(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6676659
(24)【登録日】2020年3月16日
(45)【発行日】2020年4月8日
(54)【発明の名称】空港施設におけるウィルス感染予防剤のコーティング方法、及び、それを用いた光触媒コーティング膜、並びに、コーティング膜の可視化方法
(51)【国際特許分類】
B05D 1/36 20060101AFI20200330BHJP
B05D 5/00 20060101ALI20200330BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20200330BHJP
B01J 35/02 20060101ALI20200330BHJP
【FI】
B05D1/36 Z
B05D5/00 Z
B05D7/24 303F
B05D7/24 302A
B05D7/24 303B
B01J35/02 J
【請求項の数】11
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-559943(P2017-559943)
(86)(22)【出願日】2016年1月8日
(86)【国際出願番号】JP2016000098
(87)【国際公開番号】WO2017119015
(87)【国際公開日】20170713
【審査請求日】2018年11月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】504248654
【氏名又は名称】ナスクナノテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100131853
【弁理士】
【氏名又は名称】澤邉 由美子
(72)【発明者】
【氏名】左近 美佐子
(72)【発明者】
【氏名】島田 誠之
【審査官】
増田 亮子
(56)【参考文献】
【文献】
特開平11−319579(JP,A)
【文献】
特開2001−328201(JP,A)
【文献】
特開平11−165041(JP,A)
【文献】
特開2012−165758(JP,A)
【文献】
特開2010−151921(JP,A)
【文献】
特開平10−314598(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00−7/26
B32B 1/00−43/00
B01J 35/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機バインダーとして機能するナノレベルの粒径の異なるシリカ粒子を含有する下層膜を基体表面にコーティングする第1の工程と、前記シリカ粒子、及び、前記シリカ粒子の粒径より大きい粒径であり、かつ、ナノレベルの光触媒剤を共に有する上層膜を前記下層膜が被着された基体に重ねてコーティングする第2の工程とを含むことを特徴とする空港施設におけるウィルス感染予防剤のコーティング方法。
【請求項2】
前記シリカ粒子を夫々素材の異なる基体にコーティングすることによって前記夫々素材の異なる基体表面への接触面積を増大する前記下層膜を成膜することを特徴とする請求項1記載のコーティング方法。
【請求項3】
前記無機バインダー液を基体表面に対して所定のスプレー圧でスプレーコーティングし、しかる後、自然乾燥により前記下層膜を成膜することを特徴とする請求項2記載のコーティング方法。
【請求項4】
前記光触媒膜のコーティング時に、無機系帯電防止剤を混入することを特徴とする請求項1記載のコーティング方法。
【請求項5】
前記第2の工程によって下層膜上にコーティングされる光触媒膜を成膜するための光触媒液は、夫々素材の異なる基体に対して共通に使用することを特徴とする請求項1記載のコーティング方法。
【請求項6】
ナノレベルの粒径の異なるシリカ粒子を含有し、かつ、光触媒粒子を含有しない下層膜と、この下層膜の上にコーティングされた前記シリカ粒子、及び、前記シリカ粒子の粒径より大きい粒径であり、かつ、ナノレベルの光触媒粒子を含有する上層膜とを有することを特徴とする光触媒コーティング膜。
【請求項7】
前記上層膜が、無機系帯電防止材をさらに含有することを特徴とする請求項6記載の光触媒コーティング膜。
【請求項8】
ナノレベルの粒径を有する抗菌剤と、前記抗菌剤を基体表面に被着させるバインダー機能を有する前記抗菌剤の粒径よりも粒径が小さい粒径であり、かつ、ナノレベルのシリカ粒子とを含むコーティング液に、前記抗菌剤の粒径よりも粒径が小さい帯電防止材を混在させ、前記帯電防止材を有するコーティング液を基体表面に螺旋力でスプレー塗布し、コーティング膜の表面抵抗を測定することによって抗菌効果を可視化することを特徴とするコーティング膜の可視化方法。
【請求項9】
請求項8記載のコーティング膜の可視化方法において、前記帯電防止材として酸化錫を使用することを特徴とするコーティング膜の可視化方法。
【請求項10】
請求項9記載のコーティング膜の可視化方法において、コーティング膜の表面抵抗が10Ω以下となるように帯電防止材を混入したことを特徴とするコーティング膜の可視化方法。
【請求項11】
請求項3記載のコーティング方法であって、0.6MPA以上のスプレー圧で、かつ、基体表面から5cm乃至30cmの距離でスプレー塗布することを特徴とするコーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空港施設におけるウィルス感染予防剤のコーティング方法、及び、それを用いた光触媒コーティング膜、並びに、コーティング膜の可視化方法に関し、特に、熟練者を要することなく、一般作業者が空港施設内のあらゆる場所に容易かつ正確で効率的にウィルス感染予防剤をコーティングできる方法、及び、それによって成膜された光触媒コーティング膜の構造、並びに、コーティング膜の可視化(見える化)方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタン(二酸化チタン)に代表される光触媒は、大気浄化、防汚、脱臭(消臭)、浄水、抗菌、抗カビ等の効能を有することが知られており、空気清浄器や外壁塗装、ガラスの曇り止め等、様々な用途に使用されている。最近では、酸化チタン光触媒の光酸化力の強さを利用して、活性酸素の働きで細菌やウィルスを無力化することで病原菌からの感染予防を図る技術も提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、光触媒を用いてウィルスを無力化する技術として、光触媒をマスクにコーティングする発明が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、紫外線の当たらない室内で、蛍光灯による光触媒効果を得るための技術が開示されている。さらに、非特許文献1には、光が当たらない暗所でも抗ウィルス効果を発揮するために、酸化チタンを主成分とする光触媒材料を開発して実証実験を行った記事が掲載されており、抗菌用の光触媒商品が各社から販売されるに至っている。本出願人も、抗菌、抗ウィルスに特化した光触媒コーティング剤として、nasc-EX(商品名)を開発、製造、販売している。
【0005】
ところで、人体の健康に害を及ぼすウィルス(インフルエンザウィルス、ノロウィルス、ロタウィルス等)の大きさは、数十nm乃至数百nmで、サルモネラ菌等の細菌の大きさ(約1乃至5μm)に比較して約1/1000程度と非常に微細である。この超微細なウィルスに対する抗ウィルス剤として酸化チタンを主成分とする光触媒を使用する場合、チタンの粒径を微細化しなければ効果的にウィルスを不活性化出来ないことが判明し、ウィルスと同程度に光触媒の粒径を微細化するナノ化技術が採用されるようになった。光触媒のナノ化技術に関しては、特許文献3を参照されたい。
【0006】
しかしながら、酸化チタンの粒子をナノレベルに微細化すれば、同時に光触媒のコーティング膜厚もナノレベルにまで薄くしなければならない。さもなければ、コーティングされる酸化チタンを基体表面に固定化するために使用される無機バインダー(例えば、シリカ等)の中に微細な酸化チタンが埋もれてしまうからである。酸化チタンの光触媒作用を効果的に誘発するには、チタン表面を大気中に露出させる必要がある。この露出面積を出来る限り増やすことで、より多くの活性酸素を生成させウィルスを不活性化することができる。従って、光触媒を抗菌、抗ウィルスの用途として使用する場合には、ナノ化された微細な酸化チタン粒子を含有する光触媒層を出来るだけ薄くコーティングする必要がある。
【0007】
また、ナノ化された光触媒をコーティングする際、注意しなければならないのが、コーティングを施工する基体(壁面、ガラス、プラスチック、金属、木材等)の形状と材質である。即ち、光触媒と基体との密着性と透明性が長期間維持できなければコーティング剤としては不適切と言わざるを得ない。特に、紫外線が当たり難い室内で、蛍光灯によって光触媒による活性酸素を励起するには、硫黄や銅等の金属イオンをドーピング剤として使用することが知られているが、金属イオンをドーピングすることにより基体との密着性が損なわれるという不都合が生じる。
【0008】
かかる不都合を解決する手法として、特許文献4には、基体が合成樹脂の場合に、この基体と光触媒膜との間に接着膜を介在させる技術が開示されている。ここでは、合成樹脂の表面に接着膜形成用組成物を塗布して、オーブンで加熱することで接着層を形成している。
【0009】
さらに、特許文献5には、防汚、脱臭、除菌ために、気体の送風が可能な空間を作って、この中で噴霧器を使って衣類や生活用品に光触媒溶液を付着させるスプレー技術も開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2008‐538305号公報
【特許文献2】特開2006‐1774号公報
【特許文献3】特開2013‐237022号公報
【特許文献4】特開2008‐308511号公報
【特許文献5】特開2010‐17673号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「これまで困難だった光触媒での抗ウィルス効果の実証に成功」と題するNEDO国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構のニュースリリース、2011年10月11日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のように、光触媒に関しては様々な研究・開発が行われ、適用範囲が拡大してはいるものの、その効果を十分に発揮させるためには、各用途に適した光触媒の組成(成分)や配合比を見つけ出して最適化する必要がある。このため、コーティングが必要な基体(基材)の材質や形状に応じて夫々異なる組成や配合比の光触媒を使い分け、かつ、そのコーティング(被着)方法も用途に応じて変えなければならないのが現状である。
【0013】
中でも、国の玄関口として機能する空港施設には、入出国審査や待合室だけではなく、医療機関や、ATM等の金融機関、飛行機やシャトル等の輸送機関、さらには、幼児施設やショッピング街、食堂等、様々な設備や機能が集約されている。従って、光触媒を抗ウィルス剤として使用する場合、あらゆる施設や機関の中で感染(二次感染も含めて)が予想される全ての場所に光触媒液を洩れなくコーティングする必要があり、その作業には膨大な時間と工数(人員)を要する。しかも、ウィルス感染の多くは接触感染であると言われており、コーティングが必要な場所としては、壁面や床面だけに止まらず、椅子や手すり、ドア、エレベータのボタン、トイレ、カウンター、手荷物カート、乳母車、車いす、チケット売り場やATM等の電子機器の入力装置(キーボードやタッチスクリーン)、等々、人が触れそうな空港施設内のあらゆる場所のあらゆる器具や器材を対象にしなければならない。さらに、コーティングが施されるべき基体表面の材質も様々で(金属、木材、ガラス、布、プラスチック、合成樹脂、ゴム、等々)、かつその形状も多種多様である。加えて、トイレのように使用中以外は消灯され暗所となるような場所においても、光触媒効果を維持しなければならない場所もある。
【0014】
昨今、パンデミックの拡散源とも云える空港施設の抗ウィルス・抗菌対策が、各国にとっての重要課題となっているにも関わらず、前述した作業困難性の故に有効な解決策を得られるに至っていないのが実情である。特に、材質や形状の異なる種々の基体表面に対して、夫々に適した光触媒を個別に調合して、材質や形状に合わせた方法でコーティングするには、熟練した専門家の作業者でなければならい。しかし、このような作業者を大勢輩出する訳にはいかず、パンデミックが各国の空港施設にとっての脅威となっていることは否めない。
【0015】
加えて、例え熟練の作業者が施設内のコーティングを施工したとしても、その膜厚はナノレベルの極薄膜であり、かつ基体の色や形状を阻害しないように透明性が保証されていなければならないため、正しくコーティングが施されているか否か、あるいは、コーティングの効果が持続しているか否かを外観から判断することは極めて困難である。そのため、実験や経験則から得られる数値データに基づいて同様のコーティング作業を定期的に繰り返したり、日々アルコール消毒作業を実施する必要が生じる。その結果、空港施設での抗ウィルスコーティング作業には多くの費用と時間と人を費やさなければならないという問題がある。
【0016】
さらに、人の出入りが激しく長時間の閉館が許されない空港施設内で、コーティング膜を乾燥させるためとは言え、加熱用オーブンや送風機等の機材を持ち込んで施設内の各所で作業を行うのは、旅行者の行動を制限したり、また、安全面においても多大な不都合が生じる恐れがある。
【0017】
本発明の目的は、上記の課題に対して、熟練作業者でなく一般の作業者であっても、容易にかつ安全・確実に空港施設の抗ウィルス対策が可能な光触媒コーティング方法、及びそれによって成膜された光触媒コーティング膜を提供することである。
【0018】
本発明の更に他の目的は、コーティングが施されているか否か、及び、コーティング効果が持続しているか否かを可視化(見える化)することで、一般作業者であっても容易かつ正確に確認することが可能なコーティング膜の可視化方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る空港施設におけるウィルス感染防止剤のコーティング方法は、無機バインダーとして機能するナノレベルのシリカ粒子を含有する下層膜を基体表面にコーティングする第1の工程と、ナノレベルの光触媒剤、及び、無機バインダーとしてのシリカ粒子を共に有する光触媒膜を前記下層膜が被着された基体に重ねてコーティングする第2の工程とを含むことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の請求項2に係るコーティング方法は、互いに粒径の異なるシリカ粒子を混在して含有する無機バインダー液を用いて前記下層膜を成膜することを特徴とする。
【0021】
請求項3に係る本発明は、請求項2記載のコーティング方法が、無機バインダー液を基体表面に対して所定のスプレー圧でスプレーコーティングし、しかる後、自然乾燥により下層膜を成膜することを特徴とする。
【0022】
本発明の請求項4に係るコーティング方法は、前記光触媒膜のコーティング時に、無機系帯電防止剤を混入することを特徴とする。
【0023】
本発明の請求項5に係るコーティング方法は、前記第2の工程によって下層膜上にコーティングされる光触媒膜を成膜する光触媒液は、夫々素材の異なる基体に対して共通に使用することを特徴とする。
【0024】
本発明の請求項6に係る光触媒コーティング膜は、粒径の異なるシリカ粒子を含有し、かつ、光触媒粒子を含有しない下層膜と、この下層膜の上にコーティングされたシリカ粒子と光触媒粒子とを含有する上層膜とを有することを特徴とする。
【0025】
本発明の請求項7に係る光触媒コーティング膜は、請求項6における上層膜が無機系帯電防止材をさらに含有することを特徴とする。
【0026】
更に、コーティング膜の可視化方法は、請求項8に記載されているように、ナノレベルの粒径を有する抗菌剤と、この抗菌剤を基体表面に被着させるバインダー機能を有するナノレベルのシリカ粒子とを含むコーティング液に、抗菌剤よりも粒径が小さい帯電防止材を混在させ、この帯電防止材を有するコーティング液を基体表面に螺旋力でスプレー塗布するようにしたことを特徴とする。
【0027】
請求項9記載のコーティング膜の可視化方法は、請求項8記載の帯電防止材として酸化錫を使用し、その粒径を抗菌剤粒径の半分以下にしたことを特徴とする。
【0028】
請求項10記載のコーティング膜の可視化方法は、コーティング膜の表面抵抗が10Ω以下となるように帯電防止材を混入したことを特徴とする。
【0029】
請求項11記載のコーティング膜の可視化方法は、請求項8記載のコーティング液を螺旋力で基体表面にスプレー塗布するコーティング膜の可視化方法であって、0.6MPA以上のスプレー圧で、かつ、基体表面から5cm乃至30cmの距離でスプレー塗布することを特徴とする。
【0030】
ここで、「基体」とは、感染防止剤をコーティングすべき空港施設内のあらゆる対象物(壁面、床面、椅子、手すり、ドア、エレベータのボタン、トイレ、カウンター、手荷物カート、乳母車、車いす、電子機器の入力装置、等々)を指し、また、その素材(材質)の種類を限定することなく、あらゆる物体の総称として定義されることに留意されたい。
【0031】
さらに、「基体表面」とは、感染防止剤がコーティングされる対象物の表面であって、対象物に着色塗装や光沢処理、カバー処理、その他の人工的表面加工、表面処理が施されている場合には、当該塗装や加工、処理が施された対象物の最表面を指すものである。
【0032】
なお、本発明における二重コーティングされた下層膜と光触媒膜とを構造的に捉えるならば、両者は共に無機バインダーとして作用するシリカを含有する膜であって、特に、下層膜は光触媒剤を含有しない膜であり、上層の光触媒膜は光触媒剤(例えば、酸化チタンや酸化タングステン)を含有する膜であると定義することができる。
【発明の効果】
【0033】
上述した本発明によれば、以下に記載するような効果を奏することが出来る。
【0034】
(1)請求項1記載の本発明では、第1の工程でコーティングされる下層膜は、光触媒を含有しない膜であるため、コーティングされるべき基体がどの様な素材(材質)や形状であろうとも、バインダー液の組成や調合(配合)比を変えることなく同一のバインダー液を使ってコーティングすることができる。さらに、その後の第2の工程でコーティングされる光触媒膜は、対象となる物体のどの基体表面にも同じ下層膜が既にコーティングされているので、基体の素材や形状に左右されることなく同一の光触媒液を使ってコーティングすることができる。この結果、従来、基体の素材や形状に合わせて光触媒液の組成や配合比を最適化するための熟練者に要求されていた作業が不要となり、経験の浅い一般作業者でもナノ化された超微細な酸化チタンを含有する極薄の光触媒膜を容易、かつ確実にコーティングすることが出来る。
【0035】
(2)請求項2記載の本発明によれば、下層膜を成膜するための無機バインダー液には、粒径の異なるナノレベルの大小のシリカ粒子を混在させているため、コーティングされた下層膜は、後述するように粒径の大きなシリカ粒子の隙間を粒径の小さなシリカ粒子で補間するような膜構造となる。従って、薄い膜厚であっても、基体との密着性の高い下層膜をコーティングすることが可能である。
【0036】
(3)請求項3記載の本発明によれば、下層膜の形成過程で、加熱処理が必要な分散剤を用いることなく、粒径の異なるシリカ粒子を混在させることで基体表面との密着強度を高める工夫を施しているので、オーブン等の加熱器具を使用することなく、スプレーコーティングした下層膜を自然乾燥で基体表面に被着させることができる。従って、安全で、かつ作業の容易化をも図ることができる。
【0037】
(4)請求項4記載の本発明によれば、下層膜の上にコーティングされる光触媒膜に無機系帯電防止材(例えば、酸化錫)を混入することで、光触媒膜の機能劣化や塗り忘れ
に対する検査を一般作業者でも容易に行うことができる。即ち、表面抵抗計等の電気測定器具を使って基体表面の電位を測定することで、後述するように透明な光触媒膜の有無や劣化の程度を「見える化」することが可能となり、施設のメンテナンス作業が簡素化され費用削減の効果もある。
【0038】
(5)また、請求項5記載の本発明によれば、下層膜の存在により、その上にコーティングされる光触媒は、基体がどのような素材であれ、全て同じ組成(成分)と配合比のものを使うことが出来るので、熟練者でなくとも誰でも簡単かつ均質のコーティング作業を行うことができる。
【0039】
(6)請求項6記載の本発明によれば、光触媒剤を含まない下層膜は、異なる素材の基体表面に共通に被着することが出来、かつ、光触媒剤(例えば、酸化チタン粒子や酸化タングステン粒子)を含む上層膜は、下層膜がコーティングされたいずれの面にも共通に被着することができるので、基体素材の種類に応じてコーティング液を使い分けるという煩わしさを回避できるという効果がある。さらに、下層膜と上層膜のバインダーは共に同じシリカ粒子を共通に使用しているので、両者の密着性は極めて良好で、かつ安定している。
【0040】
(7)請求項7記載の本発明によれば、上層膜が無機系帯電防止材を含んでいるため、光触媒膜の機能チェックを簡単に行うことが出来るという効果が得られる。
【0041】
なお、二重コーティングと云えば、塗装分野では常套手段との認識が強いが、通常二重コーティング(二度塗り)と呼ばれるものは、密着性や耐久性、耐摩耗性、耐衝撃性等、コーティングの膜質に主眼を置いたものが一般的である。これに対して、本発明の二重コーティングは、熟練(専門)の作業者を要することなく、一般の作業者でも容易に、かつ正確にコーティングを施工出来るようにするために発想されたもので、従来の二重コーティングとは異質のコーティングである。
【0042】
すなわち、従来の二重コーティング技術が、2つの膜を積み重ねる技術であるのに対して、本発明のコーティングは、1つの膜を2回に分けて(分割して)成膜するという新たな知見に基づいてなされたものである。このため、本発明では、光触媒を入れないで1回目のコーティングを行い、しかる後、光触媒を入れて2回目のコーティングを行うという新規な方法が採用されている。このようにすることで、コーティングされるべき基体の素材(材質)や形状を問わず、あらゆる基体に対して同じ材料を用いて、同じ方法でコーティングすることが可能となる。
【0043】
この結果、人の出入りが激しく、ウィルス拡散の入り口となる空港施設において、一般の作業者でも容易に、かつ短い作業時間で施設内のあらゆる場所にウィルス感染予防剤を正確にコーティング施工できるという、これまでにない優れた効果を創出することができると言う点に注目すべきである。
【0044】
(8)請求項8記載の本発明によれば、コーティング液に帯電防止材を混入することで、表面抵抗計を用いた基体の表面抵抗の測定値からコーティング膜の有無を容易に判定することが可能となる。この結果、ナノレベルの薄膜で、かつ、透明なコーティング膜が塗布されているか否か、また、剥がれていないかどうかの確認を数値情報で可視化(見える化)することができ、特殊な装置を用いることなく一般作業者であっても容易に確認することができるという新たな効果を奏することが出来る。
【0045】
一般に、帯電防止材は、ほこりの吸着、あるいは、繊維や頭髪の痛み、さらには、電子機器の放電対策、火災や爆発等からの保護といった静電気の発生を防止することを目的として使用されているが、本発明は、このような静電気の発生防止のための帯電防止材としてではなく、コーティング膜の存否、及び機能劣化の有無の確認を目的とした新たな知見に基づいてなされたもので、それによって初めてコーティング膜の可視化(見える化)を実現したものである。
【0046】
(9)請求項9記載の本発明は、帯電防止材として使用する酸化錫の粒径を抗菌剤(例えば、酸化チタン)の粒径の半分以下にし、コーティング膜の表面に露出させることで抗菌効果を発揮する抗菌剤の表面露出を阻害することなく、帯電防止材をコーティング膜内に散在させることができる。これは、すなわち帯電防止材を膜表面に設けてほこりの吸着防止を意図した従来の技術思想とは異なり、敢えて帯電防止材を膜内に閉じ込め、抗菌効果を阻害することなくコーティング膜の可視化を意図した本発明によって初めて想起され得たものである。なお、帯電防止材の有無による表面抵抗の変化は、表面に露出する抗菌剤の下に帯電防止材(酸化錫)が存在していても十分に検出可能であることは確認済みである。
【0047】
(10)請求項10記載の本発明によれば、帯電防止材を混入したコーティング膜の表面抵抗を10Ω以下とすることで、後述する通り抗菌効果を損なうことなくコーティング膜の可視化が可能になるという効果を得ることが出来る。換言すれば、帯電防止材は静電気発生の防止ではなく、コーティング膜を可視化するために使用したものであり、抗菌効果が阻害されたり、抗菌効果の有無が確認できないようでは意味がない。そこで、表面抵抗の値と抗菌効果の関連性を確認すべく表面抵抗の値を変化させて、塗布したコーティング膜の表面をルミテスターでふき取り検査して菌の数を測定した結果、表面抵抗と抗菌効果に相互関係があることが判明した。結果、表面抵抗が10Ω以下となるようにコーティング液に配合される帯電防止材を調整することで、抗菌効果を損なうことなくコーティング膜の可視化を実現することができた。
【0048】
(11)請求項11記載の本発明には、下地(基体)の美観を損なうことなく、また、ヒータ等の乾燥器材を用いることなく簡易にコーティングが可能で、かつ、その視覚化が可能なコーティング膜の可視化方法が開示されている。特別な乾燥器材を用いることなく抗菌液をコーティングするには、自然乾燥が可能なスプレーコーティングが有用である。
さらに、塗布ムラや白濁等の原因となる霧化されたスプレー液の二次凝集や三次凝集を起こすことなくコーティングすることで基体の美観を保つ必要がある。これらを満足するためにはスプレーコーティングとして、螺旋力(トルネード)による吹付が可能なスプレーガンを用い、その条件としてスプレー圧(エア圧)が0.6MPA以上で、発射距離を基体表面から5cm乃至30cmとすることで、塗布ムラや白濁、あるいは、液だれや被着力の低下を引き起こすことなく可視化することが可能な適正なコーティングが実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【
図1】本発明の実施例1に関する光触媒コーティングの模式図である。
【
図2】光触媒がウィルスを不活性化するメカニズムを示す模式図である。
【
図4】本発明の実施例2に関する光触媒コーティングの模式図である。
【
図5】本発明の実施例3に関する光触媒コーティングの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下に、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。まず、
図2を参照して、光触媒がウィルスを不活性化するメカニズムについて説明する。
【0051】
図2に模式的に示すように、ウィルス1の構造は、核酸(DNAあるいはRNA)2と呼ばれる遺伝情報と、それを取り囲むカプシド(あるいは、エンベロープ)と呼ばれる膜体3からなることが一般に知られている。一方、基体4の表面に被着された光触媒コーティング膜5の表面に露出した酸化チタン6は、光合成の作用により活性酸素(ROS)を生成し、これが飛沫してくるウィルス1を破壊(不活性化)して基体4への付着を防止し、ウィルス感染の大半を占める接触感染を予防することができる。
【0052】
しかしながら、前述したようにウィルスは細菌に比べてサイズが約1/1000(数十nm乃至数百nm)と非常に小さいため、光触媒として機能する酸化チタン6も微細なウィルスが入り込む隙間を作らないようにナノレベルのものが要求される。さらに、光触媒効果を有効に発揮させるためには、酸化チタン6をコーティング膜5の表面に露出させて光合成が起きやすいように成膜する必要がある。
【0053】
このようなナノレベルの酸化チタンを含有する光触媒膜をコーティングするには、コーティングすべき基体(下地)の素材(材質)に応じて、それぞれ異なる組成比(成分比)の触媒液を作らなければならない。特に、空港施設内には、コーティングの対象となる基体の素材として、布、木材、金属、プラスチック、合成樹脂、ゴム等、様々な種類があり、それらの表面をナノレベルで捉えると、どれも異なる表面状態を有している。従って、
図3に示すように、素材の異なる基体(A,B,C,D)に対して、最も凹凸の少ない基体Cに併せて厚さT1でコーティングを行うと、他の基体(A,B,D)の表面にはコーティングされない部分が生じてしまい、ウィルスを確実に破壊することが出来なくなる。一方、これを避けるために、最も凹凸の大きい基体Bに合わせて厚さT2でコーティングを施すと、基体B以外の基体(A、C、D)は膜厚が厚すぎて酸化チタンを表面に露出させることが出来なくなる。
【実施例1】
【0054】
以上の点に鑑みてなされた本発明の第1の形態におけるコーティング方法は、光触媒膜を2回に分けてコーティングするものである。まず、1回目のコーティングでは、ナノレベルのシリカ粒子を含有するバインダー液で基体表面にスプレーコーティングを行う。この段階におけるバインダー液は、光触媒機能を持つ酸化チタンを含んではいない。1回目のコーティングで基体表面に塗布されたバインダー液を自然乾燥させて1層目の膜を成膜する。次に、乾燥した1層目の膜の表面に、酸化チタン(あるいは、酸化タングステン、もしくは、酸化チタンと酸化タングステンの混合)を混入した光触媒液をコーティングする。これが、2回目のコーティングとなる。この2回目のコーティングにおいて、酸化チタンを混入した光触媒液のバインダーとして使用されるのは、1回目のコーティングで使用されたシリカ粒子を含有するバインダーと同じもので良い。
【0055】
この方法によれば、光触媒コーティング膜の下層部(1層目)には酸化チタンを含有しない膜が形成され、上層部(2層目)には酸化チタンを含有する二重構造の膜が形成される。酸化チタンの粒径は30nm乃至50nm程度であれば、十分な光触媒効果を得ることが可能である。なお、酸化チタンの形状は、球形に限定されることなく円柱形やその他の形状であってもよい。また、バインダーとして使用されるシリカ粒子は、酸化チタンよりも小さい粒径(例えば、5nm乃至30nm)のものであればよい。かかる粒径のシリカ及び酸化チタンを用いて、1層目(下層部)の膜厚を20nm乃至40nm、2層目(光触媒コーティング膜)の膜厚を約100nmでコーティングすると、
図1の模式図に示すような膜構造の光触媒膜が得られる。
【0056】
図1において、1層目の膜(下層膜)7は、素材の異なる基体(A、B、C、D)に対して共通のバインダー液を使用して基体表面に第1のスプレーコーティングを行うことで製膜されたものである。使用されるバインダー液には、5nm乃至30nmの範囲で互いに粒径の異なるナノ化されたシリカ粒子が混在して含有されている。粒径の異なるナノ化されたシリカ粒子を混在させる理由は、粒径の大きなシリカ粒子間を粒径の小さいシリカ粒子で充填(補間)させることで、基体表面への接触面積を増大化して接着力(密着力)を高めるためである。
【0057】
成膜された下層膜7の構造の一部を破線8で囲んで図示したように、粒径の異なるシリカ粒子9が互いに補間し合って基体4表面の凹凸に沿って隙間なく埋め込まれ、基体表面とシリカとの接触面積を増大させることで強固な密着性を得ていることがわかる。
【0058】
また、通常バインダー液には、シリカ粒子を分散させるための分散剤が必要となるが、本発明では、粒径の異なるシリカ粒子9を混在させることで、分散剤を使用することなくスプレーの圧力で大小のシリカ粒子を凹凸内に叩きつけて付着させようとするものである。このため、バインダー膜を固化するために従来必要とされていた分散剤を蒸発させるための加熱処理を行う必要がなくなる。
【0059】
なお、1層目の下層膜は光触媒としての酸化チタンを含んでいないため、チタンの表面露出を考慮する必要はない。従って、基体4がどのような素材(材質)であっても、同じバインダー液でコーティングすることができるので、専門的な経験のない一般の作業者であっても容易かつ確実にコーティング作業を施工することができることが理解されよう。
【0060】
次に、粒径の異なるシリカ粒子を含有するコーティング液のスプレー塗布方法について説明する。本実施例で開示されるスプレー塗布方法は、光触媒剤を含有しない1層目の下層膜7、及び光触媒剤(酸化チタン)を含有する2層目の上層膜10のコーティングに共通に使用することが出来る。
【0061】
空港施設のように人の出入りが激しく、作業エリアや作業時間が制約される場所では、大掛かりな設備を搬入して作業を行うことは望ましくない。故に、出来る限り人の邪魔にならないような作業であって、かつ、熟練者を要することなく一般の作業者でも可能な方法であることが望ましい。この条件を満たすために、本発明では、スプレーガンのような携帯に便利で人の邪魔にならない装置を使用する方法を提供するものである。
【0062】
ここで、高度な専門経験のない一般作業者が簡単かつ確実にコーティングするには、スプレーガンのエア圧と距離の適正値を定めておく必要がある。この条件を定めるにあったて注意すべきことは、ナノレベルの薄膜が透明性と強固な付着力を有し、かつ塗布ムラや液だれが生じないようにすることである。
【0063】
通常のスプレーガンのように、サイドエアを使ってスプレー液の噴射方向に対して横方向から風をあてて霧化するメカニズムでは、液濃度が高くなった状態で塗布されるため、二次凝集や三次凝集が起きやすく塗布ムラや白濁を引き起こす原因となる。従って、スプレー液にドリルのような螺旋力を与えて基体表面に叩きつけるメカニズムで微粒子化した液を塗布する方式を採用したスプレーガンが好適である。実験では、圧力の調整が可能で螺旋力で叩きつけて塗布する機能を有するトルネーダスプレーガン(例えば、有限会社ガリュー社製のヴォルテクサーX‐1(商品名))を使用した。
【0064】
トルネードスプレーガン(A)とサイドエアで霧化するスプレーガン(B)とを使用してエア圧と噴射距離を変化させてスプレー塗布した結果、下表1の結果が得られた。
【0065】
【表1】
【0066】
トルネードスプレーガンAとサイドエアスプレーガンBの大きな違いは、エア圧にある。
Aは螺旋力で打撃を与えて塗布するため高いエア圧で塗布することが出来るが、サイドエアガンの推奨エア圧は0.15乃至0.2MPAと低く、打撃力が弱い。サイドエアガンBのエア圧をトルネードガンAと同じように高く設定するとエア圧が高すぎて液を霧化することができない。また、トルネードガンAもエア圧を0.6MPA未満にすると打撃力が弱く液だれが生じやすい。故に、トルネードスプレーガンのように高いエア圧で噴射可能なスプレーを使用して、そのエア圧を0.6MPA以上に設定することが望ましい。
【0067】
一方、スプレーガンと塗布面との距離(噴射距離)は、5cm未満では液だれが発生しやすく、30cmより遠いと液が塗布される前に乾燥してしまい適正に塗布することができない。従って、その距離は、5cm乃至30cmの間に設定する必要がある。なお、距離が遠くなると液を冷却する必要があるため、常温でのコーティング作業を考慮すると、好ましくは5cm乃至20cmに設定する方が良い。
【0068】
さらに、塗布面に段差のある重ね目部分や密着性の弱いアクリル樹脂のような基体にコーティングする場合、サイドエアスプレーガンのように高いエア圧を確保できないスプレーコーティングでは、重ね目に塗布ムラが発生したり、密着力が弱いため擦ると剥がれ落ちるという欠点がある。
【0069】
なお、エア圧が低いサイドエアスプレーガンであっても距離10cmから噴射すれば一応適正なコーティングが可能ではあるが、一般作業者がコーティングする場合、10cmの距離を保ち続けるのは困難であるため、高いエア圧のスプレーガンを使用することで作業にゆとり(自由度)を持たせることが望ましいと云える。
【0070】
2層目(上層)の膜10は、1層目の下層膜7と同じナノ化された粒径の異なるシリカ粒子(図示せず)をバインダー剤として含み、さらに光触媒機能のある酸化チタン(もしくは、酸化タングステン、あるいは、酸化チタンと酸化タングステンの混合でも可)を含有している。酸化チタンの粒径よりも小さい粒径のシリカ粒子を採用することで、シリカ粒子に邪魔されることなく酸化チタン6を膜の表面に効果的に露出させることができる。ここで、1層目の下層膜7は、コーティング後、既に自然乾燥により固化されているので、2層目の膜10をコーティングする際、コーティング液に含まれている酸化チタンが1層目の膜に入り込むこと無く、2層目の膜内に集約させることができる。その結果、本実施例のように2回に分けてコーティング作業を施工しても、光触媒効果を損なう恐れはない。
【0071】
なお、施設内の蛍光灯で光触媒機能を持続させるために、酸化チタン(もしくは、酸化タングステン、あるいは、酸化チタンと酸化タングステンの混合)に鉄、銅、窒素、硫黄等をドープしても良い。また、暗所において光触媒作用を励起するために、白金や酸化銀の金属イオンをドープしても良い。ここで、バインダーとして使用されるシリカ粒子は白金や銀よりも粒径が小さいため、光触媒機能が阻害されることはない。
【実施例2】
【0072】
空港施設内には、床面や壁面のように同一素材からなる面積が広い箇所と、手荷物カートやベビーカーのように異種素材の組み合わせ(持ち手が合成樹脂、フレームが金属、タイヤがゴムのような)からなるものとが存在する。このように、異なる素材が比較的小さな面積で連続する基体に対して、コーティングのスプレー圧を素材毎に調節するのが煩わしい場合には、
図4に示すように基体表面の凹凸が最も大きい基体にスプレー圧を調節してコーティングしてもよい。このようにすることで、1層目の膜(下層膜)7の表面に平坦性を持たせることが出来るので、異なる素材間の境界部(重ね目)であっても2層目の光触媒膜10を容易かつ適切にコーティングすることができる。
【0073】
以上のように、光触媒剤を含まない溶液による1回目のコーティングと光触媒剤を含む溶液による2回目のコーティングとを分けて施工することで、ウィルス感染の予防効果を損なうことなく一般作業者であっても容易かつ適正にコーティング施工を行うことができるという優れた効果を奏することができる。また、異なる粒径のシリカ粒子を混在させたバインダー液を使用し、そのスプレー圧(エア圧)と噴射距離とを作業ルールとして定めることで、場所と人を選ぶことなく一般作業者であっても品質ムラを生じることなく均一なコーティングを施工できるという効果が得られる。
【実施例3】
【0074】
光触媒をコーティングするに際して、コーティング膜の透明性は重要な要件の一つである。特に、ナノ化された酸化チタンやシリカを含む超微細な膜をコーティングする場合、外観目視では膜の存在確認が難しいと言う問題がある。また、コーティングされた膜が光触媒剤を含有している場合、そのウィルス感染予防効果が持続しているか否かを判断することが難しいと言う問題もある。特に、本発明のように光触媒膜を2度に分けてコーティングする場合、対象とする基体表面に1層目の膜がコーティングされているか否かの判定、及びコーティングした光触媒膜が時間経過と共に劣化していないかどうかの確認が必要となる。これらの問題を解決するのが、コーティング膜の可視化である。そこで、本発明では、通常静電気対策として使用されている帯電防止材をコーティング膜の可視化に利用するという新たな発想でこの問題を解決した。
【0075】
本実施例によれば、抗菌剤や光触媒剤(酸化銀や酸化チタン)が含有されているコーティング液に上記の帯電防止材を予め混入しておくことで、塗布後のコーティング膜の表面抵抗を測定して数値化することができる。従って、この数値を見てコーティング膜の有無、あるいは、抗菌効果の有無を一般作業であっても容易に判断することができ、コーティング膜の可視化が可能となる。
【0076】
本実施例では、
図5に示すように最上層となる2層目(光触媒膜)の膜10に無機系の帯電防止材(例えば、酸化錫)11を混入した。このような帯電防止材を含むコーティング膜は、膜表面の電位(帯電性)を表面抵抗器等の周知の測定器具を用いて容易に計測することができる。すなわち、表面に帯電が確認されなければ、帯電防止材が有効に機能しており、酸化チタンによる光触媒作用も維持されていることが分かる。一方、帯電が確認された時は、2層目のコーティングが施工されていないか、あるいは、コーティングされた光触媒膜が劣化もしくは剥がれ落ちた可能性があると判断することができる。この場合には、2層目の膜をコーティングするか、あるいは、新たに1層目と2層目の膜をコーティングすればよい。
【0077】
ただし、ここで重要なのは、帯電防止材によって抗菌効果やウィルスの不活性化が損なわれないようにしなければならないことである。
【0078】
本実施例では、ナノ化されたシリカ粒子を含むバインダー溶液に帯電防止材として酸化錫11を混入し、その粒径を機能性抗菌材料である酸化チタンや酸化銀よりも小さいサイズとした。こうすることで、酸化チタンの表面露出性を損なうことなく、また、酸化銀による抗菌効果や光合成反応効果を低下させることなくコーティング膜の表面抵抗を測定することが可能となった。さらに、表面抵抗と抗菌効果の関連性について実証実験を行った結果、下表2のような結果が得られた。
【0079】
【表2】
【0080】
表2において、抗菌コートが施されていない未塗布(帯電防止材未混入)の基体表面の表面抵抗は12Ωで、勿論、抗菌性もないため、ルミテスターで菌の数を測定しても数値は高くウィルス感染予防効果は期待できない。一方、酸化錫の含有量を変えて抗菌コートされた塗布膜の菌の数を同様にルミテスターで測定し、菌の数が半分以下に減少したものを○、抗菌効果が認められると判定されたものを△、菌の数がほぼ同じか増えている場合を×として図表化すると、表面抵抗値と抗菌効果との間に相互関係があることが判明した。すなわち、帯電防止効果が高いほど抗菌効果も高く、帯電防止効果の減少と共に抗菌効果も減少していることが理解できる。
【0081】
以上のように、帯電防止材を混入した抗菌コーティングを施工することで、抗菌機能が失われることはなく、かつ、表面抵抗の値と抗菌効果が比例関係にあるという結果を利用することで、コーティング膜を可視化することができる。従って、一般作業者であっても、この可視化されたデータに基づいてコーティング膜の有無、及び、抗菌効果の持続性のチェックを容易に判定することが可能となる。これにより、従来定期的に行う必要があったコーティング作業や日々のアルコール消毒作業から作業者を開放し、人、金、時間を大幅に節約することができるので、その経済的価値は極めて大きいと云える。
【0082】
なお、基体4の素材が導電性の金属の場合には、上記の測定では確認することができないが、ナノ化されたシリカの親水性を利用して表面に水をかけることで光触媒膜の存在の有無を確認することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0083】
以上のように、シリカ粒子と酸化チタン粒子とを含有するコーティング液を使用することで、空港施設内のあらゆる場所のあらゆる対象物に対して同じコーティング方法と同じ光触媒膜を共通に適用することが可能である。また、空港以外の施設(病院、保育所、公的機関、電車やバス等の輸送機関、公共施設等々)にも本発明が適用できることは明らかである。
【0084】
また、上述したように、光触媒剤として、酸化チタンの他に、酸化タングステン、もしくは、酸化チタンと酸化タングステンの混合剤を用いても同様の効果を得ることができ、かつ、コーティング方法やコーティング膜の可視化においても、上述した方法と同様の方法を適用することが出来る。更に、蛍光灯での光触媒効果を持続させるために、鉄、銅、窒素、もしくは、硫黄をドーピングしたり、暗所においても光触媒作用を励起させるための酸化銀や白金をドーピングしたコーティング剤を使用しても同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0085】
1・・ウィルス、2・・核酸、3・・カプシド(エンベロープ)膜体、4・・基体、5・・光触媒コーティング膜、6・・酸化チタン、7・・下層膜、8・・下層膜の部分構造、9・・シリカ粒子、10・・光触媒(上層)膜、11・・無機系帯電防止材(酸化錫)、ROS・・・活性酸素