特許第6675562号(P6675562)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6675562三重水素吸収材、重水中からの三重水素の分離方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6675562
(24)【登録日】2020年3月13日
(45)【発行日】2020年4月1日
(54)【発明の名称】三重水素吸収材、重水中からの三重水素の分離方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 59/26 20060101AFI20200323BHJP
   B01D 59/30 20060101ALI20200323BHJP
   B01D 15/00 20060101ALI20200323BHJP
   B01J 20/06 20060101ALI20200323BHJP
   G21F 9/06 20060101ALI20200323BHJP
   G21F 9/12 20060101ALI20200323BHJP
【FI】
   B01D59/26
   B01D59/30
   B01D15/00 P
   B01J20/06 C
   G21F9/06 591
   G21F9/12 501B
【請求項の数】6
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2017-534497(P2017-534497)
(86)(22)【出願日】2016年8月10日
(86)【国際出願番号】JP2016073678
(87)【国際公開番号】WO2017026533
(87)【国際公開日】20170216
【審査請求日】2019年4月17日
(31)【優先権主張番号】特願2015-159252(P2015-159252)
(32)【優先日】2015年8月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513152366
【氏名又は名称】株式会社フォワードサイエンスラボラトリ
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】古屋仲秀樹
【審査官】 山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/037734(WO,A1)
【文献】 特表2003−521362(JP,A)
【文献】 特開昭53−093294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 59/26
B01D 59/30
15/00
B01J 20/06
G21F 9/06
9/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
三重水素を含有する重水から三重水素を捕集する三重水素吸収材であって、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有の酸化マンガンで構成されることを特徴とする三重水素吸収材。
【請求項2】
請求項1に記載の三重水素吸収材の粉末または粉末からの構成体を、三重水素を含有する重水に接触させて、重水中から三重水素を捕集することを特徴とする重水からの三重水素の分離回収方法。
【請求項3】
請求項1に記載の三重水素吸収材を、導電性の多孔質材料に担持させて電極膜とし、その片面に水素イオン導伝材料を被覆し、水素イオン導伝材料が被覆された電極膜の表面に重水素イオンを供与し、水素イオン導伝材料が被覆されていない電極膜の表面に三重水素を含有する重水を接触させることを特徴とする重水からの三重水素の分離回収方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法において、電極膜が、三重水素を含有する重水に浸漬されて三重水素を捕捉する部位と、捕捉した三重水素を水の同位体異性体として気相に蒸散する部位とに分けて構成されていることを特徴とする重水からの三重水素の分離回収方法。
【請求項5】
請求項2から4のうちのいずれか一項に記載の方法において、三重水素吸収材に接触させる三重水素を含有する重水のpHを4以上10以下に調整することによって重水から三重水素を三重水素吸収材に捕捉し、三重水素を含有する重水のpHを3以下に調整することによって三重水素吸収材に捕捉された三重水素を水の同位体異性体として放出させることを特徴とする重水からの三重水素の分離回収方法。
【請求項6】
請求項2から5のうちのいずれか一項に記載の方法において、三重水素吸収材に接触する三重水素を含有する重水に対してリチウムイオンを添加することで、三重水素吸収材からマンガンの溶出を防ぐことを特徴とする重水からの三重水素の分離回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水中から三重水素を分離する吸収材、および三重水素の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三重水素(H)は、水素(H)の同位体であり、β線(電子線)を発する半減期12.3年の放射性元素でもある。環境中において、三重水素(H)は水の同位体異性体(1HO)として軽水(1O)中に溶解する。また、三重水素(H)は水素(H)や重水素(2H)と化学的性質が極めて類似しているために、従来の同位体分離手法においては、水分子の同位体異性体(O、HO、O、1HO、1O)、又は水素ガスの同位体異性体(H、1H、1)に関する沸点や質量などの物理的性質の違いを利用して分離される。これら従来手法は、例えば、 Vasaru, G. Tritium Isotope Separation 1993, CRC Press, Chap. 4-5、Villani, S. Isotope Separation 1976, Am. Nuclear Soc., Chap. 9、Gould, R.F. Separation of Hydrogen Isotopes 1978, Am. Nuclear Soc., Chap. 9等に解説されている。
【0003】
最近、水素イオン()を含有する酸化マンガンを、三重水素(H)を水分子(1HO)として含む軽水(1O)に吸収材として適用すると、水酸化物イオンとして溶解している同位体異性体(O-)が、同酸化マンガン粒子の表面で酸化解離し、その際、発生する三重水素イオン(3)が酸化マンガンの結晶に吸収されることによって、軽水(1O)中から三重水素(H)を化学的に分離できることが報告された。同手法は、軽水中の三重水素イオン()を吸収材固相中の水素イオン(+)とイオン交換させることで、軽水(1O)中から三重水素(H)を吸収材の結晶内に取り込む分離手法である。Hideki Koyanaka and Hideo Miyatake, Extracting tritium from water using a protonic manganese oxide spinel", Separation Science and Technology, 50, 14, 2142-2146, (2015), およびWO2015/037734。同手法は、室温の軽水中から三重水素(H)を分離できるため、従来手法にくらべて軽水(1O)から三重水素(H)を高効率かつ安価に分離することを可能にした。
【0004】
しかしながら、WO2015/037734に記載の方法では、重水(O、又は21HO)中に溶解している三重水素(3H)を分離することが可能かどうかについては、全く明らかにされていない。また、WO2015/037734に記載の水素イオン(+)を含む酸化マンガンを吸収材として使用した場合には、原理的に水素イオン(+)が処理対象である重水(O、又は21HO)中に溶出する。このため、水素イオン(+)をほとんど含まない高純度の重水(例えば、99.9% O)から、同純度を保った状態で三重水素を分離することは、WO2015/037734に記載の吸収材(化学組成:HMnO)では不可能であった。また、文献 Hideki Koyanaka and Hideo Miyatake, Extracting tritium from water using a protonic manganese oxide spinel", Separation Science and Technology, 50, 14, 2142-2146, (2015), およびWO2015/037734において記載された様に、吸収材を粉末として三重水素を含有する軽水に懸濁させる手法では、軽水中の三重水素濃度を一時的に低下させることは可能であるが、軽水中の三重水素濃度を継続的に低下させながら、同時に三重水素を反応系の外部に回収することは不可能であった。また、最近、軽水中の三重水素濃度を継続的に低下させる手法が、古屋仲秀樹、五十棲泰人:「酸化マンガン電極膜を用いた水中のトリチウムの分離と回収」、電気化学会 第83回大会講演番号3Q29(2016)において報告されているが、同手法によって重水(O、又は21HO)中に溶解している三重水素(3H)を分離することが可能かどうかについては、全く明らかにされていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
三重水素(H)を重水(2O、又は21HO)中から分離することは、三重水素を軽水(1O)中から分離するよりも技術的に難しい。これは、重水素(2H)が周期律表上で水素(1H)よりも三重水素(3H)に近い元素であり、物理・化学的性質が三重水素と、より類似しているためである。なお、以下においては、元素記号記載の簡略化のために、三重水素(H)、重水素(H)、水素(1H)を、それぞれ、T、D、Hと記載する。また、それらのイオンを、それぞれ、T+、D+、H+と記載する。また、水分子の同位体異性体に関しては、O、O、HO、1HO、1Oを、それぞれTO、DO、DTO、DHO、HOと記載する。水素ガスの同位体異性体に関しては、H、1H、1を、それぞれT、D、DT、DH、Hと記載する。
【0006】
現代社会において、重水(DO、又はDHO)の中に水の同位体異性体DTOとして溶解している三重水素(T)を、高効率かつ安価に分離する技術は、重水素(D)と三重水素(T)を燃料として大量に利用する核融合炉の開発と運用において欠かせない技術である。例えば、山西、他:「核融合炉三重水素水処理システムの研究開発動向」、J. Plasma Fusion Res. Vol. 83, No. 6 (2007) 545-559.等が参考文献として挙げられる。
【0007】
このため、高濃度の重水(例えば99.9% D2O)中に、水の同位体異性体(DTO)として溶存する低濃度の三重水素(T)を高効率に分離できる安価な吸収材の実現が求められている。
【0008】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、酸化マンガン吸収材を用いて高純度の重水中から三重水素(T)を安価に分離回収することを可能とする吸収材、及び三重水素を分離回収する方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の三重水素吸収材は、三重水素(T)を含有する高濃度の重水(DO、又はDHO)から三重水素(T)を分離回収する三重水素吸収材であって、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン(D+)含有の酸化マンガンで構成されることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の三重水素の分離回収方法は、前記三重水素吸収材に三重水素を含有する重水を接触させて重水中の三重水素を前記三重水素吸収材に分離回収することや、前記三重水素吸収材の触媒効果を利用して、重水中から三重水素を前記三重水素吸収材に選択的に吸収させて水分子の同位体異性体に変換して放出させることを特徴とする。
【0011】
さらに、本発明の三重水素の分離回収方法は、前記三重水素吸収材の粉末を、導電性塗料を用いて金属や炭素材料等の導電性材料の表面に焼結・固着させた多孔質体の電極とし、さらに同電極の片面に水素イオン導伝体を固着した電極膜とすることによって、同多孔質体の電極に対して水素イオン導伝体を通じた重水素イオンの継続的な供与を可能にする反応系を用いることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の重水からの三重水素の分離回収方法は、重水中から三重水素を前記三重水素吸収材に吸収分離する際に、三重水素を含有する重水のpHをアルカリ性から弱酸性に調整すること、および、前記三重水素吸収材から三重水素を水分子の同位体異性体として気相に蒸散させて回収する際に、三重水素を含有する重水のpHを酸性に調整することを特徴とする。さらに、三重水素を反応容器内の気相に蒸散させた後、再び三重水素を含有する重水のpHを酸性から弱酸性、又はアルカリ性に再調整する際に、予め三重水素を含有する重水に対してリチウムイオン(Li+)を添加することで、前記三重水素吸収材に含まれるマンガンの溶出を防ぐことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、三重水素を重水から安価に分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】重水素イオン含有酸化マンガン吸収材粉末による、重水中の三重水素の濃度変化である。
図2】水素イオン含有酸化マンガン吸収材粉末による、重水中の三重水素の濃度変化である。
図3】(a)三重水素吸収材粉末を担持させた電極膜を用いて、重水から三重水素を分離回収する実験系の模式図である。(b)実験系の断面と反応の仕組みを示す模式図である。
図4】(a)重水素イオン含有酸化マンガン吸収材粉末を含んだ電極膜による、重水中の三重水素の濃度変化である。(b)超純水中に回収された三重水素の濃度変化である。
図5】(a)水素イオン含有酸化マンガン吸収材粉末を含んだ電極膜による、重水中の三重水素の濃度変化である。(b)超純水中に回収された三重水素の濃度変化である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の三重水素吸収材は、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン(結晶学に基づく理論組成比:DMn;0<x≦1である)で構成される。ここで、「構成」の用語については、前記重水素イオン含有酸化マンガンが本発明の作用効果を実現するために必須のものとして含有されていることを意味しており、このもの以外に形態保持や安定性等ために付加される各種成分がその一部として含まれていてもよいことを意味している。
【0016】
スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有の酸化マンガンの合成や物性に関しては、例えば、Ammundsen, B.; Jones, D J.; Roziere, J.; Berg, H.; Tellgren, R.; Thomas, J. O., Ion exchange in manganese dioxide spinel: proton, deuteron, and lithium sites determined from neutron powder diffraction data, Chem. Mater. 1998, 10, 1680-1687.で報告されている。上記のそれぞれの報告において研究されたスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有の酸化マンガン(DMn)は、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン(LiMn)を前駆体とすることで合成されている。例えば、次の方法で合成することができる。
【0017】
スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンは、例えば、炭酸マンガンや炭酸マンガンの水和物等のマンガンの炭酸塩、リチウムの水酸化物、等の薬品を原料として、混合、焼成、精製の工程を経て得ることができる。スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンは、前記した工程に加えて、さらに酸処理の工程を経て得ることができる。
【0018】
混合工程では、例えば、上記した原料の粉末を室温下で混合する。このとき黒色化するまで混合する。これによって、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンの結晶核を生成する。焼成工程では、混合工程で生成した核を成長させる。例えば、混合物を、大気中で200℃〜1000℃、好ましくは300℃〜500℃の温度、より好ましくは350℃〜450℃で、1時間〜10時間程度加熱する。精製工程では、焼成工程で得た焼成物を弱アルカリ性の蒸留水に懸濁した後、一定時間静置し、沈殿物を回収する。この沈殿物が、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンである。スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンを保管する場合には、濾過処理等で回収した沈殿物を冷暗所に保管すればよい。また、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンの乾燥処理が必要な際には、大気中100〜150℃程度で乾燥処理することができる。次に、酸処理の工程を経て重水素イオン含有酸化マンガンを合成する際には、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末を重塩酸(DCl)水溶液等の重水素(D)を含んだ酸性水溶液、又は塩酸(HCl)水溶液等の水素(H)を含んだ酸性水溶液中に懸濁して数時間程度撹拌し、次いで固液分離して、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を得る。得られたスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末は湿潤した状態で冷暗所に保管する。同粉末に対して加熱乾燥処理を施してはならない。この理由は、加熱乾燥処理によって同結晶構造内の重水素イオンが水分子として結晶から蒸散する反応が進むことで、吸収材の結晶構造がイオン交換性の重水素イオンを含まないラムダ型の二酸化マンガンの結晶構造に変化して、結果的に同吸収材が示す水中の三重水素イオンに対する吸収性を減じてしまうからである。この現象は、文献 H. Koyanaka, O. Matsubaya, Y. Koyanaka, and N. Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81. において報告された。
【0019】
上記の一連の工程から得られたスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン(DMnO)は、三重水素吸収材を構成する。もちろん、上記した以外の方法で合成されたスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有の酸化マンガンを有する水素イオン含有酸化マンガンについても、三重水素吸収材を構成する。
【0020】
スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンは、三重水素に対する吸収能の観点から、その一次粒子の粒子径が20〜70nmの範囲内であることが好ましい。かかる範囲内の粒子径を得るには、上記した焼成工程において焼成温度を好適には350℃〜450℃の範囲に設定すればよい。
【0021】
本発明の三重水素吸収材は、水素ガスや水分子としての同位体異性体(T、D、H、DT、DH、HT、TO、DO、DTO、DHO、HO)間の物理的性質の僅かな違いを利用する従来の三重水素(T)の分離手法に比べて、複雑な反応装置を必要とせず、熱や電気等のエネルギーの付加も必要としない、室温下の簡易な化学的な分離手段であって、安価である。したがって、例えば、サージタンクに貯留された三重水素を含む処理対象の重水を、本吸収材と接触させる吸収槽との間で循環させながら、リアルタイムで放射能濃度をモニタリングできる既存のフロータイプの液体シンチレーションカウンターを用いて三重水素濃度を監視することによって、三重水素濃度が下がった時点で処理対象の重水を排出し、濃度が充分下がらない内は処理対象の重水をサージタンクに戻す循環システムを構築することで、安価かつ高効率に重水中から三重水素を分離することが可能になる。
【0022】
本発明の三重水素吸収材による三重水素の吸収機構は、本吸収材表面で生じる三重水素を含んだ水酸化物イオン(OT)の選択的な酸化分解反応(OT → T+ 2e + (1/2)O)から発生する三重水素イオン(T)の吸収に基づくものと考えられる。一般に、水分子の電離度は極めて低いため、重水中の三重水素はイオンではなく、ほとんどが水分子(DTO)として存在する。本吸収材は、三重水素を含有する重水中において、OTの酸化分解反応によって発生するTを吸収材の結晶内に含まれるD+またはH+とイオン交換する反応によって結晶内に吸収し、重水中の三重水素濃度を減少させる。この重水中におけるOTの酸化分解反応に基づく三重水素濃度の減少は、重水中においてOT-を補充する様に水分子の解離反応を促進する(例えば、DTO → D + OT、HTO → H + OT、TO → T + OT)。さらに、重水中に存在する三重水素イオン(T)もDTOへの変化を介してOT-を重水中に補充する様に反応が促進されると考えられる(例えば、T+ OD → DTO → D + OT)。これらの結果、本吸収材を適用することによって、重水中に存在する三重水素を含有する全化学種(T、OT、TO、DTO、HTO)の濃度を減少させる効果が得られると考えられる。実際に、後述した実施例1の結果(図1)においては、高濃度の重水(99.9%)に含まれた極めて低濃度の三重水素(重水1リットル当たり数十ナノグラムの三重水素)に対して、粉末状の三重水素吸収材を適用した結果、実験に供された重水が含有していた三重水素の初期含有量の約14%が吸収分離された。さらに、実施例3においては、粉末状の三重水素吸収材を電極膜に加工して適用した結果、重水中において継続的な三重水素濃度の低下が観察され、同時に三重水素の簡易な回収も実現された。
【0023】
本発明のスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン(DxMn2O4)からなる三重水素吸収材は、以下に示した化学式(1)〜(4)に記述の化学反応に基づいて、重水から三重水素を分離し、回収することを可能にしていると考えられる。ここで、各化学式中におけるxやyは、各化学種間のモル比を表す。また、記号「□」は、同結晶構造において三重水素イオン(T)が抜けた状態の空の吸着席を表す。
【0024】
【化1】

【0025】
化学式(1)は、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン(LixMn2O4)を、重塩酸(DCl)を重水(D2O)で希釈した希重塩酸を用いて酸処理することによって、リチウムイオンと重水素イオンをイオン交換した結果、重水素イオン含有酸化マンガン(DxMn2O4)が得られる反応を示す。同イオン交換反応に関しては、次の文献において詳しく記載されている。Ammundsen, B.; Jones, D J.; Roziere, J.; Berg, H.; Tellgren, R.; Thomas, J. O., Ion exchange in manganese dioxide spinel: proton, deuteron, and lithium sites determined from neutron powder diffraction data, Chem. Mater. 1998, 10, 1680-1687. 上記の化学式(1)〜(4)では、同(DxMn2O4)を、(D+, e-x Mn2O4と記載している。これは、スピネル型の結晶構造を有した酸化マンガンの結晶構造に侵入した水素イオン(H+)が、同結晶内の酸素原子のペアと、弱い共有結合(強い水素結合とも言える)を形成することが次の文献において明らかにされているためである。H. Koyanaka, Y. Ueda, K. Takeuchi, A. I. Kolesnikov, Effect of crystal structure of manganese dioxide on response for electrolyte of a hydrogen sensor operative at room temperature", Sens. Act. B 2013, 183, 641-647.
同文献では、弱い共有結合を形成する水素イオンは、酸素イオンに強い共有結合で束縛された水素イオンに比べて酸素イオンによる束縛力が弱まる効果によって、結晶内を容易に導伝することが実験的に証明された。また、(D+, e-xの記述は、同結晶内における重水素が、酸素イオンとの間で電子(e-)の共有性が高い重水素原子に近い状態、及び重水素が酸素イオンとの間で電子(e-)の共有性が低い重水素イオンに近い状態で共存する、すなわち重水素が原子とイオンの中間状態として存在していることを表している。この様な弱い共有結合を形成する重水素イオンの存在は、結合を形成する相手である酸素イオンにとっては電子を重水素イオンに引き寄せられた状態で存在する確率を高める。この結果、同酸素イオンは外部から電子を奪い取る酸化剤としての性能を向上させると予想される。この酸化剤としての性能の向上によって、本吸収材がOTを酸化分解する触媒として機能しているものと考えられる。また、金属の酸化物の結晶構造において、水素イオンと酸素原子のペアが弱い共有結合(強い水素結合)を形成する上で、結晶を構成する酸素原子の原子間距離(d :O−O)が重要な役割を有すると、次の文献で報告されている。E. Libowitzky, Correlation of O-H Stretching Frequencies and O-H・・・O hydrogen bond lengths in minerals. Monatshefte fur Chemie. 130, 1047-1059 (1999). 本発明の三重水素吸収材を構成する酸化マンガンのスピネル型結晶構造には、原子間距離が2.57〜2.60Åである酸素原子のペアによって構成された酸素四面体群が存在する。このため、同文献に示されたFig. 1によれば、本発明の三重水素吸収材は、外部から侵入した水素イオンを、弱い共有結合(強い水素結合)で同酸素四面体を構成する酸素原子のペアによって捕捉することができる物質であることがわかる。
また、(D+, e-xの記述に関しては、スピネル型とは異なる結晶構造をもつガンマ型の二酸化マンガンに関しても、水素イオンと電子をカップルとして扱った次の研究が存在する。H. Kahil, Introduction to the dynamic theory of the (H+, e-) couple insertion in γ-MnO2. J. Solid. State Electrochem. 4, 107-120, (2000)。
化学式(2)は、重水中のOT-に対する酸化分解反応の進行にともなって、酸化マンガンのスピネル型結晶構造内に含有されている重水素イオン(D)と、重水中のOT-の酸化分解から生じた三重水素イオン(T)がイオン交換することで、Tとしてスピネル型結晶内に捕捉される反応である。化学式(2)においては、左辺にOT-が存在し、右辺にD +が存在するため、同反応は水酸化物イオンの存在比率が高いアルカリ性において活発に進行することを示唆している。これは、本吸収材を、強酸性(例えばpH1〜3)の三重水素含有重水に対して適用した場合には、三重水素濃度の低下が全く観察されない実験結果を支持する。
次に、化学式(3)は、三重水素を吸収した本発明の三重水素吸収材(D+, e-x-y(T+, e-y Mn2O4から、三重水素が水素ガスの同位体異性体(DT)として放出される反応を示す。同化学式の左辺にはD +が存在するため、同反応は酸性下でよく進行すると考えられる。発生したDTは、化学式(2)の右辺に見られる酸素(1/2 O2)や反応容器のヘッドスペースの気体に含まれる酸素と反応して、水分子の同位体異性体(DTO)に変化する。
化学式(4)は、化学式(2)及び(3)を合計して得られる見かけ上の総合反応であり、一連の化学反応からDTOが生成物として発生することを示している。また、化学式(3)および(4)の右辺に記述された記号「□」は、Tが放出された直後の空の吸着席を示す。実際のスピネル型の結晶構造において、同吸着席は弱い共有結合を可能とする原子間距離が2.57〜2.60Åである酸素原子のペアで構成された酸素四面体に相当することが、次の文献で指摘されている。H. Koyanaka, Y. Ueda, K. Takeuchi, A. I. Kolesnikov, Effect of crystal structure of manganese dioxide on response for electrolyte of a hydrogen sensor operative at room temperature", Sens. Act. B 2013, 183, 641-647.
さらに、本吸収材によるOTに対する酸化分解反応が、ODやOHに対する酸化分解反応よりも優先的に生じる原因としては、三重水素イオン(T)の質量や容積が重水素イオン(D)の質量や容積よりも大きいため、同結晶内でTの拡散速度がDやHに比べて低くなり、Tは結晶内に滞留し易いことが挙げられる。さらに、同結晶内でTが弱い共有結合によって振動しながら酸素原子のペアに束縛される際の振動数は、DやHが同様に弱い共有結合によって同酸素原子のペアに束縛される際の振動数に比べて低いと予想される。このため、同結晶内で酸素原子のペアに弱く共有結合した三重水素は、重水素イオン(D)に比べて酸素原子のペアとの間で電子の共有性が低下する三重水素イオン(T)の状態を長くとれる。これらの結果、本発明の吸収材の結晶内においてはTの反応性が高く、Tは電子やD、およびOと容易に反応して、前述の化学式(2)〜(4)における生成物であるDTやDTOを形成し易いと考えられる。したがって、三重水素(T)が関与するOTの酸化分解反応の方が重水素(D)が関与する酸化分解反応よりも優先的に進行すると予想される。
また、本発明では、重水のpHをアルカリ試薬の添加によって酸性からアルカリ性に再調整する際に、予めリチウムイオンを三重水素吸収材粉末1g当たりに対して30mgの割合を超えない様に、かつ重水中の濃度が10mg/L程度に添加することで、上記の空の吸着席を有する本三重水素吸収材からマンガンイオン(Mn2+)が、重水中に溶出する現象を防止できることを見出した。これは、pHを繰り返し調整しながら重水中の三重水素を分離回収する過程において、重水中に溶出するマンガンイオン由来の水酸化物の沈殿物を主成分とするスラッジの発生を抑えることにつながり、本吸収材の寿命を延ばす効果も期待できる。
【0026】
以上の様に、本発明の反応系において、重水中に主にDTOとして溶存している三重水素は、重水のpHが弱酸性からアルカリ性の際に三重水素吸収材によるOTの酸化分解反応を通じて同結晶内にイオンとして一旦取り込まれ、さらに重水のpHが酸性の際に気相中にDTOとして放出される。このため、粉末状の本発明の三重水素吸収材を、pHを弱酸性〜アルカリ性に調整した三重水素を含有する重水に単に懸濁させた場合には、一旦、重水中の三重水素が三重水素イオン(T)として三重水素吸収材の結晶内に取り込まれ、重水中の三重水素濃度が一時的に低下する。しかしながら、取り込まれた三重水素は再びDTOとして三重水素吸収材から重水中に溶出する。このため、後述の実施例1および参考例1の結果においては、重水中の三重水素濃度が一旦低下した後、初期濃度近くまで再上昇したと考えられる。
この三重水素の再溶出を抑え、かつ反応系の外部に三重水素を回収することを可能とするために、本発明の三重水素吸収材粉末を含む電極膜を用いた三重水素の分離・回収システムにおいては、反応容器内において同電極膜を重水に浸漬して三重水素を吸収させる部位と反応容器内のヘッドスペースの気体に露出させて三重水素を放出させる部位を区別する設計とすることが考慮されている。これによって、反応容器内のヘッドスペースの気体に露出させた同電極膜の部位にDTOが濃縮されて、重水中の三重水素濃度よりも同部位における三重水素の濃度が高くなる効果が得られると考えられる。この結果、本発明では重水から分離した三重水素を少量の媒質中に回収することを可能としている。すなわち、参考例1および2の結果において、反応容器内のヘッドスペースの気体をエアポンプで圧送することによって、DTOに対して高い溶解性を有する少量の軽水(HO)中に導入することによって、重水中から三重水素を分離して少量の軽水中に濃縮して回収した。
【0027】
次に、本発明の重水中からの三重水素の分離回収方法の実施形態について説明する。
以上説明した技術的事項からも明らかなように、本発明における分離回収方法においては、前記のとおりの三重水素吸収材の粉末または粉末からの構成体を三重水素を含有する重水に接触させて、重水中から三重水素を捕集することを特徴としている。ここで、「粉末または粉末からの構成体」とは、例えば前記の粒径の粉末を基本とし、許容される範囲までのこれらの集合体、集積体であってもよいことを意味している。この場合の集合体、集積体は、金属、セラミックス、樹脂等の他種の担体、支持体との組合わせも含んでいる。
従って、本発明の三重水素吸収材は、その外形としては、多孔質膜、電極膜等の膜状でもよいし、さらに任意の形状としてもよい。
本発明の三重水素の分離回収の方法では、以上のことを踏まえてその実施の形態が様々に考慮される。
例えば、実験的には次のことが確認されている。
【0028】
まず、実験的には、三重水素を含有する重水を、市販の試薬を用いて調合した。同重水のpHを本発明の吸収材による三重水素の吸収に適した値、好ましくは4以上10以下、例えば、pH6〜9にアルカリ試薬(例えば、NaOD水溶液)で調整する。このpH調整によって、三重水素を含有する重水中から三重水素が吸収材の結晶内に吸収されて、重水中の三重水素濃度を減じることができる。
【0029】
本実施形態において、重水のpHを制御することは、三重水素吸収材を効果的に利用する上で極めて重要である。具体的には、重水素イオン含有酸化マンガン(DxMn2O4)、又は水素イオン含有酸化マンガン(HxMn2O4)を、粉末として三重水素を含有する重水に接触させて、重水から三重水素を効果的に分離するためには、三重水素を含有する重水のpHをより好ましくは5以上7未満に調整する。また、本吸収材粉末を、放電性を有した電極(WO2015/037734に記載)や電極膜(特願2015−095277に記載)に加工して用いる場合には、三重水素を含有する重水のpHを5以上10未満に調整することがより好ましく、さらに好ましくはpH5.5以上9.5以下に保つことが望ましい。これは、三重水素を含有する重水のpHが例えば、1〜3と強酸性の場合には、吸収材(DxMn2O4、又はHxMn2O4)に対する三重水素の吸収がほとんど生ず、pH10以上の強アルカリ性の場合には、吸収材を構成するマンガン自体の溶解が顕著になるためである。
【0030】
なお、三重水素吸収材に接触させた三重水素を含有する重水を再び三重水素吸収材に接触させるように循環させてもよい。ここで、フロータイプの液体シンチレーションカウンターを用いるなどして三重水素を含有する重水中の三重水素由来の放射能の濃度を常時測定し、目標濃度の値に三重水素の濃度が減少しない場合には三重水素吸収材に対して三重水素を含有する重水を繰り返し接触させるように、三重水素を含有する重水の循環を続ける。これによって、安価かつ高効率な重水中からの三重水素の分離及び回収が可能になる。
【0031】
実際、本発明では、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン(DxMn2O4)を吸収材として用いることで、高純度の重水(99.9%)から三重水素を分離できることを確認した。また、重水素イオン含有酸化マンガン(DxMn2O4)の粉末を含んだ電極を作成した。そして、同電極の片面に水素イオン導伝膜を被覆した電極膜に加工して反応容器内に配した。同反応容器においては、同電極膜の片面に被覆した水素イオン導伝膜を通じて外部から重水素イオンを同電極膜に供与した。この重水素イオンの供与によって、同吸収材を粉末として三重水素を含有する重水に適用した場合には得られない継続的な三重水素の濃度低下を実現した。
さらに、同電極膜を重水に浸漬して三重水素を吸収させる部位と、反応容器内のヘッドスペースの気体に露出させて三重水素を放出させる部位を分けて設け、反応容器内のヘッドスペースの気体を、DTOに対して高い溶解性を有する少量の媒質(例えば、HO)中に導入することによって、重水中から三重水素を少量の媒質中に濃縮して回収した。
【0032】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
[実施例1]
[スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末を用いた、重水からの三重水素の分離]
【0034】
1:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末の合成
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末で構成される三重水素吸収材を合成した。
<原料と混合> 和光純薬工業の試薬炭酸マンガン水和物(MnCO・nHO)と水酸化リチウム水和物(LiOH・HO)の粉末を重量比2対1で混合し、室温下で黒色化するまでよく混合した。
<焼成> 電気炉(YAMATO製FO−410)を用いて、同混合粉末をアルミナ製のるつぼに入れた状態で、大気中390℃で6時間加熱した後、室温まで冷却した。
【0035】
<精製> 自然冷却後の粉末10gをガラスビーカー内で蒸留水1Lに懸濁させ、ビーカーの壁面を通じて超音波を照射して粉末の凝集をほぐした。未反応の炭酸マンガン(MnCO)は比重が軽いため蒸留水の上澄みに濁りとして残り、比重の重たいスピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン(LixMn2O4)は容器の底に沈殿する。1時間静置した後に上澄みの炭酸マンガンを、アスピレーター等を利用して除去し、沈殿したスピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末を回収した。この精製工程においては、粉末を懸濁させる蒸留水のpHを弱アルカリからアルカリ性に維持した。この一連の精製処理を2回繰り返すことで、焼成の工程で未反応物として残留している炭酸マンガンを除去した。
【0036】
<乾燥> 濾過処理等で回収されたスピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を120℃程度で12時間乾燥処理した。本合成方法によって、リチウムイオン含有酸化マンガン(LixMn2O4)の粉末5gを得た。
【0037】
<酸処理> スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン0.5gを、重塩酸(シグマアルドリッチ DCl 35% in D2O 99.5%) を重水(和光純薬工業042−26842 D2O 99.9%)で希釈して調合した濃度0.55Mの重塩酸の重水溶液45mLに懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂でコーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて1時間程攪拌を続けた。同懸濁液から減圧濾過によってガラス繊維濾紙(ADVANTEC製GS−25)上に、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を湿潤状態で回収した。一連の操作によって得られる重水素イオン含有酸化マンガンの化学組成は、H. Koyanaka, O. Matsubaya, Y. Koyanaka, and N. Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81を参考にすることで推定できる。すなわち同文献では、本発明と同様の手法で合成したリチウムイオン含有酸化マンガンを、濃度0.5Mの希塩酸水溶液で同様に酸処理することによって、水素イオン含有酸化マンガン(H1.35Mn4.1)を得ている。したがって、本発明においても、同文献と同一の合成手法で合成したリチウムイオン含有酸化マンガンを、濃度0.55M重塩酸水溶液で酸処理して重水素イオン含有酸化マンガンを得ているため、同重水素イオン含有酸化マンガンの化学組成は、同文献に記載されている水素イオン含有酸化マンガンの化学組成(H1.35Mn4.1)に類似した化学組成(D1.35Mn4.1)を有するものと考えられる。
以上の操作によって、一次粒子径が20〜70nmのスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材を得た。
【0038】
2:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を用いた、重水からの三重水素の分離試験
【0039】
<三重水素を含有した実験用重水の調合>
三重水素水の標準試薬(Perkin Elmer 3H, water)6.91μLを、室温の重水90mL(和光純薬工業042−26841 D2O 99.9%)で希釈して、放射能濃度が4154.95Bq/mLの三重水素含有重水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用三重水素含有重水90mLには、373945.5Bqの三重水素が総量として含まれていることになる。三重水素の放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いた。ブランク試料として、実験に用いた重水1.0mLにシンチレーター10.0mLを添加して三重水素の放射能を計測し、0.25Bq/mLを検出した。このため、本放射能の計測法においては、0.25Bq/mLが三重水素の放射能濃度の検出下限値であることを確認した。
【0040】
<重水からの三重水素の分離試験の手順>
三重水素の分離試験にあったっては、上述の方法で得られた濾過後の湿潤した状態のスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を、上述の方法で調合した初期放射能濃度が4154.95Bq/mLの実験用三重水素含有重水90mL(22.4℃)に懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂コーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて攪拌しながら30分間保った。実験では、実験用三重水素含有重水のpHが重水素イオン含有酸化マンガンを懸濁させた直後にpH2.0に減少した。このため、濃度0.55Mの重水酸化ナトリウム重水溶液(シグマアルドリッチ372072−106 NaOD 40wt% 99.5 atom% Dを重水 和光純薬工業042−26841 D2O 99.9%で希釈して作成)を、懸濁液に適量滴下して、実験の間はpHを6.0〜6.5に維持した。実験用三重水素含有重水の水温は、22.4℃であった。重水酸化ナトリウム重水溶液の滴下を開始してから、5分、10分、15分、20分、25分、および30分経過時に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC GS-25AS020AN)およびテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを懸濁液から濾取し、その1.2mLから精秤・分取した1.0mLに対して、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL添加した。最後に、液体シンチレーションカウンターで放射能濃度を計測した。pHおよび水温の確認には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)を使用した。
【0041】
<試験結果>
得られた結果を図1に示した。図1は、時間経過毎に採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。図1の結果から、重水(99.9%)90mL中の三重水素の放射能濃度は、10分経過時に初期濃度の4154.95Bq/mLから3576.23Bq/mLに減少し、初期濃度から578.72Bq/mL減少した。したがって、90mLの同実験用三重水素含有重水中では、52084.8Bqに相当する三重水素が、反応時間10分の時点でスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末(乾燥重量として約0.5g)に吸収されたことがわかった。
【0042】
本実施例では、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を合成する際に、重塩酸水溶液を用いてリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を酸処理することによってリチウムイオンを重水素イオンに置換した。さらに、処理対象である実験用三重水素含有重水のpH調整には、試薬NaODの重水溶液を用いた。このため、前記の化学式(1)〜(4)に記載の反応にしたがって、三重水素を重水中から分離する反応が進行する際に、高純度(99.9%)の重水中に吸収材から重水素イオン(D)が放出される。これに対して、水素イオン含有酸化マンガン粉末を重水に含まれる三重水素の吸収材として利用した場合には、原理的に処理対象である三重水素を含有する重水中には水素イオン(H)が放出されて重水に混入するため、結果的として重水の純度は低下する。したがって、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を吸収材として用いる本手法は、処理対象である重水(D2O)に対して水素イオン(H)を混入させることなく、重水中から三重水素(T)を分離できるという利点を有する。
【0043】
参考例1
[スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末を用いた、重水からの三重水素の分離]
【0044】
1:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末の合成
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を合成した。スピネル型の結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を合成するにあたって、<原料と混合>、<焼成>、<精製>、および<乾燥>に関しては、実施例1と同様の手法を用いた。
【0045】
<酸処理> スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末0.5gを、濃度0.5Mの希塩酸100mLに懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂でコーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて1時間程攪拌を続けた。次に、同懸濁液中から減圧濾過によってガラス繊維濾紙(ADVANTEC製GS−25)上に、湿潤状態のスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を回収した。本手法によって得られる水素イオン含有酸化マンガンの化学組成は、H. Koyanaka, O. Matsubaya, Y. Koyanaka, and N. Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81に、H1.35Mn4.1であることが記載されている。このため、本酸処理によって同文献と同様な化学組成を有した水素イオン含有酸化マンガンが得られていると考えられる。以上の操作によって、一次粒子径が20〜70nmのスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を得た。
【0046】
2:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を用いた、重水からの三重水素の分離試験
【0047】
<三重水素を含有した実験用重水の調合>
三重水素水の標準試薬(DuPont 1.0Ci/g 4/25/1985)40μLを、室温(24.1℃)の重水100mL(和光純薬工業042−26841 D2O 99.9%)で希釈して、放射能濃度が3715.9Bq/mLの三重水素含有重水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用三重水素含有重水100mLには、371590Bqの三重水素が総量として含まれていることになる。三重水素の放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いた。
【0048】
<三重水素を含有した実験用重水からの三重水素の分離手順>
三重水素の分離試験にあったっては、上記の方法で得たスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末(乾燥重量として約0.5g)を濾過後の湿潤した状態で、初期放射能濃度が3715.93Bq/mLの実験用三重水素含有重水100mL(24.1℃)に懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂コーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて攪拌しながら30分間保った。その際、実験用三重水素含有重水のpHは酸処理による残留希塩酸の効果によって吸収材懸濁直後に3.38に変化した。その時点で懸濁液に対して水酸化ナトリウム水溶液(濃度0.5M および0.1M NaOH)の滴下を開始して、実験用三重水素含有水のpHを実験の間、6.0〜6.5に維持した。水酸化ナトリウムの滴下開始から5分、10分、15分、20分、25分、および30分経過時に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC−25ASAN)およびテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを懸濁液から濾取した。その濾取した1.2mLから精秤・分取した1.0mLに対してシンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンターで三重水素の放射能濃度を計測した。pHおよび水温の確認には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)を使用した。
【0049】
<試験結果>
得られた結果を、図2に示した。図2は、時間経過毎の各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。図2から、実験用三重水素含有重水中の三重水素による放射能濃度は、5分経過時に3311.95Bq/mLと、初期濃度から最も減少したことがわかる。5分経過時のサンプル1.0mLに関する初期放射能濃度からの減少濃度は、403.98Bq/mLであった。したがって、100mLの同実験用三重水素含有重水中では、放射能40398Bqの三重水素がスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン吸収材粉末(乾燥重量として約0.5g)に吸収されたことがわかった。本実験によって、スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末を用いた場合にも、重水中から三重水素を吸収分離できることがわかった。
【0050】
[実施例
[スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ三重水素吸収ユニットを用いた、重水からの三重水素の分離と回収]
【0051】
1:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜の作成
【0052】
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜を作成した。
【0053】
スピネル型の結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を合成するにあたって、<原料と混合>、<焼成>、<精製>、および<乾燥>に関しては、実施例1と同様の手法を用いた。
【0054】
<電極膜ユニットの作成>
上記の合成方法によって得られたリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末0.5gを、導電性塗料(藤倉化成DOTITE XC−12)をバインダーとして、白金メッシュ(100mesh、6.5cm×1.5cm×0.16cm)の表面(5.0cm×1.5cm×0.16cm)に膜厚0.3mmで固着し、乾燥機(EYELA製WFO-401)を用いて大気中150℃で3時間加熱乾燥することで、同バインダーを炭化すると同時に多孔質状に成形した電極膜を得た。次いで、同電極膜の片面(5cm×1.5cm)に濃度10%のナフィオン(登録商標)の分散液(和光純薬工業327−86722)を均一に塗布して大気中60℃で2時間乾燥し、最後に、大気中120℃で1時間加熱することによってナフィオン(登録商標)を水素イオン導伝膜として同電極膜の片面の表面に被覆した。この様にして得た電極膜の両面をシリコンラバーシート(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込み、さらに透明アクリル板(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込んで、それらの隙間をシリコン接着剤(セメダイン製バスコーク)でシールした。図3(a)及び(b)に示した様に、透明アクリル板、シリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に直径2mmの小孔を設けた。これら2ヶ所の小孔を通じて吸収材を被覆した同電極膜の面に対して三重水素含有重水が含浸するように設計した。また、同電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した片面に対しては、同片面に接した上記の透明アクリル板及びシリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に設けた直径2mmの小孔2箇所を通じて、濃度0.55Mの重塩酸重水溶液7mL(シグマアルドリッチ製 DCl 35% in D2O 99.5%を重水Euriso製D214Hで希釈して調合)を配して含浸するように設計した。
【0055】
<三重水素を含有した重水の調合>
三重水素含有水の調合にあたっては、三重水素の標準試薬(American Radiolabeled Chemicals, Inc. ART0194 water [3H] biological grade 1mCi/mL)4.60μLを、室温の重水(Euriso製D214H)80mLで希釈して、放射能濃度が5596.7 Bq/mLの実験用三重水素含有重水を調合した。また、実験に使用した重水1.0mLに対してシンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いてブランク試料として重水中の三重水素の放射能濃度を計測した結果、2.0Bq/mLを得た。したがって、本分析装置および条件下における三重水素の放射能濃度の検量下限値が2.0Bq/mLであることを確認した。
【0056】
<電極膜の酸処理>
図3(a)に示した透明アクリル製の反応容器内において、上記の吸収材を被覆した電極膜のユニット表面を、濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液32mL(シグマアルドリッチ製 DCl 35% in D2O 99.5% を重水 Euriso製D214Hで希釈して調合)に接触させて2時間静置した。この酸処理によって、電極膜に含まれるリチウムイオン含有酸化マンガン(LiMn)からリチウムイオンを溶出させて、重水素イオン含有酸化マンガン(DMn)に組成を変えた。その後、この酸処理に用いた濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液を反応容器内から吸引除去し、10mLのDOを用いて同希重塩酸重水溶液と接触した面をリンスして反応容器内の希重塩酸重水溶液を洗浄除去した。
【0057】
2:三重水素含有重水から三重水素を分離回収するための反応システムの構築
図3(a)に示した様に、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜と濃度0.55M希重塩酸重水溶液を配した透明アクリル容器をユニットとして組み込んだ反応容器を製作した。同反応容器を用いることで、実験用三重水素含有重水から三重水素を分離し、同時にガス洗浄瓶に配した室温の超純水に回収するシステムを構築した。図3(b)に示した様に同システムでは、実験用三重水素含有重水が電極膜に含浸することによって、前述の化学式(2)に示したOTの酸化分解反応を通じて三重水素イオン(T)が電極膜に含まれる重水素イオン含有酸化マンガン粉末に吸収される。また、電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した面に対しては、濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液から重水素イオン(D)を継続的に供与できるように設計した。さらに、反応容器内のヘッドスペースの気相中に露出させた同電極膜の部位に対しては、化学式(3)および(4)にしたがって濃縮された三重水素を含む水の同位体異性体(DTO又はTO)が同部位から気相中に蒸散することを促すために、空気をエアポンプ(JPD製W600)で常時圧送し、蒸散した三重水素を含む水の同位体異性体を、テフロン(登録商標)チューブを通じて気流と共にガス洗浄瓶中の超純水30mLに導入する設計とした。
【0058】
3:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含む電極膜を用いた重水からの三重水素の分離回収試験
【0059】
<三重水素を含有した実験用重水からの三重水素の分離回手順>
本実験においては、図3(a)に示した様に、上記の酸処理とリンスを終えた後の反応容器に上記の放射能濃度が5596.7 Bq/mLの実験用三重水素含有重水80mLを配した。同実験用三重水素含有重水の初期pHは3.96、水温は23.8℃であった。この実験用三重水素含有重水にNaOD重水溶液を適量添加してpHを8.86に調節した。マグネチックスタラーを用いて実験用三重水素含有重水を撹拌しながら、pHが3以下に低下した際に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC−25ASAN)及びテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを濾取した。その際、ガス洗浄瓶に配した超純水(30mL)からサンプル1.2mLを、テルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて採取した。同サンプルの採取後に、実験用三重水素含有重水に塩化リチウム(LiCl 和光純薬工業)0.018gを添加した。次に、実験用三重水素含有重水に対して、再度NaOD重水溶液を適量添加してpHを6.83に調節した。その後、実験用三重水素含有重水の撹拌を続け、再度pHが3以下に低下した際に、同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。その後、実験用三重水素含有重水に再々度NaOD重水溶液を適量添加してpHを6.42に調節して撹拌を続け、再々度pHが3以下に低下した際に、再び同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。この最後のサンプルを濾取した際の実験用三重水素含有重水の水温は、23.6℃であった。この様にして得た各サンプル1.2mLから精秤・分取した各サンプル1.0mLに対して、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いて各サンプル中の三重水素の放射能濃度を計測した。また、pHおよび水温の測定にはpHメーター(HORIBA製F-55、およびガラス電極6378−10D)を使用した。
【0060】
<試験結果>
得られた結果を、図4に示した。図4(a)は、実験用三重水素含有重水から採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。また、図4(b)は、ガス洗浄瓶に配した超純水30mLから採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。図4(a)に示した結果から、実験用三重水素含有重水中の三重水素による放射能濃度が、初期濃度の5596.7 Bq/mLから3123.5Bq/mLに低下したことがわかった。これは、実験に用いた三重水素含有重水中から、約44.2%の三重水素が除去されたことを示す。また、図4(b)から、ガス洗浄瓶に配した超純水中に三重水素が反応時間の経過と共に回収されたことがわかった。図4(a)の結果から、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量は、約197859Bqであり、図4(b)の結果から、ガス洗浄瓶に配した超純水には約40374Bqの三重水素が回収されたことがわかった。このため、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量の内、約20.4%が同超純水中に回収されたことがわかった。同超純水に未回収の三重水素は、反応容器の内壁に発生・付着した水滴に捕捉されているものと考えられるため、回収率を向上させるためには、図3(a)に示した反応系は今後の改良の余地を残している。
実験終了時におけるガス洗浄瓶中の超純水の容量は、初期の30mLからサンプル採取による減量分を差し引いた容量を維持していた。これらの実験結果は、単に反応容器内に配した三重水素含有重水が反応容器内で気相に直接蒸散して、ガス洗浄瓶に移動して超純水の三重水素濃度が上昇したわけではないことを示している。
本実施例の結果を、前記の実施例1においてスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を用いた場合の実験結果である図1と比較すると、本実施例の結果を示す図4(a)は、重水中の継続的な三重水素濃度の低下を示していることが明らかである。また、実施例1では実験用三重水素含有重水中の三重水素濃度が、ほぼ初期濃度に戻っている。したがって、本実施例で用いた図3(a)及び(b)に示したシステムが、重水中の三重水素を分離・回収するために有効に機能することが証明された。
さらに、本実施例においては、実験用三重水素含有重水に対して塩化リチウムを添加した効果によって、酸性からアルカリ性にpHを上げるためのpH調整を計3回実施した際に、マンガンの溶出に起因する水酸化マンガンの沈殿物の発生を抑えることができた。具体的には、各pH調整の際に目視で確認できる沈殿物の発生はほとんど生じなかった。同様なpH調整を、実験用三重水素含有重水に対して水溶性のリチウム塩の添加なしに実施すると、実験用三重水素含有重水中には沈殿物が多量に発生する。このため、同リチウム塩の添加は実際の三重水素含有重水を処理する際には、スラッジの発生を最小限に抑え、吸収材の再利用性を高めるために、必須の操作であると言える。
【0061】
参考例2
[スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ三重水素吸収ユニットを用いた、重水からの三重水素の分離と回収]
【0062】
1:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜の作成
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜を作成した。
【0063】
スピネル型の結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を合成するにあたって、<原料と混合>、<焼成>、<精製>、および<乾燥>に関しては、実施例1と同様の手法を用いた。
【0064】
<電極膜ユニットの作成>
上記の合成方法によって得られたリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末0.5gを、導電性塗料(藤倉化成DOTITE XC−12)をバインダーとして、白金メッシュ(100mesh、6.5cm×1.5cm×0.16cm)の表面(5.0cm×1.5cm×0.16cm)に膜厚0.3mmで固着し、乾燥機(EYELA製WFO-401)を用いて大気中150℃で3時間加熱乾燥することで、同バインダーを炭化すると同時に多孔質状に成形した電極膜を得た。次いで、同電極膜の片面(5cm×1.5cm)に濃度10%のナフィオン(登録商標)の分散液(和光純薬工業327−86722)を均一に塗布して大気中60℃で2時間乾燥し、最後に、大気中120℃で1時間加熱することによってナフィオン(登録商標)を水素イオン導伝膜として同電極膜の片面の表面に被覆した。この様にして得た電極膜の両面をシリコンラバーシート(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込み、さらに透明アクリル板(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込んで、それらの隙間をシリコン接着剤(セメダイン製バスコーク)でシールした。図3(a)及び(b)に示した様に、透明アクリル板、シリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に直径2mmの小孔を設けた。これら2ヶ所の小孔を通じて吸収材を被覆した同電極膜の面に対して三重水素含有重水が含浸するように設計した。また、同電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した片面に対しては、同片面に接した上記の透明アクリル板及びシリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に設けた直径2mmの小孔2箇所を通じて、濃度0.5Mの希塩酸水溶液7mL(和光純薬工業)を配して含浸するように設計した。
【0065】
<三重水素を含有した重水の調合>
三重水素含有水の調合にあたっては、三重水素の標準試薬(American Radiolabeled Chemicals, Inc. ART0194 water [3H] biological grade 1mCi/mL)4.60μLを、室温の重水(Euriso製D214H)80mLで希釈して、放射能濃度が5948.6Bq/mLの実験用三重水素含有重水を調合した。
【0066】
<電極膜の酸処理>
図3(a)及び(b)に示した透明アクリル製の反応容器内において、上記の吸収材を被覆した電極膜のユニット表面を、濃度0.5Mの希塩酸120mLに接触させて2時間静置することによって、電極膜に含まれるリチウムイオン含有酸化マンガン(LiMn)からリチウムイオンを溶出させて、水素イオン含有酸化マンガン(HMn)に組成を変えた。その後、この酸処理に用いた濃度0.5Mの希塩酸水溶液を反応容器内から吸引除去し、10mLのDOを用いて同希重塩酸重水溶液と接触した面をリンスして反応容器内の希塩酸水溶液を洗浄除去した。
【0067】
2:三重水素含有重水から三重水素を分離回収するための反応システムの構築
図3(a)に示した様に、水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜と濃度0.5M希塩酸水溶液を配した透明アクリル容器をユニットとして組み込んだ反応容器を製作した。同反応容器を用いることで、実験用三重水素含有重水から三重水素を分離し、同時にガス洗浄瓶に配した室温の超純水に回収するシステムを構築した。図3(b)に示した様に同システムでは、実験用三重水素含有重水が電極膜に含浸することによって、前述の化学式(2)に示したOTの酸化分解反応を通じて三重水素イオン(T)が電極膜に含まれる水素イオン含有酸化マンガン粉末に吸収される。また、電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した面に対しては、濃度0.5Mの希塩酸水溶液から水素イオン(H)を継続的に供与できるように設計した。さらに、反応容器内のヘッドスペースの気相中に露出させた同電極膜の部位に対しては、化学式(3)および(4)にしたがって濃縮された三重水素を含む水の同位体異性体(DTO、DHO、又はTO)が同部位から気相中に蒸散することを促すために、空気をエアポンプ(JPD製W600)で常時圧送し、蒸散した三重水素を含む水の同位体異性体を、テフロン(登録商標)チューブを通じて気流と共にガス洗浄瓶中の超純水40mLに導入する設計とした。
なお、本実施例では、図3(a)及び(b)に示した濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液の代わりに濃度0.5Mの希塩酸水溶液を用いた。また、前記の化学式(1)〜(4)においてDと記載されている個所をHに置き換える必要がある。
【0068】
3:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を含む電極膜を用いた、重水からの三重水素の分離回収試験
【0069】
<三重水素を含有した実験用重水からの三重水素の分離回手順>
本実験においては、図3(a)に示した様に、上記の酸処理とリンスを終えた後の反応容器に上記の放射能濃度が5948.6 Bq/mLの実験用三重水素含有重水80mLを配した。同実験用三重水素含有重水の初期pHは3.63、水温は27.3℃であった。この実験用三重水素含有重水にNaOD重水溶液を適量添加してpHを9.95に調節した。マグネチックスタラーを用いて実験用三重水素含有重水を撹拌しながら、pHが3以下に低下した際に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC−25ASAN)及びテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを濾取した。その際、ガス洗浄瓶に配した超純水(40mL)からサンプル1.2mLを、テルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて採取した。同サンプルの採取後に、実験用三重水素含有重水に塩化リチウム(LiCl 和光純薬工業)0.020gを添加した。次に、実験用三重水素含有重水に対して、再度NaOD重水溶液を適量添加してpHを7.0に調節した。その後、実験用三重水素含有重水の撹拌を続け、再度pHが3以下に低下した際に、同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。その後、実験用三重水素含有重水に再々度NaOD重水溶液を適量添加してpHを8.46に調節して撹拌を続け、pHが4.08に低下した際に、再び同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。この最後のサンプルを濾取した際の実験用三重水素含有重水の水温は、26.7℃であった。この様にして得た各サンプル1.2mLから精秤・分取した各サンプル1.0mLに対して、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いて各サンプル中の三重水素の放射能濃度を計測した。また、pHおよび水温の測定にはpHメーター(HORIBA製F-55、およびガラス電極9615S−10D)を使用した。
【0070】
<試験結果>
得られた結果を、図5に示した。図5(a)は、実験用三重水素含有重水から採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。また、図5(b)は、ガス洗浄瓶に配した超純水40mLから採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。図5(a)に示した結果から、実験用三重水素含有重水中の三重水素による放射能濃度が、初期濃度の5948.6 Bq/mLから4679.8Bq/mLに低下したことがわかった。これは、実験に用いた三重水素含有重水中から、約21.3%の三重水素が除去されたことを示す。また、図5(b)から、ガス洗浄瓶に配した超純水40mL中に、三重水素が反応時間の経過と共に回収されたことがわかった。図5(a)の結果から、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量は、約101500Bqであり、図5(b)の結果から、ガス洗浄瓶に配した超純水には約44680Bqの三重水素が回収されたことがわかった。このため、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量の内、約44.1%が同超純水中に回収されたことがわかった。同超純水に未回収の三重水素は、反応容器の内壁に発生・付着した水滴に捕捉されているものと考えられる。実験終了時におけるガス洗浄瓶中の超純水の容量は、初期の40mLからサンプル採取による減量分を差し引いた容量を維持していた。これらの実験結果は単に、反応容器内の三重水素含有重水が反応容器内の気相に直接蒸散してガス洗浄瓶に移動し、ガス洗浄瓶中の超純水の三重水素濃度を上昇させたわけではないことを示している。
参考例2における図5(a)に示した結果を、前記の実施例3における図4(a)に示した結果と比較すると、反応時間の最後に採取したサンプルにおいて、三重水素濃度が減少する傾向が弱まった様に見られる。これは、本実施例において最後のサンプルを採取した際の実験用三重水素含有重水のpHが4.08であり、pH3以下でなかったことに起因すると考えられる。この理由としては、実験用三重水素含有重水のpHが4以上の場合には、強酸性下で反応が進行すると考えられる前記の化学式(3)に示した三重水素の放出反応が活発に生じないために、反応容器のヘッドスペースの気体に露出した電極膜の部位の表面において、三重水素を含む水分子の同位体異性体(DTO又はHTO)の充分な濃縮が生じないことが予想される。
また、本参考例2の結果を、前記の参考例1においてスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を用いた場合の実験結果である図2と比較すると、本実施例の結果を示す図5(a)では重水中の継続的な三重水素濃度の減少が得られていることが明らかである。したがって、本実施例で用いた図3(a)及び(b)に示したシステムが、水素イオン含有酸化マンガンを含む電極膜を用いた場合においても重水中の三重水素を分離・回収するために有効に機能することが証明された。
参考例2では、三重水素吸収材として水素イオン含有酸化マンガンを含んだ電極膜を用いており、さらに同電極膜に水素イオン(H)を濃度0.5Mの希塩酸水溶液から供与した。したがって、処理対象である三重水素を含んだ重水中にはHが混入する。Hを処理対処である重水(DO)に混入させない三重水素の分離が必要な場合には、実施例に示した三重水素吸収材として重水素イオン含有酸化マンガンを含んだ電極膜を用いる方が好ましい。しかしながら、重水や重塩酸の価格が高価であること考慮すると、処理対象である重水(DO)中へのHの混入が問題にならない場合には、薬品のコストが安価な本参考例2の吸収材と手法を用いることが好ましい。
さらに、本参考例においては、実験用三重水素含有重水に対して塩化リチウムを添加した効果によって、酸性からアルカリ性にpHを上げるためのpH調整を計3回実施した際に、マンガンの溶出に起因する水酸化マンガンの沈殿物の発生を抑えることができた。具体的には、各pH調整の際に目視で確認できる沈殿物の発生はほとんど生じなかった。同様なpH調整を、実験用三重水素含有重水に対して水溶性のリチウム塩の添加なしに実施すると、実験用三重水素含有重水中には沈殿物が多量に発生する。このため、同リチウム塩の添加は実際の三重水素含有重水を処理する際には、スラッジの発生を最小限に抑え、吸収材の再利用性を高めるために、必須の操作であると言える。
図1
図2
図3
図4
図5