特許第6672948号(P6672948)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6672948
(24)【登録日】2020年3月9日
(45)【発行日】2020年3月25日
(54)【発明の名称】有機樹脂被覆シームレス缶
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20200316BHJP
   B32B 27/00 20060101ALI20200316BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20200316BHJP
   B65D 1/00 20060101ALI20200316BHJP
【FI】
   C23C26/00 A
   B32B27/00 H
   B32B15/08 F
   B32B15/08 Z
   B65D1/00 111
【請求項の数】10
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-64653(P2016-64653)
(22)【出願日】2016年3月28日
(65)【公開番号】特開2017-110288(P2017-110288A)
(43)【公開日】2017年6月22日
【審査請求日】2019年2月15日
(31)【優先権主張番号】特願2015-66747(P2015-66747)
(32)【優先日】2015年3月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-245396(P2015-245396)
(32)【優先日】2015年12月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100075177
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 尚純
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【弁理士】
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】柏倉 拓也
(72)【発明者】
【氏名】船城 裕二
(72)【発明者】
【氏名】宮井 智弘
(72)【発明者】
【氏名】櫻木 新
【審査官】 坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−189809(JP,A)
【文献】 特開2007−176072(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/56,26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属缶の少なくとも片面に、表面処理皮膜層及び該表面処理皮膜層上に有機樹脂被覆層を有する有機樹脂被覆シームレス缶であって、該表面処理皮膜層がポリカルボン酸系重合体及びジルコニウム化合物を含有し、且つ、該表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを測定した際の、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)とのピーク高さ比(β/α)が0.10〜2.40であり、前記ジルコニウム化合物がフッ素を含有しないことを特徴とする有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項2】
前記ポリカルボン酸系重合体が、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸から選ばれる少なくとも1種の重合性単量体の重合によって得られる重合体、共重合体、或いはこれらの混合物であることを特徴とする請求項1記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項3】
前記ジルコニウム化合物が、オキシジルコニウム塩由来のジルコニウム化合物であることを特徴とする請求項1又は2記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項4】
前記オキシジルコニウム塩が炭酸ジルコニウムアンモニウムであることを特徴とする請求項3に記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項5】
前記表面処理皮膜層における前記ポリカルボン酸系重合体の含有量が、炭素換算で2〜100mg/mであり、前記ジルコニウム化合物の含有量がジルコニウム換算で1〜80mg/mであることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項6】
前記表面処理皮膜層が、ポリカルボン酸系重合体の固形分100質量部に対して、ジルコニウム化合物がジルコニウム換算で3〜67質量部の量で含有することを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項7】
前記表面処理皮膜層に、さらにコロイダルシリカが含有されていることを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項8】
前記表面処理皮膜層における前記コロイダルシリカの含有量が、ケイ素換算で1〜200mg/mであることを特徴とする請求項7記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項9】
前記有機樹脂被覆層が、ポリエステル樹脂フィルムであることを特徴とする請求項1〜8の何れかに記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【請求項10】
前記シームレス缶が、アルミニウムシームレス缶であることを特徴とする請求項1〜9の何れかに記載の有機樹脂被覆シームレス缶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属缶の少なくとも片面に、表面処理皮膜層及び該表面処理皮膜層上に有機樹脂被覆層を有する有機樹脂被覆シームレス缶に関するものであり、より詳細には、優れた製缶適性を有し、且つ内容品充填後に施されるレトルト殺菌処理にも対応可能な優れた耐レトルト性を有する有機樹脂被覆シームレス缶に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム等の金属板を有機樹脂で被覆した有機樹脂被覆金属板は、製缶材料として古くから知られており、この有機樹脂被覆金属板を絞り加工或いは絞り・しごき加工に付して、飲料等を充填するためのシームレス缶とし、或いはこれをプレス成形してイージイオープンエンド等の缶蓋とすることもよく知られている。例えば、エチレンテレフタレート単位を主体としたポリエステル樹脂から成る熱可塑性樹脂フィルムを有機樹脂被覆層として有する有機樹脂被覆金属板は、シームレス缶用の製缶材料として使用されている(特許文献1)。
【0003】
また、このようなシームレス缶用途の有機樹脂被覆金属板に用いられる金属板としては、一般に、耐食性や有機樹脂被覆層との密着性を確保することを目的として、化成処理等の表面処理を施した表面処理金属板が用いられる。このような表面処理としては、例えばリン酸クロメート処理があり、リン酸クロメート処理を施した表面処理金属板から成る有機樹脂被覆表面処理金属板から成形されたシームレス缶は、優れた製缶適性を有すると共に、内容物充填・密封後に施されるレトルト処理(加圧加熱殺菌処理)等の殺菌処理に対する適性(耐レトルト性)も有することから、広く使用されてきたが、環境保護の観点からノンクロム系表面処理への要請が高まっている。
【0004】
これまでに缶用材料向けのノンクロム系表面処理が数多く提案されてきた。例えば有機樹脂被覆シームレスアルミニウム缶向けとして、ジルコニウム化合物とリン化合物、及びフェノール化合物を用いた有機無機複合系の化成処理が提案されており、優れた製缶適性や耐レトルト性を発現し得るものである(特許文献2)。しかしながら、上記で提案されている表面処理は、処理後に水洗が必要な化成型(反応型)の表面処理であることから、廃水が大量に発生するため、廃水処理にコストがかかり、かつ環境への負荷が大きいことが懸念される。
【0005】
一方で化成型の表面処理と異なり、処理後に水洗が不要で、廃水処理にかかるコストを低減でき、かつ環境への負荷も小さい塗布型の表面処理(塗布型処理)によるノンクロム系表面処理も缶用材料向けに提案されている。例えばジルコニウム化合物とジルコニウム架橋されたポリアクリル酸が含有されて成る塗布型下地皮膜が形成された樹脂被覆アルミニウム板が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−246695号公報
【特許文献2】特開2007−76012号公報
【特許文献3】特開2007−176072号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献3で提案されている塗布型下地皮膜は、特にキャップ成型用の樹脂被覆アルミニウム板向けに提案されており、加工量の少ないキャップへの成形には適したものであったとしても、キャップに比してより過酷な成形加工により成形されるシームレス缶用の有機樹脂被覆金属板に適用した場合には、以下のような問題点がある。即ち、それを用いてシームレス缶を形成した場合には、内容物充填・密封後のレトルト処理等の殺菌処理の際に、主に缶体成形の後加工(ネッキング加工やフランジ加工)を施した部分において、高温・高圧・高湿度環境下における有機樹脂被覆層と金属基材間の密着性の不足により、有機樹脂被覆層が剥離する場合があった。さらに、缶外面側の缶胴側壁部が部分的に水と接触した状態で、かつスチームにより加圧加熱処理されるような、より過酷な条件下でレトルト処理が行われた際には、缶外面側の缶胴側壁部の水と接触していた部分近傍において、有機樹脂被覆層と金属基材間の密着性の不足により、有機樹脂被覆層の浮きやフクレ(ブリスター)等の外面不良が発生する場合があった。以上の点から、シームレス缶に適用するためには、さらなる改善が必要と言える。
【0008】
従って、本発明の目的は、内容品充填・密封後のレトルト処理のような高温・高圧・高湿度環境下に賦された場合においても、フランジ部における有機樹脂被覆層の剥離を抑制でき、さらに缶外面の缶胴側壁部が水と接触した状態で、かつスチームにより加圧加熱処理されるような、より過酷な条件下でレトルト処理される場合においても、ブリスター等の外面不良の発生を抑制できる優れた耐レトルト性を有すると共に、環境負荷が小さく、経済性にも優れたノンクロム系の塗布型処理により形成される表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、金属缶の少なくとも片面に、表面処理皮膜層及び該表面処理皮膜層上に有機樹脂被覆層を有する有機樹脂被覆シームレス缶であって、該表面処理皮膜層がポリカルボン酸系重合体及びジルコニウム化合物を含有し、且つ、該表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを測定した際の、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)とのピーク高さ比(β/α)が0.10〜2.40であり、前記ジルコニウム化合物がフッ素を含有しないことを特徴とする有機樹脂被覆シームレス缶が提供される。
【0010】
本発明の有機樹脂被覆シームレス缶においては、
1.前記ポリカルボン酸系重合体が、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸から選ばれる少なくとも1種の重合性単量体の重合によって得られる単独重合体、又は共重合体、或いはこれらの重合体の混合物であること、
2.前記ジルコニウム化合物が、オキシジルコニウム塩由来のジルコニウム化合物であること、
3.前記オキシジルコニウム塩が炭酸ジルコニウムアンモニウムであること、
4.前記表面処理皮膜層における、前記ポリカルボン酸系重合体の含有量が、炭素換算で2〜100mg/mであり、前記ジルコニウム化合物の含有量がジルコニウム換算で1〜80mg/mであること、
5.前記表面処理皮膜層が、ポリカルボン酸系重合体の固形分100質量部に対して、ジルコニウム化合物がジルコニウム換算で3〜67質量部の量で含有すること、
6.前記表面処理皮膜層に、さらにコロイダルシリカが含有されていること、
7.前記表面処理皮膜層における前記コロイダルシリカの含有量が、ケイ素換算で1〜200mg/mであること、
8.前記有機樹脂被覆層が、ポリエステル樹脂フィルムであること、
9.前記シームレス缶が、アルミニウムシームレス缶であること、
が好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明者等は、金属缶の少なくとも片面に、主成分としてポリカルボン酸系重合体と該ポリカルボン酸系重合体の架橋成分としてジルコニウム化合物を含有する表面処理皮膜層及び該表面処理皮膜層上に形成された有機樹脂被覆層を有する有機樹脂被覆シームレス缶において、ジルコニウムと金属塩を形成していないポリカルボン酸系重合体の遊離のカルボキシル基(−COOH)とジルコニウムと金属塩を形成しているポリカルボン酸系重合体のカルボキシル基(−COO)の量比の尺度である、該表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを測定した際の、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)とのピーク高さ比(β/α)が、有機樹脂被覆シームレス缶の耐レトルト性に大きな影響を与えることを見出すと共に、製缶適性に優れ、かつ前述の過酷な条件下でのレトルト処理にも対応可能な、耐レトルト性に優れたシームレス缶を得るための好適な範囲を見出した。
これにより、優れた製缶適性・耐レトルト性を有する有機樹脂被覆シームレス缶を提供することが可能になる。
しかも本発明の表面処理皮膜層は、ノンクロム系の塗布型処理により形成されることから、経済性に優れていると共に環境への負荷が少ないという利点がある。
【0012】
本発明の上述する作用効果は後述する実施例の結果からも明らかである。
主成分としてポリカルボン酸系重合体及び架橋成分としてジルコニウム化合物を含有する表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶において、表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを測定した際の、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)とのピーク高さ比(β/α)が2.40を超えている、或いは0.10未満の表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶では、レトルト時フランジ部剥離性評価において、フランジ部で有機樹脂被覆層の剥離が生じ、さらに前述のより過酷な条件下におけるレトルト処理を想定したレトルト時缶胴側壁部外観評価においては、ブリスターの発生を確認している(比較例1〜3)。これに対して、ピーク高さ比(β/α)が0.10〜2.40の範囲にある表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶では、有機樹脂被覆層の剥離やブリスターの発生が抑制されており、シームレス缶において優れた耐レトルト性を有することは明らかである。また、ピーク高さ比(β/α)が0.10未満の表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶では、缶胴部成形後に施される熱処理工程(ヒートセット工程)を想定した熱処理時フランジ部剥離性評価(製缶適性評価)において、缶体の開口端(フランジ形成部)で有機樹脂被覆層の剥離が生じている(比較例1,2)。これに対して、ピーク高さ比(β/α)が0.10〜2.40の範囲にある表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶では、有機樹脂被覆層の剥離が抑制されており、製缶適性に優れていることが明らかである。さらに、表面処理皮膜層において、上述したポリカルボン酸系重合体及びジルコニウム化合物に加え、更にコロイダルシリカが含有されることにより、製缶適性が更に向上される。熱処理時フランジ部剥離性評価において、実施例1及び22,23の結果を対比することから明らかなように、コロイダルシリカを含有する表面処理皮膜層を有する有機樹脂被覆シームレス缶では、開口端のフランジ形成部における有機樹脂被覆層の剥離の発生が更に抑制されていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1で得られた有機樹脂被覆シームレス缶の表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルである。
図2】本発明の有機樹脂被覆シームレス缶の一例の断面図及び缶胴側壁部の断面構造を拡大して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(表面処理皮膜層)
本発明の有機樹脂被覆シームレス缶における表面処理皮膜層は、少なくとも主成分としてポリカルボン酸系重合体及び該ポリカルボン酸系重合体の架橋成分としてジルコニウム化合物を含有して成り、且つ、該表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを測定した際の、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)とのピーク高さ比(β/α)が一定の範囲であることを特徴としている。これは以下の理由による。
表面処理皮膜層において、ポリカルボン酸系重合体がジルコニウム化合物により架橋された場合、ポリカルボン酸系重合体に含まれるカルボキシル基とジルコニウムが反応することで、カルボキシル基とジルコニウムの金属塩が形成される。
赤外線吸収スペクトル測定において、ジルコニウムと金属塩を形成していない遊離のカルボキシル基(−COOH)は、1660〜1760cm−1の波数範囲内で、1720cm−1付近に吸収極大を有するカルボキシル基のC=O伸縮振動に由来する吸収ピークを示し、一方で、ジルコニウムと金属塩を形成しているカルボキシル基(−COO)は、1490〜1659cm−1の波数範囲で、1560cm−1付近に吸収極大を有するカルボキシル基の金属塩のC=O伸縮振動に由来する吸収ピークを示す。表面処理皮膜層の吸光度は、表面処理皮膜層中に存在する赤外活性を有する化学種の量と比例関係にある。従って、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)とのピーク高さ比(β/α)は、ポリカルボン酸系重合体に含まれるカルボキシル基において、ジルコニウムと金属塩を形成していない遊離のカルボキシル基(−COOH)とジルコニウムと金属塩を形成しているカルボキシル基(−COO)の量比を表す尺度となり、この値が大きいほど遊離のカルボキシル基(−COOH)の存在比は少なくなり、一方でジルコニウムと金属塩を形成しているカルボキシル基(−COO)が存在比は多くなることを示す。
本発明における表面処理皮膜層においては、前述のピーク高さ比(β/α)が0.10〜2.40、好ましくは0.45〜1.60、より好ましくは0.58〜1.45、特に好ましくは0.78〜1.45の範囲にあることが望ましい。
【0015】
本発明における作用効果は、以下のように推察している。
上記ピーク高さ比(β/α)が上記範囲にある場合、レトルト処理のような高温・高圧・高湿度環境下においても、表面処理皮膜層の表面に遊離のカルボキシル基(ジルコニウム化合物と金属塩を形成していないカルボキシル基)が十分に存在し、この遊離のカルボキシル基を介して表面処理皮膜層と有機樹脂被覆層が良好に密着すると共に、ポリカルボン酸系重合体がジルコニウム化合物により適度に架橋されることで、ポリカルボン酸系重合体の耐熱性及び耐水性が顕著に向上し、表面処理皮膜層の凝集破壊が抑制されるため、結果として前述のレトルト処理時のフランジ部における有機樹脂被覆層の剥離や缶胴側壁部におけるブリスター等の外面不良の発生が抑制され、優れた耐レトルト性が発現する。また、缶胴部成形後のヒートセット工程のような高温環境下においても、架橋によりポリカルボン酸系重合体の耐熱性が向上し、表面処理皮膜層の凝集破壊が抑制されることで有機樹脂被覆層の剥離が抑制され、優れた製缶適性を発現することが可能となる。
ピーク高さ比(β/α)が上記範囲よりも大きい場合には、有機樹脂被覆層との密着性に寄与する表面処理皮膜層表面の遊離のカルボキシル基が少なくなると共に、ポリカルボン酸系重合体がジルコニウムにより過度に架橋されることで有機樹脂被覆表面処理金属板からシームレス缶への過酷な加工に際して、表面処理皮膜層が金属基材に追従することが困難になり、製缶加工後の表面処理皮膜層の被覆性が低下するため、それらの要因により表面処理皮膜層と有機樹脂被覆層との密着性が低下し、耐レトルト性が劣化する場合がある。一方、上記範囲よりもピーク高さ比(β/α)が小さい場合には、ポリカルボン酸系重合体の耐熱性及び耐水性の不足により、レトルト処理時には、表面処理皮膜層が凝集破壊しやすくなり、フランジ部における有機樹脂被覆層の剥離や缶胴側壁部におけるブリスター等の外面不良が発生するおそれがあり、耐レトルト性が劣化する場合があり、缶胴部成形後のヒートセット工程においても、耐熱性の不足により表面処理皮膜層が凝集破壊しやすく、それにより有機樹脂被覆層が剥離するおそれがあり、製缶適性が劣化する場合がある。
【0016】
また本発明においては、表面処理皮膜層のポリカルボン酸系重合体の含有量が炭素換算で2〜100mg/m、好ましくは4〜50mg/m、より好ましくは6〜40mg/mの範囲であること、及びジルコニウム化合物の含有量がジルコニウム換算で1〜80mg/m、好ましくは1〜40mg/m、より好ましくは2〜30mg/mの範囲であることが好適である。より詳細には、有機樹脂被覆シームレス缶の缶底部に位置する表面処理皮膜層については、ポリカルボン酸系重合体の含有量が、炭素換算で4〜100mg/m、好ましくは11〜50mg/m、より好ましくは21〜40mg/mの範囲であること、及びジルコニウム化合物の含有量がジルコニウム換算で2〜80mg/m、好ましくは2〜40mg/m、より好ましくは4〜30mg/mの範囲であることが好適である。一方で、缶胴側壁部の表面処理皮膜層については、ポリカルボン酸系重合体の含有量が炭素換算で2〜50mg/m、好ましくは4〜25mg/m、より好ましくは6〜20mg/mの範囲で含有されていること、及びジルコニウム化合物の含有量がジルコニウム換算で1〜40mg/m、好ましくは1〜20mg/m、より好ましくは2〜15mg/mの範囲であることが好適である。上記範囲よりもポリカルボン酸系重合体およびジルコニウム化合物が多い場合には、前述のピーク高さ比(β/α)の範囲に調整することが困難になるか、もしくは表面処理皮膜層が必要以上に厚膜となり、不経済である。一方で上記範囲よりもポリカルボン酸系重合体、またはジルコニウム化合物の含有量が少ない場合には、前述のピーク高さ比(β/α)の範囲に調整することが困難になるか、もしくは、表面処理皮膜層が必要とされる膜厚よりも薄くなり、耐レトルト性が充分に得られないおそれがある。
【0017】
また、さらにコロイダルシリカを配合する場合においては、表面処理皮膜層中のコロイダルシリカの含有量はケイ素換算で1〜200mg/m、好ましくは2〜100mg/m、より好ましくは4〜80mg/mの範囲であることが好適である。より詳細には、有機樹脂被覆シームレス缶の缶底部に位置する表面処理皮膜層については、コロイダルシリカの含有量が、ケイ素換算で2〜200mg/m、好ましくは5〜100mg/m、より好ましくは10〜80mg/mの範囲であることが好適である。一方で、缶胴側壁部に位置する表面処理皮膜層については、コロイダルシリカの含有量がケイ素換算で1〜100mg/m、好ましくは2〜50mg/m、より好ましくは4〜40mg/mの範囲で含有されていることが好適である。耐熱性に優れたコロイダルシリカが表面処理皮膜層に上記範囲内で含有されることで、表面処理皮膜層の耐熱性が更に向上し、缶胴部成形後のヒートセット工程において、表面処理皮膜層の凝集破壊が抑制され、有機樹脂被覆層の剥離を更に抑制することが可能になり、製缶適性が向上する。上記範囲よりもコロイダルシリカの含有量が少ない場合には前述の効果が望めず、その一方、上記範囲よりもコロイダルシリカの量が多くても、それ以上の効果は得られず、かえって耐レトルト性が劣化するおそれがある。
【0018】
本発明の有機樹脂被覆シームレス缶における表面処理皮膜層の組成としては、ポリカルボン酸系重合体の固形分100質量部に対して、ジルコニウム化合物が、ジルコニウム換算で3〜67質量部、好ましくは18〜52質量部、より好ましくは22〜48質量部、特に好ましくは29〜48質量部で含有されていることが好適である。上記範囲よりもジルコニウム化合物が多い場合、或いは少ない場合には、ピーク高さ比を前述の範囲に調整することが困難になる場合があり、所望の効果が得られないおそれがある。また表面処理皮膜層中にコロイダルシリカを含有する場合には、ポリカルボン酸系重合体100質量部に対して、コロイダルシリカが固形分(二酸化ケイ素;SiO)換算で10〜200質量部、特に50〜200質量部の量で含有されていることが好適である。上記範囲よりもコロイダルシリカの量が少ない場合には充分な耐熱性の向上が望めず、その一方上記範囲よりもコロイダルシリカの量が多くても、更なる耐熱性の向上は得られず、かえって耐レトルト性が劣化するおそれがある。
【0019】
(ポリカルボン酸系重合体)
本発明において表面処理皮膜層を構成するポリカルボン酸系重合体としては、既存のポリカルボン酸系重合体を用いることができるが、ポリカルボン酸系重合体とは、分子内に2個以上のカルボキシル基を有する重合体の総称である。このようなポリカルボン酸系重合体としては、たとえば、エチレン性不飽和カルボン酸の(共)重合体、エチレン性不飽和カルボン酸と他のエチレン性不飽和単量体との共重合体、さらにアルギン酸、カルボキシメチルセルロース、ペクチンなどの分子内にカルボキシル基を有する酸性多糖類などが挙げられる。これらのポリカルボン酸系重合体は1種のものを単独で用いても、2種以上のものを混合して用いてもよい。
また、このようなエチレン性不飽和カルボン酸としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、クロトン酸等が挙げられる。さらに、これらのエチレン性不飽和カルボン酸と共重合可能なエチレン性不飽和単量体としては、たとえば、エチレン、プロピレン等のα−オレフィン類、酢酸ビニル等のカルボン酸ビニルエステル類、アルキルアクリレート、アルキルメタクリレート、アルキルイタコネート等のエチレン性不飽和カルボン酸エステル類、塩化ビニル、塩化ビニリデン、スチレン、アクリルアミド類、アクリロニトリル等が挙げられる。ポリカルボン酸系重合体がエチレン性不飽和カルボン酸と酢酸ビニル等のカルボン酸ビニルエステル類との共重合体の場合には、さらにケン化することにより、カルボン酸ビニルエステル部分をビニルアルコールに変換して使用することができる。
【0020】
このようなポリカルボン酸系重合体の中でも、前述の耐レトルト性の観点から、ポリカルボン酸系重合体が、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸の中から選ばれる少なくとも1種の重合性単量体から誘導される構成単位を含む重合体、または該重合体の混合物であることが好ましい。なお、該重合体は、単独重合体でも、共重合体でもよい。該重合体において、前記アクリル酸、マレイン酸、メタクリル酸、およびイタコン酸の中から選ばれる少なくとも1種の重合性単量体から誘導される構成単位が好ましくは60mol%以上、より好ましくは80mol%以上、最も好ましくは100モル%、すなわち、ポリカルボン酸系重合体が前記アクリル酸、マレイン酸、メタクリル酸、およびイタコン酸の中から選ばれる少なくとも1種の重合性単量体のみから成る重合体であることが好ましい(ただし全構成単位を100mol%とする。)なお、上記構成単位以外の構成単位が含まれる場合には、その他の構成単位としては、例えば前述のエチレン性不飽和カルボン酸と共重合可能なエチレン性不飽和単量体などが挙げられる。
ポリカルボン酸系重合体が前記アクリル酸、マレイン酸、メタクリル酸、およびイタコン酸の中から選ばれる少なくとも1種の重合性単量体のみから成る重合体である場合には、それら重合性単量体の単独重合体、共重合体、或いはそれらの混合物を用いることができる。より好ましくは、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリイタコン酸、ポリマレイン酸、及びそれらの混合物を用いることができる。
【0021】
ポリカルボン酸系重合体の重量平均分子量(Mw)は特に限定されないが、3,000〜1,000,000、好ましくは10,000〜1,000,000、より好ましくは10,000〜500,000の範囲にあることが望ましい。上記範囲よりも重量平均分子量が小さい場合には、レトルト殺菌処理のような高温・高圧・高湿度環境下や缶胴部成形後のヒートセット工程のような高温環境下に賦された場合において、表面処理皮膜層が凝集破壊する場合があり、耐レトルト性や製缶適性が劣る場合がある。一方で、上記範囲よりも重量平均分子量が大きい場合には、表面処理液の安定性が低下し、経時でゲル化する場合があり、生産性に難がある場合がある。
【0022】
(ジルコニウム化合物)
本発明において表面処理皮膜層を構成するジルコニウム化合物としては、例えば、酸化ジルコニウム、ヘキサフルオロジルコニウム酸(HZrF)、ヘキサフルオロジルコニウムカリウム(KZrF)やヘキサフルオロジルコニウムアンモニウム((NHZrF)、炭酸ジルコニウムアンモニウム((NHZrO(CO)、オキシ硝酸ジルコニウム(ZrO(NO)、オキシ酢酸ジルコニウム(ZrO(C)、オキシ塩化ジルコニウム(ZrOCl)、オキシ硫酸ジルコニウム(ZrOSO)、オキシ炭酸ジルコニウム(ZrOCO)、オキシオクチル酸ジルコニウム(ZrO(C15)、水酸化オキシジルコニウム(ZrO(OH))、水酸化オキシ塩化ジルコニウム(ZrO(OH)Cl)、炭酸ジルコニウムカリウム(K(ZrO(CO))、リン酸ジルコニウム、乳酸ジルコニウム、ジルコニウムアセチルアセトネート[Zr(OC(=CH)CHCOCH]等が挙げられる。上記ジルコニウム化合物の中でも、環境負荷の観点からフッ素成分を含まないものが好ましく、特にオキシジルコニウム塩が好ましい。ここで、「オキシジルコニウム塩」とは、ZrOで表される正2価の基(ジルコニルと呼ばれる)を含む塩を指す。オキシジルコニウム塩としては、炭酸ジルコニウムアンモニウム((NHZrO(CO)、オキシ硝酸ジルコニウム(ZrO(NO)、オキシ酢酸ジルコニウム(ZrO(C)、オキシ塩化ジルコニウム(ZrOCl)、オキシ硫酸ジルコニウム(ZrOSO)、オキシ炭酸ジルコニウム(ZrOCO)、炭酸ジルコニウムアンモニウム((NHZrO(CO)、水酸化オキシジルコニウム(ZrO(OH))、水酸化オキシ塩化ジルコニウム(ZrO(OH)Cl)、炭酸ジルコニウムカリウム(K(ZrO(CO))などが挙げられ、上述した中でも水溶性のオキシジルコニウム塩が好ましく、特に処理液での安定性、耐レトルト性の観点から、前駆体として炭酸ジルコニウムアンモニウムを好適に用いることができる。
なお、ジルコニウム化合物として、前述の水溶性のオキシジルコニウム塩(炭酸ジルコニウムアンモニウム)を用いた場合には、表面処理皮膜層において、ポリカルボン酸系重合体100質量部に対して、オキシジルコニウム塩が酸化ジルコニウム(ZrO)換算で5〜90質量部、好ましくは25〜70質量部、より好ましくは30〜65質量部、特に好ましくは40〜65質量部の範囲で含有されていることが好適である。
【0023】
(コロイダルシリカ)
本発明において表面処理皮膜層を構成するコロイダルシリカとしては、これに限定されないが、LUDOX(W.R.Grace社製)やスノーテックスN、スノーテックスUP(日産化学工業社製)のような球状シリカを挙げることができる。コロイダルシリカの粒径としては2〜80nm、特に4〜30nmの範囲にあることが望ましい。上記範囲より小さい粒子は一般に入手困難であり、一方上記範囲よりも大きい場合には、表面処理皮膜層中にコロイダルシリカを均一に分布させることが難しく、前述の効果が得られにくい。
【0024】
本発明における表面処理皮膜層は、本発明の目的を損なわない範囲で、ジルコニウム化合物以外の金属化合物(例えばナトリウムやカリウム等の一価のアルカリ金属化合物や亜鉛やカルシウム、アルミニウム等の多価金属化合物)を混合して、又は含まれたまま用いることができる。
また、本発明の目的を損なわない範囲で、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合体、ポリビニルピロリドン、ポリビニルエチルエーテル、ポリアクリルアミド、アクリルアミド系化合物、ポリエチレンイミン、澱粉、アラビアガム、メチルセルロース等の水溶性重合体、ポリ酢酸ビニル、エチレン・酢酸ビニル共重合体、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂等の水分散体(エマルション)に由来する重合体が含まれていても良い。
【0025】
(ピーク高さ比(β/α)の算出)
ここで前述した赤外線吸収スペクトル測定による有機樹脂被覆シームレス缶の表面処理皮膜層のピーク高さ比(β/α)の算出方法について以下に説明する。まず、有機樹脂被覆シームレス缶から測定用サンプルとして缶胴側壁部を切り出し、所定の方法により有機樹脂被覆層を除去した後、測定用サンプル表面の表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを、4000〜700cm−1の波数範囲で測定し、得られた表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルから水蒸気及び炭酸ガスに由来する吸収ピークを差し引いた後、図1に例示するように、赤外線吸収スペクトルの1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)を得て、それらを用いてのピーク高さ比(β/α)を算出する。ここで、赤外線吸収スペクトルの1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(α)と1490〜1659cm−1の波数範囲内の最大吸収ピーク高さ(β)は以下のように定義する。
【0026】
最大ピーク高さ(α):1800〜2000cm−1の波数範囲内で、吸光度が最も低くなる点と、1000〜1200cm−1の波数範囲内で、吸光度が最も低くなる点を結んだ直線をベースラインとし、1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピークの頂点から横軸(波数)に対して垂直に直線を下ろし、当該直線とベースラインとの交点における吸光度と最大吸収ピーク頂点の吸光度の差を最大ピーク高さ(α)とする。
最大ピーク高さ(β):1800〜2000cm−1の波数範囲内で、吸光度が最も低くなる点と、1000〜1200cm−1の波数範囲内で、吸光度が最も低くなる点を結んだ直線をベースラインとし、1490〜1659cm−1の波数範囲の最大吸収ピークの頂点から横軸(波数)に対して垂直に直線を下ろし、当該直線とベースラインとの交点における吸光度と最大吸収ピーク頂点の吸光度の差を最大ピーク高さ(β)とする。
【0027】
また、本発明で用いるポリカルボン酸系重合体がエチレン性不飽和カルボン酸とその他のアルキルアクリレートやアルキルメタクリレート等のエチレン性不飽和カルボン酸エステル類との共重合体やエチレン性不飽和カルボン酸の重合体と不飽和カルボン酸エステルの重合体の混合物、或いはエチレン性不飽和カルボン酸とカルボン酸ビニルエステルとの共重合やエチレン性不飽和カルボン酸の重合体とカルボン酸ビニルエステルの重合体の混合物の場合には、カルボン酸エステルのエステル結合(−COO−R:Rはアルキル基)に帰属するC=O伸縮振動は、1730cm−1〜1760cm−1の波数範囲内に吸収極大を有する吸収ピークを与える。従って、厳密にはそれら共重合体又は混合物の赤外線吸収スペクトルの1660〜1760cm−1の波数範囲内の最大吸収ピークには、カルボキシル基(−COOH)、及びエステル結合(−COO−R)に由来する二つのC=O伸縮振動が含まれる場合があるが、この場合においても、上述の手順により算出されるピーク高さ比(β/α)をジルコニウムと金属塩を形成していない遊離のカルボキシル基(−COOH)とジルコニウムと金属塩を形成しているカルボキシル基(−COO)の量比を表す尺度としてそのまま用いる。さらに、本発明の目的を損なわない範囲で、表面処理皮膜層中にエステル結合を有する化合物、又は重合体が含まれる場合においても同様に、上述の手順により算出されるピーク高さ比(β/α)をジルコニウムと金属塩を形成していない遊離のカルボキシル基(−COOH)とジルコニウムと金属塩を形成しているカルボキシル基(−COO)の量比を表す尺度としてそのまま用いる。
【0028】
一方で、表面処理皮膜層中に、本発明の目的を損なわない範囲で、ナトリウムやカリウム等のアルカリ金属や亜鉛やカルシウム等の多価金属のようなジルコニウム以外の金属が含まれる場合(例えば、ポリカルボン酸系重合体のジルコニウム以外の金属塩を混合して、又は含まれたまま用いた場合など)にはカルボキシル基とジルコニウム以外の金属との金属塩(−COO)に帰属されるC=O伸縮振動は、1490〜1659cm−1の波数範囲内で、1560cm−1付近に吸収極大を有する吸収ピークを与える。従って、厳密には赤外線吸収スペクトルのピークにおいて、カルボキシル基とジルコニウムの金属塩に由来するC=O伸縮振動に、一部カルボキシル基とジルコニウム以外の金属との金属塩に由来するC=O伸縮振動が含まれるが、この場合においても、上述の手順により算出されるピーク高さ比(β/α)をジルコニウムと金属塩を形成していない遊離のカルボキシル基(−COOH)とジルコニウムと金属塩を形成しているカルボキシル基(−COO)の量比を表す尺度としてそのまま用いる。
【0029】
尚、表面処理金属板表面の赤外吸収スペクトルの測定法としては、主に金属基材上に形成した薄膜の赤外線吸収スペクトルを、高感度に測定することができる高感度反射法(反射吸収法)が好適である。さらに、測定には偏光子を用いることが好ましい。偏光子を用いることにより平行偏光(P偏光)のみを検出することでより高感度に測定することができる。ただし,偏光子を用いることで,測定に使用できる赤外光量が減少するためにノイズが大きくなるため、測定に用いる検出器としては、半導体型のテルル化カドミウム水銀(MCT)検出器が好適である。また、測定に用いるリファレンス基板としては金蒸着ミラーを用いることが好適である。
【0030】
(表面処理液)
本発明の表面処理皮膜層を形成する表面処理液は、ポリカルボン酸系重合体、ジルコニウム化合物、水性媒体、及び必要に応じてコロイダルシリカを含有する表面処理液から形成することができる。
このような表面処理液においては、ポリカルボン酸系重合体の固形分100質量部に対して、ジルコニウム化合物が、ジルコニウム換算で3〜67質量部、好ましくは18〜52質量部、より好ましくは22〜48質量部、特に好ましくは29〜48質量部の範囲で含有されていることが好適である。(前記ジルコニウム化合物が前述したオキシジルコニウム塩の場合においては、ポリカルボン酸系重合体100質量部当たり、オキシジルコニウム塩が酸化ジルコニウム(ZrO)換算で5〜90質量部、好ましくは25〜70質量部、より好ましくは30〜65質量部、特に好ましくは40〜65質量部の範囲で含有されていることが好適である。)
また表面処理液にコロイダルシリカを配合する場合には、ポリカルボン酸系重合体100質量部当たり、コロイダルシリカが固形分(二酸化ケイ素;SiO)換算で10〜200質量部、特に50〜200質量部の量で配合することが好適である。上記範囲よりもコロイダルシリカの量が少ない場合には充分な耐熱性の向上が望めず、その一方上記範囲よりもコロイダルシリカの量が多くても、更なる耐熱性の向上は得られず、かえって耐レトルト性が低下するおそれがある。
【0031】
前記水性媒体としては、蒸留水、イオン交換水、純粋水等の水を使用することができ、公知の水性組成物と同様に、アルコール、多価アルコール、その誘導体等の有機溶媒を含有することができる。このような共溶剤を用いる場合には、水に対して5〜30重量%の量で含有することができる。上記範囲で溶剤を含有することにより、製膜性能が向上する。このような有機溶媒としては例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、エチレングリコールモノブルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル、3−メチル3−メトキシブタノールなどが挙げられる。
【0032】
表面処理液は、更に、必要に応じ、一般的な金属用表面処理液に用いられる安定剤、酸化防止剤、表面調整剤、消泡剤等の添加剤を含有するものであってもよい。
【0033】
(金属板上への表面処理皮膜層の形成方法)
金属板上への表面処理皮膜層の形成方法としては特に限定されず、例えば、金属板に圧延油や防錆油等を除去するための表面洗浄として、脱脂処理を施し、水洗や表面調整をし、次いで、前述の表面処理液を金属板上に塗布し、加熱乾燥することで表面処理皮膜層を形成させることができる。
【0034】
上記脱脂処理としては特に限定されず、例えば、従来アルミニウムやアルミニウム合金等の金属板の脱脂処理に用いられてきたアルカリ洗浄や酸洗浄を挙げることができる。本発明においては、表面処理皮膜層と金属基材の密着性の点から、アルカリ洗浄の後、更に、酸洗浄を行う方法、又は、上記アルカリ洗浄を行うことなく、酸洗浄を行う方法が好ましい。上記脱脂処理において、通常、アルカリ洗浄はアルカリ性クリーナーを用いて行われ、酸洗浄は酸性クリーナーを用いて行われる。
【0035】
上記アルカリ性クリーナーとしては特に限定されず、例えば、通常のアルカリ洗浄に用いられるものを用いることができ、例えば、日本ペイント社製「サーフクリーナー420N−2」等が挙げられる。上記酸性クリーナーとしては特に限定されず、例えば、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸等の水溶液が挙げられる。上記脱脂処理を行った後は、金属板表面に残存する脱脂剤を除去するために、水洗処理を行なったのち、エアーブロー若しくは熱空気乾燥等の方法にて、金属板表面の水分を除去する。
【0036】
表面処理液は、ロールコート法、スプレー法、浸漬法、刷毛塗り法、スプレー絞り法(スプレーにより、金属板上に表面処理液を塗布した後、ロールやエアーで液膜を絞りとり乾燥する)、浸漬絞り法(金属板を表面処理液に浸漬させた後、ロールやエアーで液膜を強く絞りとり乾燥する)等の従来公知の方法で金属板に塗布処理することができ、表面処理後の乾燥条件は50〜300℃、5秒〜5分であり、特に50〜250℃、10秒〜2分であることが好ましい。
【0037】
(金属板)
本発明に用いる金属板としては、特に限定されないが、各種鋼板やアルミニウム板などが使用される。鋼板としては、冷圧延鋼板を焼鈍した後二次冷間圧延したものを用いることができ、他にクラッド鋼板なども用いることができる。また、アルミニウム板としては、いわゆる純アルミニウムの他にアルミニウム合金から成るアルミニウム板を用いることができ、本発明においては、特にアルミニウム合金から成るアルミニウム板を好適に使用できる。
金属板の元厚は、特に限定はなく、金属の種類、容器の用途或いはサイズによっても相違するが、金属板としては一般に0.10〜0.50mmの厚みを有するのがよく、この中でも鋼板の場合には0.10〜0.30mmの厚み、アルミニウム板の場合は0.15〜0.40mmの厚みを有するのがよい。
【0038】
尚、本発明においては、金属板として、あらかじめ従来公知の化成処理やめっき等の表面処理を施したものを使用しても良い。
前述の表面処理としては、金属板として鋼鈑を用いる場合には、亜鉛メッキ、錫メッキ、ニッケルメッキ、アルミメッキ、電解クロム酸処理、クロム酸処理、リン酸処理、アルミやジルコニウムを用いたノンクロム処理等の表面処理の一種又は二種以上行ったものを挙げることができる。金属板としてアルミニウム板を用いる場合には、リン酸クロメート処理、リン酸ジルコニウム処理、ジルコニウム処理、リン酸処理等の無機系の化成型処理、及び前記無機系の化成型処理にアクリル樹脂、フェノール樹脂などの水溶性樹脂やタンニン酸等の有機成分を組み合わせた有機無機複合化成型処理等を挙げることができる。
【0039】
(有機樹脂被覆層)
本発明の有機樹脂被覆シームレス缶において、表面処理皮膜層上に施される有機樹脂被覆層を構成する有機樹脂としては、特に限定されず、例えば、結晶性ポリプロピレン、結晶性プロピレン−エチレン共重合体、結晶性ポリブテン−1、結晶性ポリ4−メチルペンテン−1、低−、中−、或いは高密度ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA)、エチレン−アクリル酸エチル共重合体(EEA)、イオン架橋オレフィン共重合体(アイオノマー)等のポリオレフィン類;ポリスチレン、スチレン−ブタジエン共重合体等の芳香族ビニル共重合体;ポリ塩化ビニル、塩化ビニリデン樹脂等のハロゲン化ビニル重合体;アクリロニトリル−スチレン共重合体、アクリロニトリル−スチレン−ブタジエン共重合体の如きニトリル重合体;ナイロン6、ナイロン66、パラ又はメタキシリレンアジパミドの如きポリアミド類;ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリテトラメチレンテレフタレート等のポリエステル類;各種ポリカーボネート;ポリオキシメチレン等のポリアセタール類等の熱可塑性樹脂が挙げられ、これらの熱可塑性樹脂から構成された熱可塑性樹脂フィルムを有機樹脂被覆層として用いることができる。
本発明に用いる有機樹脂被覆層としては、熱可塑性樹脂から構成された熱可塑性樹脂フィルムが好適であり、特にポリエステル樹脂フィルムを好適に使用できる。
【0040】
前記ポリエステル樹脂フィルムを構成するポリエステル樹脂としては、ホモポリエチレンテレフタレート樹脂であってもよいし、テレフタル酸以外の酸成分を酸成分基準で30モル%以下の量で、またエチレングリコール以外のアルコール成分をアルコール成分基準で30モル%以下の量で含有するポリエチレンテレフタレートを主体とした共重合ポリエステル樹脂単体またはホモポリエチレンテレフタレート樹脂と前記ポリエチレンテレフタレートを主体とした共重合ポリエステル樹脂のブレンド樹脂であってもよい。
前記テレフタル酸以外の酸成分としては、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸、P−β−オキシエトキシ安息香酸、ジフェノキシエタン−4,4’−ジカルボン酸、5−ナトリウムスルホイソフタル酸、ヘキサヒドロテレフタル酸、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸、ダイマー酸、トリメリット酸、ピロメリット酸等を挙げることができる。
前記エチレングリコール以外のアルコール成分としては、プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、1,6−ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、シクロヘキサンジメタノール、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトールなどのグリコール成分を挙げることができる。
【0041】
また、ホモポリエチレンテレフタレート樹脂及び/又はポリエチレンテレフタレートを主体とした共重合ポリエステル樹脂とこれら以外の結晶性ポリエステル樹脂、たとえばホモポリブチレンテレフタレート樹脂及び/又はポリブチレンテレフタレート樹脂を主体とした共重合ポリエステル樹脂、或いは、ホモポリエチレンナフタレート樹脂及び/又はポリエチレンナフタレート樹脂を主体とした共重合ポリエステル樹脂とをブレンドした樹脂であってもよい。その場合においては、ホモポリエチレンテレフタレート樹脂及び/又はポリエチレンテレフタレート樹脂を主体とした共重合ポリエステル樹脂に対して、ホモポリエチレンテレフタレート樹脂及びポリエチレンテレフタレート樹脂を主体とした共重合ポリエステル樹脂以外の前記結晶性ポリエステル樹脂の配合量が5〜50wt%であることが好ましい。
【0042】
上記ポリエステル樹脂の中でも特に、エチレンテレフタレート単位からなるポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂、ポリエチレンテレフタレート/ポリブチレンテレフタレート共重合樹脂、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンナフタレート共重合樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂とポリブチレンテレフタレート樹脂のブレンド樹脂、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂とポリブチレンテレフタレート樹脂のブレンド樹脂の何れかであることが好ましく、特に、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂とポリブチレンテレフタレート樹脂のブレンド樹脂が好ましい。なお、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂としては、イソフタル酸の含有量が20モル%以下(酸成分基準)のものが好ましい。前記ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂とポリブチレンテレフタレート樹脂のブレンド樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂に対して、ポリブチレンテレフタレート樹脂を10〜50wt%の範囲でブレンドしたものが好ましい。
【0043】
有機樹脂被覆層として使用するポリエステル樹脂は、フィルム形成範囲の分子量を有するべきであり、溶媒として、フェノール/テトラクロロエタン混合溶媒を用いて測定した固有粘度〔η〕が0.5以上、特に0.52〜0.70の範囲にあることが腐食成分に対するバリヤー性や機械的性質の点から好ましく、またガラス転移点が50℃以上、特に60℃〜80℃の範囲にあることが好ましい。
【0044】
ポリエステル樹脂フィルム等の熱可塑性樹脂フィルムには、それ自体公知のフィルム用配合剤、滑剤、アンチブロッキング剤、顔料、各種帯電防止剤、酸化防止剤等を公知の処方によって配合することができる。
ポリエステル樹脂フィルム等の熱可塑性樹脂フィルムの厚みは、一般に5〜40μmの範囲にあることが好ましい。
熱可塑性樹脂フィルムから成る有機樹脂被覆層は二層構成にすることもでき、熱可塑性樹脂としてポリエステル樹脂を用いる場合には、下層として、エチレンテレフタレート単位を主体とし、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の少なくとも一種を1〜30モル%の量で含有し、上層となるポリエステル樹脂における上記酸成分の配合量よりも、その量が多いポリエステル樹脂から形成することが、加工密着性、耐食性等の点から特に好適である。
【0045】
熱可塑性樹脂フィルムから成る有機樹脂被覆層は、エポキシ/フェノール樹脂系やポリエステル/フェノール樹脂系等の従来公知の接着プライマー層を介して、表面処理皮膜層の上に形成しているものであっても良い。接着プライマー層は、表面処理皮膜層と有機樹脂被覆層との両方に優れた接着性を示すものである。エポキシ/フェノール樹脂系の接着プライマーとしては、特にエポキシ樹脂とフェノール樹脂を50:50〜99:1の重量比、特に60:40〜95:5の重量比で含有する塗料から形成されることが、密着性と耐食性の観点から好ましい。ポリエステル/フェノール樹脂系の接着プライマーとしては、特にポリエステル樹脂とフェノール樹脂を50:50〜99:1の重量比、特に60:40〜95:5の重量比で含有する塗料から形成されることが、密着性と耐食性の観点から好ましい。上記接着プライマー層は一般に0.1〜10μmの厚みに設けるのがよい。接着プライマー層は予め表面処理金属板上の表面処理皮膜層上に設けても良く、あるいは上記ポリエステル樹脂フィルム等の有機樹脂被覆層上に設けても良い。
【0046】
(表面処理金属板上への有機樹脂被覆層の形成方法)
表面処理金属板上への有機樹脂被覆層の形成方法としては、有機樹脂被覆層が熱可塑性樹脂フィルムである場合には、例えば、熱可塑性樹脂フィルムを予め従来公知の方法により形成した後、表面処理金属板上に熱接着法で被覆する方法や、加熱溶融した熱可塑性樹脂を押出機を用いてフィルム状に押出し、直接表面処理金属板上に被覆する押出ラミネート法などが好適である。また、熱可塑性樹脂フィルムを形成した後で被覆する場合、フィルムは延伸されていてもよいが、未延伸フィルムであることが成形加工性及び耐デント性の点からは好ましい。
【0047】
(缶体及びその製法)
本発明の有機樹脂被覆シームレス缶は、従来公知の成形法により有機樹脂被覆表面処理金属板から製缶することができる。
本発明に用いる有機樹脂被覆表面処理金属板は、有機樹脂被覆層が優れた加工密着性を有していることから、絞り加工、絞り・深絞り加工、絞り・しごき加工、絞り・曲げ伸ばし加工・しごき加工等の過酷な加工により成形されるシームレス缶を、破胴やフランジ形成部の樹脂被覆の剥離を生じることなく成形することができる。
シームレス缶の側壁部は、有機樹脂被覆表面処理金属板の絞り−再絞り加工による曲げ伸ばし或いは更にしごき加工により、有機樹脂被覆表面処理金属板の元厚の20乃至95%、特に25乃至85%の厚みとなるように薄肉化されていることが好ましい。
得られたシームレス缶は、少なくとも一段の熱処理に付し、加工により生じるフィルムの残留歪みを除去し、加工の際用いた滑剤を表面から揮散させ、更に表面に印刷した印刷インキを乾燥硬化させる。熱処理後の容器は急冷或いは放冷した後、所望により、一段或いは多段のネックイン加工に付し、フランジ加工を行って、巻締用の缶とする。
【0048】
図2は、本発明の有機樹脂被覆シームレス缶の一例の断面図及び缶胴部の断面構造を拡大して示すものであり、この有機樹脂被覆シームレス缶10は、金属基材2の両面に施された表面処理皮膜層3a,3b、有機樹脂被覆層4a,4bとから成る有機樹脂被覆表面処理金属基材1から成っている。図2に示す具体例においては、金属基材2の容器内外面の両方に表面処理皮膜層3a,3bを介して有機樹脂被覆層4a,4bが形成されているが、本発明の有機樹脂被覆シームレス缶においては、表面処理皮膜層3及び有機樹脂被覆層4は、少なくとも缶体の片面に形成されていればよく、また缶体の内面又は外面には、異なる表面処理皮膜層および有機樹脂被覆層を形成することもできる。
【実施例】
【0049】
以下、具体的な実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により限定されるものではない。なお、以下において「部」とあるのは「質量部」を意味する。
【0050】
[実施例1〜24、比較例1〜3]
(表面処理液の調製)
ポリカルボン酸系重合体をイオン交換水中に溶解させ、2質量%のポリカルボン酸系重合体水溶液を得た。得られたポリカルボン酸系重合体水溶液に、ジルコニウム化合物の水溶液を所定の固形分配合比となるように、常温にて攪拌しながら徐々に添加した。なお、ジルコニウム化合物の水溶液は、必要に応じてイオン交換水で所定の固形分濃度に調整した後に、ポリカルボン酸系重合体水溶液に添加した。さらにコロイダルシリカを配合する場合においては、コロイダルシリカの水分散液を、所定の固形分配合比となるように、常温にて攪拌しながらポリカルボン酸系重合体及びジルコニウム化合物を含む水溶液中に添加した。次いで攪拌しながらイオン交換水を加え、水溶液中のポリカルボン酸系重合体の固形分濃度が0.5〜1質量%となるように調製し、表面処理液を得た。
【0051】
ポリカルボン酸系重合体としては、ポリアクリル酸(東亞合成社製「ジュリマーAC−10LP、Mw=25,000」:表中「PAA1」と表記、「ジュリマー10LHP、Mw=250,000」:表中「PAA2」と表記、「ジュリマーAC−10P、Mw=5,000」:表中「PAA3」と表記)、ポリメタクリル酸(和光純薬社製「ポリメタクリル酸、Mw=100,000」:表中「PMA」と表記)、ポリイタコン酸(磐田化学工業社製「PIA−728、Mw=3,000」:表中「PIA」と表記)を用いた。
ジルコニウム化合物としては、炭酸ジルコニウムアンモニウム(第一稀元素化学社製「ジルコゾールAC−7、ZrO換算含有量=13質量%」)を用いた。コロイダルシリカとしては、W.R.Grace社製「LUDOX AS−30、平均粒子径=20nm、SiO換算含有量=30質量%)」を用いた。用いたポリカルボン酸系重合体、及び表面処理液におけるポリカルボン酸系重合体の固形分100部に対する、ジルコニウム化合物の酸化ジルコニウム(ZrO)換算での固形分配合量及びジルコニウム換算配合量、及び、さらに二酸化ケイ素(SiO)換算でのコロイダルシリカの固形分配合量を表1に示す。
【0052】
(表面処理金属板の作製)
金属板として、アルミニウム板(板厚0.28mm、3104合金板、A4サイズ)を使用した。まず、日本ペイント社製のアルカリ性クリーナー「サーフクリーナー420N−2」(商品名)の2%水溶液中(60℃)に、6秒間浸漬してアルカリ洗浄を行った。アルカリ洗浄後、水洗してから、2%硫酸水溶液中(60℃)に6秒間浸漬して酸洗浄を行い、水洗してから乾燥した。得られた金属板の缶内面側と缶外面側の両面に前述の表面処理液を塗布し、150℃に設定したオーブン内に60秒間保持して乾燥させ、表面処理金属板を作製した。なお、金属板の缶内面側と缶外面側で、同一の表面処理液を同一の条件で塗布し、同様の表面処理皮膜層を形成させた。
【0053】
(有機樹脂被覆表面処理金属板の作製)
得られた表面処理金属板を、予め板温度250℃に加熱しておき、表面処理金属板の両面に、有機樹脂被覆層としてポリエステル樹脂フィルムを、ラミネートロールを介して熱圧着した後、直ちに水冷することにより、有機樹脂被覆表面処理金属板を得た。尚、缶内面側のポリエステル樹脂フィルムとしては、12μm厚のポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂フィルムを用いた。缶外面側の有機樹脂被覆層として、12μm厚のポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂フィルム(PET/IA)、又は12μm厚のポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンイソフタレート共重合樹脂とポリブチレンテレフタレート樹脂のブレンド樹脂フィルム(PET/IA・PBT)を用いた。各実施例における缶外面側の有機樹脂被覆層の種類を表1に示す。
【0054】
(シームレス缶の作製)
得られた有機樹脂被覆表面処理金属板の両面に、パラフィンワックスを静電塗油した後、直径156mmの円形に打ち抜き、浅絞りカップを作成した。次いで、この浅絞りカップを、再絞り−しごき加工及びドーミング成形を行い、開口端縁部のトリミング加工を行い、201℃で75秒間、次いで210℃で80秒間熱処理を施し、開口端をネッキング加工、フランジング加工を行い、缶胴211径でネック部206径の容量500mlのシームレス缶を作製した。シームレス缶の諸特性は以下の通りであった。
缶体径:66mm
缶体高さ:168mm
元板厚に対する缶側壁部の平均板厚減少率:60%
【0055】
(含有量測定)
有機樹脂被覆シームレス缶の表面処理皮膜層におけるポリカルボン酸系重合体に由来する炭素、ジルコニウム化合物に由来するジルコニウム、コロイダルシリカに由来するケイ素の単位面積当たりの含有量(mg/m)は、以下の手順により測定用サンプルを作製した後、蛍光X線分析装置を用いて測定した。まず、前記「シームレス缶の作製」の項に記載した通りにシームレス缶を作製した後、得られたシームレス缶の缶底部の中心部を2cm×2cmの大きさに切り出したものをサンプルとし、該サンプルを300mLの1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール(HFIP)中に、常温で1時間浸漬させ、有機樹脂被覆層(ポリエステル樹脂フィルム)を溶解・除去した。HFIP中からサンプルを取り出して、サンプルに付着したHFIPを除去し、測定用サンプルを得た。測定に際して、まず、炭素又はジルコニウム、又はケイ素の含有量が既知で含有量の異なる標準サンプルをそれぞれ複数測定し、この際の強度より、強度−含有量の検量線を作製した。同様の条件で、各実施例における有機樹脂シームレス缶から得た測定用サンプルについても測定し、得られた測定強度を検量線に基づき、含有量に変換することにより、有機樹脂被覆シームレス缶の缶底部に位置する表面処理皮膜層における炭素、ジルコニウム、ケイ素の含有量を測定した。炭素(C)、ジルコニウム(Zr)、ケイ素(Si)の含有量の測定結果を表1に示す。
使用機器:理学電機製 ZSX100e
測定条件:測定径 10mm
X線出力:50kV−70mA
【0056】
(ピーク高さ比(β/α)の測定)
得られた有機樹脂被覆シームレス缶における表面処理皮膜層のピーク高さ比(β/α)は、以下の手順により測定用サンプルを作製した後、赤外線吸収スペクトル測定により算出した。まず、前記「シームレス缶の作製」の項に記載した通りにシームレス缶を作製した後、得られたシームレス缶の缶胴側壁部を8cm×4cmの大きさに切り出したものをサンプルとし、該サンプルを300mLの1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール(HFIP)中に、常温で1時間浸漬させ、有機樹脂被覆層(ポリエステル樹脂フィルム)を溶解・除去した。HFIP中からサンプルを取り出して、サンプルに付着したHFIPを除去し、測定用サンプルを得た。次いで、測定用サンプルの表面の表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルを測定し、得られた表面処理皮膜層の赤外線吸収スペクトルから、水蒸気及び炭酸ガスの吸収ピークを差し引いた赤外線吸収スペクトルを用いて、前記「ピーク高さ比(β/α)の算出」の項に記載した方法により表面処理皮膜層のピーク高さ比(β/α)を算出した。
使用機器:Digilab社製 FTS7000series
使用検出器:MCT検出器
使用アクセサリー:PIKE社製 Advanced Grazing Angle(AGA)
測定方法:高感度反射法(入射角:80℃、積算回数:100回、リファレンス基板:金蒸着ミラー、偏光子を使用し平行偏光のみ検出)
測定波数領域:4000〜700cm−1
【0057】
(比較例4)
金属板として、リン酸クロメート処理(化成処理)を施した表面処理アルミニウム板(板厚0.28mm、3104合金板、表面処理皮膜層におけるクロム含有量:20mg/m)を用いて、前記「有機樹脂被覆表面処理金属板の作製」の項に記載した通りに、有機樹脂被覆表面処理金属板を作製し、前記「シームレス缶の作製」の項に記載した通りにシームレス缶を作製した。
【0058】
[熱処理時フランジ部剥離性評価(製缶適性評価)]
熱処理時フランジ部剥離性評価は、前記「シームレス缶の作製」の項に記載した通りに、缶体をトリミング加工まで行った後、オーブンを用いて、201℃で75秒間、次いで210℃で80秒間の熱処理を行った後、缶体の開口端(フランジ形成部)を顕微鏡で観察し、缶体の開口端より有機樹脂被覆層の剥離度合いで評価した。評価結果を表1に示す。
◎:剥離した部分の最大長さが0.05mm未満
○:剥離した部分の最大長さが0.05mm以上0.1mm未満
△:剥離した部分の最大長さが0.1mm以上0.2mm未満
×:剥離した部分の最大長さが0.2mm以上
【0059】
[レトルト時フランジ部剥離性評価]
レトルト時フランジ部剥離性評価は、前記「シームレス缶の作製」の項に記載した通りにシームレス缶を作製した後、以下の方法により行った。まず、得られたシームレス缶を、レトルト釜の中に、正立(缶底部が下側)で配置し、密封したレトルト釜の中でスチームにより125℃で30分間の加圧加熱殺菌処理を施した。上記加圧加熱殺菌処理後に、室温まで冷却した後に、レトルト釜の中のシームレス缶を取り出し、缶内外面フランジ部の有機樹脂被覆層の剥離状態を観察して評価した。評価結果を表1に示す。
◎:全周に渡って剥離が認められない
○:一部剥離が認められるが、その剥離部分の長さが缶全周長さの5%未満
△:一部剥離が認められるが、その剥離部分の長さが缶全周長さの5%以上10%未満
×:剥離部分の長さが全周方向の10%以上
【0060】
[レトルト時缶胴側壁部外観評価]
レトルト時缶胴側壁部外観評価は、前記「シームレス缶の作製」の項に記載した通りにシームレス缶を作製した後、以下の方法により行った。まず、得られたシームレス缶に、水を500gを充填し、常法に従い蓋を巻き締め、充填パック缶とした。得られた充填パック缶を、水に浸漬し、缶外面の缶胴側壁部が十分に濡れた状態でステンレス製ケースに入れ、充填パック缶が横向き(缶胴側壁部が下側)になるようにステンレス製ケースごとレトルト釜の中に静置し、缶胴側壁部が部分的に水と接触している状態で、密封したレトルト釜の中でスチームにより130℃で5分間の加圧加熱殺菌処理を施した。上記加圧加熱殺菌処理後に、室温まで冷却した後に、レトルト釜の中の充填パック缶を取り出し、缶外面の缶胴側壁部での有機樹脂被覆層の浮きやフクレ(ブリスター)の発生有無を目視評価した。評価結果を表1に示す。
◎:ブリスターの発生が全く認められない
○:ブリスターの発生がほとんど認められない
△:ブリスターの発生が部分的に認められる
×:ブリスターの発生が著しい
【0061】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の有機樹脂被覆シームレス缶は、優れた製缶適性を有すると共に、レトルト殺菌処理のような高温・高圧・高湿度環境下に賦された場合においても、フランジ部で有機樹脂被覆層が剥離するおそれがなく、さらに缶外面の缶胴部が水と接触した状態でスチームによる加圧加熱殺菌されるような、より過酷な条件下でレトルト処理される場合においてもブリスターのような外面不良が発生するおそれのない優れた耐レトルト性を発現可能であるため、特に内容物充填後にレトルト殺菌処理が必要なコーヒー飲料等の金属缶容器として好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0063】
1 有機樹脂被覆表面処理金属基材、2 金属基材、3 表面処理皮膜層、4 有機樹脂被覆層、10 有機樹脂被覆シームレス缶。
図1
図2