【実施例1】
【0021】
弾性波デバイスとして弾性波共振器を例に説明する。
図1(a)は、実施例1における弾性波共振器を示す平面図、
図1(b)は、
図1(a)のA−A断面図である。
図1(a)および
図1(b)に示すように、弾性波共振器24は、IDT20および反射器22を有している。IDT20および反射器22は圧電基板10上に設けられている。圧電基板10は、例えばタンタル酸リチウム基板、ニオブ酸リチウム基板または水晶基板である。IDT20および反射器22は金属膜12により形成されている。IDT20は一対の櫛型電極18を有する。一対の櫛型電極18は、それぞれ複数の電極指14と、複数の電極指14が接続されたバスバー16を有する。一方の櫛型電極18の電極指14と他方の櫛型電極18の電極指14とは少なくとも一部で互い違いに設けられている。IDT20の弾性波の伝播方向の両側に反射器22が形成されている。反射器22は、弾性波を反射する。同じ櫛型電極18内の電極指14のピッチをλとする。λは、IDT20が励振する弾性表面波の波長に相当する。
【0022】
圧電基板10は、シリコン基板、サファイア基板、アルミナ基板、スピネル基板、ガラス基板または水晶基板等の支持基板上に接合されていてもよい。また、金属膜12を覆うように酸化シリコン膜または窒化シリコン膜等の絶縁膜が設けられていてもよい。絶縁膜の膜厚は金属膜12の膜厚より厚くてもよいし薄くてもよい。
【0023】
IDT20により励振された弾性表面波の音速が圧電基板10内を伝播するバルク波(例えば最も遅い横波バルク波)の音速より早い場合、弾性表面波はバルク波を放射しながら圧電基板の表面を伝播する。よって、損失が生じる。特に、弾性表面波の一種であるSH(Shear Horizontal)波の音速はバルク波の音速より早い。このため、SH波を主モードとする弾性波共振器では損失が大きくなる。例えば、20°以上かつ48°以下のカット角を有するYカットX伝播タンタル酸リチウム基板では、SH波が主モードとなる。
【0024】
弾性波表面波の音速を遅くするため、金属膜12に音響インピーダンスの大きな金属を用いる。音響インピーダンスZは、密度をρ、ヤング率をEおよびポアソン比をPrとすると、以下の式で表される。
【数1】
【0025】
ポアソン比は金属材料では大きく異ならないため、音響インピーダンスの大きな金属は、密度×ヤング率の大きい金属となる。密度は原子番号が大きな金属が大きく、ヤング率は硬い金属が大きい。このような金属は融点が高い高融点金属である。このように、高融点金属を金属膜12に用いると弾性表面波の音速が遅くなり損失が小さくなる。
【0026】
また、高融点金属は、電子数が大きくかつ原子半径が小さいため金属結合が強くなる。エレクトロマイグレーションおよびストレスマイグレーションはそれぞれ電界および応力により金属原子が移動する現象である。よって、金属結合が強い高融点金属はこれらのマイグレーションが生じ難い。よって、高融点金属を金属膜12に用いるとマイグレーションが小さくなる。
【0027】
例えば金属膜12として一般的に用いられるAl(アルミニウム)は、融点が660℃であり、密度、ヤング率、ポアソン比および音響インピーダンスがそれぞれ2.7g/cm
3、68GPa、0.34および8.3GPa・s/mである。高融点金属であるMo(モリブデン)は、融点が2622℃であり、密度、ヤング率、ポアソン比および音響インピーダンスがそれぞれ10.2g/cm
3、329GPa、0.31および35.9GPa・s/mである。このように、MoはAlに比べ融点が2000℃高く、密度は約4倍、ヤング率は約5倍であり、音響インピーダンスは約4倍である。
【0028】
金属膜12としてMoを用いると、弾性表面波の音速が遅くなるため損失が小さくなり、かつマイグレーションが生じ難くなると考えられる。そこで、金属膜12としてMoを用い、LTE(Long Term Evolution)バンド28(送信帯域は703MHz−733MHz)の送信フィルタを作製した。
【0029】
作製したフィルタは、
図1(a)および
図1(b)のような弾性波共振器を用いたラダー型フィルタである。圧電基板10は42°YカットX伝播タンタル酸リチウム基板である。電極指14のピッチλは4.36μmから4.55μmである。金属膜12は膜厚が0.1λのMo膜である。
【0030】
作製したフィルタに耐電力試験を行った。耐電力試験では、環境温度を85℃とし、周波数が733MHzであり電力が1.6Wの無変調連続波を5分間印加した。
【0031】
図2は、耐電力試験を行ったフィルタの一部の平面模式図である。
図2に示すように、電極指14の一部が折れている。このように、金属膜12として高融点金属を用い耐電力試験を行うとマイグレーションは生じないが電極指14の一部が断裂する。
【0032】
AlまたはCu(銅)のように比較的融点の低い金属を圧電基板10上に形成すると、金属膜12は多結晶となり結晶粒が生じるが粒界は不鮮明であり、結晶粒の大きさは不揃いであり柱状構造とはならない。一方、圧電基板10上に高融点金属を形成すると、蒸着法およびスパッタリング法いずれの方法を用いても柱状結晶となりやすい。柱状結晶では粒界が鮮明である。これは結晶粒の間の結合が弱いおよび/または結晶粒の間に隙間があるためである。また、結晶粒の大きさは揃っておりかつ金属膜12の積層方向に連続している。弾性波共振器24に大きな電力の高周波信号が印加されると、電極指14が弾性表面波により大きく振動することで電極指14に応力が加わる。電極指14が柱状結晶となっていると、粒界に沿って電極指14が断裂すると考えられる。
【0033】
図3は、実施例1における電極指の断面図である。
図3に示すように、圧電基板10上に電極指14として金属膜12が設けられている。金属膜12は圧電基板10に接する第2領域12aと第2領域12aに接する第1領域12bとを有する。
【0034】
図4は、実施例1における電極指の断面の電子顕微鏡写真の模式図である。金属膜12としてMo膜を用いている。
図4に示すように、第2領域12aでは粒界が観察されず一様な構造54を有する。このことから第2領域12aはアモルファス(非晶質)状態と考えられる。第1領域12bでは結晶粒50が積層方向に延伸する柱状であり、粒界52が積層方向に延伸する。第1領域12bと第2領域12aとの境界は不鮮明であり、結晶構造は連続的に変化している。第1領域12bは金属膜12の全体の膜厚の約1/4の膜厚であり、第2領域12aは金属膜12の全体の膜厚の約3/4の膜厚である。このような結晶構造は電極指14の断面をTEM(Transmission Electron Microscope)法またはSEM(Scanning Electron Microscope)法を用い観察することにより確認できる。
【0035】
実施例1における金属膜12の成膜方法について説明する。表面が平坦な圧電基板10上に高融点金属を形成すると柱状結晶となる。そこで、圧電基板10の上面にAr(アルゴン)等の不活性ガスのイオンを照射する。これにより、圧電基板10の上面の平坦性が悪くなる。この後、圧電基板10の上面に高融点金属を形成する。これにより、圧電基板10上の第2領域12aはアモルファスとなる。その後金属膜12を成膜すると柱状結晶である第1領域12bに徐々に変化する。
【0036】
図4の金属膜12はイオンアシスト蒸着法を用い形成した。まず圧電基板10の上面にArイオンを照射し上面を凸凹状にする。その後金属膜12を形成した。これにより、アモルファスの第2領域12aと柱状結晶の第1領域12bが形成される。金属膜12をスパッタリング法を用いて形成する場合においても金属膜12を形成する前に、圧電基板10の上面をArイオンで逆スパッタリングしてもよい。また、第2領域12aと第1領域12bとで成膜条件を変えることにより、第2領域12aをアモルファスとし、第1領域12bを柱状構造としてもよい。
【0037】
圧電基板10上に金属膜12としてPt(白金)を蒸着法を用い形成すると、金属膜12は柱状構造となることが分かっている。このことから少なくともPtより融点の高い金属は柱状結晶となりやすいと考えられる。
【0038】
表1は、高融点金属の密度、融点およびa軸方向の格子定数を示す表である。
【表1】
【0039】
表1に示すように、Ir(イリジウム)、Mo、Os(オスミウム)、Pt、Re(レニウム)、Rh(ロジウム)、Ru(ルテニウム)およびW(タングステン)の融点はPtの融点1774℃以上である。密度は、Alの4倍以上である。
【0040】
このように、融点がPt以上の高融点金属は密度が高く音響インピーダンスも高い。このため、これらの金属を金属膜12とすることで弾性表面波の音速が遅くなり、損失を抑制できる。しかし、金属膜12が柱状構造となるため耐電力性が劣化する。耐電力性を向上させるためには、金属膜12全体を柱状結晶でない構造とすることも考えられる。しかし、高融点金属をIDT20として機能する程度まで厚くすると、柱状結晶の第1領域12bが形成されてしまう。
【0041】
そこで、実施例1によれば、
図4のように金属膜12は、融点がPtの融点以上の金属を主成分とし、結晶粒が柱状である第1領域12bと第1領域12bの積層方向に設けられ第1領域12bより結晶性の低いまたはアモルファスである第2領域12aと、を有する。これにより、第1領域12bの粒界は第2領域12aまで連続しない。よって、大電力の高周波信号が入力されても電極指14が破損することを抑制できる。
【0042】
金属膜12がある金属を主成分として含むとは、柱状結晶が形成される程度にある金属を含むことであり、例えば金属膜12内のある金属の原子濃度が50%以上であり、好ましくは80%以上であり、より好ましくは90%以上である。
【0043】
柱状の結晶粒は、SEMまたはTEM等の電子顕微鏡で断面を観察したときに積層方向が長手方向となる結晶粒である。電子顕微鏡で断面を観察したとき、第1領域12bにおける視野内の全結晶粒の個数うち柱状の結晶粒の個数は50%以上が好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましい。
【0044】
第2領域12aは第1領域12bと圧電基板10との間に設けられている。これにより、金属膜12の成膜方法を最適化することにより、アモルファスの第2領域12a上に柱状結晶の第1領域12bを形成できる。なお、第2領域12aは第1領域12bの上に設けられていてもよいし、第1領域12b内に設けられていてもよい。
【0045】
圧電基板10の上面を凸凹とした後に金属膜12を形成することで、第2領域12aは圧電基板10に接して設けることができる。
【0046】
第2領域12aはアモルファスである。これにより、電極指14が第1領域12bの粒界で破断することをより抑制できる。第2領域12aは第1領域12bより結晶性が低ければよい。結晶性はX線回折法を用い確認できる。また、結晶性の低い第2領域12aの結晶粒は第1領域12bの結晶粒より小さくなる。
【0047】
金属膜12は、Mo、Ir、Pt、Re、Rh、Ru、Ta(タンタル)およびWのいずれか1つを主成分とすることが好ましい。これにより、音響インピーダンスを高くし損失を抑制できる。
【0048】
特許文献1のように、圧電基板10が20°以上かつ48°以下のカット角を有するYカットX伝播タンタル酸リチウム基板であり、金属膜12がMoまたはCuを主成分とする場合、T1/λ1>0.08とする。金属膜12がWを主成分とする場合、T1/λ1>0.05とする。金属膜12がRuを主成分とする場合、T1/λ1>0.07とする。これにより、SH波の音速がバルク波の音速より遅くなり、低損失となる。
【0049】
IDT20として機能する程度(0.1λ程度)の金属膜12を成膜すると、第1領域12bの積層方向の厚さは第2領域12aの積層方向の厚さより大きくなる。例えば、第1領域12bの積層方向の厚さは第2領域12aの積層方向の厚さの2倍以上となる。電極指14の破断を抑制するためには第2領域12aの積層方向の厚さは第1領域12bの積層方向の厚さの1/10以上が好ましく、1/5以上がより好ましい。
【0050】
圧電基板10と第1領域12bとの間に、第2領域12aとしてアモルファスを形成しようとすると、圧電基板10と金属膜12との格子定数が整合しないことが好ましい。そこで、格子定数がそれぞれa1およびa2の2つの膜の格子不整合度Δを以下の式で定義する。
Δ[%]=|a1−a2|/{(1/2)×(a1+a2)}×100
格子不整合度Δが大きいほど第2領域12aが形成されやすいと考えられる。
【0051】
表2は、圧電基板10であるニオブ酸リチウムLNおよびタンタル酸リチウムLTの密度、融点および格子定数を示す表である。
【表2】
【0052】
表3は、LNおよびLTと表1の金属との格子不整合度Δ[%]を示す表である。
【表3】
【0053】
第2領域12aを形成するため、圧電基板10と金属膜12との格子不整合度Δは25%以上が好ましく、40%以上がより好ましい。表3のように、全ての金属においてΔは25%以上である。Mo、Os、Re、RuおよびWではΔは40%以上である。
【0054】
[実施例1の変形例1]
図5(a)は、実施例1の変形例1における電極指の断面図である。
図5(a)に示すように、金属膜12と圧電基板10との間に中間膜13が設けられている。中間膜13は、金属膜12と圧電基板10との密着層であり、例えばCr(クロム)、Ni(ニッケル)およびTiの少なくとも1つを主成分とする。その他の構成は実施例1と同じであり説明を省略する。
【0055】
表4は、中間膜13として用いるCr、NiおよびTiの密度、融点および格子定数を示す表である。
【表4】
【0056】
表5は、Cr、NiおよびTiと表1の金属との格子不整合度Δ[%]を示す表である。表5に示すように、Cr、NiおよびTiの密度は表1の金属に比べると小さい。また、Cr、NiおよびTiの融点は表1のほとんどの金属に比べ低い。
【表5】
【0057】
圧電基板10と金属膜12との間に中間膜13が設けられている場合、中間膜13と金属膜12との格子不整合度Δが大きいほど第2領域12aが形成されやすいと考えられる。第2領域12aを形成するため、中間膜13と金属膜12との格子不整合度Δは4%以上が好ましく、8%以上がより好ましい。
【0058】
実施例1の変形例1のように、圧電基板10と第2領域12aとの間にPtより密度の低い金属を主成分とする中間膜13を備えてもよい。中間膜13は音響インピーダンスに影響しないように、第2領域12aより薄いことが好ましい。
【0059】
[実施例1の変形例2]
図5(b)は、実施例1の変形例2における電極指の断面図である。
図5(b)に示すように、金属膜12上に上膜13aが設けられている。上膜13aは例えばCr(クロム)、Ni(ニッケル)およびTiの少なくとも1つを主成分とする。その他の構成は実施例1と同じであり説明を省略する。
【0060】
実施例1の変形例2のように金属膜12上に上膜13aが設けられていてもよい。実施例1の変形例1および2のように、電極指14は1または複数の金属膜の積層構造であり、少なくとも1つの金属層が第1領域12bおよび第2領域12aを含めばよい。第1領域12bおよび第2領域12aの膜厚の和は、電極指14の膜厚の50%以上が好ましく、80%以上がより好ましい。