特許第6675370号(P6675370)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6675370
(24)【登録日】2020年3月12日
(45)【発行日】2020年4月1日
(54)【発明の名称】肉盛合金および肉盛部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20200323BHJP
   C22C 9/00 20060101ALI20200323BHJP
   C22C 1/04 20060101ALI20200323BHJP
   B22F 3/10 20060101ALI20200323BHJP
   B22F 3/18 20060101ALI20200323BHJP
   B22F 7/04 20060101ALI20200323BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20200323BHJP
   C23C 24/10 20060101ALI20200323BHJP
   F01L 3/02 20060101ALI20200323BHJP
【FI】
   C22C9/06
   C22C9/00
   C22C1/04 A
   C22C1/04 E
   B22F3/10 F
   B22F3/18
   B22F7/04 G
   B22F1/00 L
   B22F7/04 J
   C23C24/10 D
   F01L3/02 E
   F01L3/02 H
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-216124(P2017-216124)
(22)【出願日】2017年11月9日
(65)【公開番号】特開2019-85626(P2019-85626A)
(43)【公開日】2019年6月6日
【審査請求日】2018年11月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大島 正
(72)【発明者】
【氏名】加藤 元
(72)【発明者】
【氏名】田中 浩司
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 卓
(72)【発明者】
【氏名】杉山 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】河崎 稔
(72)【発明者】
【氏名】野間崎 準
(72)【発明者】
【氏名】福原 久雄
(72)【発明者】
【氏名】宮良 直之
(72)【発明者】
【氏名】青山 宏典
【審査官】 伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−098085(JP,A)
【文献】 特開2002−194462(JP,A)
【文献】 特開2008−012564(JP,A)
【文献】 韓国公開特許第10−2016−0120454(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00 − 9/10
B23K 35/30 − 35/32
F01L 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体を100%質量%(以下、単に「%」という。)として、下記に示す成分組成および下式を同時に満たす肉盛合金。
Ni:13〜22%、
Si:1〜3%、
Fe:5〜15%、
Mo6.5〜15%、
残部:Cuおよび不純物
Fe+2Mo ≧22.6(%)
Mo/Fe ≧1.17
【請求項2】
Ni:15〜20%である請求項1に記載の肉盛合金。
【請求項3】
肉盛りに供される原料粉末である請求項1または2に記載の肉盛合金。
【請求項4】
基材と、
該基材に形成された肉盛部と、
を備えた肉盛部材であって、
前記肉盛部は、請求項1または2に記載した肉盛合金からなる肉盛部材。
【請求項5】
前記肉盛部は、Mo含む硬質粒子が銅基マトリックス中に分散した金属組織からなる請求項に記載の肉盛部材。
【請求項6】
前記肉盛部の最表面を観察したときに、円相当径で10μm以上の前記硬質粒子が占める合計面積の比率である面積率が3.5%以上である請求項5に記載の肉盛部材。
【請求項7】
前記肉盛部の最表面を観察したときに、前記硬質粒子の最大円相当径である最大径が65μm以上である請求項5または6に記載の肉盛部材。
【請求項8】
前記基材は、アルミニウム合金からなる請求項4〜のいずれかに記載の肉盛部材。
【請求項9】
前記肉盛部は、内燃機関用のシリンダーヘッドの吸気ポートおよび/または排気ポートに形成されたバルブシートである請求項〜8のいずれかに記載の肉盛部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性または被削性に優れる肉盛部を得ることができる肉盛合金等に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関(「エンジン」という。)のシリンダーヘッドの吸排気ポート周縁部には、基材(例えばアルミニウム合金)よりも耐摩耗性(特に耐凝着摩耗性)等に優れた合金からなるバルブシートが設けられている。
【0003】
バルブシートは、一般的に、鉄基焼結合金からなるシートリングを、シリンダーヘッドのポート外周縁部に形成したリング溝へ圧入(打ち込み)して形成されている。これに対して、レーザークラッド法等を用いた肉盛によりバルブシートを形成することも提案されている。打込み式バルブシートから肉盛り式バルブシートへ変更することにより、動弁系周辺の設計自由度の拡大や冷却性の向上等を図り得る。
【0004】
ところで、肉盛り式バルブシートには、通常、耐摩耗性に優れた銅合金が用いられ、成分組成の異なる種々の銅合金が従来から提案されている。これに関する記載が、例えば、下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開10−96037号公報
【特許文献2】特開2017−36470号公報
【特許文献3】特許第4114922号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜3の銅(基)合金は、稀少なCoやCrまたはCを必須元素とするものである。また特許文献1、2には被削性については全く言及されていない。特許文献3には耐摩耗性と被削性のバランスについて記載されているが、特許文献3の銅基合金は、必ずしも耐摩耗性または被削性が十分ではなかった。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来の銅(基)合金とは異なる組成からなり、肉盛後の耐摩耗性または被削性を確保し得る新たな肉盛合金等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究し、従来とは異なる成分組成からなる肉盛合金を新たに開発した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0009】
《肉盛合金》
(1)本発明の肉盛合金は、全体を100%質量%(以下、単に「%」という。)として、下記に示す成分組成および下式を同時に満たす。
Ni:13〜22%、
Si:1〜3%、
Fe:5〜15%、
Mo6.5〜15%、
残部:Cuおよび不純物
Fe+2Mo ≧22.6(%)
Mo/Fe ≧1.17
【0010】
(2)本発明の肉盛合金は、肉盛後に優れた耐摩耗性または被削性を発揮し得る。この理由は次のように考えられる。本発明の肉盛合金は、所定の温度になると、Cuを含む合金液相(「Cu系合金液相」ともいう。)と、Mo、WおよびNbの一種以上の元素(単に「第2元素」ともいう。)を含む合金液相(単に「第2液相」ともいう。)とが分離した状態(「2液相分離状態」という。)となる。この2液相分離状態時に強撹拌されて急冷凝固されると、Cu系合金液相が凝固したマトリックス(「銅基マトリックス」という。)中に、第2液相が凝固した硬質粒子がほぼ均一的に分散した複合組織が得られる。
【0011】
硬質粒子の存在により、凝着やすべり摩耗を生じ易い銅基マトリックスへの荷重が低減される。また、低酸素雰囲気下でも、その硬質粒子が優先的に酸化されると、高温潤滑作用も発揮され得る。こうして本発明の肉盛合金は、常温下は勿論、高温下でも優れた耐摩耗性を発揮すると考えられる。
【0012】
ところで、本発明の肉盛合金の場合、その硬質粒子中に、その平均硬さを低下させる軟質相が介在し得る。これにより肉盛後に切削加工した場合、切削抵抗の低減、刃具の長寿命化等が図られる。こうして本発明の肉盛合金は、優れた被削性も発揮するようになったと考えられる。
【0013】
なお、本発明に係る硬質粒子は、主に第2元素の合金(化合物)からなり、その硬質相はNi、SiおよびFeを多く含むラーベス(Laves)相またはμ相等と考えられる。これに対して軟質相は、Ni、SiおよびFeの含有量が比較的少なく、第2元素が多い相(第2元素リッチ相)からなると考えられる。この軟質相は、Ni、SiおよびFeがそのリッチ相中に固溶した固溶相とも考えられる。
【0014】
《肉盛部材》
本発明は肉盛部材としても把握できる。すなわち本発明は、基材と、基材に形成された肉盛部とを備える肉盛部材であって、肉盛部が上述した肉盛合金からなる肉盛部材でもよい。
【0015】
《肉盛部材の製造方法》
さらに本発明は肉盛部材の製造方法としても把握できる。例えば、本発明は、上述した肉盛合金からなる原料粉末を用いてレーザークラッド法により肉盛部材を得る製造方法でもよい。
【0016】
《その他》
(1)本発明に係る「硬質」粒子は、銅基マトリックスよりも硬さが大きい粒子という意味であるが、適宜、分散粒子と換言してもよい。
【0017】
本明細書でいう「X基〜」または「X合金」は、原子割合(原子%)で、X元素が対象とする全体組成中で最多であることを意味する。
【0018】
本発明の肉盛合金は、肉盛前と肉盛後の両方を含む。例えば、肉盛合金は、肉盛に供される原材料(粉末、線材等)でもよいし、肉盛りされて銅基マトリックス中に硬質粒子が分散した金属組織を有する肉盛部でもよい。
【0019】
肉盛合金は、Cu系合金液相と反発する性質を持った第2液相を生じる2液相分離状態となるものであればよく、偏晶系合金に限らず、包晶系合金を基本としつつ一部で偏晶反応を有するものでもよい。
【0020】
本明細書でいう成分組成に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。なお、本発明の肉盛合金は、微量(例えば合計で1%以下)な改質元素や不純物を含み得る。
【0021】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1A】試料16に係る肉盛部の金属組織を示すBSE像と、その各部の平均組成(at%)を示す表である。
図1B】試料C3に係る肉盛部の金属組織を示すBSE像と、その各部の平均組成(at%)を示す表である。
図2】第2液相量と、硬質粒子面積率または軸方向摩耗量との関係を示す散布図である。
図3】MoSi比と逃げ面摩耗量の関係を示す散布図である。
図4】模擬試験装置の概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の肉盛合金のみならず肉盛部材やその製造方法にも該当し得る。方法的な構成要素も、一定の場合、物に関する構成要素となり得る。
【0024】
《成分組成》
(1)全体組成
本発明の肉盛合金は、主元素であるCu(残部)と、Ni、Si、Feおよび第2元素(Mo、W、Nbの一種以上)からなる。NiおよびSiはCuと共に銅基マトリックスを構成する主要元素である。Feは、Cuと共に、溶融時に2液相分離状態となるために重要な元素であり、Si(さらにはNi)および第2元素と共に銅基マトリックス中に分散した硬質粒子を構成する。
【0025】
肉盛合金の具体的な成分組成は、肉盛部の要求仕様(耐摩耗性、被削性、組織等)に応じて調整されるが、下記のような組成が好ましい。なお、本明細書で述べる組成表示(%)は、特に断らない限り、肉盛合金(銅基合金)全体に対する質量割合である。
【0026】
Niは10〜25%、12〜22%、13〜20%さらには15〜18%であると好ましい。Niは銅基マトリックスに固溶して、その強度を高め得る。Niは2液相分離に関与し、硬質粒子の粗大化、肉盛合金の耐摩耗性に影響を及ぼす。Niが過少ではマトリックスの強度が低下し、Niが過多になると2液相分離傾向が低下して硬質粒子が微細化し、耐摩耗性も低下し得る。
【0027】
Siは1〜3%、1.5〜2.9%さらには2〜2.8%であると好ましい。Siは銅基マトリックスの強化または肉盛性の向上に寄与する。またSiは、Feおよび第2元素とケイ化物(シリサイド)を形成し、硬質粒子の形成に寄与する。Siが過少ではそれらの効果が低下し、Siが過多になると被削性が低下し得る。
【0028】
Feは、3〜18%、5〜15%、6〜12%さらには7〜10%であると好ましい。Feが過少では、硬質粒子の生成が不十分となり耐摩耗性が低下し得る。Feが過多になると被削性が低下し得る。
【0029】
第2元素(Mo、WおよびNbの一種以上)は、合計で6.5〜20%、7〜15%、7.5〜12%さらには8〜11%であると好ましい。第2元素は、FeやSiとともに、硬質粒子を形成する。特にMoは、Feよりも、さらに高温までCuと反発して2液相分離状態を生成し易くすると共に、自己潤滑性を発揮して肉盛部の耐摩耗性を高める。第2元素が過少ではそれらの効果が低下し、第2元素が過多になると肉盛り性が低下し得る。
【0030】
本発明の肉盛合金は、上述した成分組成に影響を与えない程度の微量な改質元素を含んでもよい。例えば、C:0.01〜0.5%、Co:0.1〜1%、Cr:0.5〜2%等である。但し、このような改質元素は、合計で3%以下さらには1%以下であると好ましい。
【0031】
(2)成分組成と耐摩耗性
肉盛合金は、肉盛後に形成される硬質粒子の体積率(摺接面(断面)で観ると面積率)およびその粒径が大きいほど、優れた耐摩耗性を発揮する。本発明者は、硬質粒子の体積率(面積率)とその最大径は、溶融時に生じる第2液相量(L2)に大きく依存しており、良好な相関関係があることを見出した。
【0032】
また本発明者は、多数の試料に基づいて、肉盛合金の成分組成と第2液相量の関係を多変量解析したところ、第2液相量(モル%)はFeおよび第2元素(特にMo)の濃度(質量%)と強く相関しており、下記の関係式が成立することも見出した。
L2≒ Fe+2Mo―4.65 (式10)
【0033】
さらに、実際に製作した多数の試料に基づいて、硬質粒子の面積率または最大径と肉盛合金の耐摩耗性との関係を評価したところ、L2≧18%となると、安定した耐摩耗性が得られることも見出した。これを(式10)に当てはめると、次式が得られる。
Fe+2Mo ≧22.6(%) (式11)
【0034】
この左辺の下限は、23質量%(単に「%」ともいう。)以上、24%以上さらには25%以上であるとより好ましい。この左辺の上限は、Feおよび第2元素の組成範囲から自ずと規定されるが、敢えていうと、28%以下さらには27%以下であると好ましい。
【0035】
(3)成分組成と被削性
本発明の肉盛合金が発揮する優れた被削性は、硬質粒子中に介在している軟質相により発現され得る。このため本発明に係る硬質粒子は、硬質相と軟質相が混在した混合相からなると好ましい。
【0036】
硬質相は、Fe、NiおよびSiを多く含む第2元素を主体とした化合物相(ラーベス相またはμ相)であると好ましい。一方、軟質相はFe、NiおよびSiをあまり含まず、それら元素が固溶した第2元素(金属)のリッチ相からなり、硬質粒子中におけるリッチ相の割合(リッチ相率)が所定以上であると、十分な被削性が確保されて好ましい。
【0037】
本発明者は、例えば第2元素をMoとした場合、リッチ相率は熱力学解析に基づいてMoSi比で指標できることを見出した。また、多数の試料に基づいて、肉盛合金の成分組成とMoSi比を多変量解析して、MoSi比(モル%)もFeおよび第2元素(Moは一例)の濃度(質量%)と強く相関しており、下記の関係式が成立することも見出した。
MoSi比≒ 34.1Mo/Fe―33.3 (式20)
【0038】
ここで、Moの少なくとも一部は、WまたはNbと置換可能であるため、上式は次のように拡張することができる。
MoSi比≒ 34.1Mo当量/Fe―33.3 (式30)
Mo当量=Mo+0.522W+1.033Nb (式31)
なお、WとNbに関する各係数は、Moに対する原子量比である。つまり、0.522≒Mo原子量(95.941)/W原子量(183.841)、1.033≒Mo原子量(95.941)/Nb原子量(92.906)である。
【0039】
さらに、実際に製作した多数の試料に基づいて、硬質粒子中のMoSi比と肉盛合金の被削性との関係を評価したところ、MoSi比≧7となると、被削性を安定して確保できることも見出した。これを(式30)に当てはめると、次式が得られる。
Mo当量/Fe ≧1.17 (式21)
【0040】
この左辺の下限は、1.18以上、1.2以上さらには1.22以上であるとより好ましい。この左辺の上限は、Feおよび第2元素の組成範囲から自ずと規定されるが、敢えていうと、2.0以下さらには1.8以下であると好ましい。
【0041】
(4)第2元素(Mo、W、Nb)
本発明の肉盛合金において、Mo、WまたはNbはいずれも硬質粒子の形成に寄与し、同様な機能を発揮する。敢えていえば、Moは相手攻撃性が低い点で、WまたはNbより好ましい。
【0042】
そこで本発明の肉盛合金は、例えば、全体を100%として、Ni:12〜22%さらには14〜19%、Si:1〜3%さらには2〜2.9%、Fe:5〜15%さらには6〜10%、Mo:6.5〜15%さらには7.5〜11%、残部:Cuおよび不純物からなると好ましい。このときの成分組成も下式を同時に満たすと好ましい。
Fe+2Mo ≧22.6(%) (式11)
Mo/Fe ≧1.17 (式22)
【0043】
《金属組織》
(1)本発明の肉盛合金は、溶融から凝固に至る過程を調整することにより、種々の金属組織をとり得る。もっとも、その金属組織は、銅基マトリックスと、この銅基マトリックス中に分散している(略球状の)硬質粒子からなり、その硬質粒子は硬質相(ラーベス相、μ相)と軟質相(Mo、WまたはNbのリッチ相)からなると、肉盛後に耐摩耗性と被削性を確保できて好ましい。
【0044】
(2)肉盛合金の耐摩耗性を確保するため、硬質粒子の面積率は、3.5%以上、4%以上さらには5%以上であると好ましい。同様に、硬質粒子の最大径は、65μm以上、70μm以上さらには80μm以上であると好ましい。なお、このような金属組織は、Feおよび第2元素(Mo等)の濃度が上述した(式11)または(式21)を満たす場合に得られ易い。
【0045】
ここで「面積率」は、肉盛部の最表面(使用面、摺接面、摺動面等)を光学顕微鏡で観察して得られる視野(2.0mm×2.8mm)に対して、一定サイズ以上の硬質粒子が占める合計面積の比率である。ここでいう「一定サイズ以上の硬質粒子」は、その断面積を円面積に換算して求まる円相当径が10μm以上の硬質粒子とした。
【0046】
また「最大径」は、上記の視野に存在している各硬質粒子の円相当径の最大値である。なお、面積率や最大径の具体的な測定、算出等は、上記の視野の顕微鏡写真(画像)を画像処理(使用ソフト:株式会社ニレコ製 LUZEX)して行う。
【0047】
なお、硬質粒子が過少または過小であると耐摩耗性が不十分となるが、硬質粒子が過多または過大になると、相手材の摩耗(攻撃性)が大きくなったり、被削性が低下したりし得る。そこで、硬質粒子の面積率は15%以下、10%以下さらには8%以下であると好ましい。また硬質粒子の最大径は、130μm以下、110μm以下さらには100μm以下であると好ましい。
【0048】
(3)肉盛合金の被削性を確保するため、硬質粒子の軟質相(Mo、WまたはNbのリッチ相)は硬さが400〜650Hvさらには450〜600Hvであると好ましい。ちなみに、硬質相は650〜1500Hvさらには700〜1200Hvであり、銅基マトリックスは150〜350Hvさらには200〜300Hvであると好ましい。
【0049】
また軟質相は、硬質粒子全体に対する面積率が7%以上、10%以上さらには15%以上であると好ましい。ここで「面積率」は、SEMで観察して得られる視野(200μm×280μm)に対して、一定サイズ以上の軟質相が占める合計面積比率であり、BSE像の白色部として特定する。なお、このような金属組織は、Feおよび第2元素(Mo等)の濃度が上述した(式11)または(式21/式22)を満たす場合に得られ易い。
【0050】
《基材/肉盛部材》
本発明の肉盛合金を肉盛する相手材(基材)は、鉄系材(ステンレス鋼を含む。)、非鉄系材(アルミニウム系材、マグネシウム系材、チタン系材、銅系材等)など種々あり得る。
【0051】
本発明の肉盛合金は、銅合金からなるため、純AlまたはAl合金からなる基材に肉盛りされても、過度に基材と反応することがない。このため、アルミニウム合金(鋳造材、展伸材等)からなる基材上にも、欠陥(ボイドや割れ等)の少ない健全な肉盛部の形成が可能である。
【0052】
例えば、アルミニウム合金からなる内燃機関用のシリンダーヘッド(鋳物/基材)の吸気ポートおよび/または排気ポートに形成されたバルブシート(肉盛部)を、本発明の肉盛合金で形成すると好ましい。吸気側バルブシートと排気側バルブシートは、各要求特性に応じて、各肉盛部の組成や組織が異なってもよい。例えば、排気側バルブシートは、硬質粒子を増加・増大等させて、(高温)耐摩耗性をより高めてもよい。
【0053】
《レーザークラッド法》
肉盛方法は問わないが、例えば、レーザークラッド法により、所望の金属組織または特性を有する肉盛部を得ることができる。
【0054】
レーザークラッド法は、レーザビームまたは電子ビーム等の高密度エネルギー熱源を用いて、供給された肉盛合金素材(原料)を所定温度域で溶融し、その溶融液を基材表面で急冷凝固させて、所定の金属組織(急冷凝固組織)からなる肉盛部を形成する方法である。
【0055】
原料として、ワイヤ材または棒材を用いることも考えられるが、所望する金属組織を均一的または安定的に形成する観点から、粉末を用いると好ましい。このような原料粉末は、例えば、(ガス)アトマイズ法により得られる。アトマイズ粉末も本発明の肉盛合金の一形態である。なお、粉末粒子中では、硬質粒子が銅基マトリックス中に晶出した金属組織となっている必要はない。
【0056】
肉盛用の原料粉末は、例えば、粒度が20〜300μmさらには63〜106μmであると好ましい。
【0057】
原料粉末は、単一粉末の他、成分組成または粒度分布等の異なる複数種の粉末を混合した混合粉末でもよい。但し、取扱性に優れる単一粉末を用いる方が、均一的な肉盛部を容易に形成できる。
【0058】
レーザとして、炭酸ガスレーザ、YAGレーザ等を用いることもできるが、制御性に優れる半導体レーザーを用いると好ましい。銅基マトリックス中に略球状の硬質粒子が均一的に分散した金属組織を得るために、2液相分離状態にある溶融プールが強撹拌されつつ急冷されることが望ましい。このような強撹拌は、例えば、原料粉末へ照射するレーザーを周期的に、断続またはその強度を変化させることにより行える。具体的にいうと、半導体レーザーの出力を電子制御したり、特許第4114922号公報や特許第4472979号公報に記載されているオッシレーター等を用いてもよい。
【実施例】
【0059】
成分組成の異なる原料粉末を用いて、レーザークラッド法により基材上に肉盛りを行った。こうして得られた肉盛部について、組織観察、耐摩耗性および被削性をそれぞれ評価した。これらの具体例に基づいて本発明をさらに詳しく説明する。
【0060】
《試料の製造》
(1)基材
アルミニウム合金(JIS AC2B)からなる基材に肉盛りした。具体的にいうと、組織観察用として板材(100mm×100mm×20mm)を、耐摩耗性の評価用として円環材(外径φ80mm×内径φ20mm×長さ50mm)を、被削性の評価用として円筒材(外径φ80mm×内径φ20mm×長さ50mm)をそれぞれ用意した。
【0061】
(2)原料粉末
原料粉末として、表1および表2に示す成分組成を有するガスアトマイズ粉末を用意した。入手したガスアトマイズ粉末を篩い分けにより分級した。こうして粒度:20〜300μmに調整した粉末を肉盛りに供した。
【0062】
(3)肉盛り
肉盛りは、各原料粉末を基材の被肉盛部に載せて形成した粉末層へレーザビームを照射して行った。こうして粉末層を溶融凝固させた肉盛層(肉盛厚み:2.0mm、肉盛幅:6.0mm)を、基材の被肉盛部に形成した。
【0063】
なお、レーザビームの照射は、炭酸ガスレーザをビームオシレータにより粉末層の幅方向へ揺動させつつ、レーザビームと基材とを相対的に移動させて行った。この際、ガス供給管からシールドガス(アルゴンガス)を被肉盛部に吹き付けつつ行った。また、レーザ出力:4.5kW、レーザビームの粉末層上におけるスポット径:2.0mm、レーザビームと基材との相対走行速度:15.0mm/sec、シールドガス流量:10リットル/minとした。
【0064】
なお、肉盛工程時、原料粉末は約1500℃以上に加熱されて2液相分離状態になった後、基材等への放熱により急冷凝固されて肉盛部となる。このことは後述する金属組織からわかる。
【0065】
《組織》
(1)観察
表1に示した各試料について、肉盛部の中央部断面を湿式研磨処理して、基材を含めて光学顕微鏡で観察した。各顕微鏡画像を画像解析(LUZEX)することにより、その視野内(2.0mm×2.8mm)に分散する硬質粒子の面積率および最大円相当径を求めた。その結果を表1に併せて示した。
【0066】
また、表2に示す試料16と試料C3について、肉盛部の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。また、SEMに付属しているエネルギー分散型X線分光装置(EDX)で、硬質粒子内の各晶出物(硬質相または軟質相)の組成を分析した。こうして得られた反射電子(BSE)像と、各晶出物内の複数点について分析した組成を相加平均した平均組成(原子%)とを、各試料毎に図1Aおよび図1B(両者を併せて単に「図1」という。)にそれぞれ示した。
【0067】
(2)第2液相量(L2)
Cu−Ni−Si合金(コルソン合金)にFeおよびMo(第2元素)を加えた合金は、2液相分離して溶質元素に富んだ第2液滴(第2液相)を生じる。この第2液滴に硬質相が晶出・凝固して、粗大な硬質粒子を形成する(偏晶反応)。
【0068】
第2液相量と溶質元素濃度は、銅基マトリックス中に分散している硬質粒子の体積率、粒径、硬質粒子中に含まれる硬質相の種類、比率に大きく影響する。そこで、Cu−Ni−Fe−Mo−Si合金について、市販ソフト(Thermo-Calc)を用いた熱力学解析により、各成分組成毎に第2液相量を算出し、その結果を表1および表2に併せて示した。この算出の際、Cu−Fe−Si、Cu−Mo−Feなど、2液相分離に重要な元素間の相互作用を考慮した。具体的にいうと、純物質の単純和に対して溶体が持つ過剰エネルギーを温度・濃度の関数としてデータベース化したものを用いた。
【0069】
さらに、既述したように、多変量解析により、各成分組成から算出される第2液相量(モル%)は、Fe+2Mo(質量%)と強い相関関係がある。そこで表1および表2には、各成分組成から求まるFe+2Mo(質量%)も併せて示した。
【0070】
(3)MoSi比
上述した熱力学解析により、硬質相(主にラーベス相)以外に硬質粒子中に晶出し得るMoSiの比率(硬質粒子全体に対するMoSiの面積割合/単に「MoSi比」という。)も算出した。既述したように、多変量解析により、各成分組成から算出されるMoSi比も、Mo/Fe(質量比率)と強い相関関係がある。そこで、各成分組成から求まるMo/Feも表2に併せて示した。
【0071】
《試験》
(1)耐摩耗性評価試験
図4に示す試験装置を用いて、各試料の肉盛部からなる模擬的なバルブシートに、表面を窒化処理した耐熱鋼からなるバルブを繰返し離着座させる実機模擬試験を行った。本試験は、バルブ側をバーナー加熱すると共にバルブシート側を水冷することにより、バルブシート近傍の温度(試験温度)を約300℃に保持しつつ行った。その他、試験条件は、リフト量:8.43mm、モータ回転数:3000rpm、試験時間:8hとした。
【0072】
本試験後に測定したバルブの軸方向変位量を軸方向摩耗量とした。各試料について得られた軸方向摩耗量を耐摩耗性の評価指標として、表1に併せて示した。
【0073】
(2)被削性評価試験
円筒状の基材端面に形成した各試料の肉盛部を、基材を回転させて超硬刃具で旋削した。その後、その刃具の逃げ面の摩耗量を測定した。各試料について得られた逃げ面摩耗量を、被削性の評価指標として表2に併せて示した。
【0074】
《評価》
(1)成分組成
表1および表2から明らかなように、本発明で規定する成分組成を有する原料粉末(肉盛合金)を用いて得られる肉盛部材は、軸方向摩耗量および逃げ面摩耗量が比較的小さく、耐摩耗性と被削性に優れることがわかる。
【0075】
(2)金属組織
図1から明らかなように、試料16と試料C3に係る金属組織は共に、微細なシダ葉状の硬質相が凝集した粗大な硬質粒子が、銅基マトリックス中に分散してなる。硬質粒子の大部分は、Fe、Ni、Mo、Siを多く含むLaves相若しくはμ相として知られる化合物からなると推察される。
【0076】
しかし、試料16に係る金属組織は、それらの相に加えて、さらに白色のデンドライト組織を粒子中に有する。その部分は、図1Aの分析点3〜6から明らかなように、Laves相やμ相とは異なり、Moが非常に多いMoリッチ相であることがわかった。Moリッチ相は、観察点により、その大きさ、Mo濃度、硬さが必ずしも一定ではないが、概ね局所硬さはHv550程度であり、Laves相やμ相よりも軟らかい軟質相であった。
【0077】
(3)第2液相量(L2)
表1から明らかなように、L2が18%以上であるとき、硬質粒子の面積率は3%以上、最大径も60μm以上となっており、耐摩耗性を担う粗大な硬質粒子が十分に存在することがわかる。その結果、L2が18%以上(換言すると、Fe+2Moが22.6%以上)のとき、軸方向摩耗量も20μm以下さらには16μm以下となっていることもわかる。このことは、L2と硬質粒子面積率または軸方向摩耗量との関係をまとめて示した図2からも明らかである。
【0078】
(4)MoSi比
表2から明らかなように、MoSi比7以上であるとき(換言すると、Mo/Feが1.17%以上)のとき、被削性を指標する逃げ面摩耗量がいずれも110μm以下となっている。このことは、MoSi比と逃げ面摩耗量との関係を示した図3からも明らかである。MoSi比は、硬質粒子中に含まれる軟質なMoリッチ相と相関しており、硬質粒子中に含まれるMoリッチ相が一定以上含まれることにより被削性が確保されるようになったといえる。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
図1A
図1B
図2
図3
図4