等しい制動力を減じる、ことを特徴とする。
発明にかかる制動力制御装置は、前記制動力制御部は、前記車両が停車した後は、前記車両の各輪に付与する制動力を前記ピッチング度合いが前記所定度以上となる前の制動力とする、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
発明によれば、車両の減速中にピッチング度合いが所定度以上となった場合、車両の後輪に付与する制動力を増加させる。一般に、カックンブレーキとは、急制動により前輪速度が後輪速度よりも遅くなり、前輪側が後輪側よりも低くなるノーズダイブ状
態となっていると考えられる。請求項1の発明は、このような状態、すなわちピッチング度合いが大きくなった際には後輪に付与する制動力を大きくすることにより、前輪への荷重移動を小さくして車両のピッチング、すなわちカックンブレーキを抑制する上で有利となる。
発明によれば、後輪の制動力を増加させるともに前輪に付与する制動力を減少させるので、前後輪に付与する制動力の和がピッチング度合いの増大前の状態に近くなり、スムーズな停車動作を実現させる上で有利となる。
発明によれば、前輪の制動力の減少量を後輪の制動力の増加量と等しくするので、車両全体に付与される制動力がピッチング度合いの増大前と同じ大きさとなり、よりスムーズな停車動作を実現させる上で有利となる。
発明によれば、車両が停車した後は、車両の各輪に付与する制動力をピッチング度合いの増大前の制動力とするので、停車時には通常時と同様の制動力を車両に付与し、車両姿勢を安定させる上で有利となる。
発明によれば、車両の減速中にクリープトルクの発生が検知された場合、ピッチング度合いが増大(所定度以上となった)と推定するので、簡易な方法でピッチング度合いを推定することができる。また、クリープトルクの発生による減速度の減少分を補い、カックンブレーキの原因となる停止間際の急激なブレーキ操作を防止する上で有利となる。
発明によれば、後輪における制動力の増加量がクリープトルク以上である場合にもスムーズな停車動作を実現させる上で有利となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】車両10のブレーキ機構を示す説明図である。
図2】車両10の制御系統の構成を示すブロック図である。
図3】制動力制御部264による制動力制御を模式的に示す説明図である。
図4】制動力制御部264による他の制動力制御を模式的に示す説明図である。
図5】制動力制御装置による制御手順を示すフローチャートである。
図6】実施の形態2における制動力制御を模式的に示す説明図である。
図7】実施の形態2における制動力制御を模式的に示す説明図である。
図8】従来の停車時における車両挙動を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(実施の形態1)
以下に添付図面を参照して、本発明にかかる制動力制御装置の好適な実施の形態を詳細に説明する。
まず、実施の形態にかかる制動力制御装置が搭載された車両10のブレーキ機構について説明する。本実施の形態では、駆動部としてエンジン35(図2参照)を搭載した車両を例にして説明する。
図1は、車両10のブレーキ機構を示す説明図である。
図示するように、マスタシリンダ3には、液路2を介してホイールシリンダ1A〜1Dが接続されており、ドライバがブレーキペダル5を踏み込むと、このブレーキペダル5の操作に応じてマスタシリンダ3内のブレーキ液(作動流体)が加圧されるとともに、液路2を介してブレーキ液が各ホイールシリンダ1A〜1Dに供給されるようになっている。なお、ホイールシリンダ1A〜1Dは、図示しない車両の前後左右の各車輪に対応してそれぞれ設けられている。
【0010】
図示するように、上記液路2は、例えばX配管の場合は左前輪および右後輪用の液路2Fと右前輪および後輪用の液路2Rとの2系統の液路(第1流体通路)から構成されており、上記左前輪および右後輪用の液路2Fはその下流側で2つの液路2A,2Bに分岐している。そして、左前輪のホイールシリンダ1A,右後輪のホイールシリンダ1Bにこれらの液路2A,2Bがそれぞれ接続されている。
また、同様に、右前輪および左後輪用の液路2Rもその下流側で2つの液路2C,2Dに分岐しており、右前輪のホイールシリンダ1C,左後輪のホイールシリンダ1Dに液路2C,2Dがそれぞれ接続されている。
【0011】
そして、ブレーキペダル5を踏み込むとこれらの各液路2A〜2Dを介してホイールシリンダ1A〜1Dに液圧が生じ、このブレーキ液の液圧に応じた制動力が各ホイールシリンダ1a〜1dで発生するようになっている。
ところで、図示するように、上記マスタシリンダ3と各ホイールシリンダ1A〜1Dとの間には、各種のバルブや液路をそなえたハイドロリックユニット6が設けられている。
【0012】
このハイドロリックユニット6は、ブレーキペダル5の操作の有無に関わらず、車両の運転状態に応じてブレーキ液を各ホイールシリンダ1A〜1Dに独立して給排することにより、各ホイールシリンダ1A〜1Dで発生する制動力を個々に制御することができるようになっている。
そして、このような各輪の制動力制御により、車両の挙動が不安定な状態となった場合(又は不安定な状態になることが予測された場合)であっても、車両挙動の安定化を図ることができるようになっている。
【0013】
以下、ハイドロリックユニット6について説明すると、このハイドロリックユニット6内には、左前輪および右後輪用の液路2F並びに右前輪および左後輪用の液路2R上にそれぞれ切替弁8が設けられている。また、切替弁8よりも下流側の各液路2A〜2D上には、後述するECU(制御手段)26からの制御信号に応じてオンオフされる流体保持弁(以下、単に保持弁という)7A〜7Dがそれぞれ設けられている。
【0014】
また、一方の切替弁8の上流側には、液路(第1流体通路)2R内のブレーキ液の液圧を検出する液圧センサ(流体圧検出手段)12が設けられている。この液圧センサ12は、ドライバがブレーキペダル5を踏み込んだ際のブレーキ液圧を検出するためのものであり、このブレーキ液圧によりドライバが要求する制動力を求めるようになっている。
【0015】
また、切替弁8よりも下流側で且つ各保持弁7A〜7Dよりも上流側の液路2R,2Fには、ドライバのブレーキペダル操作によるブレーキ液の供給以外に、ブレーキ液を供給するための第2液路(第2流体通路)13の一端が接続されている。
第2液路13の他端側にはモータ14により駆動されるポンプ15が接続されており、ポンプ15の上流側及び下流側には、それぞれ逆止弁24,25が介装されている。
【0016】
さらに、上記ポンプ15とマスタシリンダ3とが、液路16により接続されている。そして、ポンプ15が作動すると、マスタシリンダ3から液路16を介して供給されるブレーキ液が加圧されて、直接各液路2A〜2Dに供給されるようになっている。
また、液路16上にはインテーク弁17が介装されている。ここで、インテーク弁17は、液路16を連通状態又は遮断状態に選択的に切り換えるオンオフ型の電磁弁であって、やはり後述するECU26からの制御信号に基づいてその作動が制御されるようになっている。
【0017】
一方、保持弁7A〜7Dとホイールシリンダ1A〜1Dとの間には、それぞれドレーン用の液路20A〜20Dが接続されており、このドレーン用液路20A〜20Dには、ECU26からの制御信号に基づいてその作動が制御される減圧弁21A〜21Dが介装されている。
また、これらのドレーン用液路20A〜20Dは逆止弁23を介して液路16に接続されている。
【0018】
図2は、車両10の制御系統の構成を示すブロック図である。
車両10には、制動力制御装置に対応するECU26が設けられている。
ECU26は、CPU、制御プログラムなどを格納・記憶するROM、制御プログラムの作動領域としてのRAM、各種データを書き換え可能に保持するEEPROM、周辺回路等とのインターフェースをとるインターフェース部などを含んで構成される。
なお、本実施の形態では、制御部としてECU26のみを例示するが、例えばエンジンECUとブレーキECUとが別個に設けられており、これらECU間で必要な情報を送受信して処理に用いる構成であってもよい。
【0019】
ECU26には、上述した液圧センサ12以外に、各車輪の回転速度をそれぞれ検出する車輪速センサ31、車両10のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ32、ブレーキペダル5の操作の有無を検出するブレーキスイッチ33および図示しないハンドルの操舵角及び操舵角速度を検出する操舵角センサ34等のセンサと、エンジン35が接続されている。
なお、図1では液圧センサ12以外のセンサについては図示を省略している。
【0020】
また、ECU26には、切替弁8,保持弁7A〜7D,減圧弁21A〜21D,インテーク弁17,減圧弁21A〜21D及びモータ14が接続されており、ECU26で設定された制御信号に基づいて各弁の開閉状態が制御されて各ホイールシリンダ1A〜1Dにおける制動力が制御されるようになっている。
【0021】
ECU26は、上記CPUが上記制御プログラムを実行することにより、ピッチング検知部262および制動力制御部264として機能する。
ピッチング検知部262は、車両10のピッチング度合いを検知する。
本実施の形態では、ピッチング検知部262は、車両10の駆動部におけるクリープトルクの発生を検知し、車両10の減速中にクリープトルクの発生が検知された場合、ピッチング度合いが所定度以上であると推定する。クリープトルクが発生すると、駆動輪側の車速が大きくなり、前後輪の速度に差分が生じ、車両10がピッチング状態となる。また、クリープトルクの発生前より車両10の減速度が小さくなるため、運転者による急激なブレーキ操作を誘発し、ピッチング(カックンブレーキ)を誘発しやすい。
よって、クリープトルクを検知することにより車両10のピッチング状態を推定することができる。
ピッチング検知部262は、例えばエンジン35の回転数を検知して、減速時にクリープトルクが発生する回転数まで低下した場合に、クリープトルクが発生したと検知する。
より詳細には、減速中のエンジン35では燃料カットが行われ、車両10にエンジンブレーキが作用する、すなわち減速方向のトルクが生じるが、エンジン35の回転数が一定まで下がると燃料カットが解除され、エンジン35の燃焼運転が再開し、力行方向のトルクが生じる。この力行トルクがクリープトルクとなる。
【0022】
制動力制御部264は、車両の各輪に対してそれぞれ付与する制動力の大きさを制御する。より詳細には、制動力制御部264は、車両の各輪に対してそれぞれ付与する制動力の大きさを決定するとともに、ブレーキ操作に基づく減速度を監視し、各ホイールシリンダ1A〜1Dのブレーキ液圧に過不足がある場合には、ポンプ15、インテーク弁17、減圧弁21A〜21D等を制御して、4輪の各ホイールシリンダ1A〜1Dに個別にブレーキ液を供給し、4輪それぞれで異なる制動力を発生させる。
【0023】
ここで、制動力制御部264は、車両10の減速中にピッチング度合いが所定度以上となった場合、車両10の後輪に付与する制動力を増加させる。
本実施の形態では、制動力制御部264は、車両10の減速中にピッチング検知部262でクリープトルクの発生が検知された場合、すなわちピッチング度合いが所定度以上であると推定された場合に、車両10の後輪に付与する制動力を増加させる。
クリープトルクが発生すると、それ以前より車両の減速度が小さくなるため、運転者による急激なブレーキ操作を誘発しやすく、この停止間際のブレーキ操作が、カックンブレーキにつながる場合がある。このため、制動力制御部264は、後輪の制動力を増加させることによって、クリープトルクの発生による減速度の減少分を補い、運転者による急激なブレーキ操作を防止している。
【0024】
また、クリープトルクの発生時以外のピッチングに関しても、車両10の前後輪の制動力分配において前輪側の制動力が後輪側の制動力よりも大きく設定されているため、車両10の走行中のピッチングは、後輪の方が前輪よりも速度が速くなるノーズダイブ状態である場合が多いことから、ピッチングの抑制には後輪の制動力を増加させるのが有効である。
【0025】
ノーズダイブ状態を含む車両10のピッチングは、前輪速度と後輪速度との間に差分がある場合に生じる。例えば、前輪速度が後輪速度よりも速い場合は、後輪側が前輪側よりも低くなるノーズアップ状態となる。また、後輪速度が前輪速度よりも速い場合は、前輪側が後輪側よりも低くなるノーズダイブ状態となる。このため、ピッチングを防ぐ観点では、前輪速度と後輪速度とは等しくすることが好ましい。
例えば、クリープトルクの発生時に前輪の制動力を増加させた場合、後輪速度が前輪速度よりも速くなり、ノーズダイブ状態となる。一方で、後輪の制動力を増加させると、前輪速度が後輪速度よりも速くなり、ノーズアップ状態になるとも考えられるが、後輪側のモーメントは車両全体を沈み込ませるように作用し、また一般に車両前方側の重量が大きいので、実際にはノーズアップ状態とはなりにくい。すなわち、クリープトルク発生時には後輪の制動力を増加させることで、ピッチングを抑制しながらクリープトルクの発生による減速度の減少分を補うことができる。
【0026】
図3は、制動力制御部264による制動力制御を模式的に示す説明図である。
図3の上段は前後輪の制動力分配であり、縦軸は制動力、横軸は減速指示(例えばブレーキ操作)からの経過時間である。図3の下段は車両10の走行速度(車速)およびエンジントルクである。
時刻T0にブレーキ操作が開始されると、制動力制御部264は、前輪(Front)および後輪(Rear)のホイールシリンダ1A〜1Dのブレーキ液圧を高め、各輪に制動力を付与する。図3の例では、前輪に対して後輪よりも大きい制動力を付与している。すなわち、前輪の制動力をFF、後輪の制動力をFRとすると、FF>FRである。
各輪への制動力の付与により、車両10の走行速度は低下していく。また、ブレーキ操作時にはアクセルペダルの操作は行われないため、燃料カットが実施され、図示しないエンジン35の回転数も徐々に低下してくる。
時刻T1にエンジン35の回転数がクリープトルク発生回転数以下となると、エンジン35の燃料カットが解除され、クリープトルクが発生する。
クリープトルクが発生すると、制動力制御部264は、後輪に付与する制動力を増加させる。すなわち、後輪の制動力をFR+F1とする。
クリープトルク発生時における後輪制動力の増加量F1は、例えばクリープトルクを打ち消してクリープトルクの発生前における制動力と同等な制動力を得られる制動力とする。すなわち、クリープトルクの発生前における後輪の制動力に対して、クリープトルクの大きさに対応する制動力を加えることにより、後輪に付与する制動力を増加させる。
また、後輪制動力の増加量F1は、例えばクリープトルクよりも大きくしてもよい。すなわち、クリープトルクの発生前における制動力よりも大きな制動力が車両10に働くようにしてもよい。これは、車両10が確実に減速していることを実感すれば、運転者はそれ以上のブレーキ操作を行わないものと考えられるためである。
その後、時刻T2に車両10の走行速度が0となり、車両10が停車した後は、車両10の各輪に付与する制動力をクリープトルクの発生前の制動力とする。図3の例では、後輪の制動力をFRに戻す。
【0027】
また、制動力制御部264は、車両10の減速中にクリープトルクの発生が検知された場合、車両10の後輪に付与する制動力を増加させるとともに、前輪に付与する制動力を減少させるようにしてもよい。
特に、後輪の制動力増加量をクリープトルクよりも大きくした場合、後輪の制動力増加量とクリープトルクとの差分を前輪の制動力から減少させる。
図4は、制動力制御部264による他の制動力制御を模式的に示す説明図である。
図4では、時刻T1にクリープトルクが発生すると、制動力制御部264は、後輪に付与する制動力を増加させる。このとき、後輪の制動力増加量はクリープトルクよりも大きいものとする。すなわち、クリープトルク分の制動力をF2とした場合、後輪の制動力をFR+(F2+F3)(F3は任意量の制動力)とする。
この場合、後輪の制動力の増加と同時に、前輪に付与する制動力を減少させ、FF−F3とする。前輪の制動力減少量F3は、後輪の制動力増加量F2+F3とクリープトルク分の制動力F2との差分F3に設定する。すなわち、クリープトルク以上に後輪の制動力を増加させた場合に、その余剰増加分を前輪制動力から減少させることにより、よりピッチングを抑制させスムーズな停車動作を実現することができる。
【0028】
図5は、制動力制御装置による制御手順を示すフローチャートである。
車両10が減速している場合(ステップS500:Yes)、ピッチング検知部262は、車両10のエンジン35でのクリープトルクの発生を検知する(ステップS502)。クリープトルクが発生しない間は(ステップS502:No)、ステップS500に戻り、以降の処理をくり返す。
クリープトルクが発生すると(ステップS502:Yes)、制動力制御部264は、クリープトルクの大きさを示すクリープトルク値を取得する(ステップS504)。
制動力制御部264は、クリープトルク値と等しい、またはそれ以上の制動力を後輪に付与する制動力に加えて、後輪の制動力を増加させる。また、制動力制御部264は、クリープトルク値以上の制動力を後輪に付与した場合、後輪に付与した制動力からクリープトルク分を引いた量だけ前輪の制動力を減少させる(ステップS506)。
車両が停車するまでは(ステップS508:Noのループ)、ステップS506で変更した制動力での制動を継続する。
そして、車両が停車すると(ステップS508:Yes)、クリープトルク発生前の制動力に戻して(ステップS510)、本フローチャートによる処理を終了する。
【0029】
以上説明したように、実施の形態1にかかる制動力制御装置(ECU26)は、車両10の減速中にピッチング度合いが所定度以上となった場合、車両10の後輪に付与する制動力を増加させる。一般に、カックンブレーキとは、急制動により前輪速度が後輪速度よりも遅くなり、前輪側が後輪側よりも低くなるノーズダイブ状態となっていると考えられる。このような状態となった際には後輪に付与する制動力を大きくすることにより、前輪への荷重移動が小さくなり車両のピッチング、すなわちカックンブレーキを抑制する上で有利となる。
また、制動力制御装置において、後輪の制動力を増加させるともに前輪に付与する制動力を減少させるようにすれば、前後輪に付与する制動力の和がピッチング度合いの増大前の状態に近くなり、スムーズな停車動作を実現させる上で有利となる。
また、制動力制御装置において、後輪における制動力の増加量をクリープトルクよりも大きくした場合、その差分を前輪に付与する制動力から減少させるようにすれば、車両全体に付与される制動力がクリープトルク発生前と同じ大きさとなり、よりスムーズな停車動作を実現させる上で有利となる。
また、制動力制御装置によれば、車両10が停車した後は、車両10の各輪に付与する制動力をピッチング度合いの増大前の制動力とするので、停車時には通常時と同様の制動力を車両10に付与し、車両姿勢を安定させる上で有利となる。
また、制動力制御装置によれば、車両の減速中にクリープトルクの発生が検知された場合、ピッチング度合いが増大(所定度以上となった)と推定するので、簡易な方法でピッチング度合いを推定することができる。また、クリープトルクの発生による減速度の減少分を補い、カックンブレーキの原因となる停止間際の急激なブレーキ操作を防止する上で有利となる。
【0030】
なお、上述した説明では、車両10の減速がブレーキ操作に起因するものであるとして説明したが、これに限らず、例えばアクセルペダルの操作解除によるエンジンブレーキによる減速時にも本発明は適用可能である。
この場合、クリープトルクの発生前には前後輪に付与されている制動力は0であるが、クリープトルクの発生後は、後輪のホイールシリンダ1B,1Dを作動させ、後輪に対してクリープトルクに対応する大きさの制動力を付与する。
本実施の形態ではブレーキ液圧を例にして説明したが、制動力を制御できるものであればよく、回生ブレーキ等で実現してもよい。
【0031】
また、本実施の形態では、駆動部としてエンジン35を搭載した車両を例にして説明したが、これに限らず、駆動部としてモータを搭載した電気自動車、またはエンジンとモータとを搭載したハイブリッド自動車等においても、本発明を適用可能である。
【0032】
(実施の形態2)
実施の形態1では、ピッチング検知部262がクリープトルクの発生を検知し、車両10の減速中にクリープトルクの発生が検知された場合、ピッチング度合いが所定度以上であると推定した。
これに対して、実施の形態2では車両10のピッチ角を直接検知し、この結果に基づいてピッチング度合いを判定する。
実施の形態2では、図2に示す各センサに加えて図示しないピッチ角センサを備えている。ピッチング検知部262は、ピッチ角センサの検出値から車両10のピッチ角を検知し、ピッチ角が所定角度以上の場合、車両10のピッチング度合いが所定度以上であると推定する。
【0033】
図8は、従来の停車時における車両挙動を示す説明図である。
図8では紙面上から順に車両10の走行速度(車速)、減速度、前後輪の制動力、ピッチ角を示している。
車両10が車速VXで走行している状態で、時刻T0にブレーキ操作がなされると、前後輪にそれぞれブレーキ操作量に対応する制動力FF,FRが付与され、車両10が一定の減速度で減速していく。また、減速時には前後輪の速度に差分が生じ、一定のピッチ角PYが発生する。これは、図示するように前輪に付与される制動力の方が後輪よりも大きく(FF>FR)、後輪よりも前輪の方が速度が速くなり、ノーズダイブ状態になっているためである。
その後、時刻TXに車速がゼロとなるが、この直前にピッチ角が大きく上昇する。これは、例えば前輪が完全に停止したのに対して後輪が回転を続けている場合などである。この場合、車両10はカックンブレーキ状態となり、搭乗者の乗り心地が悪化する。
【0034】
これに対して、本実施の形態では、図6に示すように車両10の減速中にピッチ角が所定度(ピッチ角閾値)PX以上となった場合、車両10の後輪に付与する制動力を増加させる。これにより、後輪の速度が低下し、前後輪の速度差が小さくなり、図8と比較してピッチ角を低減することができる。
【0035】
また、図7に示すように、後輪に付与する制動力を増加させるとともに、前輪に付与する制動力を減少させるようにしてもよい。これにより、前後輪の速度差をより迅速に小さくし、図8と比較してさらにピッチ角を低減することができる。
なお、図7においては、例えば後輪における制動力の増加量F5と、前輪における制動力の減少量F6を等しくする。これにより、前後輪に付与する制動力の和が制動力変更前に近くなり、スムーズな停車動作を実現させることができる。
【0036】
なお、上述した説明ではピッチ角を制御パラメータとして用いたが、これに限らず例えばピッチ角の時間微分値(ピッチ角速度)を制御パラメータとして用いてもよい。この場合、ピッチ角の時間微分値が所定値以上となった場合に後輪または前後輪の制動力を変更する。
【0037】
また、各車輪の車輪速度から車両10のピッチング度合いを推定してもよい。
この場合、ピッチング検知部262は、例えば車輪速センサ31で検出された各車輪の回転速度を用いて各車輪の車輪速度を算出し、下記式(1)によって推定ピッチング値Pを算出する。
推定ピッチング値P=(前右輪速度+前左輪速度)÷2−(後右輪速度+後左輪速度)÷2・・・(1)
すなわち、推定ピッチング値Pは、左右の前輪の速度平均値と左右の後輪の速度平均値との差分であり、推定ピッチング値Pが正(推定ピッチング値P>0)の場合は前輪の方が後輪よりも速度が速く、後輪側が前輪側よりも低くなるノーズリフト状態であると推定する。また、推定ピッチング値Pが負の場合(推定ピッチング値P<0)は後輪の方が前輪よりも速度が速く、前輪側が後輪側よりも低くなるノーズダイブ状態であると推定する。また、推定ピッチング値Pが0(ゼロ)の場合には、前輪の速度と後輪の速度とが同一であり、ピッチングが生じていないと推定する。
ピッチング検知部262は、推定ピッチング値Pの絶対値が所定値以上となった場合に、車両10のピッチング度合いが所定度以上となったと推定し、上述した制動力制御をおこなう。
【0038】
以上説明したように、実施の形態2にかかる制動力制御装置(ECU26)は、車両10のピッチング度合いをピッチ角によって判定するので、より精度高く車両10のピッチング度合いを検知する上で有利となる。
また、制動力制御装置は、前輪の制動力の減少量を後輪の制動力の増加量と等しくするので、車両全体に付与される制動力がピッチング度合いの増大前と同じ大きさとなり、よりスムーズな停車動作を実現させる上で有利となる。
【符号の説明】
【0039】
1A−1D……ホイールシリンダ、3……マスタシリンダ、5……ブレーキペダル、6……ハイドロリックユニット、26……ECU、262……ピッチング検知部、264……制動力制御部、35……エンジン。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8