特許第6680039号(P6680039)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6680039
(24)【登録日】2020年3月24日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】リン酸化多糖類の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 5/00 20060101AFI20200406BHJP
【FI】
   C08B5/00
【請求項の数】7
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2016-67864(P2016-67864)
(22)【出願日】2016年3月30日
(65)【公開番号】特開2017-179104(P2017-179104A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2018年7月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】野口 裕一
(72)【発明者】
【氏名】松原 悠介
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/185505(WO,A1)
【文献】 特開平07−145201(JP,A)
【文献】 米国特許第04566910(US,A)
【文献】 特開平06−033398(JP,A)
【文献】 特開昭54−158391(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 5/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸化剤によるセルロースのリン酸化反応後に回収される未反応のリン酸化剤を含む回収物の存在下において、セルロースをリン酸化する工程を含む、リン酸化セルロースの製造方法であって、
前記回収物は、リン及び糖類を含み、
前記リンの含有量(mol)をncとし、前記糖類の含有量(mol)をndとした場合、
0≦nd/nc≦0.45
の条件を満たすように調整する工程をさらに含むリン酸化セルロースの製造方法。
【請求項2】
セルロースのリン酸化反応後に、反応産物から前記回収物を分離する工程をさらに含む請求項1に記載のリン酸化セルロースの製造方法。
【請求項3】
前記回収物は、リン酸及びリン酸塩から選択される少なくとも1種と、尿素と、を含む請求項1又は2に記載のリン酸化セルロースの製造方法。
【請求項4】
前記回収物は、尿素に由来する窒素、及びリンを含み、
前記尿素に由来する窒素の含有量(mol)をnaとし、前記リンの含有量(mol)をncとした場合、
0≦na/nc≦1000
の条件を満たすように調整する工程をさらに含む請求項1〜3のいずれか1項に記載のリン酸化セルロースの製造方法。
【請求項5】
前記回収物は、尿素に由来する窒素、及びアンモニア性窒素を含み、
前記尿素に由来する窒素含有量(mol)をnaとし、前記未反応のリン酸化剤に含まれるアンモニア性窒素の含有量(mol)をnbとした場合、
0.2≦na/(na+nb)≦1
の条件を満たすように調整する工程をさらに含む請求項1〜4のいずれか1項に記載のリン酸化セルロースの製造方法。
【請求項6】
前記調整する工程は、前記回収物に含まれる糖類の少なくとも一部を除去する工程を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載のリン酸化セルロースの製造方法。
【請求項7】
前記調整する工程は、前記回収物に含まれるアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程を含む請求項1〜6のいずれか1項に記載のリン酸化セルロースの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸化多糖類の製造方法に関する。具体的には、本発明は、再利用リン酸化剤を用いて多糖類をリン酸化する工程を含むリン酸化多糖類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の代替及び環境意識の高まりから、再生産可能な天然繊維を利用した材料が着目されている。天然繊維の中でも、繊維径が10μm以上50μm以下の繊維状セルロース、特に木材由来の繊維状セルロース(パルプ)は、主に紙製品としてこれまで幅広く使用されてきた。
【0003】
また、繊維状セルロースとしては、繊維径が1μm以下の微細繊維状セルロースも知られている。微細繊維状セルロースはシートや複合体の構成原料として用いることができる。微細繊維状セルロースを用いた場合、繊維同士の接点が著しく増加することから、引張強度等が大きく向上することが知られている。また、微細繊維状セルロースは、増粘剤などの用途へ使用することも検討されている。
【0004】
微細繊維状セルロースは、従来のセルロース繊維を機械処理することで製造可能であるが、セルロース繊維同士は水素結合により、強く結合している。したがって、単純に機械処理を行うのみでは、微細繊維状セルロースを得るまでに膨大なエネルギーが必要となる。
【0005】
より小さな機械処理エネルギーで微細繊維状セルロースを製造するためには、機械処理と合わせて、化学処理や生物処理といった前処理を行うことが有効であることが知られている。特に、化学処理により、セルロース表面のヒドロキシル基に親水性の官能基(例えば、カルボキシル基、カチオン基、リン酸基など)を導入すると、イオン同士の電気的な反発が生じ、かつイオンが水和することで、特に水系溶媒への分散性が著しく向上する。このため、化学処理を施さない場合に比べて微細化のエネルギー効率が高くなる。
【0006】
例えば、特許文献1及び2には、リン酸基がセルロースのヒドロキシル基とエステルを形成したリン酸化微細繊維状セルロース及びリン酸化微細繊維状セルロースの製造方法が開示されている。特許文献2には、リン酸化反応工程を尿素の存在下で行うことや、リン酸化反応工程を複数回行うことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2013/073652号公報
【特許文献2】国際公開第2014/185505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、セルロース繊維等の多糖類のリン酸化反応工程においては、リンや尿素を多量に含む試薬が使用されているため、リン酸化反応工程後に生じる排水の処理コストがかさむことが懸念されている。
【0009】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、リン酸基を有する多糖類の製造工程で排出される排水の処理コストを軽減することができるリン酸化多糖類の製造方法を提供することを目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、リン酸化多糖類の製造方法において、多糖類のリン酸化反応後に回収される未反応のリン酸化剤を含む回収物をリン酸化剤として再利用することにより、排水の処理コストを軽減し得ることを見出した。
具体的に、本発明は、以下の構成を有する。
【0011】
[1] リン酸化剤による多糖類のリン酸化反応後に回収される未反応のリン酸化剤を含む回収物の存在下において、多糖類をリン酸化する工程を含む、リン酸化多糖類の製造方法。
[2] 多糖類のリン酸化反応後に、反応産物から回収物を分離する工程をさらに含む[1]に記載のリン酸化多糖類の製造方法。
[3] 回収物は、リン酸及びリン酸塩から選択される少なくとも1種と、尿素と、を含む[1]又は[2]に記載のリン酸化多糖類の製造方法。
[4] 回収物は、尿素に由来する窒素、及びリンを含み、尿素に由来する窒素の含有量(mol)をnaとし、リンの含有量(mol)をncとした場合、
0≦na/nc≦1000
の条件を満たすように調整する工程をさらに含む[1]〜[3]のいずれかに記載のリン酸化多糖類の製造方法。
[5] 回収物は、尿素に由来する窒素、及びアンモニア性窒素を含み、尿素に由来する窒素含有量(mol)をnaとし、未反応のリン酸化剤に含まれるアンモニア性窒素の含有量(mol)をnbとした場合、
0.2≦na/(na+nb)≦1
の条件を満たすように調整する工程をさらに含む[1]〜[4]のいずれかに記載のリン酸化多糖類の製造方法。
[6] 回収物は、リン及び糖類を含み、リンの含有量(mol)をncとし、糖類の含有量(mol)をndとした場合、
0≦nd/nc≦10
の条件を満たすように調整する工程をさらに含む[1]〜[5]のいずれかに記載のリン酸化多糖類の製造方法。
[7] 調整する工程は、回収物に含まれる糖類の少なくとも一部を除去する工程を含む[4]〜[6]のいずれかに記載のリン酸化多糖類の製造方法。
[8] 調整する工程は、回収物に含まれるアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程を含む[4]〜[7]のいずれかに記載のリン酸化多糖類の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法によれば、リン酸化多糖類の製造工程で排出される排水の処理コストを軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明のリン酸化多糖類の製造方法の一態様を説明する工程図である。
図2図2は、本発明のリン酸化多糖類の製造方法の一態様を説明する工程図である。
図3図3は、本発明のリン酸化多糖類の製造方法の一態様を説明する工程図である。
図4図4は、リン酸基を有する繊維原料に対するNaOH滴下量と電気伝導度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。
【0015】
(リン酸化多糖類の製造方法)
本発明は、リン酸化多糖類の製造方法に関する。本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、リン酸化剤による多糖類のリン酸化反応後に回収される未反応のリン酸化剤を含む回収物の存在下において、多糖類をリン酸化する工程を含む。本発明では、多糖類のリン酸化反応後に回収される未反応のリン酸化剤を含む回収物を再利用することができる。このため、本発明では、リン酸化多糖類の製造工程で排出される排水の処理コストを軽減することができる。また、本発明では、リン酸化多糖類の製造工程で用いられるリン酸化試薬を再利用することができるため、廃液中のリン酸化剤の含有量を低減することができ、環境への負荷を低減することができる。さらに、多糖類のリン酸化反応に用いる試薬の量を削減することができるため、リン酸化多糖類の製造コストを抑制することも可能である。
【0016】
本明細書において、多糖類とは、グリコシド結合によって単糖が2個以上結合したものをいう。単糖としては、例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース等が挙げられる。多糖類には、これらの単糖が2個結合した二糖類やオリゴ糖類も含まれる。
【0017】
多糖類としては、比較的重合度が高いものが用いられることが多く、例えば、セルロース、ヒドロキシエチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、クインシード、カラギーナン、ペクチン、マンナン、カードラン、デンプン、アラビアガム、トラガントガム、キサンタンガム、グアガム、デキストラン、ローカストビーンガム、キチン、キトサン、寒天、アルギン酸、サイリューム、ジュランガム、ピーチガム、プルラン、タマリンドシードガム等が挙げられる。多糖類は水溶性多糖類であってもよく、非水溶性多糖類であってもよい。中でも、多糖類は、セルロースであることが好ましい。
【0018】
回収物を得るためのリン酸化反応工程で使用されるリン酸化剤は、リン原子を含有し、セルロースとエステル結合を形成しうる化合物(以下、化合物Aともいう)を含む。リン原子を含有し、セルロースのヒドロキシル基とエステル結合を形成しうる化合物は、例えば、リン酸、リン酸の塩、リン酸の脱水縮合物、リン酸の脱水縮合物の塩、五酸化二リン、オキシ塩化リンから選択される少なくとも1種またはこれらの混合物であるが特に限定されない。いずれも水和水等の形態で水を含んでも良いし、実質的に水を含まない無水物でも良い。
リン酸塩、リン酸の脱水縮合物の塩としては、リン酸、リン酸の脱水縮合物のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、有機アンモニウム塩、有機ホスホニウム塩のほか、任意の塩基性を示す化合物との塩が選択できるが、特に限定されない。
また、リン酸塩、リン酸の脱水縮合物の塩の中和度も特に限定されない。
【0019】
反応の均一性が高まり、かつリン酸基導入の効率が高くなることから化合物Aは溶液として用いることが好ましい。化合物Aの溶液のpHは特に限定されないが、リン酸基の導入の効率が高くなることから7以下であることが好ましく、pH3以上pH7以下がさらに好ましい。化合物Aの溶液のpHは例えば、リン酸基を有する化合物のうち、酸性を示すものとアルカリ性を示すものを併用し、その量比を変えて調整してもよい。化合物Aの溶液のpHは、リン酸基を有する化合物のうち、酸性を示すものに無機アルカリまたは有機アルカリを添加すること等により調整してもよい。
【0020】
リン酸化剤には、化合物Aに加えて、尿素(以下、化合物Bともいう)が含まれていることが好ましい。本明細書において、尿素には、尿素誘導体が含まれる。すなわち、尿素には、ビウレット、1−フェニル尿素、1−ベンジル尿素、1−メチル尿素、1−エチル尿素などが含まれる。
【0021】
化合物Bは化合物A同様に溶液として用いることが好ましい。また、反応の均一性が高まることから化合物Aと化合物Bの両方が溶解した溶液を用いることが好ましい。
【0022】
リン酸化反応工程は、多糖類にリン酸基を導入する工程である。リン酸化反応工程では、多糖類にリン酸化剤を混合する。リン酸化剤の混合は、乾燥状態又は湿潤状態の多糖類に粉末状や溶液状のリン酸化剤を混合することで行う。なお、多糖類を含むスラリーに粉末状や溶液状のリン酸化剤を混合してもよい。中でも、反応の均一性の観点から、乾燥状態又は湿潤状態の多糖類に粉末状や溶液状のリン酸化剤を混合することが好ましい。
【0023】
リン酸化剤を混合する際には、化合物Aと化合物Bは同時に添加してもよいし、別々に添加してもよい。また、初めに反応に供試する化合物Aと化合物Bを溶液として添加して、圧搾により余剰の薬液を除いてもよい。乾燥状態又は湿潤状態の多糖類に粉末状や溶液状のリン酸化剤を混合する場合は、多糖類の形態は綿状や薄いシート状であることが好ましいが、特に限定されない。
【0024】
多糖類に対する化合物Aの添加量は特に限定されないが、化合物Aの添加量をリン原子量に換算した場合、多糖類(絶乾質量)に対するリン原子の添加量は0.5質量%以上100質量%以下が好ましく、1質量%以上50質量%以下がより好ましく、2質量%以上30質量%以下が最も好ましい。多糖類に対するリン原子の添加量が上記範囲内であれば、多糖類を効率よくリン酸化することができる。
多糖類に対する化合物Bの添加量は1質量%以上500質量%以下であることが好ましく、10質量%以上400質量%以下であることがより好ましく、100質量%以上350質量%以下であることがさらに好ましく、150質量%以上300質量%以下であることが特に好ましい。
【0025】
リン酸化剤は化合物Aと化合物Bの他に、アミド類またはアミン類を反応系に含んでもよい。アミド類としては、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、アセトアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。アミン類としては、メチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。これらの中でも、特にトリエチルアミンは良好な反応触媒として働くことが知られている。
【0026】
リン酸化反応工程では、加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理温度は、多糖類の熱分解や加水分解反応を抑えながら、リン酸基を効率的に導入できる温度を選択することが好ましい。具体的には50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。また、加熱には減圧乾燥機、赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置を用いてもよい。
【0027】
加熱処理の際、化合物Aを添加した多糖類原料に水が含まれている間において、多糖類原料を静置する時間が長くなると、乾燥に伴い水分子と溶存する化合物Aが多糖類原料表面に移動する。そのため、多糖類原料中の化合物Aの濃度にムラが生じる可能性があり、多糖類表面へのリン酸基の導入が均一に進行しない恐れがある。乾燥による多糖類原料中の化合物Aの濃度ムラ発生を抑制するためには、ごく薄いシート状の多糖類原料を用いるか、ニーダー等で多糖類原料と化合物Aを混練又は撹拌しながら加熱乾燥又は減圧乾燥させる方法を採ればよい。
【0028】
加熱処理に用いる加熱装置としては、多糖類原料が保持する水分及びリン酸基と水酸基の付加反応で生じる水分を常に装置系外に排出できる装置であることが好ましく、例えば送風方式のオーブン等が好ましい。装置系内の水分を常に排出すれば、リン酸エステル化の逆反応であるリン酸エステル結合の加水分解反応を抑制できることに加えて、多糖類中の糖鎖の酸加水分解を抑制することもできる。
【0029】
加熱処理の時間は、加熱温度にも影響されるが多糖類原料から実質的に水分が除かれてから1秒以上300分以下であることが好ましく、1秒以上1000秒以下であることがより好ましく、10秒以上800秒以下であることがさらに好ましい。本発明では、加熱温度と加熱時間を適切な範囲とすることにより、リン酸基の導入量を好ましい範囲内とすることができる。
【0030】
上述したリン酸化反応後には、未反応のリン酸化剤を含む回収物が回収される。リン酸化反応後には、反応産物が得られ、反応産物には、リン酸化多糖類と未反応のリン酸化剤が含まれている。反応産物から未反応のリン酸化剤を含む溶液を分離することで回収物が得られる。なお、回収物は、液体状であってもよく、固形状であってもよい。回収物が固形状である場合は、未反応のリン酸化剤を含む溶液を分離後に濃縮する工程等が設けられることが好ましい。
【0031】
回収物が得られた後は、回収物の存在下において多糖類をリン酸化する工程が設けられる。本発明は回収物の存在下においてリン酸化されたリン酸化多糖類の製造方法に関するものである。なお、回収物の存在下において多糖類をリン酸化する工程における反応条件は、上述したリン酸化反応工程の反応条件と同様である。
【0032】
回収物の存在下において多糖類をリン酸化する工程では、回収物の添加量を回収物中に含まれるリン原子量に換算した場合、多糖類(絶乾質量)に対するリン原子の添加量を0.5質量%以上100質量%以下とすることが好ましく、1質量%以上50質量%以下とすることがより好ましく、2質量%以上30質量%以下とすることが最も好ましい。多糖類に対するリン原子の添加量が上記範囲内であれば、多糖類を効率よくリン酸化することができる。
また、多糖類(絶乾質量)に対する尿素の添加量は1質量%以上500質量%以下とすることが好ましく、10質量%以上400質量%以下とすることがより好ましく、100質量%以上350質量%以下とすることがさらに好ましく、150質量%以上300質量%以下とすることが特に好ましい。
【0033】
多糖類(絶乾質量)に対するリン原子や尿素の濃度が上記範囲内となるように、回収物には、適宜リン酸化剤を添加してもよい。この場合、リン酸化多糖類の製造工程は、回収物中のリン原子及び/又は尿素の濃度を測定する工程と、リン原子及び/又は尿素の濃度が所定値以下である場合に、リン原子及び/又は尿素を添加する工程を含むことが好ましい。
【0034】
回収物の存在下において多糖類をリン酸化する工程は、少なくとも1回行えば良いが、複数回繰り返すこともできる。この場合、より多くのリン酸基が導入されるので好ましい。
【0035】
図1は、本発明のリン酸化多糖類の製造方法の一態様を説明する工程図である。図1に示されるように、本発明のリン酸化多糖類の製造方法においては、リン酸化剤による多糖類のリン酸化反応後に回収される回収物を用いて多糖類をリン酸化する工程を含む。本発明は回収物の存在下においてリン酸化されたリン酸化多糖類の製造方法に関するものである。
【0036】
回収物は、リン酸化反応の反応産物から分離回収されるものである。すなわち、本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、回収物を得るための多糖類のリン酸化反応工程を含むものである。回収物を得るための多糖類のリン酸化反応工程を経た後の反応産物には、リン酸化多糖類と未反応のリン酸化剤が含まれており、反応産物から未反応のリン酸化剤を含む溶液を分離することで回収物が得られる。すなわち、回収物を得るための多糖類のリン酸化反応後には、反応産物から未反応のリン酸化剤を含む回収物を分離する工程をさらに含むことが好ましい。分離する工程では、反応産物から回収物を分離すると同時に、回収物を得るための多糖類のリン酸化反応工程で得られたリン酸化多糖類も得られる。
【0037】
分離する工程は、上述した回収物を得るための多糖類のリン酸化反応後の反応産物から回収物を分離する工程である。反応産物が固形物状である場合は、分離する工程では、反応産物にイオン交換水等の溶媒が添加される。反応産物に含まれる未反応のリン酸化剤等は、添加された溶媒に溶解するため、均一に撹拌後にろ別し、液相を得ることによって回収物を得ることができる。また、反応産物がスラリー状である場合は、分離する工程では、固液分離を行うこともできる。固液分離工程でろ別をし、液相を得ることによって回収物を得ることができる。
【0038】
リン酸化反応後に回収される回収物は、未反応のリン酸化剤を含む。すなわち、回収物は、回収物を得るための多糖類のリン酸化反応で消費されなかったリン酸化剤を含む。このような回収物は、再び多糖類のリン酸化反応に用いられる。すなわち、回収物は再利用リン酸化剤と言い換えることもできる。
【0039】
回収物には、回収物を得るための多糖類のリン酸化反応工程で使用されたリン酸化剤の少なくとも一部が含まれていることになる。上述したように、リン酸化剤には、リン酸及びリン酸塩から選択される少なくとも1種と、尿素が含まれていることが好ましいから、回収物にもリン酸及びリン酸塩から選択される少なくとも1種と、尿素が含まれていることが好ましい。
【0040】
図1では、回収物は、上流にあるリン酸化反応工程(回収物を得るための多糖類のリン酸化反応工程)に再び戻され、リン酸化剤として使用される態様が図示されている。図1に示されるように、多糖類のリン酸化反応は連続反応であり、その連続反応のいずれかの段階からリン酸化剤として回収物が使用されてもよい。この際、回収物には、リン酸化剤を新たに添加してもよいし、回収物のみをリン酸化剤として使用してもよい。
【0041】
回収物は、上流にあるリン酸化反応工程に再び戻されてもよいが、他のリン酸化反応工程のリン酸化剤として用いられてもよい。図2は、回収物が他のリン酸化反応工程に用いられる場合を説明する工程図である。図2では、まず、リン酸化剤による第1の多糖類の第1のリン酸化反応が行われる。第1のリン酸化反応の反応産物として、未反応リン酸化剤と第1のリン酸化多糖類が得られ、第1の分離工程において、回収物が回収される。次いで、この回収物は第2の多糖類のリン酸化剤として用いられ、第2のリン酸化反応が行われる。回収物を第2の多糖類のリン酸化剤として用いる場合には、必要に応じて新たなリン酸化剤を添加してもよい。第2のリン酸化反応後には、反応産物として、未反応リン酸化剤と第2のリン酸化多糖類が得られ、第2の分離工程において、回収物が再度回収される。第2の分離工程においては、回収物の回収と同時に第2のリン酸化多糖類が得られる。本発明は、このような第2のリン酸化多糖類の製造方法に関するものである。
【0042】
本発明が図2のような工程を含むリン酸化多糖類の製造方法である場合、第1の多糖類と第2の多糖類は同種のものであってもよく、異種のものであってもよい。また、第1のリン酸化反応工程と、第2のリン酸化反応工程の反応条件は同条件であってもよく、異なる条件であってもよい。
【0043】
図2では図示されていないが、第2の分離工程で回収された回収物は、さらに第3の多糖類のリン酸化剤として用いられてもよい。この場合、第3のリン酸化反応の反応産物として、未反応リン酸化剤と第3のリン酸化多糖類が得られ、第3の分離工程において、回収物と第3のリン酸化多糖類に分離される。このように、多糖類のリン酸化反応で回収される回収物は、複数回再利用することもできる。
【0044】
多糖類のリン酸化反応で回収される回収物を複数回再利用する場合は、再利用回数は、3回以下であることが好ましく、2回以下であることがより好ましく、1回であることがさらに好ましい。ここで、再利用回数とは、回収物を、多糖類をリン酸化する工程に供した回数である。再利用回数を上記範囲とすることにより、リン酸化多糖類の着色を効果的に抑制することができる。
【0045】
また、リン酸化剤による多糖類のリン酸化反応後には、回収物を回収する分離工程が複数工程設けられてもよい。例えば、図3は、リン酸化反応後に得られる反応産物から回収物を2回に分けて回収する場合を説明する工程図である。図3のような工程を有する場合、リン酸化剤による多糖類のリン酸化反応はスラリー中で行われることが好ましく、リン酸化反応後に得られる反応産物もスラリーであることが好ましい。この場合は、まず分離工程Aにおいて固液分離を行う。ここで分離された液相が回収物1となる。分離工程Aで分離された固形物には、リン酸化多糖類と固形物に残留した未反応のリン酸化剤が含まれている。このため、分離工程Bではさらに残留した未反応のリン酸化剤を回収し、回収物2とする。分離工程Bでは、溶媒抽出を行うことが好ましい。溶媒としては、水や有機溶剤を挙げることができる。有機溶剤としては、例えば、アルコール類、ケトン類、エーテル類、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、またはジメチルアセトアミド(DMAc)等を用いることができる。
回収物を2回に分けて回収した場合、回収物1と回収物2は、それぞれ別個に多糖類のリン酸化反応に用いられてもよいが、回収物1と回収物2は混合された後にリン酸化反応工程に供されることが好ましい。
【0046】
上述したような工程を経て得られる回収物には、未反応のリン酸化剤の他に、多糖類やリン酸化剤に由来した種々の成分が含まれている。例えば、回収物中には、(a)尿素に由来する窒素、(b)アンモニア性窒素、(c)リン及び(d)糖類から選択される少なくとも1種が含まれている。
【0047】
回収物に含まれる(a)尿素に由来する窒素の物質量濃度(mmol/g)をnaとし、回収物に含まれる(b)アンモニア性窒素の物質量濃度(mmol/g)をnbとし、回収物に含まれる(c)リンの物質量濃度(mmol/g)をncとし、回収物に含まれる(d)糖類の物質量濃度(mmol/g)をndとした場合、0≦na/nc≦1000であることが好ましい。すなわち、本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、0≦na/nc≦1000の条件を満たすように調整する工程を含むことが好ましい。本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、3≦na/nc≦100の条件を満たすように調整する工程を含むことがより好ましく、5≦na/nc≦70の条件を満たすように調整する工程を含むことがさらに好ましく、6≦na/nc≦70の条件を満たすように調整する工程を含むことが特に好ましい。
【0048】
また、0.2≦na/(na+nb)≦1であることが好ましく、本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、0.2≦na/(na+nb)≦1の条件を満たすように調整する工程を含むことが好ましい。本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、0.3≦na/(na+nb)≦1の条件を満たすように調整する工程を含むことがより好ましく、0.4≦na/(na+nb)≦1の条件を満たすように調整する工程を含むことがさらに好ましく、0.5≦na/(na+nb)≦1の条件を満たすように調整する工程を含むことが特に好ましい。
【0049】
さらに、0≦nd/nc≦10であることが好ましく、本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、0≦nd/nc≦10の条件を満たすように調整する工程を含むことが好ましい。本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、0≦nd/nc≦5の条件を満たすように調整する工程を含むことがより好ましく、0≦nd/nc≦1の条件を満たすように調整する工程を含むことがさらに好ましく、0≦nd/nc≦0.7の条件を満たすように調整する工程を含むことが特に好ましい。nd/ncを上記範囲内とすることにより、リン酸化多糖類の着色を抑制することができ、また、回収物のリン酸化反応を効率よく行うことができる。
【0050】
本発明においては、(a)尿素に由来する窒素、(b)アンモニア性窒素、(c)リン及び(d)糖類の物質量濃度の関係性を上記の通りとすることにより、多糖類のリン酸化反応を効率よく行うことができる。すなわち、多糖類に所望量のリン酸基を導入することが容易となる。また、回収物を繰り返し再利用した場合であっても、リン酸化反応の再現性を維持することができる。
【0051】
回収物に含まれる尿素に由来する窒素の物質量濃度naは、下記の方法で算出する。
具体的には、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド2g、95%エタノール100mL、濃塩酸10mLの混合液(呈色試薬)を作製する。検量線用の試料として、100ppm、200ppm、400ppm、600ppm、800ppm、1000ppmの尿素水溶液5gを準備し、上記呈色試薬10mLを加え、イオン交換水で全量が25mLとなるように希釈する。この溶液を室温で10分間静置した後、435nmの吸光度を測定し、検量線を作成する。測定試料となる回収物は、適宜希釈の後、上記手順と同様にして溶液を調製し、得られた435nmの吸光度の値と、検量線から、尿素濃度を測定する。その後、下記式に従い、回収物中の尿素に由来する窒素の物質量濃度(na)を決定する。
na[mmol/g]=回収物中の尿素濃度[g/g]/60×28/14×1000
なお、本明細書において、尿素には、尿素誘導体が含まれるが、尿素誘導体の物質量濃度も上記と同様の方法または、試薬の比率、添加量、測定波長を適宜変更することで算出することができる。
【0052】
回収物に含まれるアンモニア性窒素の物質量濃度nbは、アンモニア性窒素は、全窒素量から尿素に由来する窒素量を差し引くことで算出することができる。具体的には、回収物を一定量分取し、40℃に設定した減圧乾燥機にて、恒量になるまで乾燥させた後、この乾燥物中の全窒素量を、三菱化学アナリック社製の微量全窒素分析装置TN−110を用いて測定する。ここで、恒量とは、乾燥途中に測定した連続2回の質量の差が、乾燥前の質量の0.1%を超えない質量として定義する。その後、下記式に従い、回収物中のアンモニア性窒素の物質量濃度(nb)を算出する。
nb[mmol/g]=(供試した回収物中の全窒素濃度)−(尿素に由来する窒素濃度(na))
【0053】
回収物に含まれるリンの物質量濃度ncは、下記の方法で算出する。
具体的には、6.6%モリブデン酸アンモニウム溶液25mLを200mLに希釈し、7.5N硫酸25mLを加え、A液とする。硫酸鉄7水和物5gと7.5N硫酸1mLを水で50mLに希釈し、B液とする。検量線用の試料として、100ppm、200ppm、400ppm、600ppm、800ppm、1000ppmのリン酸水溶液を準備し、A液:B液:測定試料=9:0.8:0.2の体積比率で加え、呈色させる。その後、呈色後2時間以内に720nmにおける吸光度を測定し、検量線を作成する。測定試料となる回収物についても、適宜希釈の後、同様に測定を行い、得られた720nmの吸光度の値と、検量線から、リン濃度を算出し、下記式に従い、回収物中のリンの物質量濃度(nc)を決定する。
nc[mmol/g]=回収物中のリン濃度[g/g]/31×1000
【0054】
回収物に含まれる糖類の物質量濃度ndは、DIONEX社製糖分析システム(ICS5000)を用いて測定する。カラムはCarbo Pac PA−1 (2×250mm)を用い、20mM NaOH溶液を溶離液とし、0.25ml/minの流速で単糖を溶出する。検出には、パルスアンペロメトリー検出器を用い、単糖の標品として、グルコース、ガラクトース、マンノース、アラビノース、キシロースを用いて、各成分の検量線を作成する。測定試料となる回収物に最終濃度が4質量%となるように硫酸を添加し、120℃で1時間加水分解を行った後、糖類の測定を実施し、試料中の各単糖の含有量を求め、その合計値を全糖濃度とする。糖類の物質量濃度(nd)は、下記式に従い算出する。
nd[mmol/g]=回収物中の全糖濃度[g/g]/162×1000
【0055】
na/ncの値、na/(na+nb)の値及びnd/ncの値を好ましい範囲内とするためには、各成分濃度を調整する工程を含むことが好ましく、このような調整工程は、回収物に含まれる糖類の少なくとも一部を除去する工程を含むことが好ましい。また、調整工程は、回収物に含まれるアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程を含むことが好ましい。特に、nd/ncの値を好ましい範囲内とするために、回収物に含まれる糖類の少なくとも一部を除去する工程を含むことが好ましく、na/(na+nb)の値を好ましい範囲内とするために、回収物に含まれるアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程を含むことが好ましい。また、na/ncの値を好ましい範囲内とするために、回収物に尿素を添加したり、リン酸及びリン酸塩から選択される少なくとも1種を添加する工程を含むことが好ましい。
【0056】
各成分濃度を調整する工程が、回収物に含まれるアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程を含む場合、アンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程は、回収物に、強酸性イオン交換樹脂を加えることでアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程であることが好ましい。具体的には、回収物に体積比で1/10の強酸性イオン交換樹脂(オルガノ株式会社製、アンバージェット1024;コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行う工程と、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂と溶液を分離し、液相を得ることでアンモニア性窒素の少なくとも一部を除去することができる。
【0057】
また、アンモニア性窒素の少なくとも一部を除去する工程は、煮沸工程及び/又は強アルカリとの接触工程であることが好ましい。強アルカリとの接触工程は、回収物に、水酸化ナトリウムを加え、適宜沈殿物を処理することで行うことができる。
【0058】
各成分濃度を調整する工程が、回収物に含まれる糖類の少なくとも一部を除去する工程を含む場合、回収物から糖類を除去しても構わないし、回収物から尿素やリンといった有用成分を糖類から分離した後に、回収して利用しても良い。
糖類の少なくとも一部を除去する工程では、限外ろ過膜、ナノろ過膜、逆浸透膜のいずれかを用いる方法、回収物を加熱濃縮した後に溶解度の差を用いる分離方法、尿素やリンを含む沈殿物を生じさせ、分離した後に再度利用する方法などを用いることができるが、特に限定されない。
【0059】
(リン酸化微細繊維状セルロースの製造方法)
リン酸化多糖類の製造工程においてリン酸化される多糖類は、セルロース繊維であることが好ましい。セルロース繊維の原料としては特に限定されないが、入手しやすく安価である点から、パルプを用いることが好ましい。パルプとしては、木材パルプ、非木材パルプ、脱墨パルプを挙げることができる。木材パルプとしては例えば、広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、サルファイトパルプ(SP)、溶解パルプ(DP)、ソーダパルプ(AP)、未晒しクラフトパルプ(UKP)、酸素漂白クラフトパルプ(OKP)等の化学パルプが挙げられる。また、セミケミカルパルプ(SCP)、ケミグラウンドウッドパルプ(CGP)等の半化学パルプ、砕木パルプ(GP)、サーモメカニカルパルプ(TMP、BCTMP)等の機械パルプが挙げられるが、特に限定されない。非木材パルプとしてはコットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麻、麦わら、バガス等の非木材系パルプ、ホヤや海草等から単離されるセルロース、キチン、キトサン等が挙げられるが、特に限定されない。脱墨パルプとしては古紙を原料とする脱墨パルプが挙げられるが、特に限定されない。本実施態様のパルプは上記の1種を単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。上記パルプの中で、入手のしやすさという点で、セルロースを含む木材パルプ、脱墨パルプが好ましい。木材パルプの中でも化学パルプはセルロース比率が大きいため、繊維を微細化(解繊)する場合は、微細繊維状セルロースの収率が高く、またパルプ中のセルロースの分解が小さく、軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースが得られる点で好ましい。中でもクラフトパルプ、サルファイトパルプが最も好ましく選択される。
【0060】
多糖類がセルロース繊維である場合は、回収物の存在下において多糖類をリン酸化する工程の後に、さらに機械処理工程を設けて微細繊維状セルロースとしてもよい。すなわち、本発明のリン酸化多糖類の製造方法は、リン酸化微細繊維状セルロースの製造方法であってもよい。
【0061】
ここで、微細繊維状セルロースとは、平均繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロースである。微細繊維状セルロースの平均繊維幅は、電子顕微鏡で観察することで計測される。平均繊維幅は、好ましくは2nm以上1000nm以下、より好ましくは2nm以上100nm以下であり、より好ましくは2nm以上50nm以下であり、さらに好ましくは2nm以上10nm以下であるが、特に限定されない。なお、微細繊維状セルロースは、たとえば繊維幅が1000nm以下である単繊維状のセルロースである。
【0062】
微細繊維状セルロースの電子顕微鏡観察による繊維幅の測定は以下のようにして行う。濃度0.05質量%以上0.1質量%以下の微細繊維状セルロースの水系懸濁液を調製し、この懸濁液を親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。幅の広い繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の幅に応じて1000倍、5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。但し、試料、観察条件や倍率は下記の条件を満たすように調整する。
【0063】
(1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、該直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。
(2)同じ画像内で該直線と垂直に交差する直線Yを引き、該直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。
【0064】
上記条件を満足する観察画像に対し、直線X、直線Yと交錯する繊維の幅を目視で読み取る。こうして少なくとも重なっていない表面部分の画像を3組以上観察し、各々の画像に対して、直線X、直線Yと交錯する繊維の幅を読み取る。このように少なくとも20本×2×3=120本の繊維幅を読み取る。微細繊維状セルロースの平均繊維幅はこのように読み取った繊維幅の平均値である。
【0065】
微細繊維状セルロースの繊維長は特に限定されないが、0.1μm以上1000μm以下が好ましく、0.1μm以上800μm以下がさらに好ましく、0.1μm以上600μm以下が特に好ましい。繊維長を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロースの結晶領域の破壊を抑制でき、また微細繊維状セルロースのスラリー粘度を適切な範囲とすることができる。なお、微細繊維状セルロースの繊維長は、TEM、SEM、AFMによる画像解析より求めることができる。
【0066】
微細繊維状セルロースはI型結晶構造を有していることが好ましい。ここで、微細繊維状セルロースがI型結晶構造をとっていることは、グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真より得られる回折プロファイルにおいて同定できる。具体的には、2θ=14°以上17°以下付近と2θ=22°以上23°以下付近の2箇所の位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。
【0067】
微細繊維状セルロースに占めるI型結晶構造の割合(結晶化度)は、本発明においては特に限定されないが、たとえば30%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上である。この場合、耐熱性と低線熱膨張率発現の点でさらに優れた性能が期待できる。結晶化度については、X線回折プロファイルを測定し、そのパターンから常法により求められる(Seagalら、Textile Research Journal、29巻、786ページ、1959年)。
【0068】
機械処理工程では、通常、解繊処理装置を用いて、繊維を解繊処理して、微細繊維状セルロース含有スラリーを得る。用いる解繊処理装置や処理方法は、特に限定されない。
解繊処理装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミルなどを使用できる。あるいは、解繊処理装置としては、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、またはビーターなど、湿式粉砕する装置等を使用することもできる。解繊処理装置は、上記に限定されるものではない。好ましい機械処理方法としては、粉砕メディアの影響が少なく、コンタミの心配が少ない高速解繊機、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザーが挙げられる。
【0069】
機械処理の際には、回収物の存在下においてリン酸化されたリン酸化セルロース繊維を、水と有機溶剤を単独または組み合わせて希釈してスラリー状にすることが好ましい。分散媒としては、水の他に、極性有機溶剤を使用することができる。好ましい極性有機溶剤としては、アルコール類、ケトン類、エーテル類、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、またはジメチルアセトアミド(DMAc)等が挙げられるが、特に限定されない。アルコール類としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、またはt−ブチルアルコール等が挙げられる。ケトン類としては、アセトンまたはメチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。エーテル類としては、ジエチルエーテルまたはテトラヒドロフラン(THF)等が挙げられる。分散媒は1種であってもよいし、2種以上でもよい。また、分散媒中にリン酸化セルロース繊維以外の固形分、例えば水素結合性のある尿素などを含んでも構わない。
【0070】
機械処理を経ることにより、繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース(微細繊維状セルロース)が得られる。本発明では、このような微細繊維状セルロースを含むスラリーを、一度濃縮及び/又は乾燥させた後に、再度機械処理を行ってもよい。この場合、濃縮、乾燥の方法は特に限定されないが、例えば、微細繊維状セルロースを含有するスラリーに濃縮剤を添加する方法、一般に用いられる脱水機、プレス、乾燥機を用いる方法等が挙げられる。また、公知の方法、例えばWO2014/024876、WO2012/107642、及びWO2013/121086に記載された方法を用いることができる。また、微細繊維状セルロース含有スラリーをシート化することで濃縮、乾燥し、該シートに機械処理を行い、再度微細繊維状セルロース含有スラリーを得ることもできる。
【0071】
微細繊維状セルロース含有スラリーを濃縮及び/又は乾燥させた後に、再度解繊(粉砕)処理をする際に用いる装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、ビーターなど、湿式粉砕する装置等を使用することもできるが特に限定されない。
【0072】
機械処理工程の前には、必要に応じて精製工程を設けてもよい。この場合は、精製工程は、洗浄工程及び/又はアルカリ処理工程を含むことが好ましい。
【0073】
洗浄工程は、洗浄工程前の工程で得られたセルロース繊維にイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して脱水シートを得る操作を繰り返すことで行うことができる。洗浄工程を設けることによって、洗浄工程前の工程で得られたセルロース繊維に含まれる余剰の薬液や不純物を除去することができる。
【0074】
アルカリ処理工程におけるアルカリ処理の方法は特に限定されないが、例えば、アルカリ溶液中に、セルロース繊維を浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、特に限定されないが、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。アルカリ溶液における溶媒としては水または有機溶剤のいずれであってもよい。溶媒は、極性溶媒(水、またはアルコール等の極性有機溶剤)が好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒がより好ましい。
また、アルカリ溶液のうちでは、汎用性が高いことから、水酸化ナトリウム水溶液、または水酸化カリウム水溶液が特に好ましい。
【0075】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の温度は特に限定されないが、5℃以上80℃以下が好ましく、10℃以上60℃以下がより好ましい。
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液への浸漬時間は特に限定されないが、5分以上30分以下が好ましく、10分以上20分以下がより好ましい。
アルカリ処理におけるアルカリ溶液の使用量は特に限定されないが、セルロース繊維の絶対乾燥質量に対して100質量%以上100000質量%以下であることが好ましく、1000質量%以上10000質量%以下であることがより好ましい。
【0076】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液使用量を減らすために、アルカリ処理工程の前に、上述したような洗浄工程を設けることが好ましい。さらに、アルカリ処理後には、取り扱い性を向上させるために、アルカリ処理済みセルロース繊維を水や有機溶剤により洗浄することが好ましい。
【0077】
上述した工程を得ることで、リン酸化微細繊維状セルロースが得られる。リン酸化微細繊維状セルロースはスラリーとして得られることが好ましいが、粉粒物等の固形物として得られてもよい。この場合、機械処理工程後に濃縮工程や乾燥工程などが適宜設けられる。
【0078】
(リン酸化微細繊維状セルロース)
本発明のリン酸化多糖類の製造方法で製造されたリン酸化多糖類は、回収物に含まれる未反応のリン酸化剤によってリン酸化された多糖類である。すなわち、本発明で得られるリン酸化多糖類は、再利用リン酸化剤を用いてリン酸化された多糖類である。リン酸化多糖類は、リン酸化セルロース繊維であることが好ましく、リン酸化微細繊維状セルロースであることがより好ましい。
【0079】
リン酸化微細繊維状セルロースは、リン酸基を有する。本明細書において、「リン酸基」には、リン酸基又はリン酸基に由来する置換基が含まれる。リン酸基はリン酸からヒドロキシル基を取り除いたものにあたる、2価の官能基である。具体的には−PO32で表される基である。リン酸基に由来する置換基は、リン酸基が縮重合した基、リン酸基の塩、リン酸エステル基などの置換基が含まれ、イオン性置換基であっても、非イオン性置換基であってもよい。
【0080】
リン酸基又はリン酸基に由来する置換基は、下記式構造式で表される基であってもよい。
【0081】
【化1】
【0082】
上記構造式中、a、b、m及びnはそれぞれ独立に整数を表す(ただし、a=b×mである)。αn(n=1〜nの整数)およびα’はそれぞれ独立にR又はORを表す。Rは、水素原子、飽和−直鎖状炭化水素基、飽和−分岐鎖状炭化水素基、飽和−環状炭化水素基、不飽和−直鎖状炭化水素基、不飽和−分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、又はこれらの誘導基整数である;βは有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
【0083】
本発明で得られるリン酸化多糖類は再利用リン酸化剤を用いてリン酸化されたものであるが、多糖類のリン酸基導入量は、再利用されていないリン酸化剤を用いてリン酸化をした際のリン酸基導入量と同レベルであり、リン酸基導入量は十分である。
本発明で得られるリン酸化多糖類がリン酸化微細繊維状セルロースである場合、リン酸基の導入量は、微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.1mmol/g以上3.65mmol/g以下であることが好ましく、0.14mmol/g以上3.5mmol/g以下がより好ましく、0.2mmol/g以上3.2mmol/g以下がさらに好ましく、0.4mmol/g以上3.0mmol/g以下が特に好ましく、最も好ましくは0.6mmol/g以上2.5mmol/g以下である。リン酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維原料の微細化を容易にし、微細繊維状セルロースの安定性を高めることができる。また、リン酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、微細化が容易でありながらも、微細繊維状セルロース同士の水素結合も残すことが可能で、良好な強度発現が期待できる。
【0084】
リン酸基の繊維原料への導入量は、伝導度滴定法により測定することができる。具体的には、解繊処理工程により微細化を行い、得られた微細繊維状セルロース含有スラリーをイオン交換樹脂で処理した後、水酸化ナトリウム水溶液を加えながら電気伝導度の変化を求めることにより、導入量を測定することができる。
【0085】
伝導度滴定では、アルカリを加えていくと、図4に示した曲線を与える。最初は、急激に電気伝導度が低下する(以下、「第1領域」という)。その後、わずかに伝導度が上昇を始める(以下、「第2領域」という)。さらにその後、伝導度の増分が増加する(以下、「第3領域」という)。すなわち、3つの領域が現れる。このうち、第1領域で必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中の強酸性基量と等しく、第2領域で必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中の弱酸性基量と等しくなる。リン酸基が縮合を起こす場合、見かけ上弱酸性基が失われ、第1領域に必要としたアルカリ量と比較して第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなる。一方、強酸性基量は、縮合の有無に関わらずリン原子の量と一致することから、単にリン酸基導入量(またはリン酸基量)、または置換基導入量(または置換基量)と言った場合は、強酸性基量のことを表す。すなわち、図4に示した曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、置換基導入量(mmol/g)とする。
【0086】
リン酸化微細繊維状セルロースを固形分濃度が0.2質量%になるようにイオン交換水に分散させたスラリーのヘーズは、20%以下であることが好ましく、18%以下であることがより好ましく、15%以下であることがさらに好ましい。微細繊維状セルロース含有スラリーのヘーズが上記範囲であることは、微細繊維状セルロース含有スラリーの透明度が高く、微細繊維状セルロースの微細化が良好であることを意味する。このような微細繊維状セルロース含有スラリーにおいては、微細繊維状セルロースが有する特有の機能が発揮される。
ここで、微細繊維状セルロース含有スラリー(微細繊維状セルロース濃度0.2質量%)のヘーズは、光路長1cmの液体用ガラスセル(藤原製作所製、MG−40、逆光路)に微細繊維状セルロース含有スラリーを入れ、JIS K 7136に準拠し、ヘーズメーター(村上色彩技術研究所社製、HM−150)を用いて測定される値である。なお、ゼロ点測定は、同ガラスセルに入れたイオン交換水で行う。
【0087】
(用途)
上述したリン酸化微細繊維状セルロースは、再利用リン酸化剤を用いてリン酸化されたものであるが、リン酸基導入量は、再利用されていないリン酸化剤を用いてリン酸化をした際のリン酸基導入量と同レベルであり、リン酸基導入量は十分である。このため、微細繊維状セルロースの微細化が良好であり、リン酸化微細繊維状セルロース含有スラリーやリン酸化微細繊維状セルロース含有シートの透明性が十分に高い。このような特性を活かす観点からリン酸化微細繊維状セルロースは各種のディスプレイ装置、各種の太陽電池、等の光透過性基板の用途に適している。また、電子機器の基板、家電の部材、各種の乗り物や建物の窓材、内装材、外装材、包装用資材等の用途にも適している。さらに、糸、フィルタ、織物、緩衝材、スポンジ、研磨材などの他、シートそのものを補強材として使う用途にも適している。
本発明の繊維状セルロースは、増粘剤として各種用途(例えば、食品、化粧品、セメント、塗料、インクなどへの添加物など)に使用することもできる。
【0088】
(多糖類のリン酸化処理方法)
本発明は、多糖類のリン酸化処理方法に関するものであってもよい。多糖類のリン酸化処理方法は、(a)リン酸化剤の存在下で多糖類をリン酸化する工程と、(b)リン酸化する工程の後にリン酸化多糖類と回収物を分離する工程と、(c)回収物を、多糖類をリン酸化する工程に供給し、さらなるリン酸化多糖類を得る工程と、を含む。上記(a)工程は、リン酸化多糖類の製造方法における回収物を得るためのリン酸化反応工程に相当するものである。
【0089】
多糖類のリン酸化処理方法は、上述したリン酸化多糖類の製造方法における図2の態様と同様の工程を含んでいてもよい。すなわち、多糖類のリン酸化処理方法は、(a)リン酸化剤の存在下で第1の多糖類をリン酸化する工程Aと、(b)リン酸化する工程Aの後に第1のリン酸化多糖類と回収物を分離する工程と、(c)回収物を、第2の多糖類をリン酸化する工程Bに供給し、第2のリン酸化多糖類を得る工程と、を含んでいてもよい。
【0090】
上記工程(b)と工程(c)の間には、回収物中の成分を分析する工程が含まれることが好ましい。さらに、回収物中の成分を分析する工程の後には、必要に応じて、回収物中の成分を調整する工程が含まれることが好ましい。回収物には、多糖類やリン酸化剤に由来した種々の成分が含まれており、各成分の物質量濃度の条件を好ましい範囲にすることが好ましい。回収物中の成分を調整する工程としては、例えば、多糖類に由来する糖類の少なくとも一部を除去する工程や、アンモニア性窒素の少なくとも一部を、除去する工程を挙げることができる。これらの工程の具体的除去方法については、リン酸化多糖類の製造方法における調整工程で述べた方法と同様の方法を挙げることができる。
【0091】
上記工程(b)と工程(c)の間には、回収物中のリン原子や尿素の濃度を測定し、所定の濃度となるようにリン酸化剤を添加する工程が含まれることが好ましい。工程(c)における回収物の添加量を回収物中に含まれるリン原子量に換算した場合、多糖類(絶乾質量)に対するリン原子の添加量は0.5質量%以上100質量%以下とすることが好ましく、1質量%以上50質量%以下とすることがより好ましく、2質量%以上30質量%以下とすることが最も好ましい。また、多糖類(絶乾質量)に対する尿素の濃度は、1質量%以上500質量%以下とすることがあることが好ましく、10質量%以上400質量%以下とすることがより好ましく、100質量%以上350質量%以下とすることがさらに好ましく、150質量%以上300質量%以下とすることが特に好ましい。多糖類(絶乾質量)に対するリン原子や尿素の濃度が上記範囲内となるように、回収物には適宜リン酸化剤を添加することが好ましい。
【0092】
多糖類のリン酸化処理方法は、セルロース繊維のリン酸化処理方法であることが好ましい。多糖類のリン酸化処理方法が微細繊維状セルロースのリン酸化処理方法である場合、リン酸化セルロース繊維に機械処理を施すことが好ましい。また機械処理工程の前には、必要に応じて精製工程を設けてもよい。この場合は、精製工程は、洗浄工程及び/又はアルカリ処理工程を含むことが好ましい。機械処理工程及び精製工程の詳細条件については、リン酸化多糖類の製造方法における各工程の詳細条件と同様である。
【0093】
精製工程では、洗浄に用いた水が廃液として排出される。このような廃液には少量の未反応のリン酸化剤が含まれる場合があり、このような未反応のリン酸化剤を回収することで再利用をすることも可能である。
【0094】
なお、本発明は、多糖類のリン酸化処理に用いるリン酸化剤の再利用方法に関する発明であってもよい。リン酸化剤の再利用方法は、リン酸化多糖類の製造方法及び多糖類のリン酸化処理方法の項目で説明した各工程を含むものである。
【実施例】
【0095】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、以下において、実施例3〜6はそれぞれ、参考例3〜6と読み替えるものとする。
【0096】
(参考例)
<リン酸化反応工程>
針葉樹クラフトパルプとして、王子製紙製のパルプ(固形分93質量%、坪量208g/m2シート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)が700ml)を原料として使用した。上記針葉樹クラフトパルプ(絶乾質量)100質量部に、リン酸二水素アンモニウムと尿素の混合水溶液(リン酸化剤)を加え、リン酸二水素アンモニウム44.5質量部(リン原子の添加質量部数が12質量部)、尿素120質量部、イオン交換水150質量部となるように圧搾し、薬液含浸パルプを得た。得られた薬液含浸パルプを105℃の乾燥機で加熱し、水分を蒸発させてプレ乾燥させた。その後、140℃の熱風乾燥機で15分間乾燥・加熱処理し、パルプ中のセルロースにリン酸基を導入し、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースAを含む固形物228質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースAの分析及び評価を行った。
【0097】
(実施例1)
<回収物を分離する工程>
参考例の<リン酸化反応工程>で得られた未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースAを含む固形物228質量部に、900質量部のイオン交換水を注ぎ(供試したパルプの対水の濃度は10質量%)、攪拌して均一に分散させた後、ADVANTEC No.2のろ紙を引いたブフナーろうとを用いて固液分離して、液相を回収した。このようにして回収物Aを380質量部得た。回収物Aについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0098】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
リン酸化剤の代わりに、回収物Aを用い、リン原子の添加質量部数が12質量部になるよう圧搾し、薬液含浸パルプを得た以外は、上述した参考例の<リン酸化反応工程>と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースBを含む固形物240質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースBの分析及び評価を行った。
【0099】
(実施例2)
<回収物を分離する工程>
参考例の<リン酸化反応工程>で得られた未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースAを含む固形物228質量部の代わりに、実施例1の<回収物を用いたリン酸化反応工程>で得られた未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースBを含む固形物240質量部を用いた以外は、実施例1と同様にして、回収物Bを385質量部得た。回収物Bについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0100】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
回収物Aの代わりに回収物Bを用いた以外は、実施例1と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースCを含む固形物256質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースCの分析及び評価を行った。
【0101】
(実施例3)
<回収物を分離する工程>
参考例の<リン酸化反応工程>で得られた未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースAを含む固形物228質量部の代わりに、実施例2の<回収物を用いたリン酸化反応工程>で得られた未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースCを含む固形物256質量部を用いた以外は、実施例1と同様にして、回収物Cを390質量部得た。回収物Cについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0102】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
回収物Aの代わりに回収物Cを用いた以外は、実施例1と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースDを含む固形物270質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースDの分析及び評価を行った。
【0103】
(実施例4)
<再調整工程(1)>
回収物C390質量部に、尿素20質量部を加え、回収物Dを410質量部得た。回収物Dについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0104】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
<回収物を用いたリン酸化反応>において回収物Cの代わりに回収物Dを用いた以外は、実施例3と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースEを含む固形物315質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースEの分析及び評価を行った。
【0105】
(実施例5)
<再調整工程(2)>
<再調整工程(2)>では、回収物C390質量部に、尿素180質量部を加え、回収物Eを570質量部得た。回収物Eについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0106】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
<回収物を用いたリン酸化反応>において回収物Dの代わりに回収物Eを用いた以外は、実施例4と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースFを含む固形物675質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースFの分析及び評価を行った。
【0107】
(実施例6)
<再調整工程(3)>
<再調整工程(3)>では、回収物C390質量部に、体積比で1/10の強酸性イオン交換樹脂(オルガノ株式会社製、アンバージェット1024;コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂と液を分離し、回収物Fを380質量部得た。回収物Fについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0108】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
<回収物を用いたリン酸化反応>において回収物Dの代わりに回収物Fを用いた以外は、実施例4と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースGを含む固形物260質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースGの分析及び評価を行った。
【0109】
(実施例7)
<再調整工程(4)>
<再調整工程(4)>では、回収物C390質量部に、塩化アルミニウム(無水物)を7質量部加え、強攪拌後に静置した。静置後、沈殿が生じたため、この沈殿(沈殿Aとする)をADVANTEC No.2のろ紙を引いたブフナーろうとを用いて分離し、沈殿Aとろ液を回収した。回収したろ液に、シュウ酸20質量部を加え、静置したところ、さらに沈殿が生じた。この沈殿(沈殿Bとする)をADVANTEC No.2のろ紙を引いたブフナーろうとを用いて分離し、沈殿Bを回収した。
沈殿Bをイオン交換水300質量部に懸濁させたあと、顆粒状の水酸化ナトリウムをゆっくりと15質量部加え、攪拌を行い、さらに体積比で1/10の強塩基性イオン交換樹脂(オルガノ株式会社製、アンバージェット4400;コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。振とう処理後、沈殿が溶解したため、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、溶解液を分離した。この溶解液に沈殿Aを加え、攪拌を行った後、さらに体積比で1/10の強酸性イオン交換樹脂(オルガノ株式会社製、アンバージェット1024;コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂と液を分離し、回収物Gを313質量部得た。回収物Gについては、後述する方法に従い分析及び評価を行った。
【0110】
<回収物を用いたリン酸化反応工程>
<回収物を用いたリン酸化反応>において回収物Dの代わりに回収物Gを用いた以外は、実施例4と同様にして、未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースHを含む固形物211質量部を得た。後述する方法に従い、リン酸化セルロースHの分析及び評価を行った。
【0111】
(分析及び評価)
(回収物中の成分)
回収物A〜G中に含まれる下記a〜dの成分の濃度を下記方法により測定した。回収物中に含まれるa〜dの成分の物質量濃度(mmol/g)は、na〜ndで表す。
a. 尿素に由来する窒素
b. アンモニア性窒素
c. リン
d. 糖類
【0112】
<尿素に由来する窒素の測定>
回収物に含まれる尿素に由来する窒素の測定には、呈色反応を利用した。
具体的には、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド2g、95%エタノール100mL、濃塩酸10mLの混合液を作製した(呈色試薬)。100ppm、200ppm、400ppm、600ppm、800ppm、1000ppmの尿素水溶液5g(検量線試料)に呈色試薬を10mL加えた後、イオン交換水で全量が25mLとなるように希釈した後、室温で10分間静置した。黄緑色に呈色した溶液の435nmの吸光度を測定し、検量線を作成した。
測定試料についても、適宜希釈の後、同様に測定を行い、得られた435nmの吸光度の値と、検量線から、尿素濃度を測定した。その後、下記式に従い、回収物中の尿素に由来する窒素の物質量濃度(na)を決定した。
na[mmol/g]=回収物中の尿素濃度[g/g]/60×28/14×1000
【0113】
<アンモニア性窒素の測定>
アンモニア性窒素は、全窒素量から尿素に由来する窒素量を差し引くことで算出した。具体的には、回収物を一定量分取し、40℃に設定した減圧乾燥機にて、恒量になるまで乾燥させた後、この乾燥物中の全窒素量を、三菱化学アナリック社製の微量全窒素分析装置TN−110を用いて測定した。ここで、恒量とは、乾燥途中に測定した連続2回の質量の差が、乾燥前の質量の0.1%を超えない質量として定義した。
アンモニア性窒素の物質量濃度(nb)は下記式により算出した。
nb[mmol/g]=(供試した回収物中の全窒素濃度)−(尿素に由来する窒素濃度(na))
【0114】
<リンの測定>
回収物に含まれるリンの測定には、呈色反応を利用した。具体的には、6.6%モリブデン酸アンモニウム溶液25mLを200mLに希釈し、7.5N硫酸25mLを加えた(A液)。硫酸鉄7水和物5gと7.5N硫酸1mLを水で50mLに希釈した(B液)。リン濃度として100ppm、200ppm、400ppm、600ppm、800ppm、1000ppmのリン酸水溶液を作製した(検量線試料)。A液:B液:測定試料=9:0.8:0.2の体積比率で加え、呈色させ、720nmにおける吸光度を測定し、検量線を作成した。なお、呈色後2時間以内に吸光度を測定した。測定試料についても、適宜希釈の後、同様に測定を行い、得られた720nmの吸光度の値と、検量線から、リン濃度を測定した。その後、下記式に従い、回収物中のリンの物質量濃度(nc)を決定した。
nc[mmol/g]=回収物中のリン濃度[g/g]/31×1000
【0115】
<糖類の測定>
糖類の測定には、DIONEX社製糖分析システム(ICS5000)を用いた。カラムはCarbo Pac PA−1 (2×250mm)を用い、20mM NaOH溶液を溶離液とし、0.25ml/minの流速で単糖を溶出させた。検出には、パルスアンペロメトリー検出器を用いた。単糖の標品として、グルコース、ガラクトース、マンノース、アラビノース、キシロースを用いた。これらの各成分の検量線を作成した。
試料溶液に最終濃度が4質量%となるように硫酸を添加し、120℃で1時間加水分解を行った後、糖類の測定を実施し、試料中の各単糖の含有量を求め、その合計値を全糖濃度とした。その後、下記式に従い、回収物中の糖類の物質量濃度を決定した。
nd[mmol/g]=回収物中の全糖濃度[g/g]/162×1000
【0116】
(リン酸化セルロースの分析及び評価)
<洗浄・アルカリ処理>
得られた未反応リン酸化剤とリン酸化セルロースA〜Hを含む固形物に、イオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して脱水シートを得る操作を繰り返すことにより、余剰の薬液を十分に洗い流した。次いで、セルロース繊維濃度が2質量%となるようイオン交換水で希釈し、攪拌しながら、1N水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加して、pHが12±0.2のパルプスラリーを得た。その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、再びイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して脱水シートを得る操作を繰り返すことにより、余剰の水酸化ナトリウムを十分に洗い流した。
【0117】
<リン酸化多糖類の着色>
余剰の水酸化ナトリウムを十分に洗い流した後のシートの着色を目視で確認し、リン酸化多糖類着色具合として、下記評価基準で評価した。
◎:白色〜ごくわずかに黄色を帯びる
○:弱い黄色
△:強い黄色〜褐色
【0118】
<機械処理>
洗浄・アルカリ処理後のリン酸化セルロースA〜Hにイオン交換水を添加して、固形分濃度が2.0質量%の懸濁液にした。この懸濁液を、湿式微粒化装置(スギノマシン社製、アルティマイザー)を用いて処理し、微細繊維状セルロース含有スラリーを得た。湿式微粒化装置を用いた処理においては、200MPaの圧力にて処理チャンバーを1回(ヘーズ測定用)および5回(リン酸基量測定用)通過させた。
【0119】
<リン酸基量>
リン酸基の導入量は、伝導度滴定法により測定した。具体的には、機械処理工程により微細化を行い、得られた微細繊維状セルロース含有スラリーをイオン交換樹脂で処理した後、水酸化ナトリウム水溶液を加えながら電気伝導度の変化を求めることにより、導入量を測定した。
イオン交換樹脂による処理では、0.2質量%微細繊維状セルロース含有スラリーに体積比で1/10の強酸性イオン交換樹脂(オルガノ株式会社製、アンバージェット1024;コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った。その後、目開き90μmのメッシュ上に注ぎ、樹脂とスラリーを分離した。アルカリを用いた滴定では、イオン交換後の微細繊維状セルロース含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を加えながら、スラリーが示す電気伝導度の値の変化を計測した。
【0120】
この伝導度滴定では、アルカリを加えていくと、図4に示した曲線を与える。最初は、急激に電気伝導度が低下する(以下、「第1領域」という)。その後、わずかに伝導度が上昇を始める(以下、「第2領域」という)。さらにその後、伝導度の増分が増加する(以下、「第3領域」という)。すなわち、3つの領域が現れる。このうち、第1領域で必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中の強酸性基量と等しく、第2領域で必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中の弱酸性基量と等しくなる。
図4に示した曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して、リン酸基導入量(mmol/g)とした。
【0121】
<ヘーズ>
ヘーズは、微細繊維状セルロース含有スラリーの透明度の尺度であり、ヘーズ値が低いほど透明度が高い。ヘーズの測定は機械処理工程後の微細セルロース繊維含有スラリーをそのままイオン交換水で0.2質量%となるように希釈した後、ヘーズメーター(村上色彩技術研究所社製、HM−150)で、光路長1cmの液体用ガラスセル(藤原製作所製、MG−40、逆光路)を用いて、JIS K 7136に準拠して測定した。
なお、ゼロ点測定は、同ガラスセルに入れたイオン交換水で行った。
【0122】
【表1】
【0123】
回収物を用いてセルロース繊維をリン酸化した場合であっても、高いリン酸基導入量を達成でき、良好な微細を行うことができた。本発明では、セルロース繊維のリン酸化反応に用いるリン酸化剤を再利用することができるため、排水の処理コストを軽減でき、かつ環境への負荷を低減することができる。
図1
図2
図3
図4