【0025】
化学式(1)は、スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン(Li
xMn
2O
4)を、重塩酸(DCl)を重水(D
2O)で希釈した希重塩酸を用いて酸処理することによって、リチウムイオンと重水素イオンをイオン交換した結果、重水素イオン含有酸化マンガン(D
xMn
2O
4)が得られる反応を示す。同イオン交換反応に関しては、次の文献において詳しく記載されている。Ammundsen, B.; Jones, D J.; Roziere, J.; Berg, H.; Tellgren, R.; Thomas, J. O., Ion exchange in manganese dioxide spinel: proton, deuteron, and lithium sites determined from neutron powder diffraction data, Chem. Mater. 1998, 10, 1680-1687. 上記の化学式(1)〜(4)では、同(D
xMn
2O
4)を、(D
+, e
-)
x Mn
2O
4と記載している。これは、スピネル型の結晶構造を有した酸化マンガンの結晶構造に侵入した水素イオン(H
+)が、同結晶内の酸素原子のペアと、弱い共有結合(強い水素結合とも言える)を形成することが次の文献において明らかにされているためである。H. Koyanaka, Y. Ueda, K. Takeuchi, A. I. Kolesnikov, Effect of crystal structure of manganese dioxide on response for electrolyte of a hydrogen sensor operative at room temperature", Sens. Act. B 2013, 183, 641-647.
同文献では、弱い共有結合を形成する水素イオンは、酸素イオンに強い共有結合で束縛された水素イオンに比べて酸素イオンによる束縛力が弱まる効果によって、結晶内を容易に導伝することが実験的に証明された。また、(D
+, e
-)
xの記述は、同結晶内における重水素が、酸素イオンとの間で電子(e
-)の共有性が高い重水素原子に近い状態、及び重水素が酸素イオンとの間で電子(e
-)の共有性が低い重水素イオンに近い状態で共存する、すなわち重水素が原子とイオンの中間状態として存在していることを表している。この様な弱い共有結合を形成する重水素イオンの存在は、結合を形成する相手である酸素イオンにとっては電子を重水素イオンに引き寄せられた状態で存在する確率を高める。この結果、同酸素イオンは外部から電子を奪い取る酸化剤としての性能を向上させると予想される。この酸化剤としての性能の向上によって、本吸収材がOT
−を酸化分解する触媒として機能しているものと考えられる。また、金属の酸化物の結晶構造において、水素イオンと酸素原子のペアが弱い共有結合(強い水素結合)を形成する上で、結晶を構成する酸素原子の原子間距離(d :O−O)が重要な役割を有すると、次の文献で報告されている。E. Libowitzky, Correlation of O-H Stretching Frequencies and O-H・・・O hydrogen bond lengths in minerals. Monatshefte fur Chemie. 130, 1047-1059 (1999). 本発明の三重水素吸収材を構成する酸化マンガンのスピネル型結晶構造には、原子間距離が2.57〜2.60Åである酸素原子のペアによって構成された酸素四面体群が存在する。このため、同文献に示されたFig. 1によれば、本発明の三重水素吸収材は、外部から侵入した水素イオンを、弱い共有結合(強い水素結合)で同酸素四面体を構成する酸素原子のペアによって捕捉することができる物質であることがわかる。
また、(D
+, e
-)
xの記述に関しては、スピネル型とは異なる結晶構造をもつガンマ型の二酸化マンガンに関しても、水素イオンと電子をカップルとして扱った次の研究が存在する。H. Kahil, Introduction to the dynamic theory of the (H
+, e
-) couple insertion in γ-MnO
2. J. Solid. State Electrochem. 4, 107-120, (2000)。
化学式(2)は、重水中のOT
-に対する酸化分解反応の進行にともなって、酸化マンガンのスピネル型結晶構造内に含有されている重水素イオン(D
+)と、重水中のOT
-の酸化分解から生じた三重水素イオン(T
+)がイオン交換することで、T
+としてスピネル型結晶内に捕捉される反応である。化学式(2)においては、左辺にOT
-が存在し、右辺にD
+が存在するため、同反応は水酸化物イオンの存在比率が高いアルカリ性において活発に進行することを示唆している。これは、本吸収材を、強酸性(例えばpH1〜3)の三重水素含有重水に対して適用した場合には、三重水素濃度の低下が全く観察されない実験結果を支持する。
次に、化学式(3)は、三重水素を吸収した本発明の三重水素吸収材(D
+, e
-)
x-y(T
+, e
-)
y Mn
2O
4から、三重水素が水素ガスの同位体異性体(DT)として放出される反応を示す。同化学式の左辺にはD
+が存在するため、同反応は酸性下でよく進行すると考えられる。発生したDTは、化学式(2)の右辺に見られる酸素(1/2 O
2)や反応容器のヘッドスペースの気体に含まれる酸素と反応して、水分子の同位体異性体(DTO)に変化する。
化学式(4)は、化学式(2)及び(3)を合計して得られる見かけ上の総合反応であり、一連の化学反応からDTOが生成物として発生することを示している。また、化学式(3)および(4)の右辺に記述された記号「□」は、T
+が放出された直後の空の吸着席を示す。実際のスピネル型の結晶構造において、同吸着席は弱い共有結合を可能とする原子間距離が2.57〜2.60Åである酸素原子のペアで構成された酸素四面体に相当することが、次の文献で指摘されている。H. Koyanaka, Y. Ueda, K. Takeuchi, A. I. Kolesnikov, Effect of crystal structure of manganese dioxide on response for electrolyte of a hydrogen sensor operative at room temperature", Sens. Act. B 2013, 183, 641-647.
さらに、本吸収材によるOT
−に対する酸化分解反応が、OD
−やOH
−に対する酸化分解反応よりも優先的に生じる原因としては、三重水素イオン(T
+)の質量や容積が重水素イオン(D
+)の質量や容積よりも大きいため、同結晶内でT
+の拡散速度がD
+やH
+に比べて低くなり、T
+は結晶内に滞留し易いことが挙げられる。さらに、同結晶内でT
+が弱い共有結合によって振動しながら酸素原子のペアに束縛される際の振動数は、D
+やH
+が同様に弱い共有結合によって同酸素原子のペアに束縛される際の振動数に比べて低いと予想される。このため、同結晶内で酸素原子のペアに弱く共有結合した三重水素は、重水素イオン(D
+)に比べて酸素原子のペアとの間で電子の共有性が低下する三重水素イオン(T
+)の状態を長くとれる。これらの結果、本発明の吸収材の結晶内においてはT
+の反応性が高く、T
+は電子やD
+、およびOと容易に反応して、前述の化学式(2)〜(4)における生成物であるDTやDTOを形成し易いと考えられる。したがって、三重水素(T)が関与するOT
−の酸化分解反応の方が重水素(D
)が関与する酸化分解反応よりも優先的に進行すると予想される。
また、本発明では、重水のpHをアルカリ試薬の添加によって酸性からアルカリ性に再調整する際に、予めリチウムイオンを三重水素吸収材粉末1g当たりに対して30mgの割合を超えない様に、かつ重水中の濃度が10mg/L程度に添加することで、上記の空の吸着席を有する本三重水素吸収材からマンガンイオン(Mn
2+)が、重水中に溶出する現象を防止できることを見出した。これは、pHを繰り返し調整しながら重水中の三重水素を分離回収する過程において、重水中に溶出するマンガンイオン由来の水酸化物の沈殿物を主成分とするスラッジの発生を抑えることにつながり、本吸収材の寿命を延ばす効果も期待できる。
【実施例】
【0033】
[実施例1]
[スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末を用いた、重水からの三重水素の分離]
【0034】
1:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末の合成
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末で構成される三重水素吸収材を合成した。
<原料と混合> 和光純薬工業の試薬炭酸マンガン水和物(MnCO
3・nH
2O)と水酸化リチウム水和物(LiOH・H
2O)の粉末を重量比2対1で混合し、室温下で黒色化するまでよく混合した。
<焼成> 電気炉(YAMATO製FO−410)を用いて、同混合粉末をアルミナ製のるつぼに入れた状態で、大気中390℃で6時間加熱した後、室温まで冷却した。
【0035】
<精製> 自然冷却後の粉末10gをガラスビーカー内で蒸留水1Lに懸濁させ、ビーカーの壁面を通じて超音波を照射して粉末の凝集をほぐした。未反応の炭酸マンガン(MnCO
3)は比重が軽いため蒸留水の上澄みに濁りとして残り、比重の重たいスピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン(Li
xMn
2O
4)は容器の底に沈殿する。1時間静置した後に上澄みの炭酸マンガンを、アスピレーター等を利用して除去し、沈殿したスピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末を回収した。この精製工程においては、粉末を懸濁させる蒸留水のpHを弱アルカリからアルカリ性に維持した。この一連の精製処理を2回繰り返すことで、焼成の工程で未反応物として残留している炭酸マンガンを除去した。
【0036】
<乾燥> 濾過処理等で回収されたスピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を120℃程度で12時間乾燥処理した。本合成方法によって、リチウムイオン含有酸化マンガン(Li
xMn
2O
4)の粉末5gを得た。
【0037】
<酸処理> スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン0.5gを、重塩酸(シグマアルドリッチ DCl 35% in D
2O 99.5%) を重水(和光純薬工業042−26842 D
2O 99.9%)で希釈して調合した濃度0.55Mの重塩酸の重水溶液45mLに懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂でコーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて1時間程攪拌を続けた。同懸濁液から減圧濾過によってガラス繊維濾紙(ADVANTEC製GS−25)上に、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を湿潤状態で回収した。一連の操作によって得られる重水素イオン含有酸化マンガンの化学組成は、H. Koyanaka, O. Matsubaya, Y. Koyanaka, and N. Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO
2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81を参考にすることで推定できる。すなわち同文献では、本発明と同様の手法で合成したリチウムイオン含有酸化マンガンを、濃度0.5Mの希塩酸水溶液で同様に酸処理することによって、水素イオン含有酸化マンガン(H
1.35Mn
2O
4.1)を得ている。したがって、本発明においても、同文献と同一の合成手法で合成したリチウムイオン含有酸化マンガンを、濃度0.55M重塩酸水溶液で酸処理して重水素イオン含有酸化マンガンを得ているため、同重水素イオン含有酸化マンガンの化学組成は、同文献に記載されている水素イオン含有酸化マンガンの化学組成(H
1.35Mn
2O
4.1)に類似した化学組成(D
1.35Mn
2O
4.1)を有するものと考えられる。
以上の操作によって、一次粒子径が20〜70nmのスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材を得た。
【0038】
2:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を用いた、重水からの三重水素の分離試験
【0039】
<三重水素を含有した実験用重水の調合>
三重水素水の標準試薬(Perkin Elmer
3H, water)6.91μLを、室温の重水90mL(和光純薬工業042−26841 D
2O 99.9%)で希釈して、放射能濃度が4154.95Bq/mLの三重水素含有重水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用三重水素含有重水90mLには、373945.5Bqの三重水素が総量として含まれていることになる。三重水素の放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いた。ブランク試料として、実験に用いた重水1.0mLにシンチレーター10.0mLを添加して三重水素の放射能を計測し、0.25Bq/mLを検出した。このため、本放射能の計測法においては、0.25Bq/mLが三重水素の放射能濃度の検出下限値であることを確認した。
【0040】
<重水からの三重水素の分離試験の手順>
三重水素の分離試験にあったっては、上述の方法で得られた濾過後の湿潤した状態のスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を、上述の方法で調合した初期放射能濃度が4154.95Bq/mLの実験用三重水素含有重水90mL(22.4℃)に懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂コーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて攪拌しながら30分間保った。実験では、実験用三重水素含有重水のpHが重水素イオン含有酸化マンガンを懸濁させた直後にpH2.0に減少した。このため、濃度0.55Mの重水酸化ナトリウム重水溶液(シグマアルドリッチ372072−106 NaOD 40wt% 99.5 atom% Dを重水 和光純薬工業042−26841 D
2O 99.9%で希釈して作成)を、懸濁液に適量滴下して、実験の間はpHを6.0〜6.5に維持した。実験用三重水素含有重水の水温は、22.4℃であった。重水酸化ナトリウム重水溶液の滴下を開始してから、5分、10分、15分、20分、25分、および30分経過時に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC GS-25AS020AN)およびテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを懸濁液から濾取し、その1.2mLから精秤・分取した1.0mLに対して、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL添加した。最後に、液体シンチレーションカウンターで放射能濃度を計測した。pHおよび水温の確認には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)を使用した。
【0041】
<試験結果>
得られた結果を
図1に示した。
図1は、時間経過毎に採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。
図1の結果から、重水(99.9%)90mL中の三重水素の放射能濃度は、10分経過時に初期濃度の4154.95Bq/mLから3576.23Bq/mLに減少し、初期濃度から578.72Bq/mL減少した。したがって、90mLの同実験用三重水素含有重水中では、52084.8Bqに相当する三重水素が、反応時間10分の時点でスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末(乾燥重量として約0.5g)に吸収されたことがわかった。
【0042】
本実施例では、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を合成する際に、重塩酸水溶液を用いてリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を酸処理することによってリチウムイオンを重水素イオンに置換した。さらに、処理対象である実験用三重水素含有重水のpH調整には、試薬NaODの重水溶液を用いた。このため、前記の化学式(1)〜(4)に記載の反応にしたがって、三重水素を重水中から分離する反応が進行する際に、高純度(99.9%)の重水中に吸収材から重水素イオン(D
+)が放出される。これに対して、水素イオン含有酸化マンガン粉末を重水に含まれる三重水素の吸収材として利用した場合には、原理的に処理対象である三重水素を含有する重水中には水素イオン(H
+)が放出されて重水に混入するため、結果的として重水の純度は低下する。したがって、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を吸収材として用いる本手法は、処理対象である重水(D
2O)に対して水素イオン(H
+)を混入させることなく、重水中から三重水素(T)を分離できるという利点を有する。
【0043】
[
参考例1]
[スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末を用いた、重水からの三重水素の分離]
【0044】
1:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末の合成
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を合成した。スピネル型の結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を合成するにあたって、<原料と混合>、<焼成>、<精製>、および<乾燥>に関しては、実施例1と同様の手法を用いた。
【0045】
<酸処理> スピネル型結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末0.5gを、濃度0.5Mの希塩酸100mLに懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂でコーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて1時間程攪拌を続けた。次に、同懸濁液中から減圧濾過によってガラス繊維濾紙(ADVANTEC製GS−25)上に、湿潤状態のスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を回収した。本手法によって得られる水素イオン含有酸化マンガンの化学組成は、H. Koyanaka, O. Matsubaya, Y. Koyanaka, and N. Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO
2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81に、H
1.35Mn
2O
4.1であることが記載されている。このため、本酸処理によって同文献と同様な化学組成を有した水素イオン含有酸化マンガンが得られていると考えられる。以上の操作によって、一次粒子径が20〜70nmのスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を得た。
【0046】
2:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を用いた、重水からの三重水素の分離試験
【0047】
<三重水素を含有した実験用重水の調合>
三重水素水の標準試薬(DuPont 1.0Ci/g 4/25/1985)40μLを、室温(24.1℃)の重水100mL(和光純薬工業042−26841 D
2O 99.9%)で希釈して、放射能濃度が3715.9Bq/mLの三重水素含有重水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用三重水素含有重水100mLには、371590Bqの三重水素が総量として含まれていることになる。三重水素の放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いた。
【0048】
<三重水素を含有した実験用重水からの三重水素の分離手順>
三重水素の分離試験にあったっては、上記の方法で得たスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末(乾燥重量として約0.5g)を濾過後の湿潤した状態で、初期放射能濃度が3715.93Bq/mLの実験用三重水素含有重水100mL(24.1℃)に懸濁させて、テフロン(登録商標)樹脂コーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて攪拌しながら30分間保った。その際、実験用三重水素含有重水のpHは酸処理による残留希塩酸の効果によって吸収材懸濁直後に3.38に変化した。その時点で懸濁液に対して水酸化ナトリウム水溶液(濃度0.5M および0.1M NaOH)の滴下を開始して、実験用三重水素含有水のpHを実験の間、6.0〜6.5に維持した。水酸化ナトリウムの滴下開始から5分、10分、15分、20分、25分、および30分経過時に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC−25ASAN)およびテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを懸濁液から濾取した。その濾取した1.2mLから精秤・分取した1.0mLに対してシンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンターで三重水素の放射能濃度を計測した。pHおよび水温の確認には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)を使用した。
【0049】
<試験結果>
得られた結果を、
図2に示した。
図2は、時間経過毎の各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。
図2から、実験用三重水素含有重水中の三重水素による放射能濃度は、5分経過時に3311.95Bq/mLと、初期濃度から最も減少したことがわかる。5分経過時のサンプル1.0mLに関する初期放射能濃度からの減少濃度は、403.98Bq/mLであった。したがって、100mLの同実験用三重水素含有重水中では、放射能40398Bqの三重水素がスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン吸収材粉末(乾燥重量として約0.5g)に吸収されたことがわかった。本実験によって、スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材粉末を用いた場合にも、重水中から三重水素を吸収分離できることがわかった。
【0050】
[実施例
2]
[スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ三重水素吸収ユニットを用いた、重水からの三重水素の分離と回収]
【0051】
1:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜の作成
【0052】
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜を作成した。
【0053】
スピネル型の結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を合成するにあたって、<原料と混合>、<焼成>、<精製>、および<乾燥>に関しては、実施例1と同様の手法を用いた。
【0054】
<電極膜ユニットの作成>
上記の合成方法によって得られたリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末0.5gを、導電性塗料(藤倉化成DOTITE XC−12)をバインダーとして、白金メッシュ(100mesh、6.5cm×1.5cm×0.16cm)の表面(5.0cm×1.5cm×0.16cm)に膜厚0.3mmで固着し、乾燥機(EYELA製WFO-401)を用いて大気中150℃で3時間加熱乾燥することで、同バインダーを炭化すると同時に多孔質状に成形した電極膜を得た。次いで、同電極膜の片面(5cm×1.5cm)に濃度10%のナフィオン(登録商標)の分散液(和光純薬工業327−86722)を均一に塗布して大気中60℃で2時間乾燥し、最後に、大気中120℃で1時間加熱することによってナフィオン(登録商標)を水素イオン導伝膜として同電極膜の片面の表面に被覆した。この様にして得た電極膜の両面をシリコンラバーシート(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込み、さらに透明アクリル板(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込んで、それらの隙間をシリコン接着剤(セメダイン製バスコーク)でシールした。
図3(a)及び(b)に示した様に、透明アクリル板、シリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に直径2mmの小孔を設けた。これら2ヶ所の小孔を通じて吸収材を被覆した同電極膜の面に対して三重水素含有重水が含浸するように設計した。また、同電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した片面に対しては、同片面に接した上記の透明アクリル板及びシリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に設けた直径2mmの小孔2箇所を通じて、濃度0.55Mの重塩酸重水溶液7mL(シグマアルドリッチ製 DCl 35% in D
2O 99.5%を重水Euriso製D214Hで希釈して調合)を配して含浸するように設計した。
【0055】
<三重水素を含有した重水の調合>
三重水素含有水の調合にあたっては、三重水素の標準試薬(American Radiolabeled Chemicals, Inc. ART0194 water [
3H] biological grade 1mCi/mL)4.60μLを、室温の重水(Euriso製D214H)80mLで希釈して、放射能濃度が5596.7 Bq/mLの実験用三重水素含有重水を調合した。また、実験に使用した重水1.0mLに対してシンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いてブランク試料として重水中の三重水素の放射能濃度を計測した結果、2.0Bq/mLを得た。したがって、本分析装置および条件下における三重水素の放射能濃度の検量下限値が2.0Bq/mLであることを確認した。
【0056】
<電極膜の酸処理>
図3(a)に示した透明アクリル製の反応容器内において、上記の吸収材を被覆した電極膜のユニット表面を、濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液32mL(シグマアルドリッチ製 DCl 35% in D
2O 99.5% を重水 Euriso製D214Hで希釈して調合)に接触させて2時間静置した。この酸処理によって、電極膜に含まれるリチウムイオン含有酸化マンガン(Li
xMn
2O
4)からリチウムイオンを溶出させて、重水素イオン含有酸化マンガン(D
xMn
2O
4)に組成を変えた。その後、この酸処理に用いた濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液を反応容器内から吸引除去し、10mLのD
2Oを用いて同希重塩酸重水溶液と接触した面をリンスして反応容器内の希重塩酸重水溶液を洗浄除去した。
【0057】
2:三重水素含有重水から三重水素を分離回収するための反応システムの構築
図3(a)に示した様に、重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜と濃度0.55M希重塩酸重水溶液を配した透明アクリル容器をユニットとして組み込んだ反応容器を製作した。同反応容器を用いることで、実験用三重水素含有重水から三重水素を分離し、同時にガス洗浄瓶に配した室温の超純水に回収するシステムを構築した。
図3(b)に示した様に同システムでは、実験用三重水素含有重水が電極膜に含浸することによって、前述の化学式(2)に示したOT
−の酸化分解反応を通じて三重水素イオン(T
+)が電極膜に含まれる重水素イオン含有酸化マンガン粉末に吸収される。また、電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した面に対しては、濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液から重水素イオン(D
+)を継続的に供与できるように設計した。さらに、反応容器内のヘッドスペースの気相中に露出させた同電極膜の部位に対しては、化学式(3)および(4)にしたがって濃縮された三重水素を含む水の同位体異性体(DTO又はT
2O)が同部位から気相中に蒸散することを促すために、空気をエアポンプ(JPD製W600)で常時圧送し、蒸散した三重水素を含む水の同位体異性体を、テフロン(登録商標)チューブを通じて気流と共にガス洗浄瓶中の超純水30mLに導入する設計とした。
【0058】
3:スピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガン粉末を含む電極膜を用いた重水からの三重水素の分離回収試験
【0059】
<三重水素を含有した実験用重水からの三重水素の分離回手順>
本実験においては、
図3(a)に示した様に、上記の酸処理とリンスを終えた後の反応容器に上記の放射能濃度が5596.7 Bq/mLの実験用三重水素含有重水80mLを配した。同実験用三重水素含有重水の初期pHは3.96、水温は23.8℃であった。この実験用三重水素含有重水にNaOD重水溶液を適量添加してpHを8.86に調節した。マグネチックスタラーを用いて実験用三重水素含有重水を撹拌しながら、pHが3以下に低下した際に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC−25ASAN)及びテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを濾取した。その際、ガス洗浄瓶に配した超純水(30mL)からサンプル1.2mLを、テルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて採取した。同サンプルの採取後に、実験用三重水素含有重水に塩化リチウム(LiCl 和光純薬工業)0.018gを添加した。次に、実験用三重水素含有重水に対して、再度NaOD重水溶液を適量添加してpHを6.83に調節した。その後、実験用三重水素含有重水の撹拌を続け、再度pHが3以下に低下した際に、同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。その後、実験用三重水素含有重水に再々度NaOD重水溶液を適量添加してpHを6.42に調節して撹拌を続け、再々度pHが3以下に低下した際に、再び同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。この最後のサンプルを濾取した際の実験用三重水素含有重水の水温は、23.6℃であった。この様にして得た各サンプル1.2mLから精秤・分取した各サンプル1.0mLに対して、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いて各サンプル中の三重水素の放射能濃度を計測した。また、pHおよび水温の測定にはpHメーター(HORIBA製F-55、およびガラス電極6378−10D)を使用した。
【0060】
<試験結果>
得られた結果を、
図4に示した。
図4(a)は、実験用三重水素含有重水から採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。また、
図4(b)は、ガス洗浄瓶に配した超純水30mLから採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。
図4(a)に示した結果から、実験用三重水素含有重水中の三重水素による放射能濃度が、初期濃度の5596.7 Bq/mLから3123.5Bq/mLに低下したことがわかった。これは、実験に用いた三重水素含有重水中から、約44.2%の三重水素が除去されたことを示す。また、
図4(b)から、ガス洗浄瓶に配した超純水中に三重水素が反応時間の経過と共に回収されたことがわかった。
図4(a)の結果から、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量は、約197859Bqであり、
図4(b)の結果から、ガス洗浄瓶に配した超純水には約40374Bqの三重水素が回収されたことがわかった。このため、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量の内、約20.4%が同超純水中に回収されたことがわかった。同超純水に未回収の三重水素は、反応容器の内壁に発生・付着した水滴に捕捉されているものと考えられるため、回収率を向上させるためには、
図3(a)に示した反応系は今後の改良の余地を残している。
実験終了時におけるガス洗浄瓶中の超純水の容量は、初期の30mLからサンプル採取による減量分を差し引いた容量を維持していた。これらの実験結果は、単に反応容器内に配した三重水素含有重水が反応容器内で気相に直接蒸散して、ガス洗浄瓶に移動して超純水の三重水素濃度が上昇したわけではないことを示している。
本実施例の結果を、前記の実施例1においてスピネル型結晶構造を有する重水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を用いた場合の実験結果である
図1と比較すると、本実施例の結果を示す
図4(a)は、重水中の継続的な三重水素濃度の低下を示していることが明らかである。また、実施例1では実験用三重水素含有重水中の三重水素濃度が、ほぼ初期濃度に戻っている。したがって、本実施例で用いた
図3(a)及び(b)に示したシステムが、重水中の三重水素を分離・回収するために有効に機能することが証明された。
さらに、本実施例においては、実験用三重水素含有重水に対して塩化リチウムを添加した効果によって、酸性からアルカリ性にpHを上げるためのpH調整を計3回実施した際に、マンガンの溶出に起因する水酸化マンガンの沈殿物の発生を抑えることができた。具体的には、各pH調整の際に目視で確認できる沈殿物の発生はほとんど生じなかった。同様なpH調整を、実験用三重水素含有重水に対して水溶性のリチウム塩の添加なしに実施すると、実験用三重水素含有重水中には沈殿物が多量に発生する。このため、同リチウム塩の添加は実際の三重水素含有重水を処理する際には、スラッジの発生を最小限に抑え、吸収材の再利用性を高めるために、必須の操作であると言える。
【0061】
[
参考例2]
[スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ三重水素吸収ユニットを用いた、重水からの三重水素の分離と回収]
【0062】
1:スピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜の作成
以下の手順に従って、スピネル型結晶構造を有す
る水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜を作成した。
【0063】
スピネル型の結晶構造を有するリチウムイオン含有酸化マンガン粉末を合成するにあたって、<原料と混合>、<焼成>、<精製>、および<乾燥>に関しては、実施例1と同様の手法を用いた。
【0064】
<電極膜ユニットの作成>
上記の合成方法によって得られたリチウムイオン含有酸化マンガンの粉末0.5gを、導電性塗料(藤倉化成DOTITE XC−12)をバインダーとして、白金メッシュ(100mesh、6.5cm×1.5cm×0.16cm)の表面(5.0cm×1.5cm×0.16cm)に膜厚0.3mmで固着し、乾燥機(EYELA製WFO-401)を用いて大気中150℃で3時間加熱乾燥することで、同バインダーを炭化すると同時に多孔質状に成形した電極膜を得た。次いで、同電極膜の片面(5cm×1.5cm)に濃度10%のナフィオン(登録商標)の分散液(和光純薬工業327−86722)を均一に塗布して大気中60℃で2時間乾燥し、最後に、大気中120℃で1時間加熱することによってナフィオン(登録商標)を水素イオン導伝膜として同電極膜の片面の表面に被覆した。この様にして得た電極膜の両面をシリコンラバーシート(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込み、さらに透明アクリル板(6.3cm × 3.3cm × 0.1cm)2枚で挟み込んで、それらの隙間をシリコン接着剤(セメダイン製バスコーク)でシールした。
図3(a)及び(b)に示した様に、透明アクリル板、シリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に直径2mmの小孔を設けた。これら2ヶ所の小孔を通じて吸収材を被覆した同電極膜の面に対して三重水素含有重水が含浸するように設計した。また、同電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した片面に対しては、同片面に接した上記の透明アクリル板及びシリコンラバーシートの下部から1.4cmおよび2.4cmの位置に設けた直径2mmの小孔2箇所を通じて、濃度0.5Mの希塩酸水溶液7mL(和光純薬工業)を配して含浸するように設計した。
【0065】
<三重水素を含有した重水の調合>
三重水素含有水の調合にあたっては、三重水素の標準試薬(American Radiolabeled Chemicals, Inc. ART0194 water [
3H] biological grade 1mCi/mL)4.60μLを、室温の重水(Euriso製D214H)80mLで希釈して、放射能濃度が5948.6Bq/mLの実験用三重水素含有重水を調合した。
【0066】
<電極膜の酸処理>
図3(a)及び(b)に示した透明アクリル製の反応容器内において、上記の吸収材を被覆した電極膜のユニット表面を、濃度0.5Mの希塩酸120mLに接触させて2時間静置することによって、電極膜に含まれるリチウムイオン含有酸化マンガン(Li
xMn
2O
4)からリチウムイオンを溶出させて、水素イオン含有酸化マンガン(H
xMn
2O
4)に組成を変えた。その後、この酸処理に用いた濃度0.5Mの希塩酸水溶液を反応容器内から吸引除去し、10mLのD
2Oを用いて同希重塩酸重水溶液と接触した面をリンスして反応容器内の希塩酸水溶液を洗浄除去した。
【0067】
2:三重水素含有重水から三重水素を分離回収するための反応システムの構築
図3(a)に示した様に、水素イオン含有酸化マンガン粉末を含んだ電極膜と濃度0.5M希塩酸水溶液を配した透明アクリル容器をユニットとして組み込んだ反応容器を製作した。同反応容器を用いることで、実験用三重水素含有重水から三重水素を分離し、同時にガス洗浄瓶に配した室温の超純水に回収するシステムを構築した。
図3(b)に示した様に同システムでは、実験用三重水素含有重水が電極膜に含浸することによって、前述の化学式(2)に示したOT
−の酸化分解反応を通じて三重水素イオン(T
+)が電極膜に含まれる水素イオン含有酸化マンガン粉末に吸収される。また、電極膜のナフィオン(登録商標)を被覆した面に対しては、濃度0.5Mの希塩酸水溶液から水素イオン(H
+)を継続的に供与できるように設計した。さらに、反応容器内のヘッドスペースの気相中に露出させた同電極膜の部位に対しては、化学式(3)および(4)にしたがって濃縮された三重水素を含む水の同位体異性体(DTO、DHO、又はT
2O)が同部位から気相中に蒸散することを促すために、空気をエアポンプ(JPD製W600)で常時圧送し、蒸散した三重水素を含む水の同位体異性体を、テフロン(登録商標)チューブを通じて気流と共にガス洗浄瓶中の超純水40mLに導入する設計とした。
なお、本実施例では、
図3(a)及び(b)に示した濃度0.55Mの希重塩酸重水溶液の代わりに濃度0.5Mの希塩酸水溶液を用いた。また、前記の化学式(1)〜(4)においてDと記載されている個所をHに置き換える必要がある。
【0068】
3:スピネル型結晶構造を有す
る水素イオン含有酸化マンガン粉末を含む電極膜を用いた、重水からの三重水素の分離回収試験
【0069】
<三重水素を含有した実験用重水からの三重水素の分離回手順>
本実験においては、
図3(a)に示した様に、上記の酸処理とリンスを終えた後の反応容器に上記の放射能濃度が5948.6 Bq/mLの実験用三重水素含有重水80mLを配した。同実験用三重水素含有重水の初期pHは3.63、水温は27.3℃であった。この実験用三重水素含有重水にNaOD重水溶液を適量添加してpHを9.95に調節した。マグネチックスタラーを用いて実験用三重水素含有重水を撹拌しながら、pHが3以下に低下した際に、ADVANTEC製の濾紙ユニット(DISMIC−25ASAN)及びテルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて、実験用三重水素含有重水のサンプル1.2mLを濾取した。その際、ガス洗浄瓶に配した超純水(40mL)からサンプル1.2mLを、テルモ製ディスポーザブルシリンジ(SS-02SZP)を用いて採取した。同サンプルの採取後に、実験用三重水素含有重水に塩化リチウム(LiCl 和光純薬工業)0.020gを添加した。次に、実験用三重水素含有重水に対して、再度NaOD重水溶液を適量添加してpHを7.0に調節した。その後、実験用三重水素含有重水の撹拌を続け、再度pHが3以下に低下した際に、同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。その後、実験用三重水素含有重水に再々度NaOD重水溶液を適量添加してpHを8.46に調節して撹拌を続け、pHが4.08に低下した際に、再び同様にサンプル1.2mLを濾取した。ガス洗浄瓶中の超純水からもサンプル1.2mLを同様に採取した。この最後のサンプルを濾取した際の実験用三重水素含有重水の水温は、26.7℃であった。この様にして得た各サンプル1.2mLから精秤・分取した各サンプル1.0mLに対して、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer ULtima Gold)を10.0mL加え、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD USA)を用いて各サンプル中の三重水素の放射能濃度を計測した。また、pHおよび水温の測定にはpHメーター(HORIBA製F-55、およびガラス電極9615S−10D)を使用した。
【0070】
<試験結果>
得られた結果を、
図5に示した。
図5(a)は、実験用三重水素含有重水から採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。また、
図5(b)は、ガス洗浄瓶に配した超純水40mLから採取した各サンプル(1.0mL)中に含まれる三重水素の放射能濃度変化を表す。
図5(a)に示した結果から、実験用三重水素含有重水中の三重水素による放射能濃度が、初期濃度の5948.6 Bq/mLから4679.8Bq/mLに低下したことがわかった。これは、実験に用いた三重水素含有重水中から、約21.3%の三重水素が除去されたことを示す。また、
図5(b)から、ガス洗浄瓶に配した超純水40mL中に、三重水素が反応時間の経過と共に回収されたことがわかった。
図5(a)の結果から、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量は、約101500Bqであり、
図5(b)の結果から、ガス洗浄瓶に配した超純水には約44680Bqの三重水素が回収されたことがわかった。このため、実験用三重水素含有重水から除去された三重水素の総量の内、約44.1%が同超純水中に回収されたことがわかった。同超純水に未回収の三重水素は、反応容器の内壁に発生・付着した水滴に捕捉されているものと考えられる。実験終了時におけるガス洗浄瓶中の超純水の容量は、初期の40mLからサンプル採取による減量分を差し引いた容量を維持していた。これらの実験結果は単に、反応容器内の三重水素含有重水が反応容器内の気相に直接蒸散してガス洗浄瓶に移動し、ガス洗浄瓶中の超純水の三重水素濃度を上昇させたわけではないことを示している。
本
参考例2における
図5(a)に示した結果を、前記の実施例3における
図4(a)に示した結果と比較すると、反応時間の最後に採取したサンプルにおいて、三重水素濃度が減少する傾向が弱まった様に見られる。これは、本実施例において最後のサンプルを採取した際の実験用三重水素含有重水のpHが4.08であり、pH3以下でなかったことに起因すると考えられる。この理由としては、実験用三重水素含有重水のpHが4以上の場合には、強酸性下で反応が進行すると考えられる前記の化学式(3)に示した三重水素の放出反応が活発に生じないために、反応容器のヘッドスペースの気体に露出した電極膜の部位の表面において、三重水素を含む水分子の同位体異性体(DTO又はHTO)の充分な濃縮が生じないことが予想される。
また、本
参考例2の結果を、前記の
参考例1においてスピネル型結晶構造を有する水素イオン含有酸化マンガンで構成される三重水素吸収材の粉末を用いた場合の実験結果である
図2と比較すると、本実施例の結果を示す
図5(a)では重水中の継続的な三重水素濃度の減少が得られていることが明らかである。したがって、本実施例で用いた
図3(a)及び(b)に示したシステムが、水素イオン含有酸化マンガンを含む電極膜を用いた場合においても重水中の三重水素を分離・回収するために有効に機能することが証明された。
本
参考例2では、三重水素吸収材として水素イオン含有酸化マンガンを含んだ電極膜を用いており、さらに同電極膜に水素イオン(H
+)を濃度0.5Mの希塩酸水溶液から供与した。したがって、処理対象である三重水素を含んだ重水中にはH
+が混入する。H
+を処理対処である重水(D
2O)に混入させない三重水素の分離が必要な場合には、実施例
2に示した三重水素吸収材として重水素イオン含有酸化マンガンを含んだ電極膜を用いる方が好ましい。しかしながら、重水や重塩酸の価格が高価であること考慮すると、処理対象である重水(D
2O)中へのH
+の混入が問題にならない場合には、薬品のコストが安価な本
参考例2の吸収材と手法を用いることが好ましい。
さらに、本
参考例においては、実験用三重水素含有重水に対して塩化リチウムを添加した効果によって、酸性からアルカリ性にpHを上げるためのpH調整を計3回実施した際に、マンガンの溶出に起因する水酸化マンガンの沈殿物の発生を抑えることができた。具体的には、各pH調整の際に目視で確認できる沈殿物の発生はほとんど生じなかった。同様なpH調整を、実験用三重水素含有重水に対して水溶性のリチウム塩の添加なしに実施すると、実験用三重水素含有重水中には沈殿物が多量に発生する。このため、同リチウム塩の添加は実際の三重水素含有重水を処理する際には、スラッジの発生を最小限に抑え、吸収材の再利用性を高めるために、必須の操作であると言える。