特許第6677864号(P6677864)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6677864多結晶ユーロピウム硫化物の焼結体、並びに該焼結体を用いた磁気冷凍材料及び蓄冷材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6677864
(24)【登録日】2020年3月18日
(45)【発行日】2020年4月8日
(54)【発明の名称】多結晶ユーロピウム硫化物の焼結体、並びに該焼結体を用いた磁気冷凍材料及び蓄冷材
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/547 20060101AFI20200330BHJP
   F25B 21/00 20060101ALI20200330BHJP
【FI】
   C04B35/547
   F25B21/00 A
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-232106(P2015-232106)
(22)【出願日】2015年11月27日
(65)【公開番号】特開2017-95332(P2017-95332A)
(43)【公開日】2017年6月1日
【審査請求日】2018年11月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】504193837
【氏名又は名称】国立大学法人室蘭工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001564
【氏名又は名称】フェリシテ特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100081514
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 一
(74)【代理人】
【識別番号】100082692
【弁理士】
【氏名又は名称】蔵合 正博
(72)【発明者】
【氏名】平井 伸治
(72)【発明者】
【氏名】中村 英次
(72)【発明者】
【氏名】松本 宏一
(72)【発明者】
【氏名】入江 年雄
(72)【発明者】
【氏名】横山 幸弘
【審査官】 小川 武
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−073267(JP,A)
【文献】 特開平03−103358(JP,A)
【文献】 特開2003−171189(JP,A)
【文献】 Bredy P et al.,experimental results on magnetic and thermal properties of europium sulfide relevant to magnetic refrigeration,precedings of the international cryogenic engineering conference,1986年,Vol.11,P.602-606
【文献】 Bredy P,measurement of magnetic field induced changes in the entropy of europium sulphide,cryogenics,1988年,Vol.28,P.605-606
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00−35/84
F25B 9/00,21/00
H01F 1/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
密度が5.40〜5.75g/cmであり、印加磁場0Tでの比熱容量が10〜18Kの温度範囲にわたって0.28J/cm/K以上である、
多結晶ユーロピウム硫化物の焼結体。
【請求項2】
前記焼結体のビッカース硬度が、60〜160(Hv)である、
請求項1に記載の焼結体。
【請求項3】
印加磁場0Tでの比熱容量の10〜18Kの温度範囲における極大値が0.50J/cm/K以上である、
請求項1又は2に記載の焼結体。
【請求項4】
印加磁場5Tでの磁気エントロピー変化量が10〜30Kの温度範囲にわたって0.09J/cm/K以上である、
請求項1〜のいずれかに記載の焼結体。
【請求項5】
請求項1〜のいずれかに記載の焼結体を用いた磁気冷凍材料。
【請求項6】
請求項1〜のいずれかに記載の焼結体を用いた蓄冷材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気冷凍材料に使用可能であり、且つ温度域10〜20Kの極低温冷凍機に適した蓄冷材にも使用可能な、多結晶ユーロピウム硫化物焼結体に関する。
更に、本発明は、該焼結体を用いた磁気冷凍材料及び蓄冷材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化等の環境問題を引き起こすフロン系ガスを冷媒とする従来の気体冷凍方式に替わる磁気冷凍方式が提案されている。この磁気冷凍方式では、磁気冷凍材料を冷媒とし、等温状態で磁性材料の磁気秩序を磁場で変化させた際に生じる磁気エントロピー変化及び断熱状態で磁性材料の磁気秩序を磁場で変化させた際に生じる断熱温度変化を利用する。従って、この磁気冷凍方式は、フロンガスを使用せずに冷凍を行なうことができ、従来の気体冷凍方式に比べて冷凍効率が高いという利点がある。
【0003】
上記磁気冷凍方式に用いられる磁気冷凍材料として、Gd(ガドリニウム)及び/又はGd系化合物等からなるGd系材料が知られている。このGd系材料は動作温度範囲の広い材料として知られているが、磁気エントロピー変化量−ΔSMが小さいという欠点がある。また、Gdは希土類元素の中でも希少で高価な金属であり、工業的に実用性のある材料とは言い難い。
【0004】
また、医療用核磁気共鳴画像撮影装置(MRI)や高感度の磁気センサである超電導量子干渉計(SQUID)等には、超電導磁石が用いられる。この超電導磁石の冷却には高性能な冷凍機が必要とされ、こうした冷凍機には蓄冷材が用いられている。この蓄冷材には大きな比熱容量が求められるが、一般に20K以下の極低温では、物質の比熱容量は冷媒として用いられるHeに比べて極めて小さくなる。このため、20K以下でも大きな比熱容量を有する材料が求められており、例えば、CuやPb、更にはEr3Ni、ErNi、HoCu2等の金属間化合物を主体とした磁性蓄冷材が知られている。
しかしながら、こうした材料は主に10K以下では大きな比熱容量を有してはいるものの、10〜20K付近では比熱容量が小さいという欠点がある。
【0005】
そこで、磁気冷凍方式に好適な材料として、或いは気体冷凍機による冷凍方式の材料として、比熱容量が大きい希土類硫化物が提案されている。
希土類硫化物の1つであるユーロピウム硫化物(EuS)について、非特許文献1には、タングステン坩堝を用いてブリッジマン法により製造された単結晶EuSが開示されている。また非特許文献2には、EuS粉末を焼結して得た多結晶EuS試料が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D. X. Li et al. "Large reversible magnetocaloric effect in ferromagnetic semiconductor EuS", Solid State Communications, 2014, 193, p. 6-10
【非特許文献2】P. Bredy et al. "Measurement of magnetic field induced changes in the entropy of europium sulphide", Cryogenics, 1988, Vol 28, p. 605-606
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1に開示された単結晶EuSは、比熱容量及び磁気エントロピー変化量−ΔSMの温度依存性を示す図において、15〜20K付近に非常に鋭いピークを示す。また磁気エントロピー変化量−ΔSMが従来の多結晶EuSと比べて高い。しかしながら、単結晶であるため、製造方法がブリッジマン法等に限られ、量産性に劣り、またコストが高いといった問題がある。また、非特許文献2に開示された多結晶EuS焼結体は、単結晶EuSと比べて磁気エントロピー変化量−ΔSM及び作動域での比熱容量が小さいという問題がある。
【0008】
本発明はこのような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものであり、単結晶EuSと同等の比熱容量及び磁気エントロピー変化量−ΔSMを示す多結晶EuS焼結体、並びに該焼結体を用いた磁気冷凍材料及び蓄冷材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
鋭意検討の結果、本発明者らは、特定の多結晶EuS焼結体が単結晶EuSと同等の磁気熱量特性を有し得ることを見出し、更に、量産性に劣る単結晶EuSに替えて、低コストで量産性に優れる多結晶EuS焼結体を磁気冷凍材料及び蓄冷材に好ましく使用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明によれば、多結晶EuSの焼結体、並びに当該焼結体を用いた磁気冷凍材料及び蓄冷材が提供される。この焼結体は4.80〜5.75g/cm3、好ましくは5.20〜5.75g/cm3の密度を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の特定の密度等を有する多結晶EuSの焼結体は、単結晶EuSよりも低コストで量産性に優れており、単結晶EuSと同等の比熱容量及び磁気エントロピー変化量−ΔSMを示す。この多結晶EuS焼結体を用いた本発明の磁気冷凍材料及び蓄冷材は、単結晶EuSを用いたものと同等の特性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例の焼結体の印加磁場0及び5Tにおける比熱容量と温度の関係を示すグラフである。
図2】実施例及び参考例の焼結体の印加磁場0Tにおける比熱容量と温度の関係を示すグラフである。
図3】実施例の焼結体の印加磁場1〜5Tにおける磁気エントロピー変化量と温度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の焼結体は多結晶ユーロピウム硫化物(EuS)の焼結体である。本発明で用いる多結晶EuSは、基本的にはユーロピウム(Eu)と硫黄(S)とを1:1の比率で含むが、本来有する特性が損なわれない範囲で、この比率を1:1から変化させてもよい。多結晶EuSはNaCl型結晶構造を有することが好ましい。
【0014】
多結晶EuSにおいて、Euの一部を、SmやYb等の磁性が異なる希土類元素で置換してもよい。通常、多結晶EuSは磁気相転移温度近傍で比熱容量や磁気エントロピー変化量−ΔSMの極大値を示すが、多結晶EuSの構造を保ったままEuの一部を他の希土類元素で置換することによって、磁気相転移温度を上昇又は低下させることができる。
【0015】
また、本発明の焼結体は、不可避的不純物として、希土類及び硫黄以外の元素を微量だけ含有する場合がある。このような元素としては酸素、窒素、原料由来の不純物元素等が挙げられ、その含有量は少ない方がよい。
本発明の焼結体は、不可避的不純物を除いて、多結晶EuS単独の焼結体が好ましい。10〜20Kにおける比熱容量、磁気エントロピー変化量−ΔSMが冷凍材料及び蓄冷材として良好な値を示すからである。
【0016】
本発明の焼結体の、理論密度に対する実測密度の比(相対密度)を百分率で表すと、92.0%以上が好ましく、より好ましくは94.0%以上、更に好ましくは95.0%以上である。
ここで、理論密度とはEuSの真密度のことを指すものとする。具体的には、約5.75g/cm3である。
【0017】
本発明の焼結体の、ビッカース硬度は、60以上、160Hv以下であることが好ましく、110以上、160Hv以下がより好ましい。ここでいうビッカース硬度はJIS Z 2244に準拠した方法25℃において100g重の荷重で任意に10箇所の測定を行い、その平均値である。
【0018】
次に、多結晶EuSの製造方法について説明する。
本発明に係る多結晶EuSは、次の工程1及び2を含む、ユーロピウム酸化物(Eu23)粉末をCS2ガス硫化する方法により製造できる。
(工程1)Eu23粉末を反応装置内に置き、Arガス雰囲気とする。
(工程2)Ar搬送ガスを用いてCS2ガスを反応装置内に導入しながら、800〜1000℃で30分〜8時間保持してEu23を硫化する。
【0019】
高温での硫化反応では、粒成長が起こり、得られる多結晶EuSの平均粒子径(D50)が大きくなる傾向がある。従って、Eu23等の原料は、ある程度小さな平均粒子径(D50)を有する必要がある。Eu23等の原料の平均粒子径(D50)は、好ましくは0.1μm以上、25μm以下であり、より好ましくは1μm以上、20μm以下である。
【0020】
上記硫化反応で得られる多結晶EuSの平均粒子径(D50)は、その後に行う成形方法や焼結方法により至適範囲は異なるが、好ましくは0.1μm以上、25μm以下であり、更に好ましくは1μm以上、20μm以下である。平均粒子径が0.1μm未満の場合、焼結体内に適度な空隙が形成されず、熱交換媒体を供給、排出する際に熱交換媒体の圧力損失が増大する恐れがある。一方、25μmを超える場合、所望の焼結体密度が得られず、熱交換媒体を供給、排出する際に熱交換媒体との接触面積が小さくなり、熱交換性能が低下する恐れがある。
【0021】
本発明の多結晶EuSの比表面積は、0.1m2/g以上、8.0m2/g以下であることが好ましい。
【0022】
本発明の焼結体を得るための焼結処理を行う前に、多結晶EuSを成形して成形体を得る工程を行ってもよい。成形方法としては、例えば、金型、押出、射出、圧縮、CIP(Cold Isostatic Pressing)等の方法が挙げられ、所望の形状に成形することができれば成形方法は特に限定されない。
【0023】
本発明の焼結体を得るための焼結処理は、雰囲気制御が可能な公知の方法や設備で行うことができる。焼結処理方法としては、例えば、常圧焼結法、ホットプレス法、HIP(Hot Isostatic Pressing)、放電プラズマ焼結(SPS)等が挙げられ、所望の焼結体を得ることができれば特に限定されない。焼結条件として次の条件を例示できる。
・焼結温度900℃以上
・焼結時間0.5〜3hr
・面圧10MPa以上
・雰囲気 真空中
【0024】
本発明の焼結体において、印加磁場0Tでの比熱容量が10〜18Kの温度範囲にわたって0.25J/cm3/K以上であることが好ましく、0.28J/cm3/K以上であることがより好ましい。このような比熱容量は、単結晶EuSの比熱容量に近く、従来のHoCu2磁性蓄冷材の比熱容量を上回っている。
【0025】
また、本発明の焼結体において、印加磁場0Tでの比熱容量の10〜18Kの温度範囲における極大値が、0.50J/cm3/K以上であることが好ましく、0.70J/cm3/K以上であることがより好ましい。このような比熱容量の極大値は、単結晶EuSのそれに近く、従来のPb蓄冷材を大きく上回っている。
【0026】
本発明において、比熱容量の測定方法は特に限定されないが、例えば熱緩和法が挙げられる。熱緩和法ではカンタムデザイン社製PPMS(商品名)等を使用できる。
【0027】
本発明の焼結体において、印加磁場5Tでの磁気エントロピー変化量−ΔSMが10〜30Kの温度範囲にわたって0.09J/cm3/K以上であることが好ましい。また、磁気エントロピー変化量−ΔSMの最大値は0.10J/cm3/K以上であることが好ましい。このような磁気エントロピー変化量−ΔSMは、単結晶EuSのそれに近く、この温度範囲の磁気冷凍機で使用されているガーネット型結晶構造を持つ磁性体の2倍以上である。
【0028】
本発明において、磁気エントロピー変化量−ΔSMは、カンタムデザイン社製MPMS−7(商品名)等のSQUID磁束計を用いて測定できる。磁気エントロピー変化量−ΔSMは特定温度範囲において一定強度の印加磁場のもとで磁化を測定し、下記に示すMaxwellの関係式を用いて、磁化−温度曲線から求めることができる。
【0029】
【数1】
式(1)中、Mは磁化、Tは温度、Hは印加磁場を表す。
【0030】
本発明の多結晶EuSを含む焼結体は、磁気冷凍材料及び蓄冷材として使用することができる。本発明の磁気冷凍材料及び蓄冷材は、従来よりも低コストで量産性に優れ、単結晶EuSを用いた場合と同等の特性を有し、各種冷凍システムに用いることができる。
【0031】
本発明の焼結体を蓄冷材として使用する場合、焼結体は通常は球状に近い形状を有するが、板形状、針形状、板にガスの流れる孔を開けた形状等であってもよい。本発明の焼結体を磁気冷凍材料として使用する場合、従来のガーネット系磁性体と同様に、薄板形状(厚さ1〜2mm程度)としてよい。
【実施例】
【0032】
以下、実施例及び参考例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0033】
[実施例]
1.多結晶EuSの調製
ユーロピウム酸化物(Eu23)粉末(純度99.99%、平均粒子径(D50)=3.89μm)を入れた石英ボートを反応管内に挿入し、Arガス雰囲気中において、CS2ガスをArの搬送ガスを用いて反応管に導入しながら、800℃で8時間保持して硫化を行った。得られた多結晶EuSのX線回折測定(測定条件:CuKα、管電圧40kV、管電流40mA)を行ったところ、EuS単相であることが確認された。また、EuとSのモル比は1:1であった。
【0034】
2.焼結体の調製
プラズマ焼結法により、上記で得られた多結晶EuSを、950℃、20MPaで
1時間保持して焼結した。得られた焼結体はΦ15mm×4mmの形状を有していた。
【0035】
3.密度測定
調製した焼結体の質量(重量)及び体積を測定して密度を算出した。さらに真密度との比の百分率から相対密度を算出した。実測密度5.40g/cm3、相対密度93.9%であった。結果を表1に示す。
【0036】
4.比熱容量測定
調製した焼結体の比熱容量を、焼結体19.9mgを用い、カンタムデザイン社製PPMSを使用して熱緩和法で測定した。
結果を図1及び2に示す。また、印加磁場を0Tとした場合の、10〜18Kの温度範囲における比熱容量の極大値を表1に示す。
【0037】
5.磁気エントロピー変化量−ΔSMの測定
調製した焼結体の印加磁場1〜5Tにおける磁気エントロピー変化量−ΔSMを、焼結体4.4mgを用いた磁化測定結果から求めた。
結果を図3に示す。また、10〜30Kの温度範囲での磁気エントロピー変化量−ΔSMの最大値を表1に示す。
【0038】
[参考例]
参考例として、非特許文献1の単結晶EuSの比熱容量を図2に示す。また、上記密度、比熱容量の極大値、及び磁気エントロピー変化量−ΔSMの最大値を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
図1〜3及び表1から明白なように、本発明の多結晶EuS焼結体は単結晶EuSと同等の物性を示す。従って、この焼結体を用いた本発明の磁気冷凍材料及び蓄冷材は単結晶EuSを用いたものと同等の特性を示す。
図1
図2
図3