(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6681387
(24)【登録日】2020年3月25日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】糖尿病の慢性合併症において使用するためのSOCS1由来ペプチド
(51)【国際特許分類】
A61K 38/10 20060101AFI20200406BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20200406BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20200406BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20200406BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20200406BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20200406BHJP
A61P 27/06 20060101ALI20200406BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20200406BHJP
A61K 47/54 20170101ALI20200406BHJP
C07K 14/52 20060101ALN20200406BHJP
C07K 19/00 20060101ALN20200406BHJP
A61K 51/04 20060101ALN20200406BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20200406BHJP
【FI】
A61K38/10ZNA
A61P3/10
A61P13/12
A61P9/10 101
A61P9/00
A61P27/02
A61P27/06
A61P43/00 111
A61K47/54
!C07K14/52
!C07K19/00
!A61K51/04 310
!C12N15/09
【請求項の数】17
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2017-514978(P2017-514978)
(86)(22)【出願日】2015年5月27日
(65)【公表番号】特表2017-524727(P2017-524727A)
(43)【公表日】2017年8月31日
(86)【国際出願番号】ES2015070415
(87)【国際公開番号】WO2015181427
(87)【国際公開日】20151203
【審査請求日】2018年5月23日
(31)【優先権主張番号】P201430796
(32)【優先日】2014年5月28日
(33)【優先権主張国】ES
(73)【特許権者】
【識別番号】515304400
【氏名又は名称】フンダシオ オスピタル ウニベルシタリ バイ デブロン ‐ インスティトゥ デ レセルカ
(73)【特許権者】
【識別番号】516355014
【氏名又は名称】フンダシオン、インスティトゥト、デ、インベスティガシオン、サニタリア、フンダシオン、イメネス、ディアス
【氏名又は名称原語表記】FUNDACION INSTITUTO DE INVESTIGACION SANITARIA FUNDACION JIMENEZ DIAZ
(73)【特許権者】
【識別番号】506255603
【氏名又は名称】ウニベルシダッド アウトノマ デ マドリッド
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(72)【発明者】
【氏名】ヘスス、エギド、デ、ロス、リオス
(72)【発明者】
【氏名】カルメン、ゴメス、ゲレロ
(72)【発明者】
【氏名】ラファエル、シモ、カノンゲ
(72)【発明者】
【氏名】クリスティナ、エルナンデス、パスクアル
【審査官】
深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】
特表2007−526000(JP,A)
【文献】
Journal of Neuroimmunology,2011年,Vol.232,p.108-118
【文献】
Investigative Ophthalmology and Visual Science,2011年,Vol.52,p.6978-6986
【文献】
Journal of American Society of Nephrology,2010年,Vol.21,p.763-772
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00−38/58
A61K 31/7088−31/713
CA/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2の配列を含んでなる単離されたポリペプチドを含んでなる、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための医薬組成物であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、医薬組成物。
【請求項2】
糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症である、請求項1に記載の使用のための医薬組成物。
【請求項3】
単離されたポリペプチドが細胞透過性領域と結合している、請求項1または2のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項4】
細胞透過性領域がリジン−パルミチン酸である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
細胞透過性領域が配列番号2の配列のN末端(残基D、アスパラギン酸)と結合している、請求項3および4のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
単離されたポリペプチドが、配列番号2の配列から本質的になる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
単離されたポリペプチドが、ヒトSOCS1タンパク質(UniProt:O15524)から本質的になる、請求項2〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
単離されたポリペプチドが、細胞透過性領域と結合している配列番号2の配列からなる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
配列番号2の配列の少なくとも1つのアミノ酸がリン酸化されている、請求項1〜7のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
リン酸化されたアミノ酸の少なくとも1つがチロシン(Y)アミノ酸である、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
配列番号2の配列のチロシン(Y)アミノ酸がリン酸化されている、請求項1〜10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
治療上有効な量の前記単離されたポリペプチドと、少なくとも1つの薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤とを含んでなる、請求項1〜11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
経口、胃腸、非経口、直腸、呼吸器経路または局所使用に、特に、眼科使用に好適な、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
糖尿病性網膜症の予防または治療において使用するための、請求項12および13のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
ビヒクルが薬学上許容可能な眼科用ビヒクルである、請求項14に記載の医薬組成物。
【請求項16】
配列番号2のアミノ酸配列をコードする単離されたポリヌクレオチドを含んでなる、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための医薬組成物であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、医薬組成物。
【請求項17】
リジン基と結合している配列番号2のアミノ酸配列をコードする単離されたポリヌクレオチドを含んでなる、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための医薬組成物であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病の慢性合併症、特に、眼、腎臓、神経および血管の合併症の予防および治療に有用なSOCS1由来ペプチドに関する。糖尿病性網膜症および黄斑浮腫は、糖尿病の眼の合併症の分野に含まれる。SOCS1由来ペプチドの神経保護特性を考えれば、本発明はまた、糖尿病性網膜症の他に、網膜の後天性または遺伝性神経変性疾患などの神経変性が重要な役割を果たす網膜の他の疾患にも潜在的に有効であると考えられる。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、いくつかの器官、特に、網膜、腎臓、神経および血管系にしばしば障害を引き起こす、有病率の高い全身性疾患である。糖尿病合併症は通常、a)低血糖症・ケトアシドーシス・高浸透圧性昏睡などの急性合併症、b)慢性または晩期合併症、更に分けると微小血管障害性合併症(腎症、網膜症、および神経障害)、大血管障害性合併症(心血管疾患)および糖尿病性足障害(大血管および微小血管障害)に分けられる。
【0003】
糖尿病の多大な社会保健的影響はこれらの慢性合併症、主として、眼(網膜症)、腎臓(腎症)および血管(アテローム性動脈硬化症)合併症によるものである。厳格な血糖および高血圧管理などの糖尿病治療の現在のアプローチは、首尾良く疾病進行を止めるものの、多くの症例で特に、網膜症、心血管イベントといった慢性合併症の発症を防ぐものでなく、また患者の腎不全およびさらには患者の透析および移植プログラムへの参加を回避するものではない。
【0004】
糖尿病性足障害は、糖尿病の最も多い合併症の1つであり、重大な罹患および切断の高いリスクを招き、その治療は多くの学問領域にわたるアプローチを要する。
【0005】
糖尿病性網膜症は、糖尿病の最も多い合併症であり世界的な失明の主因の1つである。高血糖症それ自体およびそれに直接関連する代謝経路が糖尿病性網膜症の疾病原因に介在し、内網膜に存在する毛細血管床に障害を引き起こす(微小血管障害性障害)。糖尿病性網膜症は、従来、網膜の微小血管障害性疾患と考えられてきた。しかしながら、現在のエビデンスにより、神経変性は糖尿病性網膜症の発病の初期現象であり、微小血管の変性の発生に関与していることが示されている。現在、糖尿病性網膜症の初期段階のための特定の治療はない。さらに、この疾患の進行段階において必要とされる特定の処置(レーザー光凝固、抗VEGF−「血管内皮増殖因子」抗体もしくはコルチコイドなどの薬剤の硝子体内注射、または硝子体切除)は限られた有効性および高率の副作用を伴う。糖尿病性網膜症を初期段階(神経変性)で予防または治療するためには非侵襲的治療アプローチが必要となるであろう。この意味で、局所的眼投与(点眼剤)は、全身性副作用を回避するその非侵襲的性質のために最も好適な経路となるであろう。
【0006】
糖尿病性網膜症に加えて、加齢性黄斑変性(AMD)、緑内障および色素性網膜炎などの網膜の神経変性を呈する他の疾患がある。網膜の神経変性疾患は、進行性のニューロン喪失を特徴とする網膜の病態を意味する。
【0007】
これらの疾患の詳細分析、それらの重要サイト、ならびに可能性のある保護の方法および回復に至る道筋は、Schmidt et al., “Neurodegenerative Diseases of the Retina and Potential for the Protection and Recovery”, Current Neuropharmacology 2008, Vol. No. 6, pp.: 164-178から引用することができる。
【0008】
糖尿病性網膜症の場合、神経変性(有効ニューロンの喪失)は疾病の初期段階で見られ、色彩識別およびコントラスト感受の低下などの機能異常を引き起こす。これらの変化は、糖尿病患者において、糖尿病罹患が2年未満、すなわち微小血管障害が眼科検査で検知できる前であっても電気生理学的検査の手段によって検知可能である。さらに遅延型多焦点網膜電位図潜時(delayed multifocal electroretinogram implicit time)(mfERG−IT)により、初期の微小血管異常の発生が予測される。加えて、神経網膜変性は、微小血管障害プロセスおよび血液網膜関門(blood-retinal barrier)(BRB)の破壊の両方に関与する、いくつかの代謝経路およびシグナル伝達経路を誘導および/または活性化する。
【0009】
BRBは、網膜の多くの疾患において極めて重要な眼の構造であり、特に糖尿病性網膜症の病因にきわめて重大な要素である。BRBは、内側BRBと外側BRBから構成される。内側BRBは内皮細胞密着結合により形成される。外側BRBは網膜色素上皮(retinal pigment epithelium)(RPE)から構成され、その細胞もまた密着結合により接続される。糖尿病性黄斑浮腫は、このBRBの破壊によるものである。網膜浮腫をもたらす、BRBの質の低下による他の一般的な網膜疾患がAMDである。さらに、BRBの変性は、ブドウ膜炎、外傷、眼手術、血管網膜症、遺伝性ジストロフィーなどの多くの眼の状態でも見られる(Cunha-Vaz et al., “The Blood-Retinal Barrier in Retinal Disease”, European Ophthalmic Review - 2009, Vol. No. 3, pp.:105-108)。
【0010】
近年、糖尿病合併症の発症に関与する分子機構を知るため、ならびにそれらの治療の可能性を検討するために多大な努力がなされている。
【0011】
JAK/STAT(Janus Kinase/Signal Transducers and Activators of Transcription)シグナル伝達経路は、それを介して高血糖およびほかの因子が糖尿病およびその合併症の発症に寄与する重要な細胞内機構である。JAK/STATは、増殖、遊走および分化などの多くの細胞プロセス、ならびに炎症性メディエーターの発現を制御する。アテローム斑、糖尿病患者の腎生検、ならびに網膜症および糖尿病性腎症の動物モデルにおけるJAK/STAT経路のメンバーの発現の増加および活性化が記載されている。
【0012】
SOCS(Suppressors Of Cytokine Signaling)タンパク質ファミリーは、JAK/STAT経路の負の調節のための主要な内在機構であり、その発現レベルの変化は種々の免疫疾患および炎症性疾患に関連付けられている。SOCSファミリーメンバーに関する遺伝子改変動物での実験的研究では、糖尿病の罹患率(Flodstrom-Tullberg et al., Diabetes 2003;52:2696-700)および関連の腎損傷(Ortiz-Munoz et al., J Am SocNephrol 2010;21:763-72)の減少、ならびに抗アテローム性動脈硬化効果(Ortiz-Munoz et al., ArteriosclerThromb Vasc Biol 2009;29:525-531; Wesoly et al., Acta Biochim Pol 2010; 57(3):251-260; Liang et al., Int J Mol Med. 2013 May;31(5):1066-74)を伴った膵β細胞の保護効果が実証された。これは糖尿病合併症におけるこれらの内因性タンパク質の治療能を示唆する。
【0013】
これまでに、実験的アレルギー性脳脊髄炎、多発性硬化症モデル(Mujtaba et al., J Immunol 2005;175:5077-5086; Jager et al., J Neuroimmunol2011;232:108-118)およびまた末梢神経損傷(Girolami et al., ExpNeurol 2010;223:173-182)およびポックスウイルスのウイルス感染(Ahmed et al., J Virol 2009;83:1402-1415)のモデルで、SOCSタンパク質模倣ペプチドの使用が記載されている。SOCSポリペプチドはまた、特に、炎症およびウイルスまたは細菌感染において、サイトカイン誘導性のシグナル伝達の阻害剤としても記載されている(米国特許出願公開第2009/0209458号)。国際公開第2010/151495号は、抗ウイルス薬として有用なSOCS−1またはSOCS−3アンタゴニストペプチドを記載している。米国特許第8420096号は、SOCS1/SOCS3配列および膜移行配列を含む可溶性ペプチドと免疫疾患の治療のためのその潜在的使用を記載している。米国特許出願公開第2009/253618号はまた、ニューロン分化におけるその使用のためのこの種のペプチドを記載している。米国特許出願公開第2009/030179号は、これらのペプチドのSOCSボックス領域の数種の合成ペプチドを抗菌薬として使用している。
【0014】
この分野に存在する研究およびJAK/STATシグナル伝達経路、SOCSタンパク質および糖尿病の間の関係が仮定されているという事実にもかかわらず、糖尿病の眼、腎臓または血管の合併症の予防または治療のためのペプチドそれ自体の効果的な投与はこれまでに記載されたことがない。SOCS模倣ペプチドは、いずれの場合にも眼の障害に関連付けられたことがない。
【発明の概要】
【0015】
SOCS1タンパク質の一領域に相当するポリペプチドは、糖尿病の動物モデルにおいてインビボ(in vivo)で糖尿病の慢性合併症の治療に有効であることが見出された。
【0016】
加えて、前記ポリペプチドが網膜の神経変性疾患の治療に有効であることも見出された。
【0017】
よって、第1の態様において、本発明は、
a)配列番号2(DTHFRTFRSHADYRRI)の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
を含む、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療のための単離されたポリペプチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリペプチドに関する。
【0018】
第2の態様において、本発明は、治療上有効な量の第1の態様のポリペプチドと、少なくとも1種類の薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤とを含んでなる、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療において使用するための組成物であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、組成物に関する。
【0019】
第3の態様において、本発明は、
a)配列番号2のアミノ酸配列、または
b)配列番号2の配列と少なくとも85%相同である配列a)もしくはb)の変異体
をコードする、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための単離されたポリヌクレオチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリヌクレオチドに関する。
【0020】
本発明のさらなる態様は、
a)配列番号2(DTHFRTFRSHADYRRI)の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
を含む、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療のための薬剤の製造のための単離されたポリペプチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリペプチドの使用である。
【0021】
本発明はまた、
a)配列番号2のアミノ酸配列、または
b)配列番号2の配列と少なくとも85%相同である配列a)の変異体
をコードする、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための単離されたポリヌクレオチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリヌクレオチドに関する。
【0022】
本発明はまた、
a)配列番号2のアミノ酸配列、または
b)配列番号2の配列と少なくとも85%相同である配列a)の変異体
をコードする、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための薬剤の製造するための単離されたポリヌクレオチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリヌクレオチドの使用に関する。
【0023】
最後の態様において、本発明は、治療上有効な量の第1の態様のポリペプチドを、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患に罹患している患者に投与することを含んでなる治療方法であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、治療方法に関する。
【0024】
これらの化合物は、網膜の局所的神経保護薬剤として作用する。本発明による使用のためのペプチドの局所投与は網膜に到達するだけでなく、むしろ糖尿病性網膜症の進行を予防するために有効な濃度に達することが指摘されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】糖尿病性網膜症モデルにおける血糖および体重の経過。試験中の血糖レベル(A)および体重(B)。阻害ペプチドによる処置はこれらのパラメーターに影響を及ぼさなかった。
【
図2】グリア活性化に対するSOCS1由来ペプチドの局所投与(点眼剤)の効果。ビヒクルで処置した糖尿病マウス[D−Sham]、SOCS1由来ペプチドを含有する点眼剤で処置した糖尿病マウス[D−SOCSM1S1]および非糖尿病マウス[対照(db/+)]からの代表的サンプルにおける網膜のGFAP(Glial fibrillar acidic protein)(グリア線維酸性タンパク質)染色の測定に基づくグリア活性化の定量。
【
図3】アポトーシスに対するSOCS1由来ペプチドの局所投与(点眼剤)の効果。ビヒクルで処置した糖尿病マウス[D−Sham]、非糖尿病マウス[対照(db/+)]およびSOCS1由来ペプチドで処置した糖尿病マウス[D−SOCSM1S1]の各群の代表的マウスの神経網膜における、TUNEL(Terminal Transferase dUTP Nick-EndLabeling)技術により測定された陽性細胞のパーセンテージ。結果を平均±SDとして表す。
*:他群と比較したp<0.01。
【
図4A】SOCS1由来ペプチドによる処置はERG異常を改善する。(A)試験群におけるa波振幅(上のパネル)およびa波潜時(下のパネル)。
【
図4B】SOCS1由来ペプチドによる処置はERG異常を改善する。(B)試験群におけるb波振幅(上のパネル)およびb波潜時(下のパネル)。
【
図5】SOCS1由来ペプチドによる処置は、糖尿病により誘発されるBRBの破壊を防ぐ。ビヒクルで処置した代表的糖尿病マウス[D−Sham]、SOCS1由来ペプチドで処置した糖尿病マウス[D−SOCSM1S1]および非糖尿病マウス[対照(db/+)]において評価された蛍光の任意単位(A.U.)でのアルブミン管外遊出定量。結果を平均±SDとして表す。
*他群と比較した<0.01。
【
図6】SOCS1由来ペプチドによる処置は、糖尿病マウスにおけるグルタミン酸代謝を改善する。(A)任意単位(A.U.)でのGLAST免疫蛍光定量。結果を平均±SDとして表す。(B)試験群においてUPLCにより測定された網膜グルタミン酸濃度。結果を平均±SDとして表す。
*他群と比較したp<0.001。
**対照群と比較したp<0.01。
【
図7】SOCS1由来ペプチドは、糖尿病性網膜症において炎症性遺伝子発現を低減する。ビヒクルで処置した糖尿病マウス[D−Sham]、非糖尿病マウス[対照(db/+)]およびSOCS1由来ペプチドで処置した糖尿病マウス[D−SOCSM1S1]におけるRT−PCRを用いたIL−1β mRNA発現定量。結果を平均±SDとして表す。
*他群と比較したp<0.05。RQ:相対定量値。
【
図8】SOCS1由来ペプチドは、糖尿病性腎臓においてSTATの活性化を阻害する。糖尿病マウスの腎臓切片で、リン酸化されたSTAT1およびSTAT3の免疫検出を行った。糸球体区画および尿細管間質区画における陽性染色の定量を示す。結果を平均±SDとして表す。
*対照群に対するp<0.02。
【
図9】糖尿病マウスにおけるSOCS1由来ペプチドの腎保護効果。(A)糸球体病変(Hyperは細胞増多、MMはメサンギウム基質、Dilは毛細血管拡張)、線維症と尿細管変性(Tub)、および線維化と間質炎症(Int)の半定量的評価。(B)糸球体面積の形態計測分析。(C)PAS+メサンギウム面積の定量。結果を平均±SDとして表す。
*対照群に対するp<0.05。
【
図10】SOCS1由来ペプチドは、糖尿病性腎症において腎線維化を防ぐ。(A)糖尿病マウス由来の腎臓サンプルにおける糸球体区画および尿細管間質区画のコラーゲン含量の定量分析(対照およびSOCS1)。(B)腎皮質における細胞外基質タンパク質(フィブロネクチンおよびI型コラーゲン)、線維化促進因子(TGF−β)および尿細管病変マーカー(Kim−1)のmRNA発現のRT−PCR分析。データを平均±SEMとして表す。
*対照群に対するp<0.05。
【
図11】糖尿病性腎臓に対するSOCS1由来ペプチドの抗炎症効果。(A)糖尿病マウス由来の腎臓サンプルにおけるマクロファージ(F4/80)およびTリンパ球(CD3)浸潤の免疫ペルオキシダーゼ検出。糸球体および間質細管における陽性細胞の定量が示される。(B)腎皮質におけるケモカイン(CCL2およびCCL5)およびTNFαサイトカインのmRNA発現のRT−PCR分析。データを平均±SEMとして表す。
*対照群に対するp<0.05。
【
図12】実験的糖尿病に対するmiS1ペプチドの抗アテローム性動脈硬化効果。(A)糖尿病マウスの大動脈横断切片におけるアテローム斑サイズの経時的進行。(B)糖尿病マウスのアテローム性動脈硬化病変における炎症性内容物(Moma2マクロファージ染色)およびプラーク安定性マーカー(シリウスレッドによるコラーゲン線維の染色およびα−アクチンによる血管細胞の染色)の定量。
*対照群に対するp<0.05。
【
図13】SOCS1由来ペプチドおよびその不活性変異型対照のインビトロ(in vitro)効果。(A)種々の濃度のSOCS1由来ペプチドまたは変異型ペプチドの存在下、サイトカインで刺激したマクロファージにおけるSTAT1およびSTAT3の活性化。(B)マクロファージおよびVSMCにおけるCCL2走化性タンパク質の産生。(C)マクロファージ遊走アッセイ。
*p<0.05 対ベースライン条件、♯p<0.05 対サイトカイン刺激。
【発明を実施するための形態】
【0026】
上記で示したように、本発明の第1の態様は、
a)配列番号2(DTHFRTFRSHADYRRI)の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
を含む単離されたポリペプチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、加齢性黄斑変性、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための、単離されたポリペプチドに関する。
【0027】
本発明に記載の配列のいずれか、特に配列番号1、配列番号2および配列番号3のアミノ酸のうち1以上が修飾可能であり、例えばそれらはリン酸化され得る。特定の実施形態によれば、その配列の1つのアミノ酸だけが修飾、好ましくはリン酸化される。好ましい実施形態によれば、リン酸化されるアミノ酸はチロシン(Y)である。
【0028】
本発明の範囲内で、アミノ酸配列に関して「同一性%」または「少なくとも%同一」という用語は、以下の方法により決定される同一性のパーセンテージを意味する。すなわち
https://www.ebi.ac.uk/Tools/msa/clustalw2/で提供されるサービスの手段による、このサービスのデフォルト調整を適用して実施される2つのアミノ酸配列のアラインメントである。従って、例えば、配列番号1は、それが本明細書で定義されるような配列番号の配列の変異体であると考えられる。
【0029】
本発明の範囲内で、「糖尿病の慢性合併症」という用語は、必ずしも限定されるものではないが、眼、腎臓、神経および血管の合併症または障害を包含するものと理解されるべきであり、「血管」という用語は、本明細書では、心血管合併症および脳血管合併症の両方を包含するものと理解される。具体的には、それは糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、微小血管障害および大血管障害を含む糖尿病性血管障害、例えば、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患から選択される合併症を含むと考えられる。よって、本発明のペプチドは、糖尿病患者における眼、腎臓、神経および心血管の合併症または障害からなる群から選択される糖尿病の慢性合併症の予防または治療において使用するためのものである。
【0030】
よって、特定の実施形態では、糖尿病の慢性合併症は、糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択される。好ましい実施形態によれば、糖尿病の慢性合併症は、眼の障害、特に、糖尿病性網膜症である。
【0031】
本発明のペプチドはまた、網膜の神経変性疾患の処置にも有用である。本発明の範囲内で、「網膜の神経変性疾患」という用語は、結果として失明をもたらし得る、網膜ニューロン、具体的には光受容器のアポトーシスによる進行性の神経細胞死によるグリア炎症(グリア活性化または反応性神経膠症)の存在を特徴とする眼の病状を包含するものと理解されるべきである。前記疾患の例としては、限定されるものではないが、糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎が挙げられる。本発明の特定の実施形態によれば、前記疾患は、糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される。好ましい実施形態によれば、網膜の神経変性疾患は糖尿病性網膜症である。
【0032】
本発明の意味において、「神経保護」という用語は、必ずしも限定されるものではないが、神経網膜を形成するニューロンが健常な動物対象(ヒトを含む)のものに相当する生理学的状態で保存されるために用いられ得るいずれのタイプの予防的処置または方法も包含すると理解されるべきである。「神経網膜」は網膜の感覚神経部分であり、視覚回路を担う。
【0033】
特に、本発明による「治療および/または予防における局所使用のための」ペプチドは、必ずしも限定されるものではないが、具体的には糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される網膜の神経変性疾患の治療および/または予防における眼用局所使用を包含すると理解されるべきである。
【0034】
特定の実施形態によれば、配列番号2の配列の変異体は、少なくとも90%同一、いっそうより好ましくは約94%同一であり、これは例えば配列番号2の配列において1つのアミノ酸の別のアミノ酸による置換、または配列番号2の配列への1つのアミノ酸の付加に相当する数字である。特定の実施形態によれば、この変異体は、配列番号1(DTHFRTFRSHSDYRRI)であると考えられる。この配列は哺乳動物種の間で保存性が高いので、ドブネズミ(
Rattus Norvergicus)、ゴリラ(
Gorilla gorilla gorilla)、アナウサギ(
Oryctolagus cuniculus)、チンパンジー(
Pan troglodytes)、スマトラオランウータン(
Pongo abelii)、モルモット(
Cavia porcellus)またはイノシシ(
Sus scrofa)などの他の哺乳動物種は配列番号1または配列番号2を有する。
【0035】
好ましい実施形態によれば、このような配列番号2の配列または上記で定義されたパーセンテージで同一のその変異体は、細胞透過性領域と結合している。前記細胞透過性領域は、記載されている種々の透過性配列、一般に陽イオン性または疎水性の小ペプチド、例えば、TAT(配列番号4:YGRKKRRQRRR)、Antp(配列番号5:RQIKIWFQNRRMKW)、PTD−5(配列番号6:RRQRRTSKLMKR)、配列番号7:8K(K=Lys)および配列番号8:6R(R=Arg)から選択され得る。より好ましくは、細胞透過性領域は、リジン−パルミチン酸領域である。いっそうより好ましくは、細胞透過性領域は、配列番号2またはその同一の変異体のアミノ末端において結合する。
【0036】
記載の配列または上記で定義したようなその同一の変異体を含んでなるいずれのポリペプチドも、本発明の範囲内に含まれる。しかしながら、好ましい実施形態によれば、ポリペプチドは、
a)配列番号2の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
から本質的になる。
【0037】
特に、変異体は、配列番号1の配列からなると考えられる。
【0038】
本発明の範囲内で、「から本質的になる」という用語は、定義された配列またはその相同変異体への最大8個の付加的アミノ酸(言い換えれば、最大50%超)、好ましい実施形態によれば、最大7、6、5、4、3、2または1個の付加的アミノ酸の包含を意味し、これらは配列のアミン末端、酸末端または配列の任意の部位に独立して結合させることができ、配列の一部となり得る。
【0039】
前記の場合のいずれにおいても、その配列は上記で定義したような細胞透過性領域に結合させても、させられなくてもよい。
【0040】
特定の実施形態によれば、ポリペプチドは配列番号2の配列からなり、上記で定義したような細胞透過性領域に結合させても、させられなくてもよい。
【0041】
ポリペプチドが糖尿病患者の眼の合併症において使用するためのものであるか、または糖尿病性網膜症などの網膜の変性疾患において使用するためのものである場合、配列番号2の配列または特定の実施形態により上記で定義したようなその同一の変異体を含むポリペプチドは、
a)ヒトSOCS1タンパク質(UniProt:O15524)、
b)ネズミSOCS1タンパク質(UniProt:O35716)、または
c)ネズミSOCS1タンパク質のアミノ酸配列またはヒトSOCS1タンパク質のアミノ酸配列と少なくとも85%同一である配列a)もしくはb)の変異体
から本質的になる、または
a)ヒトSOCS1タンパク質(UniProt:O15524)、
b)ネズミSOCS1タンパク質(UniProt:O35716)、または
c)ネズミSOCS1タンパク質のアミノ酸配列またはヒトSOCS1タンパク質のアミノ酸配列と少なくとも85%同一であるa)もしくはb)配列の変異体
である。
【0042】
前記の特定の実施形態のいずれとも同様に、ヒトもしくはネズミSOCS1タンパク質のアミノ酸の少なくとも1つまたはその同一の変異体は、修飾することができ、好ましくはリン酸化することができる。好ましい実施形態によれば、リン酸化されるアミノ酸またはリン酸化されるアミノ酸の1つはチロシン(Y)であると考えられる。同様に、前記の定義によるSOCS1タンパク質は、細胞透過性領域、好ましくは、パルミチン酸−リジン基に結合させることができる。好ましい実施形態によれば、細胞透過性領域は、ポリペプチドのN末端で結合し、細胞透過性領域はより好ましくは、パルミチン酸−リジン基である。
【0043】
少なくとも85%同一の変異体には、ドブネズミ、ゴリラ、アナウサギ、チンパンジー、スマトラオランウータン、モルモットまたはイノシシなどの他の哺乳動物のSOCS1タンパク質が含まれる。
【0044】
特定の実施形態によれば、ヒトまたはネズミSOCS1配列の変異体は、前記配列と少なくとも90%同一であり、よりいっそう好ましくは約94%同一である。
【0045】
本発明のこの第1の態様に関して示された総ての好ましい実施形態は、以下に詳細に示される本発明の残りの態様にも適用可能である。
【0046】
本発明のさらなる態様は、
a)配列番号2(DTHFRTFRSHADYRRI)の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
を含んでなる単離されたポリペプチドの、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療のための薬剤の製造のための使用であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、使用である。
【0047】
本発明の別の態様によれば、これは、治療上有効な量の前記定義のいずれかに従うポリペプチドと、少なくとも1種類の薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤とを含んでなる、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための組成物であって、上記に示した定義により、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、組成物を意味する。
【0048】
本発明の好ましい実施形態では、組成物は、糖尿病患者における眼の障害および/または網膜の神経変性疾患、好ましくは、糖尿病性網膜症の予防もしくは治療において使用するために好適であるか、または予防もしくは治療において使用されることが意図される。それはまた、神経変性、緑内障および色素性網膜炎を呈する網膜の他の疾患に対して使用することもできる。
【0049】
よって、特定の実施形態によれば、ビヒクルまたは賦形剤は、眼科用投与に好適な薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤である。
【0050】
本発明による組成物は、少なくとも1つの薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤を含んでなる。「薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤」という用語は、本発明のペプチドが一緒に投与される分子物質または実体を意味する。このようなビヒクルまたは賦形剤は、選択された投与経路に好適であり、投与経路に応じて当業者には自明であろう。ビヒクルは、石油由来のものや、動物、植物もしくは合成起源のものを含む水またはオイルなどの無菌液体、賦形剤、崩壊剤、湿潤剤または希釈剤であり得る。好適なビヒクルおよび賦形剤は、例えば引用することにより本明細書の一部とされる“Remington's Pharmaceutical Sciences” of E.W. Martinに記載されている。
【0051】
本発明による組成物は、経口、胃腸、非経口、直腸、呼吸器経路および局所、特に、眼用を含むいずれの既知の経路によって投与することもできる。同様に、本組成物は、当業者に自明である他の好適な有効成分またはアジュバントを含有してもよい。同様に、本組成物は、単一の本発明のポリペプチドだけを含有してもよく、または2以上の本発明のポリペプチドを含有してもよい。
【0052】
眼科経路の場合、ビヒクルまたは賦形剤は、この投与経路に好適でなければならない。この場合、本組成物は、薬学上許容可能な眼科用基剤溶液またはビヒクル中の溶液または水性懸濁液のいずれかとして好適に調製される。有効成分に加え、この場合、本発明によるポリペプチドは、抗菌剤、保存剤、キレート剤、張力調整剤、バッファー溶液を含むpH調整剤、増粘剤などの他のアジュバントを含有することができる。
【0053】
対象が初期段階の糖尿病性網膜症で機能的異常(すなわち、色彩識別、コントラスト感受および網膜電位図的異常)が検知可能な場合に網膜神経保護の補助となる化合物(例えば、本発明のペプチド)を受容すれば、侵襲的治療が回避できる。よって、網膜が慢性高血糖の結果から保護されれば、主要な合併症が最小化でき、またはその発症が予防できさえし、これは糖尿病患者の生活の質の事実上の改善を必然的に伴う。加えて、本ペプチドは、BRBの破壊を予防する。本ペプチドの局所的眼投与は実質的な利点を呈し、より侵襲的な治療を回避する。
【0054】
初期段階の糖尿病性網膜症における治療は、さらなる合併症、すなわち、毛細血管瘤、微小出血、硬性白斑、黄斑浮腫および新血管新生を予防する実質的な利点を有する。
【0055】
本発明による組成物において、本ペプチドは、1〜12mg/mLの濃度範囲で含まれる。眼投与の特定の場合では、本ペプチドは少なくとも5mg/mLの濃度で含まれ、特定の実施形態では、それは少なくとも8mg/mL、少なくとも9mg/mL、少なくとも10mg/mLの濃度で、好ましい実施形態によれば、10mg/mL±5%、すなわち10mg/mL±0.5mg/mLの濃度で含まれる。腹腔内投与の特定の場合では、本ペプチドは1〜5mg/mLの間の濃度で含まれ、特定の実施形態によれば、それは1〜3mg/mLの間の濃度で、好ましい実施形態によれば、2mg/mL±10%または±5%、すなわち±0.2mg/mLまたは±0.1mg/mLの濃度で含まれる。
【0056】
本発明による組成物は、一眼当たり10〜200μgの間のペプチドの一日用量の投与に好適である。特定の実施形態によれば、本ペプチドは、一眼当たり30〜70μgの間の一日用量で、好ましい実施形態によれば、一眼当たり40〜60μgの間、好ましくは一眼当たり45〜55μgの間の一日用量で投与される。腹腔内または経口投与の場合、本組成物は、投与が行われる患者または対象の体重kg当たり1〜16mgの間のペプチド、特定の実施形態によれば、患者または対象の体重kg当たり2〜10mgの間のペプチド、好ましくは患者または対象の体重kg当たり2.5〜3.5mgの間のペプチドの一日用量の投与に好適である。
【0057】
本発明の別の態様は、
a)配列番号2のアミノ酸配列、または
b)配列番号2の配列と少なくとも85%相同である配列a)の変異体
をコードする、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための単離されたポリヌクレオチドであって、従前に示した定義により、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリヌクレオチドに関する。
【0058】
特定の実施形態によれば、単離されたポリヌクレオチドは、
a)リジン基と結合している配列番号2のアミノ酸配列、または
b)リジン基と結合している配列番号2の配列と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
をコードし、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するためのものであり、従前に示した定義により、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される。
【0059】
上記で定義したポリヌクレオチドは、従前に記載した疾患の予防もしくは治療において局所使用に好適であるか、または局所的に使用されることが意図される。
【0060】
好ましくは、上記で定義されたポリヌクレオチドは、糖尿病患者の眼の障害および/もしくは網膜の神経変性疾患の予防もしくは治療におけるその使用に好適であるか、または使用されることが意図され、より好ましくは、糖尿病性網膜症の予防または治療におけるその使用に好適である。
本発明は以下の通りである。
[1]a)配列番号2の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
を含んでなる、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための単離されたポリペプチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリペプチド。
[2]糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症である、上記[1]に記載の使用のためのポリペプチド。
[3]配列番号2の配列または少なくとも85%同一のその変異体が細胞透過性領域と結合している、上記[1]または[2]に記載の使用のためのポリペプチド。
[4]細胞透過性領域がリジン−パルミチン酸である上記[3]に記載の使用のためのポリペプチド。
[5]細胞透過性領域がペプチド配列のN末端(残基D、アスパラギン酸)と結合している、上記[3]および[4]のいずれかに記載の使用のためのポリペプチド。
[6]a)配列番号2の配列、または
b)前記配列の全アミノ酸の同一性に基づき配列番号2と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
から本質的になる、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の使用のためのポリペプチド。
[7]a)ネズミSOCS1タンパク質(UniProt:O35716)、
b)ヒトSOCS1タンパク質(UniProt:O15524)、または
c)ネズミSOCS1タンパク質のアミノ酸配列またはヒトSOCS1タンパク質のアミノ酸配列と少なくとも85%相同である配列a)もしくはb)の変異体
から本質的になる、上記[2]〜[6]のいずれかに記載の使用のためのポリペプチド。
[8]細胞透過性領域と結合している配列番号2の配列からなる、上記[1]〜[6]のいずれかに記載の使用のためのポリペプチド。
[9]その配列の少なくとも1つのアミノ酸がリン酸化されている、上記[1]〜[7]のいずれかに記載の使用のためのポリペプチド。
[10]リン酸化されたアミノ酸の少なくとも1つがチロシン(Y)アミノ酸である、上記[9]に記載の使用のためのポリペプチド。
[11]チロシン(Y)アミノ酸がリン酸化されている、上記[1]〜[10]のいずれかに記載の使用のためのポリペプチド。
[12]治療上有効な量の上記[1]〜[11]のいずれかに定義されるポリペプチドと、少なくとも1つの薬学上許容可能なビヒクルまたは賦形剤とを含んでなる、糖尿病の慢性合併症の予防もしくは処置または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための組成物であって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、組成物。
[13]経口、胃腸、非経口、直腸、呼吸器経路または局所使用に、特に、眼科使用に好適な、上記[12]に記載の組成物。
[14]糖尿病性網膜症の予防または治療において使用するための、上記[12]および[13]のいずれかに記載の組成物。
[15]ビヒクルが薬学上許容可能な眼科用ビヒクルである、上記[14]に記載の組成物。
[16]a)配列番号2のアミノ酸配列、または
b)前記配列の総てのヌクレオチドの同一性に基づいて配列番号2の配列と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
をコードする、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための単離されたポリヌクレオチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリヌクレオチド。
[17]a)リジン基と結合している配列番号2のアミノ酸配列、または
b)前記配列の総てのヌクレオチドの同一性に基づいて、リジン基と結合している配列番号2の配列と少なくとも85%同一である配列a)の変異体
をコードする、糖尿病の慢性合併症および/または網膜の神経変性疾患の予防または治療に使用するための単離されたポリヌクレオチドであって、糖尿病の慢性合併症が糖尿病性網膜症、黄斑浮腫、糖尿病性腎症、糖尿病性血管障害、糖尿病性微小血管障害、糖尿病性大血管障害、糖尿病性アテローム性動脈硬化症、糖尿病性足障害および末梢動脈疾患からなる群から選択され、網膜の神経変性疾患が糖尿病性網膜症、緑内障および色素性網膜炎からなる群から選択される、単離されたポリヌクレオチド。
【0061】
本発明の一連の非限定的な実例を以下に含める。
【実施例】
【0062】
材料および方法
ペプチド:
細胞透過性領域(リジン−パルミチン酸)とペプチド配列のN末端(残基D、アスパラギン酸)で結合させ、チロシン(Y)がリン酸化された、ネズミSOCS1タンパク質の「キナーゼ阻害領域」配列に相当する16アミノ酸のペプチドを合成した(配列番号1:DTHFRTFRSHSDYRRI、AspThrHisPheArgThrPheArg Ser His Ser AspTyrArgArgIle)。配列番号1およびパルミチン酸−リジン基により形成される誘導されたペプチドを、実施例を通じてmiS1またはD−SOCSMIS1と呼称する。場合によっては、その後、組織および細胞内で追跡することを可能とするために前記を蛍光マーカーと結合させた。同様に、試験の対照としての使用のために、F(Phe)がA(Ala)に置き換わっている非機能的変異型ペプチド(Mut)である配列番号3、DTHARTARSHSDYRRI、AspThrHisAlaArgThrAla Arg Ser His Ser AspTyrArgArgIle(同様にリジン−パルミチン酸細胞透過性領域と結合させた)も合成した。これらのペプチドを溶解させ(生理食塩水中<1%DMSO)、濾過除菌した。
【0063】
動物:
2つの試験モデル、具体的には、2型糖尿病(db/dbマウス)の1つの試験モデルと1型糖尿病(apoEマウスにおけるストレプトゾトシン注射)のもう1つの試験モデルを用いた。マウスは標準サイズのケージで制御された温度(20℃)および湿度(60%)の条件下、12時間の明/暗周期にて、食物(標準餌)と水に自由に接近させて維持した。これらの試験は、EEC勧告(86/609/EEC)およびARVO(Association for Research in Vision and Ophthalmology)勧告に従い、実験動物の使用、保護およびケアに関するスペイン現行規定(Royal Decree 53/2013)に従って行い、2つの参加施設(IIS−Fundacion Jimenez Diaz/Universidad Autonoma de MadridおよびInstitut de Recerca Hospital Universitari Vall d’Hebron)の倫理委員会によって事前に承認された。
【0064】
SOCS1由来ペプチドを用いる眼の局所処置方法による糖尿病により引き起こされた網膜神経変性の治療
8週齢の糖尿病マウス(db/db)に、miS1ペプチドを点眼剤の形で施した(各眼に5μL滴、10mg/mL、1日2回15日間、マウスn=7個体)。非機能的ペプチドMut(n=7)で処置した糖尿病マウス、ビヒクル処置した糖尿病マウス、および非糖尿病マウス(db/+)を対照として用いた。点眼剤はマイクロピペットを用いて各眼の角膜の上部表面に直接投与した。試験期間中、体重および血糖(比色定量アッセイ)を管理した。15日目に、miS1ペプチドまたはビヒクルを含む液滴を解剖の約2時間前に投与した。動物を頚椎脱臼により安楽死させ、摘出した眼球をすぐに凍結させ、網膜形態の分析および他の免疫組織化学的分析のために8mmの背腹方向切片をとった。
【0065】
グリアの活性化は、他の研究で記載された方法論(Bogdanov et al. PLoS One. 2014;9:e97302)に従ったGFAP(グリア線維酸性タンパク質)免疫蛍光の方法により評価した。固定した切片をブロッキングし(PBS中1%BSAおよび10%ヤギ血清、室温で2時間)、抗GFAP抗体(1:500希釈、4℃で16時間)、次いで、二次抗体(Alexa 488結合ヤギ抗ウサギ、1:200希釈)とともにインキュベートした。サンプルをHoeschで対比染色し、分析のために共焦顕微鏡に載せた。糖尿病サンプルと対照サンプルの画像を同一の条件で取得し、GFAP標識の組織分布を0〜5の段階で分析した(Anderson et al. Clin Ophthalmol 2008;2(4):801-16)。スコア1は、グリア活性化の不在を示し(GFAPの陽性免疫蛍光は神経節細胞層に限定)、スコア5は、最大のグリア活性化を表す(GFAPの免疫蛍光が神経節細胞層から外顆粒層の外縁へ拡大)。アポトーシスは、従前に記載されている方法(Bogdanov et al. PLoS One. 2014;9:e97302)を用いたTUNEL(Terminal Transferase dUTP Nick−EndLabeling;蛍光キット)免疫組織化学と続けて行う蛍光顕微鏡下での定量の手段により決定した。網膜切片は、新しく調製した20μg/mlプロテイナーゼK溶液と室温にて5分間インキュベーションすることにより透過処理した。アポトーシス細胞は、緑色蛍光[Alexa Fluor 594ヤギ抗ウサギ(Invitrogen)(PBS中に調製した1:200希釈)]を用いて同定した。450〜565nmの間の(例えば、488nm)の励起波長を、蛍光顕微鏡を用いた評価に用い、515〜565nmの間(緑色)を検出に用いた。結果は、Image Jソフトウエアを用いて得られたHoestchst染色細胞に対するTUNEL陽性細胞のパーセンテージとして表す。
【0066】
miS1ペプチドが神経保護を生じる機構を調べるためにグルタミン酸代謝を評価した。グルタミン酸濃度は、超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)(Acquity−UPLC、Waters)MassTrakアミノ酸システム)の手段により決定した。GLAST(グルタミン酸/アスパラギン酸輸送体)は、免疫蛍光の手段により評価した。
【0067】
パラフィン切片をキシレン中で脱パラフィンし、段階的エタノール系で再水和させた。これらの切片を酸性メタノール(−20℃)中で1分間固定し、pH7.4の0.01Mリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した。その後、抗原を賦活化した。これらの切片を抗原賦活化溶液(10mMクエン酸ナトリウム、pH6.0)に浸漬し、耐圧ポット内で150℃にて4分間加熱した。これらの切片をブロッキング溶液(PBS中0.5%BSAおよび10%ヤギ血清)中、室温で1時間インキュベートした。切片をウサギ抗GLAST一次抗体(1:200、Abcam)とともに4℃で一晩インキュベートした。PBS中で1回洗浄した後、これらの切片をAlexa 488ヤギ抗ウサギ二次抗体(1:200、Molecular Probes)とともに室温で1時間インキュベートした。これらの切片をPBS中で洗浄し、Hoechst(1:500、Sigma−Aldrich)で対比染色し、蛍光封入剤(Prolong、Invitrogen)中に入れ、カバーガラスをかけた。GLAST免疫蛍光は、ImageJソフトウエアを用い、レーザー共焦点顕微鏡(Olympus FluoView(商標)FV1000共焦顕微鏡、ハンブルク、ドイツ)の手段により定量した。
【0068】
IL−1β、TNF−αおよびIL−6の発現を評価した。製造者の説明書に従い、RNeasy Mini Kitをデオキシリボヌクレアーゼ(DNase)消化(QIAGEN、IZASA、バルセロナ、スペインにより供給)とともに用いて全RNAを抽出した。RNA(1μg)を反応容量20μlで、ランダムヘキサヌクレオチドプライマーおよびApplied Biosystems試薬(Applied Biosystems、マドリード、スペイン)とともに逆転写に用いた。ABI Prism 7000 Sequence Detection System(Perkin−Elmer Applied Biosystems;マドリード、スペイン)にて、SYBR Green Supermix;Applied Biosystems、マドリード、スペイン)を用い、リアルタイムPCRを行った。各サンプルを3反復でアッセイし、各試験に陰性対照を含めた。ヒトS18を内因性遺伝子発現の対照として用いた。相対定量値(RQ)を得るためにΔΔCt法を用いた。
【0069】
網膜電位図(ERG)記録は、暗順応させた麻酔マウス(12時間一晩)で行った。局所網膜電位図(Ferg)記録は、Micron III Focal ERGシステム(Phoenix Research Labs、プレザントン、CA)を用いて測定した。これらの記録は、Focal ERGに設置したマウスの角膜レンズに電極を埋め込み、対照電極を眼と眼の間の頭部に置き、アース電極を尾に置いて取得した。加えて、網膜中心部が総て刺激されたことを保証するために、光刺激を視神経乳頭に投射し、使用可能な最大の光スポットを用いた(直径1.5mm)。20m秒の白色光刺激に応答した両眼のERG応答を記録した。これらの白色光刺激の強度は、800、3200および12800cd・s・m−2であり、各強度で平均6〜10回の光の連続フラッシュを生成した。ERGシグナルを増幅し、透過バンドは0.5〜1000Hzの間であり、International Society of Clinical Electrophysiology of Vision(ISCEV)(Marmor et al Doc Ophtalmol 108:. 107 a 144)により推奨されているように、a波およびb波の振幅および潜時を計算するためにLabScribe−2ソフトウエア(BioSeb、ヴィトロル、フランス)で分析した。ERG記録は、開始時と安楽死前日に行った。
【0070】
SOCS1由来ペプチドを用いる眼の局所処置方法による糖尿病により引き起こされたBRB破壊の治療
8週齢の糖尿病マウス(db/db)にmiS1ペプチドを点眼剤の形で施した(各眼に5μL滴、10mg/mL、1日2回15日間、マウスn=7個体)。ビヒクルで処置した糖尿病マウス(n=7)および非糖尿病マウス(db/+)(n=7)を対照として用いた。試験期間中、体重および血糖(比色定量アッセイ)を管理した。動物を15日目に頚椎脱臼により安楽死させた。BRBの破壊は、アルブミン透過性を決定する手段により評価した。
【0071】
パラフィン切片をキシレン中で脱パラフィンし、段階的エタノール系で再水和させた。これらの切片を酸性メタノール(−20℃)中で1分間固定し、pH7.4の0.01M PBS溶液で洗浄した。これらの切片をブロッキング溶液(2.5%脱脂粉乳)中、室温で30分間インキュベートした。切片をヤギ抗ヒト血清アルブミン一次抗体(1:500、Abcam)とともに4℃で一晩インキュベートした。PBS中で1回洗浄した後、これらの切片をAlexa 594ロバ抗ヤギ二次抗体(1:200、Molecular Probes)とともに室温で1時間インキュベートした。これらの切片をPBS中で洗浄し、Hoechst(1:500、Sigma−Aldrich)で対比染色し、蛍光封入剤(Prolong、Invitrogen)中に入れ、カバーガラスをかけた。アルブミンの免疫蛍光は、レーザー共焦点顕微鏡(Olympus FluoView(商標)FV1000共焦顕微鏡、ハンブルク、ドイツ)の手段により分析した。
【0072】
SOCS1由来ペプチドを用いる腹腔内処置方法による糖尿病により引き起こされた腎症およびアテローム性動脈硬化症の治療
8週齢のアポリポタンパク質E(apoE)欠損雄マウスを、ストレプトゾトシン注射(10mMクエン酸、pH4.5中、125mg/kg体重、連続2日)により糖尿病とした。2週間後、350mg/dLを越える血糖を持つ動物を処置動物(miS1ペプチド:65μg/日、200μL、腹膜内、2日ごと8週間)および対照(ビヒクル)の2群(各群n=9個体)に無作為に分けた。試験期間中、体重および血糖(比色定量アッセイ)を管理した。
【0073】
試験の終了時に、麻酔動物に生理食塩水を灌流させ、殺し、すぐに組織を処理した。腎皮質(パラフィン切片、5μm)では、糸球体および尿細管間質の形態をPASおよびマッソン・トリクローム染色の手段により調べ、病変を二重盲検および0〜3の段階の半定量的方法で評価した。腎線維化はピクロ−シリウスレッド染色の手段により、浸潤炎症性細胞(F4/80+マクロファージおよびCD3+Tリンパ球)は免疫組織化学により特定した。大動脈では、基部/弓部(弁から1000μm延長部までの8μm連続凍結切片)をOil−red−O/ヘマトキシリンで染色し、アテローム性動脈硬化病変の面積を定量した(Metamorphプログラム)。アテローム斑の安定性をピクロ−シリウスレッドによるコラーゲン線維染色およびα−アクチン免疫蛍光により評価した。炎症性成分は、単球/マクロファージに対する免疫組織化学(Moma2)の手段により特定した。Image Pro−Plusプログラムを、陽性染色を定量するために用いた。血清の生化学的要素(糖化ヘモグロビン、コレステロールおよびクレアチニン)ならびに尿の生化学的要素(アルブミンおよびクレアチニン)を従来の市販キットの手段により決定した。
【0074】
インビトロ試験
10%ウシ胎児血清を含む培地で培養したRAW264.7マクロファージおよび血管平滑筋細胞(VSMC)を用いた。これらの細胞を同調させ(血清不含で24時間)、種々のペプチド濃度(miS1またはその対照、50〜150μg/mL)で90分間プレイキュベートし、サイトカイン(IFNγ 103U/mL;IL−6 102U/mL)で刺激した。STATの活性化は、リン酸化STAT1/STAT3アイソフォームに対するウエスタンブロットの手段により分析した。JAK/STAT経路依存的ケモカイン(CCL2)発現は、ELISAの手段により決定した。細胞生存率はMTT比色定量アッセイにより分析し、マクロファージの遊走は走化性アッセイにより分析した。
【0075】
統計分析
結果は各群について全動物の、また少なくとも3回の独立した培養の、平均±標準誤差として表す。統計分析にはGraphPadPrism(ANOVA、テューキーおよびスチューデントのt検定;P<0.05での有意性)プログラムを用いた。
【0076】
実施例1:網膜神経変性に対する本発明のペプチドの効果
点眼剤(5μL/眼に50μg、1日2回)の形のmiS1ペプチドを2型糖尿病モデル(db/dbマウス)において15日間局所投与した。体重およびグルコースレベルの経過を
図1に示す。
【0077】
グリアの活性化を、GFAPマーカーで評価した(
図2)。予想されたように、非糖尿病マウス[対照(db/+)]におけるGFAP発現は、主として網膜の神経節細胞層(GCL)に限定される(
図2)。ビヒクルで処置した糖尿病マウス[D−Sham]は、齢が適合した非糖尿病マウスよりも有意に大きいGFAP発現を示した。よって、糖尿病マウスの100%が≧3のGFAPスコアを示した。SOCS1由来ペプチドの2週間の投与は、反応性神経膠症の有意な軽減をもたらし、総ての場合でSOCS1由来ペプチドで処置したマウス[D−SOCSMIS1]のGFAPスコア≦3であった(
図2)。糖尿病マウス[D−Sham]の網膜層(ONL、INL、およびGCL)におけるアポトーシス細胞のパーセンテージは、同齢の非糖尿病対照[対照(db/+)]の網膜に見られたものに比べて有意に高かった(
図3)。SOCS1由来ペプチドで処置した糖尿病マウス[D−SOCSMIS1]は、ビヒクルで処置した糖尿病マウス[D−Sham]よりも有意に低いアポトーシス率を示した。SOCS1由来ペプチドで処置した糖尿病マウス[D−SOCSMIS1]と非糖尿病マウスの間のアポトーシス細胞のパーセンテージに違いは見られなかった。
【0078】
SOCS1由来ペプチドによる処置は、糖尿病により誘導されるa波およびb波振幅の縮小ならびにa波およびb波潜時の増大を低減する(
図4)。
【0079】
GLASTは、哺乳動物の網膜へのグルタミン酸取り込みの少なくとも50%を担うことから、ミュラー細胞により発現される主要なグルタミン酸輸送体である(
図6A、トップのパネル)。GLAST含量は、ビヒクルで処置した糖尿病マウス[D−Sham]の網膜においてダウンレギュレートされた。SOCS1由来ペプチドで処置した糖尿病マウス[D−SOCSM1S1]では、GLASTのダウンレギュレーションは妨げられた(
図6A、ボトムのパネル)。結果として、網膜内グルタミン酸レベルは低減されたが、統計的有意性には達しなかった(
図6B)。よって、miS1ペプチドが網膜神経保護剤となる機構の中で、このペプチドはグルタミン酸の増加およびグルタミン酸輸送体GLASTの減少を防ぐということが指摘されなければならない。
【0080】
さらに、miS1ペプチドは、糖尿病により誘導されるIL−1βの増加を防いだ(
図7)。このサイトカインは糖尿病性網膜症の病因に重要な役割を果たすことが指摘されなければならない。
【0081】
結論として、点眼剤の形でのmiS1ペプチドの糖尿病マウスへの投与は網膜神経変性を防ぎ、これはMutペプチドまたはビヒクルを受容した群に比べたGFAPグリアタンパク質染色およびアポトーシスの有意な低下(約80%)により決定された。SOCS1由来ペプチドの神経保護効果はまた、網膜の機能的検査(ERG)の手段によっても証明された。
【0082】
緑内障および色素性網膜炎などの網膜神経変性を呈する他の疾患も、網膜神経変性により誘発される糖尿病と同様に、グリア炎症およびアポトーシスによる進行性の神経細胞死の存在を特徴とするということを考えれば、これらの結果は、本発明のペプチドはこれらの疾患の処置にも有用であることを示す。
【0083】
実施例2:血液網膜関門の透過性に対する本発明のペプチドの効果
miS1ペプチドを2型糖尿病モデル(db/dbマウス)において点眼剤(5μL/眼に50μg、1日2回)の形で15日間局所投与した。体重およびグルコースレベルの経過を
図1に示す。
【0084】
血管透過性は、アルブミン管外遊出を測定することにより評価した。ビヒクルで処置したdb/dbマウス[D−Sham]では、対照動物[対照(db/+)]に比べてより多くのアルブミン管外遊出が見られた。SOCS1由来ペプチドmiS1による処置は、db/dbマウス[D−SOCSM1S1]においてアルブミン管外遊出を防いだ(
図5)。
【0085】
糖尿病性黄斑浮腫の病状が管外空間への流体(水および溶質;最も豊富な溶質としてはアルブミンである)の管外遊出を特徴とする血液網膜関門の破壊によって起こり、SOCS1由来ペプチドが前記の破壊を防ぐということを考えれば、これらの結果は、本発明のペプチドは糖尿病性黄斑浮腫の治療に有用であることを示す。
【0086】
実施例3:糖尿病マウスにおける腎症およびアテローム斑の形成に対する本発明のペプチドの効果
1型糖尿病モデル(apoEマウスにおけるストレプトゾトシン)において、miS1ペプチドによる全身処置(65μg/日、2日ごと)を8週間行った。表1は、試験の終了時の臨床および代謝パラメーターを示す。総ての糖尿病マウスが同等レベルの高血糖(グルコースおよび糖化ヘモグロビン(HbA1c)およびコレステロールを示したことは、このペプチドの保護効果がこれらの動物の血糖制御に対する潜在的作用によるものではないことを示している。miS1による処置はまた、糖尿病マウスの腎機能を有意に改善し、アルブミンレベルに28%の低下が見られた。さらに、慢性糖尿病により引き起こされる体重減少は、miS1ペプチドで処置した群ではあまり顕著でなかった。
【0087】
糖尿病マウスの腎切片の組織学的分析により、miS1ペプチドで処置した群ではビヒクルを受容した糖尿病個体に比べて、糸球体病変(細胞増多、メサンギウム拡大および糸球体肥大)および尿細管間質病変(萎縮、変性および浸潤)の改善(
図9)とともに、腎臓のSTAT1およびSTAT3の活性化の低下(
図8)が示された。miS1ペプチドは、尿細管間質線維化(
図10)および炎症性リンパ球およびマクロファージ浸潤(
図11)を有意に低下させた。糖尿病マウスにおけるmiS1ペプチドによる処置の抗アテローム性動脈硬化特性は、別系統の試験で検討される。Oil−red−O/ヘマトキシリンによるアテローム斑染色とその後のその定量により、miS1ペプチドで処置した糖尿病マウスにおいて病変の大きさおよび範囲が有意に減少すること(ビヒクルを受容した対照群と比較して50%減少;
図12A)が示された。アテローム斑組成の分析は、処置動物の病変におけるマクロファージ数の減少ならびにより高いコラーゲン含量および血管細胞含量を示し(
図12B)、従ってこの処置が、糖尿病動物において炎症を軽減しアテローム斑の安定性を改善したことを示す。
【0088】
【表1】
【0089】
実施例4:インビトロ試験
ネズミマクロファージおよびマウス血管平滑筋細胞の初代培養物(
図13)をインビトロ試験で用いた。両場合とも、炎症誘発性サイトカインIFNγおよびIL−6による刺激によりJAK/STAT経路の活性化を誘導した。マクロファージを漸増濃度(50〜150ug/mL)の阻害ペプチドmiS1とともにプレインキュベートすると、STAT1およびSTAT3の活性化が用量依存的に低減された(ウエスタンブロットアッセイで両タンパク質のリン酸化レベルにより決定)。対照的に、同等の用量のMutペプチド(150ug/mL)はなにも影響を示さなかったことから、阻害ペプチドmiS1の特異性が確認された。同様に、miS1ペプチドは、免疫蛍光画像で見て取れるように、VSMCにおいてSTAT1およびSTAT3の活性化を防いだ。miS1ペプチドによる阻害の機能的結果を決定するために、その発現がJAK/STAT経路に依存する単球走化性タンパク質CCL2の分泌を分析した。阻害ペプチドmiS1とのプレインキュベーションは、VSMCおよびマクロファージの両方においてサイトカインにより誘発されるCCL2産生を有意に減少させた(30〜40%)が、Mutペプチドとのプレインキュベーションはそうではなかった。最後に、マクロファージにおける阻害ペプチドmiS1の抗遊走効果は、走化性アッセイの手段により確認した。検討したいずれの試験条件でも、VSMCおよびマクロファージの細胞生存率に変動は見られなかったが、これは使用した濃度でペプチドが非毒性であることを示す。
【0090】
実施例5:示されたデータがヒトに外挿可能であるということの妥当性
本発明の実施例で使用した動物および細胞モデルは、医学および薬学分野で、その使用の手段によって得られたデータをヒト疾患に外挿可能であるモデルとして認められている。一方、アポリポタンパク質E遺伝子欠損マウスは、脂肪および末梢組織に高い脂質およびコレステロール蓄積を有する全身性高コレステロール血症を決定付ける欠陥型コレステロール逆輸送を持つことを特徴とする。このマウスモデルは、ヒト病変に類似するいくつかの特徴を有するアテローム病変を自発的に(脂肪食が与えられれば加速された様式で)生じる。このために、これは心血管研究で最も広く使用されているモデルの1つである。第2に、apoEマウスにおける1型糖尿病の誘発は、高血糖症および高脂血症(これらの病状における2つのリスク因子)を合わせた試験モデルであり、糖尿病の結果としてのアテローム性動脈硬化症および腎症の即時発生を特徴とする。最後に、db/dbマウスは、レプチン受容体の欠損、4〜8週齢での2型糖尿病および肥満の自発的発症、ならびにその後の、糖尿病患者での糖尿病性網膜症の初期段階で見られるものと極めて類似した網膜神経変性を特徴とする。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]