(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態に係る複合酸化物は、リチウム、モリブデン及び元素(A)を含み、上記元素(A)が、ホウ素、炭素、窒素、フッ素、ケイ素、リン、硫黄、塩素、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、臭素、スズ、アンチモン、テルル、ヨウ素又はこれらの組み合わせであり、上記モリブデンと上記元素(A)との合計含有量に対する上記元素(A)の含有量が1モル%以上50モル%未満である複合酸化物である。
【0015】
当該複合酸化物は、非水電解質蓄電素子の正極活物質に用いた場合に、この非水電解質蓄電素子の放電容量維持率を高めることができる。この理由は定かでは無いが、以下の理由が推測される。通常、モリブデンを含む酸化物を正極活物質に用いた場合、モリブデンの酸化還元反応に伴う膨張収縮によるストレスによって、酸化物の劣化が生じやすい。一方、上記元素(A)は、酸素との共有結合性が強い元素であり、かつ正極活物質として使用する場合の通常の電位範囲(例えば、1.2V(vs.Li/Li
+)以上4.4V(vs.Li/Li
+)以下)において酸化還元反応が生じ難い元素である。上記元素(A)は、いずれもオールレッド・ロコウ(Allred−Rochow)の電気陰性度が1.7以上の元素であることから、酸素との共有結合性が高い。このような元素(A)を含む当該複合酸化物においては、構造中にAOxユニットが組み込まれ、このユニットは充放電時のモリブデンの酸化還元反応の際に構造が変化し難い。このため、上記ストレスが緩和され、劣化の進行が抑制されるため、放電容量維持率が高まると推測される。さらに、当該複合酸化物は、酸素との共有結合性の高い元素(A)を含有しているため、熱的安定性に優れ、非水電解質蓄電素子の正極活物質に用いた場合における安全性等に優れる。さらに、当該複合酸化物においては、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対する元素(A)の含有量が1モル%以上50モル%未満であることなどから、非水電解質蓄電素子の正極活物質に用いた場合に、この非水電解質蓄電素子が十分な放電容量を有することができる。
【0016】
当該複合酸化物は、下記式(1)で表されることが好ましい。
Li
1+xMo
1−yA
yO
z ・・・ (1)
(式(1)中、Aは、B、C、N、F、Si、P、S、Cl、Zn、Ga、Ge、As、Se、Br、Sn、Sb、Te、I又はこれらの組み合わせである。0≦x、0.01≦y<0.5、0<zである。)
【0017】
当該複合酸化物が、上記式(1)で表される組成を有する場合、正極活物質として用いたときの非水電解質蓄電素子の放電容量維持率をより高めることができる。
【0018】
当該複合酸化物が、空間群Fm−3mに帰属可能な結晶構造を含むことが好ましい。当該複合酸化物が、上記結晶構造を含む場合、正極活物質として用いたときの非水電解質蓄電素子の放電容量維持率をより高めることができる。この理由は定かでは無いが、上記結晶構造が、上述したモリブデンの酸化還元反応の際のストレスをより緩和できる構造であることによるものと推測される。
【0019】
本発明の一実施形態に係る正極活物質は、当該複合酸化物を含有する非水電解質蓄電素子用の正極活物質である。当該正極活物質は、当該複合酸化物を含有するため、非水電解質蓄電素子の放電容量維持率を高めることができる。また、当該正極活物質を用いた非水電解質蓄電素子は、十分な放電容量を有することができる。
【0020】
本発明の一実施形態に係る正極は、当該正極活物質を有する非水電解質蓄電素子用の正極である。当該正極は、当該正極活物質を有するため、非水電解質蓄電素子の放電容量維持率を高めることができる。
【0021】
本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子は、当該正極を有する非水電解質蓄電素子である。当該非水電解質蓄電素子は、高い放電容量維持率を有する。
【0022】
本発明の一実施形態に係る複合酸化物の製造方法は、一種又は複数種の酸化物をメカノケミカル法により処理することを備え、上記一種又は複数種の酸化物が、リチウム、モリブデン及び元素(A)を含み、上記元素(A)が、ホウ素、炭素、窒素、フッ素、ケイ素、リン、硫黄、塩素、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、臭素、スズ、アンチモン、テルル、ヨウ素又はこれらの組み合わせである複合酸化物の製造方法である。当該製造方法によれば、非水電解質蓄電素子の正極活物質に用いた場合に、この非水電解質蓄電素子の放電容量維持率を高めることができる複合酸化物を製造することができる。また、当該製造方法によれば、合成が容易であり、また、不純物が少ない複合酸化物を得ることができる。
【0023】
以下、本発明の一実施形態に係る複合酸化物、その製造方法、正極活物質、正極、及び非水電解質蓄電素子について、順に詳説する。
【0024】
<複合酸化物>
本発明の一実施形態に係る複合酸化物は、リチウム(Li)、モリブデン(Mo)及び元素(A)を含む。
【0025】
上記元素(A)は、ホウ素(B)、炭素(C)、窒素(N)、フッ素(F)、ケイ素(Si)、リン(P)、硫黄(S)、塩素(Cl)、亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)、ヒ素(As)、セレン(Se)、臭素(Br)、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、テルル(Te)、ヨウ素(I)又はこれらの組み合わせである。上記元素(A)は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。上記元素(A)の中でもオールレッド・ロコウの電気陰性度が2.0以上であるホウ素、炭素、窒素、フッ素、リン、硫黄、塩素、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、臭素、テルル及びヨウ素が好ましい。また、ホウ素、炭素、窒素、ケイ素、リン、硫黄及びゲルマニウムも好ましく、炭素、リン及びゲルマニウムがさらに好ましい。これらの元素を用いることで、非水電解質蓄電素子の放電容量維持率をより高めることができる。また、上記元素(A)としては、ホウ素、炭素、窒素、ケイ素、リン、硫黄又はこれらの組み合わせであることも好ましい。これらの比較的入手容易な元素を用いることで、当該複合酸化物の製造コストを抑えることができる。また、元素(A)としては、ホウ素、炭素、窒素、フッ素、ケイ素、リン、硫黄、塩素、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、臭素、スズ、テルル及びヨウ素も好ましい。これらの毒性が低い元素を用いることで、安全性を高めることなどができる。
【0026】
当該複合酸化物において、上記モリブデンと上記元素(A)との合計含有量に対する上記元素(A)の含有量の下限は、1モル%であり、5モル%が好ましく、10モル%がより好ましく、15モル%がさらに好ましいこともある。元素(A)の含有量を上記下限以上とすることで、放電容量維持率を高めることができる。
【0027】
上記モリブデンと上記元素(A)との合計含有量に対する上記元素(A)の含有量は、50モル%未満であるが、この含有量の上限は、45モル%が好ましく、35モル%がより好ましいことがあり、25モル%がさらに好ましいこともあり、15モル%がよりさらに好ましいこともある。元素(A)の含有量を上記上限以下とすることで、放電容量を大きくすることや、放電容量維持率をより高めることなどができる。
【0028】
当該複合酸化物におけるリチウムの含有量としては、特に限定されない。充放電によってリチウムの組成比率が大きく変動すること、放電末状態では合成時よりもリチウムの組成比率が大きくなる可能性があること、合成の際にリチウム原料を理論組成比率よりも過剰に加えることが一般的に行われることなどから、当該複合酸化物におけるリチウムの含有量は、正極活物質としての性能等に大きな影響を与えるものでは無い。当該複合酸化物におけるリチウムの含有量の下限としては、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対して、100モル%であってよく、110モル%であってもよい。一方、このリチウムの含有量の上限としては、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対して、300モル%であってよく、200モル%であってもよい。
【0029】
当該複合酸化物における酸素の含有量としては、特に限定されず、通常、他の元素の組成比や他の元素の価数などから決定される。但し、酸素不足又は酸素過多の酸化物となる場合もあるため、他の元素の組成及び価数のみで定まるものでもない。当該複合酸化物における酸素の含有量の下限としては、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対して、200モル%であってよく、220モル%であってもよい。一方、この酸素含有量の上限としては、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対して、400モル%であってよく、300モル%であってもよい。
【0030】
当該複合酸化物は、リチウム、モリブデン、元素(A)及び酸素以外の他の元素が、本発明の作用効果に影響を与えない範囲で含有されていてもよい。このような他の任意元素としては、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、インジウム等の金属元素等が挙げられる。これらの任意元素の含有量の上限としては、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対して、50モル%が好ましく、20モル%がより好ましく、10モル%がさらに好ましく、1モル%がよりさらに好ましく、0.1モル%が特に好ましい。この任意元素は、実質的に含有されていなくてもよい。
【0031】
当該複合酸化物は、クロムを必須成分としないため、産業上の利用制限が少ない。すなわち、当該複合酸化物は、クロムを実質的に含まない組成とすることができる。当該複合酸化物が、クロムを実質的に含まない場合、クロムを含むものと比べて、安全性が高い。ここで、「クロムを実質的に含まない」とは、クロムが意図的に添加されていないことをいう。当該複合酸化物におけるクロムの含有量は、1,000ppm(0.1質量%)以下であることが好ましい。また、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対するクロムの含有量が0.1モル%以下であることも好ましい。なお、当該複合酸化物における各元素の含有量は、ICP発光分光分析装置により測定された値とする。
【0032】
当該複合酸化物は、好適には下記式(1)で表すことができる。
Li
1+xMo
1−yA
yO
z ・・・ (1)
式(1)中、Aは、B、C、N、F、Si、P、S、Cl、Zn、Ga、Ge、As、Se、Br、Sn、Sb、Te、I又はこれらの組み合わせである。0≦x、0.01≦y<0.5、0<zである。
【0033】
上記式(1)中のxの下限は、0.1であってもよい。また、xの上限は、2であってよく、1であってもよい。
【0034】
上記式(1)中のyは、モリブデンと元素(A)との合計含有量に対する元素(A)の含有量のモル比を示す。yの下限は、0.05が好ましく、0.1がより好ましく、0.15がさらに好ましいことがある。また、yの上限は、0.45が好ましく、0.35がより好ましいことがあり、0.25がより好ましいこともあり、0.15がより好ましいこともある。
【0035】
上記式(1)中のzの下限は、2であってよく、2.2であってもよい。また、zの上限は、4であってよく、3であってもよい。
【0036】
当該複合酸化物は、実質的に下記式(1−1)又は式(1−2)で表されるものであってもよい。
Li
1+2yMo
1−yA
yO
2+2y ・・・ (1−1)
Li
1+y Mo
1−yA
yO
2+y ・・・ (1−2)
式(1−1)及び式(1−2)中、yは、式(1)中のyと同義である。
【0037】
上記式(1−1)は、原料としてLiMoO
2とLi
3AO
4(Li
3PO
4等)とを1−y:yのモル比で用いることで理論的に得られる。ここで、式(1)と式(1−1)とを比較し、かつ上述のようにリチウム及び酸素は明確に定まるものでないことを踏まえ、式(1)において0.9≦(1+x)/(1+2y)≦1.1かつ0.9≦z/(2+2y)≦1.1であってよい。
【0038】
上記式(1−2)は、原料としてLiMoO
2とLi
2AO
3(Li
2CO
3、Li
2GeO
3等)とを1−y:yのモル比で用いることで理論的に得られる。ここで、式(1)と式(1−2)とを比較し、かつ上述のようにリチウム及び酸素は明確に定まるものでないことを踏まえ、式(1)において0.9≦(1+x)/(1+y)≦1.1かつ0.9≦z/(2+y)≦1.1であってよい。
【0039】
当該複合酸化物は、空間群Fm−3mに帰属可能な結晶構造を含むことが好ましい。空間群Fm−3mに帰属可能な結晶構造とは、X線回折図において、空間群Fm−3mに帰属可能なピークを有することをいう。当該複合酸化物は、空間群Fm−3mに帰属する結晶構造を有するものであってよい。但し、充放電の繰り返しによって、結晶構造は維持されない場合がある。従って、充放電を行う前の結晶構造が、上記空間群に帰属するものであることが好ましい。なお、空間群「Fm−3m」における「−3」は3回回反軸の対象要素を表し、本来「3」の上にバー「−」を付して表記すべきものである。当該複合酸化物は、空間群R−3m等、空間群Fm−3m以外の結晶構造を有していてもよい。当該複合酸化物は、複数の結晶構造を有する結晶体であってもよい。当該複合酸化物における空間群Fm−3mに帰属可能な結晶構造の含有比率の下限としては、5質量%が好ましく、10質量%がより好ましく、20質量%がさらに好ましい。この含有比率の上限は、100質量%であってよい。
【0040】
複合酸化物のX線回折測定は、X線回折装置(Rigaku社の「MiniFlex II」)を用いた粉末X線回折測定によって、線源はCuKα線、管電圧は30kV、管電流は15mAとして行う。このとき、回折X線は、厚み30μmのKβフィルターを通り、高速一次元検出器(D/teX Ultra 2)にて検出される。また、サンプリング幅は0.01°、スキャンスピードは5°/min、発散スリット幅は0.625°、受光スリット幅は13mm(OPEN)、散乱スリット幅は8mmとする。得られるX線回折データに基づいて、「RIETAN2000」プログラム(F.Izumi and T.Ikeda,Mater.Sci.Forum,198(2000).)を用いたリートベルト解析により、結晶構造を解析することができる。空間群は、総合粉末X線解析ソフトウェア「PDXL」(Rigaku社製)を用いても同じ結果が得られる。
【0041】
<複合酸化物の製造方法>
当該複合酸化物の製造方法は特に限定されないが、以下の製造方法が好ましい。すなわち、本発明の一実施形態に係る複合酸化物の製造方法は、一種又は複数種の酸化物をメカノケミカル法により処理することを備え、上記一種又は複数種の酸化物が、リチウム、モリブデン及び元素(A)を含み、上記元素(A)が、ホウ素、炭素、窒素、フッ素、ケイ素、リン、硫黄、塩素、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、臭素、スズ、アンチモン、テルル、ヨウ素又はこれらの組み合わせである複合酸化物の製造方法である。
【0042】
当該製造方法によれば、メカノケミカル法によって所定の元素を含む一種又は複数種の酸化物を処理することにより、リチウム、モリブデン及び元素(A)を含む複合酸化物を得ることができる。また、当該製造方法においては、複数種の酸化物の混合比を調整することで、所望する組成比の複合酸化物を得ることができる。なお、本発明の一実施形態に係る複合酸化物の製造方法においては、得られる複合酸化物におけるモリブデンと元素(A)との合計含有量に対する元素(A)の含有量は特に限定されるものではない。
【0043】
メカノケミカル法(メカノケミカル処理などともいう)とは、メカノケミカル反応を利用した合成法をいう。メカノケミカル反応とは、固体物質の破砕過程での摩擦、圧縮等の機械エネルギーにより局部的に生じる高いエネルギーを利用する結晶化反応、固溶反応、相転移反応等の化学反応をいう。メカノケミカル法を行う装置としては、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、ターボミル、メカノフュージョン、ディスクミルなどの粉砕・分散機が挙げられる。これらの中でもボールミルが好ましい。
【0044】
原料となる酸化物としては、リチウムを含む酸化物、モリブデンを含む酸化物及び元素(A)を含む酸化物の3種又はそれ以上の酸化物を用いることもできるが、リチウム及びモリブデンを含む酸化物と、リチウム及び元素(A)を含む酸化物とを用いることが好ましい。モリブデン及び元素(A)を含む酸化物を用いることもできる。なお、複数種の酸化物を用いる場合、これらの複数種の酸化物の全体で、リチウム、モリブデン及び元素(A)が含まれていればよい。
【0045】
リチウム及びモリブデンを含む酸化物としては、LiMoO
2、Li
2MoO
3、Li
4MoO
5等を挙げることができる。なかでも、LiMoO
2が好ましい。
【0046】
リチウム及び元素(A)を含む酸化物としては、LiBO
2、Li
3BO
3、Li
2CO
3、LiNO
3、Li
4SiO
4、Li
3PO
4、Li
2SO
4、Li
2Ge
4O
9、Li
2GeO
3、Li
6Ge
2O
7、Li
4GeO
4、Li
2ZnO
2、Li
6ZnO
4、Li
4ZnO
3、LiGaO
2、Li
5GaO
4、Li
2SnO
3、Li
8SnO
6、Li
2TeO
3、Li
4TeO
5、Li
6TeO
6、LiClO
2、LiClO
3、LiBrO
2、LiBrO
3、LiIO
3、LiAsO
3、Li
3AsO
4、LiSbO
3、Li
3SbO
4、Li
5SbO
5、Li
7SbO
6、Li
2SeO
4、Li
4SeO
5等を挙げることができる。
【0047】
モリブデン及び元素(A)を含む酸化物としては、MoOF
4、MoO
2.4F
0.6等を挙げることができる。
【0048】
なお、当該製造方法においては、リチウム、モリブデン及び元素(A)を含む一種の酸化物をメカノケミカル法により処理してもよい。このようなリチウム、モリブデン及び元素(A)を含む酸化物は、例えば上述した複数種の酸化物を焼成法等の公知の方法で処理することによって得ることができる。
【0049】
原料となるこれらの酸化物は、通常、粉末状であり、この粉末状の酸化物がメカノケミカル法による処理に供せられる。この処理は、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下又は活性ガス雰囲気下で行うことができるが、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。このような処理を経て得られる複合酸化物は、通常、粉末状である。
【0050】
<正極活物質>
本発明の一実施形態に係る正極活物質は、上述した本発明の一実施形態に係る複合酸化物を含有する非水電解質蓄電素子用の正極活物質である。上記複合酸化物の具体的態様及び好ましい態様は、本発明の複合酸化物の一実施形態として上述した通りである。
【0051】
本発明の一実施形態に係る正極活物質によれば、上記複合酸化物を含むため、非水電解質蓄電素子の放電容量維持率を高めることができる。また、当該正極活物質は、クロムを必須成分としないため、産業上の利用制限も少ない。さらに、上記複合酸化物を含む正極活物質によれば、非水電解質蓄電素子の放電容量を大きくすることもできる。
【0052】
当該正極活物質は、上記複合酸化物のみから形成されていてもよいが、他の正極活物質が含まれていてもよい。他の正極活物質としては、例えばLi
xMO
y(Mは、Mo以外の少なくとも一種の遷移金属を表す)で表される複合酸化物(層状のα―NaFeO
2型結晶構造を有するLi
xCoO
2,Li
xNiO
2,Li
xMnO
3,Li
xNi
αCo
(1−α)O
2,Li
xNi
αMn
βCo
(1−α−β)O
2等、スピネル型結晶構造を有するLi
xMn
2O
4,Li
xNi
αMn
(2−α)O
4等)、Li
wM’
x(XO
y)
z(M’は、Mo以外の少なくとも一種の遷移金属を表し、Xは例えばP、Si、B、V等を表す)で表されるポリアニオン化合物(LiFePO
4,LiMnPO
4,LiNiPO
4,LiCoPO
4,Li
3V
2(PO
4)
3,Li
2MnSiO
4,Li
2CoPO
4F等)が挙げられる。また、当該正極活物質においては、例えばリチウム及び元素(A)を含む複合酸化物等が含有されていてもよい。
【0053】
当該正極活物質における上記複合酸化物の含有量の下限としては、50質量%が好ましく、70質量%がより好ましく、90質量%がさらに好ましい。上記複合酸化物の含有率を高めることで、非水電解質蓄電素子の放電容量維持率を十分に高めることなどができる。
【0054】
<正極>
本発明の一実施形態に係る正極は、当該正極活物質を有する非水電解質蓄電素子用の正極である。
【0055】
本発明の一実施形態に係る正極は、正極基材、及びこの正極基材に直接又は中間層を介して配される正極合材層を有する。
【0056】
上記正極基材は、導電性を有する。基材の材質としては、アルミニウム、銅、チタン、タンタル、ステンレス鋼等の金属又はそれらの合金が用いられる。これらの中でも、耐電位性、導電性の高さ及びコストのバランスからアルミニウム及びアルミニウム合金が好ましい。また、正極基材の形成形態としては、箔、蒸着膜等が挙げられ、コストの面から箔が好ましい。つまり、正極基材としてはアルミニウム箔が好ましい。
【0057】
上記中間層は、正極基材の表面の被覆層であり、炭素粒子等の導電性粒子を含むことで正極基材と正極合材層との接触抵抗を低減する。中間層の構成は特に限定されず、例えば樹脂バインダ及び導電性粒子を含有する組成物により形成できる。なお、「導電性」を有するとは、JIS−H−0505(1975年)に準拠して測定される体積抵抗率が10
7Ω・cm以下であることを意味し、「非導電性」とは、上記体積抵抗率が10
7Ω・cm超であることを意味する。
【0058】
上記正極合材層は、当該正極活物質を含有するいわゆる正極合材から形成される層である。この正極合材は、必要に応じて、導電剤、バインダ、増粘剤、フィラー等の任意成分を含むことができる。上記正極合材層は、正極合材のスラリーを塗工することなどによって形成される。
【0059】
上記正極合材層(正極合材)における当該正極活物質の含有量の下限としては、例えば50質量%であり、60質量%が好ましい。一方、この含有量の上限としては、例えば95質量%であってよく、90質量%であってもよい。
【0060】
上記導電剤としては、蓄電素子性能に悪影響を与えない導電性材料であれば特に限定されない。このような導電剤としては、天然又は人造の黒鉛、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック、金属、導電性セラミックス等が挙げられ、アセチレンブラックが好ましい。導電剤の形状としては、粉状、繊維状等が挙げられる。
【0061】
上記バインダ(結着剤)としては、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリイミド等の熱可塑性樹脂;エチレン−プロピレン−ジエンゴム(EPDM)、スルホン化EPDM、スチレンブタジエンゴム(SBR)、フッ素ゴム等のエラストマー;多糖類高分子等が挙げられる。
【0062】
上記増粘剤としては、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース等の多糖類高分子が挙げられる。また、増粘剤がリチウムと反応する官能基を有する場合、予めメチル化等によりこの官能基を失活させておくことが好ましい。
【0063】
上記フィラーとしては、蓄電素子性能に悪影響を与えないものであれば特に限定されない。フィラーの主成分としては、ポリプロピレン、ポリエチレン等のポリオレフィン、シリカ、アルミナ、ゼオライト、ガラス等が挙げられる。
【0064】
<非水電解質蓄電素子>
本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子は、正極、負極及び非水電解質を有する。以下、非水電解質蓄電素子の一例として、非水電解質二次電池について説明する。上記正極及び負極は、通常、セパレータを介して積層又は巻回により交互に重畳された電極体を形成する。この電極体はケースに収納され、このケース内に非水電解質が充填される。上記非水電解質は、正極と負極との間に介在する。また、上記ケースとしては、非水電解質二次電池のケースとして通常用いられる公知のアルミニウムケース、樹脂ケース等を用いることができる。
【0065】
(正極)
上記正極としては、本発明の一実施形態に係る正極が用いられる。当該正極の詳細は上述した通りである。
【0066】
(負極)
上記負極は、負極基材、及びこの負極基材に直接又は中間層を介して配される負極合材層を有する。上記中間層は正極の中間層と同様の構成とすることができる。
【0067】
上記負極基材は、正極基材と同様の構成とすることができるが、材質としては、銅、ニッケル、ステンレス鋼、ニッケルメッキ鋼等の金属又はそれらの合金が用いられ、銅又は銅合金が好ましい。つまり、負極基材としては銅箔が好ましい。銅箔としては、圧延銅箔、電解銅箔等が例示される。
【0068】
上記負極合材層は、負極活物質を含むいわゆる負極合材から形成される。また、負極合材層を形成する負極合材は、必要に応じて導電剤、バインダ、増粘剤、フィラー等の任意成分を含む。導電剤、結着剤、増粘剤、フィラー等の任意成分は、正極合材層と同様のものを用いることができる。
【0069】
上記負極活物質としては、通常、リチウムイオンを吸蔵及び放出することができる材質が用いられる。具体的な負極活物質としては、例えばSi、Sn等の金属又は半金属;Si酸化物、Sn酸化物等の金属酸化物又は半金属酸化物;ポリリン酸化合物;黒鉛(グラファイト)、非晶質炭素(易黒鉛化性炭素又は難黒鉛化性炭素)等の炭素材料等が挙げられる。
【0070】
さらに、負極合材(負極合材層)は、B、N、P、F、Cl、Br、I等の典型非金属元素、Li、Na、Mg、Al、K、Ca、Zn、Ga、Ge等の典型金属元素、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Zr、Ta、Hf、Nb、W等の遷移金属元素を含有してもよい。
【0071】
(セパレータ)
上記セパレータの材質としては、例えば織布、不織布、多孔質樹脂フィルム等が用いられる。これらの中でも、強度の観点から多孔質樹脂フィルムが好ましく、非水電解質の保液性の観点から不織布が好ましい。上記セパレータの主成分としては、強度の観点から例えばポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィンが好ましく、耐酸化分解性の観点から例えばポリイミドやアラミド等が好ましい。また、これらの樹脂を複合してもよい。
【0072】
なお、セパレータと電極(通常、正極)との間に、無機層が配設されていても良い。この無機層は、耐熱層等とも呼ばれる多孔質の層である。また、多孔質樹脂フィルムの一方の面に無機層が形成されたセパレータを用いることもできる。上記無機層は、通常、無機粒子及びバインダとで構成され、その他の成分が含有されていてもよい。
【0073】
(非水電解質)
上記非水電解質としては、非水電解質蓄電素子(二次電池)に通常用いられる公知の電解質が使用できる。上記非水電解質は、非水溶媒と、この非水溶媒に溶解されている電解質塩とを含む。
【0074】
上記非水溶媒としては、例えばエチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)等の環状カーボネート、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)等の鎖状カーボネートなどを挙げることができる。
【0075】
電解質塩としては、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、オニウム塩等を挙げることができるが、リチウム塩が好ましい。上記リチウム塩としては、LiPF
6、LiPO
2F
2、LiBF
4、LiClO
4、LiN(SO
2F)
2等の無機リチウム塩、LiSO
3CF
3、LiN(SO
2CF
3)
2、LiN(SO
2C
2F
5)
2、LiN(SO
2CF
3)(SO
2C
4F
9)、LiC(SO
2CF
3)
3、LiC(SO
2C
2F
5)
3等のフッ化炭化水素基を有するリチウム塩などを挙げることができる。
【0076】
非水電解質として、常温溶融塩、イオン液体、ポリマー固体電解質などを用いることもできる。
【0077】
当該非水電解質蓄電素子は、本発明の一実施形態に係る正極を用いることによって製造することができる。当該製造方法は、例えば、正極を作製する工程、負極を作製する工程、非水電解質を調製する工程、正極及び負極を、セパレータを介して積層又は巻回することにより交互に重畳された電極体を形成する工程、正極及び負極(電極体)をケースに収容する工程、並びに上記ケースに上記非水電解質を注入する工程を備える。注入後、注入口を封止することにより非水電解質蓄電素子を得ることができる。
【0078】
<その他の実施形態>
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、上記態様の他、種々の変更、改良を施した態様で実施することができる。例えば、上記正極において、中間層を設けなくてもよく、正極合材は明確な層を形成していなくてもよい。例えば上記正極は、メッシュ状の正極基材に正極合材が担持された構造などであってもよい。また、上記実施の形態においては、非水電解質蓄電素子が二次電池である形態を中心に説明したが、その他の非水電解質蓄電素子であってもよい。その他の非水電解質蓄電素子としては、キャパシタ(電気二重層キャパシタ、リチウムイオンキャパシタ)等が挙げられる。
【0079】
図1に、当該非水電解質蓄電素子の一実施形態である矩形状の非水電解質蓄電素子(二次電池)1の概略図を示す。なお、同図は、容器内部を透視した図としている。
図1に示す非水電解質蓄電素子1は、電極体2が容器(ケース)3に収納されている。電極体2は、正極活物質を備える正極と、負極活物質を備える負極とが、セパレータを介して捲回されることにより形成されている。正極は、正極リード4’を介して正極端子4と電気的に接続され、負極は、負極リード5’を介して負極端子5と電気的に接続されている。
【0080】
当該非水電解質蓄電素子(二次電池)の構成については特に限定されるものではなく、円筒型電池、角型電池(矩形状の電池)、扁平型電池等が一例として挙げられる。本発明は、上記の非水電解質蓄電素子を複数備える蓄電装置としても実現することができる。蓄電装置の一実施形態を
図2に示す。
図2において、蓄電装置30は、複数の蓄電ユニット20を備えている。それぞれの蓄電ユニット20は、複数の非水電解質蓄電素子1を備えている。上記蓄電装置30は、電気自動車(EV)、ハイブリッド自動車(HEV)、プラグインハイブリッド自動車(PHEV)等の自動車用電源として搭載することができる。
【実施例】
【0081】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0082】
[合成例1(比較例1)](リチウムモリブデン複合酸化物の合成)
炭酸リチウム(Li
2CO
3)(ナカライテスク社製)、三酸化モリブデン(MoO
3)(高純度化学社製)、及び還元剤としてのアセチレンブラックを、Li:Mo:Cのモル比が4:4:3となるように秤取した。これらを直径5mmのジルコニア製ボールが90g(約250個)入った内容積80mLのジルコニア製ポットに投入し、蓋をした。これを遊星型ボールミル(FRITSCH社の「pulverisette 5」)にセットし、公転回転数120rpmで9分混合した後に1分間の休止を入れる操作を計6回繰り返した。次いで、蓋をあけて、ポット内の混合物を薬さじでかき混ぜ、再度、公転回転数120rpmで9分混合した後に1分間の休止を入れる操作を計2回繰り返した。次いで、この混合粉体を容量30mLのアルミナ製るつぼ(型番:1−7745−07)に載置し、このるつぼを卓上真空・ガス置換炉(デンケン・ハイデンタル社の「KDF75」)に設置した。次いで、窒素気流中、常圧下、常温から1000℃まで10時間かけて一定(constant)の昇温速度で昇温し、この温度で4時間保持した後、室温まで自然放冷した。このようにして、組成式LiMoO
2で表されるリチウムモリブデン複合酸化物を作製した。
【0083】
[実施例1〜4](リチウムモリブデンリン複合酸化物の合成)
合成例1にて得られたリチウムモリブデン複合酸化物及びリン酸リチウム(Li
3PO
4)(ナカライテスク社製)をMo:Pのモル比が90:10(実施例1)、80:20(実施例2)、70:30(実施例3)、及び60:40(実施例4)となるように、かつこれらの酸化物の合計の質量がそれぞれ約4.5gとなるように秤取した。これらを直径5mmのタングステンカーバイド製ボールが250g(約250個)入った内容積80mLのタングステンカーバイド製ポットに投入し、アルゴン雰囲気を維持したグローブボックス中で蓋をした。これを遊星型ボールミル(FRITSCH社の「pulverisette 5」)にセットし、公転回転数400rpmで12分混合した後に3分間の休止を入れる操作を計16回繰り返した。このようにして、組成式(1−y)LiMoO
2−yLi
3PO
4、すなわちLi
1+2yMo
1−yP
yO
2+2y(y=0.1、0.2、0.3、0.4)で表されるリチウムモリブデンリン複合酸化物を作製した。
【0084】
[実施例5](リチウムモリブデン炭素複合酸化物の合成)
合成例1にて得られたリチウムモリブデン複合酸化物及び炭酸リチウム(Li
2CO
3)(ナカライテスク社製)をMo:Cのモル比が80:20となるように秤取したことを除いては、実施例1と同様の方法で、組成式0.8LiMoO
2−0.2Li
2CO
3、すなわちLi
1.2Mo
0.8C
0.2O
2.2で表されるリチウムモリブデン炭素複合酸化物を作製した。
【0085】
[比較例2](リチウムモリブデン複合酸化物の合成)
Mo:Pのモル比を100:0とし、これを遊星型ボールミル(FRITSCH社の「pulverisette 5」)にセットし、公転回転数400rpmで12分混合した後に3分間の休止を入れる操作を8回繰り返したことを除いては、実施例1と同様の方法で組成式LiMoO
2で表されるリチウムモリブデン複合酸化物を作製した。
【0086】
[比較例3](リン酸リチウム)
Mo:Pのモル比を0:100としたこと、すなわちリン酸リチウム(Li
3PO
4)のみを原料として用いたこと除いては、実施例1と同様の方法の処理を行った。
【0087】
[合成例2](リチウムゲルマニウム複合酸化物の合成)
炭酸リチウム(Li
2CO
3)(ナカライテスク社製)及び酸化ゲルマニウム(GeO
2)(高純度化学社製)を、Li:Geのモル比が2:1となるように秤取した。これらを直径5mmのジルコニア製ボールが90g(約250個)入った内容積80mLのジルコニア製ポットに投入した。このポットにさらにエタノール10mLを投入し、蓋をした。これを遊星型ボールミル(FRITSCH社の「pulverisette 5」)にセットし、公転回転数300rpmで9分混合した後に1分間の休止を入れる操作を計6回繰り返した。この混合物を80℃の乾燥機で3時間以上乾燥し、混合粉体を得た。この混合粉体を容量30mLのアルミナ製るつぼ(型番:1−7745−07)に載置し、このるつぼを卓上真空・ガス置換炉(デンケン・ハイデンタル社の「KDF75」)に設置した。次いで、空気気流中、常圧下、常温から950℃まで10時間かけて一定(constant)の昇温速度で昇温し、この温度で4時間保持した後、室温まで自然放冷した。このようにして、組成式Li
2GeO
3で表されるリチウムゲルマニウム複合酸化物を作製した。
【0088】
[実施例6](リチウムモリブデンゲルマニウム複合酸化物の合成)
合成例1にて得られたリチウムモリブデン複合酸化物及び合成例2にて得られたリチウムゲルマニウム複合酸化物をMo:Geのモル比が80:20となるように秤取したことを除いては、実施例1と同様の方法で、組成式0.8LiMoO
2−0.2Li
2GeO
3、すなわちLi
1.2Mo
0.8Ge
0.2O
2.2で表されるリチウムモリブデンゲルマニウム複合酸化物を作製した。
【0089】
[合成例3](リチウムコバルト複合酸化物の合成)
炭酸リチウム(Li
2CO
3)(ナカライテスク社製)及び酸化コバルト(Co
3O
4)(高純度化学社製)を、Li:Coのモル比が1:1となるように秤取したしたこと、常温から650℃まで10時間かけて一定(constant)の昇温速度で昇温し、この温度で4時間保持したことを除いては、合成例2と同様の方法で、組成式LiCoO
2で表されるリチウムコバルト複合酸化物を作製した。
【0090】
[比較例4](リチウムモリブデンコバルト複合酸化物の合成)
合成例1にて得られたリチウムモリブデン複合酸化物及び合成例3にて得られたリチウムコバルト複合酸化物をMo:Coのモル比が80:20となるように秤取したことを除いては、実施例1と同様の方法で、組成式0.8LiMoO
2−0.2LiCoO
2、すなわちLiMo
0.8Co
0.2O
2で表されるリチウムモリブデンコバルト複合酸化物を作製した。
【0091】
[複合酸化物の解析]
実施例1〜6及び比較例1〜4で得られた複合酸化物について、以下の方法にて解析を行った。X線回折装置(Rigaku社の「MiniFlex II」)を用いて粉末X線回折測定を行った。線源はCuKα線、管電圧は30kV、管電流は15mAとし、回折X線は厚み30μmのKβフィルターを通し高速一次元検出器(型番:D/teX Ultra 2)にて検出した。サンプリング幅は0.01°、スキャンスピードは5°/min、発散スリット幅は0.625°、受光スリット幅は13mm(OPEN)、散乱スリット幅は8mmとした。実施例1〜4及び比較例2、3の複合酸化物のX線回折図を
図3に、実施例5、6及び比較例4の複合酸化物のX線回折図を
図4にそれぞれ示す。得られたX線回折データについて、上記「RIETAN2000」プログラムを用いてリートベルト解析を実施した。
【0092】
実施例1の複合酸化物のリートベルト解析の際、プロファイルを表す関数としてピアソンVII関数を用い、表1に示すようなNaCl型の結晶構造モデルを用いた。精密化された結晶構造モデルを表1に、計算値、実測値、及びこれらの差を表すグラフを
図5に示す。表1に示す結晶構造モデルにより、
図5に示すように計算値と実測値の差が十分に小さくなった。また、信頼度因子はそれぞれRwp=4.73%、RI=1.55%、RF=0.82%であり、計算値と実測値の差が十分に小さいことが示された。これらの結果から、表1に示す結晶構造モデルが適当であると推測した。
【0093】
【表1】
【0094】
実施例2、3の各複合酸化物のリートベルト解析の際、プロファイルを表す関数としてピアソンVII関数を用い、表2に示すようなα−NaFeO
2型の結晶構造モデル(第一相)及びNaCl型の結晶構造モデル(第二相)の2相が共存したモデルを用いた。一例として、実施例2のリチウムモリブデンリン酸化物のリートベルト解析の結果、精密化された結晶構造モデルを表2に、計算値、実測値、及びこれらの差を表すグラフを
図6に示す。表2に示す結晶構造モデルにより、
図6に示すように計算値と実測値の差が十分に小さくなった。また、信頼度因子はそれぞれRwp=4.84%、第一相のRI=1.14%、RF=0.68%、第二相のRI=1.54%、RF=0.82%であり、計算値と実測値の差が十分に小さいことが示された。これらの結果から、表2に示す結晶構造モデルが適当であると推測した。
【0095】
【表2】
【0096】
また、実施例2の複合酸化物のリートベルト解析を上記と異なるモデルを用いて実施した。プロファイルを表す関数としてピアソンVII関数を用い、表3に示すようなα−NaFeO
2型の結晶構造モデルの1相のみのモデルを用いた。精密化された結晶構造モデルを表3に、計算値、実測値、及びこれらの差を表すグラフを
図7に示す。信頼度因子はRwp=5.67%であり、前記の結果Rwp=4.84%よりも悪い値となった。これは、特に38°付近、64°付近のピークのフィッティングが悪いことが原因であると考えられる。これらのピークは、空間群Fm−3m(NaCl型構造)の回折指数111、220のピークとしてフィッティングが可能である。以上より、表2に示すようなα−NaFeO
2型の結晶構造モデル(第一相)及びNaCl型の結晶構造モデル(第二相)の2相が共存したモデルがより妥当であることが示された。
【0097】
【表3】
【0098】
実施例5の複合酸化物のリートベルト解析の際、プロファイルを表す関数としてピアソンVII関数を用い、表4に示すようなα−NaFeO
2型の結晶構造モデル(第一相)及びNaCl型の結晶構造モデル(第二相)の2相が共存したモデルを用いた。実施例5に係るリチウムモリブデン炭素酸化物のリートベルト解析の結果、精密化された結晶構造モデルを表4に、計算値、実測値、及びこれらの差を表すグラフを
図8に示す。表4に示す結晶構造モデルにより、
図8に示すように計算値と実測値の差が十分に小さくなった。また、信頼度因子はそれぞれRwp=4.75%、第一相のRI=1.12%、RF=0.61%、第二相のRI=1.05%、RF=0.61%であり、計算値と実測値の差が十分に小さいことが示された。これらの結果から、表4に示す結晶構造モデルが適当であると推測した。
【0099】
【表4】
【0100】
詳述した上記実施例1、2及び5の他、実施例及び比較例の各複合酸化物の解析の結果、帰属可能な空間群は以下のとおりである。
・実施例1、6及び比較例2、4:空間群Fm−3m
・実施例2、5:空間群R−3m及び空間群Fm−3m(2相共存)
・実施例3、4:空間群R−3m、空間群Fm−3m及びLi
3PO
4(3相共存)
・比較例1:空間群C2/m又はR−3m
・比較例3:Li
3PO
4(PDF番号00−025−1030)
【0101】
以上の解析より、実施例1〜6及び比較例2、4は、上記遊星型ボールミルによる処理の過程でメカノケミカル反応が進行したことが判明した。一方で、比較例3は、上記遊星型ボールミルによる処理の過程でメカノケミカル反応は進行せず、粒子が粉砕したのみであった。
【0102】
[非水電解質蓄電素子(試験電池)の作製]
実施例1〜4、6及び比較例3〜4で得られた各複合酸化物を正極活物質として用い、以下の要領で正極を作製した。合成した各複合酸化物の粉末2.275gとアセチレンブラック(AB)0.700gとをそれぞれ秤取した。これらを直径5mmのジルコニア製ボールが90g(約250個)入った内容積80mLのジルコニア製ポットに投入した。このポットにさらにアセトン10mLを投入し、アルゴン雰囲気を維持したグローブボックス中で蓋をした。これを遊星型ボールミル(FRITSCH社の「pulverisette 5」)にセットし、公転回転数300rpmで12分混合した後に3分間の休止を入れる操作を計48回繰り返した。この混合物を乾燥機で75℃で3時間以上乾燥し、混合粉体を調製した。この混合粉体2.04g、PVDFの12質量%N−メチルピロリドン(NMP)溶液及びNMPを所定のプラスチック容器に入れ、アルゴン雰囲気を維持したグローブボックス中で蓋をした。これを撹拌脱泡装置(シンキー社の「あわとり練太郎」)にセットし、2000rpmで十分に混練することで、N−メチルピロリドン(NMP)を分散媒とするスラリーを調整した。スラリー中の活物質、AB及びPVDFの質量比は65:20:15である。このスラリーを厚さ20μmのアルミニウム箔基材の片面に塗布した。これを80℃のホットプレート上で60分乾燥して分散媒を蒸発させた後、ロールプレスを行うことで正極を得た。
【0103】
実施例5については、公転回転数300rpmで9分混合した後に1分間の休止を入れる操作を計6回繰り返したことを除いては、上記と同様の方法で正極を得た。
【0104】
また、比較例1、2で得られた各複合酸化物を正極活物質として用い、以下の要領で正極を作製した。合成した各複合酸化物の粉末2.275gとアセチレンブラック(AB)0.525gとをそれぞれ秤取した。これらを直径5mmのジルコニア製ボールが90g(約250個)入った内容積80mLのジルコニア製ポットに投入した。このポットにさらにアセトン10mLを投入し、アルゴン雰囲気を維持したグローブボックス中で蓋をした。これを遊星型ボールミル(FRITSCH社の「pulverisette 5」)にセットし、公転回転数240rpmで12分混合した後に3分間の休止を入れる操作を計48回繰り返した。この混合物を乾燥機で75℃で3時間以上乾燥し、混合粉体を調製した。この混合粉体1.6g、AB0.1g、PVDFの12質量%N−メチルピロリドン(NMP)溶液及びNMPを所定のプラスチック容器に入れ、アルゴン雰囲気を維持したグローブボックス中で蓋をした。これを撹拌脱泡装置(シンキー社の「あわとり練太郎」)にセットし、2000rpmで十分に混練することで、N−メチルピロリドン(NMP)を分散媒とするスラリーを調整した。スラリー中の活物質、AB及びPVDFの質量比は65:20:15である。このスラリーを厚さ20μmのアルミニウム箔基材の片面に塗布した。これを80℃のホットプレート上で60分乾燥して分散媒を蒸発させた後、ロールプレスを行うことで正極を得た。
【0105】
上記各正極を作用極として試験電池を組立て、正極としての挙動を評価した。単独挙動を正確に観察する目的のため、対極には金属リチウムをニッケル箔集電体に密着させたものを用いた。ここで、試験電池の容量が対極によって制限されないように、十分な量の金属リチウムを配置した。電解質として、エチレンカーボネート(EC)/エチルメチルカーボネート(EMC)/ジメチルカーボネート(DMC)が体積比6:7:7である混合溶媒に濃度が1mol/LとなるようにLiPF
6を溶解させた溶液を用いた。セパレータとして、ポリアクリレートで表面改質したポリプロピレン製の微孔膜を用いた。外装体には、ポリエチレンテレフタレート(15μm)/アルミニウム箔(50μm)/金属接着性ポリプロピレンフィルム(50μm)からなる金属樹脂複合フィルムを用い、正極端子及び負極端子の開放端部が外部露出するように電極を収納した。次いで、上記金属樹脂複合フィルムの内面同士が向かい合った融着代を注液孔となる部分を除いて気密封止し、上記電解液を注液後、注液孔を封止した。
【0106】
[充放電試験]
得られた非水電解質蓄電素子を25℃に設定した恒温槽内で充放電した。充電は定電流定電圧(CCCV)充電とし、放電は定電流(CC)放電とした。充電及び放電の定電流値は、正極板が含有する正極活物質の質量に対して20mA/gとした。充電上限電圧及び放電終止電圧はそれぞれ4.4V及び1.2Vとした。充電終止条件は、充電電流が2mA/gに減衰した時点又は充電上限電圧に到達してから3時間を経過した時点とした。各サイクルにおいて、充電後及び放電後に10分間の休止時間を設定した。このサイクルを8サイクル実施した。なお、本試験は作用極と対極との間で電圧制御を行ったが、対極における金属リチウムの溶解・析出反応抵抗が極めて低いことから、充放電中の端子間電圧は、金属リチウムを用いた参照極に対する作用極の電位と等しいとみなすことができる。この充放電サイクル試験における8サイクル目の放電容量を表5に示す。また、3サイクル目の放電容量に対する8サイクル目の放電容量の比を「容量維持率(%)」として求めた。この容量維持率も表5に示す。なお、表5には、各複合酸化物の合成法をあわせて示す。表中、「MC法」は、メカノケミカル法を示す。また、実施例1の3サイクル目及び8サイクル目の放電曲線を
図9に示す。
【0107】
【表5】
【0108】
表5に示されるように、実施例1〜6の非水電解質蓄電素子は、90%以上の高い容量維持率を有することがわかる。また、実施例1〜3、5及び6の非水電解質蓄電素子は、8サイクル目の放電容量も200mAh/g以上であり、十分な放電容量を有する。
【0109】
一方、焼成によって得られたLiMoO
2を用いた比較例1は、放電容量が小さく、容量維持率も低い。MC法を施したLiMoO
2を用いた比較例2は、放電容量は比較例1の場合よりも大きくなるものの、容量維持率は低い。また、Li
3PO
4を用いた比較例3は、放電容量が非常に小さく、容量維持率も低い。
【0110】
また、リチウムモリブデン酸化物にCoが導入された比較例4は、容量維持率が低い。これは、充放電時にCoが酸化還元するために劣化が生じるためと推測される。一方、P、C及びGeといった充放電時に酸化還元し難く、かつ酸素との共有結合性の高い元素がリチウムモリブデン酸化物に導入された実施例1〜6においては、充放電時に劣化が生じ難いことによって、容量維持率が高まっているものと推測される。