(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6679660
(24)【登録日】2020年3月23日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】香りの嗜好性評価方法
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20200406BHJP
G06Q 50/22 20180101ALI20200406BHJP
【FI】
A61B10/00 X
A61B10/00 E
G06Q50/22
A61B10/00ZDM
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-111989(P2018-111989)
(22)【出願日】2018年6月12日
(62)【分割の表示】特願2014-32012(P2014-32012)の分割
【原出願日】2014年2月21日
(65)【公開番号】特開2018-161504(P2018-161504A)
(43)【公開日】2018年10月18日
【審査請求日】2018年6月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002196
【氏名又は名称】サッポロホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100206944
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 絵美
(72)【発明者】
【氏名】小島 英敏
(72)【発明者】
【氏名】荒木 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】丸山 弘明
(72)【発明者】
【氏名】渕本 潤
(72)【発明者】
【氏名】坂井 信之
【審査官】
▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−117839(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2009/0156907(US,A1)
【文献】
堅田敬太 ほか3名,Functional MRIを用いた快・不快 臭い刺激による脳局所反応に関する研究,日本鼻科学会会誌,2009年 8月31日,Vol.48, No.3,p.247
【文献】
FULBRIGHT, R.K. et al.,Functional MR imaging of regional brain responses to pleasant and unpleasant odors.,AJNR. American journal of neuroradiology.,1998年10月,Vol.19, No.9,p.1721-1726
【文献】
OKAMOTO, et al.,Three-dimensional probabilistic anatomical cranio-cerebral correlation via the international 10?20 system oriented for transcranial functional brain mapping,NeuroImage,2004年 1月,Vol.21, No.1,p.99-111
【文献】
飯島亜紀、谷崎みゆき、中原凱文,脳血液動態(近赤外線分光法)による「香り」の快・不快評価の有効性に関する調査,日本生理人類学会誌,日本,日本生理人類学会,2000年11月25日,Vol.5 特別号(2),22-23
【文献】
BARTOCCI, M. et al.,Cerebral hemodynamic response to unpleasant odors in the preterm newborn measured by near-infrared spectroscopy.,Pediatric research.,2001年 9月,Vol.50, No.3,p.324-330
【文献】
MATSUMOTO, T et al.,Dried-bonito aroma components enhance salivary hemodynamic responses to broth tastes detected by near-infrared spectroscopy.,Journal of agricultural and food chemistry.,2012年 1月25日,Vol.60, No.3,p805-811
【文献】
福田正人,三國雅彦,5章NIRS検査の実用化 1.NIRS検査法の標準化の試み,精神疾患とNIRS,2009年 6月 5日,p.222-231
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 10/00
A61B 5/00− 5/22
G01N 21/00−21/01
G01R 33/44−33/58
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ある1つの香りを嗅いだ時の被験者の脳血流量の変化を測定する脳血流量測定工程と、
脳血流量が増加した脳の部位に基づいて、前記被験者の前記香りに対する嗜好性を判定する嗜好性評価工程とを含み、
前記嗜好性評価工程が、脳血流量の変化を測定した部位の中から脳血流量が増加した脳の部位を特定する工程と、特定された該脳の部位に基づいて、前記被験者の前記香りに対する嗜好性を判定する工程とを含み、
前記脳血流量が増加した脳の部位が、下前頭回弁蓋部及び下前頭回三角部からなる群から選ばれる1つ以上の領野内にある、前記香りの嗜好性評価方法。
【請求項2】
前記脳血流量の変化が、近赤外分光分析法によって測定される、請求項1に記載の嗜好性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香りの嗜好性評価方法に関する。特に、ある香りを嗅いだときの脳血流量の変化を測定することにより、嗜好性を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香りを有する製品、特に飲食品、芳香剤などの製品においては、より市場のニーズに適した製品を提供するため、開発段階において消費者の嗜好性調査が行われている。従来の嗜好性評価方法としては、アンケートによる官能評価方法が一般的である。アンケートでは、例えば、被験者各々が香りを嗅ぎ、その香りをどの程度好ましいものと感じたか、対照品と比べてどう感じたかなどの種々の質問に回答する。人の感覚をデータとして収集するために、言葉による回答方法の他に、順位法、採点法などの評価によって相対的に数値化する回答方法がある。
【0003】
生体内で起きている生理応答、特に脳血流を測定するための方法として近赤外分光分析法(Near−Infrared Spectroscopy:NIRS)がある。これは、近赤外光を用いて人体を傷つけることなく安全に生体組織の酸素状態を測定する方法である。脳が活動すると、活動部位の血流量が増加し、組織の酸素状態が変化する。近赤外分光分析法を用いて脳組織の酸素状態の変化を連続的に測定することによって、大脳表面の活動部位を知ることができる。例えば、特許文献1には、香料を添加した飲食物を飲食又は嗅いだときの脳血流の変化を近赤外分光分析法によって測定することで香料の適性を評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−304445号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
製品が有する香りに対する嗜好性を評価しようとする場合、従来のアンケートによる方法では、回答結果が感覚疲労、体調変化などの要因に影響されやすい。また、アンケートの回答に表れない被験者の無意識を探ることは難しい。さらに、主観的な判断であることから、定量的に評価を行うことは困難である。
【0006】
そこで、アンケートによる回答を要せずに、客観的に被験者の嗜好性に関するデータを収集することができる嗜好性評価方法が望まれている。
【0007】
本発明は、香りの嗜好性を客観的に判断することのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ある1つの香りを嗅いだ時の被験者の脳血流量の変化を測定する脳血流量測定工程と、脳血流量が増加した脳の部位に基づいて、被験者の上記香りに対する嗜好性を判定する嗜好性評価工程とを含む、香りの嗜好性評価方法を提供する。
【0009】
本発明者らは、ある香りを嗅いだ際に、その香りを好ましいと感じるか、又は好ましくないと感じるかによって、血流量が増加する脳の部位が異なることを見出した。そして、嗅いだ香りに対する被験者の嗜好性アンケート結果と、特定の脳の部位における脳血流増加量との相関関係を統計的に解析した結果、脳血流が増加した部位の相違を被験者のその香りに対する嗜好性の判定に利用できることを見出した。
【0010】
上記嗜好性評価方法では、脳の部位は、前頭眼野、前頭前野背外側部、前頭極、眼窩前頭野、下前頭回弁蓋部、下前頭回三角部及び下前頭前野からなる群から選ばれる1つ以上の領野内にあることが好ましく、前頭眼野、前頭前野背外側部、下前頭回弁蓋部及び下前頭回三角部からなる群から選ばれる1つ以上の領野内にあることがより好ましい。
【0011】
上記嗜好性評価工程は、好ましくは、国際10−20法規格に基づいて配置されたチャンネル2〜5、13、20〜23、28〜32、37〜40のいずれかにより測定される部位からなる群から選ばれる1つ以上の部位における脳血流量の増加を検出した場合に、上記被験者が上記香りを好ましいと感じたと判定する工程である。より好ましくは、上記嗜好性評価工程は、国際10−20法規格に基づいて配置されたチャンネル13、20〜23、28〜32、37〜40のいずれかにより測定される部位からなる群から選ばれる1つ以上の部位における脳血流量の増加を検出した場合に、上記被験者が上記香りを好ましいと感じたと判定する工程であり、更に好ましくは、国際10−20法規格に基づいて配置されたチャンネル13により測定される部位における脳血流量の増加を検出した場合に、上記被験者が上記香りを好ましいと感じたと判定する工程である。
【0012】
上記嗜好性評価工程は、国際10−20法規格に基づいて配置されたチャンネル7、9、10、16、18、24、25、27、33、41、42のいずれかにより測定される部位からなる群から選ばれる1つ以上の部位における脳血流量の増加を検出した場合に、上記被験者が上記香りを好ましくないと感じたと判定する工程としてもよい。中でも好ましくは、上記嗜好性評価工程は、国際10−20法規格に基づいて配置されたチャンネル10、16、18、25、42のいずれかにより測定される部位からなる群から選ばれる1つ以上の部位における脳血流量の増加を検出した場合に、上記被験者が上記香りを好ましくないと感じたと判定する工程であり、更に好ましくは、嗜好性評価工程は、国際10−20法規格に基づいて配置されたチャンネル10により測定される部位における脳血流量の増加を検出した場合に、上記被験者が上記香りを好ましくないと感じたと判定する工程である。
【0013】
上記脳血流量の変化は、近赤外分光分析法によって測定されることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、香りの嗜好性を客観的に評価することのできる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本実施形態に係る嗜好性評価方法に用いるチャンネル配置の一例を示す模式図である。
【
図2】(a)は脳血流増加量と嗜好性アンケート結果とにおいて正の相関を示すチャンネル、(b)は脳血流増加量と嗜好性アンケート結果とにおいて負の相関を示すチャンネルを表す図である。
【
図3】(a)は嗜好性アンケート結果とチャンネル13における脳血流量増加量の関係を示すグラフ、(b)は嗜好性アンケート結果とチャンネル37における脳血流量増加量の関係を示すグラフ、(c)は嗜好性アンケート結果とチャンネル10における脳血流量増加量の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施形態に限られるものではない。
【0017】
本発明の香りの嗜好性評価方法は、ある1つの香りを嗅いだ時の被験者の脳血流量の変化を測定する脳血流量測定工程と、脳血流量が増加した脳の部位に基づいて、上記被験者の上記香りに対する嗜好性を判定する嗜好性評価工程とを含む。
【0018】
(嗜好性評価)
本明細書で「香りの嗜好性評価」とは、評価対象である香りが被験者にとって「好ましい」と感じられるものであるか「好ましくない」と感じられるものであるかを評価することをいう。
【0019】
(領野名)
本明細書で用いている脳の各領野名は、大脳新皮質の解剖学的区分として一般的に用いられているコルビニアン・ブロードマンの区分(通称、「ブロードマンの脳地図」と呼ばれる。)による。ブロードマンの脳地図では、組織構造が均一である部分をひとまとまりの領域として区分して、1から52までの番号が振られている。この明細書において脳の領野名は、脳内の解剖学的位置を指すために用いられるものであって、必ずしも各領野で発揮されると考えられている脳の機能と関連付けられるものではない。
【0020】
(脳血流量の変化)
本明細書において脳血流量の変化とは、大脳表面付近の血液中のオキシヘモグロビン量の変化によって測定されるものである。血液中のオキシヘモグロビン量の変化は、例えば、近赤外分光分析法、機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)、ポジトロン断層法(PET)などによって測定することができ、血液中のオキシヘモグロビン量の変化は、近赤外分光分析法により測定することが好ましい。近赤外分光分析法としては、機能的近赤外分光分析法(fNIRS)を用いてもよい。
【0021】
(近赤外分光分析法)
近赤外分光分析法装置により測定を行うには、被験者の頭表に送光プローブ、及び受光プローブを装着する。送光プローブは被験者の脳内へ近赤外光を照射し、被験者の脳内へ照射された近赤外光は大脳皮質などで反射されて頭表へ戻り、受光プローブによって検出される。脳血流に含まれるオキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンは近赤外波長領域の光に対してそれぞれ異なる吸収スペクトルを有するので、送光プローブから照射された近赤外光は脳血流に含まれるオキシヘモグロビン又はデオキシヘモグロビンによって吸収され、受光プローブによって検出される光量は、上記オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの量を反映して減少する。したがって、照射時と検出時の光量変化から、近赤外光が通過した部位の脳血流量やそれに含まれるオキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの量を推定することができる。上記光量変化を経時的に計測することで、光照射部位の脳血流量やそれに含まれるオキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの時間的変化を脳活動時系列データとして記録することができる。近赤外分光分析法装置としては、例えば、島津製作所社製のfNIRS計測装置「LABNIRS」を用いることができる。
【0022】
(チャンネル)
本明細書では、送光プローブ及び受光プローブの組み合わせによって脳血流量が実際に測定されるそれぞれの部位をチャンネルと呼ぶ。各チャンネルを被験者の頭部の任意の位置に設けて脳血流量を測定することができるが、測定の再現性のために、頭部の一定の位置にチャンネルを設けることが望ましい。
【0023】
各チャンネルは、国際10−20法規格に基づいて配置することができる。
図1に示すチャンネル配置は、島津製作所社製のfNIRS計測装置「LABNIRS」で用いられる前頭測定用のチャンネル配置の一例である。
図1に示すチャンネル配置は、チャンネル38とチャンネル39の中央が被験者頭部のFpzとなるように合わせ、FpzからCzの方向に向かう正中線上にチャンネル30、チャンネル13が位置するように配置されている。
図1に示すチャンネル配置では、各チャンネルの間に設置されているプローブが横一列に3cm間隔で配置され、上下に隣り合う列が3cm間隔で配置されている。上下に隣り合う列はプローブが1.5cmずつ横方向にずれるように配置されている。各チャンネルの番号は、測定者が任意に設定可能であり、
図1に示すチャンネル配置の番号とは異なってもよい。チャンネル番号は、
図1に示す番号に設定されることが好ましい。
【0024】
(香り)
本発明の嗜好性評価方法は、飲食品の香り、芳香剤の香りなど、任意の香りを対象として嗜好性を評価するために用いることができる。中でも飲料の香りに対する嗜好性を評価するために用いることに適しており、飲料の中でも特に、ビール、発泡酒等の発泡性アルコール飲料、発泡性ノンアルコールビールテイスト飲料などのビールテイスト飲料に用いることに更に適している。
【0025】
(ある1つの香り)
本実施形態に係る香りの嗜好性評価方法では、必ずしも基準品との比較は必要ではなく、対象となる香りの嗜好性を単独で絶対的に評価することが可能である。本明細書において、1つの香りとは、被験者が一度に嗅ぐことのできる香りを意味するものであって、必ずしも単一成分からなる香りを意味するものではなく、香りの原因物質である成分を複数含んでいてもよい。また、複数の製品から発せられる香りが混合されたものであってもよい。
【0026】
(脳血流量測定工程)
本実施形態に係る香りの嗜好性評価方法では、まず、ある1つの香りを嗅いだ時の被験者の脳血流量変化を測定する脳血流量測定工程が行われる。以下には、近赤外分光分析法によって測定する場合を説明する。
【0027】
脳血流量を測定するために、被験者の頭部に近赤外分光分析法用のプローブを装着する。全ての被験者の頭部において一定の位置に取り付けられるよう、プローブを上述のとおり国際10−20法規格に基づいて装着することが好ましい。
【0028】
近赤外分光分析法によって対象とする活動を行っている間の脳の活動状態を調べるためには、安静時の脳の血流量を測定し、活動時の脳の血流量と比較する必要がある。この脳を安静化させるための時間を「レスト期間」と呼び、刺激を与え脳を活動化させるための時間を「タスク期間」と呼び、タスク期間後、脳が安静化するまでの時間を「ポストタスク期間」と呼ぶ。脳血流量の測定は、レスト期間、タスク期間及びポストタスク期間を組み合わせて行われる。すなわち、レスト期間、タスク期間及びポストタスク期間中、脳血流量が継続して測定される。本実施形態に係る嗜好性評価方法では、目的の香りを呈示している時間がタスク期間に相当する。被験者に香りが呈示された時がタスク期間の開始時であり、その後任意の時間をタスク期間とすることができる。
【0029】
近赤外分光分析用のプローブを装着され、脳血流量の測定可能な状態とされた被験者に、評価対象である香りが呈示される。被験者が香りを嗅ぐ方法としては、官能試験に用いられる任意の方法を適用することができる。近赤外分光分析法においては、被験者が頭部を極力動かさないことが望ましいため、香りを被験者に供給する装置が、被験者が定位置のまま香りを嗅げるように設けられていることが好ましい。例えば、評価対象である香りを含む空気と、香りを含まない空気とを任意で切り替えて被験者に供給できる装置を用いることができる。複数の香りに対する嗜好性を比較する場合には、各香りの呈示時間は一定であることが望ましい。
【0030】
本実施形態に係る嗜好性評価方法は、評価対象である香りに対して別途対照品を設定する必要がないため、香りごとに嗜好性を絶対評価することができる。したがって、レスト期間、タスク期間及びポストタスク期間は、1つの香りについて1セット行われればよい。判定の精度を上げるために、複数セットを連続して行い、各セットの変化量の平均値によって後述する判定を行ってもよい。また、異なる香りを用いたセットが連続して行われてもよい。
【0031】
(嗜好性を判定する嗜好性評価工程)
次に、脳血流量が増加した脳の部位に基づいて、被験者の香りに対する嗜好性を判定する嗜好性評価工程が行われる。
【0032】
活動時の脳の血流量の分析を行う時間を「分析期間」と呼ぶ。上述の方法により測定された各チャンネルにおける分析期間の脳血流量を、レスト期間の脳血流量と比較することによって、分析期間の脳血流量の変化量を求める。具体的には、例えば、一定のレスト期間中の脳血流量の平均値と、一定の分析期間中の脳血流量の平均値とを比較することによって、香りを嗅いだ時の脳血流量の変化量を求めることができる。レスト期間と比較して脳血流量の変化量を算出するためには、分析期間は、全タスク期間及びポストタスク期間の脳血流量データを用いる必要はなく、タスク期間及びポストタスク期間中の任意の一部の期間の脳血流量データを用いることができる。タスク期間開始後、香りを10秒間(0−10秒後)にわたって被験者に呈示する場合には、例えば、香りの呈示後0−20秒後の分析期間の脳血流量データを用いることができる。香りの呈示後0−5秒後、5−10秒後、10−15秒後、0−10秒後又は5−15秒後の分析期間のデータを用いることが好ましく、5−10秒後の分析期間のデータを用いることがより好ましいが、これらに限定されるものではない。レスト期間との比較に用いる分析期間を香りの呈示後5−10秒後とすることで、嗜好性と脳血流増加量との相関が高まり、より信頼性の高い判定を行うことができる。
【0033】
次に、香りを嗅いだ時に脳血流量が増加した脳の部位を特定する。特定された脳の部位に基づいて、被験者が、嗅いだ香りを好ましいと感じたのか、又は好ましくないと感じたのかを判定する。脳血流量がオキシヘモグロビン量として0.001mM・cm以上増加した部位を、脳血流量が増加した脳の部位とすることが好ましい。
【0034】
脳血流量の増加を検出する脳の部位は、前頭眼野、前頭前野背外側部、前頭極、眼窩前頭野、下前頭回弁蓋部、下前頭回三角部及び下前頭前野のいずれかの領野に含まれる部位であることが好ましい。脳の部位は、上記領野の複数にまたがって含まれる部位であってもよい。脳の部位は、上記領野の中でも、前頭眼野、前頭前野背外側部、下前頭回弁蓋部及び下前頭回三角部のいずれかの領野に含まれる部位であることがより好ましい。
【0035】
脳血流量の増加が検出される脳の部位は、被験者の頭部に配置された各チャンネルの位置によって特定することができる。島津製作所社製、fNIRS計測装置「LABNIRS」を用いて、
図1のとおりにチャンネルが配置された場合、各チャンネルにより測定される部位と脳の各領野との関係は表1に示すとおりである。領野番号はブロードマンの脳地図による。
【0037】
例えば、
図1に示すチャンネル2〜5、13、20〜23、28〜32、37〜40のいずれかで脳血流量の増加を検出した場合に、被験者が嗅いだ香りを好ましいと感じたと判定することができる。脳血流量の増加を検出した場合に好ましいと感じたと判定するチャンネルは、13、20〜23、28〜32、37〜40のいずれかであることがより好ましい。これらのチャンネルにおいて検出される脳血流量の増加は、香りに対して被験者がどの程度好ましいと感じたかとより相関しているため、より精度の高い判定を行うことができる。これらのチャンネルの中でも、チャンネル13が特に好ましい。
【0038】
一方、例えば、
図1に示すチャンネル7、9、10、16、18、24、25、27、33、41、42のいずれかで脳血流量の増加を検出した場合に、被験者が嗅いだ香りを好ましくないと感じたと判定することができる。脳血流量の増加を検出した場合に好ましくないと感じたと判定するチャンネルは、10、16、18、25、42のいずれかであることがより好ましい。これらのチャンネルにおいて検出される脳血流量の増加は、香りに対して被験者がどの程度好ましくないと感じたかとより相関しているため、より精度の高い判定を行うことができる。これらのチャンネルの中でも、チャンネル10が特に好ましい。
【0039】
本実施形態に係る香りの嗜好性評価方法では、脳血流量の増加が検出された脳の部位における脳血流の増加量の程度によって、好ましさの度合いを判定することもできる。すなわち、好ましいと感じたときに脳血流量が増加するとされるチャンネルにおいて、その増加量が大きいほど、より強く好ましいと感じたと判定することができる。同様に、好ましくないと感じたときに脳血流量が増加するとされるチャンネルにおいて、その増加量が大きいほど、より強く好ましくないと感じたと判定することができる。
【0040】
近赤外分光分析法によって測定された脳血流量のデータについて、被験者の頭の大きさの違いによるバラつきを差し引くための補正処理を行ってもよい。なお、本実施形態に係る香りの嗜好性評価方法では、被験者の香りに対する嗜好性と特定の脳の部位における脳血流増加量とが十分な相関関係を示すため、上記補正を行わなくても十分に信頼性のある判定を行うことが可能である。
【実施例】
【0041】
以下の実験により、香りの嗜好性と脳血流量の相関関係を確認した。
【0042】
近赤外分光分析法による計測には、fNIRS計測装置LABNIRS(島津製作所社製)を用いた。
図1に示すとおりにチャンネルの配置及び番号付けを行った。チャンネルを一定の位置に配置するため、国際10−20法規格に基づいて頭部を計測し、
図1に示すチャンネル38とチャンネル39の中央を被験者頭部のFpzとし、FpzからCzに向かう正中線上にチャンネル30、チャンネル13が位置するようにチャンネルを配置した。各チャンネル間に設置するプローブを横一列に3cm間隔で配置し、上下に隣り合う列を3cm間隔で配置した。上下に隣り合う列はプローブが1.5cmずつ横方向にずれるように配置した。各チャンネルが属する脳の領野名は表1のとおりである。
【0043】
(香り)
香りの発生源として、13種類の異なるビールテイスト飲料を用いた。各種飲料の入った容器をチューブに接続し、飲料から自然に発せられる香りをチューブを介して嗅げる状態とした。チューブには、別途、香りを含まない通常の空気を流せる状態とし、香りを含む空気及び含まない空気とを任意で切り替えられるよう準備した。
【0044】
各試料につき3−7名の成人の男女を被験者とし、全試料で延べ59回の試行を実施した。レスト期間を10秒間、タスク期間を10秒間、ポストタスク期間を30秒間とし、タスク期間に被験者に試料となる香りを流した。レスト期間中及びポストタスク期間中には香りを含まない空気を流した。
【0045】
(香りの評価方法:アンケート)
被験者は、1つの香りを嗅ぐごとに、香りを好ましいと感じる度合いを−3〜+3の計7段階によって評価した。この実験例ではプラスの評価段階は好ましいことを意味し、マイナスの評価段階は好ましくないことを意味する。絶対値が大きいほどより好ましい又はより好ましくないことを意味する。
【0046】
(算出方法)
近赤外分光分析法により、レスト期間及びタスク期間及びポストタスク期間中の被験者の脳血流量をチャンネルごとに経時的に記録した。レスト期間10秒間の脳血流量の平均値を算出した。また、分析期間を、香りの呈示後0−5秒、5−10秒、10−15秒及び5−15秒の4区間とし、各チャンネルにおける脳血流量の変化量の平均値を算出した。分析期間の各区間の脳血流量の平均値からレスト期間の脳血流量の平均値を引いた値を求め、各区間の脳血流量の増加量とした。この増加量と、アンケートによる嗜好性評価との相関性をPearsonの相関分析により調べた。
【0047】
検定の結果、嗜好性アンケート結果と脳血流量増加量との相関が最もよく表れたのは分析期間のうち5−10秒の区間であった。
図2に、分析期間の5−10秒の区間において、嗜好性のアンケート結果と脳血流量の増加量との間に相関関係が現れたチャンネルを示す。
図2(a)では、嗜好性アンケート結果と脳血流量の増加との間に正の相関が見られたチャンネルが強調されている。正の相関とは、より好ましい程、より脳血流量が増加することを意味する。相関分析の結果、正の相関としてp値が0.05未満であったのはチャンネル13であり、p値が0.05超0.1未満であったのはチャンネル37、38及び39であり、p値が0.1超0.2未満であったのはチャンネル2、3、4及び5であった。
【0048】
図2(b)では、嗜好性アンケート結果と脳血流量の増加との間に負の相関が見られたチャンネルが強調されている。負の相関とは、より好ましくない程、より脳血流量が増加することを意味する。負の相関としてp値が0.05未満であったのはチャンネル10であり、p値が0.1超0.2未満であったのはチャンネル42であった。
【0049】
分析期間のうち他の区間についても嗜好性のアンケート結果と脳血流量増加量との相関関係を分析したところ、正の相関が見られたチャンネルは、0−10秒、10−15秒、5−15秒の区間のいずれにおいても、5−10秒の区間で正の相関が見られたチャンネルと重複していた。負の相関が見られたチャンネルとしては、0−10秒の区間では、p値が0.05未満であったのはチャンネル10であり、p値が0.05超0.1未満であったのはチャンネル42であり、p値が0.1超0.2未満であったのはチャンネル9、18、27、33及び41であった。10−15秒の区間では、p値が0.05未満であったのはチャンネル10であり、p値が0.1超0.2未満であったのはチャンネル7、9、24であった。5−15秒の区間では、p値が0.05未満であったのはチャンネル10であり、p値が0.1超0.2未満であったのはチャンネル9、24及び27であった。
【0050】
図3は、特に高い相関を示したチャンネルでの、嗜好性アンケート結果別の脳血流増加量を示すグラフである。グラフの縦軸は脳血流量増加量(オキシヘモグロビン増加量)を表す。チャンネル13では、嗅いだ香りを好ましい(7段階の+2及び+3)と答えた被験者の脳血流増加量が、どちらでもない(±0)又は好ましくない(−1〜−3)と答えた被験者の脳血流増加量に対して明らかに大きかった(
図3(a))。同様に、チャンネル37においても、嗅いだ香りを好ましいと答えた被験者の脳血流増加量が、どちらでもない又は好ましくないと答えた被験者の脳血流増加量に対して明らかに大きかった(
図3(b))。一方、チャンネル10においては、嗅いだ香りを好ましくない又はどちらでもないと答えた被験者の脳血流増加量が、好ましいと答えた被験者の脳血流増加量に対して明らかに大きかった(
図3(c))。
【0051】
以上の結果から、ある香りを嗅いだ時の被験者の脳血流が、チャンネル2、3、4、5、13、37、38又は39のいずれか1つ以上で増加することが検出されたとき、その被験者は当該香りを好ましいと感じた可能性が高い。さらに、チャンネル37、38又は39のいずれか1つ以上で脳血流が増加することが検出されれば、好ましいと感じた可能性がより高く、チャンネル13で脳血流の増加が検出されれば、好ましいと感じた可能性が特に高い。したがって、これらのチャンネルで脳血流の増加が検出されたとき、その被験者が当該香りを好ましいと感じたと判定することができる。また、これらのチャンネルでの脳血流量増加量が大きい程、被験者が当該香りをより強く好ましいと感じたと判定することができる。
【0052】
一方、ある香りを嗅いだ時の被験者の脳血流が、チャンネル10又は42のいずれか1つ以上で増加することが検出されたとき、被験者が当該香りを好ましくないと感じた可能性が高く、チャンネル10で脳血流が増加することが検出されたとき、好ましくないと感じた可能性が特に高い。したがって、チャンネル10又は42の少なくとも一方において脳血流量の増加が検出されたとき、被験者は当該香りを好ましくないと感じたと判定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係る香りの嗜好性評価方法によって、香りの嗜好性を客観的に判断することができる。この方法によって特定箇所の脳血流量を測定することにより、香りを嗅いだ被験者がその香りを好ましいと感じたか又は好ましくないと感じたかを、アンケート手法を用いずに客観的に判定することができる。