(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、建築年代の古い建物の耐震補強をする場合、上述のような現在の設計指針に基づいて保有耐力接合をしようとすると、引張ブレース接合部のボルト本数が不足する場合がある。その場合において、既存のガセットプレートに追加のボルトを設置するスペースを確保するのが難しいときには、既存のガセットプレートを撤去し、より板面の面積が大きいガセットプレートを新たに設置するという大掛かりな工事が必要であった。また、近年要望の高い火なし工法化(無溶接、溶断・サンダー掛けなし等)は困難であるという問題があった。
また、上述の非特許文献1に記載の補強方法を用いたとしても、引張ブレース材に補強部材を溶接しなければならず、火なし工法化が難しいという問題があった。
【0006】
上述のようにボルト本数が少ない場合、引張ブレース接合部の耐力が低下する原因は、引張ブレースの軸線方向におけるガセットプレートの最も先端側のボルト位置での面外方向への局所的な偏心曲げに伴う歪集中が原因であることが報告されている(例えば、非特許文献2参照)。
本発明者は、引張ブレース接合部のボルト本数が多くなると、引張ブレース接合部として一体的に変形する領域が広がり、接合部の面外剛性が相対的に高くなるため、歪集中が緩和され、引張ブレース接合部の耐力が上昇するという知見を新たに見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、引張ブレース接合部を対象として、設計上ではボルト本数が不足しても保有耐力接合をすることができ、且つ火なし工法化が可能な引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1記載の引張ブレース接合部の補強工法は、ガセットプレートと、該ガセットプレートの一方の面に第一ボルトによってボルト接合された引張ブレースとの引張ブレース接合部の補強工法であって、前記引張ブレースにおける前記ガセットプレート側の端部近傍に、前記ガセットプレートの一方の面側から第二ボルトを設ける工程と、前記第一ボルトのナットを外す工程と、前記ガセットプレートの他方の面側から前記ガセットプレートと前記引張ブレースにおける前記ガセットプレート側の端部近傍とに跨って裏当てプレートを設ける工程と、前記引張ブレースにおける前記ガセットプレート側の端部近傍に前記ガセットプレートの他方の面側から前記ガセットプレートと同じ厚み寸法を有するフィラー部材を設けると共に、該フィラー部材に前記第二ボルトを貫通させる工程と、前記第一ボルトに前記ナットを嵌めると共に、前記第二ボルトにナットを嵌めて前記ガセットプレートと、前記引張ブレースと、前記フィラー部材と、前記裏当てプレートとをボルト接合する工程と、を有することを特徴とする。
【0009】
上述の構成によれば、ガセットプレートと引張ブレースにおけるガセットプレート側の端部近傍とに跨ってガセットプレートの他方の面側から裏当てプレートを設けることで、ガセットプレートを引張ブレースの軸線方向に沿って延長してボルト本数を増やした場合と同等の面外剛性が確保されるため、保有耐力接合が可能となる。また、ガセットプレートと、引張ブレースと、フィラープレートと、裏当てプレートとを接合する際には、溶接等を行わずにボルト接合することによって、火なし工法化が実現される。さらに、引張ブレースにおけるガセットプレート側の端部近傍にガセットプレートの他方の面側からフィラープレートを設け、引張ブレースにおけるガセットプレート側の端部近傍と裏当てプレートとの間にフィラープレートを挟持することで、引張ブレース接合部の応力が円滑にガセットプレート、引張ブレース及び裏当てプレートに分散される。
【0010】
請求項2記載の引張ブレース接合部の補強構造は、ガセットプレートと、該ガセットプレートの一方の面に第一ボルトによってボルト接合された引張ブレースと、前記ガセットプレートの他方の面側から前記ガセットプレートと前記引張ブレースにおける前記ガセットプレート側の端部近傍とに跨って当接している裏当てプレートと、前記引張ブレースにおける前記ガセットプレート側の端部近傍に設けられ、前記ガセットプレートと同じ厚み寸法を有し、前記引張ブレースと前記裏当てプレートとの間に挟持されているフィラー部材と、を備え、前記引張ブレースにおける前記ガセットプレート側の端部近傍で前記引張ブレースと、前記フィラー部材と、前記裏当てプレートとが第二ボルトによってボルト接合されていることを特徴とする。
【0011】
上述の構成によれば、上述の請求項1記載の引張ブレース接合部の補強工法を用いた引張ブレース接合部の補強構造が得られ、請求項1記載の引張ブレース接合部の補強工法と同様の作用が得られるため、保有耐力接合を行うことが可能となり、引張ブレースの歪集中が緩和される。また、溶接等を行わずにボルト接合を行うことによって、火なし工法化が実現される。また、引張ブレース接合部の応力が円滑にガセットプレート、引張ブレース及び裏当てプレートに分散される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造によれば、設計上ではボルト本数が不足しても保有耐力接合をすることができ、且つ火なし工法化が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明を適用した一実施形態の引張ブレース接合部の補強構造を示す正面図である。
【
図2】本発明を適用した一実施形態の引張ブレース接合部の補強構造を示す図であり、
図1に示すA−A’線で矢視した断面図である。
【
図3】本発明を適用した一実施形態の引張ブレース接合部の補強構造を示す背面図である。
【
図4】本発明を適用した一実施形態の引張ブレース接合部の補強工法を説明するための平面図である。
【
図5】実施例に用いた試験体1の構成を示す図であって、(a)は側面図であり、(b)は正面図である。
【
図6】実施例に用いた試験体2の構成を示す図であって、(a)は側面図であり、(b)は正面図である。
【
図7】実施例に用いた試験体3の構成を示す図であって、(a)は側面図であり、(b)は正面図である。
【
図8】実施例に用いた試験体1の荷重変形関係を示すグラフである。
【
図9】実施例に用いた試験体2の荷重変形関係を示すグラフである。
【
図10】実施例に用いた試験体3の荷重変形関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を適用した引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造の一実施形態(以下、本実施形態の補強工法及び本実施形態の補強構造とすることがある)について、図面を参照して説明する。なお、以下の説明で用いる図面は模式的なものであり、長さ、幅及び厚みの比率等は実際のものと同一とは限らず、適宜変更することができる。
【0015】
始めに、本実施形態の補強構造20について説明する。
図1から
図3に示すように、本実施形態の補強構造20は、ガセットプレート3と、引張ブレース5と、フィラープレート(フィラー部材)8と、裏当てプレート9と、第二高力ボルト(第二ボルト)7と、を備えている。
【0016】
図1及び
図3に示すように、ガセットプレート3は、柱等の縦材1と、梁等の横材2からなる架構の角部に溶接されている既設の鋼板である。
【0017】
引張ブレース5は、ガセットプレート3の板面3aに第一高力ボルト(第一ボルト)4によってボルト接合された既設の鋼部材である。引張ブレース5において軸線方向Xに平行する側端縁5eには、略垂直にサイドスチフナ11が立設されている。
【0018】
図2に示すように、フィラープレート8は、引張ブレース5の端部5E近傍と裏当てプレート9とに挟持されている部材である。また、フィラープレート8は、ガセットプレート3と同じ厚み寸法を有する鋼材である。
【0019】
図3に示すように、裏当てプレート9は、ガセットプレート3の板面3bに当接し、且つガセットプレート3とフィラープレート8に跨っている鋼材である。
【0020】
ガセットプレート3、引張ブレース5、フィラープレート8及び裏当てプレート9の長さ、幅、厚み等の各寸法や材質は、縦材1及び横材2からなる架構の引張力や圧縮力を考慮して適切に設定されている。
【0021】
図1から
図3に示すように、第二高力ボルト7は、引張ブレース5の軸線方向Xに沿って引張ブレース5におけるガセットプレート3側の端部5E近傍で引張ブレース5と、フィラープレート8と、裏当てプレート9とをボルト接合するためのものである。第二高力ボルト7の本数は、第一高力ボルト4の本数を考慮して適宜設定されている。本実施形態では、第一高力ボルト4の本数と第二高力ボルト7の本数との合計が保有耐力接合に必要な本数とされている。
【0022】
次いで、本実施形態の補強工法について説明する。
本実施形態の補強工法は、
図1等に示すガセットプレート3と引張ブレース5との接合部(引張ブレース接合部)6を補強するための工法であって、以下に説明する第1工程から第五工程を有する。なお、第1工程から第五工程の実施順序は適宜変更しても構わない。
【0023】
第一工程は、引張ブレース5の軸線方向Xに沿って引張ブレース5の軸線方向Xにおけるガセットプレート3側の端部5E近傍にガセットプレート3の板面3a側から第二高力ボルト7を設ける工程である。
【0024】
第二工程は、
図4に示すように、ガセットプレート3の板面3b側から、引張ブレース5の軸線方向Xに沿って引張ブレース5の端部5E近傍にガセットプレート3と同じ厚み寸法を有するフィラープレート8を設ける工程である。また、第二工程は、フィラープレート8に第二高力ボルト7を貫通させる工程である。
第三工程は、第一高力ボルト4のナット13を外す工程である。
【0025】
第四工程は、ガセットプレート3の板面3b側からフィラープレート8を挟むようにして、また引張ブレース5の軸線方向Xに沿って、ガセットプレート3と引張ブレース5の端部5E近傍とに跨って、裏当てプレート9を設ける工程である。この工程において、裏当てプレート9には、第一高力ボルト4及び第二高力ボルト7を貫通させる。
【0026】
第五工程は、第一高力ボルト4にナット13を嵌めると共に、第二高力ボルト7にナット12を嵌めてガセットプレート3と、引張ブレース5と、フィラープレート8と、裏当てプレート9とをボルト接合する工程である。
【0027】
以上の第一工程から第五工程を行うことによって、
図1から
図3に示す引張ブレース接合部の補強構造20を実現し、接合部6が補強される。
【0028】
以上説明したように、本実施形態の補強構造20及び補強工法によれば、ガセットプレート3の板面3b側から、ガセットプレート3と引張ブレース5の端部5E近傍とに跨って裏当てプレート9を第一高力ボルト4及び第二高力ボルト7によってボルト接合することで、ガセットプレート3を引張ブレース5の軸線方向Xに沿って延長してボルト本数を増やした場合と同等の面外剛性が確保される。これにより、保有耐力接合、即ち、ガセットプレート3及び引張ブレース5の耐力が十分に発揮されるように、接合部6の耐力がガセットプレート3及び引張ブレース5の耐力よりも大となるように破断の考慮をした接合を良好に行うことができる。
【0029】
また、本実施形態の補強構造20及び補強工法によれば、第一高力ボルト4によってガセットプレート3の板面3aに引張ブレース5がボルト接合されると共に、第二高力ボルト7によってガセットプレート3の板面3bに裏当てプレート9がボルト接合されるので、2面せん断接合を実現し、引張ブレース5を介してのみならず裏当てプレート9を介して応力を伝達させ、引張ブレース5の歪集中を緩和させることができる。
【0030】
また、本実施形態の補強構造20及び補強工法によれば、ガセットプレート3と、引張ブレース5と、フィラープレート8と、裏当てプレート9とを接合する際に、溶接等を行わずにボルト接合することによって、火なし工法化を実現することができる。これにより、火なし工法の実施が求められる改修工事や更新工事においても、接合部6の補強を行うことができる。
【0031】
さらに、本実施形態の補強構造20及び補強工法によれば、引張ブレース5におけるガセットプレート3側の端部5E近傍にガセットプレート3の他方の面側からフィラープレート8を設け、引張ブレース5の端部5E近傍と裏当てプレート9との間にフィラープレートを挟持させることで、ガセットプレート3とフィラープレート8が接合されていなくても、接合部6の応力を円滑に効率良くガセットプレート3、引張ブレース5及び裏当てプレート9に分散させることができる。これにより、接合部6の耐力をより高めることができる。
【0032】
以上、本発明の好ましい実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変更が可能である。
【0033】
例えば、上述の実施形態では、第一高力ボルト4及び第二高力ボルト7が引張ブレース5の軸線方向Xに沿って一列に配置されている例を説明したが、第一高力ボルト4及び第二高力ボルト7は引張ブレース5の軸線方向Xに沿って複数列に配置されていてもよい。
また、引張ブレース5の軸線方向Xにおける第一高力ボルト4と第二高力ボルト7の各列数は互いに異なっていてもよい。
また、第一高力ボルト4及び第二高力ボルト7はそれぞれ、設計上の必要耐力を確保できれば、中ボルト等であっても構わない。
【0034】
また、例えば、上述の実施形態では、フィラー部材として一枚の板状部材からなるフィラープレート8を例示したが、フィラー部材はガセットプレート3と同じ厚み寸法を有していれば、ワッシャやワッシャ以外の部材であっても構わない。
【実施例】
【0035】
次いで、上述した本発明を適用した一実施形態の引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造20の効果を裏付けるために行った実施例及び比較例について説明する。なお、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【0036】
以下に説明する試験体1から3に対して材料試験を行った。
【0037】
(試験体1)
ガセットプレート(SS400、厚み寸法t=9mm)と引張ブレース(SS400、L−75×75×6、サイドスチフナ付きの山形鋼)を5本の高力ボルト(F10T,M16))を用いてボルト接合し、裏当てプレートは接合せずに、試験体1とした。従来構造と同様の試験体1では、高力ボルトの本数が5本であるため、保有耐力接合になっている。各部材の詳細な寸法は、
図5(a),(b)に示すように設定した。
【0038】
(試験体2)
高力ボルトの本数を3本に減らすこと以外は試験体1と同様の構成を採用し、試験体2とした。試験体2では、高力ボルトの本数が3本であるため、保有耐力接合になっていない。各部材の詳細な寸法は、
図6(a),(b)に示すように設定した。
【0039】
(試験体3)
図1から
図3を参照して説明した引張ブレース接合部の補強構造20に相当する試験体として、試験体1のガセットプレートにおいて引張ブレースが接合されている板面とは反対側の板面側から3本の高力ボルトによって裏当てプレートをボルト接合すると共に、さらに2本の高力ボルトによって裏当てプレートを引張ブレースの軸線方向に沿って引張ブレースにおけるガセットプレート側の端部近傍にフィラープレートを介してボルト接合し、試験体3とした。各部材の詳細な寸法は、
図7(a),(b)に示すように設定した。
【0040】
(試験体1から3に対する材料試験結果)
試験体1から3までの各試験体の材料試験の結果から得られた鋼材の機械的性質を表1に示す。また、同材料試験の結果をふまえて試設計を行った結果を示す。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
なお、表2では、
jN
y3 : 引張ブレース(全断面)の降伏耐力
jN
u1 : 高力ボルトの最大せん断耐力
jN
u2 : 引張ブレース接合部のボルト本数によって決定される引張ブレースの有効断面積の引張耐力
jN
u3 : 局部的なちぎれ破断耐力
jN
uc : 最大耐力(即ち、
jN
uc=min(
jN
u1,
jN
u2,
jN
u3))
である。
また、表2及び後述の表3、
図8から
図10における「引張ブレースの有効断面部」とは、各高力ボルト群のうち、ガセットプレートから最も離れた高力ボルトの孔部の位置を示す。
【0044】
表1及び表2に示す特性をふまえて引張治具を用いて、試験体1から3に対し、引張ブレースの軸線方向に沿って互いに反対の方向に加力し、試験体が破断するまで変形を与えた。試験結果の一覧を表3に示し、試験体1から3の荷重変形関係を
図8から
図10に示す。なお、
図8及び
図10において、「引張ブレース中央部」とは、引張ブレースの軸線方向の中央部を示す。
【0045】
【表3】
【0046】
なお、表3では、
jN
uc : 最大耐力の計算値(即ち、
jN
uc=min(
jN
u1,
jN
u2,
jN
u3))
である。
【0047】
表3及び
図6を参照するとわかるように、上述のように引張ブレースの軸線方向に沿って互いに反対の方向に加力した際、試験体1から3に生じる各現象は、試算と概ね同程度の耐力で発生することを確認した。
試験体1は、引張ブレースの軸線方向における中央部も降伏しており、充分に塑性変形した。その後、引張ブレースの基準長さL
b=3300mmにおける平均ひずみε
n=2.98%で最大耐力となり、その直後に引張ブレースのボルト孔部で破断した。
また、試験体2では、引張ブレースの基準長さL
b=3300mmにおける平均ひずみε
n=1.25%時に最大耐力となり、その後、引張ブレースのボルト孔部で破断した。試験体2の最大耐力は保有耐力以下であり、引張ブレースの軸線方向における中央部は弾性域であった。
そして、本発明を適用した引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造に相当する試験体3では、試験体1と同様に引張ブレースの軸線方向における中央部も降伏しており、充分に塑性変形した。その後、引張ブレースの基準長さL
b=3300mmにおける平均ひずみεn=3.72%で最大耐力となり、その直後に引張ブレースのボルト孔部で破断した。
【0048】
以上説明した材料試験の結果から、本発明を適用した引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造は十分塑性変形し、且つ保有耐力を満たすことを実証し、これにより提案する引張ブレース接合部の補強工法及び引張ブレース接合部の補強構造の有効性を確認した。