特許第6679507号(P6679507)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6679507
(24)【登録日】2020年3月23日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】ブレーキシム用素材
(51)【国際特許分類】
   F16D 65/095 20060101AFI20200406BHJP
   C09D 1/00 20060101ALI20200406BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20200406BHJP
【FI】
   F16D65/095 H
   C09D1/00
   C23C26/00 A
【請求項の数】1
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-4830(P2017-4830)
(22)【出願日】2017年1月16日
(65)【公開番号】特開2018-115668(P2018-115668A)
(43)【公開日】2018年7月26日
【審査請求日】2017年10月16日
【審判番号】不服2018-17339(P2018-17339/J1)
【審判請求日】2018年12月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000110804
【氏名又は名称】ニチアス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002538
【氏名又は名称】特許業務法人あしたば国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】立木 純
【合議体】
【審判長】 田村 嘉章
【審判官】 井上 信
【審判官】 尾崎 和寛
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/045513(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/088363(WO,A1)
【文献】 特開2007−112871(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D65/095
C23C26/00
C09D 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に、
(A)Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩およびCu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩と、(B)シリカ、アルミナ、ジルコニアおよびチタニアから選択される一種以上とを含む金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられている
ことを特徴とするブレーキシム用素材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーキシム用素材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等において広く使用されているディスクブレーキは、車輪と一体に回転するディスクロータの両側に配設されたブレーキパッドを押圧部材により押圧し、ディスクロータに両側から押しつけて制動する構造となっている。
【0003】
上記制動時にブレーキパッドがディスクロータに押圧されると、ブレーキパッドの裏金と押圧部材とが相対移動したり、ブレーキパッドとディスクロータとの間に生じる摩擦振動等によりブレーキ各部が加振され、一般に鳴きと称せられる異音が発生する場合がある。
このような鳴きの発生を防止するために、押圧部材とブレーキパッドの裏金との間にブレーキシムを介在させることが行われている。ブレーキシムとしては、ステンレス鋼板と鉄板とを貼り合わせた接合材からなる金属薄板の両側主表面に薄いゴム層を固着したラバーコートメタル(RCM)が広く使用されている。
このブレーキシムは、ゴム層が持つ弾性を利用し、鳴きの原因であるブレーキ制動時の振動を減衰させている。
【0004】
ところで、高速で回転するディスクローターを制動する上では、相当な押圧力で押圧部材をブレーキシム(ディスクブレーキ)に押し付ける必要があることから、ブレーキシムの構成素材(ブレーキシム用素材)としては摩擦係数の低い耐摩耗性に優れたものが求められるようになっており、例えば特許文献1(特開2006−125418号公報)に記載されているような、ステンレス鋼板の表面にフッ素樹脂膜からなる表面コーティング膜が形成されたブレーキシム用素材が提案されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−125418号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されているブレーキシム用素材には、その接着性等を向上させるために、ステンレス鋼板上に下塗り塗膜等の接着剤層を介してフッ素樹脂膜が設けられているが、本発明者等が検討したところ、上記下塗り塗膜等の接着剤層は、長期間使用すると劣化したり流出してフッ素樹脂膜が剥離する場合があることが判明した。
【0007】
また、近年においてはEPB(Electric Parking Brake)と称する、パーキング機構を内蔵したディスクブレーキの開発が進められているが、係るEPBは、ピストンを介してブレーキシムを高軸力で加圧するものであるために、接着剤層を構成する成分がさらに流出し易くなることが判明した。
【0008】
ステンレス鋼板とフッ素樹脂等の表面コーティング膜とをより強固に密着させるために、上記接着剤層として、ステンレス鋼板上にクロム化合物等からなるクロメート皮膜を設けることが考えられる。
クロメート皮膜は海水等の塩水環境でも優れた耐性を有し、また、クロメート処理液をステンレス鋼板に塗布する際に重クロム酸で鋼板表面をエッチングすると鋼板表面に極性成分が導入され、この極性成分とクロメート皮膜とが二次結合を介してさらに強固に接着する。
【0009】
しかしながら、上述したように、クロメート処理されたステンレス鋼板上にフッ素樹脂膜等の表面コーティング膜を設けたブレーキシム用素材は、塩水中での密着性に優れるものの、クロメート処理液に含まれる6価クロムを含む廃液は水質汚濁防止法に規定されている特別な処理を施す必要があり、また、クロメート処理を施したステンレス材料の廃棄物はリサイクルできず、さらには海水と接触することにより、クロメート皮膜からクロムが抽出される場合も考えられる。
【0010】
また、特許文献1に記載されているブレーキシム用素材のように、ステンレス鋼板上に複数層を積層形成したブレーキシム用素材は、一般に加工性が低下し易くなる。
【0011】
従って、本発明は、クロメート処理を施すことなく、優れた耐塩水性を示しつつ表面コーティング膜が基材に対して高い密着性を示すとともに、加工性に優れたブレーキシム用素材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明者等が鋭意検討を行った結果、金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に、(A)Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩、Cu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩または、酸性分および金属の反応生成物と、(B)シリカ、アルミナ、ジルコニアおよびチタニアから選択される一種以上とを含む金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられているブレーキシム用素材により上記技術課題を解決し得ることを見出し、本知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、
金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に、
(A)Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩およびCu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩と、(B)シリカ、アルミナ、ジルコニアおよびチタニアから選択される一種以上とを含む金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられている
ことを特徴とするブレーキシム用素材
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、クロメート処理を施すことなく、優れた耐塩水性を示しつつ表面コーティング膜が基材に対して高い密着性を示すとともに、加工性に優れたブレーキシム用素材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係るブレーキシム用素材は、
金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に、
(A)Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩、Cu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩または酸性分および金属の反応生成物、並びに
(B)シリカ、アルミナ、ジルコニアおよびチタニアから選択される一種以上
を含む金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられている
ことを特徴とするものである。
【0016】
本発明に係るブレーキシム用素材において、成分(A)を構成するMg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩、Cu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩としては、正塩および塩基性塩のいずれであってもよい。
成分(A)を構成する炭酸塩が正塩である場合、正塩としては、例えば、炭酸マグネシウム、炭酸コバルト、炭酸マンガン、炭酸ニッケル、炭酸銅等から選ばれる一種以上が挙げられる。
成分(A)を構成する炭酸塩が塩基性塩である場合、塩基性塩としては、例えば、塩基性炭酸マグネシウム、塩基性炭酸コバルト、塩基性炭酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム、塩基性炭酸マンガン、塩基性炭酸ニッケル、塩基性炭酸銅等から選ばれる一種以上が挙げられる。
【0017】
成分(A)を構成する炭酸塩としては、Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩、Cu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩であれば、いずれの炭酸塩であってもよいが、耐塩水性を考慮した場合、特にZr炭酸塩が好ましい。
【0018】
本発明に係るブレーキシム用素材において、成分(A)を構成する酸性分および金属との反応性生物において、酸成分としては、リン酸、正リン酸、縮合リン酸、無水リン酸、酢酸、蟻酸、硫酸、硝酸、フッ化水素酸、有機酸等から選ばれる一種以上が挙げられる。
【0019】
上記酸成分としてはフルオロ錯体を含むものが好ましく、フルオロ錯体としては、フルオロチタン酸、フルオロジルコン酸、フルオロシリコン酸、フルオロアルミン酸、フルオロリン酸、フルオロコバルト酸、フルオロ硫酸、フルオロホウ酸等から選ばれる一種以上を挙げることができ、フルオロチタン酸またはフルオロジルコン酸が好ましい。
酸成分がフルオロ錯体を含むものである場合、酸成分と金属との反応速度が向上して、酸性分と金属とが安定して高い反応効率の下で反応生成物を形成することができる。
酸成分がフルオロ錯体を含むものである場合、酸成分100質量部に対して、フルオロ錯体を1〜50質量部含むことが好ましく、1〜30質量部含むことがより好ましく、1〜20質量部含むことがさらに好ましい。
【0020】
上記酸性分と反応生成物を形成する金属としては、Fe(鉄)、Zn(亜鉛)、Ni(ニッケル)、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Mg(マグネシウム)、Mn(マンガン)、Ca(カルシウム)、W(タングステン)、Ce(セリウム)、V(バナジウム)、Mo(モリブデン)、Li(リチウム)、Co(コバルト)等選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0021】
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜中における成分(A)の含有割合は、固形分換算で、5〜95質量%であることが好ましく、10〜80質量%であることがより好ましく、15〜65質量%であることがさらに好ましい。
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜中における成分(A)の含有割合が上記範囲内にあることにより、耐塩水噴霧性を向上させることができる。
【0022】
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜が、成分(A)を含有することにより、耐塩水噴霧性を向上させることができる。
【0023】
本発明に係るブレーキシム用素材において、成分(B)を構成するシリカとしては、金属含有皮膜形成液中での分散性に優れるシリカ含有物に由来するものが好ましく、このようなシリカとしては、コロイダルシリカまたは気相シリカ等の水分散性シリカに由来するものが挙げられる。
【0024】
コロイダルシリカとしては、特に限定されないが、市販品であってもよく、例えば、スノーテックスC、スノーテックスN、スノーテックスS、スノーテックスUP、スノーテックスPS−M、スノーテックスPS−L、スノーテックス20、スノーテックス30、スノーテックス40(何れも日産化学工業(株)製)等から選ばれる一種以上を挙げることができる。
【0025】
気相シリカとしては、特に限定されないが、市販品であってもよく、例えば、アエロジル50、アエロジル130、アエロジル200、アエロジル300、アエロジル380、アエロジルTT600、アエロジルMOX80、アエロジルMOX170(何れも日本アエロジル(株)製)等から選ばれる一種以上を挙げることができる。
【0026】
金属含有皮膜は、固形分換算で、シリカを、上記成分(A)100質量部に対し、5〜1000質量部含むことが好ましく、30〜800質量部含むことがより好ましく、50〜450質量部含むことがさらに好ましい。
【0027】
本発明に係るブレーキシム用素材において、成分(B)を構成するアルミナ、ジルコニアおよびチタニアから選択される一種以上としても、特に制限されず、市販品等から適宜選択することができる。
【0028】
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜中における成分(B)の含有割合は、固形分換算で、5〜95質量%であることが好ましく、20〜90質量%であることがより好ましく、35〜85質量%であることがさらに好ましい。
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜中における成分(B)の含有割合が上記範囲内にあることにより、耐塩水噴霧性を向上させ、且つ加工性も向上させることができる。
することができる。
【0029】
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜が、成分(B)を含有することにより、耐塩水噴霧性を向上させるとともに、加工性も向上させることができる。
することができる。
【0030】
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜の皮膜量は、50〜1000mg/mであることが好ましく、50〜800mg/mであることがより好ましく、50〜500mg/mであることがさらに好ましい。
上記皮膜量は、測定試料の皮膜面積および重量から算出することができる。
本発明に係るブレーキシム用素材において、金属含有皮膜の皮膜量が上記範囲内にあることにより、優れた耐塩水性を示しつつ高い密着性を発揮することができる。
【0031】
本発明に係るブレーキシム用素材は、上記成分(A)および成分(B)を含む金属含有皮膜を有することにより、クロメート処理を施すことなく、優れた耐塩水性を示しつつ表面コーティング膜が基材に対して高い密着性を発揮し得るとともに、優れた加工性を発揮することができる。
【0032】
本発明に係るブレーキシム用素材は、金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に、金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられてなるものであり、金属含有皮膜および表面コーティング膜間にさらにプライマー層を有するものであってもよい。
プライマー層としては、例えば、ニトリルゴムコンパウンドとフェノール樹脂との混合物からなるものや、フェノール樹脂からなるもの、エポキシ樹脂からなるもの、エポキシ樹脂とフェノール樹脂との混合物からなるもの等を挙げることができる。
【0033】
本発明に係るブレーキシム用素材が、金属含有皮膜および表面コーティング膜間にさらにプライマー層を有するものである場合、金属含有皮膜および表面コーティング膜間の接着性や耐塩水性等をさらに向上させることができる。
【0034】
本発明に係るブレーキシム用素材は、金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられている。
表面コーティング膜としては、得ようとする性質に応じて適宜選択することができ、樹脂膜またはゴム膜を挙げることができるが、表面における摩擦係数の低い耐摩耗性に優れたものを得ようとする場合には、樹脂膜であることが好ましい。
【0035】
表面コーティング膜が樹脂膜である場合、樹脂膜を構成する樹脂としては、フッ素樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコン樹脂、ポリウレタン、アルキド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール、ポリカーボネート、変性ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンスルフィド、ポリサルフォン、ポリアリレート、ポリアミドイミド等から選ばれる一種以上を挙げることができ、フッ素樹脂とポリアミドイミドとの混合物であることが好ましい。
【0036】
フッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン・パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)共重合体(EPEという)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFEという)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)等から選ばれる一種以上を挙げることができ、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が好ましい。
【0037】
上記PTFEとしては、例えば、テフロン(登録商標)PTFE(三井・デュポンフロロケミカル(株))等を挙げることができ、上記PFAとしては、例えば、テフロン(登録商標)PFA(三井・デュポンフロロケミカル(株))、ネオフロン(登録商標)PFA(ダイキン工業(株))、フルオン(登録商標)PFA(旭硝子(株))等を挙げることができる。
【0038】
表面コーティング膜がゴム膜である場合、ゴム膜を構成するゴムとしては、ニトリルゴム(NBR)、フッ素ゴム、シリコンゴム、アクリロブタジエンゴム、水素化ニトリルゴム(HNBR)、エチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDM)等から選ばれる一種以上を挙げることができる。
【0039】
本発明に係るブレーキシム用素材において、表面コーティング膜の厚さは、1〜50μmであることが好ましく、3〜30μmであることがより好ましく、5〜25μmであることがさらに好ましい。
なお、本出願書類において、表面コーティング膜の厚さは、マイクロメータを用いて5箇所の厚みを測定したときの算術平均値を意味する。
本発明に係るブレーキシム用素材において、表面コーティング膜の厚さが上記範囲内にあることにより、目的とする表面摩擦特性や制振性を容易に発揮することができる。
【0040】
本発明に係るブレーキシム用素材において、基材である金属板としては、特に制限されないが、ステンレス鋼(フェライト系、マルテンサイト系、オーステナイト系等)等の鋼板、鉄、アルミニウム等からなるものを挙げることができ、鋼板からなるものが好ましい。
本発明に係るブレーキシム用素材において、基材である金属板としては、複数の金属板を貼りあわせる等して接合したものであってもよく、このような金属板としては、ステンレス鋼板および鉄板の接合物が好ましい。
本発明に係るブレーキシム用素材において、基材である金属板の厚さは、特に制限されないが、通常、0.4〜0.5mmである。
【0041】
本発明に係るブレーキシム用素材は、耐塩水噴霧性が、70〜100%であるものが適当であり、80〜100%であるものがより適当であり、90〜100%であるものがさらに適当である。
【0042】
なお、本出願書類において、耐塩水噴霧性は、JIS Z 2371の規定に準じて測定される値を意味し、具体的には、縦25mm×横100mmにカットしたブレーキシム用素材の試験片において、(当該試験片が接合材でない場合には、試験片の片側主表面に鉄板を貼り合わせた上で)表面コーティング膜を設けた主表面に対し、塩水噴霧機を用いて50℃の温度条件下、濃度5質量%の塩水を240時間噴霧した後、マイクロスコープを用いて測定した、耐塩水噴霧試験前の表面コーティング層の面積と、耐塩水噴霧試験後における表面コーティング膜の残存面積に基づいて、下記式により算出される値を意味する。
耐塩水噴霧性(%)=(耐塩水噴霧試験後における表面コーティング膜の残存面積/耐塩水噴霧試験前における表面コーティング膜の面積)×100
【0043】
本発明に係るブレーキシム用素材は、金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面の少なくとも一部に対し、
(I)(A)Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩、Cu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩または酸性分および金属の反応生成物と、(B)水分散性シリカ、水分散性アルミナ、水分散性ジルコニアおよび水分散性チタニアから選択される一種以上とを
含む金属含有皮膜形成液を塗布した後、
(II) 表面コーティング膜形成液を塗布する
ことにより作製することができる。
【0044】
上記(I)金属含有皮膜形成液の塗布工程において、金属含有皮膜形成液を構成する、成分(A)および成分(B)の詳細は、上述したとおりであり、金属含有皮膜形成液は、成分(A)および成分(B)を、得ようとする金属含有皮膜に対応する量含有することが好ましい。
【0045】
上記(I)金属含有皮膜形成液を塗布する工程を施した後、金属含有皮膜上にさらにプライマー層を形成する場合は、適宜プライマー層形成液を塗布して、金属含有皮膜上にプライマー層を成す。
【0046】
表面コーティング膜形成液は、得ようとする表面コーティング膜に応じて、樹脂またはゴム等を含有するものであり、係る樹脂またはゴムの詳細は、上述したとおりである。
【0047】
本発明に係るブレーキシム用素材は、必要に応じて、適宜、切断、切削加工等を施すことにより、目的とするブレーキシムを得ることができる。
本発明に係るブレーキシム用素材は、加工性に優れるものであるので、容易に所望形状に加工することができる。
【0048】
本発明によれば、クロメート処理を施すことなく、優れた耐塩水性を示しつつ表面コーティング膜が基材に対して高い密着性を示すとともに、加工性に優れたブレーキシム用素材を提供することができる。
【0049】
次に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、これらは例示であって、本発明を制限するものではない。
【0050】
(実施例1)
(1)厚さ0.4mmのステンレス鋼板(SUS板)からなる基材の片側主表面全体に、ロールコーターを用いて、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度10質量%、固形分換算したMg炭酸塩の含有割合60質量%、固形分換算した水分散性シリカの含有割合40質量%)を、200mg/m塗布した後、加熱処理することにより、基材の表面に厚さ20μmの金属含有皮膜を形成した。
(2)上記基材の片側主表面上に形成した金属含有皮膜の全面に、ロールコーターを用いて、フッ素樹脂を含有する表面コーティング膜形成液を塗布した後、加熱処理することにより、基材の表面に設けた金属含有皮膜の全面に厚さ20μmの表面コーティング膜を形成することにより、目的とするブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、以下の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は100%であった。
【0051】
(耐塩水噴霧性)
ブレーキシム用素材を縦25mm×横100mmにカットした試験片において、試験片の片側主表面全体に鉄板を貼り合わせた上で、表面コーティング膜を設けた主表面に対し、塩水噴霧機を用いて50℃の温度条件下、濃度5質量%の塩水を240時間噴霧した後、マイクロスコープを用いて測定した、耐塩水噴霧試験前の表面コーティング層の面積と、耐塩水噴霧試験後における表面コーティング膜の残存面積に基づいて、下記式により算出する。
耐塩水噴霧性(%)=(耐塩水噴霧試験後における表面コーティング膜の残存面積/耐塩水噴霧試験前における表面コーティング膜の面積)×100
【0052】
(実施例2)
実施例1の(1)において、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用水分散液に代えて、Cu炭酸塩および水分散性アルミナを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度10質量%、固形分換算したCu炭酸塩の含有割合60質量%、固形分換算した水分散性アルミナの含有割合40質量%)を用いた以外は、実施例1と同様にして、ブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は100%であった。
【0053】
(実施例3)
実施例1の(1)において、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、Co炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度5質量%、固形分換算したCo炭酸塩の含有割合60質量%、固形分換算した水分散性シリカの含有割合40質量%)を用いた以外は、実施例1と同様にして、ブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は100%であった。
【0054】
(実施例4)
実施例1の(1)において、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、Zr炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度15質量%、固形分換算したZr炭酸塩の含有割合40質量%、固形分換算した水分散性シリカの含有割合60質量%)を用いた以外は、実施例1と同様にして、ブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は100%であった。
【0055】
(実施例5)
実施例1の(1)において、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、Ni炭酸塩および水分散性チタニアを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度12質量%、固形分換算したNi炭酸塩の含有割合70質量%、固形分換算した水分散性チタニアの含有割合30質量%)を用いた以外は、実施例1と同様にして、ブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は100%であった。
【0056】
(実施例6)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、硫酸およびアルミニウムの反応生成物と、水分散性アルミナとを含有する金属含有皮膜形成用処理液(硫酸の含有割合20質量%、硫酸中に含まれるフルオロ錯体の含有割合10質量%、アルミニウムの含有割合10質量%、水分散性アルミナの含有割合40質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は90%であった。
【0057】
(実施例7)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、硫酸および鉄の反応生成物と、水分散性アルミナとを含有する金属含有皮膜形成用処理液(硫酸の含有割合30質量%、フッ酸中に含まれるフルオロ錯体の含有割合5質量%、鉄の含有割合10質量%、水分散性アルミナの含有割合30質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は90%であった。
【0058】
(実施例8)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、リン酸およびジルコニウムの反応生成物と、水分散性シリカとを含有する金属含有皮膜形成用処理液(リン酸の含有割合10質量%、リン酸中に含まれるフルオロ錯体の含有割合8質量%、ジルコニウムの含有割合10質量%、水分散性シリカの含有割合50質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は90%であった。
【0059】
(実施例9)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、リン酸および鉄の反応生成物と、水分散性シリカとを含有する金属含有皮膜形成用処理液(リン酸の含有割合20質量%、リン酸中に含まれるフルオロ錯体の含有割合3質量%、鉄の含有割合20質量%、水分散性シリカの含有割合30質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は90%であった。
【0060】
(実施例10)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、Mg炭酸塩および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液に代えて、酢酸およびジルコニウムの反応生成物と、水分散性ジルコニアとを含有する金属含有皮膜形成用処理液(酢酸の含有割合30質量%、酢酸中に含まれるフルオロ錯体の含有割合20質量%、ジルコニウムの含有割合5質量%、水分散性ジルコニアの含有割合30質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材の一部を切断、切削加工したところ、精度よく容易に加工し得る加工性に優れたものであった。
また、得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は90%であった。
【0061】
実施例1〜実施例10の結果を表1〜表2に示す。
【0062】
(比較例1)
実施例1において、実施例1(1)の処理を施さなかった以外は、実施例1と同様にして基材の表面に厚さ20μmの表面コーティング膜を形成し、得られた処理物をそのままブレーキシム用素材とした。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は0%であった。
【0063】
(比較例2)
実施例1(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、フェノール樹脂を含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度15質量%、固形分換算したフェノール樹脂含有割合60質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は50%であった。
【0064】
(比較例3)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、シランカップリング剤を含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度5質量%、固形分換算したシランカップリング剤含有割合100質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は0%であった。
【0065】
(比較例4)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、Mg炭酸塩を含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度10質量%、固形分換算したマグネシウム炭酸塩含有割合100質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は0%であった。
【0066】
(比較例5)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度12質量%、固形分換算した水分散性シリカ含有割合100質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は0%であった。
【0067】
(比較例6)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、アルミニウムおよび水分散性アルミニウムを含有する金属含有皮膜形成用処理液(固形分濃度20質量%、固形分換算したアルミニウム含有割合40質量%、固形分換算した水分散性アルミニウム含有割合60質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は0%であった。
【0068】
(比較例7)
実施例1の(1)において、金属含有皮膜形成用処理液として、フッ酸および水分散性シリカを含有する金属含有皮膜形成用処理液(フッ酸含有割合20質量%、水分散性シリカ含有割合40質量%)を使用した以外は、実施例1と同様にしてブレーキシム用素材を得た。
得られたブレーキシム用素材に対し、実施例1と同様の方法で耐塩水噴霧試験を行ったところ、耐塩水噴霧性は0%であった。
【0069】
比較例1〜比較例7の結果を表3に示す。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
表1〜表2より、実施例1〜実施例10で得られたブレーキシム用素材は、金属板からなる基材の片側主表面または両側主表面に、(A)Mg炭酸塩、Co炭酸塩、Zr炭酸塩、Mn炭酸塩、Ni炭酸塩、Cu炭酸塩から選ばれる一種以上の炭酸塩または酸性分および金属の反応生成物と、(B)シリカ、アルミナ、ジルコニアおよびチタニアから選択される一種以上とを含む金属含有皮膜を介して表面コーティング膜が設けられているものであることにより、クロメート処理を施すことなく、優れた耐塩水性を示しつつ表面コーティング膜が基材に対して高い密着性を発揮し得るとともに、優れた加工性を発揮し得るものであることが分かる。
【0074】
一方、表3より、比較例1〜比較例7で得られたブレーキシム用素材は、成分(A)および成分(B)を含む所定の金属含有皮膜を有さないことから、耐塩水性に劣り、表面コーティング膜の基材に対する密着性が低いものであることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によれば、クロメート処理を施すことなく、優れた耐塩水性を示しつつ表面コーティング膜が基材に対して高い密着性を示すとともに、加工性に優れたブレーキシム用素材を提供することができる。