(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
自動車に備えられるハブベアリングには、車体側とタイヤ側にそれぞれ密封装置が設けられている。これらの密封装置は、ハブベアリングに備えられる内輪と外輪との間の環状隙間を封止する機能を備えている。そして、これらの密封装置は、外部からの異物の侵入を抑制するための異物用リップと、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップとを備えている。これら異物用リップ及びグリス用リップは、内輪または内輪に固定されるスリンガーに対して摺動自在に設けられている。
【0003】
ここで、ハブベアリングを組み立てる際に、車体側の密封装置とタイヤ側の密封装置との間の空間内に空気が封じ込められて、当該空間内の圧力が高くなり、グリス用リップが内輪または内輪に固定されるスリンガーに対して強く押し付けられてしまうことがある。これにより、上記空間内の空気が外部に逃げることができなくなってしまうことがある。
【0004】
また、内輪または内輪に固定されるスリンガーの表面には、研磨の際に形成される螺旋状の加工目が存在する。そのため、外輪に対して内輪が回転するに伴って、リップと内輪等との摺動により、いわゆるポンピング効果が発揮され、リップの摺動部内の流体は回転方向に応じた方向に移動する。従って、螺旋状の加工目は、外輪に対して内輪が正方向に回転する際に、異物が外部に排出される方向となるように形成されるのが一般的である。そのため、外輪に対して内輪が正方向に回転すると、異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内の気体が外部に排出される。これにより、当該密閉空間内の気体は、異物用リップの摺動部から外部に排出され、グリス用リップよりも内部側から空気が送り込まれないと、当該密閉空間内は負圧となる。更に、摺動等による発熱によって、温度が上昇することにより、上記の密閉空間内の気体が熱膨張し、当該密閉空間内の気体が、異物用リップの摺動部から外部に排出されることもある。この場合にも、その後、温度が低下することで、密閉空間内の気体が収縮して、当該密閉空間内が負圧になる。
【0005】
以上のように、車体側の密封装置とタイヤ側の密封装置との間の空間内の圧力が高くなることと、異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内が負圧になることとが相俟って、各リップが内輪等に強く押し付けられてしまう。これにより、摺動により発生するトルクを増加させてしまう原因になっていることが分かった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、トルクの低減を図ることを可能とする密封装置及びハブベアリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を採用した。
【0009】
すなわち、本発明の密封装置は、
ハブベアリングに備えられる内輪と外輪との間の環状隙間を封止する密封装置において、
前記外輪に対して固定される補強環と、
前記補強環に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体と、
を備え、
前記密封装置本体には、前記内輪または該内輪に固定されるスリンガーに対して摺動自在な複数のシールリップが設けられると共に、
前記複数のシールリップは、
径方向外側に向かって伸び、前記内輪または該内輪に固定されるスリンガーに対して摺動自在に設けられ、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、
径方向内側に向かって伸び、前記内輪または該内輪に固定されるスリンガーに対して摺動自在に設けられ、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップと、
を含み、
前記異物用リップにおける摺動面と、前記グリス用リップにおける摺動面には、いずれも梨地状の凹凸が設けられており、前記グリス用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さの方が、前記異物用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さよりも大きいことを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、異物用リップにおける摺動面と、グリス用リップにおける摺動面には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。そのため、摺動により発生するトルクを低減させることができる。そして、グリス用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さの方が、異物用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さよりも大きく構成されている。これにより、グリス用リップよりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内に気体を逃がすことができる。そのため、グリス用リップよりも内部側の空間内の圧力を低減させることができる。また、異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内が負圧になってしまうことを抑制することができる。従って、各シールリップが、内輪または該内輪に固定されるスリンガーに対して強く押し付けられることを抑制することができる。
【0011】
前記グリス用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmよりも大きいとよい。
【0012】
なお、「十点平均粗さ」は、JIS B0601:1994に準拠する。以下同様である。グリス用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmよりも大きくすることにより、グリス用リップよりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内に気体を送り込むことができることが分かった。
【0015】
また、本発明の他の密封装置は、
ハブベアリングに備えられる内輪と外輪との間の環状隙間を封止する密封装置において、
前記外輪に対して固定される補強環と、
前記補強環に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体と、
前記内輪に固定されるスリンガーと、
を備え、
前記密封装置本体は、前記スリンガーに対して摺動自在な複数のシールリップが設けられると共に、
前記複数のシールリップには、
径方向外側に向かって伸び、前記スリンガーに対して摺動自在に設けられ、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、
径方向内側に向かって伸び、前記スリンガーに対して摺動自在に設けられ、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップと、
を含み、
前記スリンガーの表面のうち、前記異物用リップが摺動する領域と前記グリス用リップが摺動する領域には、いずれも梨地状の凹凸が設けられており、前記グリス用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さの方が、前記異物用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さよりも大きいことを特徴とする。
【0016】
本発明によれば、スリンガーの表面のうち、異物用リップが摺動する領域と、グリス用リップが摺動する領域には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。そのため、摺動により発生するトルクを低減させることができる。そして、グリス用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さの方が、異物用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さよりも大きく構成されている。これにより、グリス用リップよりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内に気体を逃がすことができる。そのため、グリス用リップよりも内部側の空間内の圧力を低減させることができる。また、異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内が負圧になってしまうことを抑制することができる。従って、各シールリップが、スリンガーに対して強く押し付けられることを抑制することができる。
【0017】
前記スリンガーの表面のうち、前記グリス用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmよりも大きいとよい。
【0018】
これにより、グリス用リップよりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内に気体を送り込むことができることが分かった。
【0021】
本発明のハブベアリングは、
内輪及び外輪と、
これら内輪と外輪との間の環状隙間を封止する密封装置と、
を備えるハブベアリングにおいて、
前記密封装置は、
前記外輪に対して固定される補強環と、
前記補強環に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体と、
を備え、
前記密封装置本体には、前記内輪に対して摺動自在な複数のシールリップが設けられると共に、
前記複数のシールリップは、
径方向外側に向かって伸び、前記内輪に対して摺動自在に設けられ、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、
径方向内側に向かって伸び、前記内輪に対して摺動自在に設けられ、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップと、
を含み、
前記内輪の表面のうち、前記異物用リップが摺動する領域と前記グリス用リップが摺動する領域には、いずれも梨地状の凹凸が設けられており、前記グリス用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さの方が、前記異物用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さよりも大きいことを特徴とする。
【0022】
本発明によれば、内輪の表面のうち、異物用リップが摺動する領域と、グリス用リップが摺動する領域には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。そのため、摺動により発生するトルクを低減させることができる。そして、グリス用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さの方が、異物用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さよりも大きく構成されている。これにより、グリス用リップよりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内に気体を逃がすことができる。そのため、グリス用リップよりも内部側の空間内の圧力を低減させることができる。また、異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内が負圧になってしまうことを抑制することができる。従って、各シールリップが、内輪に対して強く押し付けられることを抑制することができる。
【0023】
前記内輪の表面のうち、前記グリス用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmよりも大きいとよい。
【0024】
これにより、グリス用リップよりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内に気体を送り込むことができることが分かった。
【発明の効果】
【0027】
以上説明したように、本発明によれば、トルクの低減を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0030】
(ハブベアリング)
本実施例に係る密封装置が適用されるハブベアリングについて、
図1を参照して説明する。
図1は本発明の実施例に係るハブベアリングの模式的断面図である。
図1においては、内輪の回転中心軸線を含む面でハブベアリングを切断した断面図を示している。
【0031】
自動車にはハブベアリング10が備えられている。ハブベアリング10は、相対的に回転可能に設けられる内輪(軸)20と、外輪(ハウジング)30と、これらの間に設けられる複数のボール40とを備えている。そして、内輪20側にタイヤ(不図示)が固定され、外輪30は車体側に取付けられる。以下、説明の便宜上、
図1中右側をタイヤ側(A)と称し、左側を車体側(B)と称する。内輪20のタイヤ側(A)には、タイヤを取り付けるために外向きフランジ部21が設けられている。そして、外部からハブベアリング10内への異物(泥水やごみなど)の侵入を抑制し、かつ内部から潤滑剤としてのグリス(G)が漏出することを抑制させるために、内輪20と外輪30との間の環状隙間を封止する密封装置100,200が設けられている。タイヤ側(A)の密封装置100はアウターシール、車体側(B)の密封装置200はインナーシールと呼ばれることもある。
【0032】
タイヤ側(A)の密封装置100と車体側(B)の密封装置200は、基本的には同様の構成を採用し得る。ただし、ハブベアリング10に備えられる密封装置100,200の場合、内輪20の回転に伴って、遠心力により異物等が外部に排出し易いように、内輪20と共に回転する部材の端面に対して摺動するシールリップが設けられる。タイヤ側(A)の密封装置100の場合には、上述した外向きフランジ部21に対して摺動するシールリップを設けることができるのに対して、車体側(B)の密封装置200の場合には、外向きフランジ部21に相当する部分を設けるために、スリンガー(環状部材)が設けられるのが一般的である。このように、車体側(B)の密封装置200の場合には、スリンガーが必要となるのが一般的であるのに対して、タイヤ側(A)の密封装置100の場合には、必ずしもスリンガーを必要としない点で、両者は異なっている。
【0033】
(実施例1)
図2〜
図4を参照して、本発明の実施例1に係る密封装置及びハブベアリングについて説明する。
図2は本発明の実施例1に係る密封装置の模式的断面図の一部である。
図3は本発明の実施例1に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部拡大図である。
図2及び
図3においては、内輪の回転中心軸線を含む面で切断した断面図を示している。
図4はサイクル数とトルク相対値との関係を示すグラフである。
【0034】
本実施例においては、タイヤ側(A)の密封装置100の場合を例にして説明する。本実施例に係る密封装置100は、外輪30に対して固定される補強環110と、補強環110に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体120とから構成される。補強環110は、外輪30の内周面に嵌合により固定されるように構成されている(
図3参照)。
【0035】
密封装置本体120には、内輪20に対して摺動自在な複数のシールリップが設けられている。これら複数のシールリップは、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、グリス(G)の漏出を抑制するためのグリス用リップ(潤滑剤用リップ)122とを含んでいる。本実施例に係る異物用リップは、サイドリップ121aと、このサイドリップ121aとグリス用リップ122との間に設けられる中間リップ121bとから構成される。異物用リップであるサイドリップ121a及び中間リップ121bは、いずれも径方向外側に向かって伸び、内輪20に対して摺動自在に設けられている。サイドリップ121aは内輪20における外向きフランジ部21の端面に対して摺動自在に設けられ、中間リップ121bは、内輪20の外周表面22と外向きフランジ部21との間の湾曲面に対して摺動自在に設けられている。そして、グリス用リップ122は、径方向内側に向かって伸び、内輪20の外周表面22に対して摺動自在に設けられている。
【0036】
本実施例に係る密封装置本体120においては、サイドリップ121aよりも径方向外側に、ラビリンス用シール123も設けられている。このラビリンス用シール123は、内輪20には摺動しないように構成されており、内輪20における外向きフランジ部21の端面との間に微小な隙間が形成されている。従って、ラビリンス用シール123においては、摺動トルクを発生させる要因とはならず、泥水などの異物の侵入を抑制する機能を発揮させることができる。
【0037】
そして、本実施例に係る密封装置本体120においては、異物用リップ(サイドリップ121a及び中間リップ121b)における摺動面と、グリス用リップ122における摺動面には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aについては、
図3中の丸の中に模式的に示している。梨地状の凹凸は、ランダムに配置された凹凸であり、放電加工やブラスト加工などにより得られる。梨地状の凹凸を設ける対象物に対して直接加工を行うこともできるが、密封装置本体120に梨地状の凹凸を設ける場合には、密封装置本体120を成形する金型の表面に梨地状の凹凸を設けることにより、生産性を高めることができる。
【0038】
そして、本実施例に係る密封装置本体120においては、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの粗さの方が、異物用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さよりも大きくなるように設定されている。より具体的には、異物用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmに設定されている。なお、「十点平均粗さ」は、JIS B0601:1994に準拠する。以下同様である。そして、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さは10μmよりも大きくなるように設定されている。なお、梨地状の凹凸の十点平均粗さを数μmの範囲で制御するのは、製法上難しい。そこで、本実施例においては、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さは15μm以上に設定されている。なお、梨地状の凹凸122aの十点平均粗さの上限については、製法上等の観点から60μm程度となる。ただし、グリスの漏れを抑制するというグリス用リップ122の本来の機能を発揮させることが可能である限り、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さを60μmよりも大きくしても構わない。
【0039】
<本実施例に係る密封装置及びハブベアリングの優れた点>
本実施例に係る密封装置100及びハブベアリング10によれば、密封装置本体120の異物用リップ(サイドリップ121a及び中間リップ121b)における摺動面と、グリス用リップ122における摺動面には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。そのため、摺動により発生するトルクを低減させることができる。
【0040】
そして、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの粗さの方が、異物用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さよりも大きく構成されている。これにより、グリス用リップ122よりも内部側の空間から異物用リップとグリス用リップ122との間の密閉空間内に気体を逃がすことができる。そのため、グリス用リップ122よりも内部側の空間内の圧力を低減させることができる。また、異物用リップとグリス用リップ122との間の密閉空間内が負圧になってしまうことを抑制することができる。従って、各シールリップが、内輪20に対して強く押し付けられることを抑制することができる。これに関する試験結果について説明する。
【0041】
本実施例に係る密封装置100と比較例に係る密封装置とで、トルクの変化を測定する比較試験を行った。本実施例に係る密封装置100と比較例に係る密封装置の基本的な構成は同一である。また、密封装置本体120の異物用リップ(サイドリップ121a及び中間リップ121b)における摺動面に設けられる梨地状の凹凸の十点平均粗さについては、本実施例及び比較例のいずれも10μmとした。これに対して、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さについては、本実施例の場合には15μmとし、比較例の場合には10μmとした。
【0042】
そして、回転数を2段階に変化(100rpmの慣らし運転後に1000rpmで回転)させて60分間内輪20を回転させる動作を1サイクルとして、摺動により発生するトルクの平均値を測定した。
図4に示すグラフは、本実施例に係る密封装置100における1サイクル目のトルクの平均値を基準として、トルクの相対値の変化を示したものである。図中の丸は本実施例に係る密封装置100(グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さが15μm)についてのグラフであり、四角は比較例(上記十点平均粗さが10μm)についてのグラフである。
【0043】
図4に示すグラフより、本実施例に係る密封装置100の場合には、サイクル数が増えてもトルクが殆ど変化しないことが分かる。これに対して、比較例に係る密封装置の場合には、1サイクル目からトルクが高く、かつサイクル数が増加するにつれて、始めのうちはトルクが高くなっていくことが分かる。これは、グリス用リップよりも内部側の圧力が高い状態が維持されており、かつ、異物用リップとグリス用リップとの間の密閉空間内の圧力が徐々に低下して、各シールリップの内輪に対する押し付け力が高まっていったことが原因と考えられる。
【0044】
なお、上記の通り、梨地状の凹凸の十点平均粗さを数μmの範囲で制御するのは、製法上難しい。そのため、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さを、数μmずつ変化させて検証を行うのは技術的に困難である。しかしながら、当該凹凸122aの十点平均粗さを10μmよりも大きく設定(例えば、12,13μmに設定)すれば、同様の効果を得られることが見込まれる。
【0045】
また、グリス用リップ122の摺動面に設けられた梨地状の凹凸122aの十点平均粗さを10μmよりも大きく設定すれば、異物用リップ(サイドリップ121a及び中間リップ121b)における摺動面に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さをグリス用リップの場合と同一に設定しても同様の効果を得られることも見込まれる。
【0046】
(実施例2)
図5には、本発明の実施例2が示されている。上記実施例1では、密封装置本体のシールリップに梨地状の凹凸を設ける場合の構成を説明したが、本実施例においては、内輪に梨地状の凹凸を設ける場合の構成を説明する。
【0047】
ハブベアリングの全体構成については、上記の通りであるので、その説明は省略する。
図5は本発明の実施例2に係る密封装置が適用されたハブベアリングの一部破断斜視図である。ただし、
図5においては、密封装置の構成が分かり易いように、外輪を省略している。本実施例においても、ハブベアリングに設けられる一対の密封装置のうち、タイヤ側(A)に設けられる密封装置100Xの場合を例にして説明する(
図1参照)。本実施例に係る密封装置100Xは、外輪に対して固定される補強環110Xと、補強環110Xに一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体120Xとから構成される。補強環110Xは、外輪の内周面に嵌合により固定されるように構成されている。
【0048】
密封装置本体120Xには、内輪20に対して摺動自在な複数のシールリップが設けられている。これら複数のシールリップは、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップ122Xとを含んでいる。本実施例に係る異物用リップは、サイドリップ121Xaと、このサイドリップ121Xaとグリス用リップ122Xとの間に設けられる中間リップ121Xbとから構成される。異物用リップであるサイドリップ121Xa及び中間リップ121Xbは、いずれも径方向外側に向かって伸び、内輪20に対して摺動自在に設けられている。サイドリップ121Xaは内輪20における外向きフランジ部21の端面に対して摺動自在に設けられ、中間リップ121Xbは、内輪20の外周表面22と外向きフランジ部21との間の湾曲面に対して摺動自在に設けられている。そして、グリス用リップ122Xは、径方向内側に向かって伸び、内輪20の外周表面22に対して摺動自在に設けられている。
【0049】
そして、本実施例においては、内輪20の表面のうち、異物用リップ(サイドリップ121Xa及び中間リップ121Xb)が摺動する領域とグリス用リップ122Xが摺動する領域には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。グリス用リップ122Xが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸22aについては、
図5中の丸の中に模式的に示している。梨地状の凹凸は、実施例1で説明したように、ランダムに配置された凹凸であり、放電加工やブラスト加工などにより得られる。
【0050】
そして、本実施例においては、内輪20の表面のうち、グリス用リップ122Xが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さの方が、異物用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さよりも大きくなるように設定されている。より具体的には、異物用リップが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmに設定されている。これに対して、グリス用リップ122Xが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸22aの十点平均粗さは10μmよりも大きくなるように設定されている。なお、梨地状の凹凸の十点平均粗さを数μmの範囲で制御するのは、製法上難しい。そこで、本実施例においては、グリス用リップ122Xが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸22aの十点平均粗さは15μm以上に設定されている。なお、梨地状の凹凸22aの十点平均粗さの上限については、上記実施例1で説明した通り、製法上等の観点から60μm程度となる。
【0051】
以上のように構成される本実施例に係るハブベアリングにおいても、上記実施例1の場合と同様の効果を得ることができる。なお、内輪20の表面のうち、グリス用リップ122Xが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸22aの十点平均粗さを10μmよりも大きく設定(例えば、12,13μmに設定)すれば、効果を得られることが見込まれる。この点については、実施例1の場合と同様である。また、内輪20の表面のうち、グリス用リップ122が摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸22aの十点平均粗さを10μmよりも大きく設定すれば、異物用リップ(サイドリップ121Xa及び中間リップ121Xb)が摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さをグリス用リップが摺動される領域の場合と同一に設定しても同様の効果が見込まれる。この点についても、実施例1の場合と同様である。
【0052】
(実施例3)
図6には、本発明の実施例3が示されている。上記実施例1では、密封装置本体のシールリップに梨地状の凹凸を設ける場合の構成を説明したが、本実施例においては、スリンガーに梨地状の凹凸を設ける場合の構成を説明する。
【0053】
ハブベアリングの全体構成については、上記の通りであるので、その説明は省略する。
図6は本発明の実施例3に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部拡大図である。
図6においては、内輪の回転中心軸線を含む面でハブベアリングを切断した断面図を示している。本実施例においても、ハブベアリングに設けられる一対の密封装置のうち、タイヤ側(A)に設けられる密封装置100Yの場合を例にして説明する(
図1参照)。本実施例に係る密封装置100Yは、外輪30に対して固定される補強環110Yと、補強環110Yに一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体120Yと、内輪20に固定されるスリンガー130Yとから構成される。補強環110Yは、外輪30の内周面に嵌合により固定されるように構成されている。スリンガー130Yは、内輪20における外向きフランジ部21と外周表面22との間の湾曲面の付近に嵌合により固定されるように構成されている。このスリンガー130Yは、外向きフランジ部131Yと円筒部132Yとを備えている。
【0054】
本実施例に係る密封装置本体120Yには、スリンガー130Yに対して摺動自在な複数のシールリップが設けられている。これら複数のシールリップは、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップ122Yとを含んでいる。本実施例に係る異物用リップは、サイドリップ121Yaと、このサイドリップ121Yaとグリス用リップ122Yとの間に設けられる中間リップ121Ybとから構成される。異物用リップであるサイドリップ121Ya及び中間リップ121Ybは、いずれも径方向外側に向かって伸び、スリンガー130Yに対して摺動自在に設けられている。サイドリップ121Yaはスリンガー130Yにおける外向きフランジ部131Yの端面に対して摺動自在に設けられ、中間リップ121Ybは、スリンガー130Yにおける円筒部132Yの外周表面と外向きフランジ部131Yとの間の湾曲面に対して摺動自在に設けられている。そして、グリス用リップ122Yは、径方向内側に向かって伸び、スリンガー130Yの円筒部132Yの外周表面に対して摺動自在に設けられている。
【0055】
そして、本実施例においては、スリンガー130Yの表面のうち、異物用リップ(サイドリップ121Ya及び中間リップ121Yb)が摺動する領域とグリス用リップ122Yが摺動する領域には、いずれも梨地状の凹凸が設けられている。グリス用リップ122Yが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸132Yaについては、
図6中の丸の中に模式的に示している。梨地状の凹凸は、実施例1で説明したように、ランダムに配置された凹凸であり、放電加工やブラスト加工などにより得られる。
【0056】
そして、本実施例においては、スリンガー130Yの表面のうち、グリス用リップ122Yが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さの方が、異物用リップが摺動する領域における梨地状の凹凸の粗さよりも大きくなるように設定されている。より具体的には、異物用リップが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さは10μmに設定されている。これに対して、グリス用リップ122Yが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸132Yaの十点平均粗さは10μmよりも大きくなるように設定されている。なお、梨地状の凹凸の十点平均粗さを数μmの範囲で制御するのは、製法上難しい。そこで、本実施例においては、グリス用リップ122Yが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸132Yaの十点平均粗さは15μm以上に設定されている。なお、梨地状の凹凸132Yaの十点平均粗さの上限については、上記実施例1で説明した通り、製法上等の観点から60μm程度となる。
【0057】
以上のように構成される本実施例に係る密封装置100Yにおいても、上記実施例1の場合と同様の効果を得ることができる。なお、スリンガー130Yの表面のうち、グリス用リップ122Yが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸132Yaの十点平均粗さを10μmよりも大きく設定(例えば、12,13μmに設定)すれば、効果を得られることが見込まれる。この点については、実施例1の場合と同様である。また、スリンガー130Yの表面のうち、グリス用リップ122Yが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸132Yaの十点平均粗さを10μmよりも大きく設定すれば、異物用リップ(サイドリップ121Ya及び中間リップ121Yb)が摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸の十点平均粗さをグリス用リップが摺動される領域の場合と同一に設定しても同様の効果が見込まれる。この点についても、実施例1の場合と同様である。
【0058】
(実施例4)
図7には、本発明の実施例4が示されている。上記各実施例においては、ハブベアリングに設けられる一対の密封装置のうち、タイヤ側に設けられる密封装置の場合を例にして説明したが、本実施例では、車体側に設けられる密封装置の場合を例にして説明する。
【0059】
ハブベアリングの全体構成については、上記の通りであるので、その説明は省略する。
図7は本発明の実施例4に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部拡大図である。
図7においては、内輪の回転中心軸線を含む面でハブベアリングを切断した断面図を示している。本実施例においては、ハブベアリングに設けられる一対の密封装置のうち、車体側(B)に設けられる密封装置200の場合を例にして説明する(
図1参照)。本実施例に係る密封装置200は、外輪30に対して固定される補強環210と、補強環210に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体220と、内輪20に固定されるスリンガー230とから構成される。補強環210は、外輪30の内周面に嵌合により固定されるように構成されている。スリンガー230は、内輪20の外周表面に嵌合により固定されるように構成されている。このスリンガー230は、外向きフランジ部231と円筒部232とを備えている。なお、外向きフランジ部231には、内輪20の回転速度を測定可能とする、磁極を有するゴム部240が設けられている。
【0060】
本実施例に係る密封装置本体220には、スリンガー230に対して摺動自在な複数のシールリップが設けられている。これら複数のシールリップは、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、グリスの漏出を抑制するためのグリス用リップ222とを備えている。本実施例に係る異物用リップは、サイドリップ221aと、このサイドリップ221aとグリス用リップ222との間に設けられる中間リップ221bとから構成される。異物用リップであるサイドリップ221aは、径方向外側に向かって伸び、スリンガー230に対して摺動自在に設けられている。また、サイドリップ221aはスリンガー230における外向きフランジ部231の端面に対して摺動自在に設けられ、中間リップ221bは、スリンガー230における円筒部232の外周表面に対して摺動自在に設けられている。そして、グリス用リップ222は、径方向内側に向かって伸び、スリンガー230の円筒部232の外周表面に対して摺動自在に設けられている。
【0061】
以上のように構成される密封装置200においても、上記実施例1の場合と同様に、密封装置本体220における異物用リップ(サイドリップ221a及び中間リップ221b)における摺動面と、グリス用リップ222における摺動面に対して、梨地状の凹凸を設ける構成を採用することができる。そして、グリス用リップ222の摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さと、異物用リップの摺動面に設けられた梨地状の凹凸の粗さについて、実施例1で説明した構成を採用することができる。これにより、上記実施例1の場合と同様の効果を得ることができる。
【0062】
また、本実施例に係る密封装置200においても、上記実施例3の場合と同様に、スリンガー230の表面のうち、異物用リップ(サイドリップ221a及び中間リップ221b)が摺動する領域とグリス用リップ222が摺動する領域に対して、梨地状の凹凸を設ける構成を採用することができる。そして、スリンガー230の表面のうち、グリス用リップ222が摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸の粗さと、異物用リップが摺動する領域に設けられた梨地状の凹凸の粗さについて、実施例3で説明した構成を採用することができる。これにより、上記実施例3の場合と同様の効果を得ることができる。
【0063】
上記各実施例においては、ハブベアリングに適用される密封装置を例にして説明した。しかしながら、ハブベアリング以外の用途においても、本発明の密封装置は適用され得る。すなわち、上述した各実施例で説明した密封装置と同様の密封装置を他の用途にも適用し得る。例えば、デファレンシャル装置や変速機に用いられる密封装置においても、異物用リップと潤滑剤(グリスやオイルなど)用リップとの間の密閉空間が負圧になってしまうといった問題が生じ得る。このような場合において、本発明に係る密封装置を好適に適用することができる。