【実施例】
【0072】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるもので
はない。
【0073】
<試験例1> ステンレス鋼での検討
図6に示すとおり、ビードカットの形状がそれぞれ異なる4種類の溶接鋼管1について、溶接鋼管を拡管加工したときの溶接鋼管1の加工割れの程度を評価した。
【0074】
〔素管の作製〕
供試材は、外径が25.4mmであり、板厚が0.8mmであるステンレス鋼レーザー溶接鋼管である。厚さ一定のステンレス鋼板を管状に丸め、その継目をレーザー溶接した。レーザー溶接後の溶接部2の幅は、2mmとした。
【0075】
続いて、溶接部2を研磨した後にエッチングを行い、溶接部2の組織を光学顕微鏡で観察した。柱状晶組織の領域が認められ、その領域幅の二等分線上を溶接部2の中央Oとした。
【0076】
試験例1−1の溶接鋼管1は、ビードカット(アンダービードカット)を施していない素管である。
【0077】
〔熱影響部3と母材部4との境界の確定〕
[母材部4のビッカース硬さの測定]
試験例1−1について、
図7に示すように、溶接部2の中央Oから管周方向Cの時計回りに+90°離れた位置P
1と、溶接部2の中央Oから管周方向Cの時計回りに−90°離れた位置(溶接部2の中央Oから管周方向Cの反時計回りに90°離れた位置)P
2との2箇所でビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さの測定法は、JIS Z2244:2009にしたがい、ビッカース荷重は、0.1kgとした。その結果、P
1及びP
2でのビッカース硬さの平均値は、157HVであった。このビッカース硬さを、母材部4のビッカース硬さとした。
【0078】
[溶接部2の中央Oの周囲のビッカース硬さの測定]
試験例1−1について、溶接部2の中央Oから0.3mm間隔でビッカース硬さを測定した。結果を
図8に示す。
【0079】
図8の横軸は、溶接部2の中央Oから測定位置までの管周方向Cの距離(d)を示している。単位は、mmである。溶接部2の中央Oが「0」であり、溶接部2の中央Oから管周方向Cの時計回りの方向を正(プラス)とし、溶接部2の中央Oから管周方向Cの反時計回りの方向を負(マイナス)としている。
【0080】
図8の縦軸は、横軸の測定位置におけるビッカース硬さ(単位:HV)を示している。
【0081】
[境界の確定]
溶接部2の中央Oのビッカース硬さは、202HVであり、溶接部2のビッカース硬さは、母材部4のビッカース硬さに対して1.29倍であった。
【0082】
そして、溶接部2の中央Oから離れるにつれて、ビッカース硬さは低くなり、溶接部2の中央Oから3mm以上離れた箇所では、母材部4のビッカース硬さとの差が2HV以内に収束していた。その結果、熱影響部3と母材部4との境界は、溶接部2の中央Oから3mm離れた位置であることが確認された。
【0083】
〔試験体の作製〕
図6に戻る。素管(試験例1−1)の内面側に、
図5の(B)〜(D)に示す形状のビードカット(アンダービードカット)を施し、試験例1−2〜1−4の溶接鋼管1を得た。
【0084】
試験例1−1は、素管のままであり、ビードカットが施されていない。
【0085】
試験例1−2は、素管の内面側に、ビードカット幅の長さ(溶接部2および熱影響部3における管周方向の距離(D))が2mm、溶接部2の中央Oでの深さが0.15mmになるようにビードカットが施されている。試験例1−2では、溶接部2の略全体にわたってビードカットが施されている一方、母材部4にはビードカットが施されていない。
【0086】
試験例1−3は、素管の内面側に、ビードカット幅の長さ(溶接部2および熱影響部3における管周方向の距離(D))が3mm、溶接部2の中央Oでの深さが0.1mmになるようにビードカットが施されている。試験例1−3では、溶接部2に加え、熱影響部3の略全体にわたってビードカットが施されている。一方、母材部4にはビードカットが施されていない。
【0087】
試験例1−4は、素管の内面側に、ビードカット幅の長さ(溶接部2および熱影響部3における管周方向の距離(D))が6mm、溶接部2の中央Oでの深さが0.1m7mになるようにビードカットが施されている。試験例1−4では、溶接部2に加え、熱影響部3の略全体、及び母材部4の一部にわたってビードカットが施されている。
【0088】
〔拡管加工性に関する評価値の算出〕
試験例1−1〜1−4について、溶接部2及び熱影響部3における破壊強度を比較するため、試験例1−1〜1−4のそれぞれについて、溶接部2及び熱影響部3の板厚及びビッカース硬さを測定した。結果を
図9〜
図13に示す。
【0089】
図9は、試験例1−1〜1−4のそれぞれにおける、溶接部2及び熱影響部3の板厚の測定結果である。
【0090】
図9の横軸のパラメータは、
図8の横軸と同様に、溶接部2の中央Oから測定位置までの管周方向Cの距離(d)を示している(単位mm)。「0」、正(プラス)、負(マイナス)についても同様である。
【0091】
図9の縦軸は、横軸に相当する測定位置での板厚(単位:mm)である。
【0092】
図9において、正方形は、試験例1−1の測定結果を示し、ひし形は、試験例1−2の測定結果を示す。また、三角形は、試験例1−3の測定結果を示し、丸は、試験例1−4の測定結果を示す。
【0093】
図10〜
図13は、溶接部2及び熱影響部3の破壊強度(Fs)の測定結果を示すグラフである。また、
図10〜
図13は、それぞれの測定位置での破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)を示すグラフでもある。
【0094】
図10は、試験例1−1について図示したものであり、
図11は、試験例1−2について図示したものである。また、
図12は、試験例1−3について図示したものであり、
図13は、試験例1−4について図示したものである。
【0095】
特に、
図13は、各測定位置における破壊強度(Fs)と破壊強度(Fm)との差(ΔF)が小さい。そのため、溶接部2及び熱影響部3の破壊強度(Fs)の測定結果を示すグラフと、各測定位置における破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)を示すグラフとを2つの図に分けている。
図12の(A)は、前者を示し、
図12の(B)は、後者を示す。
【0096】
図10〜
図13の横軸は、
図8の横軸と同様に、溶接部2の中央Oから測定位置までの管周方向Cの距離(d)を示している(単位mm)。「0」、正(プラス)、負(マイナス)についても同様である。
【0097】
図10〜
図13の縦軸は、横軸の測定位置における破壊強度(Fs)(単位:mm×HV)、あるいは、その測定位置での破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)(単位:mm×HV)を示している。
【0098】
図10〜
図13において、正方形は、横軸に相当する測定位置での破壊強度(Fs)を示す。また、ひし形は、その測定位置での破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)を示す。
【0099】
図10〜
図13を用いて、溶接部2及び熱影響部3の破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)に0.3mmを掛けた積(ΔF×0.3)の総和が求められる。
【0100】
試験例1−1における総和は、
図10の領域S
1−1の面積であり、120である。試験例1−2における総和は、
図11の領域S
1−2の面積であり、60である。試験例1−3における総和は、
図12の領域S
1−3の面積であり、30である。試験例1−4における総和は、
図13の(B)の領域S
1−4の面積であり、6である。
【0101】
また、これらの総和を、溶接部2および熱影響部3における管周方向の距離(D)で除することで、評価値(F)が求められる。試験例1では、溶接部2および熱影響部3における管周方向の距離(D)は、6mmである。そのため、評価値(F)を求めるにあたっては、領域S
1−1〜S
1−4の面積を、それぞれ6で割ればよい。
【0102】
結果、試験例1−1における評価値(F)は、20である。試験例1−2における評価値(F)は、10である。試験例1−3における評価値(F)は、5である。試験例1−4における評価値(F)は、1である。
【0103】
〔拡管加工性の評価〕
試験例1−1〜1−4の溶接鋼管1をそれぞれ10本ずつ準備した。そして、それぞれの溶接鋼管1について、
図14に示す寸法のポンチ20を溶接鋼管1の一端に圧入し、溶接鋼管1を拡管し、加工割れの状態を確認した。拡管するにあたり、潤滑油としてプレス油を用いた。
【0104】
図14に示す寸法のポンチ10を用いると、拡管後の溶接鋼管1の一端(径が大きい方)の外径は、50.8mm(=ポンチ10の大径+管厚×2)である。拡管前の溶接鋼管1の外径は、25.4mmであるため、拡管率(拡管後の外径/拡管前の外径×100)は、100%である。
【0105】
加工割れの状態を表1に示す。
【表1】
【0106】
表1より、母材がステンレス鋼からなる場合、評価値が10未満になるようにビードカットを付けることで、拡管率100%で拡管しても、加工割れを抑制できることが確認された。
【0107】
<試験例2> 普通鋼での検討
試験例1での供試材は、外径が25.4mmであり、板厚が0.8mmであるステンレス鋼レーザー溶接鋼管であった。試験例2では、供試材を、外径が25.4mmであり、板厚が0.8mmである機械構造用炭素鋼高周波溶接鋼管として、試験例1と同様の評価を行った。
【0108】
〔素管の作製〕
厚さ一定の機械構造用炭素鋼板を管状に丸め、その継目を高周波溶接した。高周波溶接後の溶接部2の幅は、2mmとした。
【0109】
続いて、試験例1と同様の手法にて溶接部2の中央Oを定めた。
【0110】
試験例2−1の溶接鋼管1は、ビードカット(アンダービードカット)を施していない素管である。
【0111】
〔熱影響部3と母材部4との境界の確定〕
[母材部4のビッカース硬さの測定]
試験例2−1について、試験例1と同様の手法にて母材部4のビッカース硬さを測定した。その結果、P
1及びP
2でのビッカース硬さの平均値は、112HVであった。このビッカース硬さを、母材部4のビッカース硬さとした。
【0112】
[溶接部2の中央Oの周囲のビッカース硬さの測定]
試験例2−1について、溶接部2の中央Oから0.3mm間隔でビッカース硬さを測定した。結果を
図15に示す。
【0113】
[境界の確定]
溶接部2の中央Oのビッカース硬さは、HV201であり、溶接部2のビッカース硬さは、母材部4のビッカース硬さに対して1.79倍であった。
【0114】
そして、溶接部2の中央Oから離れるにつれて、ビッカース硬さは低くなり、溶接部2の中央Oから3mm以上離れた箇所では、母材部4のビッカース硬さとの差が2HV以内に収束していた。
【0115】
その結果、母材部4と熱影響部3との境界は、溶接部2の中央Oから3mm離れた位置であることが確認された。
【0116】
〔試験体の作製〕
試験例1と同様、素管(試験例2−1)の内面側に、
図6の(B)〜(D)に示す形状のビードカット(アンダービードカット)を施し、試験例2−2〜2−4の溶接鋼管1を得た。試験例2−1〜2−4の板厚(mm)と管周方向Cの距離(d)との関係は、
図9と同様であった。
【0117】
〔拡管加工性の評価値の算出〕
試験例2−1〜2−4について、試験例1と同様の手法にて溶接部2及び熱影響部3のビッカース硬さを測定した。そして、
図9で示した板厚と、ビッカース硬さの測定結果とを用いて、溶接部2及び熱影響部3の破壊強度(Fs)を計算した。結果を
図16〜
図19に示す。
【0118】
図16〜
図19は、溶接部2及び熱影響部3の破壊強度(Fs)の測定結果を示すグラフである。また、
図16〜
図19は、各々の測定位置での破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)を示すグラフでもある。
【0119】
図16は、試験例2−1について図示したものであり、
図17は、試験例2−2について図示したものである。また、
図18は、試験例2−3について図示したものであり、
図19は、試験例2−4について図示したものである。
【0120】
図19は、
図13と同様、2つのグラフに分けている。
図19の(A)は、溶接部2及び熱影響部3の破壊強度(Fs)の測定結果を示すグラフであり、
図19の(B)は、各々の測定位置での破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)を示すグラフである。
【0121】
図16〜
図19を用いると、溶接部2及び熱影響部3における各々の測定位置での破壊強度(Fs)と母材部4の破壊強度(Fm)との差(ΔF)に0.3mmを掛けた積(ΔF×0.3)の総和を、試験例1と同様の手法によって求められる。
【0122】
試験例2−1における総和は、
図16の領域S
2−1の面積であり、210である。試験例2−2における総和は、
図17の領域S
2−2の面積であり、150である。試験例2−3における総和は、
図18の領域S
2−3の面積であり、120である。試験例2−4における総和は、
図19の(B)の領域S
2−4の面積であり、6である。
【0123】
また、これらの総和を、溶接部2および熱影響部3における管周方向の距離(D)で除することで、評価値(F)が求められる。試験例2においても、距離(D)は、6mmである。そのため、評価値(F)を求めるにあたっては、領域S
2−1〜S
2−4の面積を、それぞれ6で割ればよい。
【0124】
結果、試験例2−1における評価値(F)は、35である。試験例2−2における評価値(F)は、25である。試験例2−3における評価値(F)は、20である。試験例2−4における評価値(F)は、1である。
【0125】
〔拡管加工性の評価〕
試験例2−1〜2−4の溶接鋼管1をそれぞれ10本ずつ準備した。そして、試験例1と同様の手法にて溶接鋼管1を拡管し、加工割れの状態を確認した。結果を表2に示す。
【表2】
【0126】
表2より、母材部4が普通鋼からなる場合、評価値が25未満になるようにビードカットを付けることで、拡管率100%で拡管しても、加工割れを抑制できることが分かる。
【0127】
以上のことから、評価値(F)が一定の範囲内になるようにビードカット処理を行うことで、溶接鋼管を拡管率100%で拡管加工しても、加工割れが生じないことが確認された。また、この溶接鋼管は、高い拡管率が求められる点で、車両の燃料タンクに接続される給油管に有効である。