(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0021】
本実施形態の軟磁性粉末は、組成式(Fe
(1−(α+β))X1
αX2
β)
(1−(a+b+c+d+e+f))M
aB
bP
cSi
dC
eS
fからなる主成分を含む軟磁性粉末であって、
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1種以上、
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,および希土類元素からなる群より選択される1種以上、
MはNb,Hf,Zr,Ta,Mo,W,TiおよびVからなる群から選択される1種以上であり、
0≦a≦0.140
0.020<b≦0.200
0<c≦0.150
0≦d≦0.060
0≦e≦0.030
0≦f≦0.010
α≧0
β≧0
0≦α+β≦0.50
であり、
前記軟磁性粉末における酸素含有率が質量比で300ppm以上3000ppm以下である。
【0022】
本実施形態に係る軟磁性粉末は、軟磁気特性が優れている。すなわち、保磁力Hcが低く、飽和磁化σsが高い。さらに、粉末抵抗が高い。そして、本実施形態に係る軟磁性粉末を含む圧粉体は体積抵抗率を向上させやすい。具体的には、体積抵抗率が0.5kΩ・cm以上500kΩ・cm以下である圧粉体を形成しやすい。
【0023】
以下、本実施形態に係る軟磁性粉末の各成分について詳細に説明する。
【0024】
MはNb,Hf,Zr,Ta,Mo,W,TiおよびVから選択される1種以上である。
【0025】
Mの含有量(a)は0≦a≦0.140を満たす。すなわち、Mを含有しなくてもよい。Mの含有量(a)は0.040≦a≦0.140であることが好ましく、0.040≦a≦0.100であることがさらに好ましい。aが大きい場合には、飽和磁化σsが低下しやすくなる。また、Mを含有しない場合にはMを含有する場合と比較して飽和磁束密度が高くなる点で好ましい。
【0026】
Bの含有量(b)は0.020<b≦0.200を満たす。0.025≦b≦0.200であってもよい。また、0.060≦b≦0.200であることが好ましく、0.060≦b≦0.150であることがさらに好ましい。bが小さい場合には、熱処理前の軟磁性粉末に粒径30nmよりも大きい結晶からなる結晶相が生じやすく、結晶相が生じる場合には、熱処理によって好適な構造とすることができない。そして、保磁力が上昇しやすくなる。bが大きい場合には、飽和磁化が低下しやすくなる。
【0027】
Pの含有量(c)は0<c≦0.150を満たす。0.001≦c≦0.150であってもよい。また、0.010≦c≦0.150であることが好ましく、0.050≦c≦0.080であることがさらに好ましい。本実施形態に係る軟磁性合金は、Pを含有することにより、Pと酸素(O)とが結合し、粉末抵抗が上昇すると考えられる。c=0、すなわち、Pを含まない場合には保磁力が上昇しやすくなる。また、cが大きい場合には、飽和磁化が低下しやすくなる。
【0028】
Siの含有量(d)は0≦d≦0.060を満たす。すなわち、Siは含有しなくてもよい。また、0≦d≦0.030であることが好ましい。dが大きい場合には、保磁力が上昇しやすくなり、飽和磁化が低下しやすくなる。
【0029】
Cの含有量(e)は0≦e≦0.030を満たす。すなわち、Cは含有しなくてもよい。また、0≦e≦0.010であることが好ましい。eが大きい場合には、保磁力が上昇してしまう。
【0030】
Sの含有量(f)は0≦f≦0.010を満たす。すなわち、Sは含有しなくてもよい。また、0≦f≦0.005であることが好ましい。fが大きい場合には、保磁力が上昇してしまう。
【0031】
また、Sを含有しない場合(f=0の場合)にはCを多く含有するほど抵抗率が低下しやすくなる。しかし、CとSとを同時に含有させることでCを含有することによる抵抗率の低下を抑制しやすくなる。
【0032】
本実施形態に係る軟磁性粉末は酸素含有率が質量比で300ppm以上3000ppm以下である。また、800ppm以上2000ppm以下であることが好ましい。酸素含有率を上記の範囲内に制御することで、飽和磁化を上昇させ、さらに、粉末抵抗を高くすることができる。さらに、本実施形態に係る軟磁性粉末を含む圧粉体の体積抵抗率を向上させやすくなり、具体的には圧力0.1t/cm
2で加圧する場合に体積抵抗率が0.5kΩ・cm以上500kΩcm以下である圧粉体を得ることができる。粉末抵抗が高い軟磁性粉末を用いることで、軟磁性粉末の粒子間が十分に絶縁されるため、高い軟磁気特性と低い損失とを同時に有する圧粉体等を得ることができるためである。酸素含有率が低すぎる場合には、粉末抵抗が低下しやすくなる。酸素含有率が高すぎる場合には、粉末抵抗が低下しやすくなるとともに、飽和磁化が低下しやすくなる。
【0033】
また、本実施形態の軟磁性粉末においては、Feの一部をX1および/またはX2で置換してもよい。
【0034】
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1種以上である。X1の含有量に関してはα=0でもよい。すなわち、X1は含有しなくてもよい。また、X1の原子数は組成全体の原子数を100at%として40at%以下であることが好ましい。すなわち、0≦α{1−(a+b+c+d+e+f)}≦0.400を満たすことが好ましい。
【0035】
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,Nおよび希土類元素からなる群より選択される1種以上である。X2の含有量に関してはβ=0でもよい。すなわち、X2は含有しなくてもよい。また、X2の原子数は組成全体の原子数を100at%として3.0at%以下であることが好ましい。すなわち、0≦β{1−(a+b+c+d+e+f)}≦0.030を満たすことが好ましい。
【0036】
FeをX1および/またはX2に置換する置換量の範囲としては、原子数ベースでFeの半分以下とする。すなわち、0≦α+β≦0.500とする。α+β>0.500の場合には、熱処理により本実施形態の軟磁性粉末を得ることが困難となる。
【0037】
(Fe+X1+X2)の含有量(1−(a+b+c+d+e+f))については、任意であるが、0.690≦(1−(a+b+c+d+e+f))≦0.900であることが好ましい。(1−(a+b+c+d+e+f))を上記の範囲内とすることで、本実施形態の軟磁性粉末製造時に粒径30nmよりも大きい結晶からなる結晶相がさらに生じにくくなる。
【0038】
なお、本実施形態に係る軟磁性粉末は上記以外の元素を不可避的不純物として含んでいてもよい。例えば、軟磁性粉末100mass%に対して0.1mass%以下、含んでいてもよい。
【0039】
また、本実施形態に係る軟磁性粉末は、非晶質を含んでもよく、微結晶が前記非晶質中に存在するナノヘテロ構造を有していてもよい。非晶質を含むこと、微結晶を含むこと、および、ナノヘテロ構造を有することは、X線構造回折による方法や、透過型電子顕微鏡による高分解能像解析により格子の有無を確認する方法や、透過型電子顕微鏡による電子回折パターンによる方法などで観察することができる。微結晶の平均粒径は0.2nm以上10nm以下であることが好ましい。
【0040】
また、本実施形態に係る軟磁性粉末は、X線構造回折でFe基ナノ結晶からなる構造が観察されることが好ましい。
【0041】
Fe基ナノ結晶とは、粒径がナノオーダーであり、Feの結晶構造がbcc(体心立方格子構造)である結晶のことである。本実施形態においては、Fe基ナノ結晶の平均粒径が3nm以上50nm以下であることが好ましい。このようなFe基ナノ結晶からなる構造を有する軟磁性粉末は、保磁力Hcが低くなりやすく、飽和磁化σsが高くなりやすい。なお、X線構造回折でFe基ナノ結晶が観察される場合には非晶質は観察されないことが通常であるが、非晶質が観察されてもよい。
【0042】
また、本実施形態に係る軟磁性粉末は、Fe組成ネットワーク相を有することが好ましい。以下、Fe組成ネットワーク相について説明する。
【0043】
Fe組成ネットワーク相とは、軟磁性粉末の平均組成よりもFeの含有割合が高い相のことである。本実施形態に係る軟磁性粉末のFe濃度分布を3次元アトムプローブ(以下、3DAPと表記する場合がある)を用いて観察するとFe含有割合が高い部分がネットワーク状に分布している状態が観察できる。
【0044】
Fe組成ネットワーク相の態様は、Fe組成ネットワーク相の極大点の数および極大点の配位数を測定することにより定量化することができる。
【0045】
Fe組成ネットワーク相の極大点とは、局所的にFe含有割合が周囲よりも高くなる点のことである。また、極大点の配位数とは、一つの極大点がFe組成ネットワーク相を通じて繋がっている他の極大点の数のことである。
【0046】
以下、本実施形態におけるFe組成ネットワーク相の解析手順について図面を用いて説明することにより、極大点,極大点の配位数およびそれらの算出方法について説明する。
【0047】
まず、1辺の長さが40nmの立方体を測定範囲とし、当該立方体を1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッドごとに分割する。すなわち、一つの測定範囲にグリッドが40×40×40=64000個存在する。
【0048】
次に、各グリッドに含まれるFe含有割合を評価する。そして、全てのグリッドにおけるFe含有割合の平均値(以下、閾値と表記することがある)を算出する。当該Fe含有割合の平均値は、軟磁性粉末の平均組成から算出される値と実質的に同等な値となる。
【0049】
次に、Fe含有割合が閾値を超えるグリッドであり、全ての隣接グリッドよりもFe含有割合が高いグリッドを極大点とする。
図1には極大点を探索する工程を示すモデルを示す。各グリッド10の内部に記載した数字が各グリッドに含まれるFe含有割合を表す。隣接する全ての隣接グリッド10bのFe含有割合以上のFe含有割合であるグリッドを極大点10aとする。
【0050】
また、
図1には、1個の極大点10aに対して8個の隣接グリッド10bが記載されているが、実際には、
図1の極大点10aの手前および奥にも隣接グリッド10bが9個ずつ存在する。すなわち、1つの極大点10aに対して隣接グリッド10bが26個存在する。
【0051】
また、測定範囲の端部に位置するグリッド10については、測定範囲の外側についてFe含有割合0のグリッドが存在するとみなす。
【0052】
次に、
図2に示すように、測定範囲に含まれる全極大点10a間を結ぶ線分を生成する。線分を結ぶ際には、各グリッドの中心と中心とを結ぶ。なお、
図2〜
図5においては、説明の便宜上、極大点10aを丸印で表記する。丸印の内部に記載された数字はFe含有割合である。
【0053】
次に、
図3に示すように、閾値よりも高いFe含有割合である領域(=Fe組成ネットワーク相)20aおよび閾値以下のFe含有割合である領域20bを区分けする。そして、
図4に示すように、領域20bを通過する線分を削除する。
【0054】
次に、
図5に示すように、線分が三角形を構成する部分であって当該三角形の内側に領域20bがない場合には、当該三角形を構成する三本の線分のうち、最も長い線分を一本削除する。最後に、極大点同士が隣接するグリッドにある場合について、その極大点同士を結ぶ線分を削除する。
【0055】
そして、各極大点10aから伸びる線分の数を各極大点10aの配位数とする。例えば、
図5の場合には、Fe含有割合が50である極大点10a1は配位数4、Fe含有割合が41である極大点10a2は配位数2となる。
【0056】
また、40nm×40nm×40nmの測定範囲内の最表面に存在するグリットが極大点を示す場合、当該極大点は、後述する配位数が特定の範囲内である極大点の割合の計算から除外する。
【0057】
なお、配位数が0の極大点、および、配位数が0の極大点の周囲に存在している閾値よりも高いFe含有割合である領域もFe組成ネットワーク相に含まれるとする。
【0058】
以上に示す測定は、それぞれ異なる測定範囲で数回行うことで、算出される結果の精度を十分に高いものとすることができる。好ましくは、それぞれ異なる測定範囲で3回以上、測定を行う。
【0059】
本実施形態に係る軟磁性粉末が有するFe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有割合が周囲よりも高くなるFe含有割合の極大点を40万個/μm
3以上有し、前記Fe含有割合の極大点全体に占める配位数が1以上5以下である極大点の割合が80%以上100%以下である。なお、極大点の個数の分母は測定範囲全体の体積であり、閾値よりも高いFe含有割合である領域20aの体積および閾値以下のFe含有割合である領域20bの体積の合計である。
【0060】
本実施形態に係る軟磁性粉末は、極大点の数および配位数が1以上5以下である極大点の割合が上記の範囲内であるFe組成ネットワーク相を有することにより、軟磁気特性に優れた軟磁性粉末となる。具体的には、保磁力が低く飽和磁化が高い軟磁性粉末となる。
【0061】
好ましくは、前記Fe含有割合の極大点全体に占める配位数が2以上4以下である極大点の割合が70%以上90%以下である。
【0062】
さらに、前記軟磁性粉末全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合(閾値よりも高いFe含有割合である領域20aおよび閾値以下のFe含有割合である領域20bの合計に占める閾値よりも高いFe含有割合である領域20aの体積割合)が25vol%以上50vol%以下であることが好ましく、30vol%以上40vol%以下であることがさらに好ましい。
【0063】
以下、本実施形態に係る軟磁性粉末の製造方法について説明する。
【0064】
本実施形態の軟磁性粉末を得る方法としては、例えば水アトマイズ法またはガスアトマイズ法による方法がある。以下、ガスアトマイズ法について説明する。
【0065】
ガスアトマイズ法では、まず、最終的に得られる軟磁性粉末に含まれる各金属元素の純金属を準備し、最終的に得られる軟磁性粉末と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性粉末とは、通常、酸素の含有量以外は同組成となる。
【0066】
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(溶湯)を得る。溶融金属の温度は任意であるが、例えば1200〜1500℃とすることができる。その後、前記溶融合金をチャンバー内で噴射させ、軟磁性粉末を作製する。溶融金属の温度が低いほど後述する微結晶の粒径が小さくなりやすくなり、微結晶が生成しにくくなる。
【0067】
このとき、ガス噴射温度を50〜200℃とし、チャンバー内の蒸気圧を4hPa以下とすることで、軟磁性粉末をナノヘテロ構造としやすくなる。ナノヘテロ構造とは、微結晶が非晶質中に存在する構造のことである。また、このナノヘテロ構造には、粒径が30nmよりも大きい結晶が含まれていない。粒径が30nmよりも大きい結晶の有無については、例えば通常のX線回折測定により確認することができる。
【0068】
この時点で軟磁性粉末をナノヘテロ構造とすることで、後述する熱処理により軟磁性粉末をFe基ナノ結晶からなる構造としやすくなる。さらに、上記のFe組成ネットワーク相を有する構造としやすくなる。なお、前記微結晶は平均粒径が0.3〜10nmであることが好ましい。微結晶の有無および平均粒径は、例えば溶融金属の温度を制御することにより変化させることができる。
【0069】
ただし、最終的に得られる軟磁性粉末が非晶質を含んでもよい場合には、熱処理前の軟磁性粉末をナノヘテロ構造としなくてもよく、非晶質のみを含む構造としてもよい。また、最終的に得られる軟磁性粉末がナノヘテロ構造を有する場合には、熱処理前の軟磁性粉末を非晶質のみを含む構造としてもよく、熱処理前の軟磁性粉末をナノヘテロ構造としてもよい。
【0070】
また、上記の微結晶の有無および平均粒径の観察方法については、特に制限はないが、例えば、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで確認できる。制限視野回折像またはナノビーム回折像を用いる場合、回折パターンにおいて非晶質の場合にはリング状の回折が形成されるのに対し、非晶質ではない場合には結晶構造に起因した回折斑点が形成される。また、明視野像または高分解能像を用いる場合には、倍率1.00×10
5〜3.00×10
5倍で目視にて観察することで微結晶の有無および平均粒径を観察できる。
【0071】
ガスアトマイズ法でナノヘテロ構造からなる軟磁性粉末を作製した後に熱処理を行うことで、軟磁性粉末を好適な構造としやすくなる。さらに、上記のFe組成ネットワーク相を有する構造としやすくなる。
【0072】
熱処理条件は任意である。軟磁性粉末の組成により好ましい熱処理条件は異なる。最終的に得られる軟磁性粉末をFe基ナノ結晶からなる構造とする場合およびFe組成ネットワーク相を有する構造とする場合には、通常、好ましい熱処理温度は概ね450〜650℃、好ましい熱処理時間は概ね0.5〜10時間となる。しかし、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度および熱処理時間が存在する場合もある。
【0073】
また、最終的に得られる軟磁性粉末を非晶質のみを含む構造またはナノヘテロ構造とする場合には、熱処理温度を上記の温度よりも小さくするか、熱処理前の軟磁性粉末を非晶質のみを含む構造とすることが好ましい。熱処理温度を小さくする場合には、具体的には、概ね300〜350℃とすることが好ましい。
【0074】
熱処理の際の雰囲気は任意である。例えばArガス中のような不活性雰囲気とすることが好ましい。また、熱処理の際の雰囲気中の酸素分圧を制御することで、最終的に得られる軟磁性粉末における酸素含有率を質量比で300ppm以上3000ppm以下に制御することができる。なお、熱処理前の軟磁性粉末における酸素含有率は150ppm程度であり、上記の範囲外である。
【0075】
最終的に得られる軟磁性粉末における酸素含有率を制御する方法は任意である。熱処理の際の雰囲気中の酸素分圧を制御する方法以外にも、例えば母合金作製時における雰囲気中の酸素分圧を変化させることで制御する方法が挙げられる。
【0076】
また、熱処理時の雰囲気には特に制限はない。大気中のような活性雰囲気下で行ってもよいし、Arガス中のような不活性雰囲気下で行ってもよい。
【0077】
また、熱処理により得られた軟磁性粉末に含まれる微結晶またはFe基ナノ結晶の平均粒径の算出方法には特に制限はない。例えば透過電子顕微鏡を用いて観察することで算出できる。また、Fe基ナノ結晶の結晶構造がbcc(体心立方格子構造)であること確認する方法にも特に制限はない。例えばX線回折測定を用いて確認することができる。
【0078】
本実施形態に係る軟磁性粉末の粉末抵抗は0.1t/cm
2で成形した圧粉体の体積抵抗率により評価できる。0.1t/cm
2というのは成形圧力としては低い圧力である。すなわち、成形の前後で軟磁性粉末の形状等の変化が非常に小さい。一方、成形圧力がさらに低圧であると、圧粉体の密度が低すぎて圧粉体の体積抵抗率が正しく測定できない場合がある。したがって、軟磁性粉末を0.1t/cm
2で成形した圧粉体の体積抵抗率を評価することで軟磁性粉末の粉末抵抗が評価できる。軟磁性粉末の酸素含有率を300ppm以上3000ppm以下に制御することにより、圧粉体の体積抵抗率が0.5kΩ・cm以上500kΩ・cm以下となるような粉末抵抗を有する軟磁性粉末としやすくなる。
【0079】
本実施形態に係る軟磁性粉末は適宜バインダと混合した後、金型を用いて圧粉成形することにより、高い体積抵抗率を有する圧粉体を得ることができる。つまり、粉末抵抗の高い軟磁性粉末を用いる場合には、圧粉成形時の成形圧力は任意であるが、充填率が上昇しても体積抵抗率が高い圧粉体を得ることができる。また、バインダの種類や含有量は任意であり、バインダの種類や含有量によっても圧粉体の体積抵抗率が変化する。さらに、バインダと混合する前に、軟磁性粉末表面に酸化処理や絶縁被膜等を施すことにより、さらに圧粉体の体積抵抗率を上昇させることが可能である。
【0080】
さらに、上記の圧粉体に対し、歪取り熱処理として成形後に熱処理することで、保磁力を低減してコアロスを低下させることも可能である。
【0081】
また、上記圧粉体に巻線を施すことでインダクタンス部品が得られる。巻線の施し方およびインダクタンス部品の製造方法には特に制限はない。例えば、上記の方法で製造した圧粉体に巻線を少なくとも1ターン以上巻き回す方法が挙げられる。
【0082】
さらに、巻線コイルが本実施形態に係る軟磁性粉末に内蔵されている状態で加圧成形し一体化することで、本実施形態に係る圧粉体に巻線コイルが内蔵されたインダクタンス部品を製造することも可能である。
【0083】
ここで、軟磁性粉末を用いてインダクタンス部品を製造する場合には、最大粒径が篩径で45μm以下、中心粒径(D50)が30μm以下の軟磁性粉末を用いることが、優れたQ特性を得る上で好ましい。最大粒径を篩径で45μm以下とするために、目開き45μmの篩を用い、篩を通過する軟磁性粉末のみを用いてもよい。
【0084】
最大粒径が大きな軟磁性粉末を用いるほど高周波領域でのQ値が低下する傾向があり、特に最大粒径が篩径で45μmを超える軟磁性粉末を用いる場合には、高周波領域でのQ値が大きく低下する場合がある。ただし、高周波領域でのQ値を重視しない場合には、バラツキの大きな軟磁性粉末を使用可能である。バラツキの大きな軟磁性粉末は比較的安価で製造できるため、バラツキの大きな軟磁性粉末を用いる場合には、コストを低減することが可能である。
【0085】
本実施形態に係る圧粉体の用途は任意である。磁性部品、例えば磁心、インダクタンス部品、トランス、モータなどに用いることができる。
【0086】
以上、本発明の各実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されない。
【実施例】
【0087】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。
【0088】
(実験例1)
下表に示す各実施例および比較例の合金組成となるように原料金属を秤量し、高周波加熱にて溶解し、母合金を作製した。なお、試料番号1(比較例)の組成は一般的によく知られたアモルファス合金の組成である。
【0089】
その後、作製した母合金に対して、アトマイズ法により粉末化して軟磁性粉末を得た。この際に、坩堝から流下させる溶融金属の温度を1250℃、流下量を1kg/分、坩堝の流下口の内径を1mm、ガスジェットの流束を900m/sとした。その後、分級機により分級を行い、平均粒径D50が15μm以上30μm以下である軟磁性粉末を得た。
【0090】
得られた軟磁性粉末に対してX線回折測定を行い、粒径が30nmよりも大きい結晶の有無を確認した。そして、粒径が30nmよりも大きい結晶が存在しない場合には非晶質相が観察されるとし、粒径が30nmよりも大きい結晶が存在する場合には結晶相からなるとした。なお、後述する試料番号181を除く全ての実施例において、平均粒径が0.1nm以上15nm以下である微結晶が非晶質中に存在するナノヘテロ構造が観察された。
【0091】
その後、各試料の軟磁性粉末に対し、600℃で1時間、熱処理を行った。熱処理は窒素雰囲気で行った。また、熱処理時の窒素雰囲気中の酸素濃度を10ppm以上10000ppm以下の範囲内で制御することにより、熱処理後の軟磁性粉末の酸素含有率を制御した。熱処理後の各軟磁性粉末に対し、飽和磁化σsおよび保磁力Hcを測定した。飽和磁化σsは振動試料型磁力計(VSM)を用いて磁場1000kA/mで測定した。保磁力Hcは直流BHトレーサーを用いて磁場5kA/mで測定した。
【0092】
その後、熱処理後の各軟磁性粉末を圧力0.1t/cm
2で加圧し、粉末抵抗装置を用いて(体積)抵抗率ρを測定した。
【0093】
本実施例では飽和磁化σsは150A・m
2/kg以上を良好とした。保磁力Hcは4.0Oe以下を良好とした。抵抗率ρは0.5kΩ・cm以上500kΩ・cm以下を良好とし、3kΩ・cm以上500kΩ・cm以下をさらに良好とした。下表では抵抗率ρが3kΩ・cm以上の場合を◎、0.5kΩ・cm以上3kΩ・cm未満の場合を○、0.5kΩ・cm未満または500kΩ・cm超の場合を×とした。なお、抵抗率ρが500kΩ・cmを超える試料は存在しなかった。
【0094】
以下に示す実験例1の実施例では特に記載の無い限り、熱処理後の軟磁性粉末は全て平均粒径が3nm以上30nm以下であり結晶構造がbccであるFe基ナノ結晶を有していたことをX線回折測定、および透過電子顕微鏡を用いた観察で確認した。また、熱処理の前後で合金組成に変化がないことについてICP分析を用いて確認した。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
【0098】
【表4】
【0099】
【表5】
【0100】
【表6】
【0101】
【表7】
【0102】
【表8】
【0103】
【表9】
【0104】
【表10】
【0105】
【表11】
【0106】
【表12】
【0107】
表1は一般的によく知られたアモルファス合金の組成を有する比較例と、特定の組成を有し酸素の含有量を変化させた実施例および比較例と、を記載したものである。
【0108】
表1より、従来の組成の軟磁性粉末は飽和磁化σsが十分ではない。また、特定の範囲内の組成を有し、酸素の含有量を質量比で300ppm以上3000ppm以下に制御した実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。さらに、酸素の含有量を800ppm以上2000ppm以下に制御した実施例は抵抗率ρがさらに好適な結果となった。これに対し、特定の組成を有しても酸素の含有量が300ppm未満である比較例は抵抗率ρが低下した。また、酸素の含有量が3000ppm超である比較例は飽和磁化σsおよび抵抗率ρが低下した。
【0109】
表2は主にM(Nb)の含有量(a)を変化させた実施例および比較例を記載したものである。0≦a≦0.140である実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。さらに、0.040≦a≦0.140である実施例は抵抗率ρがさらに好適な結果となった。これに対し、aが大きすぎる比較例は飽和磁化σsが低下した。
【0110】
表3は主にBの含有量(b)を変化させた実施例および比較例を記載したものである。0.020<b≦0.200である実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。さらに、0.060≦b≦0.200である実施例は抵抗率ρがさらに好適な結果となった。これに対し、bが小さすぎる比較例は熱処理前の軟磁性粉末が結晶相からなり、熱処理後の保磁力Hcが著しく上昇した。また、bが大きすぎる比較例は飽和磁化σsが低下した。
【0111】
表4は主にPの含有量(c)を変化させた実施例および比較例を記載したものである。0<c≦0.150である実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。さらに、0.010≦c≦0.150である実施例は抵抗率ρがさらに好適な結果となった。これに対し、c=0である比較例は保磁力Hcが大きくなった。また、cが大きすぎる比較例は飽和磁化σsが低下した。
【0112】
表5はM(Nb)の含有量(a)、Bの含有量(b)およびPの含有量(c)を同時に変化させた実施例を記載したものである。M(Nb)の含有量(a)、Bの含有量(b)およびPの含有量(c)を特定の範囲内で同時に変化させた実施例は全て保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。
【0113】
表6は主にSiの含有量(d)を変化させた実施例および比較例を記載したものである。0≦d≦0.060である実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。これに対し、dが大きすぎる比較例は保磁力Hcが上昇し、飽和磁化σsが低下した。
【0114】
表7は主にCの含有量(e)を変化させた実施例および比較例を記載したものである。0≦e≦0.030である実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。さらに、0≦e≦0.010である実施例は抵抗率ρがさらに好適な結果となった。これに対し、eが大きすぎる比較例は保磁力Hcが上昇した。
【0115】
表8は主にSの含有量(f)を変化させた実施例および比較例を記載したものである。0≦f≦0.010である実施例は保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。これに対し、fが大きすぎる比較例は保磁力Hcが上昇した。
【0116】
表9はSi,C,およびSを全て含まない試料番号34,35および5について、Si,C,およびSを同時に含有させた実施例を記載したものである。Si,C,およびSを特定の範囲内で同時に含有させた実施例は全て保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。
【0117】
表10はMの種類を変化させた実施例を記載したものである。Mの種類を変化させても組成が特定の範囲内である実施例は全て保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。
【0118】
表11はFeの一部をX1および/またはX2に置換した実施例を記載したものである。Feの一部をX1および/またはX2に置換しても組成が特定の範囲内である実施例は全て保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。
【0119】
表12はMを含まない実施例(a=0である実施例)を記載したものである。Mを含まなくても組成が特定の範囲内である実施例は全て保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。
【0120】
(実験例2)
実験例2では、溶融金属の温度および熱処理条件を試料番号5から変化させた実施例を行った。結果を下表に示す。なお、試料番号181は熱処理前も熱処理後も結晶が生成せず、非晶質のみを有する構造となった。試料番号181aは熱処理前は非晶質のみを有する構造であり、熱処理後はFe基ナノ結晶を有する構造となった。試料番号182および182aは熱処理前も熱処理後もナノヘテロ構造であった。試料番号182b、183〜189は全て熱処理前はナノヘテロ構造であり、熱処理後はFe基ナノ結晶を有する構造であった。
【0121】
【表13】
表13より、上記の通りに構造を変化させても組成が特定の範囲内である実施例は全て保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。
【0122】
(実験例3)
実験例3では、各試料について3DAP(3次元アトムプローブ)を用いて、Fe含有割合の極大点の個数、配位数が1以上5以下である極大点の割合、配位数が2以上4以下である極大点の割合および試料全体に対するFe組成ネットワーク相の含有割合について測定した。結果を表14に示す。なお、表14に記載した各実施例は、組成が実験例1の試料番号5と同一であり、アトマイズの噴射条件および熱処理温度を制御することで極大点の個数およびFe組成ネットワーク相の体積割合を主に変化させた実施例である。
【0123】
【表14】
【0124】
表14より、軟磁性粉末の組成が特定の範囲内であり、軟磁性粉末がFe組成ネットワーク相からなり、Fe組成ネットワーク相の体積割合が25vol%以上50vol%以下である場合には、保磁力Hc、飽和磁化σsおよび抵抗率ρが好適な結果となった。